神魔戦記 第七十二章
「エアの力(V)」
王都カノンの中央に位置するカノンの王城。
そこはいま居残りの兵たちによる厳戒態勢が敷かれている。
特に北側、最もエアが侵攻して来る確率が高いポイントを中心に、全方位に兵が配置されていた。
城の中もまた然り。事前に決められたポイントを皆が気を張り巡らせて防衛している。
王城の奥、四階の右回り。
そこは日頃、非戦闘員たちの住居となっている小さめの部屋が並ぶフロアだ。
だが、いまそのうちの一つの部屋に防衛部隊の主要メンバーと、二人の女王が集まっていた。
「狭いかもしれませんが、どうかご辛抱ください」
「大丈夫ですよ、美坂様。わたしたちは。ね、観鈴さん?」
「うん、大丈夫」
有紀寧に観鈴。二人がどうしてこんなところにいるかといえば無論、用心のためだ。
仮に何者かが城に侵入したとしても、まさか女王が使用人クラスの部屋にいるとはまず思うまい。
とはいえ、近付けば気配もわかる。結局時間稼ぎにしかならないだろうが、その数分が命運を分けるかもしれないのだ。
出来る限りのことはしておくべきだろう。
「さて……」
この部屋にいるのは全部で十名。
香里、浩一、亜衣とその他三名の兵士、そして有紀寧に観鈴、あとはマリーシアとプリムラ。
あまり人数が多いと撹乱の意味がないための少数精鋭だ。
そんな中、香里は一人の少女に視線を向ける。その相手はマリーシアだ。
「いける?」
「は、はい。やってみます」
香里の言葉に慌てて頷くマリーシア。
すると彼女は自らを落ち着かせるように大きく一度深呼吸。祈るように手を組み、浅く目を閉じて、
「……主よ、私に力をお貸しください」
呟くと同時、ふわりと漆黒の翼が広がりを見せた。
……目に見える変化はただそれだけ。
しかし、この場にいる全ての者がなにかを感じたように眉をしかめている。
「なるほど。これが芳野の言っていた……」
「えぇ。マリーシアの能力の一端なのね」
浩一と香里の言葉通り、いまと先とでは根本的に違っているものがある。
それは空気だ。空気がわずかに重くなっている。
というもののそれは比喩表現に過ぎず、実際に空気が重くなったわけではない。
これも全てはマリーシアによるものだ。
……さくらの見立てでは、マリーシアの翼はマナの結晶体であるらしい。
マリーシアの内部に溜め込められていた膨大な魔力がなんらかの弾みで翼となって具現した。
問題は、それが何故翼の形を成しているか、だが……さくらはどうもマリーシアの属性によるものではないか、と見立てている。
それも特殊属性。魔力の波長がどの属性とも異なるらしく、おそらくその莫大な魔力もそれによるものだろうともさくらが言っていた。
それはさておき、その翼がマナでできていることによる副産物として、マリーシアは気配探知範囲が異常に広い。
純粋なマナであるが故に、魔力に敏感なのだ。
エフィランズでの戦闘の際、怒号砲の攻撃をいち早く察したのも同じ理由だろう。
そしてさくらは魔力コントロールの一環、最初の一歩として気配探知の範囲、鋭さを意図的に操作できるようマリーシアに修行させた。
守られるだけではなく、守るだけの力が欲しい。
そうマリーシアが望んだからこそ、さくらはその術としての第一歩を教えた。
それがこの空気の正体だ。
「どう?」
「……はい。な、なんとか……王都を全部包むくらいの範囲なら……」
「狭いのね」
さくらの物言いからもっと広い範囲を調べられると思っていた香里が思わず突っ込むが、マリーシアは弱々しく首を横に振った。
「あ、いえ、そのそれくらいで十分だと思ったので、精度重視にしていましたが……駄目、でしたか?」
「精度重視? そうするとどうなるの?」
