神魔戦記 番外章

                  「桜の国の実情」

 

 

 

 

 

 チェリーブロッサム王国。

 アザーズ大陸南部に位置する国であり、比較的温かな気候を維持する温暖の国。

 そのため野菜などの食物が育ちやすく、他国との貿易を一切行わず自給している国である。

 人口がさほど多くない、というのも自給率安定に一役買っているのは確かだが、それより農民の数が圧倒的に多いのが最大の原因だろう。

 チェリーブロッサム国王の谷河浩暉は何よりもまず農地を優先し、農民のみ納税を大幅カットすることでその数を増やした。

 チェリーブロッサムが数年前より幾度もエターナル・アセリアと戦いを繰り返しながらも息切れしないのはこのためである。

 その他チェリーブロッサムは採掘資源が豊富なので次点で多いのが発掘職。こちらも農民ほどではないが納税をカットし人員を増やしている。

 まず第一に食料の確保。そして豊富な採掘資源による武器兵器の作製・開発。そして同盟国への輸出による資金獲得。

 こうしてチェリーブロッサムは国家としての基盤を確たるものとしている。

 これらを一代で成し遂げたのだから、そういう意味では谷河浩暉は素晴らしき王であるだろう。少なくとも内政の能力は高い。

 だが、谷河浩暉は民に好かれてはいない。むしろ憎悪の対象である場合がほとんどだろう。

 それはもちろん国民の一人一人に仕込まれた呪具が原因である。

 命令に逆らえば破裂する。

 そう仕込まれた呪具は王の一言で爆発、内部から木っ端微塵にするという代物である。

 数人の例外はいるものの、それは国民が生まれた段階で植えつけられる。以後それを取り出すことも難しい。

 霊的医術に長けた者か、あるいは呪具の効力を停止出来る者がいなければ摘出や解除は無理だろう。

 故に国民は王に頭が上がらない。王の命令であればそれがどのようなものであれ従わなければならない。命が惜しくば、だが。

 いわゆる恐慌政治。そうしてチェリーブロッサムは今日までを過ごしてきた。

 ……表向きは。

「……そろそろ頃合だろうなぁ〜」

 口元で煙草をふかし、男は城の窓から外を眺めている。

 ボサボサの金髪といまにもずり落ちそうな眼鏡をかけた軽そうな男。だがこの男こそチェリーブロッサムの国主谷河浩暉その人である。

 窓枠に腰を下ろし片足を窓の外に投げている様は危なっかしいにも関わらず妙にこの人物にマッチした光景だった。

「おい浩暉。そんな座り方をしていたら落ちるぞ」

「弥太郎か」

 ノックもせずに室内に入ってきたのは浅間弥太郎。逞しい筋肉で覆われた体つきはまさしく武将のそれだが、こう見えて彼は浩暉の側近である。

 浩暉の右腕とも呼ばれている人物だが、こちらは国民だろうと王家縁の人間であろうと分け隔てなく優しく厳しく、そして浩暉にタメ口を使える唯一の人間でもある。

 そういう意味で民からは逆に信頼が厚い。その分どうしてこの二人がこれほど仲が良いのか理解できないとしている者も多い。

「何の用だ?」

「伝令があった。桜井たちはエターナル・アセリアの迎撃部隊と国境上で接触したらしい」

「そうか。……これであの国とやりあうのは何度目だったか」

「俺も詳しい数は把握してないが、少なくとも三桁は越えているな」

「もうそんなになるか。……ったく、やれやれだぜまったく」

 溜め息を吐く。口からこぼれた白煙が窓の向こうへと漂うのを見ながら、浩暉は笑った。

「だがまぁ、それも今回でしばらく終わりだろうがな」

「? どういうことだ?」

「エターナル・アセリアに呪術を仕掛ける。数刻もすりゃあっちの王都は流行り病でパニックになるだろうよ」

「一つの街全てに呪術を仕掛ける!? 浩暉、そんな数の呪術師をどうやって……!?」

「いいや、何人も揃えたわけじゃねぇ。ちょっくらスノウから人員を一人派遣してもらっただけだ」

「なんだと……!?」

 弥太郎が驚くのも無理はない。

 呪術師とは、魔術師はおろか結界師よりも少ない術師の系統である。

 直接的な攻撃も防御も持たぬ代わりに、莫大な時間と魔力を用いて特定の相手、あるいは地域に病を発症させたり能力を低下させるという術を扱う。

 だがその速効性のなさや、対魔力の高い者には素で無効化されるなどということもあり戦力として見られず廃れていった術師たちである。

 無論数さえ集めれば一つの街に呪術を仕掛けることも可能だが、平均的な魔力の持ち主であったなら数百人単位で集めなくては意味がない。

 それほどの呪術を一人で成し遂げるなど、正気の沙汰ではない。一体どれだけの魔力の持ち主なのか、考えるだけでも恐ろしい。

 それに、

「そもそも神族に呪術なんて扱えるのか? あれは法術から派生した神破りの法なんかもあるんだろう? 相性最悪じゃないのか」

「ああ。神族にゃ使えねぇだろうな〜。つか借りたの人間族だし」

「人間……? あの神族至上主義国家の軍に人間族がいたのか?」

「スノウ国王直属部隊『トライアングル』。魔族と人間族と堕天者、否神族三者により構成された最強……いや、最凶部隊。

