神魔戦記 第八十六章
「救いと気紛れと」
それは、ちょうど祐一たちが美凪を救いに行っているときのことだった。
「あ、あの……」
「ん?」
一弥は誰かに呼ばれた気がしてゆっくりと振り向いた。
するとそこにいたのは、マリーシア=ノルアーディだった。
珍しい、と思う。彼女は人見知りするタイプのようでいままでまともに会話をしたことがない。
時折城内で会うことはあるが、いつも慌てて会釈して慌てて去っていく、というイメージしかなかったのだが、さて。
「で、なんの用だい? いまは割かし忙しいんだけどね」
現在、元エア軍第四部隊の者たちの受け入れ作業で城はそこそこ慌しい。
一弥もその作業の一端を担っていて、いまもそのための移動中だったりした。
「あ、えっと、あの、その……」
だがマリーシアははっきりしない。
はっきりしない人間は好きではないが、マリーシアに関しては怒りではなく溜め息が出てしまう。
マリーシアが人を嫌う理由は聞いている。
黒き翼が生えたことで人間族でありながら『魔族』扱いされ、両親を殺された上に迫害されたのだという。
魔族や神族にはそれなりに話が出来るのに対し人間族には縮こまってしまうのはその理由からだろう。
……例外的に亜衣とは仲が良いようだが。まぁ、それはともかく。
だから仕方ないとはわかっている。
それにそういう事であるにも関わらず話しかけてくるということはそれなりの状況であるということなのだろうともわかっていた。
「落ち着いて。言いたいことがあるんだろう?」
「あ、はい。そのえと……」
おずおずと上目遣いでこちらを見てくるマリーシア。その姿がどことなく猫に見えてしまうのは気のせいじゃないだろう。
そうして待っているとようやく決心がついたのか、マリーシアは彷徨わせていた目を一弥に合わせ、
「その……いないんです。亜衣ちゃんが」
「雨宮が、いない?」
しゅんとしながら頷くマリーシア。
ふむ、と一弥は顎に手を添えて考える。
まず亜衣は自発的にいなくなったのか第三者の手によって連れ去られたのかが重要だろう。
だが後者はあまり考えられない、とすぐ切り捨てる。悔しいが亜衣は強い。そんじょそこらの相手に遅れを取るとは思えない。
それに、亜衣が自発的にいなくなる理由が一つ存在する。それは、
「……まさか、斉藤さんを救いに行ったのか?」
それが一番可能性が高いだろう。
どうしてかわからないが、亜衣は時谷を随分と慕っていた。先程の会議でも祐一の決断に対し出て行ってしまったほどだ。
「マリーシア。確か君は気配感知が得意だったんだよね。あれで雨宮の場所はわからないの?」
するとマリーシアはまるで怒られたかのように顔を伏せ、
「わ、私の力でも亜衣ちゃんはさすがに……。亜衣ちゃんは魔力完全無効化能力の持ち主ですから」
「あー……」
そうだ。すっかり忘れていたが彼女は魔力完全無効化の特異体質者。気配を感じ取れない存在なのだ。
だとすればいささか厄介なことになる。
だがもし仮に目的が時谷の救出であるのなら対処はできなくもないが……。
「わかった。僕の方で何とかしてみよう」
「ほ、本当ですか?」
「うん。まぁ僕に出来ることは各方位の門番にそれとなく注意を促す程度のことでしかないけどね。もしクラナドに向かうなら門は必ず通るわけだし。
……あとは、そうだね。ただむしゃくしゃして城を出ただけ、というのも考えられるから一応街中も兵に探してもらおう。
それに見落としがあったかもしれないから城内もね」
「い、良いんですか……?」
「雨宮は陛下の仲間なわけだし、正当な動きだと思うよ。ま、エアの元第四部隊受け入れ作業のためにあんまり兵は割けないけどね」
