神魔戦記 第八十章

                   「英霊というもの」

 

 

 

 

 

 カノン王国領土内、中央に位置する街エフィランズ。

 いつもはその位置から活気に満ちているこの街だが、今日はそんな雰囲気はどこにも感じられない。

 流れるのは重苦しい雰囲気。だがそれも無理はないだろう。

 いまここでは、クラナドとの戦いから敗走してきたカノン軍が補給を行っているのだから。

 皆、表情は暗い。その暗さが渦を巻いて大気を覆っているかのような錯覚すらしてしまうほどだ。

「街民の避難、完了しました」

「ありがとう、下がって」

 報告をして敬礼しつつ下がっていく兵を一瞥し、杏はやれやれと重いため息を吐く。

 ――状況は……最悪一歩手前、ってところね。

 最悪な状況は、あのときノルアーズ山脈で全滅させられることだっただろう。

 それを避けられたとはいえ、劣勢であることに変わりはないのだが……。

 陣には命からがら助かった兵たちが治療を受けている。中には重傷で、王都に戻らなければ助からないだろうほどの怪我を負った者もいる。

 視界の中ではエフィランズの治療師たちがあちこち奔走している。

 しかしダメージが深刻なのはなにも兵士たちだけじゃない。主要メンバーとて多かれ少なかれ怪我を負ったり疲弊をしているのだ。

「美汐。傷の調子はどう?」

 隣で壁を背に座り込んでいる美汐を見やる。しかし、返事が来ない。

「美汐?」

「あ、はい……。なんでしょう?」

「だから、傷の調子はどう、って聞いてるのよ」

「あ、あぁ……そう、ですね。やはり聖剣の一種なだけあって傷の治りは遅いです」

「そう……」

 その表情を見て、杏は内心で嘆息した。

 どうにも、美汐は先程の指揮のミスが堪えているようだ。時谷の言うとおり、いままで完璧であったからこそ、その一回のミスが重いのだろう。

 美汐はその傷よりも、その精神的なダメージの方が大きそうだ、と杏は考える。

「ふぅ……」

 周囲を見やる。

 留美は超魔術迎撃の魔力消費が、水菜は大量の使い魔使役によってそれぞれ内面が疲弊しているようだ。どこか疲れた表情で座り込んでいる。

 そしてクラナドを一人で止めた時谷はいなくなり、杏自身も智代の攻撃で正直身体が痺れて思うように動かない。

 ほぼ無傷に近いのは舞と一弥、それと神耶だけだろう。

 ――満足に動ける兵がおよそ二百程度。多少の傷には目を瞑ったとしても三百には届かないわね……。そして舞たち三人、か……。

 かなり絶望的な状況ではないだろうか。

 杏は十中八九クラナドは追撃してくると踏んでいる。

 あちらも時谷の攻撃で足止めをくった以上それなりの被害はあるだろうが、まさかこちらより大きいということはあるまい。

 ならば一気に攻めて来ないはずがないだろう。自分が相手側の指揮官ならそうする。

 どうしたもんか、と杏は手の中で連絡水晶を転がす。

「祐一とも連絡取れないし……」

 杏は知らないことだが、いまちょうど祐一たちはエア軍と戦っている真っ最中なのだ。しかも祐一の相手はあの遠野美凪。連絡水晶に気付くことも、仮に気付いたとしても受ける余裕もないだろう。

