神魔戦記 第七十一章
「エアの力(U)」
激突するカノンとエア。
空を行こうとするエア、地上からそれを迎撃しようとするカノン。
低空飛行で騎士団と衝突する部隊、中空で超上空部隊を守ろうとする部隊に魔術師団の魔術が炸裂し、超上空部隊を空撃部隊が迎撃する。
遊撃が走り回り、弓兵部隊はこれ以上進軍させないと矢のバリケードを作り出す。
量のエアと質のカノン。両軍の攻防はほぼ一進一退であった。
だが、部分的には優勢劣勢が現れ始めている。
「攻撃に怯むな! 前進せよ!」
超上空部隊を率いている聖が激を飛ばす。それに釣られるように部隊の前進するスピードが上がるが、それもすぐに止まる。
地上から防御部隊をぶち抜いて超魔術が突き奔ったからだ。さすがに超魔術クラスともなれば数十人が結界を張ったところで無意味に近い。
しかも一発ではなく、三発もの超魔術が同時に、だ。
「くっ、まさか超魔術が使える魔術師が四人もいようとは……!」
聖の嘆きも最もなものだろう。
超魔術が使える魔術師は、使えないそれと比べて有用性が段違いなのだ。
上級魔術まで使える魔術師を三十人集めるより、超魔術を使える魔術師一人の方が使えるとまでされるくらいだ。
しかも今回はカノンへの侵攻を前提しての行動なので、こっちは空を移動している。味方が混同しない状況では超魔術も撃ち放題だろう。
超上空部隊は、劣勢を強いられていた。
実際、魔術師団長である倉田佐祐理はそれを見越して超魔術を連発していた。
再び詠唱を開始しつつ、佐祐理は上空を見据える。
「いけます。エアはどうあってもこのまま直進しようとするつもりみたいですから、このまま超魔術連発でいきますよ、美咲さん、栞さん!」
「「はい!」」
魔術師団長の佐祐理の両脇には美咲と栞がいる。超魔術を連射していたのはこの三人だ。
他の魔術師団のメンバーは上空からの敵の攻撃を抑える意味でも速度重視の下級から中級魔術を連射している。防御だけさせておく作戦だ。
しかしエアももちろんそのままではいない。騎士団が討ち洩らした匍匐部隊の数名が佐祐理たち目掛け突っ込んでくる。
だが、それらの面々は佐祐理たちに辿り着く前に次々と撃破されていく。
「させないよ、ボクたちの要は魔術師団だからね!」
「……うん」
騎士団と魔術師団の間を疾走する影。それは時雨亜沙やリリスを筆頭とした遊撃部隊だ。
「いよっと!」
匍匐部隊の槍の攻撃を軽やかに回避し、亜沙は両手を空へと掲げる。
「『月からの射手(』!」
降り注ぐ光の雨。それに穿たれ墜落していく兵士、その間を縫うようにして他の兵士が詰め寄ってくるが、
「がっ!」
「ぐあ!?」
それらはリリスの必中の魔眼による的確に射撃に次々と撃墜されていく。
「……ママには手出しさせない」
「り、リリスちゃん! その呼び方は止めてくださいって言ったじゃないですか〜!」
後ろからの佐祐理の声も意図して無視し、リリスは短剣を生成して投げつける。
そんな遊撃の姿を見て佐祐理は、もう、と嘆息一つ。しかしその背中に心強さを感じながら超魔術を完成させ、
「『断罪の業炎道(』!」
「『静寂の水流道(』!」
「『深淵の氷結道(』!」
三人の超魔術が再びエア軍をぶち抜いていく。
「ちっ!」
聖はカノンの予想以上の質の高さに思わず舌打ちする。
これでも約半分の戦力がクラナドに向かっているはずなのだ。もし万全の状態であったらと考えると、恐ろしいにもほどがある。
だが聖の悩みは下からの魔術だけではない。
前方、こちらと同じステージ……空で襲ってくる連中もまた脅威であった。
こちらは地上とは違いたかが四人である。しかし、そのうち三人が凶悪であった。
「『永劫の斬風波(』!」
「烈火・狐刃(!」
「月輪の太刀!」
超魔術を使用する魔術師に、強力な炎を使役する獣人族、さらに鋭い居合いを扱うスピリット。
どれも一般のエア兵では太刀打ちできないほどのレベルの使い手たちだ。
あのレベルの相手ができるとすれば自分を含め隊長クラスのいずれかだろう。
……恐ろしいことだ。こちらの隊長クラスの人員がこうもうじゃうじゃいるとなると、正直気が滅入ってくる。
とはいえ、任務は任務。どれだけ過酷な状況下でもそれをやり遂げるのが本当の軍人というものだ。
「佳乃!」
同じく超上空部隊に随伴していた佳乃の名を呼ぶ。するとすぐに佳乃が横に並び、
「私はあの魔術師を討つ。お前は正面のあの獣人をやれ!」
「他の二人はどうするの?」
「とりあえず放置だ。対多数攻撃の手段を持つあの二人をどうにかしなければ正面突破も難しい」
