神魔戦記 第八十九章

                  「旧カノンの名残」

 

 

 

 

 

 盗賊騒ぎから一夜が明けた。

 王都や城の警備体制もようやく落ち着きを見せ、兵たちからも適度に緊張が解けていくのが見え隠れする。

 元エア第四部隊の受け入れに亜衣の行方不明から盗賊騒ぎとまさにてんやわんやであったことから、それもまた仕方ないだろう。

「……さて」

 そう思いつつ、謁見の間で玉座に座った祐一は意識を前に向けた。

 そこには身体を縛られた三人の少女がいる。

 一弥とリリスが撃退した、例の盗賊団『猫の手』のメンバーだ。

 その三人をそれぞれ等分に一瞥し、

「いや、しかし驚いたな。まさか盗賊団『猫の手』のメンバーがこれとは」

 昨夜は三人のうち二人が気絶したということで、一日置いたわけだが。

 ……盗賊団『猫の手』の噂は祐一がカノン打倒に燃えて地下迷宮に潜んでいた頃から耳にしてはいた。

 抜群の成功率を誇り、対象は国、ないし貴族のみという徹底振りが有名になった原因だと思うが。

 しかしその成功率故にいままでどれだけの構成員でできていてどんな人物がいるのかはまったくの不明とされていた。

 それが年端も行かない少女たちだったと知れば誰もが驚くだろう。

 ――まぁ、平均年齢の低さで言えばうちも大して変わらないんだがな。

 心中で苦笑。主要メンバーを鑑みればむしろこちらの方が異常なのかもしれない、とも思う。

「盗賊団が女三人じゃ納得できない?」

 ツン、とした表情で見てくる……というよりむしろ睨んでくる眼鏡をかけた少女は、確かルミエ=フェルミナ。

 とても気の強そうな少女だ。そして頭が回りそうな雰囲気でもある。

 話をするならこの人物か、と思い焦点をルミエに合わせた。

「いや、別に。実力に性別も年齢も関係ないことは知っているからな」

「……そうね。十歳くらいなのに魔眼持ちの女の子が城を巡回しているくらいだからね」

 リリスのことを言っているのだろう。

 彼女たちからすれば自分たちの気配消去の呪具を信頼しているからこそリリスが察知して来たわけではない、と思って『巡回』と言ったのだろう。

 マリーシアという気配感知に関しては世界でも五指に入るだろう人物がいることなど知らないのだから、まぁ無理もない。

 とりあえずその辺りを一々修正していては話が進まないので、このまま進めることにする。

「それで? お前たちはこうして捕まったわけだが……どうなるかわかってるか?」

 三人は答えない。

 ルミエも、そして右側で顔を背けていた少女、リディア=ノイリッシュもまた祐一を睨みつけるだけ。

 ただ一人、昨夜も自分から投降したというシャルロッテ=アナバリアだけはニコニコと推移を見守っていた。

 面白いメンバーだな、と思いつつ言葉を変える。

「聞きたいことがある。どうして盗賊業なんて始めた?」

 やはりルミエもリディアも答えない。ただお前になんか屈さない、という絶対の意思を秘めた瞳で睨み返してくるだけだ。

 さてどうしたものかと頭を抱え、

「もちろん物を盗むからにはお金に飢えていたということですよー」

 と、唐突にシャルが話し始めた。

「ちょっと、シャル!?」

「まぁまぁ、良いじゃないですか。ここで何も言わなければ下手すれば死刑ってとこなんですから。話すだけならタダですよ」

「でも! あなたの力だったら死刑場で縄を結び変える間にでもどうとでもできたでしょう!?」

「できますけどねー。そうすればわたしたちは国に仇なすお尋ね者ですよ? そんなことになったらあの人が悲しむと思いますけどねぇ?」

「ぐっ……」

 シャルの言い分にルミエが口を閉ざした。それを聞いて、なんとなく祐一は彼女たちの行動原理が見えた気がした。

「シャルロッテ、だったか。理由を聞かせてもらえるか?」

「わたしのことはシャルと呼んでくださって結構ですよ。あるいはロッテ、でももちろんシャルロッテでも結構ですけどね」

「ちょっとシャル!」

「まぁまぁ、お近づきの印、というやつですよ〜」

 よほど国という存在を嫌っているのか。普通に話しだし、ましてや名前を略称で呼べと言い出すシャルロッテにルミエはかなり激昂しているようだ。

