神魔戦記 間章  (六十九〜七十)

                   「ヘリオン」

 

 

 

 

 

 カノン王城に備え付けられた訓練場。

 いつもはそれなりに人の多い場所だが、いまそこには一つの人影しかない。

 というのも、いまはエアとの戦いに向けて各々準備中であるからだ。エアの動き如何ではすぐに移動も考えられる。

 そういった状況の中でまで訓練をしようとする者などそうそういないだろう。

 だからそういう意味では、その者は異例。だが、彼女を知る者ならばその理由もなんとなくわかっただろう。

 リング中央に立つ一人の少女。構えは中腰、瞼を閉じ、腕は腰にある刀の柄に添えられている。

 まるで人形のように動きはない。動いているのは、わずかな風に揺れるその黒髪くらいのものだろう。

 と、その周囲に黒い影が現れる。それは人のような形を模り……合計で十二体が出現した。

 魔術で出来た擬似標的だ。攻撃力もたいしたことないので、どこの国でも訓練でよく使用される。

 とはいえ、普通は十二体も同時には扱わない。それはいくらなんでも多すぎるだろう。

 だが、少女はそれでもなお動きを見せない。ただ抜刀の構えのまま中央に立つのみだ。

 不意に、そのうちの四体が同時に動いた。前後左右、四方向から同時に距離を詰めてくる。

「……!」

 そこで初めて少女が動きを見せた。手が一瞬ぶれたのだ。

 次の瞬間、前と右から迫ってきていた影が同時に両断される。

 速い。

 視認出来るか出来ないかというほどの斬撃。

 居合いだ。

 だがもちろんそこで終わらない。

 影が消えたことにより開いた右斜め前に身体を移動させ、回転と同時に後ろへ抜刀。迫ってきていた残り二体も斬り捨てられる。

 だが影の動きも素早い。その頃には少女を追って三体、後ろからも一体が既に迫っている。

「ハイロゥ!」

 少女の言葉と同時、その背に翼が出現。そして踏み出しの一歩と同時に、前へ飛ぶ。

 来る三体のうち中央の一体を切り払い、その間を縫って突き出る。慌てて反転する二体と最初から追ってきていた一体が並んだ。

 それを予測していたのか、振り返り様の一閃は三体を同時に両断した。

「あと四つ……!」

 そう言った瞬間、何かが光を遮った。

 見上げた先、なんと上から影が二体やってきている。さらに前後にもう一体ずつ。

「!」

 すると少女は身体を前に投げた。上からの攻撃を前転の要領で回避する。しかし、そうすると前方の影からの攻撃は当たるはず。

「ふっ!」

 呼気一閃。なんと少女は前転の最中に翼を展開し、空中で一回転しつつ浮上、攻撃を回避して振り落ちの一撃をぶち込んでいた。

 消滅する影のわずか後ろに着地し、そのまま再び跳躍。

 落ちてきた二体を同時に切断し、そのままの反動を利用し身体をもう一回転させ残りの一体も斬り捨てた。

 十二体、全消滅。

 少女はそれを確認し、呼吸を整えながら刀を鞘に収め――、

「いや、素晴らしいな」

「ひゃあう!?」

 いきなりの言葉と拍手に少女――ヘリオン=ブラックスピリットは素っ頓狂な声を上げてしまった。

「ん? 驚かせたか?」

 慌てて振り返った先、そこにいたのは相沢祐一……この国の国王だ。

「あ、あわわ、わ!? こ、国王陛下!?」

 突如現れた最上級の相手に、頭が混乱するヘリオン。

 実は彼女、こういった予期せぬ出来事にめっぽう弱かったりする。

 だがそんなヘリオンの心中を知ってか知らずか、祐一は苦笑を浮かべながらリングへと近付きつつ、

「国王陛下、なんて堅苦しい呼び方はよしてくれ。気が滅入っちまうからな」

「い、いえ、ですが……!」

「名前で呼んでくれて構わない。皆好きなように呼んでいるだろう?」

「そ、そうですけど、でも、あの、その〜……」

 まがりなりにも王国エターナル・アセリアの使者としてそういう呼び方はどうだろうか、真剣にと悩む。

 しかしシャッフルの使者である時雨亜沙は既に祐一のことを『祐一くん』と呼んでいたりする。

 ならそういう気さくな呼び方をした方が良いのだろうか。そういう呼び方をしないとエターナル・アセリアとの国交に支障が出るだろうか。

 ――む、難しい問題です!

