神魔戦記 第八十二章

                  「誓いの天秤」

 

 

 

 

 

 それは、エア軍がカノン軍に敗れ撤退を開始した頃のことだった。

 

 

 

「ふー……ふー……わぷっ!?」

 木々の隙間から陽光が差し込み草花を照らしだす中。

 肌に心地良い陽気の下で、ふわりと不出来なシャボン玉が浮いては弾けた。

「うぅ〜……また失敗だ」

 ここはエア王国の王城よりやや離れた場所にある、エア王国軍第四部隊の詰め所。

 そこで、失敗した液を受けて顔をテカテカにしながら眉を八の字にしている少女がいる。

 赤い髪を二つに結った、傍目に活発そうなその少女。

 ミチル=レッドスピリット。

 髪の色や服装からわかる通り、彼女はれっきとしたレッドスピリットである。

 この第四部隊ではマスコット的な存在で、隊長の美凪に限らず他の者たちにも可愛がられている。

 ……だが、それもここだけの話。

 そもそも第四部隊は神族ならざる者たち――人間族や獣人族、エルフといった異種族との混血や、スピリットなどを置く部隊だ。

 他の神族兵からすればここは、ただ戦うための道具……というより穢れた者たちの住まう掃き溜めのような場所なのだ。

 しかし、ミチルはそんなことどうでも良かった。

 周りからどう思われようと関係ない。第四部隊の皆は仲が良いし、時には外にも自分たちのことをわかってくれる者もいる。

 しかしなにより、ミチルは美凪さえいてくれればそれで良かった。

 美凪と共にいることがミチルの最大の幸せだと、自信を持って言えた。

「美凪……まだかなぁ」

 美凪は今頃は戦場だろう。だが、ミチルは心配していなかった。

 美凪の強さを、自分が一番理解していると自負しているからこそ、美凪が負けるはずがないと確信していた。

 だからこそ、ミチルはシャボン玉の練習をする。

 もっと上手くなる。そうして美凪に見せたら、きっと美凪は笑顔で「良かったね」と言って頭を撫でてくれるだろう。

「にゃはは」

 その光景を頭に浮かべると、自然に頬が緩んでしまう。

 大好きな人と過ごす、大好きな時間。

 その時間を有意義なものにするため、みちるは再びシャボン玉の練習を開始した。

「ふー……ふー……」

 ゆっくりと、慎重に。焦らず、そっと。息をふきつける。すると、

「わぁ……」

 ふわりと、綺麗なシャボン玉が舞い上がった。

「やったー!」

 久々に上手くいった。いまのでコツを掴めたかもしれない。

 ――美凪、喜んでくれるかな?

 しかし、そんなミチルの喜びを消し去る声が耳を穿った。

「うわ!?」

「ん? どうした?」

「いや、ぺ、ぺ……。なんか顔に……んだこれ、シャボン玉か?」

「はは、馬鹿な奴」

「つか、シャボン玉とはね。低脳な遊びだな」

「そういう問題じゃねぇ。俺たち純正の神族に向かってこんなこと許されるわけねぇだろ!」

「だな。なんたってここは――」

「“あの”、第四部隊の詰め所だからなぁ〜」

 聞こえてくるのは、神経を逆撫でするような三人の男の笑い声。

 背中に生える純白の翼。それはこの第四部隊詰め所では滅多にお目にかかれない、純真たる神族の証。

 間違いない。男たちは自分たちで言っているように、れっきとした純粋な神族だ。

 だが、とミチルは訝しげにその男たちを見る。

 どうしてこんなところにそんな神族たちが寄り付くのだろうか。いつもなら汚らわしい、とか言って近付きもしないのに。

「で、シャボン玉なんか俺にぶつけてきた身の程知らずってどいつよ」

「……あれじゃん?」

 一人の男の視線がこっちに向いた。それに続くように残りの男たちの視線も向けられる。

「……あぁ」

 見下したような目。

 ミチルがスピリットだとわかって……混血どころか全く神族の血を流していないことに気付いて、男たちはただ笑った。――嘲るように。

「まったく。よりにもよってスピリットかよ」

「ホント、ついてないな、俺ら」

「あぁ、本当についてない」

 男たちの視線がねっとりと身体に絡みつく。

 ミチルは本能的に、嫌な予感を感じた。

 そして……その予感は、現実のものとなる。

 

