神魔戦記 第百七十九章

                         「騎士としての責務」

 

 

 

 

 

「さて……と」

 留美は現在のこの状況をほぼ理解していない。

 七瀬家での聖剣の継承、それに伴う修行を終えて久しぶりにカノンに戻ってきてみれば民の姿は一人も見えず、挙句街はボロボロになっていて一部など根こそぎ消し飛んでいるような有様。

 加えて至る場所で大規模な戦闘の気配を感じ、どこかの連中がカノンに侵攻してきたのかと思って最も近かったここにやって来てみれば、浩平や茜といったワン自治領の者たちや、何故かトゥ・ハート王国の藤田浩之などもいて一層理解に苦しんだ。

「でもまぁ、とりあえずその辺は置いておきましょう」

 状況はわからずとも、誰が味方で誰が敵なのかは一目瞭然。ならばカノンの騎士たる自分のすべきことなど一つしかない。

「そこのあんた。あんたがどこの誰かは知らないし、何の目的でカノンに牙をむくのか知らないけど……」

 シャリン、と鞘から剣を抜く。

 以前はそれこそ喉から手が出るほどに欲し、しかし実力不足から手に入れることの出来なかった家宝。『地の七瀬』の真の継承者である証、聖剣『地ノ剣』。

 神獣の加護にある刀身は銀色に輝き寸分の穢れもない。触れればたちまち切れるだろうその鋭利な切っ先を敵に向けて、留美は告げる。

「カノンに仕える騎士として、これ以上の蛮行は許さないわ」

 その剣の先にいる少女、人形遣いの月城アリスの返答は、

「――」

 無言の攻撃だった。白亜の人形がアリスの命令によって一斉に留美へと襲いかかる。その数は軽く見積もっても五十近いだろう。だが、

「人形遣いか。数だけは立派なもんだけど、その程度の密度じゃ――」

 剛撃一閃。

 振るわれた留美の一撃は最も近くにいた人形の身体を紙のように斬り飛ばし、離れた人形らもその衝撃波だけで吹っ飛ばされた。

「あたしの一撃さえ耐えられないわよ」

「……パワータイプのようですね。なら」

 トン、と軽い調子で屋根を蹴ったアリスの身体が、その動作からは考えられないほどの距離を一気に後退していく。

「わ、なんて身軽な……。身体強化とは違うっぽいし、何か新手の術式かしら……?」

「七瀬!」

「なぁに折原」

 振り向かずとも声だけで誰かわかる。故に留美はアリスに注意を向けたまま問い掛ける。

「あいつは素早い。回避に長けた能力を持ってる。人形師として弱点をカバーしてるタイプの術者だ。相性もあって俺たちじゃ倒せそうにない」

 けどよ、と浩平はどこか挑発的な調子で言う。

「お前が『地ノ剣』を継いだってんなら……どうにか出来る相手だよな?」

「言ってくれるわね。あたしを試そうって魂胆?」

「いや。ただ七瀬ってのはワンが誇る五大剣士の末裔だからな。やっぱ活躍してくれると俺も鼻が高いというか」

「あんたって男は……」

「あはは。まぁ半分くらい冗談だけどさ。でもま」

 小さく笑って、

「お前がどんだけ強くなったか、期待して良いんだろ?」

 苦笑する。何だかんだと煽りつつ、やる気を出させることは一人前だ。

 いまにして思えば、留美は父と浩平への反感から旅に出て、力を求めるようになったのだ。

 随分と遠回りをしたような気もするが、その過程で得たこのカノンの地と仲間たちはむしろいまは誇りである。

 とすれば、浩平に言う言葉は一つしかないだろう。

「あのときあたしを部下にしとけば良かったって、後悔させてあげるわ」

 

 

