神魔戦記 第九十九章

                   「激突の結果が孕んだモノ」

 

 

 

 

 

 理絵と葵、バーサーカーと雪見の二対二の戦いは圧倒的に理絵と葵が押されていた。

 とはいえ、生きているだけで十分に褒められるべきことだろう。

 攻撃こそできないがバーサーカーの猛烈な攻撃を結界で防ぎきる理絵。

 上級魔術を詠唱無しで繰り出し、かつ周到な剣技を見せる雪見とどうにか渡り合っている葵。

 バーサーカーも雪見も一国の一線級の実力の持ち主であるのに、それでも二人はどうにか耐え堪えていた。

 雪見は別段驚かない。客観的に自分は強い部類だという自負はあるが、自分より強い者なんてざらにいるのだと自覚している。

 ワンには雪見なんて足元にも及ばない化け物がうじゃうじゃといるのだから。

 が、バーサーカーの主たるイリヤは別だ。

 彼女にとってバーサーカーの力は絶対。例え相手が四大魔貴族であろうと同じサーヴァントであろうとバーサーカーに敵はいない、はずなのだ。

 それが。たかが人間に、防戦一方であるとはいえ殺しきれないというのが許せない。

「何をしているのバーサーカー! とっととそいつを殺しなさい!!」

■■■■■■■■■■■■■――――――――――ッ!!」

 イリヤの激昂に反応するようにバーサーカーが吼えて、いままで以上の力を込めて大剣を振り下ろす。しかし、

「十重防御結界“水の砦”!」

 理絵の展開した強力な結界がその一撃を遮る。

「どれだけ力があろうとも、私の結界はそれだけでは壊せません!」

 こと防御力だけなら結界師を越える職は存在しない。何故なら結界師は『他を阻む者』であるからだ。

 魔術師の理が『全てを探求する者』という前へ進むものであるのなら、結界師はその逆。全てを寄せ付けず己が檻へ閉じこもる者たち。

 故に結界師は数も少なく、その適正を持つ者すら稀だが――だからこそ、『阻む』という一点だけなら何者をも凌駕する。

 例えそれが――某時代の半神であっても。

「バーサーカー!!」 

■■■■■■■■■■■■■――――――――――ッ!!」 

 大気を震わすほどの連撃。しかし理絵の結界を突破するには至らない。

 破壊しても破壊してもすぐさま次の結界が展開されるため、バーサーカーの攻撃はどうしても理絵にまで届かなかった。

 そして、ずっと続くかと思われたこの戦いも終わりを迎えることになる。

 不意に現れる気配。

 空間跳躍で戻ってきた、祐一たちだ。

 それを見て、一際強く剣を打ち付けて雪見がすぐさま後退する。

 だがイリヤは戻らない。

「退くぞ、イリヤ!」

「でも……!」

「冷静になれイリヤ! いつものお前らしくもない!」

「っ……!」

 歯噛みする。そしてイリヤはキッと理絵を睨み、

「結界師。覚えておきなさい。この次は必ずあなたを殺してあげる」

 そう言いバーサーカーを引き連れて祐一たちのもとへ下がっていく。

 葵の視線に対し、理絵はただかぶりを振った。ここで追ったところで結果なんて見えている。だからここはこのまま逃がすべきだ、と。

 葵もそれに納得したのか追おうとはせず、ここの戦いも終わった――かのように見えた。

「……え?」

 異変は、そんな小さな声。

 声の主は、ルヴァウルの腕から解放されて涙に暮れていた、亜衣。

 その亜衣は不思議なものでも見るように、自らのパートナーである――神殺しのディトライクを見下ろした。

「ディ、トライク?」

 小刻みに震えるディトライク。水晶はいままで見たこともないほど激しく明滅し、亜衣がもう一度その名前を呼ぼうとした瞬間、

The god is discovered. It exterminate.