「あ、ありがとうございます!」
君が礼を言う必要はないだろう、と言うもののマリーシアはただ頭を下げるだけ。
友人思いなのだろう。それだけの境遇を過ごしながらもそうした気持ちを抱けるのはある意味羨ましい。
「じゃあ僕はこれで。そっちの手配もあるしね」
このままではいつまででも頭を下げていそうなのでこちらから話を切り上げることにした。手配があるのも事実だし。が、
「あ、あの」
踵を返そうとしたところで呼び止められた。
「なに?」
「え、と。その……」
一瞬躊躇するような素振りをしつつも、しかし思い切ってというように口を開き、
「さっき倉田さんは亜衣ちゃんのことを『陛下の仲間』、と言いましたけど……。く、倉田さんは……その、仲間だと見てくれてないんですか?」
「――」
その言葉は、驚きだった。
さっきの言葉は特に意識して言ったわけではないだけに、そういう風に取られるとは思わなかった。
どう説明しようか、と呻きつつ、
「……まぁ、姉さんや隊ちょ――舞さんはいまの陛下を信頼しているようだけど……僕はね、ちょっと。いや、認めてない、ってわけじゃないんだけど」
いろいろと複雑な思いがある。
佐祐理も舞も香里ももう祐一を王と認めている。それは潤のことを捨てたとか蔑ろにしたというわけではないことも理解している。
確かに祐一は政治面としても人格面としても王としての器を兼ね備えている。誰も彼に従うことを疑問に思わないほどのカリスマ性も持っている。
……そう、わかってはいる。だが、一弥はどうしても心が追いつかなかったのだ。
別段潤のことを慕っていたわけではない。潤のことはただ『王』と見ていただけなのでそれが変わっただけと言われればそれまでだ。
だがそれでも素直に受け入れられないのは……やはり祐一が人間族ではないから、なのだろうか。
――僕も器が小さいな。
実際魔族の兵などと触れて、彼らが自分たちとそれほど変わらないものである、というのは実感した。
全種族の共存も、まぁ良いだろうとは思える。
けれどどうしても『しこり』は残ってしまう。そんな自分に嫌気が差しつつも、そんな融通の無さも含めて自分か、とも諦めている。
「……でも、やっぱりそれは悲しい、です」
本当に悲しそうに言うマリーシアに、ちょっと意地悪かとも思ったがこんな質問をしてみた。
「悲しい、か。……それは誰が、と訊ねても良いかな?」
するとマリーシアは一拍を置き、
「倉田さんも、……そして私たちも、です」
その答えは、本当に驚いた。
「倉田さんの言いたいことも、その、わかるつもりです。……私も、その、祐一さんたちに保護されたときは、いろいろと思いました。
でも、……えっと、やっぱり一緒にいるんですし。一緒に一つのことを目指しているんです、から……、だから……仲間に、なりたいです」
同じ軍にいるんだから仲間だよ、という軽はずみな言葉を許すような雰囲気ではなかった。
「仲間、ね」
マリーシアの言う意味は心からの仲間、ということなのだろう。
わかる。やはり頭では理解はできる。……けれど、
「うん。わかる。でも……やっぱり急に、ってわけにはいかない」
「……そう、ですね。……人間族の皆さんを怖がってしまう私が言う台詞でも、ない、ですよね……」
項垂れるマリーシア。しかし、
「いや、それは違うだろう」
口からは無意識にそんな言葉が出ていた。
「え?」
「あ、あー……」
何を言っているんだ僕は、と思いつつも……キョトンとしているこの少女のために、言うことにする。
「だって君は人間族の僕に声を掛けたじゃないか。怖いと思っていながらも。……それは努力の一端だろう?
