神魔戦記 第六十九章

                    「その理由」

 

 

 

 

 

 智代とことみが部隊を引き連れてカノンへ向かったその頃。

 クラナドはシズクに対する防護という形で兵士たち……主に近衛騎士団が忙しなく城と城下を走り回っていた。

 主力である騎士団と魔術師団がごっそり抜けたのだ。いまシズクに襲われたらとんでもない事態になる。

 その備えとして奔走する近衛騎士団を指揮している隊長、芳野祐介は部下たちに気付かれぬように小さく嘆息した。

 ――陛下はいったい何を考えているんだ。

 カノンが脅威だということはよくわかる。だが、それと同じくらいシズクだって脅威のはずだ。

 それに国民を守ることこそ軍人の――そして王族の勤めではないのか。

 守備を怠り攻めに目先をとらわれていてはいずれ足元をすくわれてしまうのではないか。

 ……そうした不安が消えないのだ。むしろこうして実際に騎士団と魔術師団の抜けた穴を部下で埋めようと配置を決めているところでさらに不安は増していく。

 明らかに数が足りない。これでは守っているなんて到底言えないようなレベルなのだ。

 それでもどうにかその中で最も効率的だと思われる配置をしてみてはいるが……これでもし万が一シズクが本当に攻めてきた場合守りきれるのだろうか。

 答えはおそらくノーだ。

「どうしました、芳野さん。いまにも頭抱えそうなしかめっ面で」

「朋也か」

 後ろからの声は聞き慣れたもので、振り向かずとも誰かはわかった。

 するとその青年、岡崎朋也は祐介の隣に並び、

「珍しいですね。悩んでるんて」

「悩みたくもなる。これはどう考えても戦力不足だ。ホントにシズクが攻め込んできたら攻め落とされる。

 まぁ、陛下の魔族嫌いはいまに始まったことじゃないから、おそらくそれが原因だろうが……」

 幼少期から宮沢和人は魔族批判を強く親に叩きつけられていたらしい。また、自ら魔族に恨みがあるようなことがあるらしいのでその憎しみも一入なのだろう。

「……ホントにそうですかね」

 だが朋也は違うらしい。考え込むように顎に手をやり、

「なんか、俺にはどうも前とは目的が変わっている気がするんですよね……」

「どういうことだ?」

「いえ、そもそもあの人が魔族を嫌悪するのは昔、有紀寧が魔族に傷付けられたからなんですよ」

「そうなのか?」

 初耳だ。朋也は頷き、

「間違いないです。有紀寧本人から聞いたことなんですから。だからあの人は魔族を憎む。人を人とも思わない魔族を、全て……でも」

「でも?」

 ギリッ、という音が横から聞こえた。それは朋也が歯を噛み締める音で、

「この前、あいつは平気で言いやがった。『有紀寧には運が悪かったと思ってもらうしかないだろう』って。……以前ならそんなことは言わなかった」

 なによりも優先すべきは有紀寧だった。

 いままでずっとそうだったのだ。有紀寧がカノンにさらわれたときだって、あれだけ怒ったのは政治的な面よりも有紀寧の身を案じていたからのはずだ。

 それがまるで別人のようだった。有紀寧のことはどうでも良い、そう言い切ったのだから。

「……あいつの中で何かが変わってるんだ。目的や何かが、きっと」

「岡崎……」

「……すいません、ちょっと熱くなりました」

 小さく息を吐いてから頭を垂らす朋也。それが失言だったと気付いたのだろう。兵士は周りにもいるのだ。あまり大きな声で言うものじゃない。

「頭冷やしがてら、一旦家に戻ります。しばらくは帰れないこと、報告しておかないと」

「……あぁ、そうだな。そうしておけ」

 近衛騎士団はこれから騎士団や魔術師団が戻ってくるまで持ちこたえなくてはいけない。数が少ない以上城に泊り込む羽目になるだろう。

 それじゃ、と告げて彼の向かう方向は……彼の実家がある方向ではない。そっちはいま彼が厄介になっている家族、古河家の方向だ。

 岡崎朋也と古河家。

 この繋がりは、おそらくクラナド国内でも知らない者はそういないだろう。……悪い意味で、だが。

 しかしそれでも古河家を離れようとしない朋也の心情は、祐介にはわからないものだ。贖罪か、はたまた絆があるのか。

 だがそこは自分が突っ込むべきではない領域だ、と思い踵を返し――そこで驚きに動きが止まった。

 いつの間にか、すぐ後ろに一人の女性が立っていたのだ。

 ――馬鹿な!?

