神魔戦記 第七十三章

                    「エアの力(W)」

 

 

 

 

 

 恋は胸倉を掴み上げられたまま、その光景を呆然と眺めていた。

 黒煙を上げる城。それは即ち誰かに城が襲撃されているということであり、

 ――それはきっと私のせいで……。

 自分のことを優先した結果がこれだ。

 こうなるかもしれないことは事前に予測していた。しかし、どこか「そんな都合のいいことになるわけがない」と踏んでいたのか。

 こうして現実を突きつけられてショックを受けているということは、そういうことなのだろう。

『羽山さん! 羽山さん!』

 不意に男の胸元から声が聞こえてきた。しかし、

 ――羽山!?

 その響きは、恋たちが当てにすることのできる唯一の姓だ。もしかしてこの男が初音の言っていた羽山の眷属か、と目を見開いた瞬間、

「きゃっ!」

「恋ちゃん!」

 いきなり横に放り捨てられる恋。慌てて藍が駆け寄ってくる。

 その先で、男は胸元から連絡水晶を取り出すとそれを片手に城を見て、

「どうした、なにがあった!?」

『エアの人がお城に攻めてきたんです! 相手はおそらくエア軍の第二部隊長国崎往人さんという方です!』

「なぜそう言い切れる?」

『えっと、その侵入者からたくさんの気配が放たれてるんです。そんなことができるのは人形遣いのその人だけだろう、って観鈴女王が』

「なるほど、人形遣いか……。現状どうなってる?」

『現在、人形はおよそ三百五十ほど確認できます。一階はほぼ人形で埋め尽くされてしまいました。いまは地下と二階が人形の侵攻を受けています!』

「わかった。俺もすぐに戻る。お前たちはそこで大人しくしてろ、良いな!」

 返事も聞かず男は連絡水晶を切った。そうして男はこちらを一瞥だけして城へ戻ろうとする。

「待って!」

 しかしそれを恋は止めた。

 無言のままに振り返る男。その怒気をはらんだ視線に萎縮しかけるが、恋はそれでも強い視線でそれを見返した。

「私たちも連れてって!」

「なに?」

「……こ、こうなったのも、もとはといえば私の責任だし。……それくらいしないと私――」

「なに勝手なこと言ってやがる。少なくともこうなるかもしれないことはわかっていただろう? 警戒態勢中なんだからな」

「……うん、それは、確かにそう。謝って許されるようなことじゃないけど、謝る。……ごめん」

 でも、と恋は顔を上げ、

「私は……私の家族を助けるためにここに来た! 急ぎたくなる気持ちだってわかって欲しい!

 でも、それで迷惑を掛けたのは事実だし……贖罪くらいしないと気がすまないの!」

「……」

 男は値踏みするようにこちらを見下ろしている。それに負けないように恋もまた男を強く見つめた。

 すると男は根負けしたように小さく嘆息し、

「家族だとかなんだとか……事情持ちなのはわかった。そういうときは周囲のことを見ている余裕がないのは俺にもわかる」

 だが、と男は前置きし、

「忘れるな。お前の軽はずみな行動で、うちの軍の兵士が何人か死ぬ羽目になるんだからな。……謝るのなら俺じゃなくそいつらに謝れ」

「……うん」

「そして、これ以上そういった奴らを増やしたくないと思うなら、ついて来い」

「え……?」

 恋の声など無視するように浩一は走り出す。それを呆けたような表情で見つめていた恋の肩を藍がポンと叩き、

「行きましょう、恋ちゃん。わたくしたちの責任を取りに行かなくては」

 藍の強い表情。それを見て、恋も心を入れ替えた。

「うん、行きましょう」

 立ち上がり、藍と共にその背中を追った。

 いまは兄だとか、羽山だとか、そういったことは頭から捨てよう。

 慌てた結果がこれならば、自分たちにはそれを助ける責任があると……そう思ったから。

 

 

 