「……援軍も期待できないわね」

 さて、どうするか。

 エフィランズを放棄して王都まで下がる、という手もあるにはある。

 だがエア軍との戦闘面での不安を考えると、王都まで下がるのは正直よろしくない。

 だからできることならここで迎撃し退けたいのだが、現実問題それはかなり難しい。……いや、ほぼ不可能、と言った方が正しいだろうか。

「まさに八方塞り、ってやつね」

 杏が考えるまでもなく、絶望的な劣勢であることを兵の皆が肌で実感していた。

 その精神的な重圧がさらに雰囲気を重くし、空気が淀んでいるかのようにすら感じさせる。

 ……と、

「なに、この空気? もう負ける気満々ってところかしら?」

 不意に場に似つかわしくない幼い声が陣の中に響き渡った。

 誰もがハッとした表情でその声の出所へ視線を向ける。するとそこにはいつの間にいたのか……一人の少女が佇んでいた。

「そんな……」

「いつの間に!?」

 見た目十二から四といった少女だ。

 銀とも白ともとれる髪を肩まで垂らし、その透き通るような肌も相俟ってまるで妖精のような神秘さを醸し出している。

 だが、どう見てもカノン軍やこの街の住民ではない。

 いくら疲れているとはいえ、陣の中にこうも簡単に侵入を許すなど、あってはならないことだ。

 突然の乱入者に身構える皆の前で、しかしその少女は平然と――というよりどこか辟易とした雰囲気すら滲ませて周囲を見渡した。

「まったく……駄目ね。たかが一人の魔術師にこうも簡単に入り込ませちゃうようじゃ、たかが知れてるってところだわ。

 それでもあなたたちはユーイチの部下なの?」

「……祐、一?」

 その少女の口から、知った名が出てきて皆の表情が怪訝に染まる。

 その反応が面白いのか、少女は静かに微笑んだ。

「あなたは……何者なのですか?」

 美汐が問うと少女は思い出したように、あ、と呟き、

「ごめんなさい。そういえば挨拶がまだだったわね」

 すると少女は行儀良くスカートの裾を持ち上げお辞儀をしながら、

「はじめまして。わたしはイリヤ。イリヤスフィール=フォン=アインツベルン。ユーイチとはちょっとした知り合いなの」

「アインツベルン……?」

 その姓に一人疑問の声を上げる者がいた。

 壁に背を預けていた、緋皇宮神耶だ。

「……アインツベルンって、フェイト王国の……?」

「あら、知っている人がいたのね。驚きだわ。それともそれは魔導生命体であるからこそ、かしら?」

 ピクリと神耶の眉が跳ねる。

「気付かないとでも思った? アインツベルンは魔導生命体の原点であるホムンクルス技術を提唱した家系。

 その姓を継ぐわたしが魔導生命体に気付かないわけがないわ」

 眉を顰める神耶の視線もどこ吹く風と言わんばかりにその少女――イリヤは柔らかく笑みを象る。

 そしてスッと目線を外し……ゆっくりと杏に視線を向けた。

「でも、いまはこんな話をしている場合じゃないでしょう? いろいろと……差し迫っている状況があるんじゃない?」

 その言葉はこの中での指揮官――まとめている人物に対する言葉だった。

 イリヤはこの短い言葉の応酬の中で、実質的に杏がリーダーだと気付いたというのだろうか。

 油断できない相手だわ、と思いつつ杏は無難なところで口を開く。

「……なら、まずはあなたがここに来た目的を教えてくれない?」

 イリヤが敵なのか味方なのか、いままでの会話の中で判断するのは難しい。

 仮に敵ならば誰にも気付かれずに侵入してきた時点で攻めてくるだろうが、それをしない。かといって口調から正直味方とも取れない。

 だからまずは目的を。それさえわかれば、これから先の選択肢も自ずと見えてくるだろう。

 その意図に気付いたのか、イリヤは薄く笑い、

「良い指揮官さんね。最初からあなたが指揮をしていればあんな結果にはならなかったんじゃないかしら?」

「っ……!」

 歯噛みする美汐をまるで楽しむかのような発言だ。

 だが杏の思考は美汐のことではなく、ある事実に至っていた。

 いまのイリヤの物言い。そして先程の言動から杏はイリヤがクラナドの人間でないことを確信した。

 全てが第三者的すぎる。狙って言っている可能性も無くはないが、だとすれば先程の戦闘で出てこないことに疑問を感じる。

 ならば……イリヤはいったい何をしに来たのか。

 その疑問に答えるように、イリヤが悪戯っぽく片目を瞑った。

「あまりにも不甲斐ないから……手伝ってあげようかな、って思ったのよ」

 

 

 

