神魔戦記 間章  (九十九〜百)

                    「美咲」

 

 

 

 

 

 やや雨雲が目立ち始めたカノンの空。

 その曇り空に感化されたように、どこか憂鬱げな表情で城を歩く少女がいた。

 メイドのような魔術師衣装に身を包むのは、鷺澤美咲。氷の魔術師としてカノンの貴重な戦力であり、かつ侍従長も勤めている重要な人間である。

 ……はずなのだが。

「はぁ」

 美咲の口から出るのは大きな溜め息一つ。

 彼女、実はいまある悩みを抱えていた。それは、

「……私、いまご主人様の役に立てていないんじゃないでしょうか……?」

 ということなのである。

 以前まではそんなことを考えることはなかった。

 祐一の身の回りの世話をしたり、戦闘でもしっかり自分が役に立っているという自覚もあった。

 が、祐一が王になり、仲間が多くなってからその考えも徐々に崩れ始めてきた。

 身の回りの世話。これはもう論外。王妃である有紀寧や観鈴が祐一の身の回りのことは全てしてしまう。

 魔術による戦闘面。これにおいては自分なんかより遥かに有能なさくら、佐祐理、澪といった世界でも有数の魔術師が仲間になった。

 となると、だ。

 美咲としてはこう考えてしまう。自分はあまり役に立っていないのではないか、と。

 けれど彼女は鷺澤美咲。

 一見気弱そうに見えて、実は案外ポジティブシンキングな彼女は、

「うん、もっと頑張ろう。もっとご主人様のお役に立てるように、強くなろう!」

 むん! と拳を握り意気込んだ。

 思いついたが吉日。祐一たちがクラナドに向かっている間に、少しでも修練を積もうと闘技場に足を運ぶ。

 さくらに魔術の師事を受けていたが、そのさくらが封印されてからはずっと自主鍛錬をしている。

 ……いるのだが、どうにも伸び悩む。やはりこういうのは教えてくれる人がいる方が効率は良い。自分ではどこがいけないのかがわからないから。

 佐祐理は佐祐理で急がしそうで、どうにも声をかけるのを躊躇ってしまう。

 と、そこでふと思い至ったことがあった。

「……澪さんは、どうなんでしょうか?」

 正式に同盟を結べばワンに戻る立場だが、それまでなら教わることもできるだろう。文字魔術を習う、というのも面白いかもしれない。

 そんなことを考えながら闘技場に近付いたところで、

「なっ!?」

 思わず身震いしてしまうほどの圧倒的な魔力の重圧が空間を軋ませた。

「なに……!?」

 慌てて美咲は駆ける。その発生源は間違いなくこの闘技場の中にいる。

 そうして入り込んだ先。そこには三人の少女がいた。

 川澄舞、上月澪、月宮あゆの三人。

 この魔力の発生源が澪ならばすんなり納得できただろう。しかし、この魔力の渦の中心点にいたのは、

「――あゆさん!?」

 そう、それは月宮あゆ。

 舞と対峙するように真正面、第二形態に移行しているグランヴェールを構えあゆは凄まじい魔力を撒き散らしていた。

 グランヴェールから迸る光も尋常ではなく、どういうわけかあゆの背には従来の翼とは別にもう一対、光により形成された翼があった。

 もとからある翼もまた光に包まれ、さながら二対の巨大な輝く翼を纏った天使のようだ。

「――」

 あゆが何事かを口にした。ここからでは遠すぎて何を言ったかは定かではなかったが、そこから周囲に散っていた魔力が一気に集約を開始する。

 全てはグランヴェールに。そしてグッと腰を落としたあゆが一気に、

「――――ッ!!」

 何かを叫び踏み出した。

 ゴッ!! という快音と共にあゆの身体が吹っ飛ぶように加速する。背中の二対の翼が大きく戦慄き、さらにあゆの身を前へ前へと押し進める。

 そのスピードは真琴にすら迫ろうかという領域。

 それだけの加速を見せながら、あゆは一気に舞に向かっていく。

 それを見て、一人離れていた澪が写本を取り出した。千切れ飛ぶは三枚のページ。澪の指がなぞるその魔術の名は、

墜落の地龍壁(アークェリア・ハイウォール)