 瞬間、亜衣の身体は意識と離れて勝手に動き始めた。

「え……?!」

 ディトライクは亜衣が命令するでもなく第二形態に移行し、亜衣の魔力を勝手に吸って炎を噴出する。そのまま突っ込む先は、

「!?」

 驚くイリヤの隣。その、バーサーカー。

 残像が残るほどのスピードで疾駆し肉薄した亜衣はイリヤが何か言うよりも早くディトライクを一閃し、

 ……あのどこまでも強固であったはずのバーサーカーの腕をあっさりと斬り落とした。

「!? なにやってるの、あなた!」

「ち、違います!? 亜衣は何も……! ディトライクが勝手に!?」

 気付けばディトライクは金色の煙を噴出し、亜衣がまだ到達していない、いやカノンにいる神殺しの所持者は誰一人として成し得ていない、第三形態へ移行しようとしている。

「ディトライク!? どうしたの、落ち着いて、お願い!!」

exterminate. exterminate. exterminate.

 だがディトライクは亜衣の声に反応しない。それどころか、

「痛っ……!?」

 亜衣の魔力を吸い込み、身体の負担を考えないほどの強化を施し、そして身体を支配してただただバーサーカーへと突っ込んでいく。

 このままではバーサーカーだけではない。亜衣も駄目になる。

「まさか……!」

 唖然としていた祐一だが、そこでようやくこの現象の真実に思い至った。

「イリヤ! お前のバーサーカー、神の血を引いているのか!?」

「ば、バーサーカーの真名はヘラクレス! 第一星界時代の半神よ!」

「ちっ! やはり直系か……!」

 祐一は神殺しについて詳しくは知らない。

 だが、神殺しに触れたどの文献にも共通して書かれていることがある。それは、

『神殺しは、第二星界時代にその名の通り神を殺すためだけに創り上げられた武装。それらは己が意思で、神を喰らう』

 という一節。

 どういう意味かはわからなかったが、これで納得した。

 つまり神殺しは……神に対し自動で攻撃を繰り出す武装だということだ。

「イリヤ! バーサーカーを霊体化させろ! そうすればこれも収まるはずだ!」

 城にいたとき、霊体化していたバーサーカーにあゆも亜衣も恋も反応しなかった。つまり直接接触しなければ、この暴走は防げるということだ。

「お願い、止まって……! 止まってよディトライク――――!!」

「っ! 戻りなさい、バーサーカー!」

 桁外れの魔力と黄金の炎を纏ったディトライクがその首を切断しようかという瞬間、バーサーカーは染み込むように虚空へと消えた。

 空を切った一閃。それは大地に着弾し大きな爆音と粉塵を巻き上げた。

 着地した亜衣の手の中でしばらくディトライクは鳴動していたが……それもしばらくして止まった。

 黄金の煙は途切れ、炎も消失し、ディトライクの形状も元に戻っていく。そして、支配の切れた亜衣も意識を失うように倒れこんだ。

「これが、本当の神殺しか……」

 突然起こった出来事に仲間だけでなく理絵や葵も呆然としていた。

 祐一は考える。敵が冷静になるよりも先にここから退かなければ。

「神耶。亜衣を頼む」

「……わかった」

 ルヴァウルの腕が伸び亜衣を抱える。そこで理絵たちがハッとしたように動こうとするが、

「!」

 理絵たちが何をするより先に祐一たちはその場から姿を消した。

「なんだったの、いまの?」

「……さぁ」

 残された二人はただ、わけもわからず首を傾げた。

 

 

 

