神魔戦記 第六十六章

                  「クラナドの力(前編)」

 

 

 

 

 

 夜も更けた。

 世界は闇に染まり、静寂が支配する。

 ここからは魔物と魔族の時間だ。

「美汐、そっちはどうだ」

 カノン王城、忙しなく兵士が動き回る中で玉座に座っているのは祐一。

 そしてその腕には連絡水晶が乗っている。

 魔力を通されている証明として淡く発光しているその向こうからは、相手の声が届く。

『つい先刻ルクリナに着きました。陣の設営も完了しています』

 連絡相手は対クラナドの部隊を率いてルクリナに向かった美汐だ。

 エアを相手にする祐一たちはともかく、クラナドを相手にする部隊は敵がいつ動いても良いようにルクリナに待機していなくてはいけない。

 部隊編成を決めてすぐ、準備を整えて対クラナド部隊はルクリナに移動となったのだ。

「そうか。久瀬の放った使い魔がクラナドを監視している。動きがあれば即座に知らせる」

『御意』

 連絡水晶に流す魔力をカットする。光を失った水晶を懐に戻し、祐一は周囲を見やった。

 周囲を行きかう兵士たち。こちらもこちらとていまは対エアの準備にひっきりなしだ。

「準備は怠るなよ。慢心で勝てる相手じゃない。数でも戦術でも相手の方が上だということ、忘れるなよ」

 兵士たちから威勢の良い声が返ってくる。頼もしいと思える返事に、祐一はわずかに笑みを浮かべた。

 祐一の方は装備、コンディションともに万全だ。

 兵の準備が整い次第カノンを北上し、アゼナ連峰の手前にまで向かう手はずになっている。

「陛下」

 そんな中、声を掛けてきたのはカノン軍参謀、久瀬隆之だ。

 祐一の表情が引き締まる。ここで隆之が動くということは、意味することが一つしかないからだ。

「動き出したか」

「はっ。ですが……」……

「……なんだ?」

「どうやら動き出したのはクラナドだけのようで」

「……なに?」

 読みを外しただろうか。エアとタイミングを合わせてくると思ったのだが……。

 ――いや、それにしてもおかしい。

 時は夜。魔族の力が高まる時間だ。ここで人間族であるクラナドが進軍してくることは百害あって一利なしのはず。

「なにか企んでいるな」

「とはいえ、進軍していることは事実。迎撃させぬわけにもいきません」

「そうだな。美汐に注意を促すことくらいしかできないだろうが……わかった、お前は下がれ」

 慇懃に頭を垂らし下がる隆之。それを見送り祐一は再び連絡水晶を取り出した。

 

 

 