「浩平、本当に大丈夫なの?」

 いまなお止まらぬ人形を銃とナイフで的確に迎撃しながら、ここ最近豊かになってきた表情を心配そうに曇らせつつリリスは浩平の隣にやってくる。

 そんなリリスの頭をそっと撫でて、浩平は笑った。

「大丈夫だ。あいつが本当に七瀬の聖剣を継いだんなら――きっと何とかしてくれるさ」

 そう言った浩平の前でグッと留美は腰を落とし、

「!」

 掻き消えた。

 そして次の瞬間には大きく離れた場所にいるアリスへ肉薄する。

「!?」

 留美の剣閃は、わずか大きく身体を捻ったアリスの肩口を掠めるに留まった。慌てて距離を開こうと試みるアリスだったが、

「逃がさないわよ!」

 すぐさま留美がその背後へ回り込む。

「速い……! 縮地!?」

 そう。七瀬が司るは地。加護受けし神獣は地を駆け抜ける雄々しき獅子なのだ。

 故に、七瀬の聖剣を継承するということは最上位の歩法とされる縮地をマスターすることに他ならない。

 身体強化による強引なトップスピードではないため、見切るのもまた難しい。

 アリスは過去の戦闘の経験と直感に従って強引に身体を折り頭を下げた。その頭上を空気を裂きながら剣が通過する。だがそれでは止まらない。

「!」

 あれほどの勢いで振られたはずの剣が既に翻ってアリスの目前へと迫っている。

 知る者がいれば驚いただろう。これまでの膂力に物を言わせた強引な振るい方ではない。それは磨き抜かれた剣の技術そのものだ。

 しかしアリスもまた優秀だった。

「そう、簡単に……させません!」

 剣の軌道の間に人形を一瞬で三体召喚。無論、留美の力を持ってすればその程度壁にもなりはしないが、勢いが多少削がれるのはまた事実。

 生じた一秒以下の隙にアリスは必殺圏から脱出する。それに、それだけでないことを留美はしっかり見抜いていた。

「出した人形を壁にするだけじゃなく、蹴って脱出するための足場にもしたのね。……なるほど確かに器用じゃない」

 けれど、と留美は油断なく剣を構え、

「負ける気はしないわ!」

 更に縮地で接近を試みる。

 それを阻止するためだろう、進路上に人形の群れが出現するが足は止まらない。

 縮地は基本一直線の動きしか取れない。が、それは一回の縮地では、の話だ。

 つまり小刻みに縮地を行い、ジグザグに隙間を縫うようにして移動すれば人形程度障害物になりはしない。

 もちろん、そのようなルートを模索する動体視力や判断力、縮地から縮地へ繋ぐための歩法技術も並大抵のものではない。

 だが七瀬の正式継承者としてそれこそ血反吐を吐くくらい生温いと思える修行を乗り越えた留美はそれらの難事を容易くやってのける。

 人形の森を潜り抜けた留美は、見えたアリスへ一気に縮地で接近しその剣を突きたてる!

 深々と突き刺さった剣に手応え――、

「が、ない?」

 呟いた瞬間、アリスの身体が爆発した。

「ぐぁ! ダミー……!? 自分に似せた人形を使ったのか……やってくれるじゃない」

 それだけじゃない。それを引き金とするように周囲に展開された人形群が留美へ向かって特攻、自爆を繰り広げて行く。

「こ、の……!」

 油断がなかった、とは言えないだろう。

 修行で得た力が確実に自分のものとなっている感覚、そして相手との相性もあるだろうが有利な状況も重なって留美は勝てると判断した。

 どのような相手であろうと勝つつもりで戦え、とは教えられたが、いまの勝利への確信はむしろ慢心と言うべき類のものだろう、と爆発する人形を斬り飛ばしながら留美は心中で猛省する。

