神魔戦記 第百七十五章

                          「力と力」

 

 

 

 

 

「んー……こっちはどうやら外れか?」

 警戒のため構えていた銃を下ろし、浩之は軽く息を吐いた。

 いま彼はリリスと、そして折原浩平、里村茜、霧羽明日美と五人で行動している。

 奇妙な構成だが、散開した後に偶然合流したのだ。敵の数を考えれば二、三人より四、五人行動した方が安全なのは間違いない。だが、

「気配探知が得意なやつがいない構成ってのが難点だな俺たちは。敵が見つからん。明日美ちゃんなんとかならないの?」

「う……すいません、折原王。わたしの千里の魔眼は基本ただ遠くを見るだけの能力なので相手がどの辺りにいるのかわかっていないとどうにも……」

「どんな力にも特性というものがあるのですよ、浩平。すいません明日美さん。別に浩平もあなたを責めているわけではないのです、そんなに落ち込まないでください」

「は、はい」

 よく勘違いされがちではあるが、千里の魔眼は索敵には向いていない。

 何故なら明日美の言うとおりこの魔眼は遠くを見通す能力だけを持つ。つまり『特定の場所に誰がいて何をしているのか』はわかっても、『誰がどこにいるのか』は掴めないのだ。

 明日美が基本、ダ・カーポで防衛戦を任されていたのもこの特性によるものがある。防衛戦であれば、見るべき場所は事前にわかっている。守るべき戦線、重要拠点、そういったもろもろの場所が把握出来ている防衛戦においてこの魔眼は真価を発揮するのだ。

「とにもかくにも、俺たちの場合は足で稼ぐしかなさそうだ。誰かの合流を待ってる余裕もないしな」

 気配探知に疎くとも、空気から既にいくつかの場所で戦闘が始まったのは誰もが感じ取っていた。だからこそ自分たちも急がなければならない。

 浩平はとりあえず歩き出そうとして、しかしその動きを浩之が片手で制した。

「……どうやらその必要はなさそうだぜ、折原王」

「あ? それはどういう――」

 浩平に答えるよりも早く、浩之は振り向き様のクイックドロウ。裏神殺し○○より放たれた光が浩平と茜の間を縫ってその後方に飛び、

「……なるほど。広範囲の探知は苦手でも、自分を中心とした局所的な探知は図抜けているようですね」

 いつの間にかいたらしい影が軽やかにその攻撃を回避した。

 勢いよく、というよりはむしろ葉が舞いあがったかのような身軽さで跳躍した影は、そのまま近くの民家の屋根に降り立つ。

 陽の光であらわになった姿は少女のそれだった。白銀の髪を二つに結い、どこか感情の削げ落ちたような雰囲気を持つ少女。そしてその姿は、

「え……?」

 明日美を驚かせた。無理もない。だって目の前にいる人物は彼女にとって見知った相手のもの。そう、彼女は、

「い、生きてたんですかアリスさん!?」

「……はい、お久しぶりです明日美さん」

「なんだ、知り合いか?」

「はい! 彼女は月城アリスさんと言ってダ・カーポの誇る六戦将の一人であり、しかもあの四大人形遣いの一人でもあるんですよ! アリスさんが味方になってくれれば千人力です!」

 そう言って、明日美は早足にアリスへと近付いて行く。無造作に。

 対するアリスはいつもの無表情で見返して――、

「……?」

 いや、違う。違和感がある。明日美はこちらを見下ろすアリスの顔をよくよく見て、その事実に気付いた。気付いてしまった。

 無表情、ではない。アリスの顔には確かに表情が乗せられていた。無表情にも見えるその視線の本当の意味は――、

「!」

 敵を見る、冷ややかな視線だった。

 ガキン!!