「いきます!」

 戦闘開始の合図は芽衣から放たれた。

ジンの名において願う。穏しき大いなる大地よ、我が手に集いて力となれ

 掲げられた手。その腕輪が薄く輝く。それは魔力操作補助の魔術道具。

遍き大原、積もるは灰。我が呼び声が届くのならばしかと聞け。恐懼を与える者、それを回避するものはなく、ただ恭順のみ。尊きもの、それを覆い沈ませる籠こそ地の力

 第三小節が告げられる。しかし、そこで終わらない。

そしてその名を真に呼びし者はここにあり。其の力は絶対。いまこそここに、ジンに契り願うは墜落の鳴動……!」

「超魔術!? 芽衣、あんたいつの間に……!」

 河南子の驚愕の声に芽衣は悲しそうな微笑を浮かべ、

「『母なる大地の祝福を(アークェリア・ブレス)』……!」

 芽衣を中心に優しい光が周囲を覆った。

 地属性の超魔術、『母なる大地の祝福を』。

 広範囲の味方に地の魔力による簡易障壁と回復力を付与する魔術。

 その光が芽衣や俊夫、クラナド軍の兵士を包み込み……そして杏や河南子に向かっていく。

「この!」

 杏が大黒庵を振り被りその先頭の兵士を薙ぎ払う。が、

「!?」

 重い。本来ならその一振りで四、五人は吹き飛ばせるはずが、一人だけで既にその勢いは消失していた。

 それは河南子も同じ。向かってきた兵士を殴り飛ばしたは良いが、手に伝わる反動が尋常ではない。まるでゴーレムでも殴ったかのようだ。

「……これは」

「厄介ね!」

 だがそんな二人を追い込む存在は他にもいる。

 瞬間。そう、まさに一秒にも満たない刹那に杏の懐に潜り込んだ影があった。

「……ふむ。甘いの」

「!?」

 幸村俊夫。

 その皺と眉に隠れた瞳が一瞬煌いた瞬間、

 ゴッ!!! という強烈な打撃音と共に杏は真上に吹き飛んだ。

「がっ……!?」

 それで終わらない。俊夫はその見てくれからは想像もできない俊敏な動きで跳躍し、杏を追ってさらに打撃する。

「……藤林。お主は頭が良い。……が、ふむ。それも身動き取れなければ、無意味かのう?」

 止まらない。どういう原理かわからないが、俊夫はまるで大気を蹴るようにして空中を移動し、杏を打撃しながら上へと昇る。

 杏は防御すらままならない。動きがあまりにも早すぎるし、しかもここは空中。

「杏!!」

 朋也の叫びも打撃音で届かない。杏にできることは出来る限り身を縮めて痛みを緩和するだけだが、

「それで……持つのかのう?」

 杏の真上で俊夫がその穏やかな顔を小さく傾げた。そして、

「まぁ……試してみると良い」

「がはっ……ぁあ!!」

 容赦ない俊夫の蹴りが杏の腹にぶち込まれ、物凄いスピードで杏は高々度から叩き落された。

 激しい振動音と巻き上がる土砂の横に、軽く俊夫が着地する。

「ちぃ!?」

「『地の柱・十裂(アースウォール・テン)』!」

 河南子が杏の元に駆けつけようとするが、その行く手を遮るように土の棘が立ちはだかった。それはもちろん、

「ごめん、行かせられないの……!」

「……芽衣!」

 河南子が芽衣に疾駆する。遮るように兵士がやって来るが、

「邪魔だ、どけぇ!!」

 荒々しくも華麗な剣が兵士たちを切り裂き、ただ真っ直ぐに芽衣へ詰め寄っていく。

「『墜落の地龍壁(アークェリア・ハイウォール)』!」

 それを見て芽衣が唱えておいた超魔術を展開する。魔術を持たぬ河南子ならば、超魔術クラスの防御結界は壊せないという確信もあった。

 が、

「疾風怒濤――」

 その両手と短剣に風のマナが踊り、

風華連撃!!」

 目で追いきれないほどの連撃が叩き込まれた。

 どうして目で追えようか。それは美凪の居合いですら到達し得ない速度。

 秒間に六十発という脅威の連打。風の魔力により加速されているとはいえ、その速さは尋常ではない。

 智代と同等に見られる所以。それは彼女の力であり短剣捌きでもあり魔力でもあるが、それだけではない。

 河南子の最も脅威なところは、

 ……その、恐ろしいまでの攻撃速度。

「そんな……!?」 

