あの日の事を、わたしはいまでもはっきりと覚えている。

 

 人が行き交う駅前の広場で出会った事を・・・。

 

 公園で、わたしだけにあれを見せてくれた事を・・・。

 

 わたしの料理を美味しいと言ってくれた事を・・・。

 

 旅の話を聞かせくれた事を・・・。

 

 ・・・暖かな風そよぐこの場所で「さよなら」を言われた事を。

 

 そして、約束を。

 

 ―――いまでも、はっきりと覚えている。

 

 あのときに感じた、心の温かさと切なさを。

 

 ・・・緩やかな風に撫でられる髪。暖かな日差しに照らされて、わたしはいまもここに立つ。

 

 いまのこの思い、

 

 ・・・・・あなたに届いて、いるのかな?

 

 どうか神様。

 

 わたしの思いを、あのひとに届けてください。

 

 ・・・・・・わたしはいまでも、ここにいるよ―――と。

 

 

 

 

 

春の煌き

scene 1

〜出会い〜

 

 

 

 

 

 暖かい空。ピンク色に埋められた空。

 

 うららかに降り注ぐ陽光。細やかな鳥の囀り。

 

 ―――春だ。

 

「春だねぇ」

 

 なんとなくそれだけで嬉しい気分になってくる。それも春のなせる技だろうか。

 

「あ、綺麗な桜」 

 

 綺麗に咲いた桜を見上げながら、わたし―――桐生綾那(あやな)は買い物帰りにこの駅前の並木道を歩いていた。

 

 家への帰りにここを通る必要性はない。むしろ遠回りになる。

 

 でも、だって季節は春だし。せっかくこんな並木道があるんなら通って帰んなきゃそんってもんでしょ。うん、そうだよ。

 

「うわっと」

 

 時折吹く強い風にスカートを持っていかれないように支える。・・・これだけが春の欠点だよねぇ。

 

 だからってズボンを穿こうとか長めのスカートにしようとは思わない。

 

 女の子はファッションに妥協できないのである。

 

「お」

 

 と、その風に煽られ桜の花弁が一斉に空を舞った。

 

「わぁ、綺麗・・・」

 

 その様は桜吹雪っていう言葉そのもの。

 

 う〜ん、これが春の風情ってやつだね。

 

「・・・ん?」

 

 その花弁を目で追いかけると、ふと気になるものが視界に入った。

 

 人が忙しなく行き交う駅前のロータリー。その一角、黒いTシャツにジーンズというごくありきたりな服装をした一人の男の人が花壇に腰をかけて座っている。

 

 それだけなら別段なにがどうっていう光景でもない。でも、なんだろう。その瞳がわたしの意識を妙に引き付けた。

 

「・・・なんで」

 

 なんでそんなに悲しそうな眼をしているんだろう?

 

 その眼の翳りは、あのときの―――お姉ちゃんとかぶって見えた。

 

 なんとなくそのまましばらく見ていると、男の人はやにわにポケットに手を突っ込んでなにかを取り出した。それは―――、

 

「人・・・形?」

 

 ちょっと遠くて見難いけど・・・、多分人形、だと思う。人型だし。

 

 そしてその人形を路上にそっと置いて、そのほぼ真上に手を掲げる。

 

「・・・?」

 

 なにがしたいんだろう? 思って眺めていると―――、

 

 むくっ。

 

「あっ!」

 

 に、人形が立ち上がった!? しかもとことこ歩いてるし!

 

 ・・・・・・奇術師? それとも手品?

 

 うわ、なんか好奇心くすぐるなー、あれ。

 

 ・・・おもしろそうだし、もうちょっと近くで見てみようかな。タネも気になるし。

 

 ってなわけで近付いていく。距離が詰まると、男の人がこっちの存在に気付いて顔を上げた。

 

 むっ。案外格好良い顔してるよこの人。ちょっと怖めだけど。

 

 でもそれも一瞬。男の人はすぐさま視線を戻し人形を動かしていく。

 

 ・・・見てても良い、ってことかな?

 

 まぁ、嫌がってる素振りもないし。わたしはそのままそれを見続けることにした。

 

「・・・んー」

 

 しかし・・・、ここまで近くで見ているのにタネがわからない。糸は見えない。リモコン・・・っていうのも違うだろう。両手は見えてるし。

 

 とすると・・・、実はこの人形はロボットだとか?