何もしようとしない僕、何かをしようとする君。この違いは大きいよ」
それは本当の気持ちだ。
怖い思いをしながらも前に進もうとするマリーシアは尊敬すらする。
自分はただ昔からの『魔族は害悪』というイメージが払拭し切れてないだけ。しかも実情を見ているにも関わらず、だ。
で、その言葉を聞いたマリーシアは一瞬キョトンと、しかしすぐに微笑みを浮かべ、
「倉田さんは優しいんですね」
「なっ……!?」
突拍子もない言葉に思わず絶句し赤面してしまった。
というかマリーシアの笑顔というのを初めて見た気がするのも一つの理由だろうか。
いや、そうではなく。
「な、と、そ、そんなことないだろう!? 僕は事実を口にしたまでで……!」
「はい。でも、ありがとうございます」
「が、ぐ……」
そこで礼を言われたら何も言えない。なんだかなぁ、と思わず頭を掻いていた。
このままここにいたら非常に危険な気がしたので一弥は即座に踵を返した。
「あ、あの、倉田さん!」
「僕はもう行くよ。やることもあるし」
「あ、はい……」
気落ちするような声が背後から。それだけで自分が悪いことをしたような気になってしまう。
あぁもう、と頭を掻き毟り、
「……あと、僕のことは一弥で良い。その呼び方は姉さんと被るからね」
「あ……」
すると喜ぶ気配と共に、
「はい、ありがとうございます、一弥さん! 一緒に頑張りましょうね!」
一緒に頑張ろう、とはやはりちゃんと仲間になる、ということだろうか。
さて……どうだろうか。そんなことが果たして出来るのだろうか。わからない。が、
……とりあえずそう努力してみるのも悪くはないか、と思ってしまった。
それを悟られないように一弥は手を振るだけに留めた。
「さて……」
とにかく、仕事に戻ろう。
まずすべきは、
「雨宮の探索手配かな」
夕方から夜へと姿を変えていく王都カノン。
街の様子はなかなか賑やかである。つい数時間前に往人の強襲があったのが嘘のようだ。
とはいえ、襲われたのは城だけであるし巡回兵も心配は無いと速やかに言って回った結果でもあるだろう。
道からは母親や子供の姿が消え、仕事終わりで家路に着くか酒場に足を運ぶ男の姿が多く目立った。
そんな中、カノンの中央に近いとある酒場。
カウンターの左端に座って酒を飲んでいた男の隣に一人の人物が座り込んだ。
男は酒を傾けながら目だけで横の人物を見やる。
人物はパッと見では男か女かわからない。身体をすっぽりとローブで覆っているからだ。しかし、
「あなたが情報屋ですの?」
その小声は、女のものだった。
とはいえ男は驚かない。このご時世女であろうと裏家業に足を突っ込む者は多い。それにこういう場では互いに詮索しないのがマナーだろう。
「そうだが。……どんな情報をお望みだ?」
「ホーリーフレイムがここを攻めて撤退した後のことですわ」
「ふむ。まぁそれなら……五千ってところかな」
「……もう少しどうにかなりませんこと?」
「こっちも商売だからな。……まぁ四千五百くらいなら」
「……これでどうです?」
ローブの少女が取り出したのは古いがそれなりに高価な魔術道具だった。確かにこれなら四千五百くらいの価値はあるだろう。
男はそれを懐に入れ、酒を煽る。
「ここから退いたホーリーフレイムだが、つい一週間ほど前に蜘蛛に本拠地を襲われた。
首都アルジェは壊滅。三幹部であるバイラルは死体が見つかってるそうだし、総帥ジャンヌは行方不明となってるな」
「そんな……」
「こっからはまだ未確認情報なんだが、攻め込んだのはどうもあの比良坂初音らしい。……ま、相手が悪かったとしか言いようがないな」
比良坂初音といえば数少ない蜘蛛の中でも最強と謳われている存在だ。
常時のホーリーフレイムならともかく、カノンとの疲弊を残した状態じゃ太刀打ちもできなかっただろう。
「そう……ですか」
それを聞いた女の声は驚きと……そしてどこか喪失感のようなものが感じ取れた。
詮索はしないが……男はなんとなくこの女がホーリーフレイム関係者かジャンヌの崇拝者だろうとアタリをつけ、
「おまけだ。いまからホーリーフレイム独立地帯に行こうとしない方が良い。
あそこはいま壊滅を知ったスカルサーペントが占領してるって話だからな」
スカルサーペントは以前からホーリーフレイムと戦いを繰り広げていた勢力だ。
もとはと言えば先に手を出したのはホーリーフレイムだが、そんなことは始まりに過ぎない。
