神魔戦記 第八十七章
「盗賊団『猫の手』(前編)」
世界が、燃えていた。
夜空は赤く染め上げられ、周囲は激しく燃え盛る。
その中心に、二人の少女がいた。
一人は横たわり、一人はその少女を抱えて。
少女は少女に「殺して」と言った。
少女は少女に「殺せない」と返した。
火の粉が舞う。
その中で、抱えられた少女はゆっくりともう一人の少女に手を伸ばした。
手が頬に当たる。その温かさを感じながら、少女は最後の力を振り絞って、言った。
「お願いですよ、黎亜。……わたしを殺して」
「――――ッ!?」
弾けるようにして起き上がった。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
慌てて周囲を見渡す。
本の山、山、山。……その風景はあのときのものではなく、見慣れた図書空洞の光景。
「……夢、か」
息が乱れている。汗もぐっしょりとかいていて服が張り付いてしまっていた。
少女――黎亜はゆっくり身体を起こし、魔術で明かりを灯す。そのまま無造作に服を脱いで、手を上に翳した。
水のマナが集まり、そこに適度に火のマナを混ぜることで体温に近いお湯を作り出す。
それにより床が濡れるとか本が濡れるとかそんなことはまるで考えていない。
多少の保護魔術が掛かっているからどうにかなるだろう、とか思いながら温水を風の魔術で細かく寸断しシャワーのようにする。
それを上から被りながら、思う。
――久々に見たわね、あの夢。
ここしばらくはずっと見ていなかった、あのときの記憶。それをどうして今更……。
「まさか……」
一つの可能性に行き当たり、黎亜は身を振るわせた。
可能性は……高い。あれには彩も関与していたのだから。だが、何故このタイミングなのか。
「やはり……全ては繋がっているということなの?」
スッと黎亜の指が踊る。すると本の山の中から一冊の書物が飛び出し、導かれるようにして黎亜の手元にまでやってくる。
やはり本を濡らさないという注意なんて欠片もないのか、そのまま中空に本を浮かばせたまま魔力でページをめくっていく。
「……」
ざっと見通すと本が勝手に閉じ、もう役目は終わったとばかりに床へと落ちていった。
それを一瞥もせず、黎亜は湯を止めた。
濡れた髪から水滴が落ちる中、黎亜は虚空を見つめ、
「……一度確認してみるべきかしらね」
パチン、と指を弾くと黎亜の身体を炎が包み込み、それが消える頃には身体から水気が完全に消えていた。
そしてもう一度指を揺らすと脱ぎ捨てた服が独りでに動き出し、まるで意思でも持っているかのように黎亜に巻き付いていく。
そうして最後に帽子を被りいつもの服装に戻った黎亜はゆっくりと天井――その先の地上を見据え、
「……外に出るのなんて何千年振りかしら」
はぁ、と。気だるげに髪を掻き上げ、黎亜は歩き出した。
夜も深まった王都カノン。
クラナド、エアとの部隊戦闘、往人の城の強襲、更に美凪救出から第四部隊受け入れと続いたカノンはまさに慌しい一日だった。
そのせいで警備体制はもはやあってないようなものであり、今日に限っては内実共に穴だらけとなってしまっていた。
そして、そこを狙ってやって来た者たちがいる。
……王都カノン、東門。
「ん?」
「どうした?」
「いや……いまなにかそこを過ぎったような気がしたんだが……」
「猫かなにかじゃないか」
「あぁ、かもしれないな。気配も大きなものは感じられないし」
門番たちはそんなことを話しつつ、また警備に戻っていく。
……その光景を門内の木の陰から見ていた少女がクツクツと笑いを噛み締めていた。
「おうおう、随分とまぁお疲れな様子だぁね〜」
その少女は見た目に派手な格好をしていた。どう見ても『忍び込む』ような人間の衣装とは思えないほど露出が多い。
にも関わらず持っているのは錫杖というアンバランスさ。だが何故かそれが合っているように見えるのは彼女の雰囲気故か。
「ちょっと。あまり油断しないでよね」
それを嗜めるように、また別の少女の声。