 

 ・・・・・・こういうのって気になりだすと止まらないんだよね。うん。

 

 わたしはしゃがみ込んでおもむろにその人形を掴み取った。そして握る。

 

 ん〜。機械的な感触はないなぁ・・・。

 

「・・・おい」

 

「ん?」

 

 声に顔を上げれば、機嫌悪そうな視線でこっちを見下ろす例の男の人。

 

「なんです?」

 

「なんです、じゃなくてな。それは俺の商売道具なんだ。離してくれ」

 

「商売道具・・・?」

 

 手に掴んだ人形を眺める。

 

 ・・・商売道具?

 

 ・・・・・・・・・まさか、ここで芸をしていた? そしてお金を稼ごうとしていた?

 

「・・・・・え、嘘でしょ?」

 

「嘘ついてどうする」

 

「いや、だってこれでお金なんて稼げると思ってるなんてそんな・・・・・・あ」

 

 まずい。つい建前をすっ飛ばして本音を言ってしまった。

 

 恐る恐る見上げてみれば、やはりその人は睨みつけるような視線でこっちを見てる。

 

 あちゃ〜。わたしとしたことが・・・。

 

「・・・それは、いったいどういう意味だ?」

 

「え、ええっと、あ、あはははは」

 

 笑って誤魔化そう。うん、人間の笑顔は素晴らしいね。

 

「そ、それじゃ。わたしはこれで」

 

 言って立ち上がり、そのまま離れようとして―――、

 

「待て」

 

 がしっ、と腕を掴まれた。

 

 ・・・・・・あれ、わたしそんなに怒られるようなことしちゃったかな・・・?

 

「え、えーと、すいませんがそろそろ帰らないと、家でお腹を空かせて待ってる人がいるんですよー」

 

 嘘じゃない。家にはお姉ちゃんがいる。うん、嘘じゃない。

 

「お前、見ただろ」

 

「・・・は、はい?」

 

 予想してた言葉とはまったく違って、思わず聞き返してしまった。

 

「だから俺の人形劇を、だ。芸を見たからには払うものがあるだろう?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・人形劇?」

 

「そうだ。それ以外の何に見える?」

 

「いやいやいや、あれは人形劇には見えないよ。だって・・・・・・あ」

 

 って、また建前貫通して本音で喋っちゃったよ〜!

 

「だって・・・なんだ?」

 

 凄んでる凄んでる、怖い怖い。あう〜、誰か助けてよ〜。

 

「あれが人形劇じゃない、と断言するその理由は?」

 

「えー、っと・・・。い、言っちゃってもよろしいので・・・?」

 

「今更なんだ。お前さっきからいちゃもんの付けっぱなしじゃないか」

 

 うっ。それもそうか。

 

 ・・・なら、言っちゃっても良いかな? いざとなれば逃げ切れるだろうし。陸上部は伊達じゃないしね。

 

 しっかりと向き直り、わたしはその人の人形を持ち上げて、言った。

 

「これ、お話ってあるの?」

 

「・・・話?」

 

「ほら、その時点で劇じゃない。人形“劇”っていうからにはお話―――物語があって、それに沿って人形を動かすものが人形劇でしょ?」

 

「むっ」

 

「だからこれは人形劇じゃなくて・・・そうだなぁ、人形動かし? としか言えないと思うよ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ・・・なんか黙り込んじゃったよ。わたし、もしかしなくても言いすぎ?

 

「あー、そろそろわたし帰らないといけないから・・・。それじゃあ」

 

 いまだ黙り込むその人の手に人形を返し、わたしはそこを去ろうとする。なのに、

 

「待て」

 

 ・・・また腕を掴まれた。

 

「こ、今度はなに〜?」

 

「とりあえずお前が俺の芸を見たことに変わりはない。とりあえず払うもんは払え」

 

「それって強要することじゃない気がするんだけど〜」

 

「俺の死活問題にかかわるんだ」

 

「そんなの知らないよー。第一あれでお金を稼ごうっていうのがそもそも・・・」

 

 ぐぅ〜。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 ぐぅ〜〜〜〜〜〜。

 

 ・・・すっごいタイミングで自己主張するお腹の音。もちろんわたしじゃない。目の前の人だ。

 

「・・・えっと、お腹空いてるの?」

 

「言ったろう。死活問題だと」

 

「自慢して言うことじゃないけど・・・、大変だね?」

 

「同情するなら金をくれ」

 

「物言いがストレートだよね。しかもどこかで聞いたことある言い回しだし」

 

 ・・・はぁ、と小さく息を吐く。

 

 なんか、どうしようもないことに巻き込まれた気がするなぁ。

 

 ・・・でもまぁ、仕方ないか。餌に飢えた猫に遭遇したと思うことにしよう。

 

「わかったよ。・・・牛丼は好き?」

 