 城内は、いまや人形たちで溢れ返っていた。

 散漫な動きで歩を進める人形たちは、不気味な雰囲気を醸し出している。

 通常の人間よりわずかばかり高い背丈、右腕に取り付けられた剣を引きずりながら、その人形たちは人を見ては群がっていく。

「はぁぁぁ!」

 そんな中で、気合と共に香里は炎を纏った剣を振り下ろした。

 灼熱の一撃は炎の波となり、通路に蔓延る人形たちを一瞬で灰塵へと化していく。

 しかし……、

「……キリがないわね」

 斬り捨てても、焼き払っても人形の数が減っているようには見えない。

 かと言って大技を放つことは出来ない。なんせここは城の中だ。炎の大技などを使用して城が炎上してしまっては元も子もない。

 故に威力を制限し、城に影響の出ない程度に攻撃を繰り出しているのだが、そのせいでほとんど進めていない。

 すぐに四階に戻りたいのだが、これでは階段に辿り着くだけでも一苦労だ。

「キ、キキ、キキキ……」

「キキキ、キキ、キキキキ……」

 不気味な鳴き声のようなものをあげながら、人形たちがゆっくりと香里に迫ってくる。

 それに対し香里は辟易としたような溜め息を大きく一つ。そしてゆっくりと剣を振り上げ、

「あんたたちを相手にしている暇はないの。……邪魔よ、どきなさい!」

 炎が唸りを上げた。

 

 

 

