神魔戦記 間章 (六十四〜六十五)
「隆之」
カノン王国、王城のある一室。
比較的高い位置にあるその部屋の窓から下を見渡せば、ちょうど会議室が見えることになり、そこには複数の人影が見える。
それは現在同盟会議中のカノン、シャッフル、エターナル・アセリアの面々だ。
それをどこか冷めた表情で見下ろしているのは久瀬隆之。
彼は首から下げた懐中時計に手をやり、蓋を開け時刻を確認する。
――遅い。
そう、遅い。予定ではもう既に『騒ぎ』は起きていて良いはずの時間帯だ。だが、まるでそんな素振りは見えない。
「……」
トラブルがあった、と考えるのが妥当だろう。まさか事前に見つかったということはないはずだが、万が一ということもなくはない。
まぁ、捕まったところで自我の無いあの連中から自分の名が出ることはないので気にすることもないのだが……、
「やぁ、さっきから時間ばかり気にしてどうしたんだい?」
「!」
唐突な声に隆之はその方向へ腰から剣を抜き放った。だが、それは鉄の音を響かせ止められる。
「おっとと、危ないなぁ」
剣は、短剣によって受け止められていた。その短剣の持ち主は男。どこまでも気さくそうな笑顔を浮かべた、人の良さそうな青年だ。
それを見て、隆之が驚きの表情を浮かべる。
「……氷上シュン?」
「や、久しぶりだね。久瀬。……で、剣を降ろしてくれないかな?」
にこやかな言葉。剣を降ろす隆之だが、その視線に疑いの色は消えない。
「何の用だ。お前はいま水瀬秋子の部下だろう?」
「疑われちゃいないよ」
隆之の傍に置かれた箱に腰を下ろすシュンに隆之は眉を傾け、
「本当だろうな? 水瀬秋子は聡い人物だ。もしかしたら気付いているかもしれないぞ」
「いや、ないね。あの人もウォーターサマーじゃ余所者だからね。僕にしか気心許せないせいか、だいぶ僕を信用してるよ」
どうだろうか、とも思うがシュンのそういった点に関しては隆之もその実力を認めている。彼が大丈夫だと言うからには、まぁ大丈夫なのだろう。
それはともかく、
「それで、なにしに来た? 気配完全遮断能力の持ち主とはいえ、発見される危惧がないわけではないのだぞ?」
「なにしに、って君の暴走を止めに来たんじゃないか」
「暴走?」
「そうでしょ。会議室にスピリットをけしかけようとするなんて、なにをしてるのさ」
隆之が眉を跳ねさせる。ただニコニコとしているシュンを睨みつけ、
「……貴様か。私の計画を妨害したのは」
「あのスピリットたちを殺したのは、そりゃ僕だけどね。でも助けたことはあれ妨害したなんてとんでもない」
シュンがこちらをわずかに見上げ、
「スピリットで会議室を強襲させて同盟会議をめちゃくちゃにし、またスピリット主体であるエターナル・アセリアに濡れ衣を着せる……そんなとこ?
そんなの、あの三人の間で通ると思う? 無理だね。彼らはきっとレスティーナの言うことを信じるよ。
そうなれば疑いは別のところに向けられて……君が危うくなるかもしれない」
その表情からいつものアルカイックスマイルが消える。わずかに真剣な色を宿し、
「どうしたの? いつも冷静な君らしくない。まだそんな時じゃないはずだよ?」
「……」
「……なにを、そんなに焦っているの?」
焦っている。確かにそうかもしれない、と隆之は思う。
いつもの自分ならここまでリスクの高い行動は取らないはずだ。ならば、なにかに焦っていたのだろうか。
「……そう、焦っていたのかもしれん」
「それは、なにに? 相沢祐一の成長率? それとも光と闇の複合?」
「いや、違う」
「じゃあ、なに?」
「……わからん。わからんが、強いて言うなら――」
一拍。
「その、存在感か」
「存在感?」
そうだ、と隆之は頷く。
隆之はまだ祐一が小さいときから祐一のことを知っている。
一度は離れたが、決起の際には再び合流することもできた。……まぁ、合流は既に仕組まれたものだったが。
最初はただ、子供に毛の生えた程度の、小さな存在としか思っていなかった。
だが、戦いを重ね、時を重ね、進んでいく度に成長し、その存在感を大きくしていった。
誰もが従うことを疑わないほどの、存在感。誰もが共にいるだけで心強いと思える、存在感。
カリスマ、とも呼べよう。それだけの存在感を宿し、しかしなおその増徴は止まらないのだ。
このまま、もしこのままいま以上の存在感を持って全種族共存を謳うのならば……、
――実現してしまうのではないか。
そんな恐怖が、焦りを生んだのではないだろうか。
「……確かに、予想以上ではあるけどね」
こちらの考えを見抜いたかのようにシュンは頷きを入れる。
「でも、どんなことにだって想定外というのはつきものさ。問題は、それによる誤差をどれだけ上手く修正できるか、だよ」
「ということは、いまはまだこの誤差を修正できる余地がある、と?」
「上はそう考えてるね。僕は……まぁ、あまりキー大陸には詳しくないからわからないけど。
