神魔戦記 第九十章
「クラナド、潜入」
王都カノンからエフィランズを経由せずにアストラス街道まで南下しようとすると、森やら岸壁やらと足場の悪い場所が多い。
無論平原などもあったりもするが、それはそれでカノンの気候ではかなり寒いわけで。
それはともかく、エフィランズに入ると捕まる恐れのある亜衣とエクレールは移動が遅くなるのは覚悟してそうしたルートを選んでいた。
が、もちろんそうしたルートには足場以外の障害がある。それは――、
「ぐおぉぉぉ!?」
突如、森の中で爆音と共に男たちの悲鳴がこだました。
「て、てめぇらなにしてやがる!? 相手はたかが女二人だぞ!?」
目の前の光景が信じられない、というように大柄の男が喚き散らしている。
木々に囲まれた森の中。
山賊のような男たちに囲まれるようにして二人の少女がいた。
言わずもがな。亜衣とエクレールである。
普通なら大勢の山賊に囲まれた少女二人といえば、少女たちがピンチ、という光景が目に浮かぶはずなのだが……。
「まったく。面倒ですわね」
「あ、あはは……」
長剣を肩に担いでこれ見よがしに溜め息を吐くエクレールと、苦笑いを浮かべる亜衣。
むしろ構図は逆転していて、真ん中の少女たちに周囲の山賊たちが怯えているという状況になっていた。
まぁ無理もない。山賊が五十人ほど列挙して襲ってきたにもかかわらず怯えるどころか反撃してきてこれを平気な顔で撃退してのけたのだから。
「くそ、全員でかかれば倒せる! 行くぞぉ!」
山賊の長であろう先程の大柄な男が吼えながら突撃してくる。それを見て他の者たちもやけくそ気味に突っ込んできた。
それを見たエクレールは剣を肩から下ろしながら殊更大きく溜め息をついて、
「まんまやられ役の台詞ですわね」
「え、エクレールさん。はっきり言うと可哀相ですよ」
「……あなたもなんだかんだで酷いこと言ってますわ。ともかく、これ以上面倒くさいのは御免蒙ります。一撃で決めますわよ」
「はい」
エクレールが剣を大地に突き刺し、水が溢れだす。
亜衣は炎の魔力をディトライク越しに練り上げそれを振り上げて、
「――青龍」
「炎斧の瀑布( 」
閃光と共に――森の一区画を炎と水が吹き飛ばした。
「まったく。何度目でしょうか。ああして山賊に襲われるのは」
ようやく森を抜けた頃、うんざりというように肩を回しながらエクレールが呟いた。
「カノンはもっと治安を良くする必要があるように思えますわ」
「でも王都や街は美汐さんたちが定期的に巡回しているから平和なんですよ?」
「……なるほど。街なんかを襲えなくなったから旅行者を襲っているのですわね。
なんだ、ということはあれは盗賊から山賊に成り下がったゴミというわけですのね。あぁ、手を出したことすら勿体無い気がしてきましたわ」
「まぁまぁ……」
こんな会話を繰り返すこともはや何度目か。
カノンを出てノルアーズ山脈を横断するアストラス街道へ直接向かっている道すがらああして山賊に襲われたことは一度や二度ではない。
やはり少女二人というのは山賊からすれば極上の餌に見えるのだろう。
だが結局彼女たちに指一本すら触れることもできずそのことごとくが壊滅という決まった結末にぶち込められていた。
そんなことをもう十回は繰り返しただろうか。
足場が悪く進行スピードが遅いことも相俟ってイライラは募る。エクレールはもうここしばらくずっと不機嫌だった。
そんなエクレールに亜衣は苦笑を浮かべるしかなく、早く着かないかなーとばかり思うようになっていた。
そして、
「あ、エクレールさん。あれ!」
「なんですの? わたくしいま沸々と苛立ちが膨れ上がっている最中で……って、あら」
亜衣の指差す先。そこにはアストラス街道が見えた。