 カノン城の地下牢獄。

 いまそこでは鉄同士の激突音のようなものが絶えず鳴り響いていた。

「まったく、騒々しいったらないですわね……!」

 投獄されているエクレールはそうぼやきつつ、牢の外を睨みつけている。

 牢の外では数えるのも億劫になるくらいの人形たちが手に持つ剣で鉄格子を壊そうとしていた。

 他の無人の牢にはそのようなことをしていないところを見ると、どうやらこの人形たちは人に反応しているらしい。

 城にいる人を殺すために動き回る人形たち。

 即ちいまこの城は何者かによる襲撃を受けているということだ。

 だが、エクレールには大方の見当がついている。というのもこの規模で人形を扱える人形遣いなど世界にそう何人もいないからだ。

 人形遣いとして高名と言えば、蒼崎橙子、ヴァン=フェム、国崎往人、月城アリスの四名くらいだろう。

 その中でカノンを襲いそうな者は一人。……エア王国の国崎往人だけだ。

 とはいえ、そんなことがわかったからといってなにがどうなるわけでもない。無意味な思考だろう。

 現にそんなことを考えている間にも鉄格子は半壊、いまにも完全に壊されて人形どもが雪崩れ込んできそうな勢いだ。

「やれやれ、ですわね……」

 だがエクレールには慌てる素振りがまるでなかった。

 なぜなら別に死んだって構わないと思っていたのだから。

 こんな人形たちに殺されるのはまことに癪だが、このまま生殺しというのも同じくらい癪なのだ。

 だったら早く終わるであろう死を迎えた方がよっぽど良い。

 そうして数分の間ボーっと待っていると、鉄格子が完全に破壊された。予想通り数十もの人形たちがエクレール目掛けて雪崩れ込んでくる。

「これでやっと終われますわね」

 やっとホーリーフレイムの一員として死ぬことができる。そう思い、振り下ろされる剣を見上げていると、

「……あら?」

 何故か身体は勝手にその剣を回避していた。しかもついでと言わんばかりにカウンターで蹴りまでつけて、だ。

 吹っ飛ぶ先頭の人形を眺めながら、エクレールは一つの事実に思い至った。

 自ら死ぬようなことができないようにされている。そしていま自らの意思とは別に一撃を回避し、反撃までつけた。

 つまり……誰かに殺されることを容認することすらできない、ということなのだろうか。

 試しの意味でもう一体の人形の攻撃を受けようとするが、やはり鍛え上げられた身体は楽々とその一撃をかわし、今度は膝蹴りを叩き付けた。

「……最悪ですわ」

 どうやら自分は……もう簡単には死ねなくなってしまったようだ。

 とか言っている間にも身体は勝手に三体の人形を撃破している。手錠が掛けられているので足しか使えないのだが、それでも随分余裕だった。

 おそらく十体くらい同時に掛かってきても対処できるのではないだろうか。そんな嫌な予測すらしてしまうくらいに。

 しかしそうなる前に――牢に集まっていた人形が突如横合いから放たれた強烈な一撃で根こそぎ吹っ飛んでいった。

「……なんですの?」

「エクレールさん! だいじょう……ぶ、そう、ですね」

 声に振り返れば、息を切らせた亜衣がディトライクを手に立っていた。大慌てで入ってきた割には何故かポカンとそこに突っ立っている。

「いまの攻撃はあなたのですか?」

「え、あ、はい。そうですけど……」

 ――随分成長したようですわね。

 いまの一撃。亜衣の気配が感じられなかったせいでいきなりだったが、それでもあの時とは違うということは感じ取れた。

 以前聞かせてもらった『全種族の共存』……それに向けて頑張っているのだろうか。

 とにかくいまの一撃は斧を振り回すしか能がなかったあの頃に比べれば大きな進歩だろう。

 ……魔力を使っている、という時点で。

 ――って、わたくし何故にこの子の評価なんかしてるんでしょう。

 嘆息一つ。どうも長い長い暇な時間のせいで、考え込んでしまう癖でもついてしまったようだ。小さく自己嫌悪。

 それはさて置き、と自分の思考にケリを着けエクレールは亜衣に顔を向ける。

「で? あなたはいったい何故ここに? 城が襲撃されているともなれば、あなたにも割り振られた任務があるでしょうに」

「はい。ですけど、その……エクレールさんが心配だったものですから。どうやらいらないお世話だったみたいですけど……」

 思わず唖然としてしまう。……どうにも亜衣のお人好しは筋金入りらしい。

 あれだけの境遇を生きながら、よくもまぁこれだけの性格を維持できる、と逆に感心してしまうくらいだ。

「あなたは自らの任務を放り出してまで捕虜のためにやって来たと言うんですの?」

「えっと……はい」

「馬鹿ですわね」

「う、うぅ……」

 しょげる亜衣。それを見てさらにエクレールは嘆息してしまう。

「とにかく、もう戻りなさいな。わたくしなら平気ですわ」

「あ、じゃあ、手、出してもらえませんか?」

「?」

 言われた通りに手を出すと、いきなり斧が振り下ろされた。そして――魔力を封じていた手錠が叩き切られる。

 カラン、と軽い音をたてながら床に落ちていく欠片を見つめ、

「……どういうことですの?」

「手錠したままじゃいくらエクレールさんでももしかしたらもしかするかもしれないじゃないですか。人形は城に四百近く出現してますし」

「そうではなくて……。良いんですの? わたくし、逃げますわよ?」

「逃げちゃってください」

 思わず見つめてしまうほどの即答だった。

「どうせ牢も壊れちゃいましたし……エクレールさんは逃げるでしょう? でも手錠があるままだと……エクレールさん、死に急ぎそうだから」

 鋭い。確かに牢が壊れたならここから逃げ出すだろう。逃げ切るも良し、途中で死ぬも良し。どちらにしろここにいるという選択は取らない。

「そこにエクレールさんの剣と鎧もあります。持って逃げてください」

「見逃すんですの? わたくしが逃げたら、また敵として現れるかもしれませんのよ?」

「かも知れません。でも……知り合ってしまいましたから。……もう、誰かが死んで、悲しくなるのは嫌なんです」

 あぁ、甘い。

 一喝してしまいたくなるぐらいの甘さに――しかしエクレールは怒りは感じなかった。……まぁ、多少の呆れはあるが。

 どうこう言っても無駄だろう。この雨宮亜衣という少女はそういう少女なのだ。

 だからエクレールは無言で亜衣の横を通り過ぎ、自らの装備から剣だけを引き抜いた。

 懐かしい感触だ。自らの愛剣、通常の剣よりいくらか長いその剣の重さを手に馴染ませるように、エクレールは二、三度揺らす。

「鎧は持っていかないんですか?」

「どの面下げてホーリーフレイムの鎧を着れますか。街の者は以前のことでホーリーフレイムを恨んでいるでしょうに、こんなものを着ていけばそれこそ暴動になりかねませんわ」