 一発一発も十分強烈な河南子の攻撃を三秒間、合計百八十発も受けたのだ。いかに超魔術の防御結界とはいえ、崩壊は必須。

「舐めるなよ、芽衣。あたしは鷹文と結婚したときに誓ったんだ」

 強い目が芽衣を捉える。

 そう、河南子は誓ったのだ。あのときに。どんなことがあっても、鷹文に付いていき、そして守ると。

 だから鷹文を守るために、修練はずっと続けていた。……無論、格好悪いので目に見えないところで。

 この残酷な世界で、どうあっても失くしたくない存在のために。

「あんたにも理由があるんだろうけどさ。でも、譲れないよ、あたしは」

「河南子、ちゃ――」

「ふむ……。しかし、まだまだ隙があるの」

「!?」

 弾かれるように振り返り短剣を叩き込もうとする。が、いつの間にか肉薄していた俊夫にその手首を掴まれ、

「その心意気大いに結構。……が、それでも世界は時に残酷じゃ」

 蹴り飛ばされる。

「こ、の……!」

 瞬時に立て直し反撃しようとするが、先程までそこに立っていたはずの俊夫が――いない。

「ふむ。どこを見ておるのかの?」

「――ッ!」

 声は後ろから。だがもう遅い。河南子が反応するより先に河南子は吹き飛ばされていた。

「くそ、ぉ……!」

 なんとか反撃しようとするが、遅い。河南子が体勢を立て直そうとするよりも早く俊夫は接近し次の攻撃を叩き込んでいる。

 まるで蟻地獄。もがいてももがいても、どうしようもない。抗いようのない攻撃の嵐が、河南子の身体を容赦なく打ち付けていく。

「……同情は、ふむ、できる。が、……こちらも守りたいものがある。すまんのう」

 そうしてとどめだと言うように俊夫の蹴りが河南子の腹を打ち、

「?!」

 しかし俊夫は表情を固めた。

 その……がっしりと掴まれた自分の足を見て。

 速度は圧倒的に俊夫が上。だから攻撃が当たらない。

 だが、なら話は簡単だ。

 ようは……動かないように捕まえれば良いだけどのこと。

「おじさんさぁ、あんまあたし舐めない方が良いよ?」

 唇から血を垂らせながら、河南子が笑う。

「玉石同砕――」

 俊夫は見た。河南子の右手、そこに急速に風の魔力が集い始めたのを。そして、 

豪破絶空!!」

 瞬間、爆発でも起きたかのような大気を穿つ破砕音が空間を奔った。

 風による圧縮一点破壊。それは河南子の持つ最強の一撃。あの智代ですら二度と受けたくないと豪語させたほどの技。

 それを受け、骨の折れた音を撒き散らして俊夫の身体が一瞬で上空へと吹っ飛ばされた。

 しかし、

「仕留められなかった……!?」

 インパクトの一瞬。俊夫はホールドされた足を回転により外し、例の空中歩法で打撃の瞬間に自ら上に跳んだ。

 その歩法の正体は――河南子と同く、『風』。打つ間際に風による防御が見えた。間違いない。

 加えて芽衣の使ったあの魔術による防御力向上もあって、その威力は半分以下にまで抑えられたに違いない。

「ぐ、むぅ……!?」

 だが驚きは俊夫も同様。それら三点を用いてなお、この威力。まともに受けていれば内臓破裂で一撃死だっただろう。

「っ……!」

 河南子は下に、俊夫は上に、離れるようにして互いに吹っ飛ぶ。

 空中で体勢を直し河南子は着地したが、身体を突き抜ける痛みに思わず顔を顰めた。

 俊夫によるダメージもあるが、それだけではない。

 河南子の右腕。先程『豪破絶空』を放った右腕が激痛によりろくに動かなかった。

 もともとこの技は諸刃の剣。魔力量は並以上にあるが、精神的におおざっぱで集中力に欠ける河南子に繊細な魔力操作ができるはずもない。

 魔力操作を完全無視して魔力を集めるだけ集めての一撃だ。しばらくは魔力の煽りを受けて腕に負荷がかかるのも無理はない。

 しかし、河南子は戦闘姿勢を崩さない。前にはまだ、芽衣を初め多くの敵がいるからだ。

 が、河南子は目を見開いた。

 既にこちらに向けられていた、芽衣の腕を見て。

「わたし、知ってるよ? 河南子ちゃんのその技、使ったらしばらく腕が使い物にならなくなるって」

 淡く発光する手の平。既に魔術は、

