神魔戦記 第七十九章

                    「ワンの動き」

 

 

 

 

 

 ワン自治領。

 カノンとエアの東に位置するこの国は、両国のマナの影響なのか、比較的安定した気温を保っている。

 おかげで野菜などの実りは良く植物も豊かだ。東にいけば海にも面しているので、海産品も手が届く。

 人口が少ないことも相俟って、食で困ることはほとんどなかった。

 そんな国を統べる者たちが住む、ワン城。

 そこをいま、トテトテと緊張感の無い早歩きで進む少女がいる。

 栗色の髪を揺らせ進むのは、王のお付きである長森瑞佳だ。

 役職としては秘書官に該当する彼女だが、実際のところは細かい実務のほとんどは彼女がこなしていたりする。

 というのも、国王折原浩平がその辺ずぼらだからだが、瑞佳がなんやかんや言いつつも結局やってしまうというのも原因の一つだろう。

 その瑞佳は国王がいるはずの謁見の間の扉の前に立ち、急いできたためにやや荒れた息を深呼吸して収めつつ、

「長森です。陛下、入ります」

 重々しい扉を開け放ち、恭しく入室して――、

「……あれ?」

 だが、そこに折原浩平の姿は無かった。

 謁見の間の玉座には、いるはずの人の影が無い。

 あれー? と思いっきり首を傾げていると、

「浩平なら――ではなく、陛下なら休憩と称して散歩に出かけたそうですよ。まぁ、大方お昼寝でしょうが」

 声は斜め後方から。

 振り向いてみれば、屋内だというのに傘を持ち、壁に背を預けて気だるげに息を吐く少女がいた。

 透き通るような綺麗な金髪を二つに編みこみ前に垂らしているその少女は、瑞佳にも知った顔だ。

 そのどこか「呆れ果ててますよー」的なオーラに苦笑しつつ、瑞佳はその少女の名を呼んだ。

「里村さん」

「お疲れ様です。長森さん。あなたもいろいろと大変そうですね」

「あはは、まぁいつものことだもん。それに、大変なのはお互い様だよ?」

 かもしれませんね、と苦笑しつつ里村茜は壁から背をゆっくり剥がす。

「長森さんは何かご報告に?」

「うん。澪ちゃんと深山さんからカノンに着いた、って報告あってね。一応、伝えておこうかと」

「そうですか……」

「本当なら、里村さんが行きたかったんでしょ? カノンに。里村さん、結構カノンに期待寄せてるみたいだもんね」

 瑞佳に近付く足音が止まる。茜はやや頬を赤くして

「……私は、ただカノンのこれからの在り方がワンにとって有益だろうと思っただけで、別に私が行きたかったわけでも――」

「あはは、まぁ建前は良いよ、うん。里村さんも外交官である前に一人の人間なんだし。一国の在り方を好きなるというのもありだと思うよ?」

 反撃に言葉が出なくなった茜を、瑞佳は満足そうな笑みで見つめる。

「ところで、茜さんは何か用があったの?」

「ええ。まぁ、急を要するものでも無いので別に構わないんですが……」

 やや口調が苦々しいものであることに気付き、瑞佳は首を傾げ――そしてふと思い出した。

 茜は、つい先日まで外交官としてある国へ足を運んでいたはずだ。

 だとすれば……理由はそこにある。

「なにかあったの? ……トゥ・ハート王国で」

 そう。茜が赴いていた国は、リーフ大陸のトゥ・ハート王国。

 そしてその用件は……シズクに対するもの。

 茜は大きく嘆息しつつ、言葉を紡ぎ始める。

「……最近、シズクからの襲撃が日に日に増えています。それは私たちに限らず、キー大陸全般に言えることですが」

 例外的に、カノンは襲撃率が限りなく低い。

 シズクから見て地理的にカノンが最奥だからなのか、それとも別の要因があるのか、それは定かではないが。

「なので私はリーフ連合の長であるトゥ・ハート王国に足を運んだわけなんですが……そこで聞いた話にショックを隠しきれなかったんです」

「ショック?」

「……トゥ・ハート側は事前に潜入させた兵により、シズクの本拠を包囲している森の正体はあの『腑海林アインナッシュ』だと突き止めたそうです」

「アインナッシュって……あの死徒二十七祖!?」

 ええ、と茜は肯いて、

「ですからトゥ・ハートは先日、大規模なシズク殲滅戦を開始したのです。

 派兵魔導人形、その数五千五百。加え、指揮官として人間が二十名程度という人数でアインナッシュを包囲。一斉に進軍したのですが――」

 そこで一旦言葉を切り、

