神魔戦記 第七十七章

                    「エアの力([)」

 

 

 

 

 

 亜衣は自らの責務を全うすることが大事であると、昔敵だった相手から教わった。

 だからいま……二人の王妃を守るという、託された責務のために、そしてその先の目指すべき場所のために、亜衣は大きく地を蹴った。

 往人との距離が、その一足飛びで詰められる。

「!」

「ふっ!」

 決して速くはない。だが、それは通常の亜衣からは考えられないほどのスピード。

 ……亜衣はこの二ヶ月間、時谷との斧での戦闘訓練よりもさくらとの魔力生成、構築、使用の訓練を主としてやって来た。

 強い戦士は基本的に本能というか無意識で行っている魔力での身体強化。それを亜衣は特異体質上できない。

 だが、さくらは言った。神殺しがあればそれは不可能ではなくなる、と。

 神殺しを経由して本来通過が不可能である内なる魔力を外に放出することができるからだ。

 しかしそれは容易ではない。

 亜衣の特異体質、魔力完全無効化。それは身体に触れるか触れないかという距離に魔力が接した瞬間、それを無効化するもの。

 つまり、身体に魔力を掛けて強化するという方法はどうやっても不可能なのだ。

 だがさくらの言う身体強化は通常のそれではなく、全く別のものである。

 その、無効化される部分よりもわずかに外側を、魔力で覆う。そんな、非常識。

 なにが非常識かといえば、身体という『軸』があるものに魔力を通すのではなく、何もないところに魔力を常時展開するというその異常。

 要求される魔力コントロールは半端なものではない。一瞬ですら難しいのに、それを継続させるとなれば更に難易度は飛躍する。

 それに亜衣はその体質上『魔力』というものを身近に感じたことのない身。魔力を構成するというだけで一苦労。

 二ヶ月あるとはいえ、そこまでできるようにはならないだろう。

 ……普通ならば。

 しかし、亜衣にはもう一つ特殊な才能があった。

 それは『見る』才能。一般的に言う『見切り』と呼ばれる先天技術。

 一度見たものを再現可能な範囲内で再現でき、同じ攻撃を二度受け付けないその才能。

 魔力、という存在を理解し、把握できるようになった後からは、早かった。

 魔力の構築、構成の流れを『見て』、あとは感覚的にそれを真似るだけ。

 それだけで、亜衣は瞬間的な魔力強化を成功させたのだ。

 問題は魔力を常時放出する“慣れ”がないことで、それが瞬間的なものでしかないことだが、その『目』があれば特に問題はない。

 攻撃のときには腕力を『強化』し、防御のときには敵の攻撃が当たる部分を『強化』し、と。そういう選別が彼女にはできる。

 故に、

 亜衣はこの場を任されるだけの実力をいま手に入れている……!

 瞬間的に足を強化し一瞬で間合いを詰めた亜衣は、すぐさま腕に強化を切り替え、その光の一撃を振りかぶる。

「ちっ!」

 舌打ちする往人がその一撃を回避しつつ長棒を繰り出してくる。

 棒術。亜衣にとってはそれほど見慣た攻撃手段ではないが、

 ――見切れないほどじゃ!

