神魔戦記 第七十六章
「エアの力(Z)」
「さて。どうしたものでしょう」
対峙した少女は長剣を肩に担いで、心底面倒なことになったと言わんばかりのため息を吐いた。
だがそれだけ無造作であるにも関わらずその身構えに隙が見出せない。
往人はすぐさま理解する。
この相手は自分とは格が一つほど違う相手だ、と。
自分の近接戦闘の力は自国の並の一般兵のよりわずかに高い程度。能力関係無しに腕っ節だけで戦えば、恐らく瞬殺されるに違いないほどの。
クラナドとエアに対し迎撃のため派兵してなおこれだけのレベルの人間がいることに正直呆れるが、いるものはいるものとして割り切るしかない。
それに――国崎往人は棒術使いではあるが、本筋は『人形遣い』だ。
「こいつをどかさなきゃ観鈴のところに行けないんなら――力ずくで通るだけだ!」
往人の声を合図にしたかのように周囲の人形たちが一斉に少女に向かって動き出す。
その動きは城を徘徊していたときのものとはまるで別物。
それもそうだ。いまこの人形たちは全ての動きを完全に往人に統括されている。
城を徘徊している人形たちは操っているとはいえ、一定の仕組み(に沿って半ば自動行動していたようなものだ。
攻撃行動だって予め入力していた数パターンしかないし、回避や防御の概念など初めから存在しない。
だが、いまは違う。少女を串刺しにせんと走る人形三十三体全ては国崎往人の完全なコントロール下にある。
機敏な動き、淀みなくコンビネーションを示す様はそれこそ洗練された熟練兵たちのようだ。
しかし、その中心にいる少女はただ……うるさい蝿でも払うように、
「ラトゥール・セイオ」
それはどのような剣技なのか。
スッと音も無く青い線が一筋、少女を囲むように一周した瞬間、一斉に襲い掛かった人形三十三体が――全部真っ二つに斬られた。
「……なっ?」
驚きのあまり、口に出た言葉はそんな間抜けなものだった。
往人とて人形三十三体程度でこの少女が抑えられるとは思っていない。
しかし、それを目くらましにして自分の棒術を叩き込むことくらいはできるはず……と思っていたのだが。
……訂正しよう。格一つ、どころの騒ぎじゃない。最早次元が違う。
柳也や美凪、剣術においてはそういったレベルの使い手。
だとするならば並の人形ではどれだけ揃えようと歯は立たず、まして棒術のみで挑むのは自殺に等しいだろう。
もしもこの少女を凌駕したいのなら……“奥の手”を使うしかない。しかし、
――ここで、使うのか……?
奥の手となる人形は七体。だが、それを使役するためには他の人形への統制をカットしなければ使えないほどの集中力を要する。
まだ観鈴を見つけていない状況で全ての人形の操作をカットするのは得策じゃない。
――どうする!?
いつでも奥の手たる七体の人形を召喚できるよう外套の内側に刻まれた魔法陣に手を触れて、
「ねぇ、わたくし思うのですけれど」
不意に、その少女が声をかけてきた。
思わず身構えるが……しかしその少女からはどういうわけか敵意や戦意がまるで感じられない。
いや、いまにして思えばそんなもの、最初から存在しなかったのではないか……?
「あなたがこの城を攻撃している人形の使用者……人形遣いですわよね?」
「見ればわかるだろ?」
「一応の確認ですわ。でも、だとするならわたくしとしてはあなたと戦う理由はないのですけど」
「……どういう意味だ?」
まだわからないのか、とでも言いたげな視線で気だるげに髪を掻き上げると、
「あなたはなにか勘違いしているようですが……わたくし、カノンの人間じゃないですわよ?」
「な……んだって?」
「自己紹介がまだでしたわね。わたくし、ホーリーフレイムのエクレールですわ」
ホーリーフレイム。その名を聞いて思い出したことがある。
二ヶ月前、魔族たちがカノンを討ち滅ぼしてすぐの頃、それを討伐にホーリーフレイムが向かい、敗戦を喫したと。
だとすれば……、
「捕まっていたのか?」
「屈辱的なことだけれど、そういうことになりますわ。で、この騒ぎに乗じて脱獄したわけです」
なるほど、確かにそれが本当ならエクレールと自分が戦う理由はどこにもないだろう。
「ですからわたくし、無益な戦いなどせずここから逃げ出したいところなのですが……もし、あなたがそれをも邪魔するというなら容赦はしませんわ」
わずかに構えられる剣。
構えなどとらずとも人形三十三体を撃破した少女が構える――攻撃の意思を見せる、というだけで空間が戦慄いた。
だが、そういうことなら往人とて話は別だ。
「待て、慌てるな。誰もお前の邪魔をするなんて言ってないだろ?」
「では?」
「あぁ、人形があんたを襲わないようにする。それで良いだろ?
