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夢見た光景。望んだ世界。
掴み取ったもの。失ったもの。
そのどちらもが多くあるが、それでも培った現在がある。
子供だった頃、何度も嘆いたあの言葉。
『どうして、ただ違うだけで殺し合うんだよ!』
その違いが恐れを招くのだと気付けなかった、あの頃。
わかっていながら、それでも成し遂げようと思った願望。
いつの間にか沸きあがった想いは、いまこうして具現されて……。
できることなら、と。希望すら込めた望みの世界はいま――、
ゆっくりとではあっても、動き出してはいる。
いまは、小さな平和を携えて……。
神魔戦記 第六十二章
「小さな平和の国」
小さく身体を揺らされる感覚。ともすれば揺りかごのような心地良さは、より眠気を誘うほど。
「起きてください」
だが、届く声はその反対のことを示す。
だったらその腕を止めてくれればまだ動けるのに、とは思うもののやはりその緩やかな動きは止まらずに。
「起きてください、陛下。今日も良い天気ですよ?」
「ん……」
不意に動きが止まった。次いで、掛けられていたものを剥ぎ取られる感覚。
――寒い。
「……寒い」
思わず思っていることが口に出てしまうほどの寒さ。けれど、剥ぎ取った犯人はそれを聞いてもただ笑うだけ。
「朝の鍛錬もあるのでしょう? そろそろ動き出さなくてよろしいのですか?」
「……何時だ」
「五時少し前です」
「……ふぅ」
起き上がる。この寒さに既に眠気などは消えていた。
そうして覚醒した意識の中で、彼――相沢祐一は隣に立つ少女へと声をかけた。
「おはよう、有紀寧」
「はい、おはようございます陛下」
少女――有紀寧は掛け物を畳みながらにこりと、温和な笑みでもって答えた。
「よく眠っていたようですね」
「あぁ。ここ最近は熟睡できて良い。疲れがしっかりと取れている気がする」
数ヶ月前では考えられないことだ。
完全に意識を落とすこと。それはすなわち自らの死を意味すると言っても過言ではない領域で生きていたことが嘘のよう。
いまでは起こされてもすぐに意識を持ち上げられないほどに熟睡してしまっている。
それは、きっと安心からくるものなのだろう。
あの頃は……いつどんな時であろうと気を抜くことなどできなかったから。
「どうされました、陛下?」
「いや、少し昔のことを思い出していた」
そう、昔。それは既に過去のこととなっていた。
あれから……ジャンヌとの激戦からもう二ヶ月程度が経っていた。
いろいろとあった。
祐一が正式に国王となり、有紀寧と観鈴、二人との婚姻によりキー大陸を震撼させた。
また、全種族の共存という目標も高々と掲げ、いまや新生カノンは全世界からいろんな意味で注目される国になっている。
まぁ、それはさておき。
「ところで観鈴は?」
「観鈴さんならまだ眠っていますよ」
そうか、と頷き祐一はベッドから身体を起こした。
やけにフワフワした高級品とわかるベッドも、随分と慣れた。当初は逆に寝にくかったものが、いまでは少し名残惜しい気さえする。
「はい、どうぞ」
有紀寧がスッと服を差し出してくる。それを受け取ると有紀寧は一歩を下がり、
「お茶でもお淹れしましょうか?」
「茶、か」
どうやら最近有紀寧は茶を淹れることや菓子作りに興味があるらしい。
クラナドでは王女ということもありそういった物には手を出させてくれなかったらしく、その反動がいまのこの状況だ。
まぁ、最初こそこれは口に含むものなのかと疑いたくなるような代物ばかりであったが、最近はかなり上手くなってきている。
時々厨房の方で美咲と共にいるのを見かけるので、きっと美咲に習っているのだろう。
良いことだ、と思いつつ、しかし今は断りをいれる。
「飲みたいのは山々だが、少々寝すぎたな。今日はもう鍛錬に行くよ」
「そうですか。少し残念です」
あまり残念そうには見えない笑みを浮かべるが、こういった笑い方は有紀寧の癖だ。本当に残念がっているのかもしれない。