「だから、これで終わりだね」

 完成、されている。

「『囚人の石碑(フォービッド・グレイブストーン)』」

 その魔術が告げられた途端、河南子の足元の地面が隆起し、まるで取り囲むようにしてドームを造り、閉じた。

 それはまるで文字通りに囚人を捕え埋めた石碑の如く。

「これは!?」

「捕縛用の魔術だよ。それで移動させたりはできないけど、でも封じ込めるにはちょうど良い、魔術」

「芽衣……!」

「ごめんね、河南子ちゃん。……でもわたし、河南子ちゃんを殺したくなんてないんだよ。だからお願い、もうそのまま動かないで」

「芽衣!」

「お願いします」

 芽衣は河南子の言葉を無視して兵士たちに声を掛ける。

 杏は気絶中。河南子も閉じ込められたとなれば、もう邪魔立てする者は、いない。

 芽衣はわずかに顔を曇らせながら朋也を一瞥し、

「……ごめんなさい。でも、やっぱりわたしはお兄ちゃんが大切なんです」

「わかってる」

 芽衣の言葉に対し、朋也はあっさりと言った。

「春原も、芽衣ちゃんも……互いが人質みたいなもんだからな。それも仕方ないことだろうさ」

「岡崎さん……」

「でも、悪いな。芽衣ちゃん。俺は往生際が悪いんだ。最後まで抗わせてもらうぜ」

 剣を抜く朋也。そこへ兵士たちが勢いよく群がっていき、

「……させません」

 が、その間に突如割って入ってきた少女がいた。

 紅に髪を染め上げた、一対の聖剣を持つ剣士。それは、

「エアの遠野美凪!? どうして……!」

 誰かの叫びが紡がれきれるよりも早く、目にも止まらぬ居合いが群がってきた兵士を迎撃した。

 朋也の驚きをかき消すように、他の場所からも激しい破砕音が響いてきた。

 見れば、見知らぬ連中が次々と兵士たちを撃退していた。中にはさっきの杏の仲間もいる。つまり、

「カノン、軍か……!?」

「岡崎朋也、だったか?」

 それを肯定するように、その声は届いてきた。

 その声を、忘れるはずがない。睨みつけるように振り返った先、気絶した杏の傍らに立つ男がいる。

 そう、覚えている。

 いまやカノン王国の王となったその男の名は、

「相沢、祐一……!」

「事情は掴めないが、お前の腕の中にいるのが古河渚で間違いないんだな?」

 朋也に抱かれた渚が『?』と首を傾げる。

 だが朋也は睨むのを止めない。あのときの記憶は、まだ色濃い釘となって朋也の心に突き刺さっている。

 祐一はそんな視線に小さく嘆息し、

「言いたいことも聞きたいこともあるだろうが話は後だ。いまはまずここを退く」

「させません! 『地竜の咆哮(グランドダッシャー)』!」

 そうはさせまいと芽衣が魔術を放つ。

 大地を巻き上げ奔る土砂。だがそれは祐一の前に立ちはだかった神耶の棺の一振りで消し飛ばされた。

「そんな……!?」

「悪いけど、遊んでいる暇は無い。――祐一」

「わかってる。岡崎朋也、こっちへ来い。ここから離脱する」

「待ってくれ、あそこに河南子が……!」

 朋也の視線の先、土で形成されたドームがある。こじ開けようと打撃音が響いているが、ダメージの色濃い河南子ではそれは壊せないらしい。

「! ――美凪」

「はい」

 事情を把握した祐一が美凪に命じた。瞬間、理解した美凪がすぐさまそのドームへ疾駆する。

「琥珀流抜刀術、奥義――」

 腰を沈め、一つの刀に全ての意識を集中させ、

賀正箒星

 放たれるは神速の一閃。それは『囚人の石碑』をあっさりと切断した。

「河南子!」

「!」

 突如切り開けた結界に呆然としてた河南子だが、朋也の声にすぐさま後ろへ跳ぶ。

 それを見て芽衣が追撃をはかろうとするが、それを遮断するように炎が舞い上がった。

 それは美凪の『火月』。美凪は芽衣を一瞥だけして、やはり祐一のもとへと下がる。そして、

「跳べ、美汐!」

 祐一の声と同時、そこにいた全ての者が一瞬で姿を消した。、

 周囲の兵たちが驚いたように周囲を見渡す。が、無論祐一たちの姿は無い。

 それを芽衣と、いつの間にか着地し蹲っていた俊夫が眺めていた。

 

 

 