「そうだね。わかった」
離れていく佳乃を横目に、聖は翼をはためかせその魔術師へと接近していく。
それに気付いた魔術師の少女はにこりと笑い、身体をこちらに向けた。
「ボクの相手はあなた?」
「これ以上好きにさせるわけにはいかないのでな」
だよね、と呟く少女の身体からは更に濃密な魔力が溢れ出てくる。
驚いた。あれだけ超魔術を連発しておいてまだこれだけの魔力を残しているとは、いったいどんな化け物か。
「ボクの名前は芳野さくら。よろしくね」
両手に魔力を集わせながらの自己紹介に聖は二度驚く。
芳野。それはまさか、過去多くの高名な魔術師を輩出してきたダ・カーポの芳野だろうか。
ならばこれも頷けよう。相手にとって不足なし、という思いから聖もまた告げる。
「エア王国第三師団長……霧島聖だ!」
「『輝く乱れ星(』」
「!」
突如放たれた数多の光の放流。寸でのところで気が付いた真琴は急旋回してそれらを回避していきながら、
「なに!?」
「これ以上やらせはしないよー!」
光の向かってくる先、そこには他の兵士たちとは明らかに格が違うとわかる相手がいる。
真琴は翼をはためかせ、やってくる光を炎の剣で切り払いつつその少女と対峙した。
青い短髪を風に揺らせた少女は、自らの周囲に十ほどの光球を従えて、悠然とそこに浮遊している。
「あんたが真琴の相手をするってわけ?」
「そーゆーこと」
「上等よ。祐一の邪魔する奴らは誰であろうと燃やし尽くすだけだわ」
手を覆う炎の剣の魔力密度がさらに増す。そうして目の前の敵を倒そうと、真琴は高速前進するために腰を下げ――、
「待って」
しかしそれを遮る者がいた。
純白の翼に白銀の槍を持つ少女。月宮あゆである。
「あゆ? どうしたの?」
「真琴ちゃんはボクやヘリオンさんと違って一度に多くの敵と戦える術を持っている人だから、個人戦に持ってかれちゃ駄目だよ」
「それは、確かにそうだけど……」
「でしょ? だから真琴ちゃんは他をお願い。この人はボクがやるよ」
「大丈夫?」
聞くと、あゆはただ笑顔で返してきた。
真琴は一瞬逡巡するも、そのまま反転、ここから離れようとする。
それを見て、行かせまいと敵の周囲に浮かんでいた複数の光球からそれぞれ光が奔るが、
「駄目だよ。あなたの相手はボクだもの」
突如出現した光の壁に全てが遮られる。
その光景に思わず唖然とする敵を見て、あゆは心中で一度頷いた。
――うん、いける。
魔術の操作だって前より随分と上手くなったし、新しい魔術も取得してある。槍術だって美汐からしっかりと学んだのだ。
どれも完全ではないとはいえ、以前より強くなったという自負はある。あとは自信を持ち、前に進むだけだ。
――頑張ろうって、そう約束したもんね。
数時間前に交わした約束を反芻しつつ、あゆは自らの持つ魔槍に力を込めた。
「グランヴェール、第二形態」
「Ok. Granvale standby」
手に持つ神殺しの第四番・魔槍『グランヴェール』が赤い輝きに包まれながらその形を変えていく。
刀身が二つに割れ出現する光の刃。振るえば光の軌跡となる槍を携え、あゆは前を見た。
「Granvale transpose second form ――― complete!」
「いけるね? グランヴェール」
「Of course. 」
うん、と頷きあゆはグランヴェールを構える。
「神殺し第四番・魔槍『グランヴェール』がマスター、月宮あゆ。……いくよ」
それを見た敵がわずかに笑みを浮かべ、
「名乗られたら名乗り返すのが礼儀だよね? ……エア王国軍第三部隊長、霧島佳乃だよ」
告げた瞬間だ。
二人の神族は互いの白き翼をはためかせ、激突した。
最前線で匍匐飛行部隊と衝突している騎士団。ここでは局地的にだが、エア側が優勢を維持していた。
数で負けている上に、遠距離攻撃のできない騎士団では立体的な動きの取れる神族にはかなり不利を強いられている。
現に、空からの槍の攻撃に突き刺され絶命していく騎士団兵士が後を絶たない。
「このぉぉぉ!」
その中で唯一、そんなエア兵の前で圧倒的強さを誇っているのは騎士団の臨時隊長に任命された名雪だ。
空を飛べるうえ、名雪の能力は当たれば一撃死という極めて強力なものだということもあるだろう。
だが一人一人に技を使っている余裕はない。タイムラグや魔力の余力の問題もある。
だから名雪は最初の数十人だけを琉落の夜で破砕した。
神族からすれば得体の知れない能力。人は自らの知らぬ力に直面したとき恐怖を抱くものだ。