 

 

「……ふぅ」

 美凪たちがエアに辿り着く頃には、既に太陽は傾き始めていた。

 時刻としては夕方、と言って差し支えない頃合だろう。

 エアに戻ってきたことで兵たちから緊張が抜けていくのを感じる。

「すぐに気を抜くな馬鹿者! まだ終わったわけじゃないんだぞ」

 そんな兵に聖の叱責が飛ぶ。聖は極めて冷静な人物だが、かなり荒れているようだ。

 まぁ無理もない、と思う。自慢の武器である『ブラッディセイバー』を用いたにも関わらず仕留めきれずに終わり、しかもこれだけの規模の兵を引き連れておいて負けて帰ってきたのだ。指揮官としてはこれ以上の失態もないだろう。

 だが神奈のことだ。大臣連中はいざ知らず、神奈であれば状況を説明すればそれほど大きな叱責は受けまい。

 ……とはいえ、聖からすればそういう問題ではないのだろう。彼女も神族。魔族に負けたという悔しさは相当のもののはずだ。

 だがそういう点で言うのなら、

 ――あまり悔しいと感じない私は、やはり神族ではないのでしょうね……。

 と、そこで不意にミチルがいないことに気付いた。

 いつもは今回のようにミチルを残して戦に赴いた場合、帰ってくると必ずミチルが迎えに来ていたものだが……。

「言いつけを……守ってくれたのでしょうか……?」

 ミチルはスピリットだ。神族にはあまり良い目で見られる存在ではない。

 ミチルがそういった視線に晒されるのが嫌なのでいつも迎えに来なくて良いと言っていたのだが、毎度それを聞いてくれなかった。

 今回はそれを守ってくれたのだろうか?

 そう首を傾げていると、聖の声が届いてきた。

「各自ここで解散! 傷を負っている者は治療術士のもとへ行け。他は詰め所に戻るように。隊長格は私と一緒に報告会に出る。以上だ」

 散っていく兵の中、美凪はもう一度周囲を見渡しミチルがいないことを確認すると、往人たちと共に聖のもとへ歩を進めた。

 ……この行動が、後悔を生むとは知らずに。

 

 

 

 およそ三十分ほどして、報告会は終わりを告げた。

 やはりというかなんというか、敗走してきた自分たち……特に指揮官である聖に対する大臣たちの文句が酷かった。

 魔族に負けるとは何事か、だの神族としての誇りはあるのか、だのその繰り返しだ。

 しかもその度に当てつけの如くこちらを流し見てくる。美凪としては既に慣れているので特にどうとも思わないのだが。

 だがそんな大臣連中の怒りも神奈の一喝により勢いをなくした。

『このうつけどもが! 相手はあのカノン王国であるぞ!

 カノンを陥落させた魔族に加え旧カノンの兵力も統合しているのじゃ。一度で勝てるなぞ、自信過剰にも程があるぞ!』

 神奈は祐一を知っている。その素質も知っているのだろう。

 そう、カノンは強い。

 確かに兵力はエアやクラナドを大きく下回っているので、数だけで考える机上の戦略では負ける方がおかしいだろう。

 だがカノンの強みは個々の戦力が充実していることに加え……、

「皆が皆、王である相沢さんを信頼している、ということ……」

 美凪は思い出す。祐一と共に肩を並べ戦っていたあのブラックスピリットを。

 スピリット特有の『戦わされている』というものではない。あの表情は自ら戦うことを決めた者の表情だ。

 そして祐一を信頼している顔だ。

 正直に、それは羨ましいと思う。もし、もしもそこにいればミチルもここのような肩身の狭い思いをしなかっただろうか、と。どうしても考えてしまう。

 と、そこでふと思い出した。

「……ミチル?」

 そう、帰ってきてから一度もミチルを見ていない。

 おかしい。ミチルはいつも自分にべったりだ。いくら注意をしても会議の後にも迎えに来るのに……。

 今日はどうしたのだろうか。それとも自分が帰ってきていることに気付いていない?