「あ、はい。えと……街の人や動物まで、その数やどこを移動しているかくらいは把握できます」
「嘘……」
その物言いに香里を初め皆が唖然とする。
無理もない。王都全体を範囲としてその中の生物の数や移動まで正確に把握できるなど、通常の気配探知では考えられない芸当だ。
というか、それ以前にそれだけ膨大な数、頭で処理仕切れるものなのだろうか。そう訊ねると、
「えと、よくわからないんですけど……さくらさんが言うには、この翼がそういった細かい作業も処理してくれてるらしくて、頭にそれほど処理の負担が掛からないようになっているようです」
知らされるその漆黒の翼の能力。
だがそれは驚きと共に心強さを感じさせる事実だ。
「すごいじゃない……。そうなれば、敵の侵入なんか許さないわ」
「きっとそれを知ってて祐一はマリーシアをここに置いたんじゃないか。あいつならそれくらい考えかねない」
「そうね」
思い浮かぶ相沢祐一の顔。
戦闘に限らず日頃から二手、三手先を読んで行動する彼ならば、こういったこともすんなりと頷ける。
と、
「あ、あのー……」
「どうしたの、マリーシア」
「え、ええとですね。いきなりなんですけどー……き、北門の方に一人、南門の方に二人、強い気配をした人がいるんですけど」
すぐに香里たちの表情が鋭くなる。
香里と浩一が頷き合い、マリーシアに視線を向け、
「詳細を教えて」
「は、はい。まず北門の方。この人は動いていません。近くの林に身を隠しているみたいです。
南門の方は、ゆっくりと……普通に歩くスピードで南門に向かってきてます」
香里はふむ、と思考するように顎に手を添えた。
「……どう思う?」
「北の方は十中八九敵だろうな。エアかどうかは知らないが、隠れてるということはそういうことだろう」
「でしょうね。問題は南か……」
「警戒している素振りがないことからすると明確な敵じゃなさそうだが……味方とも一概に言えないしな」
香里はしばらくそのまま考え込むと、なにかを決定したのだろう。明確な意思を持った瞳で周囲を見渡した。
「マリーシア、あなた連絡水晶は受け取ったわね?」
「え、あ、はい。持ってます」
「よし。ならあなたはその三人の目標が動きを見せたらあたしと羽山に伝えて。その間にあたしは北へ、羽山は南へ向かう」
「おい、正気か? 俺たちがこの中での最大戦力だぞ? それをここから離しちまったら……」
「だからこそあたしたちが向かうんじゃないの。それに隠蔽のつもりでここに隠れてたって、強力な気配が集まっていればすぐに相手も怪しむわ」
「それは、確かに……」
「だからここは気配の感じない亜衣に任せる」
「あ、亜衣ですか!?」
いきなりの指名に慌てる亜衣。そんな亜衣に香里はわずかな笑みを浮かべ、
「大丈夫よ。あなたは強いわ。そんじょそこらの相手じゃ敵わないくらいにね。……だからもっと自信を持ちなさい。良いわね?」
「あ、……はい!」
表情に力を入れ頷く亜衣。
大役を任された緊張感よりも責任感の方が勝っている様子だ。これなら大丈夫だろう。
それに亜衣の特異体質により気配がないのも護衛としてはプラスだ。
「とにかく、これで方針は決まったわ。各自、良いわね?」
「「「了解」」」
「よし。それじゃあ、行きましょう」
「あぁ」
「お気をつけて」
有紀寧の言葉に深く頷き、香里と浩一が部屋を出て行く。
それを見送った亜衣がディトライクを召喚し、マリーシアはさらに深く意識を研ぎ澄ませた。
「頑張ろうね、マリーシアちゃん」
「は、はい。……私たちは、私たちのできることをしましょう」
互いを激励する二人には、笑みが浮かんでいる。
そんな二人を見ていた有紀寧と観鈴だが、その表情はどこか冴えない。
――なにもできない。ただ守られているだけ。