「……十五分後、全部隊は壊滅。生き残ったのは指揮官二名とデータを持ち帰るのを優先した魔導人形が四体だけだったそうです」

「そんな……トゥ・ハートの魔導人形っていったら一体で並の兵士の十人分にも相当するって話なのに……」

 トゥ・ハート王国の現在の主力はHMX-13セリオの量産型だ。その能力の高さはリーフ大陸に留まらず全世界に知れ渡っているのだが……。

 故にそれを打ち崩したシズクの力は一体どれほどのものなのか。想像もしたくない。

 それは茜も同じなのか困ったように眉根を寄せ、

「結局、シズク殲滅戦は完全に失敗。作戦の立て直しと、再度魔導人形の生産などで少なくとも一ヶ月は身動き取れないようです」

「他のリーフ連合は?」

「次の作戦ではウタワレルモノ、コミックパーティー両国からも兵を出すことになるそうです。今回以上の大規模な作戦となるでしょうね。ですが――」

「それまでは動けない、、か。……わたしたちの方にシズクが来るのをせき止めるのは不可能、ってことだよね」

「いえ、どうやら事はそう簡単ではないようです」

 眉を傾ける瑞佳に、茜は手を顎に添え答える。

「トゥ・ハート側の話では、どうもここ一ヶ月ほどの間にシズクからこのキー大陸へ渡った形跡はない、ということです」

「え、だって実際襲われてるよ? 昨日もサディンが襲われたとかで川名さんの部隊が向かったし。

 特にシズクに一番近い沿岸部のエアなんか手ひどい状況らしいしい――って、まさか」

 そこで瑞佳は一つの懸念に気が付いた。

 茜はその考えを肯定するように肯き、

「そう。おそらくシズクはこのキー大陸のどこかに二次的な陣を作っています。そしてそれを悟られないよう、敢えてシズク本土から攻め込んでいるかのような場所を襲撃しているだけだとしたら……」

 それは衝撃的な事実だ。

 ワンに限らずエア、クラナドはシズク対策としての兵を全て沿岸部に集結している。

 もし、もしもそれが本当にフェイクのために沿岸部での戦闘を繰り返していただけなのだとしたら――、

「いきなり別の場所を攻められたときに、対処が効かない……!?」

 そういうことですね、と茜は重々しく肯いた。

「恐らく狙いはそれなのでしょうが、いかんせんシズクの本当の狙いが釈然としません。タイミングを計れない以上兵を分散させるのも危険でしょう」

 それはそうだ。確かにそれがフェイクであるとはいえ、いまのところは沿岸部が激戦地であることに変わりはない。

 シズクの狙いを知ったところで、兵を分散させてはそれこそ沿岸部を攻め落とされてしまう。それでは意味が無いのだ。

 特にワンは他のキー大陸の三国と比べて兵力が少ない。その状況で分散などさせれば……結果は火を見るより明らかだった。

「八方塞がり、ってことかな?」

「肯きたくは無いのですがそういうことになるでしょう。本音を言えば現状キー大陸同士で争っている場合では無いと考えますが――」

 そうはいかないのでしょうね、と嘆息一つ。

 実際エアやクラナドはもう完全にカノンを敵視しているし、カノンも迎撃で手一杯といったところだろう。

 中立を貫いているワンが唯一手が空いているともいえるが、ワンはカノンに介入した。言い訳はできる状況だが、それも長くは続くまい。

 浩平もおそらく時間稼ぎ程度にしか考えてないだろう。実際ここで介入しなくてもエアはワンの動向を迫っただろうし。

 しかして、実質キーは大きく二分化された。大きな戦いももはや必須だろう。

 だが、そこにシズクの影がある。茜にはそれが不気味で仕方なかった。

「……とはいえ、私たちで考え込んでいても仕方ないことですね。まずは浩平に話をしなければ」

「クスッ」

「? なにがおかしいのですか? 長森さん」

「え、いや、うん。里村さんの浩平の呼び方が陛下じゃなくなってるからさ」

「あ――」

 しまった、とんだ失態だ、と茜は慌てて口を手で閉ざすがもう遅い。

 瑞佳はただニコニコ笑っているし、そしてそれを見てか自分の言葉を反芻してか、茜の頬はやや赤く染まっていく。

「別に気にすることもないと思うよ? ここにはわたしたちしかいないんだし、プライベートな呼び方でも」

「そ、そういうわけにはいきません。私はいま外交官としてこの謁見の間に立っているのです。陛下や兵がいないからといってそんな――」

「あはは、うん。里村さんらしいね」

 む、と茜は瑞佳を半目で睨む。なんか軽くあしらわれているような気がするのは気のせいだろうか?