とにかくそんな相手が壊滅したと知れば、接収に掛かるだろう。いや、スカルサーペントの長の人格なんかを考えれば『保護』の方が正しいか。
すると少女は立ち上がり、
「……わかりました。それでは」
「おう。気をつけろよ」
「言われるまでもありませんわ」
男にそう言い残し少女は酒場を出た。
「……ふぅ」
酒場を出たところで女は溜め息を吐いた。
そして吹いた風により少女の頭を覆っていたローブが外れていく。
揺れる青い髪。その少女は、名をエクレールという。
……そう、元ホーリーフレイム三幹部の一人だ。
「……帰る場所、なくなってしまいましたわね」
カノン城を脱出したのが数時間前。
剣に仕込んでおいた魔術霊装や魔術道具なんかを売り払いひとまず必要な身の回りのものを購入し、情報を手に入れるため情報屋を探した。
そしてようやく見つけたのが今しがたであり……そして目的の情報も手に入れたのだが、それはある意味で予想をはるかに越えていた。
ホーリーフレイムの壊滅。……まさか自分がいない間にそんなことになっていたとは。
「結局、わたくしはそういう星の下に生まれたのかもしれませんわね……」
自分の生まれ故郷は魔族に滅ぼされ、自分だけ生き残った。
そして第二の故郷としてずっとすごしてきたアルジェもまた、魔族である蜘蛛に滅ぼされ……やはり自分は生き残った。
この皮肉。もはや怒りも湧いてこない。
胸にあるのは、ただただ広がる虚しさばかり。
「バイラル……。あなたのことですから、蜘蛛相手でも果敢に挑んだのでしょうね」
彼はどこまでもジャンヌを崇拝していた。その想いだけなら自分やアイレーンよりも上だろうとさえ思う。
そんな彼だから、きっと相手が自分の敵う相手ではないとわかっていても剣を手放そうとは思わなかっただろう。
「……ジャンヌ様」
命の恩人である、ジャンヌ。
どこまでも威厳を持ち魔族を許さず、しかし共に生きると誓った者にはどこまでも優しい人。
その在り方を尊敬し、目指した。どこまでも着いて行こうと決めていたのに――それも適わぬ夢と終わった。
そう、全て終わってしまったのだ。
自分には、もう……なにもない。
悲しいほどまでに、なにも残されていなかった。
「――」
思わず首から下げたネックレスを掴む。
魔族に殺された母親が最後まで身に着けていたネックレス。残ったのはこの形見と、この剣だけだ。
フッ、と。思わず笑みがこぼれた。
ただ、どうしようもなく。笑えた。
「さて、これからどうしましょうか――ん?」
誰にともなく呟いた――そのとき、不意に視界の中で怪しい動きをする人影が見えた。
「あれは……」
それは、エクレールにとって見慣れてしまった者だった。
「はぁ、はぁ、……ふぅ」
切れた息を、亜衣はゆっくりと整えていく。
「……どうしよう」
路地裏で息を潜め、亜衣はゆっくりと道に視線を向けた。
道は多くの人で賑わっているが、その中で時折なにかを探すように歩き回っている兵士たちが見える。
「……亜衣を、探してるのかな」
亜衣はあの会議の後、思わず城を出てしまっていた。
祐一の言いたいことはよくわかる。けれど頭とは別に心がそれを受け付けなかった。
「時谷さんを助けたい」
想いがそこに集束し、気付けばもう身体は動いていた。
馬鹿だと思われても構わない。愚かだと言われたって良い。
それでも自分は時谷を助けたかった。
彼が敵に捕まっている。
そう考えるだけで大きな不安に飲み込まれてしまいそうになる。こんな気持ちを抱えたまま待っているなんてできない。
いまは手に無いが、いつも傍にある自らの武器、ディトライクを心の中で握り締める。
祐一たちに迷惑は掛けない。これは自分の我侭なのだ。
だから見つかるわけにもいかないし、ましてや連れ戻されるなんてあってはいけない。
こういうときは自分の特異体質が良かったと思えてくる。
魔力完全無効化。この特殊能力があれば、たとえあのマリーシアであろうとも亜衣を気配で感知するのは不可能だ。
「……マリーシアちゃんやリリスちゃん、心配させちゃってるかな」
ごめんね、と心の中で謝った。事前に言っておきたい衝動にも駆られたが、目的のためには仕方ないと何も言わず出てきた。
しかしそれで良い。自分は誰にも迷惑を掛けず一人で向かうのだから――と、気を引き締めたところで不意に肩をポンと叩かれた。
「っ!?」
――見つかった!?