 だが後悔は後でゆっくり出来る。いまはまずこの戦いに集中せねば。

「あいつはどこ……?」

 雨のように降ってくる爆弾人形を迎撃しながら、留美はアリスの気配を必死に探る。

 しかし元々気配探知がそれほど得意ではないうえ、数多の人形とそれに繋がる魔力リンクの多さが索敵を妨害する。

 だがここにいるのは留美だけではない。

「留美、上!」

「! ナイス、リリス!」

 リリスの声に上空を見上げる。そこには確かにアリスの姿を目視で確認出来た。集中して気配を探ってみれば、それが先程のように偽物でないことはすぐにわかる。

「なら!」

 一際強く剣を正面に振り下ろし、人形の壁に穴をあける。そしてそこから縮地で脱出、相手の跳躍の軌跡から予想される着地点に先回りし、攻撃体勢を整える。

 ……が、

「む……」

 降りてこない。否、よくよく見れば、アリスの身体を背に翼を生やした人形が抱えている。

 見上げたまま足を止める留美を見て、アリスは納得したように頷いた。

「……動きを止めましたか。やはり空は攻撃圏外のようですね」

 留美は内心舌打ちする。

 そう。現状留美は対空攻撃の術を持っていない。

 もちろん遠距離攻撃がなくとも、川澄舞のように天空縮地を用いて空を移動出来るのならば手はあるだろう。

 だが留美は天空縮地を使えない。否、そもそも七瀬の血筋が天空縮地を扱えない、と言うべきか。

 七瀬は『地の七瀬』。司るは獅子。地を駆る王者の加護を持つ血筋であり、故にこそ生まれながらにして縮地を修める才能は他の追随を許さない。

 しかし、だからこそ七瀬は天空縮地を覚えられない。魔術的な技能ではなく、体術的な技法なのだから、修練を積めば覚えられそうな気もするが、そういう次元の話ではないのだ。

 例えて言うなら、才能。どれだけの努力と研鑽を積んだとしても手を届けられぬ者というのはどうしたって出てくる。

 獅子の加護を受ける七瀬は、その影響で家系的にその『才能』というものが決定付けられている。縮地は人一倍覚えやすいしマスターしやすいが、天空縮地はどうしたって覚えられない、といった具合に。

 故に、七瀬の血族は空への攻撃手段を持たない。無論、それを技や武具でカバーしてきた者は多くいる。実際留美の母親もそこは法具を用いることでカバーしたと聞いた。

 留美とていずれは何かしらの対策を練るつもりだったが、現状はまだ手がない状況だ。

「卑怯、などと言わないでくださいね。これは戦争なのですから」

 アリスがスッと片手を上げる。その背後、更に複数の人形たちが連続召喚されていく。その数、五、十、三十、八十、百五十、三百、五百……更に加速度的に増えていきその数、実に一万。

「――潰れて」

 降ろされた手を号令として、空を白亜に染め上げる人形が豪雨となって襲い掛かる。

「っ……!」

 留美は縮地で移動し回避しようとするが、落ちてくるものは単純な攻撃ではなく人形なのだ。いくつかはそのまま地面に激突し爆砕するが、大半はルートを曲げて留美を追尾していく。

 そして中には進路を読み先回りする人形や、方向転換をさせないようにと道を塞ぐ人形が現れ、徐々に留美の行動範囲が狭まっていく。

「三次元ではなく二次元でしか動けないのなら、対処は容易いです。……あなたの負けです」

 縮地での回避はすぐに限界が来た。周囲を人形に囲まれ、退路なし。壁を崩そうにも一撃二撃でどうにかなる薄さではなく、そうして足を止めてしまえば、もはやアリスの独壇場だった。