その少女は木の上にいた。葉に隠れ、眼鏡ごしに見える鋭利な目が全てを把握せんと周囲を見回している。
格好は一般的な魔術師に近いが、それにしては質素に見える。一見魔術的なアイテムや礼装は見えなかった。
そんな少女に木の陰であぐらをかいている少女は笑みを見せ、
「わかってるよ。そうじゃなきゃわざわざ東まで回ってこないって。北と西はなんかトラブルあって警備強化されちまってるしな」
「わかってるんなら黙ってて」
「へいへい」
眼鏡の少女が外套の中から何かを取り出した。
それは小さなコンパスのような物体。それをわずかに頭上に掲げ目を瞑り、
「――地理は道標となる――」
囁かれる呪い。少女はしばらくして再び瞼を開けると、
「うん。事前の調査どおり。城の見取り図は間違いない。打ち合わせ通りで行くわ」
「あいよ。……って、あいつはどうした?」
「……あいつだったら私の隣でお菓子食べてるわ」
「ふぁい、ふぁにかほひまふぃたふぁ(はい、何か呼びましたか)?」
いままで会話に入り込んでこなかった三人目の少女が口にたくさんのお菓子を頬張りながら答えた。
その小柄な少女もまた奇妙な服装をしていた。
顔と同程度という異様な大きさのリボンで髪を束ね、身長の倍はありそうな袖をぶら下げている。加えて袖口もでかければスカートも大きいときた。
そんな奇天烈な服装の少女に、その眼鏡の少女は大きく嘆息し、
「……あなたはどうしてそう、緊張感というものがないのかしらね」
「もぐもぐ……ごっくん。えー、だってー、やっぱり物事はこうゆとりを持って行う方が良いと思うんですよ? あ、食べます?」
「結・構・で・す!」
「がっかりですねー。そうかっかしてると近いうちにはげますよ?」
「やかましいです!」
「ほらほら〜、大声出したらばれちゃいますよ〜?」
「ぐっ……!」
「ほ〜らスマイルスマイル〜。何事も笑顔で行えば全て丸く収まるというものですよー」
と言いながら少女はその異常なまでに広い袖の中にお菓子の袋を仕舞いこんだ。
そうしてむーと唸る隣の少女を見やり、
「では、行きますか?」
この少女に何を言っても無駄だとわかっているのだろう。諦めたように眼鏡の少女は嘆息一つ。
「……そうね。ほらリーダー、指示を」
「あいよー」
言われ、あぐらをかいていた少女がよっこいしょ、とか言いながら立ち上がる。そのまま一度伸びをし、軽く肩を回し、
「んじゃ、気合入れますかー」
錫杖を鳴らし、盗賊団『猫の手』のリーダー、リディア=ノイリッシュが告げた。
そして左右にそれぞれ少女たちが着地する。
「ええ。私たちの帰りを待っている人たちのためにも」
眼鏡の少女、ルミエ=フェルミナが不敵に微笑み、
「ちゃっちゃかやってぱっぱか帰りましょう〜」
にこにこと笑いながら袖を引きずってシャルロッテ=アナバリアが立ち上がって、
「――盗賊団『猫の手』。本日も行くよ!」
リディアの声と共に三人は疾駆した。
カノン城、謁見の間。
美凪を救出し戻ってきた祐一は、覚醒を使用したこともありひとまず休憩……と行きたかったがやはりそうは簡単にいかないらしい。
まず美凪がまるで目が覚めないのだ。
「……で、どうだ?」
美凪の容態を見てきた栞に問いかける。だが栞は笑みを浮かべ、
「心配なさそうです。名雪さんと違って自らの許容範囲内での魔力行使だったみたいですから、祐一さんの覚醒使用後とほぼ同じ症状ですね。
二、三日も眠ってれば自然と目を覚ますと思いますよ」
「そうか」
しかし、と祐一は栞を見る。
随分とたくましくなったものだ。いまでは身体的な部分だけでなく魔術回路の方まで診断できるようになっている。
しかもその正確度は祐一なんかではもう遠く及ばないところまできていた。
いまではもうカノン軍の……いや、カノン王国でいなくてはならないほどの治療術師に成長していた。
「? あの……祐一さん? 私の顔に何か?」
「あぁ、いや。なんでもない。お前には苦労を掛けるな、と思っただけだ」
すると栞は一瞬キョトンと、そしてすぐに微笑を浮かべ、