「てぇぇぇぇぇ!!」

 美佐枝の号令と同時に空を埋めるほどの矢が放たれる。回避する隙間は、無い。

 が。シャルはただそれを笑って見上げて、

「――衝撃は風を起こす――」

 思いっきり足を地面に叩き付けた。

 瞬間、叩きつけられた衝撃がそのまま強大な風となり巻き上がり、降ってきた矢全てが吹っ飛んでいく。

「なっ!?」

「この程度で驚かれても、ねぇ?」

 左右から挟撃してこようとする兵たちを無視するように前方、門扉に向かってシャルが疾駆する。

 そうして今度両の袖から出てきたのは、鎖付きの巨大な鉄球。

 かなりの重量がありそうなそれを左右それぞれ思いっきり振り回し勢いをつけ、門扉へ放った。

 ゴガァ! という強烈な音と同時鉄球が門扉に減り込む。だが、無論これで終わりではない。

「――接触は衝撃を生む――」

 告げられた(まじな)い。瞬間、既に門扉に突き刺さった鉄球から第二の衝撃が突き奔る。

 呪具『激震王』。触れた対象に激しい衝撃と振動を放つ呪具。

 既に鉄球により皹の入った門扉が新たな衝撃に耐え切れず崩れ始め、上に並んでいた弓兵たちも巻き込まれるようにして下へと落ちていく。

 それを一瞥し、シャルは真上へ跳躍した。

 高い。

 シャルの跳躍が止まるころには、眼下には体勢を立て直した弓兵たちと、追いついてきた剣や槍を持つ兵が集まっていた。

 真下。その一箇所(、、、)に。

「しまった、これが狙い!? ……皆、散りなさい!」

 美佐枝がシャルの思惑に気付く。一連の動きは全てそこに兵たちを集めるためのことだと。

 が、それが既に遅いことはシャルの笑顔が物語っていた。

 シャルが空中でクルリと一回転する。するとスカートから拳くらいの大きさの黒い球が二十個ほど零れ落ち、ゆっくりと吸い込まれるように地面へ落ちていった。

 それほど重量はないのか。地面や兵士たちに軽く触れて、

「――接触は爆発を巻き起こす――」

 瞬間、大地に二十もの炎の花が咲いた。

 これもシャルの持つ呪具『爆炎王』。何度も使える一種の爆弾のようなものだ。

 が、これで終わらない。

「わたしの本領は、呪具の連携にあるんですよ」

 言って、まだ爆発と絶叫止まぬ大地に向かってシャルはあるものを投げつけた。

 大地に突き刺さる大剣。

 それは――呪具『アルビカルト』。

「――全ては連鎖する――」

 次の瞬間、

「呪具連携――爆炎の園(ダイナマイトガーデン)