「進軍? これから?」

 ルクリナに設営された陣のさらに中央にあるテントの中、主要メンバーが揃えられたその中で、杏が驚きの声を浮かべた。

 その視線の先の美汐は頷き、

「どうやらクラナドが動きだしたようですから」

「この時間に……ねぇ。なにか企んでるわね」

 杏に言われずとも誰もが思うことだった。

 魔族中心の部隊相手に人間族の部隊がこの時間帯に挑むなどおかしい、と。

 ならば相手側にはそれを覆すだけのなにかがある、ということになるのだが……。

「杏さん、元クラナドの兵士としてなにかわかりますか?」

「え? うーん、そうねぇ……」

 美汐の言葉に杏は考え込み、

「兵器、ってことはないと思うわ。とすると人員か、あるいは作戦か、でしょうね」

「人員……。なにか注意すべき相手が?」

「もし今回の部隊にことみがいたら正直骨が折れるわよ」

「そんなに厄介な相手なのですか?」

 聞きつつ、美汐は手元にある資料に目をやる。

 それは以前杏が仲間になった際に祐一に渡したクラナド軍兵士たちのデータのコピーだ。

「魔術師がいないこの編成だと、ことみ以上に厄介な相手はいないわよ。

 ……一ノ瀬ことみ。その特殊能力と魔術の特性から対多数において無類の強さを発揮する。それで付いた異名が『対軍鮮帝』」

「特殊能力……。特異体質ですか。ですがこれは――」

「『魔力屈折化』……。まぁ、それ単体の能力じゃたいしたことないんだけど、これがまた強力なのよねぇ……」

「そんなにすごい能力なんですか?」

「ある意味では、ね。とはいえ、魔術師がいないんだからこれ以上言ったって無駄だわ」

「そう、ですか」

 美汐はこれまでの戦いなどで杏の頭の切れが祐一並であることを理解している。魔術師がいなければ防ぎようがない、と杏が言うのなら確かにそうなのだろう。

 敵に一ノ瀬ことみがいるかどうかはわからない。だがいたとして対処が出来ないのなら注意以外にできることはいまはない。

 それよりも話すべきことがいまはあるのだから。

「ともかく、このタイミングで攻めてくる以上相手もなにかしらの手があるはずです。慎重にいきましょう」

「つったって、敵は来るんだぜ? 慎重もへったくれもないだろ?」

 おざなりな時谷の発言だが、それはある意味で真実だ。敵が来る以上、できる行動は限られてくる。

「……どれだけ上手く迎撃できるか」

「ま、そこがポイントでしょうね」

 舞の呟きに頷く一弥は、そのまま美汐に目を向け、

「それで、なにか良い案はありますか?」

「そうですね……」

 呟き、美汐は台の上に置かれた地図を指差した。スライドする指がなぞるのはノルアーズ山脈であり、

「クラナドがカノンに攻めてくる場合、地理上の問題でノルアーズ山脈を越えてこなくてはいけません」

「ま、わざわざウィゾンまで迂回はしないでしょうねぇ。そうなると通行路はただ一つ」

「杏さんの言うとおりです。クラナド軍が進軍してくるポイントはここしかありません」

 つ、と指が動く先。それは、

「アストラス街道、ね……」

 眉を傾ける留美。美汐ははい、と頷き、

「唯一人の手が加えられている道であり、クラナドからカノンへの最短距離です。そしてここは、ノルアーズ山脈のちょうど谷の部分になっています。

 即ち、必ず左右を山脈に囲まれたポイントを通ります。攻めるならここをおいてほかにありません」

「左右を塞がれる、ということは出入り口が一つしかないということ。

 とすればどれだけ数がいようと戦う人数は限られてきて、つまりは局地的に人数差が無くなる。……それが狙いね?」

「さすがは杏さん。そういうことです。さらに言えば、上手く運べばこちらがイニシアティブを取れます」

 集団対集団の場合、先手を取れる取れないで大きく戦況は異なる。

 勢い付いた側と尻込みする側では、仮に二倍以上の戦力差があろうと覆るだけの意味合いがあるのだ。

 そこをつけばこの戦力で十分に勝てる、と美汐は考えていた。

「異論はありますか?」

 見渡す美汐。だがそれに異論を唱えようという者はいなかった。

「では、ここで会議は終了。十分後には各自装備を整えて整列していてください」 

 美汐含め、ぞろぞろとテントから出て行く面々。だがただ一人、納得できないような表情でそこに居座る者がいた。

 杏だ。

 彼女は難しい顔のまま考え込むように顎に手をやり、

「……はたしてそう上手くいくかしら」

 美汐の作戦は確かに考え得る全ての案の中で一番効率が良いのは事実。

 だが、一番効率の良い案だということは……相手もそれを事前に察知している場合もあるということだ。

 とはいえ、普通はそれを知っていたところでどうすることもできない。アストラス街道を通らなければこちら側に来れないという事実は変わらないからだ。しかし、

「もし、相手にことみがいたなら……」

 なにかをしでかす。そのはずだ。

「……ちっ」

 不安は拭えず、しかし打開策の浮かばない杏は苛立たしそうに頭を掻きながら、腰を浮かべた。

 

 

 

「カノンに頭の切れる参謀がいれば、必ずノルアーズ山脈に横を挟まれた状態で襲ってくるの」

 アストラス街道。国境都市ラドスを出てカノン領へと近付いていくクラナド軍一行のその先頭で、一ノ瀬ことみはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ふむ」

 その隣で頷きを入れるのは坂上智代だ。そうして彼女は、だが、と前置きし、

「そうとわかっていたところでどうしようもないぞ? あそこはどうあっても通らなければいけないポイントだ」

「それはわかってるの。きっとあっちもそう思ってるはず」

「ならば?」

 するとことみはくすり、と。まるで子供が悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべ、

「大丈夫。ちゃんと考えはあるの」

「さすがだな。で、どうするんだ?」

 問えば、ことみは指を三本立てて、

「必要なものは三つ」

 順に指を折っていく。

「演技力」

 一つ、

「タイミング」

 二つ、

「そして」

 三つ。

「根性」

「――はは、そうか。根性か、それは良いな」

 うん、と頷きながら面白そうに笑う智代はそのまま後方に連ねる自分の部下を見て、

「根性なら十分に叩き込んできたつもりだ。だろう?」

「「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」

 ざざ、と足並みが揃う音が平野に響く。一つ一つはたいしたことはなくとも、それが軍ともなれば自ずと音も大きくなるというもの。

 それが頼もしいと思えるものであり、ことみはにこりと微笑んだ。

「なら、問題ないの」

「だな。――作戦を」

 まるで切り取ったかのように表情が変わる。それは戦に赴く戦士の顔であり、

「うん。話すよ。……勝つための作戦を」

 あぁ、と智代は頷く。

 正直この戦い、疑問も疑惑も多々あるが、そんな個人的な意思は意味を成さない。

 自分は軍人であり、仕えるべき国が敵だというのなら、それこそ敵なのだ。

 規律は守られてこその規律である。規律を守ることで平和は訪れ、世界は保たれていくと智代は信じている。だからこそ、言う。

「さぁ、勝ちに行こう」

 

 

 

 深夜。既に世界は静寂に包まれ、動いているのは獰猛な魔物のみという時間帯。

 とはいえ、カノン領では水菜の活躍もあってかほとんど魔物の姿は見当たらない。それこそ周囲は静寂そのものだ。……だが、

 ざっざっざっざっざっ……。

 大地を刻む、足音が聞こえてくる。

 一つや二つではない。その程度で大地を揺らすことなどできぬだろう。

 それは群れ。しかも敵意を持った、戦士の波だ。

 それらがノルアーズ山脈を横断するアストラス街道を前進する。淀みなく、ただ前へと。

 まるでこの後にあるものに気付いていないかのように……。

 そうしてその軍団がノルアーズ山脈を抜け平野に出ようかというそのとき、

「!」

 来た。その波を打ち崩さんとする雪崩が。

「敵襲――!」

 誰かが叫び、武器を構えだす。しかし、それすら遅いと言わんばかりに雪崩は勢いを持って流れ込んでくる。

「各員突撃! このまま包囲して駆逐します!」

 雪崩側の司令官から激が飛ぶ。それに応えるように兵は息巻き、勢いをそのままに波へと突っ込む。

 そこかしこで響きだす剣戟音。踏みしめる足とその鉄の響き、そして裂帛の気合に大地が震える。

 ここに、カノンとクラナドが激突を開始した。

 

 

 

 あとがき

 あい、神無月です。

 ちょっち少なめですかね。でも本来はこれくらいのペースでいきたいところ。

 さて、いよいよ次回から本格的にVSクラナド戦となります。

 杏や、五大剣士の末裔たちの戦い。そしてことみの作戦とは?

 その辺をお楽しみに。

 

 

 

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