「え!?」

 気付けば、明日美の周囲を複数の白亜の人形が取り囲みその槍を突き出していた。しかし割って入った茜の水の防壁でそれら全ての攻撃が防がれる。

 茜は人形に意識を向けながらも明日美を一瞥し、

「油断はしない方が良いですよ。……まぁ元味方に対して気をつけろというのもなかなか難しいかもしれませんが」

「元……仲間……」

 もはや事ここに至っても理解できないほど明日美は愚かではない。

 アリスはウォーターサマーにくだったのだ。しかも何か理由があって戦わされているわけでもない。彼女の瞳は、明らかにこちらに向けた戦意がある。

 理解したくもなかったし、受け入れたくない現実だ。だがだからこそ訊ねた。訊ねずにはいられなかった。

「アリスさん! どうして……どうしてウォーターサマーの味方をするんですか!?」

「……とても単純な話ですよ」

 目尻に涙を滲ませながら問う明日美に対し、彼女は小さく、どこか歪んだ笑みを浮かべ答えた。

「……もう戻れない。……私はもう、あの人から離れられない」

 その眼は、悲しみでも絶望でもなく――恍惚。

「ただそれだけのことです」

 瞬間、数多の人形が一斉召喚され、周囲一帯が白亜に染まった。

 

 

 

 舞、佐祐理、一弥の三人は風子の攻撃から逃れた後、外に出るのではなく城内へと移動した。

 最初からその予定ではなかったが、不意に佐祐理が微弱な気配を感じ取ったのだ。

 その小ささから考えて、おそらく死にかけている。そしてここでそういう状況になっているとすれば、三人にとっての味方である可能性が極めて高い。

 美汐か、マリーシアか、ヒミカか。あるいは他の誰かか。判別出来ないほどに気配が微弱だが、急ぐ必要はある。三人は佐祐理を先頭として廊下を駆けた。

「もう近いね。にも関わらずこんなに気配が弱々しい……もう間に合わないかも……」

「諦めない」

「……うん、そうだね舞。諦めちゃ駄目だよね」

 走り、走り、走って……そしてソコに辿り着いた時、

「「「――!?」」」

 三人は揃って絶句した。

 中でも一弥の動揺は著しく、よろよろと前に出るも、いまにも転んで倒れそうな足取りだった。

 彼が向かう先、その視線には……、

「マリーシア……?」

 壁一面に、文字通り縫いつけられたマリーシアの姿があった。

 手が、足が、羽が星型の力に貫かれている。足元にあるおびただしい血の量は明らかに人体一人のそれを凌駕していた。

 しかも見るに、目や耳が潰されている。あれでは視力も聴力もないに等しいだろう。

「あの星……さっきの伊吹風子って子のものだよね。でもあれ、どうやら治療の効果を発揮しているみたい……」

 突き刺さった星型を見て佐祐理が呻く。あれがマリーシアの命をかろうじて繋ぎとめている原因であると理解しているが、また同時にそれがマリーシアを助けるためなんかではないこともまた理解してしまった。

 これは……そう、標本であり玩具だ。

 何かが風子に気に入られてしまったのだろうか。動きを封じられ、視界と音を奪われた中で傷付けられ、その度に死なない程度に治療され、延々と狂気を繰り返されていたのだろう。

 あまりにもむごい。一体あの伊吹風子とは何を考えこのようなことをしたのだろうか。

「佐祐理、一弥、ボーっとしない。マリーシアを助けないと」

「だ、駄目だよ舞! あの星がいまマリーシアちゃんの命を繋ぎとめてる! 治療の術がない状態であれを壊してしまったらマリーシアちゃんが死んじゃう!」

「っ……」

 慌てて動きを止める舞だったが、

「いや、問題ない。治療なら俺がやるからとっとと降ろしてあげてくれ」

 その言葉に弾かれるように振り返ると、反対側かやって来たらしい千堂和樹とトウカの姿があった。

「千堂さん!? どうしてここに……」

「多分同じ理由だと思う。俺も気配探知の魔術を発動したら弱々しい気配を感じて足を運んだんだよ。って、、それよりも早く降ろしてあげよう。……これは正直見るに堪えない」

「……そうですね」

 そうして皆でゆっくりと慎重に星型を撤去していく。マリーシアから抜き取った途端それらは消滅していくのを見るに、やはり完全に延命用に作られた力のようだ。

 全てを取り除き地上に降ろすとすぐさま和樹の治療が始まった。『全能の鍵』を経由して暖かな光がマリーシアを包み込む。

「マリーシアは……助かるか?」

 それまで顔を青くして終始無言のままだった一弥がようやく口を開く

 和樹は頷きを返したが、しかしその表情には苦々しさが滲み出ていた。

「身体の傷は治せそうだが……この目と耳、何かえげつない封印が施されてる。無理に誰かが破ったりすれば頭も纏めて潰しかねない」

「それじゃあつまりマリーシアの目と耳は……!」

「いや、そういうわけでもない。上手く引きはがすか、あるいは強引に取り除いても影響を及ぼさない手段が見つかれば大丈夫だ。俺じゃ無理でも、六ヶ国同盟には優れた術士が多くいるし誰かが出来ると思う」