こんな子供が頑張っているというのに、という思いが二人の心をわずかに痛めていた。
王都カノンはその周囲を覆うように高い城壁で囲まれている。さらには城を中心にこの城壁に刻まれた文字魔術によって大きな結界も張れ、防御力だけで言えば各国の王都でも上位に入り込むだろう。
で、その南門。いま門番の兵士に罵声を浴びせている者がいる。
「だーかーらー! 私たちは怪しいもんじゃないって言ってるでしょう!」
それは目に鮮やかな金髪を腰まで伸ばした、容姿も整った綺麗な少女だ。
だが、いまその眉は怒りに傾けられその可憐さは台無しになっている。とはいえ、なんとなくこれが彼女の地に見えなくもないが。
そんな彼女に睨まれた兵士たちは、しかし怯むことなく自らの任を全うしようとしている。
「ですから現在は厳戒態勢中で、どのような方であろうと王都に入れることはできないんです」
「戦っているのはクラナドでしょ? エフィランズを封鎖するならわかるけど、どうして王都まで封鎖しなくちゃいけないわけ?」
「我らが戦っているのはクラナドだけではないのです。エアも正式に宣戦布告してきました」
「エアも?」
「はい。今頃は王都北側……アゼナ連峰付近で我が軍とエアの部隊が交戦しているはずです」
ちっ、と隠す素振りもなく舌打ちする少女。
「……となると、封鎖が解除されるのは早くてもそのエアの部隊を退けて数時間後、ってところよね……」
「おそらく、そうなるかと」
「……はぁ、ったく。はいはい、わかりました、わかりましたよ。今回は潔く諦めるわよ。もう」
嫌になっちゃう、と自らの長髪を払い、少女は門から離れていく。それを黙ってみていたもう一人の少女も門番に一礼してその後を追った。
「……で、どうするんですの? 恋ちゃん」
追いついた少女が、怒り覚めやらぬといった風に歩く傍らの少女――桜塚恋に問いかける。
すると恋はその親友である少女――鷺ノ宮藍に視線を向け、
「どうするもこうするもないわ。ノルアーズ山脈を越えてきたときみたいに実力行使で入るだけよ」
恋が諦めた、と言ったのは単なるでまかせにすぎなかった。
あそこであれ以上抗議をしていれば、下手すると捕まりかねないと判断したからだ。……まぁ、門番程度にこの二人が取り押さえられるはずもないのだが。
「実力行使、ですか……」
その言葉にあまり乗り気ではないのか、藍がわずかに顔を俯かせる。
船でクラナドの港町ウィゾンに辿り着いた二人はすぐにカノンを目指そうとしたのだが、クラナドがアストラス街道を封鎖しているので足止めをくらいかけた。
そのときは恋の持つ最強の武装……神殺しの第九番・魔装『ゲイルバンカー』の力で山脈を越えてきたのだ。
そしていま、恋はそれと同じことをしようとしている。
「不満そうね、藍」
「……はい。確かにお兄様のことを考えれば早くカノンに辿り着きたいとは思いますが、もしかしたら恋ちゃんのすることでカノンを危機に貶めてしまうかもしれませんわ」
「……まぁ、確かにその可能性はないこともないけど……。でもここまで辿り着いて待ちぼうけなんてごめんだわ」
「恋ちゃん……」
恋を最も間近で見てきた藍だからこそ、その心中をはっきりと理解しているのだろう。
だから藍はもうそれ以上なにも言おうとはしなかった。
二人はただ城壁沿いに移動し、南門と東門のちょうど中間くらいの場所で立ち止まる。そうして恋は上を見上げ、
「城壁、結構高いわね。それに……結界が張ってある」
「それなりに強度なものですわ。しかも城壁を円形で囲むように王都全体に張り巡らされています」
「そうね。……でも壊せないほどじゃないわ」
言うと同時、恋は腰を屈めた。そうして大事な物に触れるかのように自らの足に手を当てて、
「おいで、ゲイルバンカー」