俺としてもそっちの方がなにかと助かるしな」
「賢明な判断、ですわね」
チン、とエクレールはその身に合わぬ長い剣を鞘に納めた。
そうしてわずかに身を横にずらし、
「行きなさいな。なにか、急いでいるのでしょう?」
「なぜ?」
「さっきから慌てているのが丸分かりですわ。ここで時間を取られているわけには……いかないのではなくて?」
エクレールの言うとおりだ。こうしているいまもエアの皆がカノンと必死に戦っている。
聖や晴子、美凪や佳乃たちが負けるとは到底思えないが、カノンの強さは知っている。時間を掛ければそれだけ被害は広がる一方だろう。
だから往人は走り出す。
エクレールのその横を走り抜けるその瞬間に、
「あんたが無事に逃げ切れることを祈るよ」
「それはどうも。けれどいまは自分のことだけを考えた方が身のためですわよ?」
言葉の応酬。
それに往人は苦笑で答えると、ただ真っ直ぐに走っていった。
それをしばらく眺めていたエクレールは、唐突にポツリと一言。
「三分、といったところでしょうか」
三分。それはエクレールが国崎往人に出会ってからのおおよその時間。
それを体内時計と照らし合わせたエクレールは頷き、動き出す。
「三分もあれば亜衣ももう自分の持ち場に戻っているでしょう」
……エクレールの狙いはそれだった。
エクレールは確認など取らずとも、国崎往人が人形遣いであることは知っていたし、気付いていた。
当人に会ったことはないが、往人と遭遇した瞬間に人形が動きを止めたことでその人物が国崎往人であるとすぐに看破していた。
が、それでもなお確認するように問うたのは、単に時間稼ぎのため。
人形を仕掛けさせたのもそう、途中の無駄な会話もそう。どれもこれも時間を稼ぐためにやったことだ。
……自分が往人と戦う義理はない。エアに特に恨みはないし、国崎往人当人にもない。加えて言えばカノンがどうなろうと知ったことでもない。
だが、亜衣は自分を助けるために持ち場を離れわざわざやって来た。
「亜衣、借りは返しましたわよ」
だからこれはそういうこと。
それ以上でもそれ以下でもない、国なんか関係ない個人としての行動。
故にエクレールの役目はこれで終わり。あとはただここから逃げるだけだ。
……しかし、エクレールはもう一度振り返った。
往人が走り去っていったその方向。そちらを見やり、エクレールはわずかに笑みを洩らし、
「精々気を付けると良いですわ、国崎往人。……ここはあなたが思うほど簡単に落とせる場所じゃありませんもの」
亜衣は人形を切り裂きながら廊下を走っていた。
正直人形はそれほど強くない。片手間に倒せる程度のものだ。
……と亜衣は思っているが、実際はカノン軍の一般兵と同等かやや下程度。それなりの力は持っている。
亜衣が『それほど強くない』と思うのは亜衣が特訓として戦ってきた相手が異常に強かったからそう感じるだけのこと。
そう、亜衣は強くなっていた。二ヶ月前とは比べるまでもないほどに。
「!」
階段を駆け上った先、上へ向かおうとする三体の人形が視界に入った。
現在四階。階を上るにつれ人形の数は減っているものの、ついにここまで人形たちはやってきてしまったようだ。
「えぇい!」
そう考えながらも訓練で鍛えられた身体は動く。一撃で横一文字に三体の人形を薙ぎ払い、そのまま四階のフロアに駆け上る。
周囲を見渡すと、目に付く人形は十に届くか届かないかという程度。どうやら人形たちはまだ本格的に四階に攻め込んできてはいないようだ。
ひとまずの安心と、しかし息を抜きすぎず適度な緊張感を保つ亜衣は最早一人前の戦士と言えるだろう。
人形を撃破しつつ、有紀寧やマリーシアたちの待つ部屋へと走る。そしてすぐに辿り着き、
「大丈夫ですか!」
「ひゃうっ!?」
思い切り扉を開けたのがまずかったか、マリーシアがとんでもない悲鳴を上げて尻餅をついていた。