 パチン、とアリスが指を鳴らす。

 すると留美を包囲していた人形が一気にその囲みを狭め突撃を開始。合わせて上空の人形たちも留美目がけて急降下を開始する。

 目を見開く留美は、殺到する一万の人形に埋め尽くされ――空を焼くフラッシュと轟音に飲み込まれた。

 あまりの爆発に周囲の建物は消し飛び、それなりに高い場所にいる自分のところまで熱波が押し寄せてくるが、アリスは気にせず視線を外した。

 これで一人。残りもすぐに片付ける。

 留美の縮地から逃れるために随分と距離を放してしまったが、未だ浩平たちに差し向けた人形のコントロールは解いていない。手早く終わらせようと移動を開始――、

「あら。随分と早とちりじゃない。終わってないのにどこへ行こうって言うの?」

「!?」

 慌ててアリスは眼下を見やる。 

 爆煙の中に銀色の煌めき。振るわれた剣風に煙が吹き飛び、開かれた視界のその中央には、悠然と立つ留美の姿があった。

「……」

 以前のアリスなら驚いただろう。一万もの人形を用いて倒しきれぬ相手がいるのか、と。

 だが過去に良和という化け物と戦い敗北した彼女は同じ轍を踏まない。この広い世界には人間であれ魔族であれ、そういった規格外が少なくないのだと理解していた。

 そしてアリスの力は数。群の力。故に、一万で駄目なのならば……。

「更に上乗せするだけです」

 空を白が染め上げていく。次々と間断なく召喚されていく人形に、留美は驚きを通り越して呆れたような笑みを浮かべた。

「……洒落にならないわ、これ」

 召喚される人形の数、五十万。

 アリスの最大召喚数七十五万の、半分以上。良和のときほどではないにせよ、およそ一人相手に扱う数ではない。が、アリスに躊躇いはなかった。

「あなたは手強い。ならば出し惜しみをせず速やかに排除させていただきます。……それが、あの人の望みですから」

「実力を認めてもらえるのは嬉しいわね。でもそのもう決着が着いたかのような物言いは気に食わないわ」

「勝てませんよ。あなたは強い。……でもあの人ほどではない。だからこれであなたは死にます」

「誰と比べてるのか知らないけど、勝手に人の限界を決めつけないで欲しいわね。それに、これ以上この街をボロボロにされるのもムカつくし。そうね」

 留美が剣を肩に担ぎ、宣言する。

「次で決めましょう。言っておくけどあたしは手加減なんかしないわよ。死にたくなければ、投降してちょうだい」

「死ぬのはあなたです。この国ごと、消えてしまえば良いんですよ」

「……そ。ならもう何も言わないわ。そっちが全力だというのならこっちも全力」

 見下ろすアリス。見上げる留美。譲らぬという意志が中空でぶつかり、

「「――これで終わりよ(終わらせます)」」

 人形の海が、空から落ちた。

 雪崩、あるいは怒涛。空が落ちてくるとすら錯覚出来るほどの膨大な数の人形が、一気に、回避する隙間さえ与えぬと言わんばかりに降下していく。

 それに対し、留美の取った行動はあまりにも単純な一手だった。

「すぅ……はぁ……よし!」

 目線は空へ向けたまま、腰を落とし、息を吐き捨て、剣を握り、そして、

「おおおおおおおお!!」

 縮地を発動。だがそれは地を走るためではなく、上へ……空へ向けた跳躍の加速だ。

「! 愚かな手を取りましたね」

 予想外の行動に一瞬だけアリスは驚いたが、それは失策と言えるものだ。この人形の波に突っ込んでくるなど文字通り自殺行為。やけくその行動としか言いようがない。

 人形の海に飲み込まれたが最後。連鎖爆発に巻き込まれ塵ひとつ残らず消し飛ぶだろう。

 だが無論、留美とて自殺するためにこんな行動をしているわけじゃない。風となった留美はすぐさま人形の海、その前面に接触し、

「獅子王――覇斬剣!!」

 七瀬に伝わる奥義、重力を纏う一閃が人形の波を両断した。剣の振るわれた直線上にいた人形たちが切られる、というより押しつぶされるようにして圧潰していく。

 だが、数にすれば砕かれた人形はおよそ百程度。両断したと思った波もすぐさま後続の人形が埋めていってしまう。

 そもそも七瀬の扱う重力剣技『獅子王覇斬剣』は、その性質上、上から下へ発動する技なのだ。

 地面から跳躍し上空から殺到する人形に向けて、即ち下から上へ向けて発動させただけでも大した技量と言えるだろうが、それでも本来の威力の半分程度しか出ないのは無理もない。