 これだけの至近距離。気配を感じても良さそうなものだが、こうして向き合っているいまでも気配は感じられない。

 ……否、注意深く探れば、微々たるものだが気配は感じ取れる。気配完全遮断能力、魔力完全無効化能力者ではない。

 見知らぬ女性。しかもこんな至近距離となれば思わず腕が剣の柄を握っていたとしても仕方ないだろう。

 だが、そういう状況下でもその女性は表情を崩さない。一歩間違えば切り捨てられるという状況なのに、だ。

「……お前、何者だ」

「いまのが、岡崎朋也さんですか?」

 問いに、だが女性は別の質問を投げかけてきた。視線もこちらではなく、去っていった朋也の方向を向いている。

 朋也の名と顔はクラナドでは有名なところだ。それを知らない、ということは他国の人間である可能性が高い。

「……そうだ。だが、それがなんだ?」

 注意しつつ、答える。すると女性はそこで初めて視線をこちらに向け、

「そう殺気立たないでください。私はあなたの敵ではありません。……むしろ味方に分類されるでしょう」

「なに?」

「自己紹介が遅れました。私の名は鹿沼葉子。この度結成された特務部隊の隊長を勤めさせていただきます。よろしくお願いします」

 軽く頭を下げてくるその鹿沼葉子と名乗る女性。

 ――鹿沼?

 祐介はその苗字になにか違和感を覚えた。その苗字……どこかで聞いた覚えがあるような気がするのだが……どうしても思い出せない。

 しかしそんな祐介をよそこに、葉子は言葉を続ける。

「今回は我ら特務部隊も警護につきます。とはいえ、結成されたばかりで人数は少ないですから、精々一区画程度でしょうが」

「あ、あぁ、いや。一区画でも受け持ってくれれば十分だ。それだけ他に回せることになるわけだからな」

「そうですか。では、私たちはどこを警護すれば?」

「……じゃあ、北をお願いできるか? あっちが最も襲撃率が高い。一部隊でまとまった方がやりやすいだろうから」

「了解しました。では、また」

 再び一礼し、下がっていく葉子。

 ……どうやら単純に朋也に興味を持っただけのようだ。

 岡崎朋也のことであるのなら、それもまたおかしいことではないか、と祐介は納得する。

 とにかくこれで近衛騎士団の配置に比較的余裕が出たな、と思いつつ祐介は他の兵士たちにその旨を指示を出す。

「芳野祐介。……ダ・カーポの名家芳野の長男」

 それを肩越しに見ていた葉子はただそう呟き……音もなく姿を消した。

 

 

 