あちゃ、と亜衣は呟いた。
いくらマリーシアの気配探知能力が高くとも、亜衣は魔力無効化能力の特異体質者。亜衣の気配がマリーシアに届かないのだ。いきなり扉が開けば驚きもするだろう。
「ご、ごめんね、驚かせちゃって」
「あ、はい。わ、私の方こそ馬鹿みたいに驚いちゃってごめんなさい……」
手を差し出しマリーシアを立てさせながら、亜衣は室内を見渡す。有紀寧も観鈴もプリムラも、兵士たちも無事だ。
間に合った。
そう思った瞬間、
「あっ……!?」
マリーシアの表情が凍った。
「マリーシアちゃん、どうしたの!?」
「……き、来ます! 美坂さんでも羽山さんもでない強い気配が、人形を従えて真っ直ぐこの部屋へ!」
「「「!」」」
室内にいた皆の表情が緊張に染まる。
相手の気配探知範囲にもよるが、平均的に考えれば四階に辿り着いた時点で観鈴がここにいることはわかるだろう。
既に四階まで上ってきていたのか。いや、だが自分が間に合ったことをいまは良しと考えようと亜衣はポジティブに考える。
戦場で弱気になったら負ける。精神的な効果は実力差を跳ね返すだけの効力がある、とは杏の談だ。
だから前向きに。ただでさえ弱い――と、当人は思っている――自分が気持ちでさえ負けるわけにはないかない。
亜衣はすぐさまディトライクを構えると、すぐさま扉の死角に身を寄せた。
相手がどんな能力を持っていようとも、亜衣の存在には肉眼でなければ気付けない。マリーシアですらそうなのだ。
ならばその隙を突く最善の策を取る。
「マリーシアちゃんはプリムラちゃんと一緒に隠れてて」
「で、でも……!」
「お願い」
その一言にマリーシアは……ただ悔しそうに唇を噛みながら部屋の角まで下がっていった。
そこには大きな机があり、人が三人ほど隠れることができるくらいのスペースがある。既にそこにはプリムラがおり、マリーシアもその横に腰を下ろした。
マリーシアと亜衣はいまでは同じ学校に通う友人同士だ。
その亜衣が戦うのに、自分だけ隠れるのか。また守られるのか。
そうした思いがマリーシアの心を締め付ける。
「ね、マリーシアちゃん」
そんなマリーシアの思いを感じ取ったのだろう。亜衣は壁に背を貼り付けたまま、しかし笑みを見せ、
「さっきマリーシアちゃんが言ったんだよ? 『私たちは、私たちのできることをしましょう』、って。
マリーシアちゃんはマリーシアちゃんにしか出来ないことをやったじゃない。だから、今度は亜衣の番。それだけだよ」
「亜衣……ちゃん……」
「きっと戦いって……いま自分が出来ることをやっていくこと、なんだよね」
うん、と頷き、亜衣は神経を廊下に集中させた。
気配だけではない。もう足音も聞こえ始めている。来襲はもうすぐそこだ。
亜衣の他の兵士三人もまた各々の得物を構える。既に気配を感じられているだろう三人は真正面から二人の王妃を守るように立つ。
隠れても意味が無い、ということもあるがそれよりも亜衣の目くらましという意味合いの方が強いだろう。
その姿勢にわずかに心が痛むのを感じるが、しかし最善の策は取るべきだ。そう亜衣は思い込み、柄を強く握り締めた。
次の瞬間、バン、と勢いよく扉が開け放たれる。
その向こうから、とんでもない動きで十体の人形が三人の兵士に襲い掛かっていった。
速い。
城に蔓延っている人形と見てくれは同じはずなのだが、その動きはまるで別物。まるで生きているような機敏さでそれは剣を振り抜いた。
先頭にいた魔族兵が細切れになる。短い悲鳴は誰のものか。
だが魔族兵も黙ってはいない。残り二人でどうにか人形たちを片付けようと動くが、人形六体を破壊したところで絶命した。
「……!」
その光景を見ながら、しかし亜衣は動かなかった。動くわけにはいかなかった。
なぜなら、扉から人形遣いと思われる男が部屋に入り込んでいたからだ。
「往人……さん……」
漏れるような言葉は観鈴から。