「いいえ。傷ついている人に手を差し伸べるのは私の望みですから。それに、私は祐一さんについていくだけですから」
「すまないな。助かる」
栞は笑顔のままに軽く頭を下げて謁見の間を後にしていった。それを見送った祐一は隣に待機していたその姉でもある香里に視線を移し、
「姉としては鼻が高いか?」
「さて、どうでしょう」
一見どうとも思ってない、という表情の香里だが、その中にわずかに誇りに思っているという笑みが隠れ見える。
そんな香里に対し思わず口元が崩れてしまう。それを見てむっとする香里に慌てて話題を変えることにした。
「さて……で、受け入れ作業の方はどうなってる」
「……順調に進んでいます。また、後続で家族を引き連れた者たちもやって来ました。これも確認を取りつつ作業を進めています」
「そうか。規模はざっと?」
「非戦闘員含めおよそ千弱、といったところです」
「ふむ……」
カノンは現在エア、クラナド間と戦争中のため交易がほとんどできていない。
食物なんかは現状国内でどうにかまかなえているが、千人ともなるとそのバランスに影響が出るかもしれない。
とはいえシオンの残していった計算結果もある。多少の変動はあってもまだ持つだろう。
シャッフルやエターナル・アセリアの補給もある。あまり他国を頼るのも気が乗らないが、そうも言っていられないのだから仕方ない。
「居住区はいずれ設けよう。しばらくは城内で過ごしてもらうしかないだろうな。食料を届けてやってくれ」
「はっ。陛下のことですからそう言うと思いまして既に食料は運ばせています」
口元をわずかに笑みの形に変えて言う香里に思わず苦笑。お返しだと言わんばかりの対応には、さすがだな、としか言いようが無い。
「では引き続きそっちは香里に任せる」
「御意」
礼をし香里もまた謁見の間を去っていく。と、それと入れ替わるようにして一弥がやって来た。
一弥は跪き頭を垂らすとすぐに顔を上げ、
「陛下。少しお耳に入れたいことが」
「どうした?」
「はっ。陛下が遠野美凪の救出に向かっている間に雨宮の姿が消えまして」
「……なに?」
雨宮亜衣が、いなくなった?
「それで?」
「マリーシアより雨宮がいなくなったとの連絡を受け、最低限の兵を動員してこれを捜索していますが、いまのところは何の手掛かりも……」
「そう、か」
このタイミングでいなくなる、ということは……まさか時谷を救出に行った、ということだろうか。
……考えられなくはない。亜衣はそういう人間だ。
「あと、これと関係あるかはわかりませんが」
一弥の報告が続く。
「西門の警備兵が何者かの魔術によって数分の間眠らされていた、という報告があります。もしかしたら侵入者かもしれません」
「眠りの魔術? ……状況は」
「霧に包まれた瞬間に眠くなった、と」
霧ということは水属性。とりあえず特殊属性の霧、というのはあまりにイレギュラーなのでこの際捨て置く。
カノンのメンバーで水属性の魔術が使えるのは栞のみ。とするとやはり外部の人間、侵入者だろうかと考え、
――いや、もう一人いたな。水属性の者が。
そう、いる。水属性で、そしてつい最近いなくなった人物。
エクレール。元・ホーリーフレイム三幹部の一人。
それが浮かぶと、それはもう彼女の仕業としか思えなかった。
ホーリーフレイムが壊滅した、という話は風の噂で聞いている。だとするとエクレールがとりあえず向かう先はクラナドしかないだろう。
ワンは中立だし、エア……というより神族は魔族憎しという点は同じだが、ホーリーフレイムを快く思っていない。
無理もない。ホーリーフレイムはジャンヌを神の代行者、としていたが、神の系譜を持つ神族からすれば虚言者にしか見えなかっただろう。
そんな中で唯一キー大陸で協力的だったのがクラナド。
エクレールがもしクラナドに向かおうとすれば西門、あるいは南門を使う必要がある。状況証拠からしても犯人はおそらくエクレールだ。
そして……亜衣の向かう先もクラナドだと考えると、もしかしたらここは合致するかもしれない。