 とりあえず話を聞かなければ先に進めない、と判断した祐一はルミエを半ば無視しシャルに視線を合わせる。

「それじゃあシャル、と呼ばせてもらおう。それで、話してくれるのか?」

 するとシャルははい、と頷き口を開き始める。

「実はわたしたちは戦争孤児だったんですよ」

「シャルッ!」

 怒鳴るルミエに、しかしシャルは振り向きもせず言葉を続ける。

「それを引き取ってくれた孤児院がカノンにありました。その孤児院の名こそ『猫の手』。わたしたち三人はそこでルリエンダ様に育てられたんです」

「ルリエンダ?」

「孤児院の責任者ですよ。ちなみに今年で齢八十というかなりのババァです。あ、失敬。

 それはともかく、そうしてルリエンダ様に引き取られ育てられたわたしたちは幸せに暮らしていたんです。五年ほど前までは」

「五年……前」

 祐一たちがまだカノンに戻る前だ。その頃にカノンで一体何があったのか、それは祐一もわからない。

 次の言葉を待つ。シャルは数拍の間を置き、過去を想うようにわずかに視線をずらして、

「五年前。カノンでは一斉に不必要な施設や国民への援助を廃止したんです。なんでも、なにかの研究のために資金が必要になったとかで」

「!」

 カノンの、研究。それは、

『なんかカノン軍、城の地下で物騒な実験をやってるそうなのよ』

 リリス――魔導生命体の研究か。

 杏は言っていた。

『エアや、それにクラナドも実験費用としていくらかの金額出資してたみたい』

 だが、あのエアやクラナドが成功するかもわからない研究に資金を出資するだろうか。……否だ。

 ならどうするか。

 簡単だ。相手に『この研究は進めていけば確実に実る』という証拠を示せば良い。

 だがそれを示すまでの資金はそれこそ自国で作らなければならない。だからこそ、そのような事件が発生したのだろう。

 香里の話ではリリスの計画は大臣連中が勝手に推し進めていたものであるらしいから、資金難だとか言って潤を言いくるめたのか、あるいは話を通してすらいなかったのか。

 ……もしかしたらあの医療施設の少なさも、効率という言葉にかこつけた費用削減だったのかもしれない。

「その煽りで戦争孤児に対する援助金はストップ。加えて孤児院も潰されたんですよ〜。だからリディアもルミエも国を嫌っているわけですが……。

 まぁそんなわけでわたしたちはカノンを出ました。で、ノルアーズ山脈とアゼナ連峰の交差するところにある廃屋に移り住んだんです」

「そして金が無いから金品を強奪していた。それもそんなことをした国や貴族から、か?」

「そういうことですね〜」

 言うなれば、この三人は旧カノンの名残。

 エアやクラナドに優位性を持ちたかったカノンが求めた力の煽りが、彼女たちに降り注いだのだ。

 ……考えてみれば、なんたる皮肉か。

 彼女たちは、その研究の結果であるリリスと戦い、こうして捕まったのだから。

「なるほど。事情は理解した」

 リディアとルミエの怒りの視線は相変わらず。そしてにこにこと笑ったままのシャルもまた相変わらずで、こちらの言葉を待っていた。

 ――このシャルという少女、まさか……。

 いや、詮索は後にしよう。どうあれ、自分は自分のすべきことをするだけだ、と。

「ではシャル。お前に頼みがある」

「はい。なんでしょうか?」

「そのルリエンダ殿に会わせてくれ」

「「なっ!?」」

 リディア、ルミエの表情が驚愕に変わる。だがやはりシャルは笑みを浮かべたまま、

「はい、良いですよー」

「おいシャル!?」

 リディアの怒鳴り声にもシャルは耳を貸さない。

 ルミエも続いてあーだこーだと叫んでいるがシャルはニコニコと微笑んだまま無視を決め込んでいた。

 疑念が確信に変わる。やはりこの少女は……。

「……まぁ、良い。一弥、美汐と栞を呼んできてくれ。こちらはそのメンバーで向かう」

「……御意」

 何か言いたげな一弥だったが、何を言っても無駄だと自己完結したのだろう。二人を呼びに向かっていった。

 そうして前で怒鳴る二人と笑って無視する一人を見て、

「戦争孤児……か」

 ほんの少し、自分の幼少時代を思い出していた。

 