その呼び名に呼応するように光が恋の足を包み込んでいく。
そして光が晴れたときには、恋の足は魔装『ゲイルバンカー』を装着していた。
神殺しは離れていてなお隣に在る者。
どのような場所であろうと主がその名を呼べば具現される魔武具。
「藍、しっかりつかまっててね」
「はい」
藍が恋の首に手を回し、背中に身体を預けてくる。その温かさこそ自分の力となる、と思いつつ恋は上を見た。そして、
「ふっ!」
跳ぶ。
通常の魔力強化では到底成しえないであろう跳躍力。城壁など軽く飛び越え、王都が一望できるほどの高さにまで辿り着く。
そして運動エネルギーが消失し、一瞬滞空、そして重力に引かれるようにして墜落していく。
だがそれじゃ足りないと言わんばかりに恋が空中を蹴った。するとそこにまるでなにかがあったかのように恋の落下速度が跳ね上がる。
それを一度ではなく二度、三度と繰り返し強烈な速度を得て、身体を反転。足を下に向ける形で突っ込み、
「ぶち抜けぇぇぇ!」
そのまま結界を貫通していった。
魔力がそれなりにある者は誰もが聞いただろう。
ガシャァァァン、というガラスのような破砕音。
そして驚愕に見上げた先。
……結界が破壊される様を見ただろう。
「なんだ!?」
それを往人もまた驚きと共に見上げていた。
突如王都を覆っていた結界が破砕した。
解除されたわけではない。結界の消失の仕方から『壊された』のだとわかる。
とすれば、誰かがカノンに攻めてきた、ということなのだろうか。
よくわからない。わからないが……、
「この状況を有効利用しない手はないな!」
判断は即決。往人はすぐさま林から飛び出すと、いっきにカノンへと身を突っ込ませていく。
往人の姿に門番たちが気付くが、遅い。往人は懐から取り出した二つの棒を接続させ一本の長い棒とすると、
「おぉぉ!」
一瞬で五人の門番を薙ぎ倒した。
数秒だ。いまの間に城に連絡はできないだろう。
よし、と頷き往人は翼を展開させ、門の上から王都へと侵入していった。
「なに……!?」
北門の方へ急行していた香里は、破砕音と共に消失した結界を見上げ顔を驚愕に染めていた。
だが、いますべきことは驚くことではない。現状の推移を正確に把握し、それによる対策を練ることだ。
『聞こえますか、香里さん!』
そうこうしているうちに、懐からマリーシアの声が響いてきた。
「聞こえているわ。だから落ち着いて状況を教えて」
香里はすぐ懐から連絡水晶を取り出してその声に応じる。するとマリーシアは慌てたように声を上げて、
『あ、えと、す、すいません! ……よ、余計な時間を使いました。状況を報告します』
予想より早い復帰だ、と香里は心中でマリーシアを褒めた。
『えと、結界は南門に来ていた二人によって破壊されました。い、いま羽山さんに移動場所を教えて急行してもらっているところです。
で、これをチャンスだと思ったのか北門の人は門番の人たちを倒して、いま上空から王都に侵入、真っ直ぐお城に向かってきています』
「真っ直ぐ……?」
その言葉に香里は足を止め、弾かれるように上を見上げた。
その先、翼をはためかせ悠々と空を移動していく一つの影がある。
鳥……ではない。それは間違いなく人のシルエットだ。
「しまった……!」
香里はすぐさま腰から剣を抜き放ち、マナを炎へと直接転換させていく。そしてそれを集約し、一気に空へ撃ち放った。
マナの変化に気付いたのだろう。その人物は一瞬慌てたように軌道を揺らすが、すぐさま体勢を立て直しその炎の攻撃を回避していく。
「くっ!」
炎を纏わせた剣を振り炎を撃ちまくるが、高度が高すぎて全然当たらない。その人物はそのまま炎をかわしつつ王城へと向かっていった。
これ以上撃っても無意味だと判断した香里は剣を収め、すぐさま逆走を開始する。悔しさに連絡水晶を握りつつ、