そう見せることで精神的に追い込み、相手の気力を削ぎ落とすことで、名雪はどうにか通常の剣技だけで対応していた。
だが、いかんせん数が違いすぎる。名雪一人で抑え込める量ではない。
かなりの数が後ろの魔術師団の方向に流れ込んでしまっているが、大丈夫だろうか。
遊撃部隊の姿が見えないことを考えると、きっとそっちで抑え込んでいるのだろう。ならば大丈夫だと信じたい。
というか、大丈夫じゃなくても自分がどうこうできるものではない。なんせ自分もいっぱいいっぱいなのだから。
「祐一はまだ来ないのー!?」
思わずこぼれる愚痴。
騎士団に合流する、と言っていたはずだがいくら待ってもやって来ない。
やられた、ということはないだろう。もし祐一を倒しているのならいまごろエアは勢いを増しているはずだし、こっちは衰退しているはず。
とすれば考えられることは一つ。誰かに足止めを喰らっているということ。
そう考えると、結局ここの戦線を維持するのは名雪の仕事となり、
――魔力、持つかなぁ。
節約はしているが、魔族の中では割かし魔力が低い部類であると自覚している。もし強い敵とぶつかったとき、はたして魔力は持つだろうか。
できることならそういう相手が出てこないことを祈りたいのだが、現実はやはりそれほど甘くはないようだ。
「いやー、あんた強いなぁ」
軽い調子で上から声が降ってくる。
弾かれるように見上げた先、一人の女性が浮遊していた。
気配、貫禄、そのどれもが一般兵とは違う。名雪は確信した。
……この相手は、強い。
「まぁ、逆を言えばや。……あんたさえどうにかしてもうたらそれでここはガタガタになるっつーことやんな?」
ニヤリと笑うその仕草はまさに戦場には不釣合い。……だが、その笑みがこけおどしではないということを直感で理解する。
余裕だと思っている。この相手は。自分を前にして。
「……あなたは?」
「あぁ、自己紹介しとこか? せやなぁ、これから自分殺す相手の名くらい知ってへんとおちおち地獄へ落ちれへんもんなぁ」
女性は手を目前に出し、拳を握る。するとそこに光が集約しだし、
「一度しか言わへんから、よぉ覚えとき。……うちはエア王国第二師団長、神尾晴子や」
そう言った瞬間、晴子の拳が降り落ちる。
目を見開く名雪をも巻き込み、光の柱が大地をかち割った。
「ふっ!」
ヘリオンは『失望』を抜刀し、やって来る兵士たちを次々と切り払っていく。
突き出される槍を悉くかわし、カウンター気味に居合いが決まっていく。
――やれます……!
躊躇はしない。その躊躇のせいで誰かが傷付くことこそ許し得ないことなのだと教わったばかりだから。
「でも……!」
敵の数を抑えきれない。
さくらが敵の隊長格と戦っているせいで、討ち洩らしが以前より多くなってしまっている。ヘリオンの横を通過していく兵も増える一方だ。
ここを通れば、あとは弓兵部隊に任せるしかないのだが……。
地上はどうなっているのだろうかと、わずかに視線を下ろしてみると、
「あ……!?」
その先では、苦戦を強いられている祐一の姿が見えた。
相対しているのは二刀で居合いを扱っている人物。
「あの人は――」
知っている。否、この世界で居合いを扱う者なら知らない者はいないだろう。
エアにいるとされる、史上最強の居合いの使い手。遠野美凪。
さすがにそんな相手では祐一も危ういのではないか。そんな考えが頭を過ぎる。
だが、自分もまた居合いを使う者。祐一以上には対処できるはずだ。
考える。ここを放棄して祐一の援護に行った方が良いのではないか。祐一が倒されてしまえば元も子もないのだ。
しかしさくらが抜けた現状、ここの人員を割く余裕はないだろう。ここでまた自分が抜ければ後ろの弓兵部隊により負担を掛けることになる。
そうして悩んでいた瞬間、眼下で祐一が吹き飛ばされるのをヘリオンは見た。
「!」
美凪が追撃に奔る。あの体勢で一撃ならまだしも、二撃目は受けきれないだろう。
「――っ!」
迷いに答えを出すより先に、身体が動いた。
ハイロゥを限界まで展開し、超高速で垂直落下する。邪魔な防御部隊の連中を一閃のもとに切り捨て、さらに加速する。
その強烈な加速の中にいるせいなのか、視界に映る全てが遅く見えた。
美凪の右腕が動く。放たれた剣閃は、しかし祐一の剣に受け止められる。だがこれは祐一も美凪も予測済みだっただろう。
問題は左の一撃。体勢を崩した挙句剣を使ってしまった祐一に次の一撃は回避不可能。
――間に合う!