エクレールは亜衣にだけは心を開いているようだった。目的地も同じだと考えるならもしや、という可能性もある。
それにたとえ同行はしてなくても兵が眠っていることに便乗して亜衣が出て行ったとも考えられる。
どちらにせよ、既に外に出ている可能性が高い。とすれば、
「わかった。引き続き兵に捜索を続けさせろ。だが外に出ている可能性が高い。こっちは水菜の使い魔に頼むことにする」
「わかりました。ではその旨報告してきます」
「あぁ、頼む」
そうして下がっていく一弥を一瞥し、祐一は嘆息しながら天井を仰いだ。
「ふぅ」
「お疲れのようですね」
「ん?」
声に視線を巡らせば、有紀寧がすぐ横に立っていた。
「これでもどうぞ」
手にはお盆と湯気を立てる紅茶。ありがとう、と言いつつカップを手に取り口に運ぶ。
「ふぅ……美味しい。それに、落ち着くな」
「ありがとうございます」
お盆を胸に寄せ、有紀寧は笑顔ながらも心配そうな表情で祐一を見下ろす。
「今日はいろいろとありましたね」
「あぁ。さすがにクタクタだ」
連戦に加え覚醒の使用、さらには亜衣の失踪やその他もろもろ。さすがに一日でこうも立て続けに事が起こると心も身体も疲れてくる。
「あとは他の方々に任せて休まれたらどうですか?」
そう言ってくる有紀寧に、しかし祐一は難しい顔で、
「そうしたいのは山々なんだが……な」
「なにかあるんですか?」
すると祐一はカップをソーサーに置いて、
「……どうも嫌な予感がするんだ」
まだ今日は終わらない、と。
そんな確信染みた予感が胸に広がっていた。
「はぁ」
マリーシアは自室で大きな溜め息を洩らしていた。
やはり亜衣は帰ってこない。一弥含め兵の皆が探してくれているようだが、見つからないようだ。
「……心配、です」
目の前のベッドを見つめる。
それは亜衣のベッドだ。
亜衣と、リリスと、マリーシア。
学校に行くようになり、仲良くなった三人は同じ部屋で過ごすことになっていた。
そうして三人で過ごすようになってからおよそ一ヶ月。こうして亜衣がいなくなって、自分にとって大事な友人になっていたのだと再認識させられた。
早く帰ってきて欲しい、と両手を組んで願った。
「亜衣いないの?」
「はぅ!?」
考えに没頭していたマリーシアはいきなりの声に思わず悲鳴を上げる。
そうしてバクバクと早打ちする心臓を落ち着けるように胸を押さえつつ振り向けば、
「あ、り、リリスちゃんでしたか……」
そこには「?」と首を傾げるリリスがいた。
仲良くなったのはいいのだが亜衣といいリリスといい二人とも気配を感じさせない、というのはマリーシアにとってなかなかきついものがあった。
特にさくらたちとの魔力制御の修行の後からはマリーシアはその特性上、無意識に気配の把握に頼るところが出てしまい、気配のないところからの声にはいつも驚かされてしまうのだ。
「え、えーとですね……」
大きく深呼吸し動悸を落ち着けると、ベッドにダイブするリリスに状況を説明することにする。
亜衣がいなくなったこと。それがもしかしたら時谷を助けにいったかもしれないこと、など。
それを聞いていたリリスはんー、と考えるとマリーシアに視線を向け、
「心配?」
「え、そ、それはもちろん。リリスちゃんは心配じゃないんですか?」
「うん、あんまり」
即答。マリーシアは思わず一瞬絶句し、慌てて、
「だ、だってリリスちゃん! 亜衣ちゃんいなくなっちゃったんですよ!? なのに――」
「大丈夫。亜衣は強いよ」
「――」
リリスはただ真っ直ぐな瞳で、そう言った。
言葉こそ少なかったが、戦闘が強いというだけではなく、別の意味でも『強い』という意味も含まれているとわかった。
それはリリスの亜衣に対する信頼。
それを感じ取って、マリーシアは自分を恥じた。
マリーシアも亜衣の強さは知っている。
努力家で、明るくて、素直で、諦めることをせず、間違いは素直に認め、そして言ったことは最後まで貫く、親友。
それを知っているから、リリスは心配をしない。信頼して、帰ってくるのを待つと言っているのだ。
「マリーシア」
「……はい」