 最低限の動きで敵の攻撃を回避し、いなす動き方は舞を『見ていて』なんとなくわかる。

 連続して繰り出される棒の、中でも大振りとなった一撃を判別し、それをディトライクの柄で上に弾き飛ばした。

「なっ!?」

 上に弾かれ脇ががら空きになった往人。驚きに表情を染める往人に、亜衣はディトライクを放つ。

 空間に奔る光の軌跡。だがそれは往人を薙ぐよりわずかに早く、腕の中を回るようにしてスライドした棒によって阻まれた。

 上手い。棒術として往人のそれは完成形に近いのだろうが、しかし相手が悪かった。

 雨宮亜衣はこの二ヶ月。各種武器に精通し、そのそれぞれを完成させた一人の男と何度も模擬戦を行ってきたのだ。

 完成している(、、、、)ものより完成に近い(、、)動きが劣るのは、当然のことと言えよう。

「くっ……!」

 棒術、槍術による攻撃のいなし方はその他の武器とは別種の独特な動き方がある。そして、これを未然に防ぐのはなかなか難しい。

 だから、ここで亜衣は留美の戦い方を真似ることにした。

 留美が一弥に槍の柄でその攻撃を防がれたとき、彼女はどうしたか。

 それは彼女らしい――力による強引な弾き飛ばしだ。

 瞬間的に魔力を腕力に一点強化。加えて同タイミングでディトライクの出力を跳ね上げ、

「いっ……けー!」

 強引に、振り抜いた。

「!?」

 往人の長棒が、折れる。

 そしてそのまま壁を貫通し、その身は隣の部屋にまで大きく吹っ飛ばされた。

「はぁ……はぁ……」

 亜衣は肩で息をしながら、その方向を見つめる。

 ――まだ、ですよね。きっと。

 いまの一撃、手応えがなかった。

 ディトライクが長棒を貫通しその身に届く直前、往人は地を蹴り同時に翼をはためかせ強引に後ろに下がったのだ。

 そして衝撃を減らした上にディトライクの刃がその身に刺さる数瞬前、外套の内から現れた“何か”がこれを防御した。

 その何かまでは亜衣にはわからなかったが……それは、亜衣には子供の腕のように見えた。

 事前情報で国崎往人は第二部隊の隊長であると聞いている。

 この程度じゃないはずだ。もしかしたら、それもまた往人の能力の一端なのかもしれない。

「……正直、油断してた」

 やはりというかなんというか。往人は軽く頭を振りながら無傷で立ち上がった。

 パラパラとその外套から落ちる壁の残骸。それを鬱陶しげに手で払い、往人は真っ直ぐ亜衣を見やる。

 その瞳に先程までの、舐めきった様子はなかった。……それはただ油断の無い戦士の瞳。

「そうだよな。うちだって志乃さいかまいか姉妹がいるんだ。お前くらいの年代の人間が兵でもおかしくは無いんだよな」

 あぁ、と納得したように頷き、

「悪かった。軽んじてたことは謝ろう……。だから、俺はお前を観鈴への最大の障害として……全力で叩き潰す」

 その宣言に、亜衣は背がゾクリとするのを感じた。

 身体に圧し掛かる、殺意という名のプレッシャー。

 模擬戦では感じることの無い、戦場の空気。

 これを肌で感じるのは二度目だが、まだ慣れるまでは程遠いらしい。呑まれそうになるのをどうにか気合で抑えつけるが、

来たれ。姓に連なる契約の下に、汝の名を呼ぶ我が手の中へ

 それは呪文詠唱なのかそうではないのか。

 少なくともその言葉を紡ぐ過程で魔力が練り上げられていくのが感じ取れる。

 来る。そう感じ身構える亜衣の視線の先で、

武曲、禄存、貪狼

 往人の外套の内側に刻み込まれた七つの魔法陣のうち三つが輝きだし、そこから何かが出現した。

 それはパッと見、小さな子供のように見えた。

 が、鎧や服の隙間からわずかに覗く関節部分を見て、それが人形であると判別できた。

 装飾の凝り方が、先程まで城を跋扈していた人形とは全然違う。

 あれを手抜きで片手間に作った駄作だとすれば、これは数日を掛けてただひたすらに集中して作り上げた至高の作品と言って良いかもしれない。

 そしてその人形のうちの一つ、鎧を着込み腰に身の丈ほどもある左右一対の剣を携えた人形が往人に振り返り、

「なんだ、久々に呼び出されたと思ったら相手はこんなガキか? お前も随分落ちぶれたものだな?」

「油断するな武曲。見てくれで判断すると痛い目を見るぞ」

「しゃ、喋った……?」

 その光景に亜衣を初め有紀寧やマリーシアが目を見張る。

 本当に人間なのではないかと疑いたくなるほどに滑らかな動きと違和感のない言葉。

 それは世に聞く人形とは別世界の領域で……。

「何を驚いておられる。某らが言葉を解すのがそれほどまでに驚嘆すべきことでござろうか」

「どーなんでしょうねぇ〜? 確かいまの時代は魔導人形という言葉を理解して話せる人形がいるって話しですけどぉ〜?」

 続いてその隣にいる腰に長い刀を差し口に葉を付けた長髪の男人形が、そしてフリフリのドレスを着込んだ金髪ウェーブの女人形が喋りだす。

「貪狼、禄存。無駄話はその辺にしておけ」

 貪狼、禄存と呼ばれた二体の人形がそれぞれ返事をするのを見て、観鈴がポツリと呟いた。

「……これが、北斗七星」

「北斗、七星?」

「うん。往人さんが持つ、特殊な……というか本質の人形たち七体のことだよ。わたしも見たことはなかったけど……。

 さっきまでの人形は飾りみたいなもので、その七体こそが国崎の本領だ、って言われてる。

 そしてその一体一体が隊長クラスの力を持つ、とも聞いたことがあるよ」

 だが、いま亜衣の目の前にいるのは三体だけだ。言葉ではああ言ったものの、本気ではないということなのか。 

 とにもかくにも、往人はこの三体だけで十分だと踏んだのだろう。

「武曲、禄存、貪狼。そいつの相手を頼む。俺は観鈴を連れて行く」

「させません!」

 踵を返し観鈴へ向かおうとする往人を止めようと跳ぶが、

「そっちこそ、させねぇ、っつの」

「!」

 突如目の前に飛び出した鎧の人形――武曲がその巨大な一対の剣を向けてきた。

 亜衣は慌てて足を止め、その一撃を捌くが、

「良い反応だ。なら……これならどうよ!」

「っ!」

 怒濤のような高速の連撃が、来る。

 目で追うことは可能。しかし、

 ――身体が追いつかない……!

