神魔戦記 第九十三章

                      「王VS王」

 

 

 

 

 

「おう、初めまして……って言うべきだろうな。俺は折原浩平。とりあえずワンの王なんかやってる。よろしく」

 その男――折原浩平と名乗った男はあっけらかんと、そんなことを言い放った。

 さすがの祐一も虚を突かれたように呆気に取られ、視線だけで美凪に「本当か?」と訊ねると頷きがきた。本当らしい。

 だが何故ワンの王たる折原浩平がこのようなところにいるのだろうか。

 まぁ、とにかく。王として挨拶された以上は王として返さなければなるまい、と祐一も言葉を返す。

「俺はカノン国王、相沢祐一だ」

「おう、それはなんとなくわかった。魔族と神族の気配をミックスしたような気配っつーのは稀だろうしなぁ、うん」

 と自分の言葉に納得するように頷く浩平。

 ……なんとなく掴みにくい相手だ、と思いつつ祐一は戦闘体勢を解く。

「……それで? ワンの国王ともあろう者が、こんなところに来て盗み聞きか?」

 ぐ、と浩平がたじろぐ。罪悪感はあったのだろう、申し訳なさそうに肩を落とし、

「いや、うん。ホントすまなかった。席を外そうかとも思ったんだが、いかんせんこっちも時間が無くてなぁ」

「時間が無い?」

「おう。なんせ誰にも何も言わずに城出てきたからなー、俺。いや、だってカノンに行くー、なんて言ったら長森とか茜とかすっげー怒るしさ。

 だから仕方ないんで抜け出してきました。はい。雑務放りっぱなしで」

 あっはっはー、と盛大に笑う浩平を見て、祐一は一瞬頭痛に苛まれた気がした。

 茜の苦労がなんとなくわかった気がする。以前もこちらに来たときに愚痴を零していたし。

 彼女曰く、

『浩平は王という自覚が無いとかそういう次元の人間じゃありません。

 わんぱく坊主がそのまま大人になって権力握って万歳三唱しているような子供です。えぇ、本当に』

 とか言っていたが、どうにも本当のようだ。

 ……まぁ、折原浩平という人物の人となりは理解した。

 いまはそれよりも、だ。

「――それで? 結局何をしに来たんだ?」

 すると浩平は「ん、あぁ」と思い出したように手を打ちつつ、あっさりと、

「カノン王、相沢祐一。あんたの力を試させにもらいに来た」

 瞬間、祐一の目前に浩平の腕が迫っていた。

「!?」

 戦闘で染み付いた反射能力がその一撃を回避する。

 そしてそのまま距離を取るようにしてバックステップを刻み、着地様に剣に手を掛けた。

「相沢さん!」

 すぐさま美凪が祐一の隣に立ち、『冥ノ剣』を構える。そんな二人を見て浩平はふむふむと頷き、

「なるほど。反応も悪くない、か」

 浩平は先程の位置からまるで動いていなかった。

 だが、おかしい。浩平の立っている場所から祐一のいた場所まではどう考えたところで手が届く距離ではない。

 ならばなぜ、という考えを頭の中で転がしつつ、警戒したまま口を開く。

「……これは、どういうことかな、ワン王?」

「いやね、あんたのことは茜からもよく聞いてる。茜から聞いた限りじゃあんたは俺好みの人物だ。あ、もちろんそっち方面じゃないぜ?」

 おどけてみるも、祐一や美凪が乗ってこないことを見て、悲しそうに嘆息する。

「……ま、いいけど。――だけど、だ。俺はさ、自分で見たことしか信じない主義なんだ。まぁそれは茜も同じなんだから信用できるんだろうが。

 で、まぁ本位でなくてもさっきの話であんたの性格や思想は理解した。で、あとはあんたの実力を知りたいわけだ」