「……ううん」

 それはない。あの規模の兵が戻ってきたのなら、帰国に気付かない方がおかしい。ならば……?

「――」

 ……なにか、猛烈に嫌な予感がした。

 ただの杞憂だろう、と思いつつも美凪の歩は早足になり、そして走りとなる。

 何故だろう。妙に胸がざわめく。

 城の裏へ回りこみ、更に奥へ進んでいく。ろくに舗装もされていない林を抜ければ、そこが第四部隊の詰め所だ。

「ミチル……? ミチル? どこ?」

 呼んでも返事はない。

 おかしい。自分が留守番を言い渡していたときはここでシャボン玉を作って待っているはずなのに……。

 と、そこに第四部隊の女兵士が一人やって来た。

「あれ、隊長? どうしたんです?」

「……ミチルが見えなくて」

「ミチルさん? てっきり隊長が戻ってきたからいつものように迎えに行ってると思ってたんですけど?」

「……ということは、あなたも見てないの?」

 頷く女兵士に礼を言って再び探しだす。

「ミチル……」

 焦燥は時間が経つにつれて積もっていく。さっきから嫌な予感は膨らむばかりだ。

 で、数十分掛けて第四部隊詰め所をぐるっと一周してみたが、ミチルはどこにもいなかった。

 再び最初の場所に戻り美凪は途方に暮れたように俯いて――それを見つけた。

 拾い上げたそれは見慣れた……シャボン玉を作り出すときのストロー。

「――」

 嫌な予感は、確信に変わった。

 辺りを見回す。この周囲でどこか人目のつかない場所は――、

「あった……」

 城へ繋がる屋内通路。

 だがそこはここが第四部隊の詰め所となってからは通行禁止になり施錠された。だから誰も近付こうとしない。

 いや、仮に施錠されていなくても疎まれている第四部隊の者が城に近付こうとはしないだろう。逆もまた然り、のはず。

 近付き、扉に触れる。押せば、簡単に戸は開いた。

 ……鍵が、壊されている。

 足を踏み入れる。中には窓の一つもないのか、目の前には暗闇ばかりが広がっていた。

 ……いや、

「……かすかに光が漏れてる。それに音も」

 背の戸以外の光がわずかに見える。もっと奥の斜め下から、揺らぐ光が確かに感じ取れた。そして床から響く小さな音も。

「……地下」

 純粋な神族ではない美凪は、その別種の血の力で夜目もそれなりに効くし聴力だって高い。

 皮肉なものだ、とはいまは思わない。いまは何故か急がなくてはいけない気がした。

 だが慎重に。そこにいるのが誰かわからない以上こちらの存在を気取られるわけにはいかない。

 なるべく気配と足音を殺し、だができる限り急いでその場所へと向かった。

 するとやはり通路脇から地下へと繋がっていく階段を発見した。松明でも灯しているのだろう、ゆらゆらと揺れる光がこぼれている。

 慎重に階段を下りる。何かがあればすぐに抜刀できるようにと手を掛け、階下に到達する。

 気配は、四つ。スピリットが一つと神族が三つ。そのスピリットの気配がミチルだとわかって、壁から覗き込んだ。そして、

「……っ!?」

 その光景を見て、頭が真っ白になった。

 そこはもともとどういった用途で使われていた部屋なのか。

 真四角のやや広い部屋に、それぞれ通路以外の三方向に牢がある。そしてうち通路側から正面の牢の手前……そこにミチルが倒れていた。

 両腕に牢から釣り下がった手錠――おそらく魔力の使用を抑制する――をつけられた挙句に衣服を剥ぎ取られて。

 室内は異臭で満ちていて、その中心点でミチルはただ焦点の合ってない目で天井を見上げているばかり……。