 攻撃のスピードはあの舞とほぼ同等。だがその種類はほぼ真逆に近い。

 舞の剣が流れる川のような剣『舞』であるのなら、こちらは力の限り叩き潰す滝のような剣『武』。

「おらおらおらおらぁ!」

 受け止めるだけで、腕が痺れていくような感覚。だが、敵は武曲だけではない。

「某も忘れてもらっては困るでござるな」

 刀を構えた貪狼。その一閃が真横から迫る。

「!」

 速い。

 一度だけ見たことのある、それはヘリオンの『居合い』というものに似ているかもしれない。

「くぅ!」

 身体を強引に捻り、なんとかその一撃を回避する。

 連続で来ることはないものの、その一撃の速さはさすがと言うべきか。だが……敵は三体(、、)いる。

「ではぁ〜、わたしもい〜きますよぉ〜?」

 金髪をゆるやかに揺らしながら微笑む禄存。その手には、巨大な槌が握り締められていて、

「とーりゃ〜」

 間の抜けた言葉とは裏腹な強烈な一振りが、咄嗟に退いた床を突き破った。

「っ……!」

「あれぇ〜? 避けられてしまいましたぁ〜」

「てめぇのは豪快すぎんだよ。もっと細かくいけ」

「そうでござる。素早さこそが美。これぞ戦いの醍醐味」

「なにを言ってるんですかぁ〜。やっぱり戦いの美しさはぁ、どれだけ壊すかに限ると思うんですよぉ〜?」

 三体の人形は口では言い合っているものの、抜群の連携を見せて亜衣に迫る。

 嫌でも目に付く禄存の槌を皮切りに、武曲と貪狼の別種の速い攻撃が連続で繰り出される。

 三人が三人の攻撃を邪魔しない、それどころか各々の持ち味を引き上げるように連携していく。

 しかし、それは当然。どういうシステムでそれらが個々に意思を持ち言語を解するかは別にして、これは国崎往人の人形。

 国崎往人という人形遣いが頭にあるのだ。その末端が上手く連携することなど、人間が左右の手を別々に、しかし効率良く動かすのと同じこと。

「このままじゃ……!」

 回避、防御。それだけでも精一杯という状況で攻撃になんか手が回るはずも無い。しかもこの三体は未だ本気を出していない。

 亜衣は完全に押さえ込まれた。

 それをわずかの間傍観していた往人は、そこで意識を外した。

 あの様子を見る限り、亜衣があの三体に勝てるはずが無いと判断したからだ。

 それに時間は掛けていられない。北斗七星の使用中は他の人形の統制をカットしなくてはいけないからだ。

 今頃他のカノン兵がここに向かってきていることだろう。その前に観鈴をここから連れ出さなくてはならない。

「さぁ、観鈴。来るんだ」

「いや!」

「観鈴!」

 駄々をこねる観鈴を強引に連れ出そうと手を伸ばし、しかしその間に、まるで観鈴を庇うように割り込んできた人影があった。それは、

「ゆ、有紀寧さん……」

「あなたは、エアの軍人なんでしょう?」

 観鈴の前に毅然と立つ有紀寧。とても操られているようには見えない意思のハッキリした瞳を据えて、真っ直ぐに往人を見つめる。

「なら、過去のこととはいえ自らの仕える君主が操られているか否かなどすぐに看破してみせなさい!

 それともあなたは、これだけ言っても観鈴さんの意思が見えないのですかっ!」

「!」

 有紀寧の恫喝が往人に深く突き刺さる。

 国崎往人は神尾観鈴をずっと見てきた。だからこそ、確かにそれは観鈴本人の意思のように見えた。

 ……だが、違う。

 それは絶対に観鈴の意思ではありえない。