「敵を逃がしたわ! 王城へ向かってる!」
『あ、はい! 感じてます』
「敵の侵入を許してしまうけど、あたしもすぐに戻るわ。引き続きマリーシアは索敵をお願い! 相手の位置も追いかけておいて!」
『は、はい、わかりました!』
輝きを失った連絡水晶を乱雑に懐にしまうと、香里は急ぎもと来た道へと引き返していく。
「陛下のいない間に好き勝手やらせてたまるものですか……!」
恋は無事王都に侵入すると藍を降ろし、ゲイルバンカーを解除した。
着地の衝撃は藍の風によって相殺してもらったため、派手な物音や道の陥没などはない。これですぐ気付かれるようなことはないだろう。
「さて……と。まずはここから離れないと」
「そうですわね」
結界を壊したのが自分たちだとばれれば、下手をしなくても軍に捕まるだろう。厳戒態勢中だと言えばなおさらだ。
いまはただでさえ時間が惜しいのだ。そんな面倒になる前にここを立ち去ろうと身体を反転させて――、
「「!?」」
動きが止まる。
なぜならそこにはこちらを待ち構えていたかのように一人の男が立っていたからだ。
だが、それが普通の人間であったなら驚きこそすれ動きを止めるようなことはしない。
しかし気配でわかる。この男は……魔族だ。
「お前たちだな、結界を破壊したのは」
その言葉にさらに驚く。いきなりそれがばれるとは思っていなかったのだから。
そもそもどうしてわかったのだろうか。結界を突き破った瞬間でも見られただろうか。
……いや、いまそういうことを考えていても仕方ない、と恋は思い直す。問題は、現状を打破する方法だ。
無言でその男を警戒する恋と藍。そんな二人に男は無造作に一歩を踏み込み、
「お前たち、エアの回し者か?」
「……は?」
思わず間の抜けた声を出してしまう恋。それはまったく予想していない言葉だった。
だがそんな恋の隙を突き、男はいきなり距離を詰め胸倉を掴み上げてきた。
――なっ、速い!?
「恋ちゃん!?」
一瞬気が抜けたとはいえ、こうもあっさりと接近を許してしまうとは。
もしいまこの相手がこっちを殺す気でいたならば、間違いなく死んでいただろう。
その速度に驚きながら、だが気迫では負けないと恋は男を殺気を含め睨みつけながら見上げる。
しかしそうして殺気をぶつけても顔一つ歪めない。男はその表情にわずかばかりの怒気を含ませ、再び口を開く。
「どうやらエアの者じゃないようだが……ならどうして結界を壊したりした!」
「わ、私たちはただ王都に急ぎの用があっただけなのよ! けど厳戒態勢中だとか言って中に入らせてもらえなかったから――」
「だから強引に入って来たってことか……。ふざけやがって」
「なっ!? あんたねぇ、こっちの事情も知らないで……!」
「黙れ! こっちはお前たちのせいでエアの侵入を許しちまったんだよ!」
男が吠えた瞬間だ。
突如、遠方から爆発音が王都に響き渡った。
慌てて城の方向を見る男。恋も釣られるようにしてそちらに視線を向ければ、
「……あ」
王城の方から黒煙が上がっていたのだ。
「きゃあ!」
部屋に待機していた面々は、その揺れを確かに感じ取っていた。
音から察するに何かが爆発したのだろうか。亜衣は倒れないように足を踏ん張りながら、
「マリーシアちゃん!?」
「あ、はい! どうやら侵入者が城の壁を魔術かなにかで破壊したようで――!」
「場所は?」
「ほ、北西側一階、兵士さんたちの宿舎付近です」
だとすればまだ時間はある、と亜衣は計算する。
仮にあそこから真っ直ぐこちらへ向かってきたとしても最低五分は掛かる。だがそんなことはないだろうから、二十分くらいの猶予はあるだろう。
それだけあれば香里も浩一も戻ってきて迎撃するだけの時間は十分だ。大丈夫、と亜衣は自らに頷く。