 爆発が連鎖し(、、、、、、)周囲一帯が爆破の波に覆い尽くされた。

 まるで大地に太陽があるかの如き光が世界を覆い、耳を劈くほどの衝撃音を撒き散らして爆発が地を染めた。

 目に見えるだけで爆発の数は百以上。しかも威力まで底上げされているようで、一つ一つの爆発が尋常ではないほどに大きい。

 シャルが着地する頃には一帯は根こそぎ吹き飛ばされ、あたかも最初から何も無かったかのように、ただ荒野が広がっていた。

 あれだけいた兵も、綺麗さっぱり消し飛んでいた。死体すら残らない。

 圧倒的。桁違い。

 これがシャルロッテ=アナバリア。

 数多の呪具を持ち、それらを連携させることで更に多くの技を持つ呪具の支配者。

「……化け物……!」

 唯一、いまの爆撃を防御して生き残った美佐枝が憎々しくそう吐き捨てた。

 だがそれすらも褒め言葉だと言わんばかりに、シャルはにっこり(、、、、)と笑みを浮かべた。

「とりあえず一人は生き残りましたね。いやぁ、良かったです。これで終わりだなんて言われたら、興醒め甚だしいですからね」

 ゆっくりと美佐枝に笑顔のまま視線を向け、

「で、あとどれくらい持ちますかね?」

 ゾクリ、と。美佐枝の肩が思わず震えた。

 瞬間、シャルが再び高々と跳び上がる。美佐枝が慌てて振り仰ぐ先、既に袖からは鉄球ではなく銃を構えたシャルがいる。

「――触れし物は加速する――」

 怒濤王から放たれる弾丸の雨。それを、美佐枝は舌打ちしつつ見上げ、

「はぁぁぁぁ!!」

 なんと、拳で全てを打ち払っていった。

 それを見てシャルはわずかに驚いたように目をしばたたかせ、

「ゴーレムですら一撃で粉砕するほどの弾丸を拳で払いのけるなんてすごいですね〜。

 その硬度、地属性ですかね? 地のマナを自らの拳に集めて硬度を高めている。なるほど、さっきの攻撃を防げるわけです」

「見下すのも大概にしなさい。あたしだってやるときはやるわよ!」

 グッと拳を握り、地面に向かって振り下ろす。

ギガントアーク!!」

 すると大地が戦慄き、岩で出来た巨大な棘が次々と乱立し、伸びてシャルへと向かっていく。

「あたしもあんたと同じで広範囲戦闘向きなのよね! 広大な領域……あなただけのステージじゃないわよ!」

 美佐枝は知っている。シャルがあれだけの高度を取るために使っている呪具は『跳ぶ』ためのものであって『飛ぶ』ことができるものではない。

 つまり、シャルは空中では身動きが取れないということだ。

 そして銃や鉄球で迎撃しようとしても間に合う数ではない。

 ――いけるか……?

 だが、美佐枝は見た。

 未だ笑顔の、シャルを。

「この程度でわたしを倒せると思ってるんですか?」

 シャルの袖からは、鉄球――激震王が出されていた。が、今回は鎖が付いていない。

 そしてシャルは激震王に足を乗せ、

「――衝撃は風を起こす――」

 二段ジャンプの要領でシャルは更に高く舞い上がった。

 そしてそれだけじゃない。足場として使われ、衝撃の風を直接受けた激震王は無論凄まじい勢いで岩の棘を砕きながら地面へ突き進む。

 そうして轟音と共に激震王が地面に降り落ち、

「――接触は衝撃を生む――」

「!?」

「呪具連携――疾風砲丸(スパイラルスマッシュ)

 接触した力をそのまま衝撃の力に変換する激震王は、叩きつけられた勢いを全て衝撃として地面へぶつける。

 圧倒的な衝撃を与えられた大地はまるで地震でも起きたかのように激しく震え出す。

「くあ……!」

 ――回避だけでなく、それを利用して攻撃に!?

 立ってることも適わぬ振動に、思わず美佐枝は倒れこみ――視線の先に、それを見た。

「――全ては連鎖する――」

 ……未だに大地に突き刺さったままの、アルビカルトを。

「呪具連携――地獄の決壊(グラビトンクェイク)

 刹那、凄まじい振動が大地を震わせた。

 振動を連鎖させたのだ。振動と振動が連鎖し、強大な波となって大地を揺らす。

 まるで大地が恐れおののくかのような激しい鳴動。耐え切れずあちこちに地割れが巻き起こり岩が突き出す。

 立つことすらできない激しい衝撃の中で、美佐枝の周辺にも地割れが奔る。身体を転がしたりしてどうにかそれに巻き込まれないようにするが、

「がぁぁ!?」

 盛り上がった岩盤に背中を打ちつけ、美佐枝は大きく吹っ飛ばされた。

 その頃にはもう振動は止まっていたが、地面の惨状は相変わらず。転がったまま地割れの中に巻き込まれそうになり必死に突起に手を掛けた。

 そうしてなんとか割れた大地の中に飲み込まれずに済んだ美佐枝がホッと息を吐くが、

「あれ? 何を安心してるんです?」

「!?」

 前方、着地したシャルがこちらに怒濤王を向けてにこやかに微笑んでいた。

「あなたの状況は何一つ変わっていませんけど?」

「く……!」

 強い。まさしく圧倒的。

 しかもまだ底が見えない。シャルはあれでまだ本気を出していないような気がする。

 どうする!? と美佐枝が打開策を考え始めた瞬間、突如それは訪れた。

 空間が歪み、いきなり十人程度の者たちが出現する。それは、

「祐一さん」

「シャル、終わった! 退くぞ!」

「了解でーす」

 シャルの仲間らしい、と判断した美佐枝は内心安堵する。これで終わる。そう思った――瞬間、

「――触れし物は加速する――」

「な!?」

 そんなことあり得る筈が無いだろう、とでも言うようにその弾丸は放たれた。

 だがたったの一発。背中を打ちつけた挙句に体勢を崩しているとはいえ、一発程度なら打ち払うことはできる。

「舐めるな!」

 拳に地の魔力を込めてその弾丸に叩き込む。

 だが、そこで気付いた。

 いままであれほど周到に技を繰り出してきたシャルが、こちらの状態を知った上でこんな甘い攻撃をするか?