 魔族と神族が相容れる事などできるわけがない、と。……往人は必死に自分に(、、、)言い聞かせた。

「どいてくれ、クラナドの王女。観鈴の後にあんたも連れ出すから、いまは観鈴を――」

「わたしはいまクラナドの王女ではありません。わたしは……カノンの王妃なのです」

「っ!」

 カノンの王妃。

 その単語が有紀寧から放たれたとき、観鈴の顔にもまた意志の強さが前面に現れた。

 それが――往人には許せなかった。

「なら……強引な手段を使わせてもらうだけだ!」

「きゃっ!」

 言うや否や、往人は強引に有紀寧の身体を横に押しのけた。そのまま体勢を崩し、倒れこむ有紀寧。

「有紀寧さん!」

「おっと。お前の相手は俺たちだぜ」

「そうでござるよ」

「くっ……!」

 依然亜衣は三体の人形に阻まれ身動きが取れない。

 それを横目に、往人は強引に観鈴の腕を取った。

「さぁ、行くぞ観鈴」

「いや!」

「来るんだ!」

「いやだ、往人さん離して!」

 有紀寧も、亜衣も、マリーシアも。この場にいる全ての者はあらゆる意味でその場から動けない状況。

 もう誰も往人を止められる者はいない――はずだった。

「あ?」

「え?」

 観鈴を強引に抱え込み窓から飛び立とうと考えていた往人、抱えられながら無駄だとはわかっていても暴れていた観鈴。

 その二人から同時に疑問を浮かべる単語が発せられた。

 窓の前。そこに、まるでここは通さないとばかりに直立する一人の少女がいる。

 感情を感じさせない虚ろな瞳。銀髪を二つに結って、大事そうに猫の人形を腕に抱えたその少女は、

「ぷ、プリムラちゃん!?」

 マリーシアが驚きに声を上げる。無理もない。ついさっきまで隣にいたはずのプリムラが目を離した隙にそんな場所に立っているのだから。

「……駄目」

「なんだ?」

「連れてっちゃ……駄目……」

 こいつも同じことを言うのか、と往人は舌打ちした。

 あまり老人や子供に手を出すのは好きじゃないんだが、と心中で呟きつつプリムラを無視してそこを通ろうとして、

「いや……駄目……連れて、行かないで……」

 ゾクリ、と。

 わけのわからない鳥肌が全身を駆け巡った。

「プリムラ……ちゃん?」

 マリーシアの声が、妙に浮いているように感じるのは……この室内を埋める、得体の知れない圧迫感のせいか。

 プリムラは、どこかおかしい。

 確かに彼女は感情の兆しの見えない目をしているが、あそこまで……虚空を見つめるほど虚ろではなかったはずだ。

 連れて行ってはいけない、と口では言いつつもその視界には往人も観鈴も入っていない。

 それはまるで……何か別のことと、この現状をだぶらせているような、そんな表情。

 プリムラはただ嫌だと首を横に振り、何故か『悲しそう』に顔をわずかに歪め、

「連れて、行っちゃ、やだ……」

 ビシッ。

 どこかで亀裂の走る音が聞こえた。

「なんだ……?」

 往人は、無意識のうちに足を一歩下げていた。

 本能で感じ取った、異常。その発生源は間違いなく目の前の少女からであり、

「駄目……!」

 刹那、栓を引き抜いたようにプリムラの感情が爆発した。

「リコリスを、連れて行かないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 叫びは衝撃へ変換され、魔力の渦となり室内を蹂躙し始めた。