ようやく辿り着いた、と亜衣は安堵の意味での溜め息を吐く。これでエクレールさんも落ち着くだろう、と。
「ここまで来ればもうすぐですわね。……ふぅ、長かったですわ」
「ずっと徒歩でしたからね。結構クタクタです……」
「亜衣。あなたはもっと体力をつけるべきですわ。そんなことでは遠征なんてできませんわよ?」
う、と呻く。
体力の無さは祐一や時谷からも指摘された亜衣の弱点だ。
だからこそ亜衣はいつも有事の際に城の警備に回されてしまう。
「どうすれば体力つくんでしょうか……」
「まぁこればっかりは一朝一夕で身になるものではないですわ。
地道に走り込んだり、訓練時間を少しずつでも延ばしたり、そうして作っていくものですもの」
「焦っても駄目、ってことですか?」
「そうなりますわね」
焦っても仕方ない、というのはわかってはいるが……やはり心は急いてしまう。
こういうことがあると特に、だ。体力があれば自分も一緒に行けたかもしれないのに、とどうしても思ってしまう。
……仮に一緒に行けたところで何も出来なかったかもしれないが、出来たことがあるかもしれないと思うと焦らずにはいられなかった。
そんな亜衣の思考を感じ取ったのか、エクレールは嘆息交じりに見下ろし、
「本来なら、技術を会得していく仮定で体力は自ずとついていくものなのです。
が、あなたはその『目』のおかげで……というかせいで技術だけ先行してしまい、なまじそれが完璧だからこそ体力が追いつかない」
「な、なるほど……」
亜衣は人の動きを見るだけでその技術を真似ることができる。
もちろんその人物の基本能力とは違うからあくまで模倣で終わるが、それでも技術としては一見で会得してしまう。
しかし、だからこそ本来それと一緒に培われる体力がつかない。
「あなたは体力の無いことに劣等感を抱いているようですが、それは大きな間違いですわ。
その目のせいで技術だけいっぱしのレベルに到達してしまっているから、他の者と自分を比較してしまうのでしょうがそれこそおかしいのです。
良いこと、亜衣。一度しか言わないからしっかりと聞きなさい」
「は、はい」
「あなたは皆が数年を掛けて到達しうる領域にわずか数ヶ月という期間で入り込んできた。そのことをまず誇りに思いなさい。
そして体力はそんな才能を持ったあなたの唯一の課題だと思いなさい」
「課題……」
「そ。あなたが一人前になる課題。
そしてその『目』は、すぐに戦いの術を求めたあなたへの贈り物だと思えば良いのですわ」
「贈り物、ですか」
「あなたはもう、とっくに求めているものを手に入れていましたのよ? それ以上を求めるのはあまりに人任せすぎますわ」
確かに亜衣はこの『見切り』の才能がなければここまで戦えはしなかっただろう。
早く戦いたいと望んだ、その結果が既にそこにはあったのに。……当たり前にあったものだからこそ、気付かなかった。
そういう観点に思い至らなかった。
そうだ。言われてみればこれ以上何かを望むのはお門違いに過ぎる。
課題。そう、課題だ。
体力だけは、雨宮亜衣が一人の人間として、目標を目指し積み重ねていかなければならない課題。
「エクレールさん」
「なんですの?」
「ありがとうございます」
振り向くエクレールを真っ直ぐ見つめ、
「考え方次第で、こうもゆとりが持てるものなんですね。……ありがとうございます。エクレールさんのおかげで、亜衣は頑張れそうです」
そう言う亜衣を数秒見つめ、プイっと再び前を見て歩き出してしまう。
でも気にしない。エクレールはもともとそういう人間だ。だからこそ亜衣は微笑を浮かべ、その後に着いていった。
そんなこんなで数十分歩き続けると、ようやくノルアーズ山脈が見えてきた。
……のだが、そのふもとに見慣れない物が見えた。