「昼食の後にしばらく時間が空くだろうから、そのときに有紀寧が暇なら淹れてもらうことにしよう」
「はい、わかりました。楽しみにしています」
では、と残し有紀寧が部屋を後にした。
これから恒例の読書だろうか。書物庫ではシオン共々よく見かける。
「まぁ、とりあえずは――」
鍛錬だな、と着替えて中庭の闘技場へ向かった。
カノン王国の朝は寒い。
純粋な魔族ですら少なからず寒いと感じるほどの早朝、闘技場には既に先客がいた。
「ふっ、ふっ、ふっ……」
薄霧の中、黙々と大剣で素振りをする鎧を着込んだ人影。その鎧の肩口には、カノン王国の新紋章が刻み込まれている。
熱心なことだな、と思いつつ祐一はその人物の名を呼んだ。
「留美」
すると留美はもう一度、一際強く剣を振り下ろし、大きく息を整えた。そうしてこちらを振り返り、
「おはようございます、陛下」
「あぁ、おはよう。……だが、とりあえず二人のときくらいは敬語はいいと言っているだろう?」
「ですが……」
「留美」
「……まぁ、祐一がそう言うなら」
留美の肩の力が抜けたのがわかる。最近は随分と堂に入っていたが、やはり敬語を使うときは少し肩を張ってしまうものらしい。
「精が出るな」
「そりゃあね。これでも騎士団の副長なわけだし」
祐一が王になってから、カノン王国軍は大きな人事変更が行われた。
美坂香里を総隊長に置き、近衛騎士団長を川澄舞、副団長を藤林杏。通常の騎士団の団長を倉田一弥、副長を七瀬留美としている。
その他新しく遊撃部隊も編成したが……そこはここでは割愛しよう。
とにかく、念願の騎士という肩書きを背負った留美はこうして日々修行に明け暮れている。
敬語も香里が、
『騎士たるもの、目上の者に対してはいっかりとした態度で接しなければいけないわ』
という言葉と共に(地獄のような)教育のもと、留美もなんとかここまでできるようなったという過去があるが、その辺りの事を聞くとなぜか怒るので祐一は聞かないようにしている。
「で、調子はどうなんだ?」
「身体の方は好調だけど、精神的にはちょっとブルーね」
「ほう。またどうして」
あー、と留美は少し悔しそうに頭を掻きながら、
「……まぁ、ここにいるメンバーは皆強いなぁ、と改めて認識したことが、ね。
ほら、ここ最近は平和で時間もあるからいろんな連中に手合わせをしてもらってるんだけど……。どうにも勝てないのよねぇ。
最近じゃ一弥には勝ち越しだけど、この前亜衣に負けたのは悔しかったわ」
「へぇ、亜衣がお前に勝ったのか」
「あたしも他の連中も成長してるけどね、あの子の成長スピードは半端じゃないわよ?
それにあゆも着実に力を付け始めてる。こっちにももしかしたらいずれ負けるかもしれないわ」
闘技場から降りた留美は地に剣を突き刺し、舞台に腰を下ろしながらさばさばと答える。
それを見て祐一はふと思う。
「変わったな、お前は」
「そう?」
「前なら、たとえ訓練であろうと負けたらもっとピリピリしてただろう? でもいまはそれがない」
「まぁ、悔しいことに変わりはないんだけどね。こうも自分の弱さに気付かされるとなんつーか、イライラもしてこないというか……。
だからいまは自分を磨くだけよ。そうして強くなる。それだけ。
……で、祐一もこれから鍛錬なんでしょう? 良かったらあたしと手合わせしてくれない?」
「俺とか?」
「祐一最近忙しかったから、全然手合わせしてないじゃない? だから良い機会かな、なんて」
言いつつ留美は大剣を抜き放ち、祐一の顔に切っ先を向ける。
「どう?」
特に断る理由もない。それに久々に留美の強さを確認したくなった祐一は頷き、
「良いだろう。相手になってやる」
「そうこなくっちゃ」
二人して闘技場へと上がっていく。中央で大剣を構える留美に対し、祐一もまた剣を抜いた。
しばしの沈黙。そうして二人が地を蹴ろうと――、
「あははー、すいません。ちょっと良いですかぁ?」