 その存在を知ってるのはスノウ国王本人と、同盟を組んでる国王二人。つまり俺とキャンバスの国王だけだ。お前が知らないのも無理はねーよ」

「『トライアングル』……か」

「ま、んなことはいまはどうでも良い。呪術に関しちゃ『コンケスト』に任せとけばなんとかなる。それより弥太郎には頼みがあんだよ」

「頼み?」

 返事をする代わりに浩暉は窓から降りると、面倒くさそうな足取りで机に戻り、その上に置いてあった書類を投げつけた。

 それを受け取った弥太郎は怪訝な表情を浮かべながらそれを見て……眉を顰めた。

「……おい、なんだこれは?」

「何って、見りゃわかんだろ。祭り(、、)の準備だ」

 ククッ、と喉を鳴らして笑う浩暉を一瞥し、弥太郎は再度書類に目を落とす。

「この大事なときにこんなことをして良いのか? エターナル・アセリアが流行病にかかるのなら、その間に攻め込むのが良いんじゃないか?」

「馬鹿か。んなことしてエターナル・アセリアに潰れられたら困るんだよこっちは」

「なに?」

「この戦は長引かせなくちゃ意味がねぇんだとさ。まぁ理由は知らねぇけどアレ(、、)を貰った以上はしばらく言うことは聞いておかねぇとな」

「……あいつか」

「あぁ、あいつさ」

「……俺はどうにもあいつを信用できん」

 弥太郎は苦虫を潰したような表情で吐き捨てる。だがそれに浩暉はあっさりと返した。

「そりゃそうだろうよ。あいつを信用できるような人間がいるんなら俺ぁそいつの神経……いや、脳を疑うね」

「まるでお前も信用してないような口振りだな」

「当たりめぇだろタコ。俺があんな人外を信じるわけあるか。ありゃただ単に利用させてもらってるだけだよ。まぁそりゃあっちも同じだろうけどな。

 だからしばらくは付き合ってやったのさ。見限られてアレを奪還されたりでもしたら少しばかり困るからな。……だがそれもそろそろおしまいだ」

「それが……これか?」

「おう」

 弥太郎は自分の持つ書類に大々的に記されているタイトルを胡散臭そうに読み上げた。

「チェリーブロッサム格闘大会……。俺には普通に祭りにしか見えないんだがな」

「だーからテメェは脳みそまで筋肉とか桜井に言われんだよ。その節穴の目をかっぽじってよく読みやがれ」

 むっ、とこめかみを引きつらせる弥太郎だが、渋々書類の内容をじっくりと読み進めてみる。

 そうすると、この格闘大会というものの異常性がようやく見えてきた。

「おい、外国からの参加者も人間族のみ認める……って正気か!? 他国の諜報員やスパイに絶好のチャンスを与えるのと同義だぞ!?」

「当たり前だ。誘ってんだから来てもらわねぇと困る」

 浩暉はすぱー、と煙を吐き、

「良いか? 今後の方針でまず真っ先に把握しなくちゃいけねーのは敵味方の識別だ。表でどう言ったところで裏何考えてるかわかんねぇからな。

 まぁそれはそれで利用のしがいもあるってもんだが、ともあれそういうのを見つけるためにわざと大々的にやるんだよ。

 こんな美味しい名目ありゃのこのこ釣れんだろ。もちろん出来る限り隠れて入ってくるとは思うが、んなもんはどうとでも看破のしようもあるしなぁ」

「わざと入り口を作ることで敢えて敵の侵入ルートを限定させるということか。……相変わらずこういうずる賢い手口は上手いな」

「ま、それだけじゃねぇけどな。実際の祭りと同じく国民のストレス発散の意味合いも兼ねてはいる。

 いくら呪具で縛ってるとはいえ全部同時に起動できるわけでもねぇ。一斉に反旗でも翻されたらそれはそれで面倒なことになる。

 だからこの大会にはその辺踏まえていろいろ趣向は凝らしてある」

「……国内参加者が優勝した場合は体内から呪具の抽出。つまり自由の権利。そして観客は賭博を容認することで遊戯としての一面を上げる、か」

「そして外国参加者が優勝した場合の賞品は……コイツだ」

 ピン、と浩暉が指で弾いた何かが宙を舞う。

 小さな石にもボタンにも見えるそれを浩暉はキャッチし、指の間に挟んで見せた。

「それは……!? お前さっき奪還されたら困るって!?」

「だーから餌だよ餌。これに釣られてホイホイやってくるやつらも一網打尽にすんだよ。ま、これの情報知ってる時点で普通の人間じゃないだろうが」

 光に反射し、煌く何か。その名は、

「封印の宝珠。王国ビックバンエイジじゃ学聖ボタンとか呼んでるんだったか。まぁ確かにボタンに見えないこともないが」

 まぁそれに、と浩暉は呟き、

「そろそろあの女にも表舞台に出てもらわないと困るしよぉ」

「あの女……?」

「こいつを欲しがってる魔族七大名家最強のあの女だよ」

 ニヤリと口元を歪めて、

「君影百合奈……。あいつさえ手中に収めることが出来れば、あるいは……」

 ずっと昔から腐れ縁のように共にいる弥太郎でさえ、浩暉がどれだけのことを考えているかは想像すら出来ない。

 チェリーブロッサム国王谷河浩暉は常に十手先を考えているような男なのだ。

 だから弥太郎は気付かない。

 浩暉がこれら計略の末に見据えているはるか遠い先のことを。

 

 

 