だとすれば、やはりこの男こそ人形遣い、国崎往人なのだろう。
その往人は声に振り返り観鈴を見つけると表情を和らげ、
「観鈴、無事だったのか!」
駆け寄ろうとする。
「!」
そこで動いた。
往人は亜衣に気付いていない。背中は隙だらけだった。
足音で気付かせないために一足飛びで距離を詰める。その一撃で全てを終わらせようと振り下ろし、
「っ!?」
しかしその一振りは間に割り込んできた四体の人形に阻まれた。
「気配が無い、か。どういう特殊能力は知らないが……残念だったな。俺の人形は半自律でも動くんだよ」
「くっ……!?」
弾き返し、その勢いで後方に着地する。
視界の向こうには、四体の人形に守られるようにして佇み振り向く往人と、その向こうに身を寄せ合う有紀寧と観鈴がいる。
失策だ。
兵の命を使ってまでの一撃だったのに、それをいなされてしまった。
そうして唇を噛む亜衣を見た往人は、しかしいま自分を襲ったのがまだ年端もいかない少女だと知って驚いているようだ。
嘆息し、そしてどこか哀れむような目で亜衣を見て、
「カノンはこんな子供まで兵として使ってるのか。ったく、魔族はどうしてこう……。
大丈夫、俺はお前たちを解放しに来たんだ。お前ももう戦わずにすむ。だから安心しろ」
「……!」
それは、無性にカチンとくる言葉だった。
「――ふざけないでください!」
だからだろう。頭で考えるより先に口が動いていたのは。
「亜衣は、亜衣の意思でここに立ち、戦ってるんです! 魔族だからとか、そんな理由で勝手に亜衣の意思を決め付けないでください!
観鈴さんも、有紀寧さんも、自分の意思で王妃になったのに! どうして……どうしてあなたたちはそうやって魔族を決め付けるんですか!?
亜衣たちは平和に、幸せに暮らしてたんです! それを崩したのはあなたたちじゃないですかっ!
それを、自分たちこそ正義の味方だみたいな言い方……、許せないです!」
もともと温厚な亜衣にしては珍しいほどの激情。
なにも知りもしないくせに、知ろうともしないくせに、という思いが心の中を渦巻く。
知りもしないから、その外聞だけで判断し、勝手に恐怖し、それを悪だと決め付ける。
それが歯痒く、またとても許せなかった。
しかし往人はそれどころではなかった。
亜衣の言葉の中にどうしても聞き捨てならないものがあったからだ。それは、
「観鈴が、自分の意思でここにいる……?」
どう考えても信じられない。
神尾観鈴は神族の国、エア王国の王女なのだ。魔族なんかのところに自ら行くはずがない、と。そう確信して観鈴を見る。
しかし観鈴は否定をしない。一瞬逃れるように視線を外したものの、すぐにこちらに向き直り――その表情を強いものとして、
「本当だよ、往人さん。わたしは、自分の意思でこの国に来て、祐くんと結婚したの」
その言葉は、まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。
信じられない。魔族は神族にとって嫌悪の対象でしかない、遥か太古の昔から対立してきた種族だ。
神の直系である神族と、闇より生まれし魔族。相容れぬ存在は、それ故に何度も戦いを繰り返してきたのだから。
だから……観鈴の言葉はあり得ないこと。
自分の価値観ではそう考えることのできない往人は、だからこういう結論に達した。
観鈴は何がしかの方法で操られている、あるいは惑わされている、と。
「くそ、魔族はいったいどこまで卑劣な真似を……!」
そう吐き捨てるように呟き、往人は観鈴のいる場所まで足を進めようとする。
そうはさせまいと動こうとする亜衣に、往人は一言。
「邪魔するな!」
新たに人形を二体召喚し、残りの四体と合わせ六体の人形を亜衣に仕向けた。
往人の理論でいくならば亜衣も操られていると考えられそうなもので、いつもの往人ならそれをも助けようとしただろう。