 その質問がいきなりすぎたのか、この人は怪訝な顔で首を傾げる。

 

 その様に、わたしは無性に笑みがこみ上げてくるのがわかった。

 

「すぐ近くに牛丼屋があるんだ。そこでよければ奢ってあげるよ。・・・見物料代わりに」

 

「マジか」

 

「まじまじ」

 

 わたしが頷くと、おもむろにわたしの肩を掴み真剣な顔で、一言。

 

「お前、良い奴だったんだな」

 

 ・・・なんだかなぁ。

 

「そうと決まれば行くぞ。どっちだ」

 

「うぇ? えっと・・・このまま真っ直ぐですけど・・・」

 

 よし、と意気込みその人はさっさかと歩いていく。・・・なんだか自己中な人だなぁ。それともそれだけお腹が空いているだけなのか・・・。

 

 まぁ、その辺りはわからないけど一つだけ確かなのは・・・。

 

「お姉ちゃん、ごめん。お昼ごはんは遅くなるよ」

 

 ってことだろう。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「はぁ、久々に食った食った・・・」

 

 牛丼屋を出ての第一声がそれだった。

 

 ぽんぽん、と自分のお腹を叩いてそんなことを言う様はすごくじじくさい。

 

 っていうかこの人遠慮って言葉を知らないんじゃないだろうか。見ず知らずの他人からの奢りだというのに確認もせず二回もお代わりしてるし・・・。

 

 うぅ、お財布が・・・。今月は新しいお洋服買おうと思ってたのに・・・。

 

 神様。わたしは今日痛感しました。

 

 あまり迂闊なことは言わない方が良いということを。

 

「サンキュな。助かった」

 

「・・・そうですか。それはなによりですぅ」

 

「・・・・・・どうした?」

 

「い・い・え! まさか人の許可もなしにお代わりを頼むとは思ってなかったものですからぁ」

 

 非難がましく言ってみる。

 

 すると少しは自覚があったのか、頬を掻きながら小さな声で「わりぃ」と呟いた。

 

「・・・・・・・・・はぁ」

 

 それを見て、わたしももう怒る気も失せた。

 

 まぁ、奢ると言い出したのはわたしだし。男の人がいっぱい食べるという発想が浮かばなかったわたしにも積があっただろう。

 

 ―――そうだ。

 

 ふと思い至り、わたしはその人の顔を見上げた。

 

「じゃあさ、あの人形動かすとこもう一度見せてよ」

 

「それで許すのか?」

 

「んー・・・、許してあげないこともないね?」

 

「おいおい」

 

 あ、笑った。

 

 初めて笑ったとこ見たけど、なんだ。案外似合うんじゃん。

 

「この辺りで・・・公園とか、そういう広い場所はあるか?」

 

「うん。向こうに」

 

「それじゃそっちに行こう」

 

「え、別にさっきのとこで良いんじゃないの?」

 

 既に背中を見せて歩き出そうとしていたこの人は、顔だけをこっちに振り向かせて、

 

「今回はいいんだよ。前払いで報酬もらったからお前だけに見せてやる」

 

「・・・え」

 

 きょとん、としたわたしの表情がおかしかったのか、もう一度小さく笑って歩き出した。

 

「あ、ちょ、ちょっと」

 

 その背中を小走りに追いかける。

 

 ・・・いま不意に浮かんだ感覚に、疑問を浮かべて。

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 公園は以外に人が少なかった。

 

 時間帯のせいかもしれない。ちょうどお昼だし。

 

 そしてその中の一つのベンチに座ったわたしの視線の先では、少し小汚い人形がとことこと歩いている。

 

 とことこ。

 

「んー」

 

 とことこ。

 

「んー」

 

 改めて見るとやっぱり不思議。まるでタネがわからない。

 

 糸もやっぱりない。機械が埋め込まれてる感じもないし・・・。どうなってるんだろう?

 

 ・・・気になって、わたしは隣に声を掛けた。

 

「これ、どうなってるの?」

 

 おそらく言わないんだろうなー、とか思っていたわたしにこの人は思いもよらない言葉を放った。

 

「タネなんかないぞ。これは法術で動かしてるんだ」

 

「・・・ホウジュツ?」

 

 術、・・・ってことは魔法とか、ってこと?