 というわけで〜、と浩平は軽く肩を回しニンマリと笑みを浮かべ、

「勝負しようぜ、カノン王。あんたの力を俺に見せてくれ」

 本当に、明瞭快活な少年のような笑みで言い放った。

 それを見つつ、祐一は考える。

「……俺がお前と戦うことに意味があるのか?」

「俺としてはある。あんたとしてはないかもしれない。別にあんたが負けたからって同盟の話を切るつもりもないしな。

 まぁあれだ。俺の我侭だとでも思ってくれ。別に断ってくれても構わないしな」

 浩平の表情を見るに、その言葉に嘘はなさそうだ。

 本当に純粋に、祐一の実力を試したいだけのようだ。

 もしかしたらこの件でこちらが同盟の件を切る、という考えはないのか。

 いや、信用できない人物と同盟を結ぶ必要もない、ということか。

 祐一はしばらく考え込み、

「……良いだろう」

 そう返事をした。

 横で目を見開く美凪に軽く手を上げ、

「俺としても美凪や舞を圧倒したという折原王の力はどんなものか見てみたい。だから美凪、お前は手出しするなよ」

「……わかりました」

 渋々、といった様相で美凪は下がっていく。美凪としては浩平の実力がわかっているからあまり戦わせたくないと思っているのか。

 その様子を黙って見ていた浩平は、目の前でご馳走を置かれた子供のようにうずうずと身体を揺らし、

「話が早くて助かるぜ。んじゃ、始めて良いか?」

「あぁ。始めよう」

 よっしゃ、と浩平が頷いた瞬間、

 ……折原浩平の姿が消えた。

「――!?」

 空間跳躍、ではない。

 あれの場合、別空間――サイドマテリアルに入って出てくる、という工程を辿るため、必ず一瞬気配が消失するはず。

 ……だが、これは微細だが気配を残している。

 しかし場所を特定できない。何故なら、

 ――周囲一体に気配が散乱している……!?

 そう、まるでそれは折原浩平という存在を分解し辺りにぶち撒けたかのよう。

 百という気配が一にまで分解され周囲を漂うような、そんな異様な感じ。

 これをおぞましい、と感じてしまうのはきっと、そう。

 ……まるで折原浩平という存在に喰われているような、そんな錯覚。

「ボーっとしてると、一撃で終わるぜ?」

「っ!?」

 声は後ろから。顔だけ振り向けば、いつの間にか祐一の背中を狙うかのように浩平の腕があった。

 それが背中に触れるより先に祐一は身体を転がし、起き上がり様に無詠唱の下級魔術を放つ。が、

「なっ……」

 既にそこに浩平の姿は無い。ぶつかる対象を見失った魔術はそのまま木へと衝突し、爆発した。

「やっぱ良い反応だ。いままで結構な数の戦闘をやってきたんだなぁ。あるいは訓練の賜物かね」

 声は再び後ろから。弾かれるように距離を取りつつ振り向けば、なんでもないこのように隙だらけな格好で浩平はそこに立っていた。

「驚いてるな? ま、無理もないか。俺の能力は異常だしな」

「能力、か。特異体質か?」

「さて。それを探るのもあんたの仕事だな。ほら、止まってると終わるぞ?」

 言った瞬間だ。再び、浩平の腕が祐一の懐にまで飛び込んできた。

「!?」

 祐一と浩平の距離は飛び道具か魔術でもない限り絶対に届かない距離。

 その矢や魔術ですら秒は掛かりそうな距離を、しかし浩平の腕は一瞬で詰めてきた。

 回避は間に合わない。そう判断し剣でその腕を受け止めようとするが、

「あぁ、残念。それじゃ防げないぞ?」

 その言葉を体現するが如く、その腕は剣を通り抜けた(、、、、、)