「あ、そっか……」

 考えが足りませんわね、と呟きつつ剣を担いで階段を上っていく。

 気付いた頃には地下だったので、こうして城の内部を見るのは初めてだったが、そこには国の城としての清楚さはなかった。

 落ちた灯。砕かれた窓。破壊された廊下。そして床に延々と転がる人形の残骸。

 生々しい戦闘の跡だった。

「亜衣」

「え、あ、はい」

 追いかけてくるように階段を上ってきた亜衣に、エクレールは振り返らずに言葉を続ける。

「逃がしてもらう代わりに、一つ助言をしてあげますわ」

「助言……ですか?」

「えぇ。これからあなたが……あなたの望むことのために戦う上で、とても大切なことですわ」

 そこで振り返る。その見上げてくる亜衣の無垢な瞳を見ながら、

「全てを救える、などとは思わないことですわ」

「え……?」

「そうですわね。わかりやすい風に言い換えれば……多少の犠牲は切り捨てなさい、ということです」

「それは……どういう……?」

 エクレールは亜衣から視線を外し、再び廊下を見つめる。その、色濃く残る戦闘の跡を。

「この惨状を見れば、いまこの城がどういう状況になっているか……見当もつきます。相当の劣勢を強いられているのでしょう。

 なのにも関わらず、亜衣。あなたは自らに与えられた責務を一時的にとはいえ放棄し、わたくしなんかのところへやってきた」

「なんか、ってそんな!」

「良いから聞きなさい、亜衣。……それで確かにわたくしは助かりましたわ。

 ですが、あなたが与えられた責務をこなさなかったことでもしかしたら被害が大きくなるかもしれません。……誰かが死ぬかもしれません。

 もっとひどく言えば、あなたが抜けたせいで最も守らねばならぬモノが壊される、殺される、そういったことがあるかもしれません。

 そうなった場合……あなたはどう責任を取るのです?」

「そ、それは……」

「……亜衣。あなたには目標があるのでしょう? 実現したいと思う理想があるのでしょう?

 しかもそれがとてつもなく難しいことであるとあなたは理解している。なら、あなたはそれに準ずるべきなのです。

 もう一度言いますが、全てを救えるなどとは思わないことですわ。全てを守ろうとして小さなモノを救う代わりに大きなモノを失うことの可能性。

 それをもっと考えなさい。無くなってからでは遅いものなんて……世の中に数え切れないほどあるんですわよ?」

「……はい」

「まだあなたには難しいかもしれません。ですが子供だからと、経験が浅いからという理由で大事なものを失くしたくはないでしょう?

 だから経験で補えない分は考えて行動しなさい。考えて考えて、自分にとって何が一番大切で、何を優先するべきなのか。それを感じなさい。

 理想を追い続けるのなら、それだけの意思と心掛けを持ちなさい」

「はい」

 もう一度振り返ってみる。こちらを見上げる亜衣の瞳には、強い意志が感じ取られた。

 ――良い目ですわね。

 純粋で、しかし辛いことも知っているが故に、その瞳はどこまでも真っ直ぐだ。

「では、亜衣。……いまあなたがすべきことはなんですか?」

「はい。亜衣は、亜衣の責務を全うします!」

「良い返事です。なら行きなさい。わたくしなどに構わずに」

「はい!」

 強く返事をし、亜衣は踵を返し――しかしそこで動きを止めた。

 怪訝に眉を傾けるエクレールに亜衣は肩越しに頭だけを振り向かせ、

「ありがとうございました。……お気をつけて」

 そう言い残し走り去っていった。

 一瞬ポカンと、そして苦笑しつつ頬を掻き、

「まったく……。本当にわかっているのかしら」

 まぁ、ここから先は亜衣自身の問題だ。これ以上自分が突っ込むことではない。

 剣を腰に装着する。二ヶ月ぶりの重みに一瞬足が揺れる。しばらく訓練どころかろくな運動もしていなかったのだから、当然と言えば当然だろう。

「……行きましょうか」

 とりあえずこの城を出よう、とエクレールは走り出した。

 