した瞬間に間延びした声が空間に響いた。
思わずたたらを踏んだ祐一が声の方へ振り向けば、
「佐祐理か。それに舞も」
「あははー、おはようございます陛下」
「……おはよう、祐一」
魔術師団長の倉田佐祐理、そして近衛騎士団長の川澄舞がそこにはいた。
「これからお手合わせだったでしょうか? でもすいません。陛下に伝言がありましてー」
「伝言? 誰が」
「はい、シオンさんです。先ほど廊下でお会いして、『例の件は受ける』と言ってくれればわかる、と言っていました」
ふむ、と祐一は頷く。
例の件……とはあの件のことだろう。とすると、やはり思ったほどの成果はここでは出なかったということだろうか。
なににしろ、少し話をしておく必要がありそうだ。
「すまんな、留美。少し用事が出来た。手合わせはまた今度にしよう」
「えー。久々だから結構燃えてたんだけどなぁ、あたし」
「はは、すまん。そうだな……舞、代わりに留美と手合わせしてやってくれないか」
「え!? ちょ――」
「わかった」
「あははー、それじゃあ佐祐理は観客ですねー」
祐一と交代して舞が舞台へと上がる。そうして剣を抜く舞を後ろに見ながら、
「それじゃあ、頑張れよ」
「ちょ、ちょっと待って祐一! あたしまだ舞に勝てたことなんて一度も――」
「では合図しますね。始めー」
「ちょ、佐祐理!?」
「留美。よそ見している余裕はない」
「……あぁ、もう!」
ガキィン、と鉄同士が激突する甲高い音が連続的に響き渡る。
それを聞きながら、思わず微笑が漏れる。そして祐一は闘技場を後にした。
シオンのいそうな場所は何処だろうか、と考えると祐一としては思いつく場所は一つしかない。
故に足はここに向いていた。
書物庫。
一国の書物庫ともなれば、質の高さは窺い知れるもの。祐一ですら目を見張るものも数点は保管されている場所だ。
その古めかしい扉を開けて中に足を踏み入れれば、書物独特の臭いが鼻を突く。
それほど広い部屋ではない。およそ一人の個室と同程度かやや大きいくらいだろうか。
その奥寄り。段をそのまま椅子代わりにして座りながら本を読んでいる一人の少女を発見した。
「やはりここか、シオン」
「? あぁ、祐一ですか。どうしたのです?」
片手で持っていた本からこちらに視線を向けるのはシオン。その拍子に髪房が揺れるのを視界に入れながら、
「いま佐祐理から伝言を聞いたんだ。だからその話をしにきた」
「そうですか。では――」
そこで言葉を切り、シオンは持っていた本を棚へと戻した。
「別に読みながらでも構わないぞ? 分割思考を持つお前なら本を読みながら人の話を聞くことなど造作もないだろう?」
「それはそうですが、それは人の話を聞く態度ではありません。
ただ聞かされるだけの無益な話ならいざ知らず、この話は私にとっても大きく関係のある話だ。なら、態度は正さねばならないでしょう」
なるほどシオンらしい。
そう納得して、祐一も手近な台を引き寄せて椅子代わりとし座った。
そして話を始める。
「しかし、やはりあの話を受けたということはここに有力な情報はなかったのか」
「無い、と言えば無いですね。が、完全に無駄だったというわけでもありません」
「というと?」
「えぇ、仮定でしかなかった前提を確固たるものとしてくれた書物はありました。これで一歩前進です」
「なるほど。つまり――」
シオンは頷き、
「はい。……吸血鬼化を治した、というよりも治った、ということが書かれた書物を発見しました。
さすがに方法までは書いていませんでしたが、希望は広がった。これは私にとって大きな一歩です」
表情は相変わらずであるが、それでも嬉しそうである、ということくらいがわかる程度には祐一もシオンを理解していた。
そもそもシオンが祐一に手を貸している理由は吸血鬼化の治療法を見つけ出すための情報が手に入るかもしれない、ということがあったからだ。
だからシオンはこの二ヶ月祐一の部下として治安維持を勤めながら、暇さえあればこうして書物を読み漁っていたのだ。