 しかし、気付くのが少し遅かった。

 拳を打ちつけたその弾丸は、

「――接触は爆発を巻き起こす――」

 触れたことで爆発する呪具、爆炎王。

「呪具連携――嘆きの一輪華(ハーミットブレイク)

 高速で発射され、それを相殺するほどの拳の接触力を蓄えた爆炎王は、それは見事なほど大きな爆発を巻き上げた。

 その業炎を背に、シャルはただにこやかに祐一たちに言った。

「さて、帰りましょうか?」

 

 

 

 シャルが祐一たちと共に去った後。

 未だ濛々と浮かび上がる爆煙の中から人影が現れた。

「が……ぁ……っ」

 結論から先に言えば、美佐枝は生きていた。

 地属性は六属性の中で最も防御力に優れる属性。

 シャルの思惑に気付いたその瞬間、地の魔力で薄い膜のようなものを身体に張りつけてどうにか生き延びたのだ。

 とはいえ、満身創痍。もはや動くこともままならないほどの重傷で、美佐枝はゆっくりと倒れ伏せた。

 シャルロッテ=アナバリア。そしてカノン軍。

 あれだけの強さを持つ国と戦って、果たして本当に勝てるのか。

 そんなことを考えながら――美佐枝は意識を失った。

 

 

 

 全てが終わり、雨も止んだクラナド。

 傷付いた兵の治療や損害箇所の修復などに兵が奔走し始めている。

 それを王城のテラスから見下ろす和人は、しかし機嫌が良いように口元を崩していた。

「近衛騎士団、騎士団の損耗率二割強。隊長格並びに匹敵する人材はほぼ無傷の模様。

 また王都の入り口に配備していた特務部隊の被害は七割弱。仁科理絵、杉坂葵両名は健在です。ラドス警備部隊に至っては壊滅。

 建築物の損害に関してはいまはまだ情報を収集中であり――」

「構わん。その辺りのことはどうでも良い」

 被害状況を淡々と告げていた己が腹心、葉子の言葉を遮り和人はほくそ笑む。

「重要なのは古河秋生と古河早苗がこの手中に納まったことだ。それだけで全てお釣りが来る」

 千近い兵が死に、修復に億単位の資金が飛ぶほどに破壊された施設がありながら、そんなことを言った。

 だが、和人はこれを待っていたのだ。

 古河渚のことなんてつまるところどうでも良かった、別に他の事でも構わなかったのだ。

 古河家に軍を動かすことが出来る口実さえ作れれば。

 だからこそ、葉子たちを古河家に張り付かせていたのだから……。

 そして、和人の目論見通りに事は運んだ。

 和人は、重要な切り札(、、、)を手にするための鍵を手に入れたのだ。

「これはほんの足掛かりに過ぎないが、このステップなくしてアレを手に入れられはしない。そしてアレさえ手に入ればエアとて掌握できる」

 ククク、と喉を鳴らし和人は葉子に視線を移す。

「エアの承認を得た。直にあの計画も動き出す。葉子、お前にはまだまだやってもらわねばならぬことがある」

「仰せのままに」

「クックックッ……フハハハハハ……ハァーハッハッハッハッハッ!!」

 葉子の恭しい返事に和人は高笑いを上げて部屋を後にしていった。

 それを見送り、一人部屋に残った葉子は、

「……全ては、()の計画通り、ですか」

 そう、小さく呟いた。

 

 

 

 あとがき

 はい、神無月です。

 というわけでとりあえずクラナド編は終了〜。まぁ次回もその余韻のようなお話なんですけどね。

 で、今回はまぁいろいろとありました。

 神殺しの秘密の一旦も明らかに。神殺しに関してはもう少ししてそのほとんどが解明されるでしょう。お待ちアレ。

 あ、ちなみに某お方に神殺しが反応していないのはミスではなく仕様です。誤解なきよう。

 そして新たな伏線。和人の思惑は如何に。

 ではまた。

 

 

 

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