「なっ――」

 そして浩平の手の平が祐一の腹に触れ、

「ほい、一発目」

 手の平から溢れた魔力が爆発し、激しく吹き飛ばされた。

「が……ぐぅぅっ!?」

 木を一本、二本倒してもまだ勢いが収まらず、三本目を半ばまで折ってようやく祐一の身体は停止した。

 祐一の服にもそれなりのアンチマジックは込められているが、そんなもの無駄だというように服には大きな穴が開いていた。

 腹は直撃を受け真っ赤に染まっている。多少肉が抉れたかもしれない。

「お、わりぃわりぃ。これでも手加減したつもりなんだが……。うーん、やっぱ魔力暴走は力の加減が難しいな」

「……暴走、か」

 剣を杖代わりにして立ち上がる。

 そう、いまのは決して魔術なんかではない。純粋に魔力を垂れ流し、滅茶苦茶な術式を使って暴走させただけのものだ。

 しかし、腕を経由した魔術が暴走を起こせば、その腕なんて軽く吹っ飛ぶはず。が、浩平の腕は何事もなかったかのように無傷でそこにあった。

「まだやれるか?」

「……当然だ」

 答えつつも、足はふらつく。

 なるほど、確かに折原浩平は強い。

 どういった能力かはまだわからないが、あれを初見で打ち破れる者はまずいないだろう。

 つまり、浩平を破るためにはまずあの能力がどういったものなのかを把握しなければならない。

「あの能力の正体、か」

 気配を拡散させ消えること。

 確実に届かない距離であるにもかかわらず届く腕。

 剣――つまり物理的なものを通過した腕。

 そして魔力暴走したにも関わらず無傷の腕。

 腕に何かしらの能力が、とも思うがそれだと一番最初の問題が解決できない。

「……駄目だな」

 看破しようにもまだ材料が足りない。これだけでは考えるだけ無駄だ。ならば、

 ――材料を作るまでだ!

 震える足に鞭打ち祐一は強く地を蹴った。

「お、来るか?」

 浩平は動かない。それを視界に入れつつ、祐一は呪文の詠唱を開始する。

 だがその詠唱が終わるり先に間合いに入った。詠唱しながら、祐一は横薙ぎに剣を振るう。

 浩平は回避しようとすらしない。このままの軌道でいけば首を跳ねるが、

「動きも良いな」

 余裕の発言。剣は、やはり浩平の身体を通過しただけだった。

 腕の時と同じく、浩平の身体に傷は一つもない。

 ――やはりか!

 腕が剣を通過したこと、そして浩平の姿が消えたことなどを考慮して、おそらく浩平には物理攻撃は通用しないと踏んでいた。

 だが、ならば、

「魔術なら――どうだ!」

 手を掲げる。集約した魔力が光となり、

「『踏破せし光の波(ラスターウェイブ)』!」

 光の中級魔術。手の軌道をなぞるように光の波が大地から湧き上がった。

 浩平を飲み込むように光の波が覆いつくす。――しかし、

「魔術の構成も早い、か。やるなぁ」

「……っ」

 魔術すら、浩平の身体を通り抜けていった。

 馬鹿な、と祐一は目を見開く。

 物理・魔術ともに浩平の身体にはダメージを与えられない。ということは――浩平は無敵だとでも言うのだろうか。

 いや、と祐一は首を振る。

 もしそうなら、エアやクラナドに何かをされたとしても、浩平一人敵の城に侵入でもして王を倒せば全て解決できたはずだ。

 誰かを殺すのが嫌だった、という可能性もあるにはある。だがそれだと茜から聞いた浩平像とは異なる。

 折原浩平という人間は、誰よりも国民を愛する王だ、と。

 ……だから浩平にも限界がある。つまり単身で乗り込めない何かがある、ということ。

 あるいは対単体でのみ無敵、とかそういう能力なのかもしれないが……。

 ――ともかく、まだ諦めるには早い!