そうして地下迷宮、カノンの王城にある書物をほぼ読破した結果、シオンの手に入れた有力な情報はそれだけであった。
その事実に、祐一は少なからず罪悪感を覚える。
「すまんな。大した力になれなくて」
するとシオンは珍しく驚いた表情をし、ついで微笑んで、
「貴方が謝る必要は無い、祐一。もともとあるかどうかもわからない情報を報酬にしたのは私。これだけでも私にはここに来た甲斐があった。
それに、こうして祐一の下にいるからこそ、私はこれからも情報を手に入れることができる。
だから祐一。私はむしろ感謝しているのですよ」
「そうか。そう言ってくれると助かる」
ふ、と笑いながらシオンが立ち上がる。新しいカノン王国の紋章が刻まれた白い上着を翻しながら、
「では、私は予算や税の計算をしてきます。しばらく離れるとなれば、いつも以上に緻密に計算しておきましょう。
なんなら未来予測も入れておきましょうか?」
「頼む。しかし、そうか。お前がいなくなると経済関連の計算をどうするかが問題になるな……」
「えぇ、私の存在の重要さを噛み締めてください」
最後にそんな冗談を交えつつ、シオンは書物庫を後にした。その背中を笑みのまま見送りながら、
「さて。鍛錬もうやむやになってしまったな。……昼までここで本でも読んでいるか」
そうしよう、と祐一は手近な棚から一冊を取り出し、読書に没頭した。
思った以上に読書に時間を掛けてしまった。
既に時刻は昼食の時間。あまり遅れると美咲に悲しい顔をされるのでいまやわずかに早足だ。
書物庫から食堂までは真反対。ホールを挟んだ位置にある。
……有紀寧や観鈴が言うにはどうやら本来一国の王が食堂で食事は取らないようだが、祐一は気にしていない。
むしろ地下迷宮のときのように皆で食事を取ることを尊重している。
なので一人の遅刻は皆の食事を遅らせる結果となる。なので、急がねば。
「あ、祐一だ。やっほー!」
ホールを横断しようとした瞬間、祐一の名を呼ぶ声。振り向けば、その中央に仕事帰りと思われるさくらの姿があった。
「さくらか。……そうか、今日は半日授業だったな。調子はどうだ?」
「うん。まぁ、良いと思うよ。徐々に生徒の数も増えてきてるし、マリーシアちゃんも友達でき始めてるし」
それはなによりだ、と祐一も思う。
さくらは現在祐一が建てた学園にて魔術の講師をしている。本人も人になにかを教えるのが好きらしく、かなり生き生きしとした表情だ。
「それに、結構才能のありそうな子たちもいるんだよぉ。もう、その子たちがみるみる力を付けていくのが見てて楽しくてー」
本当に楽しそうに笑う。
最近のさくらは教師業が終わったら魔術師として研究や魔術の向上に燃えている。
芳野の家で圧迫されていた分を取り返すと言わんばかりに毎日毎日動き回っている。それでも当人は楽しそうなので、それで良いのだろう。
「でね、その才能のある子が――」
ぎゅるるるる~。
「「……」」
不意に鳴る小さな音。それに対しさくらは少し恥ずかしそうに頬を掻きながら、
「あ、あはは。祐一がここにいるってことはお昼ご飯はまだだよね?」
「あぁ」
「うにゃー、お腹減ったー。それじゃあ、ボクは着替えてくるね~」
「あぁ、わかった。……そういえばリリスたちは?」
「そろそろ帰ってくると思うよ――って、ほら来た」
さくらの指差す先、城門の方角から並んだ三人の少女が見えてきた。仲が良さそうに話を交わす三人はそれぞれにカノン学園の制服を着込んでいて、
「あ……パパ」
その中央にいたリリスがこちらに気付きすぐさま近寄ってきた。そうして腰の辺りに当たり前のように抱きつき、
「ただいま、パパ」
「あぁ、お帰りリリス。亜衣とマリーシアもお帰り」
リリスを追いかけるように早足でやって来た二人。亜衣は元気な、マリーシアはどこか恥ずかしげにそれぞれ笑みを浮かべながら挨拶を返す。
「ただいまです、祐一さん」
「あ……、た、ただいま……です……」