 

 

「邪魔だ、どけ!!」 

 群がってくる人形に浩一は拳を繰り出し、その顔面部分を破砕する。

 これで何体目だろうか。数えるのも馬鹿らしいだけの数を撃破したが、廊下の先には人形しかいまだ見えない。

「くそ、いったいどれだけいやがる……!」

 ついてこさせた後ろの二人――そういえばまだ名前も聞いてないが――もそれなりの戦力になっているが、人形が減る素振りは見えない。

 このままでは、という焦りがわずかに生じる。どうする、と自らに問いかけていると、

「ちょっとちょっと! このままこうしている気!? どうしたいわけ!?」

 いつの間にかレガースのような装備を足に着け人形を蹴り壊した少女が怒鳴りながら問いかけてくる。

 お前のせいでこうなったんだ、と言いたくなるがそれも大人気ないことだろう。憮然としながらも浩一は口を開き、

「とりあえず上の階に行きたい。守らなければならない人物がいる。敵の狙いもそれだからな……」

「はぁ? あんたずっとここにいたからここを防衛したいのかと思ってたわ。そうならそうと早く言いなさいよ!」

「数が多すぎて動けないだろう!」

「あ〜ら、そんなの私に任せてもらえば大丈夫よ?」

 クスリ、と笑みを浮かべ少女が隣に並んでくる。

「階段はどっち?」

「ここをまっすぐ行ったところが一番近いが……お前、どうする気だ?」

「決まってんじゃない。……突き進むだけよ、藍!」

「はい!」

 藍、と呼ばれた少女が永遠神剣を手に大きく結界を張る。かなり強力な結界だが、その分消費魔力も集中力も激しいだろう。

 その結界に阻まれて、人形たちがこちらに近付けない。中には無謀に結界に突っ込んで壊れていく人形もいるが、結界は無傷だ。

「さて――」

 その中でレガースを着けた少女が一歩を踏み出る。

 足を突き出し、まるで助走をつけるような体勢のまま腰を落として、

「さぁ、出番よゲイルバンカー! 第二形態!」

Ok. Galebunker standby

 膝の部分に取り付けられた緑色の水晶が淡く輝いた。

 するとつま先からくるぶしにかけてまでのラインが煙を噴出しつつ開き、足首の後ろ部分のスライドが抜け、ふくらはぎの両サイドが開き、その全てから光が吹き出る。

 光を靡かせる一対の魔装。それは、

「お前、それ……神殺しか!?」

「そ。神殺し、魔装『ゲイルバンカー』。で、私は“お前”じゃないわ。私はこの子の主――桜塚恋よ!」

 言うと同時、少女――恋が前方に大きく跳躍した。そして、

「藍!」

「はい!」

 合図と同時、結界が消失する。阻む物が無くなったことで人形たちが怒濤の如く流れ込んでくるが、

「ゲイルバンカー! 大きいの、お見舞いするわよ!」

Ok, my master. Strike of Benihas ready

 余裕の笑みでそれらを見据える恋の足元、吹き出ていた光が突如炎へと姿を変える。

 空中で回転する身体を追うように炎が円を描き、螺旋の軌跡が空中を焼いて、

「燃やし尽くせ……!」

 炎が噴出す。まるでブースターのような勢いと共に炎が爆発を起こし、恋は足を敵に向け、

紅蓮の閃光矢(ストライク・オブ・ベニハス)――――!!」

 刹那、強烈な炎を纏った恋の蹴りが廊下を一直線にぶち抜いた。

 圧倒的な圧力の炎と、超加速の蹴りが廊下に蔓延っていた人形どもをまとめて突き崩していく。

 止まらない。炎は一直線に軌跡を残し、人形を一体残らず駆逐していく。

 だが、それだけの炎を撒き散らしながらも廊下自体にはなんの損害もないのだ。つまり、全ての炎が支配下にあるということ。

「……すごいな」

 思わず浩一の口から漏れる驚嘆の呟き。

 これが神殺しの力。属性と融合を果たし、その真価を発揮する神殺しの真骨頂。

 うちの神殺し所有者も属性融合を目指しているが、果たしてこのレベルまで到達しているのだろうか。