「ところで里村さん。これから暇?」

「え?」

 唐突な話題の変換にやや素っ頓狂な声が漏れるが、どうにか修正し言葉を返す。

「え、えぇ、まぁ。当面やることは浩へ――こほん、陛下に報告をすることだけですから」

「そっか。あのね、城下町で美味しいケーキを買ったんだよ。一緒に食べない?」

 ケーキ、という単語に茜の耳が思わずピクリと反応する。

 こう見えて茜は根っからの甘い物好きだ。ケーキという単語はそれだけで彼女の欲求を刺激する。

 しかし、茜は必死にそんな欲を理性で抑えこみ……やや頬を引きつらせながら、

「け、結構です。まずは報告を先に――」

「ほらほら、里村さん。硬いことは言いっこ無し無しっ!」

 言うやいなや、瑞佳は茜の手を取り、強引に引っ張っていく。

「ちょ、長森さん!?」

「浩平が休憩って言ったんならしばらくは帰ってこない。勝手にいなくなった人を待ってボーっとするなんて馬鹿みたいだよ。

 だからその間にわたしたちも身体を休めなきゃ。浩平には帰ってきたらうーんと頑張ってもらうけどね?」

 クスッ、と笑う瑞佳を見て……茜も苦笑を禁じえなかった。

 そのどこか強引で、でも妙に他人を納得させてしまう雰囲気は、とてもそっくりだと思いながら、

「仕方ありません。そこまで言うのなら、ご馳走になりましょう」

「うん。紅茶も淹れるね」

 とりあえずのお茶会に付き合うことにした。

 

 

 

