神魔戦記 第八十八章
「盗賊団『猫の手』(後編)」
銃声を幕開けとして、動きが始まった。
その一撃を錫杖で弾き、リディアは舌打ちしつつ後ろへ下がる。
「ちっ、どうやってあたしたちの動きを察知したんだか!」
「考えてる余裕無いわよ! どうするの!」
「どうするつってもなぁ……。シャル、やれるか?」
「いえ、無理ですねー。わたしが戦うにはあまりに狭すぎます。まぁ城ぶっ壊しても良いって言うんなら張り切りますが?」
「張り切らんで良い!」
仕方ねぇ、とリディアは錫杖を横に構える。
ルミエはサポート専門。直接的な戦闘は不得手。
シャルは三人の中では一番、というかそもそも彼女に勝てる人間などそうはいないというレベルなのだが、いかんせん全てが派手すぎる。
狭い空間では周囲への被害が大きすぎて手が出せないのだ。……本人はそれでも構わないとか言っているが。
だがリディアはそれを許さない。
自分たちは誰かを襲いたいわけではない。殺しだってできることなら避けたい。
自分たちが欲しいのは金品のみ。故にシャルに狭い場所で戦わせることはできない。となれば、
「あたしがやるしかないよなぁ」
「リディア!」
「ルミエ! 魔力低下の呪具を切れ。抑えて戦えるほどこいつは甘くねぇ」
「でもそれじゃ他の者にも気付かれるわよ!」
現在、リディアたち三人はルミエの改造呪具の一つである、魔力は小さくなる、という呪いを展開している。
これはもともと鉱山なんかの発掘作業時に特殊な鉱物に魔力が反応して大惨事を起こさないようにするため、周囲に展開する呪具だった。
それを利用し、外側にでなく内側に呪具の展開方向を逆転させることで、使用者の周囲一帯の魔力を下げ気配を低くする。
これがいまルミエの使っている呪具の正体なのだが、これには欠点があった。
魔力は小さくなる。つまり魔力は実際に下がっているわけなので、そのまま戦闘に突入した場合半分以下の能力で戦うこになってしまう。
無論解けば良い話なのだが、ルミエの言うとおりそんなことをすれば気配は通常のものに戻り見つかってしまうだろう。だが、
「んなもん、こいつに見つかった時点で同じだっつーの。こいつが他の奴に連絡したかもしれないじゃないか」
「あ……」
「だからあたしたちのすることはこいつを倒してさっさと逃げることだよ!
ルミエ、サポート頼む! シャルはいまのうちにお宝拝借しとけ!」
「わかった!」
「は〜い」
ルミエの展開していた気配縮小の呪いが消える。
そうしてリディアはリリスを見据え、
「んじゃ……行くぜぇ!」
地を蹴る。
それに合わせてリリスが左手をかざした。
「――魔力は刃と化す――」
「呪具!?」
現れた短剣が投げられる。どうしたってかわせないという的確なコースを奔る短剣にリディアは舌打ち一つ。
慌ててブレーキをかけその短剣を打ち払った。
その隙を突くように銃声。これもやはりかわせない。仕方なく銃弾を錫杖で弾くが、
「おぉ!?」
その弾痕を中心にいきなり皹が入っていった。
「リディア! それをあまり百花杖で受けない方が良いわ! それ、なにかしらの概念武装よ!」
「うえぇ、マジかよ! つっても……!」
隙を与えない、というようにリリスの銃撃が轟く。
どうにか回避しようとするが、どう動いたところで命中する軌道でしかやってこない。
「くそ、どういう腕してんだこのお嬢ちゃん……!」
錫杖で全て打ち払う。だがその度に錫杖は皹を増やしていく。
このままではあと五発も受ければ錫杖は崩れるだろう。……だが、
「なめんなよぉ〜。存在概念薄くしてるけどなぁ、これだって呪具なんだよ!」
ガツン、と錫杖を地に叩きつける。その反動で鐶に取り付けられたいくつもの輪がシャランと掻き鳴らされ、
「――輪は意のままに動く――」
紡がれる呪い。すると鐶から輪が外れ、それらがふわりと飛び散った。その数、十二個。
「……!」
「あたしの百花杖の呪いはとっても簡単だ。要はこの輪を全てあたしの思うままに動かせる。ただそれだけ。……でも」
にやり、とリディアは口元を歪め、
「あたしの特殊属性と合わせるとなかなかに強力だぜぇ?」
勢いよく右腕が振り上げる。そして、
「――――形状変化」
ベキゴキ、と異音が鳴り響く。するとどうしたことか、輪の形状をしていたものが、徐々に刃のように変形していった。
「……これは」
「そ。あたしの属性は金属。金属であるならば、たとえ魔力の宿ったものだろうと形状を変化させることができる。
……ま、存在概念が強いと時間は掛かっちまうからわざと百花杖は弱めてるんだけどな」
ほれ、とリディアはリリスに百花杖の柄を見せる。
するとそこには先程まで確かにあった皹がいつの間にか消えていた。
「壊れちまおうがあたしには関係ないのさ。壊れたらもう一度くっつけ直せば良い話だしな」