「それは……あぁ、本当に良かった」

「あぁ、まったくだ……っと、どうやら意識を取り戻すぞ」

 一弥が、そして佐祐理たちもまた身を乗り出す。和樹の手の下で身じろぎするマリーシアがゆっくりと意識を取り戻し、

「危ない、千堂殿!」

「!?」

 ブワッと生きているかのように蠢く漆黒の翼が、脇腹を貫いた。

「かはっ……!」

 血を吐くが、和樹は生きている。トウカの言葉で咄嗟に身を引いていなければいまの一撃は間違いなく心臓を貫いて絶命していただろう。

「マリーシア!? どうした、マリーシア! その人は敵じゃない!」

「さ、叫んでも無駄だ……いまのこの子に声は届かない……!」

「でもマリーシアな僕たちの気配を知っている! 彼女の力なら僕たちのことは視力なんかなくてもわかる――」

「駄目、一弥離れて!」

「え!?」

 何を思うより早く、縮地で突っ込んできた舞に吹っ飛ばされた。受け身を取りすぐさま起き上がると、先程まで一弥がいた場所に数多の黒い羽が雨が突き刺さり剣山のようになっていた。

「やだ、やだ、やだやだやだやだやだやだやだ……!」

 マリーシアは顔を抱えて、身体をカタカタと恐怖で震わせて丸まっている。

 わかるわからない、ではないのだ。

 光もなく音もない世界で、ひたすらに繰り返される痛みと苦しみ。泣いて叫んでも聞き遂げられず、死ぬほどの痛みを味わっても治療され死ぬこともない

 そんな状況を続けられて心を保っていられるほど、マリーシアという少女は強くなかった。

 だから単純な話――、

「マリーシアちゃんの心は……もう壊れてる!」

「誰も来ないで近付かないで痛くしないで狂わせないで放っておいて何もしないで……!!」

「マリーシア!」

「もうやだ、やだ、やだやだ、誰も……誰も来るなぁぁぁぁぁぁ!!」

 気配の判別がつく精神状況ではない。いまの彼女にとって、感じられる気配は何であれ恐怖であり絶望であり敵だった。

 漆黒の翼が主を守るかのように肥大化する。吹きすさぶ羽が嵐のように渦を巻き、周囲を切り刻んで行く。

「マリーシアァァァァ!!」

 一弥の声も、届かない。

 自らの身を抱き、全てを除外せんと怯える少女の力が爆発する。

 

 

 