 しかし留美とて苦し紛れの一撃だったわけじゃない。彼女には明確な策があった。

 わずかに出来た人形群の隙間。その一番手前にいる人形に、蹴るような動作で足を掛け、

「せーの!」

 縮地を発動。接触した瞬間に爆発するよう命令を下されていたのだろうが、その爆風さえ利用して留美は空中で軌道を変えることに成功する。

「人形を足場に……!?」

「まだまだぁぁぁ!」

 更に留美は『獅子王覇斬剣』で人形の波を切り分け、その隙間に入り込み手近な人形を蹴って縮地、それを繰り返して人形の海を潜り抜けてくる。

 足場に困ることはない。空を埋め尽くさんばかりに人形はいるのだから。

 ……しかし、これは決して簡単に出来ることではない。

 重心が崩れがちな空中で、人形という不安定な足場を利用した連続縮地。数をこなせばこなすだけ、そのツケは足へのダメージとして返ってくる。

 更に言えば上へ向けての『獅子王覇斬剣』も留美の身体に負担を掛けていく。ただでさえ常とは逆方向への使い方であるうえ、それを連続使用しているのだから無理もない。

 だがそれがどうした、と留美は笑う。蓄積されていく負担に身体は既に悲鳴を上げているが、この程度これまでの修行に比べれば造作もない、と。

「お、おお、おおお……おおおおおおおおおお!!」

 繰り返す。繰り返す。小刻みに、的確に、何度も何度も、繰り返し、そして――人形の海を掻き分け、留美は正真正銘の空へと躍り出た。

「っ……!」

 アリスは危険を察知してすぐさま距離を取りつつ、更に召喚した人形を留美へ放ちながら同時に壁も形成していく。

 ……だがそれは悪手だ。近付く脅威に対し咄嗟に迎撃と守りに力を向けてしまったのは仕方ないと言えようが、留美の接近を阻止するだけなら召喚した人形を全て消し去ってしまえば良かったのだ。何故なら留美は人形という足場がなければ空中を移動する術を持たないのだから。

 しかし既に手は打たれてしまった。そしてそれは留美の望んだ展開であり、 

「ごめんね、祐一。街、壊しちゃうけど」

 でも、と顔を上げ、

「絶対にこの国は取り戻すから、許してよね」

 足元の人形を蹴りつけ、縮地で空を駆けた。

 目の前に立ち塞がる人形たちを縫うように点々と縮地をして、包囲させる余裕を与えぬよう一気に駆けていく。

「!」

「逃がす……もんかぁ!」

 縮地、縮地、更に縮地。自分目がけ飛んでくる人形を足場とし、その距離は確実に縮まっていく。あれだけ埋められなかった距離が、確実に。

 だが、限界はすぐそこまで来ていた。

「っ……!」

 ビキィ! と足の筋肉が千切れるような音がした。同時に激しい痛みも。

 だが止まるわけにはいかない。留美は剣士だ。剣士である以上接近しなければ何も始まらない。だからこそ、痛みを堪えて更に前へと足を踏み出す。

 人形たちの攻撃を潜り抜け、そして、

「!?」

 遂に、アリスを射程圏内に入れた。

「――らあぁぁぁぁぁぁ!!」

 縮地の慣性をそのまま利用し、『地ノ剣』を振り上げる。

 間に壁のように立つ人形がいたおかげで、アリスは直撃を回避した。が、その剣先は足を掠めていた。

「こ、の……!」

 顔を顰め、動きが鈍る。だが動きが完全に止まるほどのものではない。来るであろう連撃に備え人形たちを前面に密集させ、次の行動に移るための時間稼ぎをさせる。

 数秒もあればアリスは体勢を立て直すだろう。留美はチャンスを掴みきれなかったのだ。

 ……そう、アリスはそう思った。だが違う。留美の目論見はまだ終わっていない。

「ふっ!」

 痛む足をひたすら我慢して、留美は縮地。だがそれは人形群がる前方でもなく、迂回するための左右でもなく、

「え……?」

 アリスが思わず呆然としてしまうほど、予想外の方向。

 それは――上。

 何故、とアリスは留美の行動に疑問を浮かべた。天空縮地が出来ないのはこれまでの戦い方でわかっている。

 ならば何故ここまで追い込んでおきながら、人形という足場もない自分の不利な領域へわざわざ飛び込んだのか。

 ……しかしアリスは知らない。留美が留美として戦うための必要なポジションがそこなのだということを。

「これで……決めるッ!」

 アリスの真上に達した瞬間、腕に力を込め、『地ノ剣』を思いっきり握り締めながら留美は宣言する。

 最初から、これだけを狙っての一連の動き。もうこれ以上は足がもたない。

 だからこれで決める。

 否……決まる!