 で、その頃。当の折原浩平王はと言えば、

「ふわ〜ぁ」

 暢気にあくびなんぞをかましつつ、城の中庭で横になりながら日向ぼっこと洒落込んでいた。

「いーやー、こんな天気の良い日は雑務なんかやってられねーやなー」

 うんうん、と自らの言葉に肯きつつ浩平はゴロリと寝返りを打つ。

 日差しはポカポカと草木を照らす。朝も開けて昼には遠いこの時間帯、風は涼しく睡眠欲を刺激される。

 心地よい倦怠感に浩平の意識は既に半分ほど持っていかれていた。むしろこのまま少し早い昼寝というのも良いかもしれない。

 ……とも思ったのだが、どうやらそんなことは許してもらえないようだ。

「あれー? 王様ともあろう人がこんな時間からお昼寝?」

 中庭に入ってくる二つの気配を感じ、浩平はのっそりとその身体を起こした。

 とはいえ、その気配は見知ったもの。別段急ぐ調子も無しに、そして取り繕うこともせぬまま、浩平は眠いですよー的な視線でその二人を迎えた。

「おーう、みさきさんにクリスか。帰ってきたんだな」

「うん、ついさっきね」

 あはは、と笑みを浮かべながら答えたのは、艶やかな黒い長髪の少女、川名みさきだ。

 腰の両サイドにまったく別の形をした剣を携えたみさきは、ワンの軍の中でも随一の強さを誇る人間だ。そして一つの部隊の隊長も任されている。

 そしてその脇でクリス、と呼ばれた青年が浩平に向かって軽く頭を下げた。

 彼の名はクリス=ヴェルティン。

 一ヶ月ほど前にワンの軍に入隊した新人なのだが、実力故に現在では川名部隊の副隊長を任されている。

 本人はやや気弱――というか自己を過小評価する節があり、最初はその役職を辞退していたが、浩平の説得によりなんとかそこに収まった。

 彼の背には、一本の鎌が括り付けられている。それが彼の武器だ。

「で、サディンはどうだった?」

「そうだね。とりあえずそれほど大きな被害は出なかったよ」

 答えたのはみさきだ。疲れているのか、やや重い息を吐き、

「ただ、あれだね。最近はシズクの襲撃の間隔もどんどん狭まってきてるね」

「だな。特にサディンの襲撃率が高いな。……まぁ、首都も数度攻撃されてるが」

 いっそ城塞都市サディンに守備部隊ではなく実動部隊を一つ置いてしまおうか、とも考えたことはある。

 だが川名部隊、椎名部隊、折原部隊、清水部隊。ワンの所有する四つの部隊はどれも人員はさほど多くは無い。

 シズクの首都直接攻撃だけでなく、エアやクラナドの件を考えても、首都からあまり戦力を手放したくは無かった。

「難しい問題だな。毎回派遣っつーのも動かされる側は面倒だろうし」

「私たちのことなら気にしなくでも良いよ? 王様はどーんと構えてないと」

「そうはいかん。顎で人を使うだけのような能無しにはなりなくないからな」

「あはは、浩平くんらしい」

 とにかく、問題は山積みだ。

 カノンに向かわせた雪見たちからもなにかしらの報告が届いている頃だろうし、そっちの案件もある。

 本当は休憩なんかしている余裕はあまりないのかもしれないが……そういうときこそ気を落ち着けて休むべき、というのが浩平のスタンスだった。

「ま、その辺のことは後で良いさ。お疲れ様。ゆっくり休んでくれ」

「うん。よーし、いっぱい食べるよー」

「はは、まぁほどほどにな」

 そうしてスキップで去ろうとするみさきに続くようにクリスもまた一礼して下がろうとするが、浩平はその背を止めた。

「あー、クリス。お前は少し残ってくれないか?」

「え……?」

「あ、じゃあ私は先に行くよ」

「おう」

 手を振るみさきに手を振り返し、さて、と浩平は改めてクリスを見る。

 その視線をクリスは真っ向から受け、

「えと……なんでしょう陛下」

「あー、そんな堅苦しい呼び方は止してくれ。いまは俺とお前、二人しかいないんだから普通に喋ってくれ」

「……わかったよ」

 ふぅ、と小さく息を吐くクリス。次の瞬間には、どこかあった堅さが完璧に抜けていた。

「それで、用ってなに?」

「あぁ。いや、ちょうどお前をワンに迎えてから一ヶ月くらいだからな。とりあえず聞いておこうかと思って」

 聞いておこうと思って。

 そのフレーズでクリスの肩がビクリと揺れたのを視界の隅で確かに見たが、それでも敢えて浩平はそれを口にした。

「なぁ、クリス。……お前、まだアリエッタのこと吹っ切れないのか?」

「……」

 クリスの顔から表情が消える。

 しかしそれだけで、既に明確な答えだった。

「そうか、駄目か」

「……というより、吹っ切ることなんてできないし、しないよ。僕は」

 クリスが曖昧に笑う。

 それは怒りとか、悲しみとか、そういった感情もあるだろうがそれよりも……後悔や懺悔、そういった感情の方が大きく感じ取れた。

「……アルは、僕が殺したんだから」

「違う。あれはお前のせいじゃない」

「ありがとう。でも……僕は、そう思ってるから」

 やれやれ、と浩平は息を吐く。クリスはどうにも責任感が強すぎるきらいがある。それはクリスの良いところであり、また悪いところでもあった。

 だが、この件に関しては浩平は完璧に部外者だ。あまりどうのこうのと突っ込むべきではないだろう。

 だから浩平もそれ以上の追及はしなかった。

 クリス=ヴェルティンは折原浩平の友人である。いまはそれだけの繋がりで十分だろう、と。

「ま、いいさ。ともかく、あんまり自分を責めすぎるなよ。あと、訓練も良いがな、休憩するときはしっかりと休憩しろ」

「とは言ってもね。僕はただでさえ戦闘経験なんてこの一ヶ月くらいなんだし、衣食住の面倒を見てもらっている分は働いて返さないと」

「十分返してもらってるさ。お前の実力は実際たいしたもんさ。初めて戦ったのが一ヶ月前だとはとても思えねぇくらいだ」

「……うん、そう言ってもらえると少しは自信が持てるかな」

 嘘だな、と浩平は思う。クリスという人間は他者からの褒め言葉を素直に受け入れるような人間では決して無い。

 いま肯いたのは、ただこの不毛な会話を打ち切りたかったからだろう。

 その意図が見えていながらそれでも同じ会話を続けるほど浩平も意地っ張りではない。ここは素直に引き下がることにした。

「とりあえず、休憩だけはしろ。しっかりと働いてもらうためにも、自分の健康面には気を遣え。良いな?」

「うん。忠告はしっかり受け取るよ」

 本当に受けているのかどうかかなり疑わしいが、クリスという人間はこれ以上何を言っても無駄だということを浩平はよく知っている。

 だから当てつけっぽく盛大に溜め息を吐きこぼし、

「じゃあ、俺は行く。おそらく茜ももう戻ってきてるだろうし、澪たちからの連絡も入っているだろうからな」

「わかった。浩平はあまり休憩を取り過ぎないようにね」

「なにおー」

 最後に冗談を言い合い、笑顔のままクリスは踵を返し去っていった。

 その背中を見つつ、思う。

「……まったく。あんな精神状況でも人を気遣うなんて、よっぽどのお人好しだな」

 最後の冗談も、自分は心配せずとも大丈夫だ、というアピールに過ぎない。まぁ、実際には空振っているわけだが。

 今回はそれに乗ってやったが……、

「まったく。ホント、問題は山積みだ」

 心底疲れます、と言わんばかりに浩平は嘆息し、それでも気合を入れて城へと戻っていった。

 