 

 ・・・んな馬鹿な。

 

「信じられない、って顔しているな」

 

「そりゃ、・・・いきなり魔法だのなんだの言われてもね」

 

「魔法とは違う。いや、感覚的にはそれに近いとは思うが・・・」

 

 まぁ、見た方が早いか、と呟きスッと手を人形とは別の・・・木の棒へと向けた。それに伴い人形はパタリと倒れ代わりに・・・なんと、その木の棒がうねうねと動き出した。

 

「嘘・・・」

 

「ま、俺が出来るのはコレだけだがな」

 

「コレって・・・?」

 

「物を動かすことだけってことだ。・・・本当は昔はもっと別の能力もあったらしいんだけどな」

 

「へぇ・・・。そっか、本当に魔法なんだ」

 

「法術だ。・・・しかし、あんま驚かないな」

 

「え、うーん。実際見せてもらったしね。あるもの否定するまでわたし理屈屋じゃないし。幽霊とか神様とかも信じてる方じゃないけど、実際見たら信じると思う。・・・そんなもんじゃないかな?」

 

「・・・そんなもんかもな」

 

「でしょ?」

 

 世の中なんでも解明できてるわけじゃないんだし。こんなことの一つや二つあってもおかしくはないと思う。

 

 ま、世界は広いんだなー、ってことで。

 

「で、お前まだここにいていいのか?」

 

「え?」

 

「家で腹を空かせてる奴がいるんじゃなかったのか?」

 

 ・・・・・・あ。

 

 いま何時!? 携帯は置いてきたし、腕時計なんて持ってないし・・・。ぐるりと視線をめぐらせて、やっとこ公園の時計を発見した。

 

 ・・・2時じゃん。

 

「うわっ、早く帰んなきゃ!」

 

 お姉ちゃん、ああ見えて怒ると怖いんだよな〜。顔はいつもの笑顔なんだけど言い知れぬプレッシャーで詰め寄ってくるし・・・。あぁ、想像しただけで鳥肌が・・・。

 

 ベンチから立ち上がり買い物袋を急いで持ち上げ、わたしは歩き出しながら振り向いた。

 

「えっと、それじゃ、なんかいろいろ見せてもらってありがとう!」

 

「慌てて歩くと転ぶぞ」

 

「だいじょーぶ! わたしそんなドジじゃ―――のあっ!?」

 

 足元の衝撃と共に、視界が回転する。・・・って、言われた傍から転ぶのかわたし!? これじゃまるでお姉ちゃんじゃん!

 

「言わんこっちゃない」

 

 声と同時、腕を引っ張られる感覚とともに、そのまま身体をそっと支えられた。

 

「え、え?」

 

 瞬間、最初に感じたのは動揺。・・・そしてなんか違和感。

 

 ・・・・・・男の人の身体って、大きいんだな。

 

「おい」

 

「うぇあ!?」

 

 声で我に帰る。バッと離れ、そそくさと距離を取る。

 

「・・・あ、ありがとう」

 

 ・・・・・・な、なんでわたし顔赤くなってる? 男の人にあんな触れたのが初めてだから、かな?

 

 むぅ、いかんいかん。なにを考えてるんだわたしは。両手で軽く頬を叩いて気を取り直す。

 

「俺もそろそろいく。また稼がないとな」

 

 人形を拾い上げ、その人はこっちに背を向けた。

 

 ―――あ、そういえば。 

 

「ねぇ、名前」

 

「ん?」

 

「そういえばまだ名前聞いてなかったでしょ。わたし桐生綾那。あなたは?」

 

 振り返り、簡潔に、

 

「国崎往人だ」

 

 それだけを言って彼―――国崎さんは去っていった。

 

 ・・・・・・なんていうか、不思議な人だなぁ。

 

 独特の雰囲気・・・っていうのかな? なんかそんな感じ。

 

「あ、お昼ご飯!」

 

 また忘れてた! このままじゃお姉ちゃんにどやされるだけじゃすまなくなっちゃう!

 

 少し後ろ髪引かれたけど・・・、いまは自分の心配をしよう。

 

 そしてわたしもその公園から出て行った。国崎さんとは逆の方向に。

 

 

 

 そのときは・・・ほんの少し気になっただけ。

 

 まだ気付くはずもなかった。

 

 この出会いが、わたしの転機になろうとは、夢にも―――。

 

 

 

 

 

 あとがき

 春と言えば・・・出会い?

 またも疑問系で投げかける、ども神無月です。

 なんか「冬の思い出」にて綾那の出番が少なかったような気がして、風呂浸かってる間に思い至ったSS。

 また性懲りもなくこんなものをスタートさせてしまいました。

 今回は特に何日、とは決めてないけど多分五、六話で終わると思います。

 キー学なんかもあることだし、そうそう連続で更新はしませんけど(苦笑)

 まー、ほどほどにお付き合いください。

 それでは。

 

 

 

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