「陣……? クラナドと戦ったときの報告じゃそんなもの無かったはずなのに……」
「監視所、といったところでしょうね。おそらくカノンが動き出したらすぐに行動できるようにするためのものでしょう」
カノンがクラナドを攻めるにはここを通る以外に道はありませんし、とエクレールは顎に手を添える。
考え込みながらも歩を止めないエクレールを亜衣は慌てて追いかけ、
「え、エクレールさんどうしましょう!? 亜衣、カノンの人間だってばれたら……!」
エクレールはホーリーフレイムの人間だから平気だろうが、亜衣はそうはいかない。
下手すれば時谷と同じく捕まってしまう恐れがある。
「……落ち着きなさい、まったく」
どうしようどうしようと慌てふためく亜衣をエクレールは軽く小突き、
「ねぇ、亜衣」
「あ、はい。なんでしょう?」
「あなた、クラナドと交戦経験は?」
「え、ないです。亜衣が戦ったのはホーリーフレイムとエアだけですから」
「そう。なら好都合ですわ」
「あ、あの、え、エクレールさん!?」
「あなたは黙ってわたくしに話を合わせていれば良いですわ」
そうしてエクレールは亜衣を見下ろし口元を崩して、
「言ったはずですわ。物事は出来る限りスマートに、と」
「エクレール、さん?」
亜衣の疑問の声も無視してエクレールは真っ直ぐ陣へと歩き出してしまう。
一瞬迷うが、エクレールには考えがあるようだった。ならばここはそれを頼るしかないだろう。、
「止まれ。貴様ら、どこの者だ」
陣に近付いたエクレールたちの周囲をクラナドの兵が囲む。
数からすれば亜衣とエクレールなら強行突破できる程度だろう。だがエクレールは剣を抜かない。
「わたくしは、ホーリーフレイム三幹部の一人、エクレールですわ。クラナド王と面会を希望したいのですが」
「ホーリーフレイム!?」
「それに、三幹部って……!?」
クラナド兵の間にざわめきが生じる。
その中で一人の兵士が前に出てきて、
「し、しかしどうして三幹部ともあろうお方がカノン側から……?」
「……いままでカノンに捕まっていたのですわ。エアの強襲を好機と逃げ出してきたんですの」
それらは全て真実だ。だからこそ信憑性もあり、兵たちは迷っているようだった。
そして駄目押しのように一人の兵士が思い出したように、
「あ、そういえば……俺、クラナドで行われたホーリーフレイムの歓迎式でエクレール様を見ました!」
「っていうことは本物……?」
「あら、偽者に見えまして?」
「「い、いえ! 失礼しました!」」
慌てたように敬礼をし始めるクラナド兵たち。
ホーリーフレイムはクラナドとかなりの友好関係を築いていた。
その三幹部の一人ともなれば同盟国の大臣クラスに匹敵する人物だ。兵が粗相をしたとなれば首が飛んでもおかしくない。
慌てるのも致し方ないことだろう。
「わかりました! 国王陛下との面会のため、こちらで馬車を用意させていただきます!」
「あら、それは助かりますわ。さすがに逃走から山賊の度重なる襲撃と少し疲れ始めていましたの」
「それはお疲れ様です! あ、では陣までどうぞ! 飲み物でもお出ししますので!」
「あら、ありがたいことですわね」
随分と変わる態度に亜衣は思わず呆然としてしまう。
エクレールの肩書きがまさかこれほどとは予想もしていなかった。
と、そこで初めて気付かれたように兵士の視線がこちらに向く。
「あ、あのエクレール様。……ところでその娘はいったい?」
その言葉に他の兵の視線まで集まり、亜衣は思わず緊張してしまう。
でも亜衣は大丈夫だ、と自らを叱咤した。エクレールは任せろ……とは言ってくれなかったが、でも信じている。
エクレールはきっと自分も連れてってくれる。