 智代たちはゆっくりと、しかし着実にエフィランズに進軍していた。

 予想以上の消耗をしたとはいえ、相手の戦力の損耗率はこちらの比ではない。

 いける、と智代は内心で頷く。

 ここで戦いに勝ちエフィランズを占領することが出来ればこの戦争、クラナド優位でスタートできるだろう。

 そうすれば戦争も早く終わる。そしてシズクをどうにかすれば、また平和な時が戻ってくるだろう。

「……だから、負けるわけにはいかない」

 そう自分に言い聞かせ、剣の柄を撫でた。

 智代は戦いは好きだ。だが殺し合いは好きじゃない。

 似たようなものだが、本質的な部分はまるで違う。智代は純粋な一剣士として、戦いを好むにすぎない。

 できることなら合同武術大会のときのように、全ての国が肩を並べあってなんの憂いもなくそういう催しができるようになれば良い、と思う。

 相手を出し抜くために、相手を破滅させるために……そんなことに剣を振るのには、どうしても罪悪感が募るものだ。

 他の皆は違うのだろうか、と思いつつ苦笑。

 だが結局、こうして国のために戦い他の国を潰そうとしている時点で……そんな夢は世迷言なのかもしれない。

「隊長」

 そんなことを考えていると、不意に横の兵士に呼ばれた。

 思考を捨てその兵に視線を向けるが、その兵士はただ前を……どこか緊張した面持ちで睨みつけているだけだ。

 その視線を追い……智代もまた理解した。

 目視出来るか出来ないかという距離に、人の壁が見える。

 確認するまでもない。ありありと戦意を伺わせるそれらは、間違いなくカノン軍の面々だ。

「エフィランズの砦で篭城戦でも行ってくると思ったんだが……カノン軍は勇猛だな?」

 さらに進軍し、互いの言葉が届くギリギリの距離で足を止める。

 すると人の壁の中央、そこに立つ杏が小さく嘆息し、

「エフィランズの砦は東寄りにあるからね。西から進軍してくるあなたたちに使えるわけないでしょう?