「なっ……!?」

 往人は吹き飛ばされそうになるのをどうにか耐え、観鈴を庇うようにして背を向けつつ、そのプリムラを見た。

 プリムラからは全方位に向けて純粋な魔力の放出により生まれる衝撃波が無作為に放たれている。

 有紀寧も、マリーシアも、往人の人形たちもその煽りを受けてろくに身動きを取れない。

 だが、その中でただ一人。動けるものがいた。

 雨宮亜衣。

 魔力完全無効化の特異体質者。

 衝撃波と言えど魔力(、、)でできたものならば、彼女には意味を成さない。

「いまだ……!」

 なにがどうしてこうなったのか、亜衣はわからない。

 だが、その衝撃派を受け動きが止まった三体の人形を倒すには、いまを置いて他には無いと判断した。

「ディトライク、亜衣に力を貸してね! ……あれ、やるよ!」

Ok, my master. “Vermilion Strike ready

 亜衣はディトライクを正眼に構える。

 精神を集中させる。自らの身体に眠る魔力をディトライクを通して外に顕現させるイメージ。

 そして、その主軸たる自らの属性は――、

『へぇ、亜衣ちゃんはボクと同じ属性なんだね。なら教えやすいや』

 神殺しを持たなければ一生なにかわからなかったであろう、その属性。

 そんなさくらの言葉と、そして教えられてきた二ヶ月間の魔力操作を思い出し、

 その胸に宿る、熱き『炎』を作り上げる……!