 瞬間、舞とあゆの間を隔てるように巨大な岩の壁が出現する。

 基本六属性において最も防御力に優れる地属性。その超魔術がしかも三発分ともなればその防御力は推して知れる。

 だが、それがあってなお舞は防御の姿勢を取った。それの意味するところは、

 ……あゆの攻撃が防御系超魔術を三つ使用してもなお止まることはないと確信しているということ。

「貫いちゃえぇぇぇぇぇぇ!!」

 グランヴェールの柄尻から光が噴出し、急激な加速となってその防壁に激突する。

 地の超魔術による防御。それを破壊するとなれば同じく超魔術、あるいはそれに匹敵する力が必要になるわけだが、

「えぇぇぇぇぇいッ!!」

 あゆはそれの一枚目を容易く貫いた。二枚目も同様。三枚目からはやや失速したが、それでも一秒と持たず防壁を突破する。

 美咲は絶句した。超魔術による防御魔術を三枚、数秒で叩き割るというその技はもはや尋常ではない。

 勢いも光も随分と落ちたが、それでもあゆの突進は止まらない。その光の一撃を舞が聖剣『天ノ剣』で受け止めるが、

「くっ……!」

 だがそれでも止まらず、押し込まれるように舞は引き摺られて行く。

 グランヴェールの光の刃が『天ノ剣』に押し寄せる。頑丈な聖剣であろうと危ういのではと思えてしまうほどの高圧力の魔力。

 足を踏ん張り止らせようとしているが、ガリガリと床が削れるだけ。舞の表情が苦悶に色塗られ、

「!」

 舞とあゆはそのまま闘技場の壁に激突した。

 轟音と爆音。巻き起こる粉塵と共にその二つの姿は見えなくなった。同時に魔力の高まりも。

 そしていままでの鬩ぎ合いが嘘のような静寂が場に訪れた。

 美咲はどう動いて良いかわからずただ二人が激突した方向を凝視し、そこで動きを見た。人影の動きを。

「ぷはっ!」

 と、勢いよく粉塵から立ち上がったのはあゆだ。

 背中の翼はいつものものに戻っており、それをパタパタとはためかせてゆっくりと澪のところまで後退する。

 それと同時に舞もまた現れた。こちらもいつもの無表情に戻っているが、鎧や服が砂埃でかなり汚れていた。とはいえ怪我はなさそうだが。

「あ、美咲さん」

 その途中であゆがこちらの存在に気付いた。他の二人の視線もこちらに向けられることにどこか気まずさを覚えつつも近付いていくことにする。

「美咲さんも鍛錬?」

「あ、はい。魔術の修練をしようと思いまして……。でもあゆさん、いまのは?」

「あ、うん。ボクの新しい技だよ」

 まぁまだ未完成なんだけどね、とあゆは苦笑。

 あれで未完成ということに美咲は驚きを隠せない。あれほどの威力、すぐにでも実戦で使えそうなものだが……。

 そんな美咲の思考を感じ取ったのか、澪が中空に文字を綴る。

『確かに威力は十分なの。でも、あの技を発現するまでのチャージ時間が長すぎるし、魔力の集約率も悪いの〜』

「そこが問題だよぉ。一回使ったら魔力がすっからかんじゃ外したり防がれたりしたら終わりだもん」

「それにしてはまだ元気そうに見えますね?」

「あ、うん。あれでも出力は半分くらいに抑えてるから。魔力の消費も半分くらいだし」

「あれで半分ですか!?」

「もともとこの技は高威力の技が欲しくて作ったものだから」

 あゆはグランヴェールを見下ろし、

「ほら、ボクってグランヴェールの補助を使った速攻・物量戦がメインだったでしょ? でもそれだと強力な防御力とか結界を持ってる人には通用しないんだよね。だから澪さんに新技開発を手伝ってもらったの」

「その結果がいまの……?」

『あゆさんはもともと魔力量はあったから。グランヴェールっていう良い武装も持ってるし、手順と技術さえしっかりしてれば大技も可能なの。

 だからとある魔術の構成を改良・改変した術式を教えて、そこに集約、圧縮、連動、解放のプロセスを経て大技を作ってみたの』

「おかげで威力は十分だよ! あとはボクの技術の問題だね」

『でもそこが先が長そうなのー』

「うぐぅ。澪さん一言多いよ……」

 今度はその脇に立つ舞に視線を向ける。

「じゃあ舞さんは……?」

「実験台」

「え?」

『受けてみて初めてわかる欠点とかもあるの。だから頼んだの。

 ちなみに舞さんに頼んだのはあゆさんの新技は威力が高いから聖剣クラスじゃないと防げないからなの』

「あ、なるほど……」

 聖剣は加護を受けた武装なだけあって、生半可なことでは壊れたりしない。

 そういう意味では、確かにあのクラスの技を受けられるのは舞か美凪くらいしかいないだろう。

「あ……」

 と、そこでふと気が付いたことがあった。

 いまあゆは澪に新技を作ってもらった、と言っていた。

 そして澪は魔術師。

 とすれば……もしかして、新しい氷の魔術を教えてもらえるのではないか?