 なんでもかんでも大事に考えるのもまた、ヘリオンの特徴であったりする。

 しかし結局相手の意思を尊重したいと考えたヘリオンは、どうにかこうにか一つの妥協案を思いつく。

「……で、ではぁ……ゆ、祐一様、で良いですか……?」

「様は余計なんだが……そこまでは譲ってくれなさそうだな?」

「うぇ!? い、いえそんなことは決して……その、あの〜……」

「ははっ。いや、良いさ。好きなように呼んで良いって言ったしな」

「は、はうぅ……」

 心臓に悪い問答です、と思いつつ祐一を見れば、どうしたわけかリングに上ってきているではないか。

 え、と疑問に思っている最中も祐一はこちらに近寄ってきていて、

「それにしてもさっきのはすごかったな。鮮やかだった」

「え、あ、その……ど、どうもです」

「正直、この前来たスピリットの中では一番戦闘慣れしてなさそうだと思っていたんだが、良い意味で予想を外したみたいだな」

「……そんなことないです。……セリアさんやハリオンさんの方が戦闘経験も多いし、私なんかより強いです……」

 それは本当のことだ。

 実際、チェリーブロッサムとの戦闘では、足手纏いになることが多い。

「……ふむ」

 そうして俯いているヘリオンを見下ろし祐一は一つ頷くと、

「ヘリオン」

「は、はい」

「少し模擬戦をしてみるか」

「はい。…………は、はいぃぃぃぃぃぃ!?」

「よし、構えろ」

「え、あ、そのえっと、だ、だってそろそろエア戦ですし、万が一怪我なんてしたら!?」

「大丈夫だ。万が一にもそれはない」

 それはそれですごいショックな発言だった。

 どうにかして模擬戦を止めさせようと言葉を捜すが、結局見つからないままに祐一はヘリオンから一定の距離を離れ対峙する。

 もう避けようがない。そう悟ったヘリオンは渋々いつもの抜刀スタイルを構えた。……その瞬間、

「さぁ、いくぞ」

「――っ!?」

 背筋が凍りつくような感覚に襲われた。

 祐一は剣を抜いただけ。だが、気配の密度が一気に急変している。そこから放たれる圧迫感は尋常ではない。

 戦闘経験に乏しいとはいえ、ヘリオンとて何度も戦場を経験してはいる。しかし、いまだかつてこれだけの威圧感を感じたことはない。

 だが、おそらく祐一はこれでも手を抜いているのだろう。

 ……これが新生カノン王国の国王、相沢祐一。水瀬秋子を打倒し、旧カノン王国を叩き潰した張本人。

「う……」

 あまりのプレッシャーに呑み込まれそうになるのを必死に我慢しようとするが、身体は勝手に後ろに下がってしまう。

 半歩下がり足が床を打ちつけた瞬間、

「!」

 祐一が奔った。

 決して見切れぬスピードではない。落ち着いて、と自分に言い聞かせ、とりあえず距離を取るための抜刀をする。しかし、

「え!?」

 祐一は速度を緩めず突っ込んでくる。当たる、と思い力を抜いたその瞬間だ。

「……」

「なっ!?」

 なんと祐一は斬撃の下を潜り抜けて肉薄してきた。慌てて自らの刀――永遠神剣『第九位・失望』を戻し、来るであろう一撃に備える。

 しかし予想していた剣撃は来ず、すれ違うように横へ祐一がずれる。

 なんで、と思った瞬間腹部に何かを感じた。視線を下ろせばそこには祐一の手が添えられていて、

「!?」

 次の瞬間強烈な衝撃と共に後ろに吹っ飛ばされていた。

 追撃を阻止するためにハイロゥを展開し、空中でどうにか姿勢を整えるが、

「っ……!」

 腹部に走る痛みに、思わずたたらを踏んでしまう。

 魔力を凝縮した掌を相手に押し付け、魔力を爆発させる。一部の格闘家がよく使う手ではあるが、まさか剣士がこれを使うとは誰も思うまい。

「休んでいる暇はないぞ」

「!?」

 ハッとして前を見れば、暗黒の弾が迫ってきている。

 詠唱も真名も聞こえなかった。無言発動だ。どうやら魔術にも長けているらしい。

 ヘリオンは右に跳ぶと同時に左の翼だけをはばたかせ、その一撃を回避する。しかし、その目の前には再び暗黒球。

「読まれていた……!?」

 この体勢での回避は不可能と判断し、やむなく『失望』で切り払う。するとそのすぐ後ろに祐一が走ってきていて、

「!」

アインスト・アッシュ!」

 魔力により極限まで研ぎ澄まされた一閃、それを慌てて『失望』で受け止めるが、空中での不安定な体勢だ。受けきれるはずもなく、

「くぅ……!?」

 再び吹き飛ばされ、リング外の壁に叩きつけられた。