だから、
「信じよう」
「はい」
見つかるなら、それに越したことはない。
でももし、見つからず亜衣がクラナドに向かったのだというのなら。
自分も信じて待とう、と心に決めた。
……とはいえ、少しも心配せずに、というのは無理そうだけれど。それくらいは勘弁してもらおう、……と思ったところでそれは起きた。
「ん……?」
「? マリーシア、どうしたの?」
「あ、いえ、あの……いまちょっと変な気配を感じて……」
マリーシアは気配察知に対してかなり敏感である。
気配を探ろう、としないときでさえこの城全域を把握するだけの気配感知能力を持っている。
そしてその中で、マリーシアは奇妙な気配を感じ取っていた。
「変な気配?」
「はい。そのー……ものすごく小さな気配なんですが……三つ」
「小さな、ってどのくらい?」
「そうですね……。猫とか犬とかその程度でしょうか」
「じゃあ猫とか犬じゃないの?」
「猫とか犬が三匹着かず離れずで行動するでしょうか。……それにこのルート、どれも兵士さんたちがいないルート……」
これが引っ掛かる。
さっきからこの三つの気配、明らかに兵士たちがいないルートだけを狙っているように動いているのだ。
一度や二度なら偶然とも言えるかもしれないが、これはさすがにおかしい。
「……確かに変かも」
「ですよね……」
「じゃあ見てくる」
と言って起き上がり部屋を出て行こうとするリリスを見つめ、そしてハッとしたように、
「――ってリリスちゃん!?」
「大丈夫。気配無いし、近付ける」
確かにリリスは気配完全遮断の能力者。
兵を避けて通っている、ということは相手の位置を掴んでいるということなのだからリリス以上の適任はいないだろう。だが、
「で、でもこれが本当に猫や犬だという可能性も無いわけじゃ……」
「だから見てくる。で、その気配はどこに向かってるの?」
「え、えと……ぐるぐる迂回しててわかりにくいんですが……」
「それじゃ連絡水晶で誘導して」
「あ、リリスちゃん!」
言うだけ言って部屋を後にしてしまうリリスに、マリーシアは思わず嘆息。
「……本当に、もう……」
何もなければ良い、と願いつつマリーシアは連絡水晶を取り出した。
盗賊団『猫の手』がカノン城内を駆けていく。
しかしどのような魔術か呪具か。まるで足音がしない。
加えて気配も薄くなっており、かつまるで見えているように兵の配置されていないルートを的確に選んでいく。
盗賊団『猫の手』。
キー大陸を中心に活動している盗賊団の中では抜群な成功率を誇り、また『襲う』ことではなく『盗む』ことに特化した者たちとしても有名だ。
また同時に、その相手は国やそれに関係する貴族に限られる、というのもこの盗賊団の特徴であった。
相手が金品を盗まれたことに気付いた頃にはもう遥か遠く。それが盗賊団『猫の手』だ。
「この次を右に迂回するわ。直進したら兵がいる」
「あいよ」
「了解でーす」
眼鏡をかまいながらのルミエの言葉に二人が頷く。
この盗賊団においてルミエの役どころはとても大きい。
なぜなら足音がしないのも、気配が限りなく小さいのも、こうして兵の位置を把握しているのも、全部彼女の仕業だからだ。
ルミエ=フェルミナ。
彼女は呪具改造のエキスパート。
足音を消しているのも、気配を小さくしているのも、兵の位置を掴んでいるのも、これら全てルミエが改造した呪具の効果だ。
彼女が持つ呪具の数は五十をくだらない。それだけの呪具を使いこなし、二人をサポートするのがルミエの役目だった。
「宝物庫まであとどんくらいだ?」
「もうすぐよ」
そうして何度か通路を曲がり、三人は目的の場所にまで辿り着いた。
警備兵は、いない。エア第四部隊の受け入れ作業やら亜衣の捜索やらで兵が総動員されている煽りだ。
兵が近くにいないことを確認したルミエが扉に近付いていく。そこに設置された南京錠を手に取り、ゆっくりと瞼を閉じる。
「……魔術的な概念が施されているわ」
たとえ鍵を偽造し鍵穴と適合しても、南京錠と鍵にそれぞれ込められた魔力が一致しないと鍵を回せない、という一品だ。