そうですよね、という意味を込めて見上げた亜衣をエクレールは無表情に見下ろし、
「――この子もホーリーフレイムの一員ですわ。わたくしの直属の部下でしたの」
エクレールさん! と亜衣は喜びのあまり思わず声に出してしまいそうになったのを慌てて押さえ込んだ。
「エクレール様直属、ですか?」
「見えません? 確かに子供ですけど実力は折り紙つきですわよ。なんならあなたが戦って実力を試してみてもわたくしは一向に構いませんわよ?」
「い、いえ! 遠慮しておきます」
「あらそう。残念ですわね。でも懸命な判断ですわ。その子の手でここに来るまでどれだけの山賊が壊滅したか……」
「ちょ、エクレールさん!?」
エクレールがそんなことを言うから周りの兵士たちが亜衣を化け物を見るかのような視線で引いていく。
でも山賊はエクレールさんだって手を出したのにー、と言いかけてその口を指でスッと押さえられた。
「あら、わたくし別に嘘は言ってませんわよ?」
ニヤニヤと笑いながら言ってくるエクレールに、亜衣はようやく気がついた。
この人は、自分を苛めて楽しんでいる。
「そ、そーですけど! でも……!」
「そういうわけですので、あまりこの子を怒らせない方が良いですわよ?
身体を真っ二つにされたり燃やされたりしたくなかったら相応の態度をしてあげた方が身のためですわ」
「エクレールさんッ!」
怯えたように返事をする兵士たちにエクレールはクツクツと喉を鳴らして笑うだけだ。
別にクラナドの兵になんと思われようが構わない……はずなのに無意識に握り締めているこの拳は何だろう、と亜衣は考えてしまう。
そうして静かに怒る亜衣を笑いつつ、兵たちが方々に散っていったのを確認したエクレールが内緒話をするように亜衣の耳に口を近づけ、
「まぁまぁ、亜衣。そう怒るものでもないですわ。相手にこちらがどれだけ強いかをアピールするのは心理戦でも有効な手段ですもの」
「……確かにそうかもしれませんけど。でもエクレールさん。楽しんでませんでしたか?」
「あら、どうせやるなら楽しむ方が良いと思いません?」
「亜衣はいま初めて知りました。エクレールさんって結構意地悪な人だったんですね」
「えぇ、わたくしも初めて知りましたわ。こうやって誰かをからかおうだなんて未だかつて思ったことありませんもの」
え、と思わずエクレールを見上げてしまう。
しかしそんな亜衣の行動に気付かずエクレールは陣のほうを向いていた。
「どうやら支度が整ったようですわね。ではとりあえずお茶でもご馳走になりましょうか」
陣の入り口で準備が整った旨を報告している兵に手で返事をし、エクレールはそちらに足を向けた。
そんなエクレールを見て、思う。
未だかつてそんな気持ちにならなかった……ということは、自分はエクレールの近い存在になれている、ということなのだろうか、と。
そんなことを思いつつ、亜衣も陣へと歩を進めた。
茶をご馳走になり、用意された馬車で揺られること数時間。
ついにやって来たのは王都クラナド。
「ほへ〜」
「……何を馬鹿みたいに口開けっぴろげて見回してますの。落ち着きなさい」
「はわ、すいません!」
亜衣はカノンから出たことがない。同じ王都でも国が違うと結構違うのだなぁ、と不謹慎にも感動していたりした。
「あまり怪しまれるような行動は控えてくださいな。もしかしたらあなたもクラナドに来たことがある、という設定にするかもしれないんですから」
「え、でもそんな嘘は言ってないですよね?」
するとエクレールはこれ見よがしにはぁ、と嘆息し、指を一本立てて、
「良いですか、亜衣。人間というのはその心理上、嘘をつくときは必要以上に設定を作ってたくさん喋るものです。
それは嘘を見抜かれないようにするために、あたかも本当のことであるように思わせたいとする心理ですが、そこに陥っている時点で失敗です。