 背中から叩きつけられ、思わず遠のく呼吸。むせながらもどうにか呼吸を整えていると、目の前に剣先が突き出された。

 見上げれば、既に祐一が剣をこちらに向けて立っている。

 ……強い。

 魔術も剣技も体術も、カノン軍の主要メンバーの平均よりわずかに高い程度だと聞いていたので無意識に過小評価していたのかもしれない。

 だが、どうだ。

 この戦闘センス、頭のキレ、そしてそれらにより組み合わされた魔術に剣術に体術。

 ……万能型は一つを極めた者に劣るという話をどこかで聞いたが、そんなことはないといまなら言える。

 相沢祐一。まだ本気をだしていないことを考えれば、その強さは計り知れない。

 自国で最も強かったのは碧光陰だが、おそらくその光陰でも勝つことはできないのではないだろうか、そうとさえ思えてしまう。

 ……自分なんかでは、到底届き得ない人物だ。

「……ま、参りました」

 実力の差を見せ付けられ、へこたれるヘリオン。しかし、祐一はどこか面白くなさそうな表情でヘリオンを見下ろしている。

 その視線に気付いたヘリオンは困惑した様子で祐一を見上げる。

「え、えと……あの……?」

「……面白くないな」

「す、すいません。私弱くて……」

「本当にそう思っているのか?」

 面白くないとハッキリ言われて落ち込んでいると、そんな言葉が降ってきた。

「言っておくが、お前はお前が思っているほど弱くはない。

 俺がお前に模擬戦を誘ったのは、最初の動きを見てこれなら良い訓練相手になると思ったからだ」

「そ、そんなことは……」

「……まぁ、そうだろうな。自分で気付いていれば苦労はしないな」

 ふぅ、と祐一は呆れたように嘆息一つ。

 剣を鞘に納め、祐一は屈み込むとヘリオンと視線の高さを同じくした。

「え、あの!?」

「慌てるな。ただ俺の目を見ろ」

 いきなりの祐一の行動に慌てるヘリオンに、祐一はただ静かにそう促す。

「目を、ですか……?」

「そうだ」

 どういう意図かはわからないし、恥ずかしいけれど、とりあえずその瞳を直視する。

 深い深い黒の瞳。ボーっと見つめているとそのあまりの深さに思わず沈んでしまいそうな感覚に襲われ――、

「あ……れ……?」

 唐突に頭の中がボーっとし始めた。その瞳に促されるように思考が途切れ途切れになり、ヘリオンの意識は消え……、

 

 

 

「……え?」

 不意に意識が覚醒する。

 なにがあったのか、なぜかよく思い出せない。さっきまでなにかをしていたはずだという感覚は残っているのだが……。

「きゃあ!?」

「え!?」

 いきなりの悲鳴に意識を持っていかれる。

 慌てて振り向けばそこで……何者かに剣を突き刺された少女の姿が見えた。

「……え、え?」

 ……いったい何が起こっているのか?

 よくよく見てみればなにもかもがおかしい。

 先程までなにをしていたのかは記憶にないが、少なくともカノンの城にはいたはずだ。

 なのに何故自分は外に立っており……しかも街は焼かれているのだろう。

 しかも周囲には焼けた家々の他に、明らかに人の手によって殺されたとわかる死体が山の如く横たわっている。

 それによく見てみればここはカノンじゃない。……エターナル・アセリアの首都、ラキオスではないか。

「どういう……こと?」

 ――ラキオスが、襲われている……?

 ハッとする。では、いま襲われたのはもしや……!?

 慌てて刺された少女の元へと走り出す。その途中で、燃え上がる火の煽りでその顔が見て取れた。

「!?」

 愕然とする。

 それは見知った顔。……ハリオン=グリーンスピリットだった。

「……は、ハリオンさん!」

 剣を抜かれ、崩れ落ちるハリオン。その元へ駆け寄ろうとしたヘリオンだったが、辿り着き手を伸ばそうとした瞬間にその身体は消滅した。

 マナに還ったのだ。

「……っ!」

 目の前で仲間が失われた。その悲しみと怒りに突き動かされるように、ハリオンを殺した相手を探す。

 が、見当たらない。

 どこに、と周囲を見渡すと……、

「いた!」

 その相手はまた別の誰かと戦っていた。金属の激突音をかき鳴らせながら戦っているのは、

「セリアさん……!」

 セリアの剣の腕はヘリオンも知っている。スピリット部隊でも一、二を争う実力者だが、

「うぅっ!?」

 謎の敵にセリアが吹き飛ばされる。体勢を崩し倒れるセリアに、その敵はとどめを刺そうと剣を振り上げ、

「――っ!」

 ガキィン!