スッと腕が動く。リリスを指さし、
「時間は掛けてらんないんだ。悪いが、これで決めさせてもらう!」
宣言と同時、滞空していた刃が弾け飛んだ。
「!」
リリスは迫るその十二撃の刃を即座に回避する。が、それは呪いの通りリディアの思いのままに動くもの。かわしたところで止まりはしない。
「そこ!」
十二の刃は翻り、今度こそはと散って別々の角度からリリスを襲う。しかし、
「――見える」
リリスの碧色の瞳が一際強く明滅すると、回避不能と思われた一斉攻撃をリリスはいとも簡単に回避してのけた。
「嘘だろ!?」
リリスの魔眼は必中の魔眼。
それは『必ず当たる軌跡』を読み取る魔眼。それは無論自分からの攻撃でなく敵からの攻撃も同じこと。
故に、その軌跡から外れるように身体を動かすだけで、リリスは敵の攻撃をかわすことができる。
そうして攻撃が止んだ瞬間にアウルシュトゥスで攻撃する。だがリディアはそれを百花杖で受け止め、そしてすぐさま再生させた。
「「……」」
埒が明かない。
二人は互いに相性が悪い。どれだけ攻撃しようと決定打に欠けていた。
……だが、忘れてはならない。
ここにいるのは二人だけではないということを。
「――視界は消える――」
「!?」
突然ルミエが投げた小さな髑髏型の何かが床に激突し大きく爆ぜた。
すると一瞬の閃光の後、呪いの通り視界が消えた。
「これは……!?」
まずい、とリリスは直感する。視界を封じる、というのは目が見えない、というだけではない。
軌跡が消えた。
魔眼が――使えない!
「焦ってるみたいね。やっぱりあの驚異的な回避能力は魔眼だったのね。もしかしたらあの命中率もそうなのかしら」
ルミエはリリスが何がしかの魔眼を使っているのだと察知していた。
が、それがどのような魔眼かを理解できるほど博識ではない。魔術の分野は専門外だからだ。
だが、呪具こそルミエの真骨頂。相手が魔眼を使っているとわかれば、あとはその魔眼さえ封じてしまえば良い。
「でも魔眼はどれだけ脅威とはいえ所詮眼球を使った魔術回路。なら視界さえ封じ込めてしまえばどうってことはないわ。
まぁ使い捨ての呪具だからそれほど長持ちはしないけど」
「……っ!」
焦りと同時にアウルシュトゥスを乱射する。だが当たっているような感じはしなかった。
「やっぱりあの命中率も魔眼だったのかしら。それとも単に視界が消えたからか。……ま、いいわ。リディア。いまのうちに」
「あいよ。……悪いな、殺したくない。だから動かないでくれると助かる」
音で刃が周囲に展開しているのがわかった。だが目の見えないリリスにはどうしようもない。
ゴッ、という空気を貫く音と共に刃がリリスに降り注ぐ。刃がリリスを縫い付けようかという、その瞬間、
「――形は意思を成す――」
突如横合いから放たれた鎖鎌によってそれらは全て弾き飛ばされた。
「なっ!?」
「新手!?」
リディアとルミエが弾かれるようにして振り向いた先、宝物庫の扉にいたそれは、
「君が劣勢とは珍しい。そんなに手強い相手には見えないんだけどね」
鎖鎌を手元に戻す――倉田一弥。
「リリスちゃん!」
そしてその後ろからマリーシアが飛び出し、慌ててリリスに駆け寄っていった。
「この声……マリーシア? どうして……」
「リリスちゃんから連絡を受けて部屋を飛び出したら一弥さんに会って……!」
「そういうこと。とりあえず陛下にも報告したからいずれ兵が来るよ。……というわけですが、盗賊の方々。まだ抵抗しますか?」
そう言ってにこりと微笑んで見せる一弥。
それを見たリディアとルミエは一瞬互いを見やり、すぐに一弥に視線を向け、
「悪いけど――」
「あたしたちはここで捕まるわけにはいかないのさ!」
「そうですか。それは――残念ですね」
言うや否や、一弥は床を蹴って宝物庫に身を投げた。それを狙って十二の刃が殺到するが、
「――形は意思を成す――」
鎖鎌が盾となりそれら全てを防ぎきる。
「武器の形態を変える呪具か!」
「そういうことです。では、こちらから――はぁ!」
リディアを追い越し着地した瞬間に身を翻し、
「――形は意思を成す――」
盾を槍へと変えてリディアを攻撃する。
「くっ――」
突きによる連撃。一弥の完成されつくした槍はそれこそ油断すれば一撃が致命傷。
「――そぉ!」
それを百花杖で受けながら、リディアはその間に刃を呼び戻す。
それを見て取った一弥がすぐさまステップを刻み横へ転がっていく。それを追いかけるように刃が床に突き刺さっていく。
そして床を滑って勢いそのままに立ち上がり、
「――形は意思を成す――」
今度は烙印血華を剣に変化させ、残った刃を切り払いながらリディアに疾駆した。
「遅いですよ」
「させないわ!」