咄嗟にディトライクを召喚しその人物に向ける。無論峰打ちで留めるつもりだったが、それはいとも簡単に剣によって防がれてしまった。
「そんな!?」
いまの攻撃に反応できる者といえば舞や一弥や杏といった、それこそ主要メンバークラスの実力者。
そんな相手に見つかったら確実に連れ戻されてしまう。そう考えて、
「……いきなり攻撃とはご挨拶ですわね。何をそんなに慌てているか知りませんが、まずはその武器を下ろしてくださいませんこと?」
響いた声は、あまりに予想外のものだった。
「あ、な、え……エクレール、さん!?」
どうしてエクレールがまだカノンにいるのか、とかどうして自分に声をかけたのか、だとか予想外のことに半ばパニックになる亜衣。
そんな亜衣にエクレールは小さく嘆息すると、亜衣の頭を小突いた。
「落ち着きなさい。あまり慌てると外の兵士たちにばれますわよ?」
「え、あ……!?」
慌てて亜衣は口を塞ぐ。恐る恐る道の方を見てみれば、どうやら兵士たちはこちらに気付かなかったようだ。
ふぅ、と安殿の息を洩らし……しかしすぐにエクレールに向き直る。
「っていうかどうしてエクレールさんがまだカノンにいるんですかっ? それにどうして兵士さんたちに追われてるって……」
「一つ目の質問の答えは、何の準備もなしに外に出るほど間抜けじゃない、というところでしょうか。
で二つ目の答えは……そんな挙動不審な動きをしていれば簡単にわかりますわ」
あぅ、と思わず呻いてしまう。
エクレールにその気はないのだろうが、その答えは両方とも亜衣の胸に深く突き刺さった。
挙動不審と言われたこともそうだし……何の準備もせずにクラナドへ向かおうとしている自分は間抜けなのか、というダブルパンチ。
「で、何かやらかしたんですの? ……もしかしてわたくしを逃がしたせいで?」
「あ、いえ、そうじゃないんです」
むしろそこにはあまり触れられなかった。祐一のことだからもしかしたらわかっていてスルーしたのかもしれないが。
「それでは……?」
「……えーと」
どうしようか迷い……結局事情を話すことにした。
エクレールはカノンの関係者じゃないし、それに正直なところ……誰にも告げず行くことに罪悪感を感じていたのかもしれない。
そうしてエクレールはいつものつまらなそうな表情のままに事情を聞き、ふーん、とどうでも良さげに頷いた。
「斉藤時谷というと……あのときわたくしの攻撃からあなたを庇った魔族ですわよね?」
「あ、はいそうです」
ふーんとエクレールはもう一度呟き、亜衣をじーっと見つめ、
「な、なんです……か?」
「……あなた、もしかしてその魔族のこと好きなんですの?」
「ひゃあ!?」
不意な発現に顔が真っ赤になる亜衣。わたわたと手を振って、
「え、あ、いえ! 決して! そんなことは多分きっと、えーとだからその! あ、亜衣は単に日頃のお礼として、いや、それだけじゃないんですが!」
そんな亜衣を見てエクレールは思う。
わかりやすい子ですわねぇ、と。そして同時に、やはり子供は子供というか、とも。
「……でも」
エクレールが見下ろす先で、亜衣は耳を真っ赤にして俯きつつ、服の裾をギュッと掴みながら、
「大切な、人……です」
そう、はっきりと言い放った。
「――」
「あ、あの! すいません! あ、亜衣はもう行きますね! その、えと……どうもでした! お気をつけて!」
エクレールが無言になったので恥ずかしさが湧き上がったのか、亜衣はそそくさと頭を下げるとバタバタと走り去っていった。
見つからないように行動するのではないのか、という突っ込みもありだが……、まぁそんなことはどうでもいいことだろう。
「やれやれ、ですわね」
毒気を抜かれた気分だ。
子供は子供。確かにそうなのだが……それは決して見下すべきところではない、のだろう。