 時刻は夕方に差し掛かっており、街の様子はオレンジに包まれている。

 昼の喧騒から夜の喧騒へと移行する一時だ。

 じゃれ合いながらすれ違っていく子供たちに微笑を浮かべつつ、朋也は古河家へと歩を進めていく。

 歩き慣れた道。もう自分の家への道よりも慣れてしまったのではないかと思うほどに、それは日常となっていて。

「おう、小僧じゃねーか」

 パン屋を営んでいる古河家の前、そこでタバコを吹かす男がこちらを見て露骨に嫌そうな顔をした。

 とはいえ、それは彼なりのポーズであり、別段本気で嫌がっているわけではないことは知っている。

 それはこっちも同じ。どうしてもこの人物を相手にすると表情が嫌そうな顔になるらしい。……意識しているわけではないのだが。

「そういうオッサンも暇そうだな?」

「はん! こう見えてめちゃめちゃ忙しいってーの」

 そこで、ふー、と煙を吐き出し、

「で、どうした? いまは首都警護で忙しいんじゃないのか?」

「これから本格的に忙しくなりそうなんだ。泊り込みになるだろうから準備を、ね」

 準備。そのニュアンスで通じただろう。秋生はあーあー、と力ない納得の意を口にして、再びタバコを咥える。

「そうか。ま、適当に準備してさっさと行きやがれ。ついでに早苗のパンも持っていけ」

「遠慮する。……そういえば早苗さんは?」

「所用で留守だ。残念だがな」

「そうか。わかった」

 別に何か話したいことがあったわけでもないが……あの人の雰囲気に助けられているところもある。会っておきたかったが。

 まぁ、気が紛れるという点は秋生に対してもそうなのだが。……若干意味合いは異なるが。

 ボーっと空を眺めている秋生。店番は良いのかと突っ込みたくなるが、とりあえずいまは時間が惜しいのでスルーして店内へ。

 そのまま奥へと進み靴を脱ぎ、廊下を突っ切って二階へと上がっていく。この足取りも慣れたものだ。

 向かう先などただ一つ。この家に戻ってきたらまず最初に行くべきは自らの部屋ではなくそこだと決めていた。

 ノックを二回。どうぞ、と小さな声を確認し、入室した。

 机、棚、本棚、人形……。一般的な部屋と特になにが変わるわけでもないその中央、やや大きめのベッドで寝ている少女がいる。

 その少女は朋也の姿を見て微笑を浮かべた。そうして身体を起き上がらせようとするが、止めた。

「そのままで良い」

「でも……」

「良いから」

 なんとか言い聞かせ、横にならせる。

 この少女、名を古河渚という。この家……古河秋生と古河早苗という夫婦から生まれたごくごく普通の少女……のはず、だった。

 数年前までは、だが。

「……身体の調子はどうだ?」

「最近は、とても良いんですよ?」

 笑みも、どこか弱々しい。……無理もない。彼女はいまこのときもその身体を徐々に蝕まれているのだから。

 ――古河渚。

 朋也同様、クラナドにおいてその名を知らぬ者はいないだろう。まぁ、意味合い的には随分と違うものだが。

「そうか。そいつは良かった」

 朋也の表情は祐介や智代たちといるときとはまた違ったものであった。

 優しい表情。けれどそこには儚さや、辛さ……そしてどこか罪を感じているようにも感じられた。

 無理もない、のかもしれない。彼と彼女の過去を知る者がいればそう言っただろう。……二人の過去を知らぬ者などいないだろうが。

「ん……?」

 ふと朋也は肌寒いことが気になった。視線を転じてみれば、窓が開いている。

「渚、空気の換気も必要だが、開けっ放しじゃ風邪を引くぞ?」

 座る前に閉めよう、と思い窓に手をかける。しかしそこで、渚の拒むような声が響いてきた。

「あの、窓は仕方ないとしても……カーテンは閉めないでもらえませんか?」

「けどな――」

「お願いします。だって、それがわたしが見ることのできる唯一の世界ですから……」

「渚……」

 そう言われてしまえば、どうすることもできない。嘆息し、窓だけを閉めるにとどめた。

 そうして机の椅子をベッド脇に運んで座った朋也に、渚は笑みを浮かべ、

「ありがとうございます、朋也くん」

「いまの言い方は卑怯だな、渚。あれで断ったらまるで俺が悪人みたいじゃないか」

「そんなことないです。朋也くんは良い人ですよ」

 そういう問題ではないのだが。

「……しかし、渚。何度も言ったからわかってると思うが、注意するに越したことはないんだ」

「はい、わかってます。だから夜じゃなきゃ開けないようにしてます」

 そうか、と答えることだけしかできなかった。

 渚はその症状故に外に出ることが出来ない。だから窓から見えるのが唯一の世界である……と言ったわけではない。

 もし仮に症状が良くなったところで、渚は外を出歩くことはできない。だからこそ窓から見えるのが唯一の世界だと言ったのだ。

 なぜならば。

 ……彼女は、既に死んだ(、、、)こと(、、)になっているからだ。