「かかか、やっぱスピリットつったって女は女だな」

「とはいえ、よくできるな。俺はたとえ姿形は女でもスピリットなんて願い下げだ」

「まぁ仕方ないだろ。純正の神族なんて襲った日には死刑だからな」

 そしてその周囲には神族の男が三人。さも楽しそうに話し込んでいた。

 状況を見れば、ここで何が行われていたか想像がつく。

 しかし、美凪の頭はそれを拒絶していた。いや、したかった。

「ミ、チル……」

 思わず漏れた声に、その男たちが慌ててこちらに振り向いた。だがそれが美凪であるとわかり、三人の表情が安殿色に染まる。

 いや、むしろ蔑んだような表情へと変化していった。

「これはこれは、誰かと思えば第四部隊の隊長さんじゃありませんか」

「お勤めご苦労さまでした。で、いったいどうしてここにいるんです? ここは純正な神族以外はお断りのお城の中ですよ?」

「そうそう。純粋な神族じゃない人はさっさと立ち去ってください……と言いたいところだけど、この際だから一緒に遊びません?」

「お、それ良いじゃん」

「まぁ仮に俺たちに襲われたことを誰かに言っても信じてもらえないだろうしな。むしろそっちが死刑にされちゃうかもしれないし」

「お互いのためにもその方が良いですよねぇ〜?」

 ケラケラと笑う男たち。

 ……既に、限界は通り越していた。

「……あなたたちは、自分たちのした行為を何とも思わないのですか……?」

「はぁ?」

「そりゃあ神族相手なら罪悪感も沸くけどさ。エルフや獣人族のハーフ、スピリットなんか相手にんなもん思うわけないでしょ」

「そうそう。こちとら神の一族ですよ?」

 ギリッ、と。無意識に口元からそんな音が聞こえた。

「それじゃ、隊長さんも一緒に遊びましょうよ」

「そうそ。あんたとも一度やってみたかったんだよ」

「物好きな奴」

「はは、かもな〜」

 だがその三人は愚かにも気付かない。

 そのうちの一人が美凪の肩を掴もうと無造作に腕を伸ばして、

 ……肘から先が、消えた。

「……あ?」

 一瞬の出来事に痛みすらなかったのか。男は一瞬呆けたように呟き、そして血を噴出す腕を見てようやく、

「あ、あ、ぁああ、ぐあぁぁぁ!?」

 激痛に身を捩り腕を押さえる男を見下ろし、美凪は口を開く。

「こんなことをして平気な顔をしている者が……よくも神の一族だなどと言えますね……。

 あなたたちのしていることは、あなたたちが見下している人間族や魔族と何も変わらない……いえ、それ以下です」

 そう、それ以下だ。

 どうしてこんな連中に自分たちは蔑まれなければいけないのか。

 ――ドクン

 どうしてこんな連中に良いようにされなければいけないのか。

 ――ドクン

 どうしてこんな連中に従わなければいけないのか。

 ――ドクン

 こんな、弱く汚く脆く醜い種族が、どうしてそんなに偉いのか。

 ――ドクン

 そう、弱い。汚い。脆い。醜い。

 ――ドクン

 こんな連中、自分が腕を振ればそれだけでシヌのに。

 ――ドクン

 そんな悲しいほどに弱く、虚しいほどに脆い連中など、生かしておく価値はないのではないか。

 ――ドクン

 ソウ、生カシておく価値なドナい。いっそ一思イにコロシテやれば良い。

 ――ドクン

 ソウダ。コロセ。ミチルを汚しタこの男タチをコロセ。

 ――ドクン!

 コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ!!!!!!