ああもはっきりと言えること。その素直さ。純真さ。
羨ましい、と思ってしまうのは……身の程を知らない考えだろうか。
再度嘆息。エクレールは頬を掻きながら、歩を進めた。
クラナドに向かうためには西の門を通る必要がある。
いや、もちろん遠回りを良しとするならどの門から出たところで問題はない。が、わざわざそんなことをする必要はない。
時間を掛けないにこしたことはないのだから。
「……えーと」
物陰からそっと西の門を見やる。
門番は十三名。いつもは五名なので、やはり自分の探索を命じられているのかも、と亜衣は思う。
だが実際は第四部隊の受け入れ作業の関連で警備が強化されているだけ、ということを亜衣は知らない。
とにもかくにも、あそこを突破しなければクラナドには向かえない。
ディトライクの柄をギュッと握る。殺すつもりなど毛頭ないが、こちらの我侭で昏倒させるのだ。罪悪感は無論ある。
ごめんなさい、と心の中で謝りつついざ飛び出そうとして、
「お待ちなさい」
「はぅっ!?」
思いっきり襟首を掴まれ、咽た。
けほけほと咳き込みながら振り返れば、
「え、エクレールさん? どうして」
「やり方がスマートじゃありませんわね。いくらあなたが強いとしても一瞬で十三人もの兵は倒せませんわ。
あなたが戦っている間に他の兵士が連絡してはいおしまい、ですわね」
亜衣の横にしゃがみ込み門の方を見ながら、エクレール。そんな行動に亜衣はキョトンとして、
「えと……エクレールさん?」
「全て力押しでどうにかできると思わないことですわ。何か殺し以外の目的があるのなら、出来る限りは争いを避けるのがベストですのよ」
エクレールの口から小さく呪文が響きだす。
そしてエクレールは指でそっと地に触れ、
「『眠りの霧(』」
その指先から広がるようにして霧が発生した。
それはゆっくりと西門の方まで流れていき、
「ん? ……霧?」
「ふあぁ……なんだか、眠……く……」
次々と兵士たちが倒れていく。だがその魔術の名の通り彼らは寝ているだけ。
魔術発動から一分にも満たない。まさに早業だった。
「すごい。エクレールさん、魔術使えたんですね……」
「多少、ですけどね。霧は水属性ですし。……ジャンヌ様の役に立ちたい一心でどんなものにも手を出した時期があったのですわ」
さてと、とエクレールは立ち上がり、
「さぁ、あまりボーっとしている余裕はありませんわよ。わたくしの魔術は所詮ほんの少しかじった程度のもの。それほど持続しませんわ」
「え、え?」
門の方へ歩き出すエクレールを亜衣は慌てて追う。
「ちょ、あのエクレールさん!? エクレールさんはホーリーフレイムに戻るんじゃ――」
「ホーリーフレイムは一週間ほど前に蜘蛛に襲われて壊滅したようですわ。ですからわたくし、帰る場所ありませんの」
「え……」
余計なことを聞いてしまった、と俯く亜衣。しかしエクレールは飄々と、
「あなたが落ち込むことではありませんわ」
「で、でも……!」
「ホーリーフレイムが壊滅したこと……。それは確かにわたくしには辛いことですわ。
ですけれど、起こった事を嘆いても事態が好転するわけじゃないことは、ずっと昔に経験済みですから」
そう、嘆いたところで死んだ命は蘇らないし、時間が戻るわけでもない。
それをエクレールは心でも身体でも実感していた。だからこそ、
「だからこそ、わたくしは先を見つめるのですわ。……生き残ったからには、なにかすべきことがあるのだと、そう思いたいですから」
そんなエクレールを見上げ、亜衣はゆっくりと微笑んだ。
「エクレールさん……。その、ありがとうございます」
「あら? 何故あなたが礼を言うのですの?」
「え、だって亜衣のお手伝いを……」
するとエクレールはクスクスと笑い、
「勘違いしてもらっては困りますわ。いつわたくしがあなたのお手伝いをしたと言いまして?