 死人が歩くわけにはいかない。ようはそういうことだ。

 古河渚は死んだ。これがクラナドに住む国民全ての認識だ。当人と、その家族……そして朋也を除いて。

 殺される理由があったのだ、国にとって。

 古河家。いまでこそ純粋に近い(、、)人間族の家系であるが、その根本を辿っていけば古川家という一族に行き着く。

 聞いたことはないだろうか、古川家。……そう、魔族七大名家の一つである。

 いくつかの分家筋の中で人間族と混じった血筋が、そのまま人間族と交配を繰り返し、ほぼ人間族に近くなった。それだけのことだ。

 だからこそクラナドにも住めたわけだが、そこで問題が発生した。

 それが古河渚だ。

 最悪だった。彼女は先祖還り――つまり、魔族の力を宿していた少女なのだ。

 子供の頃は良かった。その力も微弱であり、誰に気付かれることもなく育っていった。

 ……しかし、彼女が十代後半になったときそれは徐々に起こり始めた。

 最初にそれに気付いた人物。それが岡崎朋也だった。

 彼は元来気配に敏感な人物だ。知り合ったときから違和感を感じていたが、明確にそれを感じ取ったのは軍に入隊してからだった。

 ……そこからの行動を、朋也はいまでも後悔している。

 こともあろうに朋也は軍内の治療魔術師に相談をしてしまったのだ。

 浅はかだった。

 クラナドという国の、魔族への嫌悪を全く理解していなかった。

 いや、いくら魔族の力をその身に宿しているからとはいえ、同じ人間族に対しそんな行動を国が取るなどとは思いたくなかったのだ。

 ……クラナドは、古河渚の抹殺を決定した。

 朋也は最後まで反対した。先祖還りなだけで、れっきとした人間族である、と。しかし陛下も他の者も多くがそれを受け入れはしなかった。

 だから朋也は――クラナドに対し剣を向けた。

 ――あぁ、認めよう。

 岡崎朋也は、古河渚を愛していた。

 だから守りたいと思った。こんな理不尽な死はおかしいと考えた。だから剣を抜き、寝食を共にした仲間に剣を向けた。

 ……だが結局、国に対し単身で挑み勝てるはずがなかった。

 朋也は健闘しただろう。たった一人で千近い兵士を食い止めたのだから。一時期は『第二の天沢郁未』とまで言われたほどだ。

 けれど朋也は捕まった。そして渚はその間のゴタゴタにより死亡、朋也は裏切りにより――しかしその実力から死刑を免れ数年の投獄と、宮沢家の呪いをその身に受けた。

 聖痕。宮沢家に代々伝わる、施した人物を意のままに操ることができるという禁忌の呪術系魔術。

 しかし朋也の魔力が高すぎて当時の宮沢和人では操りきれるものではなかった。精々、強烈な痛みを与える程度しか。

 故にクラナド兵千名近くを薙ぎ払った脅威の魔眼を封じ、魔力も半分以下に抑え、近衛騎士団に組み込まれた。

 ……だが、そうまでして朋也が生きていたのは理由がある。

 本当は、渚が生きていたからだ。

 死んだという誤報は秋生や、それに恩を受けた数十名の兵士たちによる仕組まれたものだったのだ。

 正直、そうでなければ捕まっていた時点で自害していたかもしれない。それだけ朋也にとって渚という存在は大きかったのだ。

「どうしたんですか? わたしの顔なんかじっと見て。……照れてしまいます」

「……あぁ、そうだな」

 渚は死んだことにされ外にでることができず、朋也も裏切り者の烙印を押されその力を制限され支配されることとなった。

 先祖還りとして人間族でありながら魔族の力を宿してしまった大罪人、古河渚。 

 クラナド王国兵士でありながら魔族を庇い己が国の兵士を手に掛けてしまった大罪人、岡崎朋也。

 これが、二人が有名になってしまった所以である。

「……朋也くん」

「ん? なんだ? 何か欲しいものでもあるのなら言ってくれ。取ってくる」

 フルフルと渚は首を振った。そうして、少し悲しげな瞳でこちらを見上げ、

「朋也くん、いまきっとあのときのこと考えてました」

 ドキッとする。思わず違う、と否定しそうになるが、事このことに関しては渚の勘は鋭い。……いや純粋に自分の顔に出ているだけなのかもしれないけれど。

「……ごめんなさい」

 お決まりの言葉だった。

 朋也が渚に罪悪感を持つように、渚もまた朋也に罪悪感を持っていた。

 朋也が自分の無力さを嘆いたように、渚は自らのせいで朋也の将来を叩き潰したと考えている。

 ――そんなの、どうだって良いのに。

 そう、どうだって良いのだ。エリートコースだとか、近衛騎士団最強の肩書きとか、王家直属の部隊隊長候補とか、そんなのはどうでも良かった。

 そんなものより、渚がいることの方が大事だった。

「謝るなよ」

 謝られたら、その全てが否定されたみたいでものすごく悲しい。

 認められたくて、好かれたくて行った行動ではないにせよ、それではあまりに悲しすぎる。