 エターナル・アセリアとチェリーブロッサムの国境線上は度重なる激突の結果、荒野と成り果てていた。

 元々荒れた大地ではあったが、死臭とでも言おうか。ここで朽ちていった数千という人とスピリットの残滓が立ち込めている……そのようにさえ感じられる。 

 そしてまた、何度目ともわからぬ戦闘を目前とし、両国の部隊が国境線上で睨み合っていた。

「ホント、あんたらもつくづく強情だよなぁ。こんな疲弊戦を繰りかえしたってどっちの国のためにもならないって気付かないもんかね」

 ボリボリと頭を掻きながらだるそうに呟くのはエターナル・アセリアの迎撃部隊の指揮官である碧光陰。

 率いる兵の数はスピリットが三千に人間兵が千の計四千。陣形は横陣。

 布陣は光陰と数名のスピリットを先頭に、ブルースピリット、ブラックスピリットが第一列、人間歩兵とグリーンスピリットが第二列、人間魔術兵とレッドスピリットが第三列の三列構成。

 対するチェリーブロッサム軍の指揮官は毎度お馴染みの桜井舞人。白亜の鎧と無骨なフォルムの剣を持つ姿を見間違えるはずもない。

 だが……いつもは後方にいて総指揮と魔術を繰り出すはずの舞人が今日に限って何故か先頭に出ていた。

 しかも陣形がいままでにない妙な陣形になっている。

 偃月陣形に似てなくもないが、前方左右の部隊がやけに厚い。まるで後方の部隊を守護するような位置取りだ。

 ――こいつは何かあるな。

 油断なくそう考える光陰に、敵の指揮官である舞人が高らかに告げた。

「強情。強情かー。男ってのは多少強情なくらいがモテるらしいが、その辺どう思うよぅ?」

「あんたには似合わない言葉だとは思うぜ」

「なんですとぅ!? ここにいるのを誰だと思ってやがりますか!」

 ビッ! と自らを指差し、

「万夫不当のナイスガイ! チェリーブロッサムの大英雄と女子供からどっかんどっかん拍手喝采満員御礼のミスター桜井舞人だぜ!」

「や、さくっち。それはないから」

「ええい八重樫は黙らっしゃい!」

 隣の少女……副官八重樫つばさが半目で舞人を見ているが、舞人は無視してその剣先を光陰に向ける。

「ともかく、だ。……光陰。あんたみたいなデラックスロリコン野郎との因縁もここで終わりにしたいんだわ。なもんで一発派手に散ってくれないか?