 街をただで明け渡すつもりなんかないし……それに、街民のことを考えれば極力街での戦闘は避けたいしね」

「良い心がけだな。だが、そのためなら負けも厭わないというのか?」

「負ける気なんてないわ」

 そう杏が言ったところで、視界の中に動くものがあった。

 杏の隣にいた……見慣れない少女だ。戦場にはあまりに不釣合いな、どこかの貴族の娘と言われても納得できる可憐な容姿の少女。

 まさかこの少女も戦闘要員なのだろうか。

 少なくともさっきの戦場では見た覚えがない。いや、あの大人数を全て把握することは不可能だが、それでもこの少女のような者がいれば目立つだろう。

 その少女はわずかにこちらに歩み寄ると、スカートの裾をつまんで、それこそ貴族の娘のように軽やかに頭を垂らした。

「はじめまして、クラナドの皆様。わたしはイリヤ。イリヤスフィール=フォン=アインツベルン」

 しかし、ここで智代はこの少女が敵であると確信した。

 向けられた視線には、わずかではあるが戦意が込められているからだ。

 だから智代は剣を腰から抜き、イリヤを見た。

「敵に対し自己紹介とは随分と余裕だな」

「あら? たとえ敵でも自己紹介は礼儀だと思うわ。それに、手向けでもあるし」

「手向け?」

「だってそうでしょう?」

 イリヤはニコリと――邪悪に微笑み、

「――これから殺される相手の名前くらい知ってないと、死んでも死にきれないでしょうから」

「!?」

 瞬間、智代は感じた悪寒そのままに一足飛びでその場を大きく後退した。

 そして半瞬後、そこを突如上から降ってきたナニカが大地を大きく打ち砕いた。

「なっ……!?」

 その光景を見て、智代のみならずカノン軍の面々すら息を呑んだ。

 そこに、凶悪なまでに異形を体現した巨人の化け物が現れたからだ。

「……!」

 見るだけでわかる。その存在の異質さと、異常さを。

 放たれる魔力の気配は尋常ではなく、その禍々しさに偶然――いや、不幸にも近くにいたクラナドの兵士たちが腰が砕けたように尻餅を着く。

 その様子を見て、ようやく智代は我に返った。

「逃げ――」

 しかしその言葉を告げるより先に、

「――やっちゃいなさい、バーサーカー」

 その、地獄の幕を上げる一言が告げられてしまった。

■■■■■■■■■■■■■――――――――――ッ!!」

 バーサーカー、と呼ばれた巨人が咆哮を上げその手に持つ巨大な大剣を振り抜いた。

 その大きさや重量など無視したかのような鋭い斬撃に、バーサーカーの周囲にいた兵士たちの身体が紙屑のように吹き飛ばされる。

 無論それで終わらない。凶悪なまでに巨大な剣を振るっているにもかかわらず、バーサーカーは体勢を崩すことなくすぐさま別の兵士を屠る。

 一度その大剣を振れば十以上の人間が大地や草木とともに切断され叩き潰される。

 恐怖に押しつぶされ壊れたような雄叫びを上げて向かっていく兵士の攻撃もまるで何事もなかったかのように身体で弾き返し、そして駆逐する。

「こんな……」

 イリヤがどこまでも余裕そうであった理由を誰もが悟った。

 こんな怪物を意のままに従えることができるのならば、確かに敵などそうはいないだろう。

 それは戦える、とかいう次元の相手ではない。そんな領域を既に突破している存在なのだと本能が告げていた。

「あ……は……?」

「う、うわぁ……!?」

 事ここに至り、クラナドの兵士たちも気付き始めた。

 この敵は、たとえ自分たちがどれだけ掛かろうと絶対に勝てない相手なのだと。

 怯んだような声をあげ、恐怖に耐え切れず一人の兵士が背中を見せて逃げ出した。それを皮切りに、他の兵士たちもまた次々と逃げ出していく。

 しかし、

「逃がすと思ってるの? ……バーサーカー」

■■■■■■■■■■■■■――――――――――ッ!!」

 バーサーカーが再び吼える。

 その図体からは想像もできないような身軽さで跳躍すると逃げようとしていた兵士たちの前に回り込み、振り向き様に大剣を振り下ろした。

「ひぐぇ!?」

 叩き潰された蛙のような悲鳴と共に、再び十人近い兵士が一瞬で赤い肉片の雨と化す。

 だが止まらない。

 バーサーカーはその名の通りまるで狂戦士のように剣を振り回し、ただ兵を斬り潰していく。

 これは最早戦いじゃない。

 ……圧倒的なまでの、殺戮だ。

「くっ……そぉ……!」

 バーサーカーのあまりの凶悪さに身体が縛られていた智代が、その恐怖を気合で打ち消して地を蹴った。

「これ以上は、やらせん……!」

 殺戮の限りを尽くしているバーサーカーの死角に跳び、『陣ノ剣』を袈裟切りに振るう。だが、

「!」

 ガキィ、と、まるで対物理の文字魔術を施した城壁にでも切りかかったような感触が手に伝わってきた。