「俺は、渚が生きてさえいてくれればそれで良いんだ。あとはなにもいらない」

「朋也くん……」

「だから謝らないでくれ。そして、もし生きていることを嬉しいと感じてくれているなら、別の言葉を俺にくれ。そうすれば……俺はまた頑張れるから」

「……はい」

 渚は笑う。笑うことでしか返せないと言わんばかりの、綺麗な笑顔で、

「ありがとう、ございます」

「……あぁ」

 この笑顔に何度救われただろう。

 この笑顔で道を踏み外さずにすんだのだ。

 渚は自分のおかげで強くなれたというけれど、実際はその逆だ。自分が、渚という存在を支えにしていたんだ。

 荒れていた昔、父親ともぶつかり合い心身ともに疲弊していたあのとき、その笑顔で渚は自分を楽にしてくれた。

 全てを知ってなお、隣にいてくれた。

 守ろう、そう改めて思った。

 あのときほどの力はない。だけど、もう後悔するようなことのない道を選んでいきたい、と。

 もう無力さに打ちひしがれるのはたくさんだった。

 自分の無力さで渚を閉じ込めることになり、自分の無力さで有紀寧がカノンにさらわれた。

 ……嫌な人間だな、と思う。

 有紀寧がさらわれたとき、あのときの感情は、相手への憎しみではなくむしろ自分への悔しさだった。

 なぜまた守れなかった、と。

 もう二度と繰り返さないと誓ったのに、と。

 だから有紀寧を救いたい。渚も守りたい。他の者たちも……自分を支えてくれる全ての人たちを、支えていけたなら。

 ……こんな風に思えることこそ、渚のおかげなのだから。

「もう寝とけ、渚」

 渚の症状は、先祖還りによる魔力の発露に人間の身体が耐え切れずに起こるものだ。

 いまは部屋中に魔力低下の文字魔術が刻み込まれているのでなんとかなるが、そういう意味でも外に出るのは危険だった。

 治療法はない。唯一この症状を治す手立てがあるとすれば、それは魔力コントロールに他ならないのだが……。

 症状が悪化し身体の節々が痛む状況下で集中力を要する魔力コントロールは無理だろう。下手に魔力を操ろうとして暴走されたらそこでアウトなのだ。冒険はできない。

 できることと言えば、寝て痛みを紛らわすことくらいだろう。

 けど、渚は頷かない。寂しそうに目を伏せ、

「でも……しばらく来れないんですよね? もう少し朋也くんとお話してたいです」

「しばらくつったって一週間くらいだ。騎士団と魔術師団が戻ってくればそれも解除される」

「……一週間なんて、長いですよ」

「渚……」

「お願いです。もう少し」

「……仕方ないな」

 あぁ、自分は渚に甘いのかな、と思わず苦笑した。

 朋也の返事に笑みを見せる渚。それを見ただけで、まぁ良いかと思えてしまうのだから不思議だ。

 ――と、不意に違和感を感じた。

「……?」

「……どうしたんですか? 朋也くん」

「いや、いまなにか……視線みたいなものを感じた気がしたんだが……」

 確認のため窓から外を覗き、集中して気配も読むが……しかしなにも感じ取れない。

 気のせいだろうか?

「いましたか?」

「いや、どうやら気のせいみたいだ。ちょっと疲れてるのかもな」

 あんなことを考えていたせいで、神経が過敏になっているのかもしれない。

 首を振り、また渚の横に戻る。

 いまはただ、話をしていよう。それを渚が望むのなら、それだけでも叶えてやりたいから……。

 

 

 

 夜の帳は落ちた。

 街は夜独特の活気に包まれ、しばらくは人の往来も絶えないだろう。

 しかしそれよりも上、とある家の煙突。本来人のいるべきではない場所に、しかしいま二人の人影がある。

 片方は直立し、もう片方は膝を着いた形でそこにいる。

「やはりそうでしたか……」

 呟いたのは立っている側だ。長い髪を夜風に揺らせ、その人物――鹿沼葉子は小さく笑みを浮かべる。

「しかし、さすがは岡崎朋也……と言いますか。この距離でまさか一瞬でも私の気配に気付くなんて、たいしたものですね」

 それは侮蔑でもなんでもなく、純粋な感心だった。

 あれで魔力と魔眼を封じられているのならば、どちらも解放されたときいったいどれだけの者となるのか。

 楽しみではあるが……今回の任務は別件だ。それは後回しになるだろう。

「理恵さん。陛下に連絡を」

「はっ、してどのように?」

 傍らに膝を着いていた理恵と呼ばれた少女の言葉に、葉子はやはり小さく笑みを浮かべ、

「古河渚の生存を確認――と」

 

 

 

 あとがき

 はい、神無月です。

 今回は朋也の過去と伏線消化、といったところでしょうか。あと渚も。

 そして出ました鹿沼葉子。予想できたでしょうか?w

 さて、とりあえずまたこれも置いておいて次はVSエアに入ります。

 では、またw

 

 

 

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