 なんなら、あれだぞ。たまやーと言ってやるのもやぶさかではないが?」

「生憎だがその提案は受け入れられないな〜。俺は花火になりたくない。花火は女を両手に囲ってきゃーきゃー言いながら見る代物ってもんさ」

「うむ。そこは激しく同意したくもなくもないがスーパーダンディ桜井舞人は花火を見るのではなく上げる役を担うのさ。他のやつらを喜ばすためにな」

「忘れんぼが花火職人になれると思ってるのか?」

「ぷじゃけるなよ。記憶と知識は別もの。風流の申し子と言えば桜井舞人とご近所でも評判のこの俺が、花火玉の一発も作れないと思ってか」

「だったら作って見せてくれよ。見物料はそのスカポンタンな頭と命で良いか?」

「等価交換にもなりませんねこの坊主めが。この俺の命と交換をしたいのであれば世界を用意せい世界を」

「大きく出るねぇ〜」

「当たり前だ。俺様を誰と心得る」

「とりあえず問答することが無意味だってことくらいは心得てるつもりだが?」

「その台詞は熨斗と脱糞をつけてお返ししよう」

「きたねーっつーの!」

 とても戦前の大将同士の会話とは思えない。どこぞの酒場ででも聞こえてきそうな低レベルな罵り合いにも聞こえてくる。

 だが……両陣営ともこの二人がいつもこの調子なことはわかっているし、そしていつもと微妙に違うことも察していた。

 むしろ違うのは舞人。そしてそれに気付きいつもと変えているのが光陰、と言ったところだろうか。

「ま、御託はこの辺にしておこうぜ」

「この桜井舞人の口上を御託と切って捨てることには反論したいが……まぁ時間ないし良いか。この怒りは戦でつけてやる」

 光陰が永遠神剣『第五位・因果』を肩に持ち上げる。

 舞人が永遠神剣『第四位・忘却』を両手で正眼に構えた。

 そして、

「「さて。大きな花火を打ち上げようか?」」

 戦闘開始を告げる言葉が、重なった。

 光陰と舞人が地を蹴ると同時、両国の部隊が一気に突っ込んでいく。

「くらいやがれロリコン!」

「俺はロリコンじゃないって言ってるだろう、このイカレアッパー!」

 先頭で光陰と舞人の剣が激突する。それを皮切りに周囲でもまた衝突が開始された。

 エターナル・アセリアの第一列、ブルースピリットとブラックスピリットの陣営が翼のハイロゥを展開し見る間に敵隊列に食い込んでいく。

 空を飛べる上に速度で勝る二種のスピリットは人間兵相手に圧倒的な強さを見せる。しかし、チェリーブロッサムとてそんなことは百も承知。

「弓兵隊、一番、三番、五番、七番一斉射! 二番、四番、六番、八番波状正射! 魔術部隊、一番から六番まで空中迎撃!」

 副指揮のつばさの号令一下、凄まじい矢と魔術の雨が突出したスピリット部隊の頭を撃ち落していく。

「弓兵隊一から八番転進! 続いて九番から十六番前進にて同攻撃開始! 魔術部隊は迎撃しつつ中央に集束せよ!」

 つばさの指揮でチェリーブロッサムの部隊が動く。再び陣形が奇妙な形となるが、その意図が読めない以上注意するしかない。

「グリーンスピリット隊、敵部隊の弓と魔術を出来る限りブロック! レッドスピリット隊は敵部隊中央に集中攻撃! 相手の動きをかく乱せよ!」

 対するチェリーブロッサムはブルースピリット最強のセリアが指示を出す。光陰の補佐である彼女は指揮官としての適正も徐々に上がっていた。

「中央に攻撃を集めてきたか……ま、予想通りよね。こだま先輩!」

「うん。任せてやえちゃん!」

 中央に寄った魔術部隊のやや後方、そこに里見こだまがいる。彼女はチェリーブロッサム軍の中でも飛びぬけて優秀な魔術師であり、

「『静寂の水流壁(フェネティリア・ハイウォール)』!」

 大陸でも随一の水属性魔術師である。

 大波のように出現した水の壁によってレッドスピリットたちの神剣魔術の大半が防がれた。

 拡散していれば話は別だろうが、一箇所に集中している魔術ほど防ぎやすいものはない。

 魔力量や術防御力によっては集中した方が貫通されるだろうが、その点こだまの魔力量はかなりのものだ、心配はない。

「くっ……! まさか防御をしやすいように中央に集めたの!?」

「指揮は優秀でも読みはまだイマイチらしいわね青のスピリットさん。……本題はまだまだこれからよ」

「えっ……?」

「さくっち!」

 つばさの呼び声に、それまで鍔迫り合いをしていた舞人が剣を弾き返し後退する。

「なんだ、下がるのか? まぁお前はいつも後衛だったが」

「今日はちょっと違う趣向を用意してんだよ。っていうかもう答えは言ってあるがな?」

「なに?」

「じゃ、あばよ」

 片手でヒラヒラと手を振る舞人の横の空間が突如裂けた。そこから現れた腕に引っ張られるようにして彼の姿は空間の中に消えていく。

「はい。さくっち回収、と」

 そして現れたのはつばさの真横だった。というより空間の裂け目に手を突っ込み舞人を回収したのは他でもないこのつばさである。

 彼女が行ったのは空間跳躍などという特殊能力ではない。これはれっきとした魔術である。

 とはいえ、空間を御する魔術などいまや扱える者はごくごく少数だ。そういう意味でつばさの力はあまりに大きい。

 彼女が用いた魔術は『空間連結(サイド・コネクト)』。彼女のオリジナル魔術である。

 空間跳躍のように好きな場所に飛ぶことは出来ないが、一度『楔』を打ち込んだ場所であれば効果範囲内のどこにでも空間の裂け目を開くことが出来る魔術。