つまり真の嘘とは逆に周辺をぼかして、要点だけを述べるのがポイントなのですわ。
そうすれば後で何かを突かれた際にも臨機応変に対処できますし、あまり設定を作ってしまうと矛盾が生じて墓穴を掘りますからね」
「はぁ、なるほどです。勉強になります」
「……何故でしょうね。あなたにこういうことを教えている自分がとても悪い人間に思えてきますわ」
「はい?」
「いえ、なんでもありませんわ。……それより見えてきましたわよ、クラナド城が」
目で示される先、ゆっくりと振り返る。
やや小高い丘の上。カノン城にも似た、立派な王城がそこにはある。
そしてそこには――、
「時谷さんが――いる」
グッと手を握る。
自分の手で絶対に助け出す、と再度心の中で誓った。
そんな亜衣を半目で眺めていたエクレールが見てられないというように街の風景へと視線を外した。
「意気込むのは結構ですが、あまり暴走はしないようにお願いしますわね」
「はい!!」
めちゃめちゃ力んだ返事にエクレールは手で顔を覆い、
「……本当に大丈夫ですわよねぇ……?」
どことない不安に陥った。
というわけでやってきたクラナド城謁見の間。
審査も何も無くストレートで謁見とは。ここにきて改めてホーリーフレイム三幹部という肩書きの大きさに驚く。
「さっきも言いましたが、わたくしに全て合わせること。良いですわね?」
小声での注意に亜衣は黙って頷く。
そうしてしばらく待っていると、ようやくその人物が現れた。
「待たせてしまったようだね、エクレール殿」
袖から現れた人物にエクレールが恭しく跪く。それを見て慌てて亜衣も見よう見まねで膝を折った。
あの男こそ、宮沢和人。このクラナド王国の王にして宮沢有紀寧の兄。
祐一とは違い、『王』と周囲に見せしめるように着飾っている。祐一がおかしいのか和人が特殊なのか。二国しか見たことない亜衣はわからない。
が、亜衣は和人を見てわずかに眉を傾げた。
確かに兄妹というだけあって有紀寧と顔立ちは似ている。……が、何故だか少し違和感を感じる。
正体不明の感覚に、しかしいまはそんなことを考えている場合ではないとすぐさま思考を切り替えた。
「お久しぶりでございます、クラナド国王陛下」
「いや、あまり畏まらないでくれ。それより、用件は何かな?」
頷き、エクレールは顔を上げ、
「陛下はホーリーフレイムについてご存知でしょうか?」
「……あぁ、そういえば蜘蛛に壊滅させられたとか。いや、実に残念なことだ」
欠片も残念に思ってなさそうな顔で言う和人に亜衣は嫌悪感を抱いた。
だがエクレールは別段どうとも思ってないのか、表情を変えずに続ける。
「はい。ですからわたくしたちはいまもう帰る場所がありません。それで、お願いに参りました」
「お願い?」
「はい。我々をクラナドで雇ってはいただけないでしょうか?」
亜衣が驚きエクレールの背中を見やる。しかしエクレールはその視線を感じつつも和人から目を離さない。
「ふむ。生きるため、か」
「陛下ならばこの剣、預けても惜しくないと思いこうして参じました。いかがでしょう」
頭を垂らすエクレールに和人はふむ、と顎に手を添えると、
「……エクレール殿の実力は知っている。その力を貸してくれるというのならこちらから断る理由はない。近々大規模作戦もあるしな」
「ありがとうございますわ」
「だが」
和人の視線がエクレールから亜衣へ向けられる。
「そこの少女は別だ。我が国もいろいろと入用でね。無駄な出費は避けたい。力もわからない存在を雇う余裕は無いのだ」
「お言葉ですが陛下。この子はわたくしの直属部隊。そこらの兵より腕が確かなのは保証いたしますわ」
「ほう」