 

 

 王都カノンを出て美汐の空間跳躍によりアゼナ連峰とノルアーズ山脈の交差地点まで向かった。

 案内はシャル一人。他の二人の場合道中で何をするかわからないということで置いてきた。……それもシャルの意見だったのだが。

『この二人がいると話がややこしくなりますから置いていきましょう』

 笑顔でそんなことを言うシャルにある種戦慄したが、それはそれ。

 四人はそうして、交差地点までやって来た。

「もう少し奥まったところにあります。口で説明するのはなかなかめんど――こほん、もとい難しいのでここからは歩いていきましょう」

 というわけで歩き続けることおよそ十五分。ふもとにそれは見えてきた。

「……これか」

 確かにそれは廃屋だった。

 が、一生懸命に手入れをした、というのが見て取れるほどには綺麗にされていた。

「最初はもっとボロボロだったんですよ〜。ルリエンダ様が一人でここまでにしたんです」

 そう言ってシャルは歩き出す。ちなみに彼女はもう拘束されていない。

 周囲の者は反対したが、祐一はこの少女の思惑に気付いていた。だからこそここで抵抗したり逃げたりはしないと確信していた。

 そう言ったときもシャルは笑っていただけだったが……おそらく彼女ならその理由も看破していそうだ。

「あ、シャル姉ちゃんだ」

「あ、ホントだ〜、お帰り〜!」

 と、不意に小屋から出てきた子供たちが、シャルを見つけて群がりはしゃぎだした。

「はい〜、ただいまですよ〜」

 その子供たちにシャルはいつもの笑顔で答える。

 そうしてシャルの帰還にキャッキャッと騒ぐ子供たちだったが、そのうちの一人がこちらに気付いて、

「……ね、お姉ちゃん。この人たち、誰……?」

 警戒の色をあらわにしてシャルの後ろに隠れていく。

 無理もない。特に戦争孤児で、このような生活をしていれば警戒心は自ずと強くなってしまうものだ。

 だがシャルはそんな子供たちの頭をポンポンと撫で、

「大丈夫ですよー。この人たちはわたしのお客様です。ルリエンダ様にお会いしてもらうんですよ〜」

 とシャルが言っても警戒心を解かない子供たち。さてどうしたものか、と祐一が思案していると不意に横から栞が一歩を踏み出した。

「はじめまして、私、美坂栞って言います」

 合わせて距離を取ろうとする子供たちだったが、栞の笑顔にその勢いを失う。

 そうして栞は子供たちに近付くと腰を折り目線を合わせ、

「よろしくお願いしますね?」

「え……あ……」

「あ、ちょっと足怪我してますね。どうしたんですか?」

「あ、えと、さっき遊んでたときに転んで……」

「そうなんですか。化膿したら大変ですよ? ちょっと失礼しますね」

「え、ちょっと……」

 慌てる子供を笑顔でやんわりと押さえ込み、栞はその怪我にスッと手を翳した。

 紡がれる魔力。優しく広がる癒しの力がその傷を治していく。

「うわぁ……」

「はい、おしまいです」

 にこりと微笑む栞。すると、

「す、……すげー!」

「お姉ちゃんすごい! 魔術師なの!?」

「ええ、まぁ」

「あ、じゃあアイツも治せるのかな!?」

「アイツ?」

「うん! 三日くらい前に遊んでて腕折れちゃったんだ。でもこの近く診療所ないし、おれたちなんかじゃ治療術師さんも相手にしてくれないし……」

「大丈夫ですよ。私に任せてください」

「ほ、ホント!?」

「じゃあ早く来てよお姉ちゃん!」

「はい」

 急かされるように腕を引っ張られていく栞が一瞬振り向き笑みを見せた。

 そんな栞に行ってやれ、というジェスチャーで返す。それを見て栞は頷き、子供たちに引っ張られていった。

 それを見ていた美汐がゆっくりと祐一を見上げる。

「主様。もしかして栞さんを連れてこられたのは……最初から?」

「孤児院まで潰した旧カノンが、孤児に対して医療施設を開放していたとは思えないしな。

 そこで諦めて医療施設には近付いていないだろうとは思っていた。いまのカノンなら迎えてやれるんだが、その意味も含めて栞に来てもらった。

 まぁ他にもあちらとの緩衝材になってくれるだろう、という計算もあったがな」

 実際に栞のおかげで子供たちの警戒心は既に消えている。警戒心剥き出しの中で話をする、というのはいささか息苦しい。

 そういう意味でも栞を連れてきたのは正解だっただろう。

「さて、シャル」

「はいはーい。では、ルリエンダ様のところまで行きましょう」