 浩平の攻撃が来る前に祐一はバックステップで距離を取る。そうしてすぐさま魔術を編み込み、

「『覇王の黒竜(アルディアス・アルブラスト)』!」

 だがその闇の波動を、祐一は浩平にではなくそのほぼ中間と思われる大地に叩き付けた。

「おぉ!?」

 大地が抉れ、砂塵が舞う。それを見て浩平は、ほほう、と顎に手を添え、

「不意打ちを狙ってくるか? それとも撹乱?」

 やや身構える。いままでのようなどこまでも余裕に満ちた様子はなく、やや緊張した面持ちで、

「さぁて、どこから来る……?」

 呟いた瞬間だ。空気を切り裂く剣の一振りが真正面からやって来た。

「お!」

 とやや驚いた様子ではあるが、その剣閃は浩平の身体をすり抜けていく。

「てっきり後ろからかと思ったが、まさか正面とは――なぁ!」

 剣の間合いを考えれば祐一はすぐそこにいるはずだ。故に手を伸ばしたが――、

「あ、ら?」

 いない。腕は完全に空を切っていた。

 その疑問が一瞬で危険を告げる警告へと変化した瞬間、

「『光の剣(ライトセイバー)』!」

 真後ろから砂塵の闇を切り開くかのような光の一閃が襲い掛かってきた。

「おぉ!?」

 浩平は慌てて身体を反らし、その攻撃を回避した。

「ちっ!」

 舌打ち一つ。浩平は手を掲げると魔力暴走を起こし爆発を巻き起こす。

 爆風に弾かれるように吹き飛ぶ砂塵。その向こうで、右手にはうっすらと糸のようなものを括りつけた祐一が立っていた。

 それを見て、浩平は納得したようにうなずきを見せる。

「そうか、光属性の『物質を遠隔操作する魔術』か。してやられたぜ、くそ〜」

 祐一はいまの光景を反芻し、考える。

 いまの動きに、祐一は一つの打開策を見つけた。

 だからこそ――この布石が役に立つ。

「来い、折原浩平。次でお前に傷を付けてやる」

 それは、明確なまでの宣言。

 浩平は目を見開き、一瞬の後に獰猛な笑みを浮かべ、

「面白ぇ! やってみろ!」

 浩平が腕を振り被る。それがこちらに向けられるより先に、祐一は腕を上に掲げ魔術を放った。

「『漆黒の戦火(ダークレイン)』!」

 頭上から闇の弾丸の雨が降り注ぐ。だが浩平はそれに見向きもしない。

「効くか!」

 言う通り、その闇の雨は浩平の身体をすり抜けて全てが大地に着弾して穴を作っていく。

 祐一がそれに舌打ちし離れるように地を蹴るが、遅い。

「はぁ!」

 浩平の腕が、それを追うように伸びた(、、、)

 いや、伸びた、というのは語弊があるかもしれない。

 手の平も、前腕部も、上腕部も、どれも正常の長さだ。そうではなく、それらを繋ぐ関節部が(、、、、)消失した(、、、、)のだ。

 肩から上腕部、前腕部、手の平までそれぞれの距離がそれだけで人一人分はありそうな距離。

 それだけの距離を展開し、浩平の腕はまるで伸びているかの如く祐一を追っていく。

 それに対し祐一は手を掲げ魔術で応戦しようとするが、

「遅いな!」

 それよりもわずかに早く手の平が祐一の胸に行き着いた。そして再び魔力を暴走させ祐一を吹き飛ばそうとして、

 ――触れた瞬間、祐一が木っ端微塵に砕け散った。

「……は?」

 唖然とする浩平。それも当然だ。なにせ浩平はまだ何もしてないし、そもそも殺そうだなんて最初から思っていないのだから。

 ならば何故、と考えたところで、

 ――不意に、背中を衝撃が襲った。

「ぐあぁぁぁ!?」

 熱の塊でもぶち当てられたような痛みと凄まじい衝撃に浩平は思いっきり吹っ飛び顔面から地面に突っ込んだ。

 一体何が、と思い立ち上がって振り向けば、

「……な、あ?」

 そこには、さっき砕け散ったはずの相沢祐一がそこに立っていた。

「やはり、そうだったか」

 祐一は確信した笑みを浮かべ、浩平を見下ろす。そんな祐一を浩平は呆然と見上げ、

「いまの攻撃……お前が?」

「あぁ、そうだ」

「馬鹿な、一体どうやって……」

 すると祐一は地面に突き刺さっていた剣を抜き、

「お前の能力は一見無敵に見える。実際物理・魔術の攻撃共に効かないしな。

 だがその中で、だ。お前は背後からの『光の剣(ライトセイバー)』をかわしただろう?

 ……もし本当に全ての攻撃を無効化できるなら回避する必要なんてありはしない。ならどうして回避する必要があったのか。

 簡単だ。あの攻撃はかわさなければ当たる攻撃だった、ということだ」

 剣を鞘に納め振り返る。

「ならどうしてそれが当たるのか。『光の剣(ライトセイバー)』は何も特殊な魔術じゃない。そして普通の魔術なら無効化していた。

 つまり魔術がどうこうじゃない。ならば何が違うのか。……これも状況からすぐにわかる。つまり、不意の一撃というものだ」

 光の治療魔術を唱え、自らの腹部に当てながら、続ける。

「ここから、お前の能力は『自動、ないし常時発動型ではなく、本人の意思にのみ応じるタイプ』だと推察できる。

 なら簡単だ。お前の意表を突くような攻撃をすれば良いだけのこと」

 祐一が行った戦術は、最初から数段構えだった。

 そもそも浩平が見た後ろに立っていたあの祐一は偽者、祐一が光の魔術で作り出した分身だった。

 その間、祐一は出来る限り気配を殺し、木の枝に隠れ上から浩平の動きを見ていたのだ。

「って、ちょっと待て! 光属性の魔術に簡易分身を作る魔術があるのは知ってるが、あれは魔術なんか使えないはずだぞ」

「ああ、そうだ。だが、いつあいつが魔術を使った?」

「……は?」

 煙幕を張った後の最初に剣による一撃。あれは確かに『操集の光糸(オペレイト・スティング)』による遠隔操作であったし、『光の剣(ライトセイバー)』の一撃も本物だった。