愉快げに口を歪めた和人が、側近に何がしかを舌打ちした。
袖へと下がっていく側近を一瞥した和人がこちらに向き直り、
「では、その実力。証明してもらおうか」
向けられた笑みに、亜衣は思わず身震いした。
全てを見透かそうとでもするような、探るような目。……あの目、生理的に受け付けられない。
その視線に晒されたまましばらく待つと、
「失礼します」
という男の声と共に背後の扉が開かれた。
「よし、こっちに来い」
ガチャガチャと鉄の音がする。鎧を着込んでいるのか。そしてその足音と気配からして数は十。
その者たちが亜衣たちの後ろで同じく跪くのが音でわかった。
「芳野祐介、以下近衛騎士団九名。参りました」
「うむ、ご苦労」
近衛騎士団、ということは高位の部隊だろうか。カノンの知識なので違いはあるかもしれないが。
しかし何故そんな者たちが呼ばれたのだろう、と内心で首を傾げていた亜衣に、和人の声が降ってきた。
「ではそこの少女。ええと名は確か……」
「あ、雨宮亜衣です」
「では雨宮。お前には実力テストとしてこの十人と戦ってもらう。この十人に勝てれば、雇ってやろう」
「え……えぇ!?」
近衛騎士団とさえ呼ばれる者たちを、一人でしかも十人を相手に。
――それってけっこう厳しいんじゃ……!?
並の兵士なら、とも思うが近衛騎士団、というフレーズは嫌でもプレッシャーを感じてしまう。
助けを請うようにエクレールを見るがエクレールが口を開くより先に和人がニヤニヤと口元を歪め、
「エクレール殿なら簡単に勝てる相手だ。そのエクレール殿が自信を持って推すのだから、相応の実力はあるのだろう?」
理解した。
和人は最初から亜衣を雇う気なんてないのだ。
亜衣を弱いと決めつけ、だったらと虐殺ショーでも見てやろうという魂胆なのだろう。
その崩れた笑みが全てを物語っていた。
――本当に、この人が有紀寧王妃のお兄さん……?
そう思ってしまうほどに和人は異常に見えた。
だがいまはそれはいい、と考えを捨てる。いま考えるべきはこの十人を相手にできるかどうか、だ。
数十人規模の対多数戦闘なんて国崎往人が攻め込んできたときの人形としかしたことがない。
だがあれとでは個々のレベルが違うだろう。もしかしたら本当にここで殺されてしまうかもしれない。
考えれば考えるほど、思考は負の方向へ落ちていく。
いままでは考える暇もなく敵を迎えたのでそんなことはなかったが、その方が良かったらしい。
かえって時間がある方が、余計なことを考えてしまう。
愚かにも手が小刻みに震え始めた。どうしよう、どうしたら良いんだろう、と迷いの坩堝にはまって――、
「やりなさい、亜衣」
凛とした声が、その全てを払拭した。それは、
「エクレール……さん? で、でも――」
「大丈夫。あなたならできますわ。それに……」
――助けたいのでしょう?
その言葉は口にこそ出なかったが、亜衣にはしっかりと伝わった。
そうだ。自分はここに何をしに来たのか。なんのためにカノンを出たのか。
「そうだ、亜衣は……」
思い出す。すると……身体の底から力が湧いてきた。
――亜衣は、助けるんだ! 時谷さんを!
「……わかりました」
立ち上がり、振り返る。
そこに跪いている十人の兵に向かって一礼する。そうして相手をしっかりと見据え、亜衣は言った。
「すいませんが――倒させていただきます」
もう恐怖はない。あるのはただ一つ。
絶対の――強き意思。
あとがき
ほい、どうも神無月です。
えー、というわけでクラナド潜入です。
なんか亜衣とエクレールが予想以上に仲良くなってます(ぇ
まぁそんなわけで次回は亜衣VS芳野祐介他近衛騎士団九名です。
あとあの智代たちの戦闘のその後のような話もありますのでお楽しみに。
ではまた次回に。