「っ!? 俺たちをあいつらと一緒にすんじゃね――」

 日頃見下している種族と同一視され、痛みも忘れて激昂した男の言葉もそこで途切れる。

 首から先が無くなれば、無理もないだろう。

「なっ……!?」

「てめ……! 隊長格とはいえお前みたいな半端者が俺たち神族に手を出して良いと思って……ぐあぁあ!?」

 両腕が飛ぶ。

 その男たちには何が起こったかすらわかるまい。

 不可視に等しい美凪の居合い。たかが一般兵に見切れるものではない。

「――」

 美凪の意思に関係なく、その髪と双眸が赤く変貌していた。

 美凪の目は憎しみの紅に塗り潰されている。

 そこに手加減などない。美凪の目はただ『殺す』、と如実に語っていた。

「よせ、やめ――」

 線が奔る。

 言葉すら許さぬという神速の一撃が男の身体を真っ二つに切り裂いた。

 しかしそれで終わらない。確実に致命傷であるはずの一撃であるにも関わらず美凪の居合いは止まらない。

 腕を、足を、指を、肩を、腰を、胸を、首を、頭を。

 斬って切って切断し斬り刻みただの肉塊へと変貌させていく。

 そして肉塊は在ることさえ許さないとばかりに炎が舞い、消し飛ばされていった。

「ひ、ヒィ……」

 唯一生き残った男はただ身を震わす恐怖に声すら出ない。

 その男には、美凪が感情の無いただの殺戮マシーンにも見えたことだろう。

 斬るのが不可能なほどに細かく解体された肉の破片が周囲に飛び散る。そして美凪の視線が残りの一人に注がれた。

「あ、な、が……わ、悪かった! も、もうしない! お前たちを見下したりもしない! だから、だから助け――」

 言葉は掻き消える。

 部屋に響く音は、ただ肉を切り裂く断続音だけだった。

 

 

 

「――あ」

 美凪が気付いたときには、室内はひどいありさまになっていた。

 天井、壁、床。いたるところに小さな塊がこびり付き、部屋を真っ赤に染め上げていた。

「……これは、私が……」

 あの男たちを殺した記憶が無い。

 途中から意識が無くなるほどの怒り。胸中にはただ埋め尽くすように『コロセ』という殺意のみしか浮かばなかった。

 反転による殺戮衝動。

 込み上げた怒りのせいで血に隠された衝動が湧き出してしまったのか。

「……っ」

 頭が痛い。

 父は神族の……神の血が混ざっているが故に我が一族は衝動に駆られない、と言っていたが……どうやらそうでもないようだ。

 思考を埋めた殺意。殺してなお止まらぬ憎しみ。

 ……これが衝動。秋葉から気をつけるようにとは言われていたが、まさかここまでのものとは……。

「あっ」

 いや、いまはそれどころではない。何より優先すべきはミチルのことだ。

 ――そんなことまで忘れてしまうなんて……!

 それが衝動の恐ろしさなのか、と思いつついまはその不安を胸に押しやる。

「ミチル!」

 美凪はミチルに駆け寄り、拘束していた手錠を『冥ノ剣』で切断すると、ミチルの身体を抱き上げた。

「ミチル! ミチル! お願い、返事をして、ミチル……!」

 ゆさゆさと揺らすと、焦点の合っていなかった瞳がわずかに意思の色を取り戻し、美凪を見た。

「み……な、ぎ……?」

「ミチル!」

 気配から生きていることはわかっていたが、声を聞くまでは心配で堪らなかった。思わず抱きしめてしまう。しかしすぐに身体を離し、

「どうしてこんな男たちについていったの……!? ミチルなら振り払うことだってできてでしょう!?」

「だって……そんなこと、したら……美凪の、立場が危う、く、なる……って……そい、つら……」

「っ!?」

 つまり……ミチルは、自分のためにこうなることがわかっていながら堪えて……?

「私の事は良いのよミチル……! 私は、ミチルが無事に、平和に生きてさえくれれば、私は……!」

 ふと、頬に熱を感じた。

 それは、ミチルの手だ。

「駄目、だよ、美凪……。ミチルは、……ミチルだって、美凪のために、戦いたいよ。……だって、ミチルにとって、美凪は全てだもん……」

「ミチル……」

「ミチルが、我慢すれ、ば……収まるなら……ミチルは、我慢、するよ? ……だか、ら……美凪、一人で、抱え込まないで……」

「ミチル……!」

 どうして、どうして、どうして……。

 スピリットだから。獣人族だから。エルフだから。魔族だから。

 その程度の理由でこんな目にあわなくてはいけないのか。どうしてこんな不条理がまかり通るのか。

『いままで何度も虐げられてきたはずだ』

 不意に、あの王の言葉が蘇った。

『お前が纏める第四部隊は神族でない者たちが集められた部隊なんだろう?