「亜衣の炎よ、燃え上がれ……!」

 火のマナが踊り、魔力と成してディトライクに吸収されていく。

 そこで三体の人形がマナの変化を察し亜衣を見やるが、遅い。プリムラの衝撃派に煽られているいまでは、対処は間に合わない。

 そしてその光の刃は燃ゆる紅の炎へと変化を遂げ、振り上げた圧縮されし炎の刃は全てを焼き払わんと雄叫びを上げて、

炎斧の瀑布(ヴァーミリオン・ストライク) ――――ッ!!」

 業炎の一撃は、周囲を薙ぎ払うかのように圧倒的な火力を持って部屋を叩き潰した。

「ぐぉ……!?」

「ぬぅ!?」

「あーれー」

 直撃。

 三体の人形が圧倒的な魔力の圧力と巻き上げられる灼熱によってそれぞれ破壊されていく。だが、完全破壊には至らない。

「ちぃ……!」

 そして完全破壊されない限りは、主人である往人が生きている限りそれらは修復される。

 だが、それは完全破壊されなければの話。

 その炎の一撃は対魔術・対物理の文字魔術を惜しげもなく刻み込んだ布で構築された人形ですら二撃目を受ければ破壊されつくすほどの威力。

 往人はすぐさまその三体を魔法陣の中に還した。こんなところで破壊されてはたまらない。

 だが、往人にって僥倖だったのはいまの一撃により部屋の半分が消し飛んだこと。

 それにより不安定に揺れる足場にプリムラが転び、そのせいなのかなんなのか先程の衝撃波が止んだのだ。

 このチャンスを逃す手はない。

 すぐに駆け出してくる亜衣よりも一足早く、往人は観鈴を抱えたまま半壊した窓に体当たりを食らわせた。

 ガシャーン、という小気味良い音と共に城を出て、そのまま飛翔。

「よし……!」

 空を飛べばこっちのものだ。誰も飛べる者がいない以上、ここまで来れば逃げられる。

 作戦は成功だ、と。……そう思ってしまったことこそが、往人にとっての敗因だったのかもしれない。

「恋!」

「わかってるわ! 任せなさいって!」

「!」

 そんな会話と同時、突如別の窓から飛び出してくる影。

 金髪の髪を靡かせてとんでもない速度で突っ込んでくるその恋と呼ばれた少女。

 翼も無いのにどうするんだ、と往人はわずかにそのコースから身体をずらした。跳躍してきたというのならそれで終わりだ。が、

「逃がさないわよ!」

「なにっ!?」

 事もあろうにその少女、突如空中で軌道を変更してのけた。

「はぁあ!」

「がっ!?」

 振り上げられた恋の蹴りが、往人の顎を下から貫く。

 脳を揺さぶられ、思わず力の抜けた往人の腕から観鈴は自力で抜け出し、自らの翼を持って離脱した。

 そして恋はその足に填められた武具――神殺し、魔装『ゲイルバンカー』に力を込めて、

「どっっっ……せぇい!!!」

 そのどてっぱらに、追撃となる強烈な一撃を叩き込んだ。

「……っ!?」

 声にならない苦悶をあげ、往人は吹き飛んでいく。その高速で飛んでいく景色を見つめながら、往人はただ悔しさに身を振るわせた。

 ――くそ、くそ、失敗なのかよ……!

 一瞬の油断が、取り戻したその温もりをまた失わせることになった。

 その自分の不甲斐なさと、そうさせた敵に対する憤りが重なり、

「くそぉぉ!」

 力となった。

 往人は強引に翼を使い、急制動。痛む腹を押さえつつ、往人はやや離れたカノン城とそこにいる敵を見つめ、

「こうなったらカノン城を機能不能になるまで破壊するまでだ……!」

 元々往人に割り振られた指名は二つ。カノン城の制圧と観鈴の救助だ。

 だが、カノン兵があれだけのレベルであるとするなら制圧は不可能だし、観鈴の救出も失敗に終わった。

 ならばせめて城をもう少しでも破壊しなくては、この作戦の意味が無くなってしまう。

 だから往人は手を掲げ、空中に大規模な魔法陣を展開した。

 北斗七星が全員無事であったなら、秘奥義を使って城を粉微塵にするのもありなのだが、さっきの三体の破損が大きい。

 だからここは通常の人形を大量に召喚しそれを暴れ回らせようと考えた。

「行け……! 壊しつくせ!」

 空中の魔法陣から人形が次々と召喚され、それぞれが地上へと降り立とうと降下していく。だが、

「そんなこと、させると思う?」

 突如大地から立ち上がった巨大な炎の渦に、召喚した人形たちが全て飲み込まれていった。

「なっ……!?」

 慌てて見下ろす先。

 不敵に笑みを浮かべながらこちらを見上げる、“火の神(ガヴェウス)”に愛されし少女がいる。

「このあたしがいる限り、これ以上カノンで好き勝手させないわ……!」

 そう言い放ち、再びその少女――美坂香里は火のマナを集約させた一閃を上空に向かって突き上げた。

 それだけで炎は具現化され、大気を焼く。

「くそぉ……!?」

 魔法陣を打ち消しその炎を回避した往人は香里と、そして向こうから再びやってくる恋、そしてその向こうにいる亜衣などを見据え、歯噛みした。

 嫌になるくらい、理解できることだ。

 北斗七星のうち三体を欠いたいま、これ以上の戦闘はリスクが高すぎる、と。

「くそ、覚えてろよ。今度こそ……観鈴は連れて行くからなっ!」

 漲る悔しさをそれごと吐き捨てるように、捨て台詞染みた言葉を残し往人はそこから去っていった。

「終わった……んですね」

 それを見て、はぁ、と力を抜き床に座り込む亜衣。

 ここに、カノン城での戦闘はどうにか終わりを迎えた。

 

 

 

 あとがき

 うい、ども神無月です。

 えー、カノン城側の戦闘終了しました。

 うーん、往人悪役みたいだ(ぁ

 まぁ悪役みたいなもんなんですが、ね。でも往人一人に対して亜衣とプリムラと恋と香里で寄ってたかって攻撃とは。可哀相な往人(ぇ

 それはさておき、次回でようやくエア戦も終わりですね。これでようやく話しも進むというもんですーw

 では、また。

 

 

 

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