 シャルに案内されるままに小屋に入る。

 小屋の中は外観から予想されるものより随分と綺麗だった。

 子供の数を考えればやや手狭ではあるが、それでも子供たちは元気に走り回っている。その向こうでは栞を中心に子供が感嘆と驚きの声をあげていたりもした。

 そしてそんな光景の中央、椅子に座り子供に本を読ませている優しそうな老婆の姿があった。

 すぐにわかった。この人物こそ、ルリエンダだと。

「ルリエンダ様」

「おやシャルロット、お帰りなさい。リディアやルミエは……いないようですね。それに、そちらは……?」

 シャルの声に顔を上げたルリエンダがこちらの姿を捉えて首を傾げる。

「お客様ですよ、ルリエンダ様こちらは――」

「お初にお目にかかる、ルリエンダ殿。俺は二ヶ月ほど前からカノンの王になった相沢祐一という」

「私は陛下の部下である天野美汐と申します」

 その言葉にルリエンダに限らず子供たちまでも動きを止めた。

 そしてルリエンダが何かを言うより先に、子供たちの雰囲気が剣呑なものになっていく。

 それも無理もないだろう、と思う。彼らは国のせいで追い出されたようなものだ。その代表と言えば諸悪の根源に等しいだろう。

 だが、

「大丈夫ですよ。祐一さんは良い人ですから」

 そんな子供たちの雰囲気を解きほぐしたのは栞だった。そんな栞をルリエンダは細い目で見て、

「そういえばあなたは?」

「あ、ご挨拶が遅れました。私は美坂栞と申します。カノンで診療所を任されている者です」

「診療所……?」

 はい、と頷く栞を子供たちが驚いた表情で見上げていた。

 子供たちからすれば診療所の人間は孤児を見下す金の亡者、というイメージしかなかっただけに栞のインパクトは大きかったのだろう。

「あなたのような方が診療所を……。そうですか、カノンも随分と変わられているようですね。

 それで……その陛下がこのような辺鄙なところまで、どのようなご用でしょう?」

 シャルの話ではルリエンダは三人が盗賊業をしていることを知らないという。

 だがそこを話さなければ先には進めない。良いか、という意味でシャルを見下ろせば、シャルはただ笑顔で頷くだけだった。

 だから話す。三人がいままでずっと盗賊として動いていたこと、そして先日カノンの城に潜入し捕まったこと。それら全てを。

 ルリエンダは黙って聞いていた。子供たちもまた同じ。

 しかし子供たちはその多くが三人のやってきていたことを知っていたようで、バツの悪そうな表情だ。

 そうして話し終えて数十秒が経つと、ルリエンダは小さく嘆息し、

「やはり、そうでしたか」

「……気付いておられたのか」

「薄々と、ではありますが。彼女たちは城下で働いてきた、と言ってはいましたがそれにしては持ち帰る給与が多かったもので。もしかして、と。

 ……悲しいことですが、孤児というだけで働き口は狭まるもの。仮に見つかったとしても給与は雀の涙ほどでございましょう」

 確かにそういう風潮はある。どうしても見下されてしまいがちなのが、戦争孤児という存在だ。

「しかし、そうさせてしまったのも私の責任です。謝ってすむ問題では到底ありませんが、それでも謝罪しましょう。申し訳ありません。

 ……そしてこれは勝手な言い分だと承知しておりますが、彼女たちを死刑にはしないで欲しいのです。その処罰は私が受けるものですから」

「なに言ってんだよ! ルリエンダ様悪くないぜ!」

「そうだよ! 悪いのは国の方だもん!」

「そうだ、お前ら、ルリエンダ様を死刑になんかしてみろ! 一生恨んでやるからな!」

 子供たちがルリエンダを庇うようにして間に入り込んできた。祐一がどれだけ大きな存在であるかは子供とはいえわかっているだろう。

 だがそれであっても、彼らは怖気もせず祐一たちを敵のように睨み上げた。

 強いな、と思う。そして……ルリエンダがどれだけ信頼されているかも伝わってきた。

「あなたたち、止しなさい! 国王陛下になんて言い草ですか!」

「でも、ルリエンダ様! こいつら――」

「まぁ待て」

 勝手に進んでいく話を祐一が制止する。そうして嘆息し、

「そもそもいつ俺がルリエンダ殿を死刑にするなんて言った? それにシャルたちを死刑にするのならわざわざこんなところまで来ない」

 ルリエンダもその事実に気付いたのだろう。考え込むように俯き、そうして顔を上げ、

「では何故ここに?」