亜衣はこの二ヶ月で随分と元気を取り戻した。いまではあの弱々しく儚い表情が嘘のようだ。
マリーシアはわずかに会話に落ち着きが見えないものの、人と接する恐れというのは大分和らいだように見受けられる。
また、あやふやだった芯もしっかりとし始めており、最近はおどおどしなくなってきている。
「パパはこれからご飯?」
「あぁ」
「じゃあ、リリスもご飯」
リリスは随分と表情を作るようになった。いまだ他の者ほど豊かではないが、笑ったり怒ったりすることが多くなるのを見ていると、嬉しくなってくる。
また、祐一以外にも心を開き始めているのは大きい。特に栞と佐祐理を随分と慕っている。亜衣やマリーシアとも随分と仲良くなった。
どれも良いことだ、と思いつつ祐一はリリスの頭を撫でる。くすぐったそうに、けれど微笑を浮かべるリリスの視線に祐一は合わせ、
「リリス。昼食の前にまず着替えてこなくちゃ駄目だ。制服が汚れたら困るだろう?」
「……うん、困る」
言い聞かせれば、リリスはパッと祐一から離れ、亜衣たちのもとへと戻っていく。
「それじゃ、祐一さん。また後で」
合流した亜衣たちはそうして仲良く自分たちの部屋へと駆けていった。
「さて……」
さっさと食堂へと向かうことにしよう。他の連中もきっと待っているだろうから。
午後になった。
すると城内が徐々に騒がしくなり始める。
兵たちが清掃道具やらなにやらを手にあっちに行ったりこっちに行ったりとてんやわんやだ。
無理もない。既に例の件は明日にまで迫っているのだから。
「しかし、皆が掃除をしているのにこうしてただ見ているだけというのも気が引けるな」
「ご主人様は陛下なんです。もっと王らしく振舞われてもよろしいのではないでしょうか。……とは言いつつも、そういう方がご主人様らしいとは思いますが」
クスリ、と笑ったのは後ろをついてくる美咲だ。
彼女は昔と同様祐一付きの従者だ。そしてこの城に仕えている多くの従者の侍従長も勤めている。
あまり他者を引っ張るようなタイプではないが、それはそれで美咲も楽しんでいるようだ。時折部下のぐちをこぼしていたりもする。
やはり少し変わったと思われる美咲を肩越しに見つつ、祐一は廊下を行く。
「さて、美咲。報告を頼む」
「はい。王都の方ですが、随分と景気が良くなってきたとシオンさんから連絡を受けております」
「ふむ。減税は功を奏したか。続けてくれ」
「御意。また、貿易はシャッフル、エターナル・アセリアから連絡通り届いています。また、少量ですがワンからも回ってきています」
全種族の共存を謳えば、もちろんそれに反論する国は多い。特にエアやクラナドは交易を完全にストップしている。
まぁ、それは仕方ない。むしろこの状況でも貿易を続けてくれる三国に感謝すべきだろう。
「次に作物の実りですが、随分と好調のようです。先日、農家の方々がお礼にいらっしゃってました」
「そうなのか?」
「はい。ご主人様は丁度図書空洞の方に赴かれていたのですれ違いでしたが」
以前作物の不作を訴えてきた農家に、知恵を貸した事があった。
土壌を魔術的に改良し、持続する微弱結界を張る法具の使用によって天候や気候をわずかではあるがコントロールできるようにしたのだ。
他国との貿易があまり当てに出来ない以上、自国での食物生産は最優先事項だ。祐一、さくら、シオンで各所を回ったのは記憶に新しい。
「また、ここ数日における魔物による被害報告はゼロ、盗賊による被害報告は一件ですが、これは既に遊撃が対処に当たったようです」
魔物の被害がゼロなのは、十中八九水菜の影響だろう。
水菜の使い魔取得のため、ここ最近は鈴菜やあゆと共に街の周辺をぐるぐる回っていた。おそらくそのために魔物の数が減ったのだろう。
そして盗賊。国が一度崩壊し再建されている最中ならば盗賊にとってこれほど美味しい獲物はないだろう。いままで何十件もの盗賊被害は届いている。
が、それら全て美汐率いる遊撃部隊が迎撃していた。
遊撃部隊。
有事に対し即座に行動できるように、と祐一が作り上げた少数精鋭部隊。