「あ、あの!」

 そう思ったときには既に口が開いていた。

 ? と小首を傾げる澪に対し、美咲はギュッと手を握り締め、

「私にも、えと……魔術を教えてくれませんか?」

 そう言った。すると、

『別に構わないのー』

 あっさりと、そんな文字が宙に書かれた。

 

 

 

『まずは美咲さんの能力を見せてもらうの』

 あゆと舞が休憩に闘技場を去った後、そう言う澪のため美咲は教会などでも行う簡単な判定検査を行った。

 魔術コントロールは遠くにある標的に障害物などを避けて魔術をぶつけたり、集約率は一定規模の魔力をどれほどの速度でまとめられるかなど。

 あくまで軽い検査のため精密な値は出ないが、大雑把に調べるならこれで十分だろう。

 それらの結果を見て、感心するように澪は数度頷いた。

『魔術コントロール魔力集約率や魔力の練り上げ方。どれも並の魔術師を軽く越えてるの。特に魔力操作はずば抜けてるの』

 魔力操作の技術に関しては澪ですら舌を巻いた。ここまで繊細に操作できる魔術師は世界広しと言えどそうはいないだろう。

 しかし美咲は軽く項垂れる。

「でも、私さくらさんみたいな魔力量はないし、佐祐理さんみたいな技術もないし、澪さんみたいな特異性もないし……」

『でも美咲さんには封印魔術があるの。そのおかげで助かってる人物もいるの』

「そうなんですけど、でもそれだけじゃ……」

 うーん、と考え込んだ澪は何かを思い出したようにポンと手を打ち、

『そういえば美咲さんには使い魔がいると聞いたの。ちょっと呼んでみて欲しいの』

「あ、はい。わかりました」

 美咲はゆっくり一歩分後ろに下がり、意識を集中させる。

 魔術式の構築。使い魔との契約のもとに展開される魔法陣がその足元に広がる。

「来て、頼子」

 そしてその名を呼べば、魔法陣の中心から見た目は完璧猫の頼子が出現した。……昼寝中だったのか、どこかボーっとしていたが。

 その頼子を見て澪はやや驚き、

『これは……もしかして竜種?』

「はい」

『まだ子供。でも魔術回路は十分だし魔力量も……。ちなみにいつもどう使ってるの? 多分、このくらいじゃこの子自ら魔術は使えないと思うけど』

「以前は、私の魔術補佐をしてもらいました。でも私が単独で超魔術を使えるようになってからは、接近する敵の迎撃を任せてました」

『魔力補佐……。つまり魔力の同調ができるの?』

「あ、はい」

 すると澪は何か考え込むように俯き、しばらくして顔を上げると、

『古代魔術、覚えてみる?』

「え、古代魔術、ですか? でも、私そんなに魔力量は――」

『確かに美咲の魔力量は並より高い程度。古代魔術を使えるほどの魔力量はないの。

 でも竜種がいて、しかも魔力の同調ができるのなら話は変わってくるの』

 ピッ、と澪は頼子を指差し、

『この子は確かにまだ幼くて自分で魔力を練ることはできない。でも竜種ならではの膨大な魔力と、巨大な魔術回路がある』

 そして、と指先を美咲に移し、

『美咲は魔力量は中の上くらいだけど、高い魔力操作能力とこの子と魔力同調できる技術がある』

 つまり、と澪の指が字を描き、

『力を合わせれば、古代魔術もいけるの』

「本当、ですか!?」

『理論上は。まぁやってみなければわからないの。というわけでこれを渡すの』

 澪は持っていた写本から一枚のページを切り破り差し出してくる。それを受け取った美咲は中身を見て、目を見開いた。

「これは……古代魔術の魔導書!?」

『の、写しなのー。見た目は一ページだけど魔力を通すと書物級の文字が浮かぶようにしてあるの』

「ど、どうして澪さんがこんなものを……?」

 古代魔術に詠唱は必要ない。つまり、詠唱を文字に置き換えて発動する文字魔術では古代魔術を発現することはできないはず。

 そう美咲が考えていることもわかっているのだろう。澪は一度小さく頷き、

『こんなこともあろうかと』

「……えっと、ここは笑うところですか?」

『訊ねられると悲しくなるの〜』

 美咲、苦笑。

 後に知ったことだが、澪のこのどこか茶目っ気があるところはワン国王の浩平に感化されたものであるらしい(茜談)。

『冗談はともかく。何事も用意しておくに越したことはないと思うの』

「確かにそれはそうかもしれませんね。でも、私が貰っちゃって良いんですか?」

 コクコクと二度頷く澪。美咲としても欲していた力なので、お言葉に甘えることにした。

 古代魔術は莫大な魔力を必要とする。詠唱もなにもないので発動こそ簡単だが、以降の行使が極めて困難なのだ。