「はぁぁぁぁぁ……!」

 ありったけの魔力を集約させる。アリスは知らぬことだが、そのスピードはこれまでのものとは段違いだ。

 だがいかに魔力の集束が早くとも、アリスの動きの方が早かった。

「遅いんです……!」

 アリスが跳躍し、一気に留美の直下から距離を置く。

 留美のこれまでの動きは全てアリスの目くらまし、そして下準備かつ時間稼ぎだったのだろう。

 この一撃を確実に当てるための布石。実際アリスはその意外な行動の連続に判断が鈍くなり、動きも遅くなった。

 しかし、それでもアリスの方がわずかに早い。留美の『獅子王覇斬剣』がどれだけ強力だろうと、距離さえ取れば怖いものなどない。

 ……そのはずだったのに、

「……え!?」

 身体に圧し掛かるプレッシャーが、まったく晴れない。

 理由は明らかだった。先程の『獅子王覇斬剣』に込められた魔力量とは……違う。今回のそれはもっと巨大で、異質だ。

 さもありなん。留美は最初から『獅子王覇斬剣』を放とうなど思っていない。

 いま留美が放たんとしているのはその上。……まさしく受け継いできた七瀬の最大奥義である。

「……我、獅子の七瀬の末裔なり。故に今、御身の力を欲す」

 静かに紡がれる言葉。

 それは、詠唱ではない。呪文でもない。

「我と汝の眼前に在る全ての敵――」

 それは、

「――その一切合財を、蹂躙せよッ!!」

 盟約の一説だ。

 

 元々、『獅子王覇斬剣』とは『獅子王破山剣』と書く技であった。

 その意味は読んで字の如く。『山をも破壊する剣撃』ということである。

 読み方は同じとはいえ、どうして現状のような書き方になったかと言えば、それはひとえに威力が落ちたためである。

 技の継承を続けていく過程での劣化。更に七瀬の血筋自体の弱体化というのも重なり、さすがに山を破壊することは出来なくなってしまった。

 だが、それでも七瀬に伝わる最終奥義だけは一字とも変わらずいまのいままで受け継がれている。

 もちろん威力は落ちている。だがその名は畏怖や尊敬の念としてそのままで取り残された。

 その偉大なる技の名は――、

 

獅子王――

 

 留美の口から紡がれ、現実へと顕現する!

 

――破界剣ッ!!!

 

 振り下ろされた『地ノ剣』に遅れること一瞬。

 目に見えぬ巨大な破壊の圧力が、留美の眼下にあった全てのモノを根こそぎ叩き潰した。

「なっ……!?」

 アリスも防御・回避が間に合わずその不可視の波濤に巻き込まれてしまう。

 獅子王破界剣。

 まさに読んだままである。『獅子王破山剣』が『山をも破壊する剣撃』であるのなら、『獅子王破界剣』は『世界を破壊する剣撃』である。

 五大剣士の伝説において、凶悪なる魔族に最後のとどめを刺した桁外れの技。

 威力だけで言えば他の五大剣士のどの奥義よりも絶大。他の追随を許さないそれはまさしく最強の一撃。

 捻じ曲がる重力の連鎖は空間そのものを歪曲し、次元そのものを狂わせる。それは『対消滅』や『空間切断』と並ぶ防御不能の天蓋の力――『次元崩壊』に分類される攻撃だ。

 破壊の化身たる重力の鉄槌が地を砕き、家屋を砕き、そして五十万もの人形を砕き、全てを根こそぎ……それこそ蹂躙していく。

 威力、規模、効果範囲、どれを取っても『獅子王破山剣』の比ではなく。

「―――――ッ!!!?」

 人形の防壁など何の役にも立たない。あの良和の攻撃でさえ致命傷を避ける一助となった人形の壁がいとも容易く潰されていく。

 叫びはもはや声にならず。襲い来る重圧にもはや逃げる場所などないと理解したアリスはその身体が潰れる直前、

「…………これで、解放される…………」

 小さく涙を流し、破壊の渦にその身を委ねた。

 

 