 本来後方指揮、または後方からの魔術・物理攻撃を専門とするつばさが前面指揮を執っていたのは舞人の近くに『楔』を打ち込むためでもある。

 つばさは特殊属性の持ち主。その優秀な頭脳と相俟って空間系の魔術を得意とする異端の魔術戦士なのだ。

「状況は?」

「計算通り。敵先頭部隊は突出、こっちの迎撃で出鼻を挫かれてる状態。上手い具合に後続も慌てて前進してるわよ」

「おーおー、さすがさすが。ほんじゃま、巫女さんの力も借りて詰めの一手と行きますか」

「ええ。では前線指揮官を交代してもらいましょ」

 言うや、再び側面に空間の亀裂を生み出すつばさ。そこに手を突っ込み引っ張り出してきた人物は、

「ようやくあたしの出番ってわけね」

 結城ひかり。チェリーブロッサムきっての鬼将と名高い前面戦闘のエキスパートである。

「それじゃ、少しの間お願いします」

「了解。桜井、八重樫、しっかりやりなさいよ」

「姐さんの激励があるならばこの不肖桜井舞人、粉骨砕身の思いでやり遂げてご覧に入れましょう!」

「んな嘘丸出しの敬語なんかどうでも良いからとっとと行きなさい!」

「ひー、姐さんが怒ったー! ほれ行くぞ八重樫。これ以上ここにいたら輪切りにされるかぶっ潰されるかの二択しかない!」

「へいへい」

 新たに開いた空間の裂け目につばさと舞人が消える。それを見送ってやれやれと一息。ひかりは眼鏡を正し、武器を構えた。

「さて、と。……この戦いが終わったらしばらく休暇だっていうし、さっさと終わらせましょうか」

 ズン!! と凄まじい地響きが周囲にこまだする。

 ひかりが持つ武器は、異常だった。右手には巨大な黄金の槌、左手には半円に刃が反り返ったショーテルと呼ばれる剣。

 更に腰には数本のナイフが揃えられており、脚甲冑にはかかとの部分から鎖が伸びていた。

 異様な武装。だが、それこそがひかりを鬼将と呼ばせる所以。そして、

「敵前面部隊を押し返すわよ! 皆々、地を踏みしめ疾く進め! あたしに続きなさいッ!!」

 ひかりが重武装で疾駆する。それだけの装備を持っていれば動きは鈍そうなものだが、予想に反しひかりのスピードは尋常ではなく速かった。

 それを止めようとブルースピリットたちが立ちはだかるが、

「邪魔よ!」

 豪快な槌の横殴りの一振りで全て薙ぎ払われる。

 横合いからブラックスピリットたちが迫るが、ひかりは回し蹴りの容量で鎖を振り回し、そのスピリットたちを絡め取る。そして放り投げ、

「死にたくないならどきなさい! 命が惜しくないというのなら……差し出す覚悟で来ることね!」

 激突したスピリットもろともをショーテルの斬撃で切り捨てた。そして開かれた光陰までの道。それをひかりは、

「ふっ!」

「!?」

 縮地で一瞬でゼロにする。

「光陰隊長!」

「ぉぉぉぉお!」

 セリアの叫びをかき消すようにひかりの槌が光陰目掛けて振り下ろされる。だが光陰はそれを片方の刃で受け止め、その力をてこの原理で利用し真横からもう片方の刃で狙った。

「ちっ!」

 柄を払い、ショーテルでその攻撃を受け止める。弾かれ様に鎖で光陰の剣を絡め取ろうとするが、それは回避された。

「さすがにエターナル・アセリア最強って言われるだけあって簡単には勝たせてくれないのね」

「これまで何度もチェリーブロッサムとは戦ってきたが、あんたと直で刃を交えるのは始めてだな。……やっぱり今回何か狙ってやがるな?」

「仮に狙ってるとして、それを易々と言うようならただの馬鹿ね」

「あんたんとこの総大将なら大口開いて言いそうだけどね」

「まぁ桜井はそれだけ馬鹿に見えるのは事実だけど――」

 笑って、

「あれは良い馬鹿よ。ときどきあたしたちが考えないようなことを思いつくんだから」

 その言葉に光陰が何かを感じ取った瞬間、

 ブォォォォ、と角笛が戦場にこだました。

「――退くわよ! 転進急げ!」

「なっ!?」

 あっさりと告げて、ひかりは再び縮地を使い光陰の間合いから急速離脱をはかった。

 優勢だったにも関わらずのいきなりの撤退。その意図が一瞬わからず呆然とした光陰はそれを見逃すしかなかった。

「なんだ、何を考えてやがるあの男……」

「追撃! 背を向けたいまがチャンスよ!」

「!? 待て、セリア――!」

 セリアの追撃指令を聞いて押し込められていたブルー、ブラックスピリットたちが一気に敵前衛に切りかかる。

 しかし、

「夢符――『封魔陣』」

 突如湧き上がるようにして現れた光の壁に遮られ、その進行は寸断される。

「なに!?」

 これは結界……だろうか。だが巻き込まれたスピリットたちが次々に弾き飛ばされているのを見るに、攻撃性もあるものらしい。

 だがこんな攻撃(結界)を未だかつて見たことがない。これまで隠してきたのか、あるいは……、

「新しい手札でも手に入れたのか、か」

 光陰はゆっくりと頭上を見上げる。そこに妙な気配を感じ取ったからだ。

 はたして、そこに人間が浮遊していた。

 目にも鮮やかな紅白の巫女装束。翼もなしに空に浮かぶは一人の少女。

 その名は――博麗霊夢。

「うっひょー! カッコイイぜ霊夢ー!」

「あの桜井舞人とかいう人のノリにはついていけないところが多いにあるけど……まぁ世話になっている分くらいは働かないとね」

 ピッ、とその両手に札が取り出し空中に投げつければ、まるで生きているかのように不規則な軌道を描いてスピリット部隊へと突っ込んでいき、それに触れたスピリット隊がまるで爆弾でもぶつけられたかのような勢いで墜落していく。