 その後の『漆黒の戦火(ダークレイン)』もそうだが、どれも分身の祐一が放ったもの(、、、、、)ではない(、、、、)

 祐一は『操集の光糸(オペレイト・スティング)』で剣を使い意識を一方向に逸らせ、『光の剣(ライトセイバー)』で攻撃。浩平が距離を取り砂塵を吹き飛ばす前に分身を作り木へと上る。

 その後の『漆黒の戦火(ダークレイン)』は祐一がいる上から(、、、)放たれた魔術だったし、迎撃に分身が魔術を撃つ素振りこそしたが、結局撃たなかった(、、、、、、)

 指に取り付けられた糸もただのダミー。

 つまりは、

「……全部が全部、俺の意識を分身に集中させるための布石だったのか」

「あぁ。それまで余裕の態度を保っていたのに視界を失った瞬間わずかに構えただろう? あれが気になってな」

 あれを見た瞬間に祐一はもしや、と思いそれらの策を講じた。結果的には、それが正解だったわけだが……。

「さて、どうする折原浩平。まだ続けるか? 続けたところで俺が勝てるとも思えないが」

 不意を突く、というだけならいくつも案は浮かぶ。だが浩平がその気になればすぐさま決着は着いていただろう。

 そもそもどういう能力か知らないが浩平の意思で物体を通過できるなら、手を相手の身体に突っ込んで魔力暴走させればそれこそ必殺だ。

 しかし浩平は笑みを浮かべつつ「いやいや」というように手を横に振り、

「もう良いよ。十分あんたの力は理解できた。いや、まさか俺が攻撃を受けることになるとは思ってなかったけどな」

 なんせキー大陸合同武術大会でも一撃も受けなかったしなー、とどこか自慢げに、浩平。

 それはそうだろう。あんな死角もへったくれもない闘技場の上で浩平の不意を突くなんてそれこそ祐一や杏クラスの頭でもなければ不可能だ。

「でも、すげーな。それだけの頭を持ちながら、まだ覚醒とかいう奥の手持ってるんだろ? いや、敵に回したくはないなぁ、あんた」

「それはこっちの台詞だ。お前の能力は反則に過ぎるぞ」

 浩平が意識している以上どのような攻撃も受け付けない能力。

 おそらく防戦、ないし逃げに徹すれば誰も浩平を倒すことはできないだろう。

「結局、お前の能力は一体どういうものなんだ?」

 あー、と浩平は頭を掻き、

「なんて説明すりゃ良いかなぁ。……とりあえず俺は『半存在』って呼んでるよ」

「半、存在?」

「そ。実は俺、こことは別の世界に自分の存在の半分を取り込まれてるんだ。……つっても信じないか? まぁ良いけどな」

 いきなり別の世界、とか言われても困惑するなという方が無理だろう。

 横を見れば美凪も訝しげだ。

 そんな態度には慣れているのだろう。浩平は続ける。

「で、そのために俺を構築するマナは希薄なわけだ。あ、生物は全てマナで構成されている、って話は知ってるか?」

「大賢者ヨーティアの言葉だな。あぁ、知っている」

「で、それが薄い――というよりは連結が緩い俺は、その連結を自由自在に操ることができるわけだ。ま、こんな風にな」

 と言って浩平が右手を上げてみせる。すると次の瞬間、右手の半分がまるで霧に溶け込むようにして粒子状に消えていった。

「……なるほど。それが、あの通過の正体か」

 つまり浩平は敵の攻撃のルートを把握しその部分のマナ構成連結を解いて、まるで通り抜けているように見せていたのだ。

 なるほど。それなら不意の攻撃を食らう理由もわかる。

「まぁ別の世界どうこうはどうでも良いんだ。そっちはあんまり関係ないしな」

「そうなのか?」

「――若かりし頃の、馬鹿な契約のツケだよ」

 どこか遠い目をする浩平。

 それはいままでの浩平の表情や性格からは想像も出来ないほど、どこか悲しみに満ち溢れていた。

 だがそれも一瞬。そんな表情など最初からしていなかったかのように過剰な動きで立ち上がり、