 

 

 クリスは浩平とは別のルートから城へ戻ろうとしていた。

 というのも、浩平が向かっている方向は謁見の間や王室などが並ぶ、いわゆる位の高いエリアであるの対し、クリスが戻ろうとしているのは城に併設された兵寮だ。

 最初クリスがこの国に来たときに浩平が城に一緒に住もうと誘ってきてくれたが、クリスはそれをやんわりと断った。

 どれもこれも世話になる、というのも気が引けるし――なにより、自分みたいな人間が豪華な生活に身を置いてはいけないと考えた。

「クリス、大丈夫?」

 唐突に自らを呼ぶ声に、しかしクリスは驚くことなく、むしろ笑みでもってその声の主の来訪を迎えた。

「フォーニか」

 フォーニ、と呼ばれたそれは人ではなかった。といって、魔族でも神族でもない。

 それは妖精だった。

 クリスの手の平ほどの大きさをした少女が、背中に生やした短い羽をパタパタと動かしてクリスの肩に着地する。

 クリスは妖精に詳しいわけではないが、文献で調べた限りは確認されているどの妖精とも異なっている妖精。

 そもそも妖精、というのもあくまでフォーニの自称であるので正確にはなんなのかクリスは知らない。

 だが、クリスは別段そのことを気にいしていなかった。最初こそ面食らったが、フォーニの存在は確かにクリスの心を支えてくれたのだから。

 だからクリスは安心させるように微笑み、フォーニにの頭を指で撫で付ける。

「うん。大丈夫だよ。どうして?」

「クリス、少し元気なさそうだったから。……本当に大丈夫?」

 アリエッタのことを思い出したから、と言ったらフォーニはいったいどういう顔をするだろうか。

 だが、それを言うのは憚られた。だからクリスは誤魔化すように頬を掻くと、

「ま、一応はね」

「もう、クリス。そうやってなんでも『一応』っていう癖は――」

「わかってる。できるだけ使わない努力はしてるんだけど……どうしてもね。それに――」

『もう、クリス。あんまり一応、とか多用するものじゃないよ?』

 そう、笑顔で言っていたアリエッタの顔が、浮かんでは消えた。

「……クリス?」

「あぁ、いや。なんでもない。なんでもないよ」

 どうにも自分は感情が表情に出すぎる、と自己判断する。

 浩平もなんだかんだで合わせてくれたが、きっとこちらの内面の感情にも気付いているだろう。

 折原浩平という人間は一見ただの考え無しのように見えるが、その実、広い視野や豊富な計算力を持ち、それを実行に移す力強さを持つ。更に人を見る力もあるというのだから、彼以上に王に向いている人間はそういないだろう。

 だが、だからこそ余計な心配は掛けたくない。アリエッタの件に関しては、間違いなく自分だけの問題なのだから。

「さて、行こうかフォーニ。浩平にも早く休むように言われたしね」

「うん。いろいろと忙しかったし、今日は早く寝たほうが良いよ。それで、また明日から頑張ろっ!」

「そうだね」

 ――僕はまだ死ぬわけにはいかないからね。

 だがそれは口にしない。そんなことをすればきっとフォーニは憤怒の表情で延々と説教をしてくれるだろう。

 しかし誓ったのだ。あの時に。

 フォーニからこの永遠神剣『第六位・贖罪』を渡された、あの時に。

 全ての罪の贖罪をする、と。

 だからクリスはここにいる。少しでもアリエッタの夢見た世界への道を助けられればと、そう思いながら……。

 

 

 

 あとがき

 はい、どうも神無月です。

 今回はワンの動向でした。ワンキャラ盛りだくさんでしたね。

 で、新キャラはみさき先輩とリクキャラ、クリスです。

 クリスにいたっては随分と忘れていたので原作を少しやり直したりもしましたー。なんとなく感覚を掴めた気がします。

 さて、次回はようやく話戻ってクラナドの追撃戦です。これが終わればなんとか一段落です。

 ちなみにこの話は長引きません。次回で終わります。

 では、また次回にお会いしましょう〜。

 

 

 

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