 なまじ発動が簡単なだけに、軽い気持ちで古代魔術に手を出しその暴走で自滅する魔術師は多いのだとか。

 まぁそれ以前に古代魔術の記された書物を発見するのが大変なわけだが。

 ともかく、読み進めることにする。

 記されているのは氷の古代魔術。内容からして、自分を中心に一定周囲を攻撃する広範囲魔術のようだ。

 古代魔術に詠唱はいらない。必要なのは具現させる魔術のイメージと、その真名のみ。

 故に古代魔術の書に記される主な内容はその魔術の特性や注意点などがそのほとんどを占めている。

 それら全てを入念に読み上げ、美咲はその紙を足元に置いた。そして、

「力を貸してね、頼子」

 いままで美咲の足元で丸くなっていた頼子が美咲の声に応じるようにして人型へと姿を変える。

 猫のような耳と、飛び出た尻尾さえなければ美咲と瓜二つの頼子が美咲の横に並んだ。

「頼子、あなたの魔力、借りるわね」

『じゃあ下がってるの。結界は張っておくから思い切りやって構わないのー』

「はい、わかりました。では――いきます」

 手を握り、意識を集中させていく。

 基本、中核となるのは頼子だ。頼子の魔力を美咲に移したところで魔術回路の大きさからして意味がない。

 故に魔力を練り上げ魔術を発動するまで全て頼子の身で行うことになる。

 美咲がすべきはその全ての過程。魔力を練り上げ、魔術回路を通し具現化させ、暴走させずに発動する。

 本来自らの身体で行う魔術工程を全て他者の身体で行う。この難しさは相当のものだ。

 が、魔力操作に長けていて、以前から魔力の同調をこなしていた美咲であればこの程度のことはどうということはない。

 ――いけます。

 イメージが凝り固まる。頼子の身体を媒介として、その魔術は昇華していく。

 そして、頼子の魔術回路を経て外へと湧き出したそれの真名を、告げた。

「――!」

 叫ばれる魔術名。だが、それは音とならず耳に届かない。

 何故ならば。

 その名が告がれた瞬間に世界は全て停止したからだ。

『……これは、予想以上なの』

 闘技場の出入り口付近まで下がっていた澪が愕然としていた。

 それも無理はない。澪が闘技場全体に張った結界が根こそぎ凍結(、、)している。

 澪の前面に張り出されていた結界も、咄嗟に五枚同時展開してなければ凍りついていただろう。

 街の一角ほどもある闘技場全体が凍り付いていた。床も、壁も、天井も、はては大気中にあった埃やマナすらも。

 魔術師でなくともわかるだろう。この一帯にマナを感じ取ることができないことを。

 結界が無ければ、この闘技場を塵にしてもっと広範囲にまで被害は及んでいたかもしれない。

 マナや魔術すら凍りつかせる完全広範囲凍結殲滅魔術。書にはそう記されていたが……。

 驚くべきは竜種である頼子の魔力量と、それを自らの魔力であるかのように扱う美咲の技量と、そして互いの信頼感。

『……もしかしたら、いまとんでもない現場に居合わせているのかもしれないの』

 いまの方法を応用すれば、どのような魔術であろうと同じやり方でできるようになるだろう。

 美咲と頼子。そうなればこの二人は――もしかしたら世界最強の氷の魔術師になるかもしれない。

『?』

 で、その二人はというと……。

『あ〜あ』

「すー……すー……」

 澪、思わず苦笑。日頃ではあり得ない急激な魔力消費と魔力操作に意識を失い、凍りつく闘技場のど真ん中でそのまま寝入っていた。

 おそらく加減がわからずに全力で魔術を発動してしまったのだろう。

 とするとこれからの課題としては、

『加減の仕方なの〜』

 クスクスと笑い、澪は踵を返した。

 あのまま寝かせていては風邪を引いてしまう。誰かを呼んで運んでもらうことにしよう。

 そうして離れていく澪の後方で、美咲と頼子は重なり合って安らかな寝息を立てていた。

 

 

 

 あとがき

 ほい、どもども神無月です。

 えー、今回『美咲』と言っておきながらその実半分くらいあゆだったりします(ぁ

 まぁそれはさておき。読んでもらえばわかったと思いますが、つまりはパワーアップイベントということですね。

 新しい技を習得(しきれてはいないけど、とりあえず)した美咲とあゆ。二人のこれからの活躍にもご期待ください。

 それでは、また。

 次回の間章は割かし早いと思いますw

 

 

 

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