「!」

 考えるより先に身体が動いた。

 いつの間にかハイロゥを展開、セリアと敵との間に割って入りその一撃を弾き返していた。

「やらせない……」

 ハリオンを殺され……そのうえセリアまでなんて、やらせない。

 もう頭の中で彼我の実力差など失せた。セリアが負ける相手だとかなんだとか、そんな考えも消える。

 思考を埋めるのはただ一つ。

 仲間を守りたい――それだけだ。

「――はぁ!」

 一歩を踏み込み、一閃を繰り出す。剣で弾かれるが、そんなものは最初からわかっている。

 更に一歩を踏み込み、一閃。だが今度は一撃で終わらない。二撃、三撃と手を出させないほどまでに剣を振るう。

 防戦一方となった敵が慌てて距離を取る。だがそれに付き合う気は毛頭ない。ハイロゥを全開にして前へ突っ込んでいく。

 敵が手を掲げた。魔術が来る。

 だがそれがわかってなおヘリオンは加速した。下がる、という選択肢は既にその頭の中にはなかった。

 放たれる魔術は下級魔術。無言発動、ノータイムでの一撃だがヘリオンは驚くことなくハイロゥを羽ばたかせた。

 前進しながらの上昇。最低限の浮上でその一撃を回避し、ヘリオンは相手の上に出る。

「えぇい!」

 上空から真下へ抜刀。線が奔ったかのように見える一撃は、しかしそれでも防御されてしまう。

 敵はそのまま反転、ヘリオンを追うように剣を向けるがヘリオンは身体を捻るだけでかわし、その回転を利用して再び一撃。

 剣を出してしまった相手はそれを回避するしかないわけだが、そこでわずかに体勢が崩れる。そこをヘリオンは見逃さない。

 ハイロゥを使い瞬時に着地。足を地に着かせ軸を完全とし、この一刀に全身全霊を叩き込む……!

星火燎原の太刀――!!」

 その一撃が敵に直撃しようかという瞬間、

「!」

 金属が砕けるような音と共に世界が崩落した。

 

 

 

 ザクン、となにかが遠くで突き刺さるような音がした。

「……あ、……え?」

 突如変貌した風景に、ヘリオンはただぽかんと口を開くことしかできなかった。

 周囲に燃える街も死体の山もなく、ただ無機質に広がるカノンの訓練場の光景のみ。

 そして目前には祐一が立っており、なぜかその剣の刀身が半ばで断ち切られている。

 どうも格好を見る限りは、自分がその剣を切り裂いたようだが……?

「ふっ……。まさかここまでとはな」

 祐一はそう言ってただ笑っていた。

「え、あの……?」

「あぁ、すまんな。お前の本気を見てみたくて一つ手を打たせてもらった」

 使い物にならなくなった剣を捨てながら、なんでもないことのようにのたまう祐一。

「手を……打った……?」

「あぁ。……だがその前に言っておこう。お前は自分で気付いていないだろうが、戦うにあたってお前には重大な欠点が二つある」

「……え?」

「まず一つ。お前は自分にまったく自信を持っていない。二つ、お前は敵であろうと傷付けることにわずかな躊躇いを覚えている」

 思わずギクリとする。それは常々ヘリオンが悩んでいた二つの問題だったからだ。

「だからお前は擬似標的では実力を出し切れても、相手が生きている存在だとわかると尻込みしてしまう。だろう?」

「……は、はい」

「だからさっき手を打った。お前に幻覚を見せたんだ」

「幻覚……?」

「そうだ。最初、お前に掌底を当てたときにな、幻覚作用の魔術を打ち込んでおいた。で、目で後催眠をかけて幻覚世界に送りこんだんだ。

 誰が出てきたかは知らないが、仲間を傷付けられるような幻覚を見たはずだぞ」

 あれが幻覚と知り、ヘリオンは心の底から安堵の息が漏れるのを自覚した。

 ハリオンが死んだのも、街が焼かれたのも、全ては幻覚だったのだ。

「で、でもどうしてそんなことを……?」

「言っただろう、お前の本気を知るためだと。幻覚の中で戦っていた相手、あれは俺だぞ?」

「え、えぇぇぇ!?」

「無我夢中だっただろ? もうこれ以上仲間を傷付けられたくないと、自信や相手への気遣いなんて頭から飛んでいただろう?」

 それは確かに言うとおりだ。

 あのときはセリアまで殺されてたまるかと、これ以上はやらせないと、それだけを考え動いていた。

「だからお前の本気を見れた。そしてお前は俺の予想以上を動きをしたじゃないか」

「え……?」

「あの攻防、お前は俺を圧倒してたじゃないか。あれがお前の実力だ、ヘリオン」

 ――私が、祐一様を圧倒……?