わたくしもクラナドに向かおうと思っただけのことですわ。クラナドはキー大陸では一番ホーリーフレイムに肩入れしてましたから」
そういえば、と亜衣は思い出す。
マリーシアはクラナドでホーリーフレイムに追われているところを名雪に助けられ、その流れで祐一たちと一緒にいるようになった、と聞いた。
「あなたに力尽くで門を突破なんかされた日には警備が厳しくなってわたくしが出られなくなる可能性もありますもの。手を出すのは当然でしょう?」
「そっか。そうですよね」
考えてみればエクレールが手を貸してくれる理由がどこにもない。
ただ単純に目的が同じだっただけ、ということなのだろう。……だが、
「それでも、ありがとうございます」
亜衣はやはり礼を言った。
「たとえエクレールさんの理由があっての行動であったとしても、亜衣にとってそれが助けになったのは事実ですから。だからやっぱりありがとうです」
にこやかに亜衣は言う。
するとエクレールは亜衣を凝視し、そして視線を外しながら苦笑を浮かべ、
「……本当に、あなたは憎たらしいほどに前向きですわね」
「え、なんですか?」
「いいえ、なんでもありませんわ。……ほら、行きますわよ」
「え、え、エクレールさん? 亜衣も一緒に行って良いんですか?」
「目的地も同じなわけですし、構いませんわよ」
「でも……ご迷惑じゃ?」
おずおずと見上げてくる亜衣に、エクレールもふと疑問を持った。
そういえば自分はどうしてこんなことを口にしているんだろう、と。
少なくとも前の自分ならこんなことを言いはしなかったし……そもそも最初に声を掛けることすらしなかっただろう。
確かに亜衣に暴れ回られれば動きにくくなるのは必須だが、それにしたってこういう行動にはならなかったに違いない。
ならば……?
「……あ、あの、エクレールさん? そんなにジーッと亜衣を見て……どうしたんですか?」
「…………あぁ、なるほど」
「え、え?」
思えば脱走したあのとき、忠告したこともそう。
借りがあったとして、それでも以前の自分は本当にあんなことをしただろうか?
いや、そうはならかなっただろう。
……どうも自分は、この雨宮亜衣という人間を放っておけないらしい。
「毒気を抜かれた、どころではなく――むしろ毒されたのかもしれませんわね」
「え、なんですか?」
「なんでもありませんわ、なんでも。そう、これはほんの気紛れですもの」
「はい?」
そう、これはきっとほんの気紛れ。そうでなければ説明がつかない。
それ以上考えるのもなんとなく億劫になり、そう結論付けた。そして、
「ほら、行きますわよ。亜衣(」
「あ――はい!」
嬉しそうに横に並ぶ亜衣と共に門を潜り抜けた。
この日、雨宮亜衣とエクレールはカノンを出た。
あとがき
ほい、どもども神無月です。
というわけで亜衣、カノンを出ました。さて、そして再びやってきましたエクレール。
彼女たち二人の今後もご期待ください。
で、本当は予定になかった一弥とマリーシアのお話。いや、もともとこの二人だったんですがここまで掛け合いはなかったんです当初。
なんですが拍手に感化されてちーとばかし話を付け加えてしまいました。おかげで少し長くなってしまいましたw
と、いうわけで、ではまた次回に。
あぁ、そうそう。次回新オリキャラ出ますのでよろしく。