肉薄する。だが一撃を見舞う前に、目の前に髑髏型の何かが飛んできた。
「――視界は消える――」
「!?」
閃光が周囲を包み込む。すると次の瞬間、視界が無くなった。
「なるほど。これがリリスの押されている原因ですか」
「余裕だね、平気なのかい!」
「一弥さん!?」
リディアの声と同時に刃が奔る。それを見てマリーシアが悲鳴を上げるが、一弥は、
「ええ、平気ですよ」
と、事もなげに言い放ち向かってきた刃を全て斬り払った。
「そんな!? 目は見えないはずなのに……!」
「ええ、見えませんよ。けどね、この程度のことで動きが狂うはずないんですよ」
倉田一弥にはなんの才能もなかった。
武術の才能も無ければ魔術の才能もありはしない。
倉田家の面汚しとすら言われたし、才能を持って生まれた佐祐理を恨んだりもしたが、それでも一弥は諦めなかった。
人の十倍努力して、人の十倍時間を使い、同じことを何度も繰り返して、驕らず、めげず、そうして一弥はやって来た。
剣術も、槍術も、棒術も。鎖鎌も槌も斧も盾も、全てそうして時間を掛けて培ってきたもの。
それが、たかが視界が無くなった程度でぶれたりはしない。
目は見えなくても、身体が覚えている。諦めずに、愚直なまでに繰り返してきたことを、この身体がはっきりと覚えている。
聴覚や嗅覚、気配。視界などなくともそれだけで身体が勝手に動くだけの時間を一弥はかけてきたのだ。
故に……倉田一弥は動きを止めない。止まらない。
「――形は意思を成す――」
刃全てを払いきった後、一弥はバックステップで後ろに跳びつつ烙印血華を鎖鎌に変え、後ろに投げ放った。その方向は、
「なっ!?」
ルミエのいる場所。
「あなたはどうやら補佐が専門のようだ。そういう人に動き回られると厄介ですからね。……大人しくしていてもらえます?」
鎖がルミエを絡め取る。それを肌で感じ取った一弥はそのまま勢いよく横へと薙ぎ払った。
「あ――ぐっ!?」
身動きの取れないルミエはそのまま振り回されるようにして壁へと叩きつけられ……意識を失った。
「ルミエ!? くそ――ッ!?」
それを見たリディアが再び刃に号令を出そうとするが……刃は動きを見せなかった。
そして、背中に奔る鋭い痛み。
「……な、に……?」
緩慢な動作で振り向く。するといつの間にか背中に短剣が突き刺さっていて、魔力を吸い取られていた。
その向こうで……リリスが投げた動作のままこちらをしっかりと見据えていた。
「……本当だ。あまり長続きはしないんだね」
「く……そ……!」
魔力を抜かれ力の抜けたリディアがたたらを踏みつつも堪えるが、
「いや、あなたはそのまま寝ててください」
いつの間に肉薄したのか、一弥がそんなことを言いつつ腹に思いっきり拳を叩き込んだ。
魔力を抜かれた上に強烈な一撃。たまらず倒れこんだリディアもまた、意識を落としていった。
「さて……」
未だ視界の戻らない一弥は気配だけを頼りに残るもう一人を見た。
「君はどうする?」
「さて、どうしましょーねぇ?」
一弥には見えないが、シャルは仲間が倒れたにも関わらずその笑みを崩してはいなかった。
「抵抗するかい? 僕としてはこのまま捕まってくれると手荒な真似をせずにすむんだけど」
「あはは、あまり調子に乗らない方が良いですよ? あなた程度なら五秒で無力化できますし」
ピクリと一弥の眉が跳ねる。それを見て楽しんでいるかのようにシャルは身体を揺らし、
「でもまぁ、わたしが全力を出せばこんな城ぶっ壊れちゃいますからねぇ。仲間巻き込むのも気が引けますし。ここは捕まっておきますかねー」
と言ってシャルはあまりに長くてたるんでいる袖を上げ『降参』のポーズを取る。
「は、はぁ……良かったです……」
マリーシアの安堵と共に、盗賊騒動は幕を閉じた。
あとがき
どもー、神無月です。
いやぁ、久々に短めにまとめることができましたよ。と言いつつ今回は戦闘シーンだけなんですけどねw
でもこれ以上やると長くなりすぎちゃうのでここで切りました。
今回はあれです。一弥の強さをちょっと前面に。なんか弱いイメージ持たれてるかもしれませんが、彼はそれなりに強いんですよ?
ちなみに神魔には『絶対強者』っていうのはあんまいないんですよね。強い人でも、相性の悪い弱い相手とかもいるのです。
たとえば茜。彼女めっぽう強いですけど、リリスとは相性が悪いです。多分速攻で負けるでしょう。
でもそのリリスは亜衣と相性が悪くてどうしても勝てない。でもその亜衣では茜には勝てない、とまぁこんな感じで。
あ、また話が脱線しました。
ともかく『○○なら○○相手に楽勝だろう』は神魔ではあまり通用しない、ということです。以上。
で、次回は彼女たちがどうして盗賊業を始めたか、というところです。
ではまた。