「階段までの道が開きました。行きましょう?」

「あ、あぁ、そうだな」

 いつの間にか藍が隣に並びこちらを見上げていた。それに返事を返し、浩一たちはいまだ熱気が残る廊下を走っていく。

 その途中で藍がポツリと、

「……恋ちゃんは責任感の強い方ですから、きっとその責任を果たそうと必死なんですわ」

「……そうか」

「はい。恋ちゃんは直情型ですから動き出すと止まらないタイプですけど……どうか許してあげてください。お願いします」

「だから俺に謝るんじゃなくて――」

「でも、羽山さんは怒ってらっしゃいますわ。それは事実でしょう?」

 むっ、と思わず浩一は唸る。その様に藍は小さく笑みを浮かべ、

「でも、そう簡単には許してもらえないでしょう。だから恋ちゃんを見ててあげてください。きっと恋ちゃんは反省しつつ前向きに頑張りますわ。

 そしてそれをわたくしも支えます。ですから、その行動を見つつ、徐々に許していってあげてください」

「だが、その言い分だと随分と許すまで長くなりそうだぞ?」

「大丈夫ですわ。きっとわたくしたち、長い付き合いになりますもの」

「それは――」

「遅い!」

 どういうことだ、と続ける前に恋の怒声が被さってきた。

「急ぎましょう」

 そして藍は最後に小さく微笑むと、恋のところにまで行ってしまう。

 ……なにかはぐらかされた気がするが……。

 しかし急がなくてはいけないことは確かだ。とりあえずそれは置いておこう。

 そうして浩一は二人を追いかけるように階段を駆け上がっていった。

 

 

 

 往人は人形を使役しつつ廊下をゆっくりと歩いていた。

 人形には観鈴以外の人間のみを攻撃対象として城に散らしている。観鈴を見つけた場合はこちらに反応を起こす手筈だ。

 だから往人は出来る限り敵とぶつからないまま移動するのみ。

 人形は何体破壊されたところで問題は無い。一度に使役できるのが五百と少しとはいえ、ストックは五千以上あるのだ。

 壊された分だけ召喚し直せば良い。

 しかし、往人がやられればその時点で人形も全停止し、全て終わりだ。それだけは避けなくてはいけない。

 ……焦りがないこともないが、いまは仲間を信じる他にないだろう。

 そう考えながら歩いていると曲がり角に出た。とりあえずそこを曲がってみるか、と思った瞬間、

「!」

 突如そこから人形たちを撃ち抜いていく水の塊が目の前を過ぎっていった。

「ちっ!」

 ――敵か!?

 考え事をしつつ動いていたせいで気配を感じ損ねた。失態だ、と思いつつ往人は自らの得物である長棒を構える。

 次の瞬間、曲がり角から現れた素早い影が人形たちを切り伏せながらこっちへと突き奔ってきた。

 振り下ろされる素早い長剣を長棒で受け止める。鳴り響く鉄の撃音を背に、その敵……少女はほんの少し驚いたようにまばたきをして、

「あら、ただ外に出るつもりがまさか本命にぶつかるとは思いませんでしたわ」

「なに……!?」

 疑問の声にしかし返答は無く、少女は自ら剣を弾きその反動を持って後方へ跳ぶ。

 そうして正面に往人、周囲に数十の人形に囲まれた状況でありながら少女は剣を担ぎながら溜め息一つ。

「さて。どうしたものでしょう」

 それは少女……エクレールの心底からの吐露だった。

 

 

 

 あとがき

 うい、ども神無月です。

 なんか……エクレール活躍中?

 恋よりも目立っているような気がしないでもないですが、まぁそれはそれ(ぇ

 で、また次回からはアゼナ連峰側のバトルに視点が戻ります。

 あっち行ったりこっち行ったりですが、お付き合いください。

 では、また。

 

 

 

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