「さーてと、んじゃあ帰るかな〜」

 んー、と背を伸ばし、祐一たちに向き直って、

「今日はサンキュな。あと盗み聞きはすまなかった。この通り」

「別にそれは構わない。それでお前に認められたのなら、まぁ安いもんだ」

「……そうか。あ、あとついでなんだが。今回の一件は内緒にしておてくれ。カノン王と私闘したなんて茜にばれたら俺の部屋が水没しちまう」

「水没?」

 なんでも以前も似たようなことをして茜の怒りを買ったらしい。

 そのときは部屋を水で埋め尽くされ、水圧で窓や壁は破砕、部屋に置かれていた全ての道具が流れ出すという悲惨な状況だったという。 

 まぁ茜からすればせっかく築いた外交関係を壊されかねないので怒るのも理解できるわけだが。

 茜ならやりかねない、と妙な納得をしつつ祐一は苦笑。

「ま、別に構わないが」

「そーか、いや、助かるぜ。あ、そうそう。同盟の件はもうしばらく待ってくれ。いま軍の皆や国民を説得してるところなんだ」

「王、自らが? それは――」

「王らしくない、か? でもそれを言ったらお前だって街に下りて民と話をしたり挙句には畑に手伝いに行ったりしてんだろ? それと同じことだ」

 そう言われては祐一も言い返せない。

 そんな祐一の何が面白いのか、浩平は口元を綻ばせる。

 頭の後ろで手を組み、空を見上げながら、

「俺はさ、民が皆納得してから動きたいんだ。独りよがりな政権なんて大っ嫌いでね」

 ほら、その方が絆も深くなるじゃん? と浩平は笑って言って去っていった。

 その在り方を、祐一は好ましいと感じ取れた。

 破天荒なところも多々あるが、この折原浩平という人物は間違いなく、王の器だ。

 街の人間と一緒に肩を組んで酒を飲み交わしたり、漁船に乗って一緒に魚を捕りに出かけたり、孤児院に行って子供たちと戯れたり。

 そんな困った王ですよ、と笑って語った茜を思い出す。

 祐一とはまた別の、どこか人を惹きつけるものが浩平にはあった。

 ワン国王、折原浩平。

 肩を並べて進んで行きたい、と。そう思える人物だった。

「しかし……」

「……どうしたんですか?」

「いや。背中にあれだけの傷があるのにあの王は本気でばれないと思ってるのか、とな」

「……あ」

「まぁ、良い。戻ろう。いい加減戻らないと怒られる、というのは人事じゃないしな」

 香里のことを考えると戻ろうとする足もやや鈍る。

 そんな祐一に美凪は小さく微笑み、

「……私も、一緒に怒られますよ」

「はは、そうか。それは助かる」

 それなら香里も少しは説教の手を抜いてくれるだろうか、なんて考えつつ、美凪と共に城へと戻っていった。

 

 

 で。

 案の定ワンに戻った浩平は背中の傷で今回の一件がばれ、茜に部屋を水没させられたらしい。

 

 

 

 あとがき

 ほい、どもども神無月です。

 というわけで祐一VS浩平でありました。そして浩平の能力本邦初公開(ぁ

 ぶっちゃけ祐一の言うとおり反則的な能力です。はい。

 いままで拍手や掲示板で「浩平は逃げに徹すればまず死なない」とか「浩平は負けることはまずない」と言っていたのはこの理由です。

 浩平を倒すには今回祐一の使った手である不意を突く戦略でしか不可能です。

 まぁ空間切断系か対消滅系の技、あるいは空想具現化でもあればごり押しでもいけるかもしれませんが。

 美凪や舞が勝てないのも当然、というわけです。真正面から挑む相手に関しては無敵ですからw 

 で、次回は人形遣いと二人の弟子のお話ですね。あぁ、やっとあの二人も出せるよ〜。

 ってなわけで、また次回に。

 

 

 

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