「あれが……七瀬の最終奥義か。とんでもねぇな」

 その光景を遠目で見ていた浩平は、思わず苦笑する。

 決着は着いたのだろう。戦っていた人形が全て消滅したことこそそれを証明している。

「浩平の言うとおりになりましたね。どうします? 改めてワン軍に誘いますか?」

「いや、無理だろ」

 隣に並ぶ茜の言葉に、浩平は首を横に振る。

 そう、無理だ。そんな気は元々ないが、仮に誘ったところで返事などわかりきっている。何故なら、

「あいつの誇りはここに……カノンにある。七瀬留美はカノンの騎士。それはもう誰にも変えられないさ。残念だけどな」

「とても残念そうには見えませんけどね」

「はは、そうか」

 まぁそうだろうな、と浩平は笑みを浮かべる。だって嬉しいものは嬉しいのだから仕方ない。

 ゆっくりとこっちに向かってくる留美の誇らしげな顔を見て、浩平は思うのだ。

 やっぱりお前は見込んだ通り最高の剣士だったよ、と。

 

 

 

 鮮血が空を舞う。

 ギメッシュナーの一撃を受け落下していく神族の少女を、水夏はただ無表情に見つめていた。

 これでこの場にもう水夏と対峙出来る者はいない。即ちこの場での水夏の戦いはもう終わったと――、

「お嬢!」

 アルキメデスが『天の門』を展開するとほぼ同時、何かがこちらに高速で飛来してきた。

 それは剣だ。しかし物理的な剣ではない。それは黒と白の二色に染め上げられた魔力の剣で……、

「あれは――」

 まさか、という考えは光の結界が容易く突き破られたことで証明された。

「光と闇の対消滅で形成された剣……!」

 水夏は即座にギメッシュナーで剣を逸らすように弾き飛ばした。いかに存在概念の高い神殺しとはいえ、対消滅の力を真っ向から受けてはダメージが出るし、下手をすれば切断される。

「こんな芸当が出来るということは……噂の相沢祐一……?」

 攻撃先と思しき場所に目を向けると、そこに一組の男女がいた。

 しかしその二人は相沢祐一ではないとすぐにわかった。

 女性の方は確かに魔族のような気配がする。だが、相沢祐一はその名の通り男だし、何より気配の残りは人間のような気配だ。かの王は半魔半神。この少女は半魔人と言えるだろうか。

 残る男性の方は、紛れもなく人間そのものの気配。とはいえ、何やらそれだけではなさそうな感もがする。長年の戦闘経験が注意をせよと告げていた。

 だが、例えどんな相手でも――それがあの相沢祐一であろうとも――水夏のすべきことは変わらない。

 それはただ一つ。

 邪魔する者は排除する、ということ。

「今度の相手は君たちかな?」

 問いに、動きは二種類。

 傍らの少女はすぐさま落ちていった神族の少女の元へ駆け寄っていく。青年の方はただその場に立ったまま、こちらを射抜くような視線で見つめ、

「……あぁ。俺たちが相手だ」

 青年は剣を抜く。右手に剣を。そして左手に、先ほど投擲した対消滅の剣を。

「!」

「よくも俺の友人を傷付けてくれたな……」

 ようやく理解した。何故、ただの人間が対消滅の力などを行使出来るのかを。

 青年の瞳。全てを映しこむ鏡のように煌めく銀色の眼。そう、それこそ――、

「お前は――俺たちが倒す!!」

 あらゆる事象を再現する『鏡界の魔眼』。その特例を有する岡崎朋也が友のために死神の前に立つ。

 

 

 

 あとがき

 どうもこんばんは、神無月です。

 というわけで今回は留美VSアリスでございました。

 留美成長しましたねぇ。カノン王国編ではむしろ下から数えた方が早いくらいのレベルでしたが、ついに彼女も反則級である特殊攻撃『次元崩壊』系の技を会得。

 これでパワーファイターの面目躍如、と言ったところでしょうか。しかも何気にカノン軍の中じゃ祐一の『光と闇の二重奏』の次に効果範囲が広いという高性能っぷり。

 あ、味方ではありますがカノン軍じゃない郁美などは除いてます。まぁ彼女の実力は世界トップレベルですからそれと留美を比べるのも酷かもしれませんが……。

 何はともあれアリスも撃破。これで旧ダ・カーポ組六戦将の生き残りは一人だけになってしまいました。その最後の一人はさて何処か。

 次回は最後にあったように、朋也VS水夏です。実は未だ負け知らずの水夏に、朋也は打ち勝てるのか? お楽しみに!

 ではでは〜。

 

 

 

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