「あぁ」

 と、そこで一拍を置き、

「――孤児院を王都に戻そうと思って、その話をしに来た」

 ルリエンダ、子供たちに再び驚きが奔る。

「どういう、ことでしょうか?」

「そのままの意味だ。ここでは何かと不便だろう? いまのカノンはもう昔とは随分と違う。

 診療所だって受け入れてくれるし、街に住めば援助金も出せる」

 その台詞に子供たちがわぁ、と喜び始める。

 なんだかんだ言いながらもここでの生活は苦しいものがあったのだろう。

 そんな子供たちを眺めていたルリエンダは一礼をし、

「国王陛下のお気持ち、本当にありがたく思います。……ですが」

「ですが?」

「――ですが、謹んでお断りさせていただきます」

 その言葉に、子供たちの動きが止まった。

 どうして、と問いただそうとするのをルリエンダが手で制する。それを見て祐一がその言葉を代弁した。

「何故、と聞いても?」

 ルリエンダは頷き、

「国王陛下がどうお思いであっても彼女たちのしたことは犯罪です。にも関わらず無罪の上このような好意を受けるわけにはまいりません。

 それに私たちはここでの生活に満足しております。ご好意は嬉しく思いますが、そのような資金があるのでしたら何卒別のところへ。

 国には国のすべきことがありましょう? ……どうか私たちにはお構いなく」

 子供たちの落胆は大きい。折角の王都暮らし。不便なことも無くなるのに、と。

 そんな子供たちを一瞥し、

「国には国のすべきこと、か。仰る通りだ」

 頷き、そしてルリエンダをしっかりと見据え、

「だからこそ、俺はあなたにこの話をしているのだ、ルリエンダ殿」

 え、と一瞬動きを止めるルリエンダ。

「……と、申しますと?」

「たとえばこの美坂栞。彼女は優秀な治療術師でね。我が国になくてはならない存在だ。

 が、彼女は同時に孤児たちの世話もしている。……もともと子供などが大好きな性格、というのもあるんだが」

 栞を横目に小さく苦笑し、

「簡潔に言えば、そういう人物がいないんだ。いまのカノンには」

 そう、いない。

 旧カノンがそうして孤児院を取り払ってしまったせいなのだろうが、孤児を受け持ってくれるような人物がいまはいなかった。

 だが、それは本来とても大切な存在なのだ。

「子供の頃に味わった苦しみや悲しみというのはとても大きい。大人になっても消えることは無いし、その傷によって未来が決まるかもしれない。

 そして、そうやって憎しみや恨みが募れば人は剣を取り、戦いは留まるところを知らないだろう。

 ……かく言う俺も、そうした子供の一人でね。子供のときの憎しみで剣を取り、相手を斬った男だ」

 ルリエンダの視線を感じながら、祐一は苦笑する。

 本当に、あの頃の自分は愚直なまでに復讐しか考えていなかったな、と。

 だからこそ、

「……だからこそ、必要なんだ。子供には、そうした道から救い出してくれる存在が。

 闇に向かおうとする自分を抑え、正し、光の道へと背を押してくれるような人物が」

 子供のときの感情で未来が定まってしまうことを知るからこそ、祐一は言う。

 別に祐一は自分の進んできた道を悔やんでいるわけでも間違っていると思うわけでもない。

 ただ、できることならこれ以上自分のような存在は――作りたくない、と思う。あの悲しみや苦しみを、背負わせる必要なんて無い。

 しかし傷は消えない。だからこそ、その傷の上から幸せな記憶を上塗りできる人物がいれば、救われる。

「だからルリエンダ殿。あなたの力を貸して欲しい。あなたのような人に、一人でも多くの子供の未来を明るく照らし出して欲しい」

「国王陛下……」

「勘違いしないでいただきたい。これは好意などではない。国のための行いであり、そして願いだ」

 口が上手いですね〜、というシャルの呟きが聞こえてきて、祐一はそれに苦笑で返した。

 ルリエンダは考え込むように下を向き……そうして笑みを浮かべると、ゆっくりと祐一を見上げた。

「わかりました。そういうことでしたら、国王陛下の仰るとおりにいたしましょう。

 私にそれだけの力があるとは思えませんが、それでも少しでもその思想に協力できるように努力します」

「それは大丈夫だろう」

 祐一はシャルを、そして子供たちを見て、

「あなたの育てた者たちを見ていれば、わかるさ」

 そうして浮かべたルリエンダの笑みは、どこまでも優しかった。

 