でも、キー大陸の方は上自らやるそうだよ」
「ほう、それはまたどうして」
上……あの面々が自ら動くなど珍しい。彼らが動くだけで世界は脈動するのだ。あまり派手な動きは取れないはず。
「聖杯戦争で煽りすぎたかもね。吸血鬼の連中が妙な動きをしているみたいで、ね。上自ら動くしかないって状況さ」
「吸血鬼?」
「そ、死徒二十七祖。中でも最も厄介な黒き吸血姫の一派がね」
「……確かに、厄介だな」
「だからまぁ、キー大陸の件はあの人に任せて、君は中でとりあえず様子見で良いんじゃないかな?」
シュンの表情が再びいつもの笑みに戻る。それは即ち、この場での案件に心配は無い、ということだ。
隆之は嘆息一つ。そのまま、再び視線を窓へと向けた。
だだ今回は下ではなく、上だ。
「他の大陸はどうなっている?」
「んー、そうだね。まず、リーフ。ここは言うまでもないだろうけど、シズクがいろいろかき回してるよ。戦火も上々。
で、サーカス。いまんとこ膠着状態だけどそれも時間の問題だね。僕の手腕に狂いはないよ。
アザーズ大陸は表立って争ってるのは二国だけだけど、ここも既に手は打ってあるみたい。すぐ他の国も始めると思う。
タイプムーンは聖杯戦争の関係で争いは激化しつつある。良い傾向だね。
問題はアリスだね。ここは既に王国ビックバン・エイジの手中だからね、争いを起こそうにも上手くことを運べるかどうか……」
「なるほど。とりあえずは順調、と言えるか」
目に映る星々。その下では、いまも止まらぬ戦火が広がる。広がっていく。
望みの、戦火が。
良いことだと思う。願いの成就への第一歩なのだから。
だが……、
「……」
首を左右に振る。いま自分らしからぬ考えが頭を過ぎった。
気分転換を。そのために隆之はいつもならしないであろう話を振った。
「お前のいるウォーターサマーはどうだ」
「どうって、なに? 君、あんまり自分のこととそれに関わるもの以外興味ないタイプじゃなかったっけ?」
「焦りついでの気紛れだ」
「ふーん、気紛れ、ね。……まぁ、いいけど」
手に持った短剣を手で弄りながらシュンはとつとつと語る。
「ウォーターサマーは……そうだね、複雑だよ。
基本的には神族を嫌う魔族と人間族の集まりからできた国だけど、いまでも嫌っている連中は半分くらいでしかない。
ウォーターサマーは王国を名乗ってはいるものの、実際の王が飾りでしかないことは、知ってるよね?」
「あぁ」
「実情は四家がウォーターサマーの実権を握ってる。人間族の白河、稲葉。魔族の水瀬、柾木。
その四家でもいまは穏健派の白河と水瀬、過激派の稲葉と柾木に分かれてるからね」
「水瀬が穏健派?」
「先代は違ったけど、新しい代表、現水瀬家当主、水瀬伊月がね、争いごとを避けるんだよ。
まったく、水瀬秋子以上に水瀬の血を濃く受け継ぐ少女がどうして、ってくらいに。まぁ、その分双子の妹の小夜は気性荒いけど」
未だ見ぬ水瀬の末裔を隆之は考える。
水瀬……魔族七大名家の一つ。血筋を考えればおそらくウォーターサマーにある方が本筋だろう。
水瀬は昔から代々好戦的な一族だった。
秋子の血筋はそれでも相沢家の名の下にいたせいか随分と大人しかったが、ウォーターサマーの方はそうではなかったはずだ。
それが現在は穏健派。……なんともおかしな話だ。
「白河が戦いを嫌うのは、まぁわからなくもない。もともとダ・カーポ王家の分家筋だからね。
ま、鬼の一族である柾木に代々特殊属性を生み出す稲葉が過激派に回ってくれたのは僥倖だけど」
「僥倖? どちらもお前の差し金だろう?」
「あはは、ばれた?」
短剣をしまったシュンは、よっ、と口ずさみながら腰を上げる。
「まぁ、とりあえずウォーターサマーはもう半分くらいは戦争ムードだよ。ダ・カーポもね。ほんの少しの火種でその均衡もすぐ崩れる」
「せいぜい上手くやるといい」
「もちろん。僕たちの望みは全世界が戦火に飲まれ、多くの生命が死を迎えることなんだから」
隆之を通り過ぎ、そのまま部屋の出口へと向かうシュン。
が、扉に手をかけたところで足を止め、
「君もあまり目立たない程度に荒らしてよね」
「無論」
ニコリと、最後に今一度微笑んでシュンは部屋を後にした。
残された隆之は、ただ空を見上げている。
ふと視線を下ろし会議室を見やれば、無事同盟が成されたのか、二国の者と握手を交わす祐一の姿が見えた。
「陛下。……あなたの望むような世界は、どうあっても実現はされないのですよ」
ふと呟かれたその言葉は、どこか悲しみに彩られていた。
あとがき
はい、神無月です。
間章、隆之をお届け。彼の思惑全て……というわけでもないですが、わかったでしょうか?w
話の規模も徐々に大きくなってきました。
……なんとなくウォーターサマーの話が取ってつけたような感じですが、ここらで説明しておかないと出番が(汗
この辺の話は『三大陸編』入ってからですが、まぁお楽しみに。