自分を信じ、『失望』の柄を握り締め、
「えぇぇぇい!」
振り抜く。
刹那の一閃はヘリオンが放った一撃と激突し、止まった。
「「!?」」
突然の介入者に美凪も祐一も目を見開く。
その間に着地し、ヘリオンは『失望』を握り締め、再確認する。
――守るんだ。
そう、この人と誓ったのだ。そのために戦えば、自分は前に進める、と。
「ヘリオン、お前、どうして……」
「超上空部隊より、祐一様です。祐一様がやられちゃったら、カノンはそれで終わりじゃないですか」
「……」
「きっと弓兵部隊の人たちが頑張ってくれます。そう信じてます。……だから祐一様、立ってください。で、一緒にあの人を倒しましょう」
きっと二人で戦えばもっと早く勝てます、と続けヘリオンは自らの言葉を再確認し、思わず顔を赤く染めた。
ちょっと……いや、かなり大それたことを言ってしまってはいないか。
啖呵を切るだけ切っておいて慌てだすヘリオンの頭に不意になにかが落ちてきた。
温かい感触。それは祐一の手であり……、
「え、え?」
「少しは自信、出てきたみたいだな」
くしゃくしゃと撫で付けられる髪。それが少し気持ち良い、と思いながら、
「はい。祐一様のおかげで」
「そうか」
手を離し、祐一が横に並ぶ。頭から離れた温かみをどこか寂しいと思いながら、ヘリオンもまた構えて前を見た。
その先で、遠野美凪は無表情のままにこちらを見ている。ヘリオン、そして祐一へと視線を移し、
「……本当に、共存しているのですね」
え、とヘリオンは不思議に思った。
その言葉はどこかこちらを羨むような色を含んでいて――、
「!」
しかし思考はそこで止めた。美凪が一歩を踏み込んだからだ。
既に射程は美凪とヘリオン、両者の領域である。祐一も魔術でなら射程圏内と言えるだろう。
そんな緊張感漂う中で、横から軽い調子で声が届く。
「ヘリオン。期待してるぞ」
その言葉だけで、全てが吹っ切れた気がした。
「――はい!」
返事をした瞬間、二条の線がこちらに伸びてきた。
国崎往人は一人、戦場を大きく迂回し王都カノンの近くの林に身を潜めていた。
北門は硬く閉ざされており、門番が五人。
往人ととしては門番五人程度、気付かれぬうちに倒して空から侵入することができるだろう。
だが、そうはできない事情があった。
結界だ。
王都全体をそれなりに強力な結界が覆っているのだ。
カノンは以前よりこういった技術をどこからか手に入れていたようだが、まさか新生カノン王国がそれを使えるとは予想していなかった。
「くそ」
思わず毒吐く。
仮に門番を倒したとしても、これでは意味がない。結界も破れはするだろうが、破るためにはそれなりの力を要する。
そんなことをすれば、城に侵入する前にこちらに気付かれてしまうだろう。
こうしているいまも皆が戦っていることを考えると気が急いてしまうのだが、どうすると考えても答えはでない。
しかし、そんな往人の救世主となる存在がいまこのカノンに近付いていた。
カノン、南門側。
「はぁ。やっと着いたわカノン」
「厳しい道のりでしたわね」
そこにいま、二人の少女が辿り着いた……。
あとがき
あい、神無月です。
というわけで、VSエアの二話目でありますが……また個人戦な感じに戻ってしまいましたorz
いや、クラナドは主要メンバーの人数少なかったんで部隊戦闘っぽく書けたんですけどねぇ。いや、あれも中途半端か。
で、次回は城の方に視点が回ります。
城への侵入を狙う往人、辿り着いた謎の(!)二人組、そして城に居残ったメンバーの動向、お楽しみに。
では、また次回に。