 光陰は直感する。……あの少女は危険だと。

「第一列のスピリット隊は後退! 他の部隊は後退の援護! 急がせろ!」

 このまま前線を後退させなければ第一列のスピリット隊が全滅になってしまう。だから光陰の出した指示は間違ってはいなかった。

 ……チェリーブロッサムの読み通りであったが。

「きたきた! 八重樫、こだま先輩、青葉ちゃん。準備オーケー!?」

「オッケーオッケー」

「うん。いけるよっ」

「合点任せてよ〜」

 舞人の言葉に頷いたつばさやこだまの隣には、同じく小柄な少女がいた。

 チェリーブロッサム軍の後方火力担当、森青葉。その華奢な見てくれとは裏腹に両腕に抱えているのは魔力式のガトリング砲が二門。

 秒間三百発という脅威の魔力弾を放出する脅威の兵器だが、その分魔力の消耗率は半端ではない。

 しかもそれを二門。通常の魔術師クラスなら三秒で気絶するだろう。魔力の乏しい剣士などであれば一秒も持つまい。

 しかしチェリーブロッサム軍では最高の魔力量を誇る森青葉。彼女であればこれを自在に、平気な顔で操ることも出来る。

 舞人、こだま、つばさ、青葉。チェリーブロッサムの誇る遠距離攻撃主四名が揃い踏み、そして最後の一手が打ち込まれる。

「霊夢、派手に頼むぜ! 花火は盛大に打ち上げなきゃな!」

「はいはい」

 適当に頷いた霊夢が懐から一枚の札を取り出した。

 先程のものとは違う。それは――スペルカード。霊夢の使う力は、

「境界――『二重弾幕結界』」

 透明な結界となってチェリーブロッサム部隊の全体を覆い尽くした。

「なんだ……!?」

 戦線から下がった前衛、前衛を援護するためにつめてきた後衛。

 その結果エターナル・アセリアの部隊は結界で囲うには都合の良い具合にチェリーブロッサムの部隊から離れ、かつ密集した状態となっていた。

 そして、締めの一手が下される。

『忘却』の舞人が命じる。マナよ、とりあえずたくさんの剣になってどっかんどっかん降り注げ

 舞人の掲げた剣先、その中空に光で形成された数多の剣が出現する。

 その数、千以上。舞人は『忘却』の剣先をエターナル・アセリアに向け、

オーラフォトン・テンペストエッジ!」

 まるで倣うように空に浮かぶ剣もその矛先を一斉に変え、そして突き進む。

そしてその名を真に呼びし者はここにあり。其の力は絶対。いまこそここに、アーティマに契り願うは静寂の証……!」

 続いてこだまが詠唱を終え、

「『静寂の水流道(フェネティリア・ゼロ)』!」

 超魔術を放った。しかもその数、三。超魔術を一度の詠唱で複数同時に発動出来る魔術師などそうはいまい。

空の門を開きし者ここに在り。一切の罪科を消化する、重圧なる洗礼を奉る。天駆ける流星よ、集え!」

 つばさが両手を掲げる先、虚空が割れて振り落ちるは――細かく砕け散った隕石群。

「『星屑の暴風(スターダスト・レイン)』!」

 つばさ最大の空間魔術が放たれる。そして最後に、

「てやんでいだよ!」

 ガシャン! と青葉が二門のガトリング砲を向け、

「魔力式ガトリング砲『青の一』『葉の二』――ふるおーと、一斉射撃だよっ!」

 乱射を開始する。

 四者が放った数多の魔術が霊夢の張った結界に触れ――消えた。

「何をしているんだ……?」

 わけもわからず首を傾げた瞬間――それは起きた。

 突如、結界内の別の場所から消えたはずの魔術が出現したのだ。

「なっ!?」

 光陰はいきなり横手から出現した光の剣の攻撃を避けるが、続いて真上から隕石群が降り注いできた。

 それを『因果』でどうにか防ぐが、その間に今度は前方から超魔術の水のうねりが光陰を襲う。

「ぐ、お、おおお……!?」

 神剣魔術により防御するも、防ぎきれずに吹っ飛ばされる。そのまま巻き込まれるかと思った超魔術だったが、また不意に消え去った。

 すると今度はまた別の場所に水流が現れスピリット隊が飲み込まれていくのが見えた。

「まさか……」

 事ここに至り、ようやく光陰にもからくりが見えた。

 霊夢の張ったこの結界――これは攻撃を屈折……いや空間を越えて結界内で飛び交わせるものなのだ。

 攻撃自体はただ真っ直ぐに飛んでいるだけに違いない。ただ空間が捻じ曲げられている結界内ではそれらが縦横無尽に飛び交っているだけで。

「続け皆の衆! 派手な花火のプレゼントをかましてやれー!!」

 混乱の坩堝にあるエターナル・アセリア部隊に追い討ちをかけるように舞人の号令。そして弓部隊と魔術部隊の一斉射が結界に放たれた。

 それらもまた結界に触れると同時に消え去り、結界内のいろんな場所から出現しこちらの部隊に襲い掛かってくる。

 まさに結界内は地獄絵図だ。どこからやってくるかもわからない攻撃がそれこそ暴風雨のように降り注ぐ。回避はおろか防御でさえ難しい。

 このままでは全滅だ。光陰は立ち上がり、命じる。

「この結界から離脱しろ!」

「だ、駄目です! 抜け出そうとしてもまた結界の中に戻ってしまいます……!」

「なんだと!?」

 慌てて光陰が外に出るように走る。だが真っ直ぐ走っているのに、まったく別の場所に出てしまった。

「攻撃だけじゃなく人間まで屈折させるのか、この結界は……!?」

 これでは結界が解かれぬ限り逃げ出すことが出来ず、ただ駆逐されるのを待つばかりになってしまう。

 ならばどうすべきか?

 ……答えは一つしかあるまい。

「セリア! ニムちゃん! 俺をしばらく守っててくれ!」

「隊長!?」

「どういうこと……!?」

「俺がこの結界を壊す!」

 言うや、細かい説明もなく光陰は目を閉じ無防備に身体をさらけ出した。

 セリアやニムが神剣で切り払ったり魔術で防御したりする中で、光陰は微動だにせず、ただ剣を握り締めるのみ。

 ――因果よ。俺に死なれちゃ困るだろう? ならお前の本気、見せてくれよ。

 グッと柄を握り締め、そして目を見開き、

「行く……ぞぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 光陰の『因果』から尋常ではないオーラフォトンが吹き荒れる。

 とても五位の神剣とは思えぬ出力に近くにいたスピリットたちが吹っ飛ばされるほどだ。

 荒れ狂うオーラフォトンを御し、それを剣に集束させ――振り下ろす!