「……え?」
だが、横からそんな疑問符が聞こえてきた。
横にいるのはもちろんマリーシア。しかしそのマリーシアの表情が徐々に青くなっているように見えて……、
「ど、どうしたのマリーシアちゃん……?」
「こ、こんな……こんなことって……!?」
「こんなこと? こんなことってなに、マリーシアちゃん!」
問えば、マリーシアは縋るような瞳でこちらを見て、
「増えてるんです! 気配が! 侵入してきた人を中心に、五十、百……いえ、もっと!」
「え!?」
「――往人さんだ」
驚きに包まれた室内で、ポツリと放たれた小さな言葉。
その言葉を追えば、その先にいるのは……どこか泣きそうな表情の観鈴で、
「エアでそんなことできる人なんて、往人さんしかいないよ……」
「往人さんって……お知り合いですか?」
観鈴は一瞬躊躇したように、しかしそれでも顔を上げ、
「国崎往人さん。エア王国第二部隊長で、人形遣いとして世界でも有名な存在。そして……わたしの、許婚」
許婚。その単語に隣の有紀寧が驚いている。
亜衣やマリーシアも驚きはあるが、観鈴がどういう経緯で祐一と結婚したかを知らないので有紀寧ほどではない。
それに、二人にとってはそれよりも現状が問題なのだ。
「つまり、増えている気配は人形ってことですか?」
「うん。……往人さん、その気になれば五百近い人形を一度に操れるって言ってた」
「ごひゃ……!?」
それはまずい。
城の中にいる兵の数はおよそ八十程度。残りの百人程度が王都全体を警護しているので仕方ないといえば仕方ないのだが……。
「マリーシアちゃん! その人形たちどうなってる!?」
「えと……いま現在二百くらいの人形が出現してます。でも、まだ人形の数は増えてるみたいで……。
いまその人形が一階を、まるでなにかを探すみたいに動き回ってます」
「探す……?」
もしかして、という思いから亜衣は観鈴を見やる。
許婚を――もとい、エア王女を救出に来た、ということなのだろうか。
観鈴は自分で進んで祐一と結婚した。しかしエアの人間はそれを知らない。……いや、仮に知っていたとしても信じないかもしれない。
きっと、それが神族と魔族の垣根なんだろう。
「……悲しいな」
そう、悲しい。決め付けで当人たちの意思が飲み込まれてしまうことなど、悲しすぎる。
だが、実際観鈴は自らの意思で祐一と一緒になったのだ。それを裂く権利は、たとえもと許婚だとしてもあるはずはない。
守ろう、と強く思い亜衣はディトライクを強く握り締めた。
「人形がさ、さらに増えてきてます! 三百以上……! それに二階と地下にも侵攻していってます!」
それを聞いて、亜衣はふと頭の片隅になにか引っかかるような感覚を覚えた。
いまの言葉のどこかになにか――、
「……あ!」
わかった。
頭が反応したのは『地下』という単語。
なぜなら地下には……魔力を封じられ幽閉されているエクレールがいるではないか……!
「すいません、しばらくここをお願いします!」
「え、亜衣ちゃんどこへ!?」
兵士たちにここを任せて部屋を飛び出そうとする亜衣にマリーシアが慌てて声を出す。
だが亜衣は止まる時間も惜しいとばかりに扉を開け放ちながら、首だけを肩越しに振り向かせ、
「エクレールさんが危ないの!」
そう言って走り去った。
あとがき
えー、どうも、神無月です。
今回は、話はそれほど進んでいないのに文章量が割かし多めというちょっと反リーズナブルな仕様でお届けしました(ぇ
VSエア編は書くこと多すぎて困りますねー。いろいろな人が動き回ってくれるので(汗
と、いうわけで次回もまたお城編です。いよいよ本編に加わってきた恋たちを初め、亜衣、エクレールなんかが動きますよ。