天野美汐を隊長に据え、羽山浩一、水瀬名雪、沢渡真琴、斉藤時谷、緋皇宮神耶の六人で構成されている。
今回の盗賊がどれほどのものか知らないが、あのメンバーに勝てる連中などそうはいないだろう。
「わかった。他には?」
「城の老朽化が目立つ、と何人かの兵から連絡を受けていますが、そちらに回せる資金はないとシオンさんが。
また、今週は志願兵が二十三名来ており、その半数以上が辞めていった元カノン軍兵士でした。香里様のもと、騎士団に組み込まれることが決まったようです。
その他些細な報告は後日書類に纏めて提出します」
「あぁ、わかった」
ここ最近、祐一が王になったときに辞めていった兵士が戻ってくるというケースが多い。
どういう心境の変化か。……それが徐々にこの国を受け入れてくれている結果だと信じたい。
国民は、徐々にではあるが共存の世界に順応しつつあるように祐一は感じている。
ときどき街へ出るが、以前ほどの負の視線を感じなくなってきたのだ。これも美汐たち遊撃、栞や香里、佐祐理といった元カノンの面々の活躍も大きいだろう。
とはいえ、もちろん完全に消えたわけではない。暴動だってときどきであるが、起こる。それも仕方ないことだろう。
だが、全てを理解していながらも目標にした全種族共存の道だ。そんな国になれるよう、いまはただ最善を尽くすまでだ。
「あの、ご主人様……」
「ん?」
「えっと……」
すぐに答えが来ないことを怪訝に思い、振り返る。美咲はわずかに顔を伏せていた。
「どうした?」
「いえ……」
美咲は一瞬逡巡しつつも、口を開く。
「……いま、私たちは平和の中にいますが、きっとこれがそう長く続かないことは誰もが理解していると思うんです。
ご主人様。……エアとクラナド、いつまでこうしていてくれるでしょうか?」
「――」
思わず無言になってしまう。
カノンを落とし、ホーリーフレイムを半壊させたあのとき、エアとクラナドはここへすぐさま派兵しようとしていた。
だが、その出鼻を挫く形で有紀寧、観鈴の両王女との結婚を表明。二国は簡単にこちらに手出しが出来なくなった。
それから二ヶ月。
この平和は、言うなれば針の上にそっと置かれた風船のようなものだ。ほんの少しでもバランスが崩れれば、それはあっという間に破裂する。
そんな危うい、すれすれの状況がいまのこの結果だ。だから、
「わからないな。正直、いつ壊れてもおかしくない」
もしかしたら明日、あるいは明後日……それとも一ヵ月後か。まず一年後はありえないだろうが。
「そうですよね……。でも、いよいよ明日と迫った状況まで続いたのは、僥倖でしたね」
「確かにな。それ以前に戦いになっていれば正直あまりよろしくなかった」
明日、秘密裏に行われる一つの会議。
カノンのこれからを決めると言っても過言ではないだろう会議だ。ここまでこの平穏が続いたのは美咲の言う通り確かに幸運なことだろう。
だが、運も実力のうちという言葉もある。なら、これまた必然的なことなのだろうと祐一は思う。
「まぁ、エアやクラナドとの戦いもいずれは避けて通れない道だ。そのためにいま、俺たちは動いている。そうだろう?」
「そう、ですね。……はい」
美咲の表情に強さが戻る。
その瞳はもうれっきとした戦士の眼差しだ。
随分と強くなった、と思う。肉体的な面だけでなく、むしろ精神面で。
そんな美咲が、頼もしい。
いや、美咲だけじゃない。祐一に力を貸してくれる全ての者たちが。
……だから、だからこそ、
「明日の会議は絶対に成功させないとな」
その皆の未来を左右する会議。失敗は許されない。
明日は――、
シャッフル王国、王国エターナル・アセリア、そしてここカノン王国、三国の……同盟会議なのだから。
あとがき
はい、神無月です。
神魔戦記第二幕『キー大陸編』いよいよ本格的スタートです。
まぁ、最初と言うこともあり若干長めのスタートとなりましたが、たまには良いかと。
では、これからもお楽しみに。