「おおおおおあああああ!」

 咆哮一閃。

 白亜のオーラフォトンの斬撃は屈折せず真っ直ぐ貫通し、結界はガラスが割れるような音と共に崩れ去った。

 瞬間、中を飛び交っていた魔術や矢が全方位に散らばりチェリーブロッサムの方にも降りかかった。

「私の結界を斬った……?」

「いまのうちだ、全速後退! この場を離脱する……!」

「「「了解!」」」

 光陰の号令と同時、すぐさまエターナル・アセリアの部隊は隊列を立て直し離脱していく。

 まさしく鮮やかな退き際であった。

 それを空から眺めていた霊夢は、ゆっくりと下降し舞人の隣に着地する。何も号令を出さない舞人を見上げ、

「追いかけなくて良いの?」

「今回は大きな損害を与えられたらそれで良い、って言われてるし。十分仕事はしただろ。自分で言うのもなんだが俺は怠け者なのです」

「ふぅん。……っていうか加減してたでしょ?」

「別に恨み辛みがあるわけじゃないからなー。疲弊させろって言われただけだし、殺す必要もないでしょう。あぁ俺ってなんてジェントルメン」

 いろいろと思うところはあったようだが、霊夢は何も聞かずそれだけで終わらせた。

 そんな霊夢に舞人はビッ、と親指を立てて、

「ともあれ、グッジョブだったぞ霊夢。その功績を讃えてお前を俺の妾に認定してやろう」

「さてと、用事も終わったんなら戻りましょう。お茶が飲みたいわ」

「超スルー! ツッコミもなしなんてさくっちショック!」

 ともあれ、作戦は終了。状況的には勝利と言っても過言ではないだろう。

 霊夢がいてこその作戦であったが、さすがにあの技は光陰でさえ予測できなかったと見える。

 追撃もしなくて良いと言われているし、霊夢の言うとおり帰って……そして祝勝会をするのもありだろう。

「よーし皆の衆、凱旋じゃー! 飲んで食って騒ぐぞーッ!」

 オー! と兵士たちが諸手を上げて賛同する。

 桜井舞人、この軽いノリで総大将をしているだけの人望はあるのであった。

 

 

 