 その事実に、自分のことでありながら納得できないヘリオン。

 そんなヘリオンに、祐一が笑みを浮かべながら肩に手を乗せ、

「大丈夫、お前はお前が思っているよりずっと強い。だから自信を持て、ヘリオン。お前は大切な者たちを守れるだけの力を持っている」

「……大切な人たちを、守る……?」

「戦いの続く日々の中で忘れてしまったか? お前が戦うのはスピリットだからか? 戦うために生み出された種族だからか?

 だが、過去はそうでもいまは違うだろう? いまのエターナル・アセリアならスピリットだからって戦わなければいけないなんてことはないはずだ。

 軍を抜けたければ抜けられる。でもそうしなかったのはなんのためだ? 敵となる相手を傷付けるためか? 違うだろう?」

 祐一の一言一言がヘリオンの胸に溶け込んでいく。

 ……そうだ。自分は誰かを傷付けるために軍隊に所属していたわけではない。

 最初はそれが義務だったから。だが、自由を得てもなお軍に残ったのは、

 ――いままで一緒に戦ってきた皆を守りたいと思ったから……。

「誰かを守りたいと思うのなら躊躇うな。その躊躇が仲間を傷付け、最悪命を奪うことになるかもしれない。そうなれば後悔は永遠に続くことになる。

 ……そうならないためにも、前を向いて、戦うときには戦え。相手を傷付けることを恐れず、守るために剣を振るえ。

 そうすればお前は、お前の望む自分になれるさ」

 ポンポンと肩を二度叩き、祐一はヘリオンの横を通り過ぎていく。だが、

『お前の望む自分になれるさ』

 そこでその言葉の意味を理解し、ヘリオンは慌ててその背中を視線で追いかけた。

「祐一様、もしかして……!?」

「最初からわかってたさ。カノンになんの縁もないお前がここに使者としてやって来る理由なんて、それしか考えられないからな」

 振り向く祐一。そこにはただ真剣な表情がある。

 ヘリオンはそれを見て姿勢を正した。そうすることが、この相手に対する自分なりの誠意のように思えたからだ。

「お前は足手纏いになりたくなくて……強くなるためにこの国に来たんだろう?」

「――」

「戦闘が過激になるにつれて自分が皆の足を引っ張っているとでも感じたんだろうな。だから強くなるまで自国に戻らないようにしたかった。

 そのときに舞い降りてきたのが三国同盟の話。エターナル・アセリアの使者という肩書きはちょうど良かったんだろうな」

「……仰るとおりです。その……申し訳ありませんでした!」

 深く頭を下げるヘリオン。

 同盟の使者という重要な役職を、そんな個人の理由で利用したのだ。この場で斬り捨てられても文句は言えないほどの所業である。

 だが祐一は小さく笑うだけだった。

「別に気にしちゃいないさ。自分の国のために、仲間のために強くなりたいと思うことに間違いはない。

 それに、お前は十分戦力になる。我が国の数少ない空戦戦力として……そして、一人の戦士としても」

「祐一様……」

「もう一度だけ言う。お前はお前が思っているよりずっと強い。自覚を持て。理解しろ。強く想え。守ると誓え。そうすればお前は行き着く場所が見えてくるはずだ」

「……はい」

 その言葉を胸に留めるように心中で反芻し、もう一度強く頷く。

「はい!」

「よし。期待している」

 そう残し去っていくその背中に、ヘリオンは万感の思いを込めて再び頭を下げた。

 だが告げる言葉は先程とは違い、謝罪ではなく感謝の言葉。

「ありがとうございました!」

 

 

 

 あとがき

 はい、どうも神無月です。

 というわけで間章ヘリオンお届けです。

 どうでしたでしょうか。ヘリオンの潜在能力の高さが見えれば良いのですがw

 これからもヘリオンには頑張ってもらいましょう!

 では、また。

 

 

 

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