なかなか高価で一般家庭には普及していないが、国などの宝物庫では最もポピュラーな代物である。
しかし、ルミエの顔に慌てた様子はない。むしろ笑みさえ浮かべていた。
なんと言っても彼女たちは盗賊団『猫の手』。
その国を相手に盗み続けた者たちなのだから。
「リディア、任せるわ」
「あいよ」
ルミエに代わりリディアが南京錠に触れる。
リディアはその南京錠を確かめるように数度指でさすり、
「――――形状変化」
ガキン、という音がこだました。
一回だけでなくガキンゴキンと断続的にそれは鳴り響き、しばらくして音は止まった。
「はい、いっちょあがり」
そう言ってリディアが手を開くと、ボコボコになり最早南京錠の形状を保っていない鉄屑が足元へと転がっていった。
「リディアは壊す用途だとやり方が一々派手になりますねー。やかましいですよ?」
「あっはっは、それがあたしのポリシーさ。んでシャルよ。派手さにかけてはお前にだけは言われたくないと思うんだが、その辺どうよ?」
「何を言っているんでしょうねこの巨乳お馬鹿はー。栄養が脳でなく胸に言ってしまったんですね、きっと」
「そのお前の笑顔で黒いこと言う癖止めた方が良いと思うねぇ。とりあえず殴りたくなる」
「あはは、リディアさんなんかに殴られるようじゃ盗賊団『猫の手』の戦闘要員は務まりませんよー。返り討ちにしても良いならどうぞ?」
「よし、挑戦と受け取った。表に出ろやー!」
「はいはい、馬鹿なこと言ってないで入るわよ!」
笑顔で互いを睨むリディアとシャルを無視してルミエはさっさと宝物庫の扉を開く。
だがすぐに足を踏み入れることはなく、軽く周囲を一瞥する。
「どうよ?」
「……物理的・魔術的トラップはなさそう、ね。大丈夫、入れるわ」
「うっしゃー! お宝お宝〜♪」
リディアがスキップしながら金貨の山にダイブしていく。ルミエはそんなリディアに嘆息し、シャルはただニコニコと笑っているだけだった。
「まったくあなたはどうしてそう……。まぁ、良いわ。さっさと仕事するわよ」
「あいあい。そんじゃちゃっちゃと拝借してとんずらするとしましょうかねぇ」
「――」
「ん? どうしたよシャル」
「……リディア。後ろ危ないですよ」
「っ!?」
リディアはシャルの言葉に咄嗟に振り返り迫る何かを錫杖で叩き落した。
床に散らばるそれは――短剣。つまり、
「敵!? おい、ルミエ!?」
「いいえ、こっちには何の反応も無いわ!」
「ちっ、てーことは――」
気配完全遮断の能力者。あるいはそれに近い特殊能力を持つ者、ということ。
三人揃って振り返る。
宝物庫の入り口。そこに人影があった。
「見つけた」
廊下の蝋燭が揺らめき、その影が姿を見せる。
それは、銃と短剣を持ち、瞳を碧に輝かせた、少女だった。
「子供……?」
「ルミエ。見た目で判断するのはお前の悪い癖だな。……甘く見るな、こいつは強い」
「どうするんです?」
「どうするって……」
警戒を示すリディアたちに対し、その少女――リリスはゆっくりと銃口を向け、
「猫は猫でも……泥棒猫だったね」
「なぁ、お嬢ちゃん。あたしたちは別に怪しい者じゃ――」
「……ふぅん」
「聞く気ねぇなお前!?」
「うん」
そして銃声が轟く。
それを皮切りに、戦闘が開始された。
あとがき
えー、はい、というわけでどうも神無月です。
つーことで、新オリキャラ三人組は盗賊ですよ〜。はい。
お、ここまで書いて思ったんですが、前回から今回、もしかしてオリキャラのオンパレードかな?w
前回は亜衣メイン? だったし。
あれ、そういえばその亜衣とマリーシアとリリスが同じ部屋っていう情報は初公開かな?
地下迷宮のときは名雪と一緒の部屋だったマリーシアも仲良し三人組としすっかり定着しちゃっている、ということですね。
ちなみに名雪は鈴菜と水菜と同じ部屋だったり。……まぁいまは治療室ですが(汗
おおっと話が脱線しました。
というわけで次回はリリスVS盗賊三人娘です。……お、オリキャラ同士の対決も初めてか。
では、また。