「無駄よ。その程度の攻撃ではバーサーカーに傷一つ付けられないわ」

 イリヤの言葉を肯定するように、バーサーカーは智代を半ば無視して兵士たちを駆逐していく。

「ならば――」

 と、智代はバーサーカーから視線を外した。

「狙うべきは……お前だ!」

 そう言って智代は逆方向――イリヤに向かって跳躍した。

 どういう理由があるかは知らないが、間違いなくこのバーサーカーと呼ばれる巨人はこの少女の意思に沿って動いている。

 いわば使い魔のようなものなのだろう、と智代は推測した。

 ならばそのマスターであるイリヤを倒せば、あのバーサーカーも動きを止めるはずだ。

 だがそうして向かってくる智代にイリヤはただ笑顔を崩さずに、

「本気でそんなことができると思ってるなら……まだバーサーカーの実力がわかってないわね」

「!?」

 刹那、イリヤの姿が何かによって遮られた。

 その瞬間、智代は危険を告げる本能に従い咄嗟に剣を頭上に掲げる。

 すると、いままで感じたこともない強烈な衝撃が剣越しに振り落ちてきた。

「がぁ……!?」

 剣を持っていかれそうになるほどの衝撃をどうにか耐え抜くも、智代の身体はその衝撃で激しく吹っ飛ばされた。

「つ……あ……」

 剣を支えになんとか立ち上がる。するとやはりそこには、イリヤを守護するようにバーサーカーが立ち塞がっていた。

「バーサーカーの一撃を受けきった……。あなたの技術も、あなたのその剣も、なかなかみたいね」

 確かに『陣ノ剣』はあれだけの一撃を受けても刃こぼれ一つしていない。

 これだってれっきとした聖剣の一種だ。ただ力が強い、というだけの一撃で折れるほどやわではない。

 だが、受け止めた智代の身体の方が耐え切れない。その一撃を受けただけで手は強烈に痺れ、感覚すらほとんどないのだ。

 いや、できる限り衝撃を受け流したとはいえ、むしろあれを受けて手を折らなかっただけ僥倖と言うべきだろうか。

「でも、これでわかったでしょう? わたしを狙うことの無意味さを」

 そう笑うイリヤに、……しかし智代もまた笑みで返した。

「……いや、これで良い」

 怪訝に眉を傾けるイリヤだったが、すぐさまそれに気付いたのかハッとした表情である方向に視線を向けた。

「……なるほど。これがあなたの狙いだった、というわけね」

 そっちは、クラナドの兵士たちが逃げていった方向だ。そしていま、クラナド兵士たちの背中は目視できるギリギリの距離にまで離れている。

 智代はつまり、どっちでも良かったのだ。

 バーサーカーが戻ってこなければそのままイリヤを倒せば良い。そして……戻ってきたとすれば、兵士たちの逃走ルートが確保できるのだから。

「けど……あなたは助からない。違う?」

「さて……どうだろうな」

 言いのけ、智代は未だ痺れの残る腕で『陣ノ剣』を再び構えた。

 あのバーサーカーの肉体は嫌になるほどの頑丈さだ。しかも魔力による強化ではなく、純粋な肉体の能力だけであれほどの強固さを誇る。

 ならば、

「簡単だ。……私の知る中で最も強い技をぶつけるだけだ」

 ブン、と智代は剣を大きく振り回した。一回転させたその剣先にわずかな光が毀れ、軌跡となり円を描く。

我は結ぶ者

 瞬間、その円は二つに別れそれぞれ上下に散っていく。

「魔法陣……?」

 首を傾げるイリヤの前で、智代は強く大地を蹴った。

 バーサーカーを見下ろすほどに高く跳んだ智代は剣を掲げ、

地より来たれ漆黒の雷

 大地に落ちた円から黒き雷が『陣ノ剣』に舞い上がり、

天より来たれ純白の雷

 空に昇った円から白き雷が『陣ノ剣』に振り落ちた。

 白と黒の雷が鬩ぎ合い、絡み合い、

我が剣は陣。天と地を結ぶ世界にして全てを平に還す剣なり!」

 『陣ノ剣』を巻き込むようにして白黒の巨大な剣が形成されていく……!

「受けてみよ! 我が坂上に唯一伝わるこの奥義をッ!」

「っ!? バーサーカー!」

 いままでの比ではない魔力量に、初めてイリヤの慌てた声が届く。

 だが智代は止まらない。勢いそのままに振り被りながらバーサーカーに踊りかかる。

■■■■■■■■■■■■■――――――――――ッ!!」

 バーサーカーが初めて迎撃のために大剣を振るう。だが智代は怯まず突っ込み、

「おおおおおお……! 天地雷光陣 ――――――ッ!!」

 智代の一撃がバーサーカーの一撃と激突し、その瞬間光が世界を覆いつくした。

 一瞬を置いて強烈な爆音と魔力の解放が周囲に迸る。

「くっ……!?」

 あまりの威力に周囲へ衝撃波が巻き起こるほどだ。舞い起こる突風と砂埃に杏たちが自らの身を庇いながら先を見やる。

 どうなった?