 激突は爆音から始まった。

 連続する爆発は敷き詰められた石畳をまくり上げ、土砂を降り注ぐ。破壊の連鎖は留まるところを知らず、周囲一帯を衝撃と炎で消し飛ばす。

 だがそれだけの破壊力を持ってしても――、

「おいおい、一応取り戻そうとしている街だろう? こんなに派手に壊して良いのかい?」

「まぁこればっかりは。わたしの辞書に『丁寧』の二文字はありませんし。あなたを始末するための必要経費としてもらいましょう」

 爆心地のど真ん中にいたはずの良和の身体には傷一つない。

 彼の身体を取り巻くように立ち上る陽炎のようなものがいかなる力も遮断する。それこそ彼の力たる『鬼の衣』だ。

 ――厄介な力ですねぇ。

 シャルはあれが攻撃を遮っていることにすぐさま気が付き、その強度を測るために攻撃を繰り返すが、その限界は見えてこない。

 爆風や打撃をものともしせず、良和はこれ見よがしに嘆息し髪を掻き上げ、

「やれやれ。二重の意味で頭が痛いね。一つは僕を始末するなんて不可能なこと。そしてもう一つはこの街の修繕をするのは結局僕らということさ。

 もう少し自重してほしいんだがねぇ?」

 王都カノンの三分の一近くを消失させた男の台詞ではないが、そんなことで感情を揺らがせるシャルではない。

「勝手な未来妄想も結構ですけど、ただこけしのように突っ立っているのもどうなんでしょうね?」

「戦えと? 様子見している人間風情に言われたくはないねぇ。だったら君も本気を出せよ。僕はその上を軽く凌駕して君を殺してみせよう」

「大言壮語、って言葉ご存知です?」

「僕には意味のない言葉だ」

 言葉を飛び交わせながらもシャルはあらゆる手で攻撃を仕掛けるのだが、攻撃は一つたりとも通らない。

 空中からの滑空爆撃を諦め着地したシャルは「んー」とわずかに困ったように息を抜き、

「まさかわたしが火力不足に陥ることがあろうとは、ね。いやはや、あなた鬼じゃなくて本当は大蛇なんじゃないですか?」

 シャルの攻撃手段は呪具によるものである。武器に依存する戦い方は効率的ではあるが威力を上げることが困難だ。

「確かに僕の性質は鬼よりも大蛇の方が近いね。ただ昨今、鬼の一族で名をあげる者は軒並み鬼の本質から外れている者が多いよ。

 僕然り風子然り、ね。あるいは鬼は現在進行形で進化を続けているのかもしれない」

「進化……ですか」

「つまり、より一層人間との差は開くばかりということだ。残念だったね」

「あはは、自信過剰もここまでくると笑えてきますね」

「だったら僕に攻撃の一つでも通してもらいたいものだが?」

「言われずとも」

 瞬間、シャルの姿が消えた。

 疾風となって良和の背後に回り込んだシャルの両袖からは原初の呪具『アルビカルト』の刀身が見えていた。

 それを×の字を刻むように振り下ろすが、斬撃は『鬼の衣』に止められる。だが無論これでは終わらない。

「――全ては連鎖する――」

 囁かれた呪いに呼応して、斬撃が連鎖する。ガキガキガキガキィ! と、まるで強固な金属を削り取るような音が響き渡る。だが、

「散発的な攻撃で駄目なら一点集中、ということか。浅知恵だな。元がただの斬撃じゃ『鬼の衣』を突破できるわけ――」

「そんなことは言われなくてもわかってますよ」

「なに?」

「一つ教えてあげましょう。人は弱いからこそ考える生き物なんですよ」

 そこでようやく良和は気付く。足元にいくつもの爆弾が転がっているのを。

 どうやら連鎖斬撃に気を取られている間に撒かれていたらしい。しかしそれでもなお良和は危機感を抱かなかった。爆弾を連鎖した程度では『鬼の衣』を突破出来ないのは先程既に実証済みなのだから。

 爆撃で『鬼の衣』を突破したければそれこそアリスのよう百万近い数を持ってこいという話である。

 だから気付かない。シャルの策に。

 シャルは片方の『アルビカルト』を爆弾に突き刺し、

「――全ては連鎖する――!」

 二人の足元で大爆発が巻き起こる。だが無論良和に傷一つつけることは出来ず――

「ん?」

 否、圧し掛かる爆圧がこれまでの比ではなかった。『鬼の衣』全体に負荷が掛かり、軋みをあげる。

 気付けば連鎖した爆発が外に広がらず、まるで壁に跳ね返されているかのように戻ってきていた。

「いや……見えないだけで壁があるのか!」

「ようやくお気づきになりましたか〜」

 声は頭上から。跳躍して爆発から退避していたらしいシャルは、そこで更に良和に向けて怒濤王の銃口を向けていた。

「わたしは呪具だけの女ではないのですよ」

 見る者が見れば気付いただろう。良和を中心にグルリと囲む形で透明な氷の壁が展開しているのを。

 しかもただの氷の壁ではない。シャルの魔術によって創られ、しかもある程度の威力の攻撃を跳ね返す効果を持った特殊な結界だ。

 それを全て内側に向けて、外へと逃げる爆発の衝撃や炎を内側へと返し威力を底上げしていたのである。

 そしてそこで終わらせるシャルではない。

「一撃の威力で駄目なら、やはり単純に手数で勝負です。そして手数でも足りないのなら、創意工夫をする。これぞ人の在り方です」

  悠然と言いのけ、

「――触れし物は加速する――」

 放たれる弾丸もいつものではなく全て爆弾が装填されていた。呪いで速度を上げた爆弾は着弾と同時、あるいは他の爆発によって誘爆し、それが更に連鎖され、一気に炎の華が咲き乱れる。