 ……そうして一箇所に集められていることこそ、ただの使い捨てとしか考えられていない証拠だ』

 そんなことはわかっていた。……いや、正確な意味では理解できていなかったのかもしれない。

 こんなことが起きるなんて、思わなかったのだから……。

「……みな、ぎ?」

「……ううん。まずはここを出ましょう。ここはあまりにも……汚れているから」

 美凪は自らの外套をミチルの身体に巻きつけ、その身体を持ち上げた。

 軽い。

 この軽い身体に、いったいどれだけの苦労を押し付けたのだろう。

「……」

 思いを馳せ、美凪は外へと歩を進めた。

 

 

 

 外へ出ると、何故か他の第四部隊の面々が集まっていた。

「皆、どうして……」

「いえ、いきなり遠野隊長の気配が膨れ上がったので何事かと……」

 そういえば数分とはいえ紅赤朱になってしまったのだった。確かにあの状態なら比較的近い第四部隊の面々はすぐに気付くだろう。

「って、ミチルさん!?」

「ミチル!?」

 各々美凪の腕に抱かれたミチルの有様を見て目を見開く。そして、その中にこんな台詞があるのを美凪は聞き逃さなかった。

「そんな、ミチルさんまで……!?」

「ミチル、……まで(、、)?」

「あ……」

 しまった、という風にその女兵士が口元に手をやる。だが遅い。

「どういうこと? まさか他の皆も……?」

 問いに、しかし誰も答えずただ顔を俯かせた。

 皆知っていたのか。そして自分だけ知らなかったのか。

 ……聞かなくてもわかる。それはきっと自分のためなのだろう、と。

 ミチルと同じく、自分を想うからこそ、何も言わなかったのだろう、と。でも、だからこそ、

「……私は、言ってほしかったです」

 ミチルの身をギュッと抱き、涙をこぼして言った。

「皆で抱え込まないで。私を頼って……。私だけ助けられるのは、嫌……!」

「違います! 俺たちはいつも隊長に庇ってもらってるから、だから!」

「そうです! 迷惑を掛けたくなかったし……、それにそんなこと知ったらもしかしたら隊長、国に反旗を翻すんじゃないかって――」

「そんなことを知っていたら! ここにいようなんて思わなかったッ!!」

 遮るような美凪の叫びに、第四部隊の皆が息を呑んだ。

 ……美凪がエアで剣を振るっているのは全てこの第四部隊の仲間たちと、そして神奈のためだ。

 仲間として迎えてくれる、第四部隊の皆。そんな同じ境遇の者たちを守るために。

 そして、自分の境遇を知っていながらも他者と同じように扱い、更には隊長職にまで指名してくれた神奈。

 神奈にはとても世話になった。その感謝の気持ちはいまでも忘れてないし、返したいと思う。

 だが……だが、ミチルや他の皆をこうまでして、という思いがある。

 誓いの天秤。

 だが、既に答えは決まっていた。何故なら、

『お前には仲の良いスピリットがいて――そして部隊の皆が好きなんだろう?』

 皆の想いが、ここにあるから。

 美凪は一度大きく深呼吸し、顔を上げた。

 これを口にすればもう後には戻れない。良いのか、と自問し……考えるまでもない、と自己回答した。

 ――神奈さん。すいません。あなたの恩に、私は背きます……。

 思い、高らかに言った。

「私は――エアを抜けます」

 

 

 

 あとがき

 えー、はい、神無月です。

 今回はエアの第四部隊に対する非道。そしてそれを知らなかった美凪。その行く末、です。

 ちょっと中途半端なところで切れましたが、次回でちゃんとカバーしますのでご安心を。

 さて次回。ちょい役ですがオリキャラ出ます。というか既に名前は出ていたんですけどねw

 ではまた。

 

 

 

 戻る