だが、いまの往人の頭の中は観鈴のことしか考えられなくなっていた。
……国崎家は昔から神尾家の守り手として共に生きてきた。
莫大な魔力と、長女にのみ受け継がれる特殊能力を秘めた、神族四大名家に数えられる神尾家。それを狙う輩は人間族、魔族共に多かった。
だからこそそれを最も傍で守り通してきたのが国崎家。
そして往人も昔からそうであるように育てられ、ここにいる。
今代の神尾家は神奈と観鈴の二人が生まれたため、次女である観鈴は生まれた瞬間から国崎に嫁ぐことが決められた。
当時まだ少年であった往人はそれをある意味当然だと思っていたし、国崎の姓に恥じぬよう守り通そうと子供ながらに誓っていた。
だからこそ。
だからこそ、いま。観鈴を助け出せるのは自分だけなのだと、往人はそう確信していた。
だから気付かない。観鈴の往人を見る目が、わずかな恐怖に彩られていることを。
「観鈴、来い!」
目の前にまで来た往人は隣にいる有紀寧なんかには見向きもせず、観鈴の腕を強引に引っ張り連れ出そうとする。
しかしそれを観鈴は大きく首を振って拒否した。
「いや、往人さん離して!」
それが余計に、往人の怒りを押し上げた。
「お前は操られているんだ! 幻覚か、あるいは催眠みたいな魔術を……。だから治してもらおう、観鈴! 俺はお前の味方だから!」
振りほどこうとする観鈴、力ずくでも連れて行こうとする往人。
だが次の瞬間、その二人の横を何かが物凄い勢いで通り過ぎていった。それは激しく壁に叩きつけられ、崩れ落ちていく。
「なっ……」
それは――亜衣に仕向けた人形たち、その成れの果て。
「なめないでください」
静かな声は後ろから。
振り向いた先、肌どころか服にすら傷一つ付けず佇む亜衣がいる。
意識を外していたとはいえ往人の直の操作を受けた人形六体が一瞬で……しかもこんな子供に屠られるなど、誰が思うか。
……いや、ここにいる面々の中で往人以外はわかっていた。
雨宮亜衣という存在が、この程度の人形に負けるはずがない、と。
「観鈴さんは渡しません。ここは、亜衣が美坂さんに任された戦場(です」
不意に、亜衣はエクレールからの言葉を思い出した。
理想を追い求めるならば、自分の責務を全うしろと。
そしていま、ここを防衛することこそ自分の責務であり、それを全うするのならば……、
「……観鈴さんを連れて行くのなら、まずは亜衣を倒してからにしてください」
全力で行くだけだ。
そうして亜衣は手に持つ相棒の魔斧『ディトライク』を掲げて、言う。
「亜衣に力を貸して、ディトライク。――第二形態」
『Ok. Ditoraic standby』
声に呼応するようにディトライクが光を吹き上げる。
水晶が赤く輝きだし、仕掛けられたギミックが解放されるように刃が二つに割れ、光が形成される。
刀身と水晶を守るように象られた四枚刃の尻から光が翼のように展開し、振られる斧は光の帯を空間に残す。
神秘的、かつ威風堂々。
光を宿し、その力を強めた神殺しの第七番・魔斧『ディトライク』の主たる亜衣は、驚愕に目を見開く往人に視線を向け、
「さぁ、ディトライク。……わからず屋のお兄さんにきっついの一発、ぶち込むよ!」
『Ok. My blow is under the my masters'name.』
「あはは、うん。――いくよ!」
一人の戦士として、そしてもう誰も失わないがため、いま一人の魔斧を担う少女は……わからずやの神族に一撃をかまそうと地を蹴った。
あとがき
えー、はい神無月です。
エクレール、あっさり退場。まぁこんなもんです。彼女の性格を考えれば。
で、代わって主役(っぽい立ち位地)になったのは……亜衣、でしょうか。
ようやくキャラ一覧の台詞が出てきたことに少し安堵しつつ、どうでしたでしょうか。
あとVSエア戦も残り二話です。いや、長いですね。でももう少しお付き合いあれ。
では、また。