 

 

 そうしてその日から王都の中に孤児院の建設が始まった。

 無論すぐできるわけではないので時間は掛かるが、それまでは栞の診療所に移り住んでもらうことになった。

 栞の診療所にも戦争孤児が数人いるので、その子供たちと引き合わせることも大事だろうとの祐一の配慮だった。

 しばらくは診療所のスペースを借りて孤児院を開くということになっている。

 そして……、

「あー、その、なんだ……。すまないな」

 ぽりぽり、と目線を逸らしながら頬を掻くリディアがそんなことを言ってきた。

「なんのことだ?」

「あぁ、いや。あんたっていう人物をよく知らないで悪態吐いたこととか、盗みしようとしたこととか、死刑にしなかったこととか……諸々な。

 いや、でも正直国の親玉がこんなことまでしてくれるとは思わなかった」

 はは、と誤魔化すように笑うリディアに祐一もまた笑みを浮かべ、

「それで? お前たちがどうして城にいる。俺はお前たちを釈放したはずだが?」

「あぁ、それなんだけどな。帰ったらルリエンダ様にすっげー怒られてさ。罪滅ぼしと礼のためにここで働けー、って言われちまった」

 なるほど、と祐一はリディアたちを見る。ルリエンダらしい言い分だ。

 だがそのリディアの横で身体ごと視線を逸らしていたルミエがキッと祐一を睨み、

「勘違いしないでよね! リディアやシャルはあなたを認めたようだけど私は認めたわけじゃないわ。ルリエンダ様が言うから仕方なく――」

「おいおいルミエ〜」

「あ、ぐ……」

 リディアにいなされ、歯噛みする。そうして観念したような表情で、

「……で、でもこれだけは言っておいてあげる。……その、あ……あ、あ、……ありが、とう……」

 恥ずかしいのか怒っているのかわからないが顔を赤く染めながら、聞こえるか聞こえないか程度の小さい声で礼が届いた。

 そんなルミエを横目にリディアは苦笑いを浮かべ、

「悪ぃな。ルミエはどうにも素直じゃなくてね」

「ちょ、リディア!?」

「別に構わんさ」

 と、そこまでいつもの笑顔のまま口を挟まずにいたシャルを見る。

「……で、シャル。これで満足か?」

「あ〜、やっぱりばれてましたか。さすがは頭が良いと国民に噂されるだけのことはありますね〜」

 祐一とシャルの会話にリディアとルミエが首を傾げて、

「ちょっとシャル、どういうことだよ」

 それに祐一が嘆息交じりに答える。

「そいつはこうなることを見越してたんだろう。抵抗しなかったのも、すらすらと事情を話したのも、案内したのも、口を挟まなかったことも。

 全部こういう結果に導くための行動だったんだ」

 げ、と呻く二人の前で、シャルは祐一の見る限り初めて瞼を開き、クスリと、まるで悪魔のように微笑むと

「当然じゃないですか。このわたしが、自分と仲間の利益にならない行動をすると思ってるんですか?」

「……ホント、頼もしいよ」

 祐一としても苦笑しか浮かばない。

 シャルロッテ=アナバリア。どうにも一筋縄には行かない人間のようだ。

 ともかく、と祐一は一息を置き、

「これからよろしく頼む」

「「「了解」」」

 

 こうして、カノン軍にまた新たな仲間が加わった。

 

 

 

 あとがき

 どもども、神無月です。

 っつーこって、ようやくカノン軍にも盗賊系のメンバーが仲間になりました。

 これでいままで行けなかったダンジョンや遺跡に入ることができちゃったりします。

 キー大陸編中でもいくつかのダンジョンに潜ることになりますので、お楽しみに。

 で、次回は亜衣とエクレールの視点に移ります。

 ではまた〜。

 

 

 

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