 だが、王都に帰って来た彼らには祝勝会の前にやらねばならぬことがある。

 城に戻り兵士たちを解散させ、祝い酒でも買おうと主要メンバーで街に繰り出そうとしているときだ。

 遠慮がちに近寄ってきたこだまが聞いてきた。

「えと……桜井くん、って呼んでたんだよね、私」

 ……今回の戦いでこだまの中にある舞人の記憶が消えていた。

 戦い終わった際の、これは通過儀礼のようなものであったが……慣れることなどないだろう。

 絆が深かったはずの相手から他人のような目で見られ、口調で話しかけられる。

 あるいは逆にそういう目で見てしまい、そういう口調で話してしまう。

 それはとても辛いことだが……でも、だからと言ってぎこちなくなることは一度もありはしなかった。

 周囲のサポートなんかもあるが何より……桜井舞人という彼の個性のおかげだろう。

「ノンノン。こだま先輩、そんな他人行儀な呼び方なんてノーサンキューですよ」

「え?」

「ここは一発呼び方のチェンジと行きましょう。親しげに舞人くん、あるいは萌え要素を狙って舞人キュン☆ でもオーケーですよ?」

「ま、舞人きゅん?」

「きゅんではなくキュン☆ です! もう先輩は萌え要素というものがわかっておりませんな。仕方ない。ならば他の呼び名を模索するまで」

 呆然とするこだまを差し置いて、むむむ、と顎に手を添え思考すること十五秒。舞人はクワッ、と目を見開き、

「そうですね。ならばそのロリでキュートな容姿から舞人お兄さま、あるいは尊敬と恋慕から舞人様、あるいは肉欲の虜としてご主人様とかいかがでしょう?」

「に、肉欲ってなんなのー!?」

 顔を真っ赤にして腕をブンブン振りながら怒るこだま。しかし何かに気付いたようにはたと動きを止め、

「……ところでロリでキュートってどういうことかな? もしかして私が小さいって言いたいの? 言いたいの?」

「とびきり綺麗な笑顔のところ真に恐縮ですがにじり寄られたら非常に怖いです。あとわたくしこと桜井舞人はそのような戯言は申しておりません」

「あれー、嘘つくんだー?」

「いえいえ。ロリではなくプリと言ったのですよお嬢様」

「ぷり?」

「いえー! イッツプリティー!」

「誤魔化すなぁ〜!」

 ぽこん、と可愛い擬音語が聞こえてくるくらいに軽く殴られた。

 しかし舞人はまさに「激しい一撃を食らいました」と言わんばかりに自ら後方にきりもみしながら跳び、そりゃあもう盛大に倒れて転がった。

「わ、ちょ、何してるのかな!?」

「ぶ、ぶったね! 母親にも散々ぶたれたのに!」

「……いっそ風船みたいに真っ赤になるまで殴り続けるのもありかなと思うんだけど、その辺舞人くんはどう思う?」

「とても人道に反した行動かとわたくし桜井舞人は愚考しますが、ラブリーエンジェルこだま先輩はそのようなことをお望みですか?」

「うんお望み」

「嘆かわしい! あぁなんて嘆かわしい! あなたのような美少女が殴る蹴るのデンジャラス行為に走るなんて! 草葉の陰でお母様も泣いておられますよ!? いじめ反対!」

「勝手にお母さんを殺さないで! それと……美少女?」

「いえ、美女にございます。決して小さいとかそんな言葉は付随しませんね。ええ、こだま先輩大人ですから大人。うん大人」

 とまぁ、こんな感じで割とすぐに他人行儀な部分は消えていく。舞人のノリの良さが招く結果だが、それは彼なりの強さでもあるだろう。

 もう〜、と若干怒りながらも微笑むこだまを見て、舞人は小さく胸を撫で下ろした。

「先輩先輩。雪村は先輩のことを『ご主人様』と呼ぶことがやぶさかじゃなかったりー。雪村は先輩の愛の奴隷です☆ きゃっ」

 その直後、いきなり横合いから現れた少女に舞人はこれでもかと言わんばかりのいや〜な顔をする。

「……いきなり現れて何を戯けたことを抜かす出番のなかった分際で」

「やー、それは単純に先輩が私にお仕事をくれなかっただけでー」

 少女の名は雪村小町。彼女もチェリーブロッサム軍の人間だが、今回は作戦が作戦だけにまるで出番がなかった少女である。

 対単体戦闘であればひかりにも匹敵する力を持つが、何分指揮能力に乏しい部分があったので今回の作戦では後方に余剰戦力として残しておいたのだ。

 で、出番なし。

「でも私こと雪村はちゃんと先輩の背中を後方からお守りしていました。主に視線で」

「射殺されそうだからやめれ。そして貴様如き雪ん子が俺を主人とするには百年は早いわ」

「では敬愛と従属の表れとして『舞人様』!」

「うわ、チキン肌が身体中に! お前は俺のイケメンフェイスをボコボコでイボイボにさせる気か!」

「わーいそれは先輩が雪村の言葉に反応してくれたという証明ですねー。雪村超感激〜」

「待て雪村。いまのは「それはイボイボでボコボコでは?」という初心者でもわかる超低級突っ込みが必要な場面だろう。それを貴様は何事実を曲解して勝手に喜んでいる。そんなことでは良いツッコミにはなれんぞ?」

「先輩の生涯の相方になれるのでしたらこの不肖雪村、粉骨砕身の思いでツッコミ道を突っ走って見せますよ?」

「結構だ」

「あーん先輩普通に冷たいですよー!」

 この二人、とんでもない応酬をしているが別に仲が悪いわけではない。

 この二人にとってはこんな会話がデフォルトなだけで、互いに仲は良いのである。周囲もそれがわかっているため、何も口出しはしなかった。

「ところで先輩。今回は星崎先輩いませんでしたけど、どうしたんですか?」

「山彦たちと一緒にシャッフル側の牽制出陣だ。まぁあくまで牽制だから実際に戦うわけじゃないけどな」

「ほほうなるほど。つまりこれは――雪村にチャンス到来!?」

「なんのチャンスかは知らんが、何も言うな。俺は――ん?」

 不意に舞人が後方を振り返る。小町も足を止め、

「どうしたんですか先輩?」

「いや……なんか懐かしい匂いが……」

「匂い、ですか?」

「うむ。なんというか……いや、うーむ……蛇? 龍?」

「わけわかりませんよ?」

「大丈夫だ俺もよくわかってない。ま、気のせいだろ。とりあえず酒だ酒。霊夢も飲むだろ?」

「ま、宴会は手馴れたものだし平気だけど」

「よーし。ではその際にはこの孤高の歌い手桜井舞人の華麗なるテノールボイスによる歌を披露してしんぜよぅ!」

「……期待はしないでおく」

「きっついわーぃ」

 そんなことを言いつつ歩いていく舞人たち。

 その後方の路地裏に、隠れるようにして立つ茶色のフードとマントをした人物がいた。

「やれやれ。面倒なことになったぜ」

 茶色のフードを取り、少年は頭を軽く振って髪を直す。

「ホントどうしたもんだか。……エイムも無事だと良いんだけどな」

 面倒くさそうに言い、少年――久坂悠は大きく溜め息を吐いた。

 

 

 

 あとがき

 はい。こんばんは神無月です。

 また長くなりました番外。まぁ長くなるのがデフォっぽい番外なんで仕方ないっちゃ仕方ないんですが……。

 まぁともかく、いろいろなことがわかったと思います。はい。

 例えば舞人の初戦闘。

 ……詠唱にツッコミがあるとは思いますが、まぁ『舞人だから』ってことでよろしく。

 神剣『忘却』が無口なのを良い事に適当に技作っては適当な詠唱で済ますという天才と馬鹿は紙一重を地で行ってる男です。まぁ元がアレってのも要因に一つではありますがねw

 そんなわけでチェリーブロッサム軍快勝。

 チェリーブロッサム軍の強いところはなんと言っても知将が多いこと。

 指揮能力の高い面々がうじゃうじゃいるので軍団戦闘になるとその真価を発揮します。

 指揮能力B+以上が舞人、つばさ、ひかり、弥太郎、なすのという尋常ではない揃いっぷり(っていうか舞人以外皆A以上)。

 っていうか他の面々も指揮能力C以上なんで小隊クラスの指揮なら割と簡単に行うことが可能。

 加えて同じく知力が高い者もかなりいる。これがチェリーブロッサムの強さってとこですかね。

 エターナル・アセリアは兵の質で言えば光陰一人が頭飛び抜けている感じなので、そういう面では劣ってます。

 まぁ霊夢の結界ぶっ壊したりとかこれまでこの面子相手に持っていた辺りで光陰の強さはわかると思いますが……w

 それでもこれまで互角の戦いを繰り広げているのは純粋に主戦力が人間族より強いスピリットだからなんですけどね。

 まぁそんなわけで、霊夢の参入でバランス崩壊。エターナル・アセリアの大敗がどういった影響を及ぼすのかはそのうち本編でわかります。

 ではまた〜。

 

 

 

 戻る