 誰もがそう思う中で、ゆっくりと砂煙が晴れていく。

 ……そこには、肌を焼け爛らせたバーサーカーしか残っていなかった。

「へぇ……。すごいわね、あの人」

「イリヤ?」

「まさかバーサーカーに傷を付けた挙句に逃げ切るなんて。さすがは一国の騎士団長、ってところかな」

 イリヤの言葉の通り、周囲に智代の姿はどこにもなかった。

 どうやらいまの一撃を利用してすぐさま逃げたようだ。

「……あいつらしいわね」

 智代は自分の力を過信しない。そして無謀なこともしない。負け戦はしないのだ。

 彼女は恥よりも命を重視する。死んで誇りを全うするのなんて愚かしい、とはいつかの智代の言葉だった。

 恥をかいてでも生き延びて、そして次に頑張れば良い。死んだら何もならないのだから、と。そう智代は言っていた。

 あの頃と変わらない。智代はやはりどこまでも智代のようだった。

 ……まぁ、それはともかく、と杏は息を吐く。

「とりあえず、クラナドを退けられたのだから良しとするわ。ありがとう、イリヤ」

「良いのよ。わたしはユーイチに恩を返したかっただけなんだから。……もういいわよ、バーサーカー」

 イリヤが命じると、バーサーカーはまるで嘘だったかのようにそこから消失した。

 いや、正確に言えば消えたわけではない。ただ見えなくなっただけ。

「……これが英霊……聖杯戦争のサーヴァントの力……」

「そうよ。驚いた?」

 言ってイリヤは笑う。それはまるで年相応の、自分の玩具を自慢するような無邪気な少女の笑みだった。

 その笑みを、杏はどこか恐ろしいものに感じた。

 先程あれだけの殺戮を行ったバーサーカーのマスターとはとても思えない、そのギャップに薄ら寒いもの感じてしまうのだ。

 ……あのとき、陣に侵入してきたイリヤはこう言った。

『あまりにも不甲斐ないから……手伝ってあげようかな、って思ったのよ』

 自分が祐一の知り合いであること、祐一に借りがあるということ、そして自分には最強の下僕(サーヴァント)がいるということと共に。

 聖杯戦争。

 フェイト王国で行われるという、どんな望みもか叶えるとされる聖杯を掛けた魔術師同士の戦争。

 それに選ばれし魔術師――マスターはサーヴァントと呼ばれる英霊を召喚し、争い、聖杯を手に入れる。

 杏はそんなものがあることを知らなかった。イリヤ曰く、かなり知識を持っている魔術師でなければ知ることもないことであるらしい。

 その言葉を聞いたときは半信半疑だったのだが、あのバーサーカーと呼ばれるサーヴァントを見せられたら、信じざるを得ないだろう。

 しかし、こんな者たちを呼び合って戦うなんていったいどれだけの戦闘になるのか……想像もしたくない。

「さ、行きましょう」

 と、そのイリヤの言葉に杏の思考は現実に戻った。

「行くって、どこに?」

 既にエフィランズの方向に歩き始めていたイリヤの背を視線で追い問いかけると、イリヤは振り返りさも当然とい表情で、

「どこって……カノンに戻るんでしょう? わたしも早くユーイチに会いたいもの。撃退できたならここにいる必要もないでしょう?」

 ……確かに、イリヤは当然のことを言っていた。

 クラナドもあれほどの力を持つバーサーカーがこの国にいるとわかったのだ。そう迂闊には攻めてこないだろう。

 ならば、それこそ彼女の言うとおりこれ以上ここにいても仕方ない。

「……よし、撤収するわよ!」

 杏の掛け声にバーサーカーの力を垣間見て動きを止めていた兵士たちが慌てて動き始める。

 その中で、祐一と会うのが嬉しいのか満面の笑みを浮かべているイリヤを見つつ、杏は嘆息した。

 そして心底思う。

 この少女が敵でなくて本当に良かった……と。

 

 

 

 あとがき

 えー、どうも神無月です。

 クラナド追撃戦も終了し、一段落ですね。

 そしてお待たせしました。ようやくちゃんとFateキャラ登場です。

 初登場キャラはイリヤ。そしてそのサーヴァントバーサーカーです。しかも(一応)味方での登場です。

 彼女(たち)がどうして味方になったのか、とか時谷やさくらなんかのお話は次回出てきます。なので次回は話しメイン。

 ……が! 次回も実は怒濤の展開が待っていたのであった!(ぉ

 というわけで、お楽しみに。 

 

 

 

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