 遮られたことで上にしかない逃げ場を求めて爆炎が空へと舞い上がって行く様は、まさしく空を彩る――炎の華。

「呪具連携――爆炎の園・集ダイナマイトガーデン・クローズ

 くるりと一回転して着地したシャルは、ごうごうと煙を上げる爆心地をただ眺める。

 あれだけの破壊力だ。普通であれば終わったと思うだろう。しかし、

「……やれやれ」

 表情はいつもの笑顔であったが、近くにいたリディアたちは気付いていた。……シャルが未だに戦闘態勢を崩していないことを。

「いや恐れ入った。なかなかやるじゃないか。まさか『鬼の衣』を多少なりとて突破するなんてね」

 変わりなき声。煙の晴れた先で良和はほとんど以前と変わらぬ姿でそこにいた。強いて言うなら服が少し焼けていたり怪我を負ってはいるようで多少なりと『鬼の衣』を貫いたようだが、それだけだ。

 ――これは相性悪いですねぇ。

 シャルの戦闘スタイルは広域殲滅がメインだ。戦法のバリエーションが豊富なので対個人もこなせはするが、良和の特性はあまりにシャルとの相性が悪い。

 シャルは呪具を使用するわけだが、基本的に呪具は最初からある程度威力が決まっている。

 どれだけ魔力を込めようと、刻まれた呪い分の効果しか発揮しない。無論、込めた魔力量で多少なりの違いはあるにせよ微々たる変化だ。

 これが普通の防御結界などであれば容易に対処出来ただろう。結界破壊用の呪具だって持っている。

 だが良和の『鬼の衣』は普通の結界とはわけが違う。あれは良和の魔力が溢れているだけのものであり術式によって構築されたものではない。

 一度形成された結界とは違い、、垂れ流し状態の魔力では結界破壊系の呪具を使っても壊せるかどうかわからず、仮に壊せたところですぐに元通りになってしまうだろうから意味がない。

 つまり『鬼の衣』を破るためには真正面から力技で貫くしかないわけだが……現状のシャルの火力ではそれが難しい。

 さてどうしたものかと悩んでいると、相手に動きがあった。それは手を空に掲げる動きだ。

「頃合いかな? 『鬼の衣』を貫いたお礼に、こちらも一つ力をお見せしよう」

 次の瞬間、彼の手の中に槍が生まれた。否、召喚されたのだろう。どうやら多少の魔術も扱えるらしい。

 だがシャルはその事実よりも、現れた槍に目を見張った。

 見覚えはない。だが理屈ではなく、感覚でわかった。あれは間違いなく、

「原初の呪具、ですね」

「わかるか? さすがは同じ原初の呪具の使い手、とでも言おうか。ならその力もいま――お見せしよう」

 ガン! と地面に突き刺さったままのアルビカルトを良和は蹴り抜いた。吹っ飛ばされたアルビカルトはシャルの元へ飛んでくるが、シャルはそれを器用にキャッチする。

 しかし良和の狙いは攻撃でも何でもない。ただこう言っているのだ。

 同じ原初の呪具で勝負してみせろ、と。

「行くぞ」

 ニヤリと口元を歪めた良和が手に持つ槍を構え、一気に地面を蹴った。

 一足飛びで接近してくる良和に対しシャルはアルビカルトで迎撃する。

「――全ては連鎖する――」

 ガキィン! と激突の火花を散らし、原初の呪具同士がせめぎ合う。連鎖斬撃によって着実に押し返されながら、しかし良和の表情はあまりに余裕だった。

「その剣もこいつと同質の呪いのようだが……相性が悪かったな」

「どういう意味です?」

「この呪具の名を教えてやろう。こいつの名前は『ディンガルディン』。その呪いは――」

 ドクン、と。その名を聞いた瞬間シャルの中で何かな疼いた。

 だがそれが何かを疑問に思う余地もなかった。何故ならば――、

「――全ては集束する――」

 ギギギギギギギィ! と虫の鳴き声のような音と共に莫大な力が槍へと急速に集束していく。

「この呪いは……!?」

 それは良和の鬼の力だ。普段彼が放出している鬼の力がそのまま槍の穂先一点へと集まれば、その力はまさしく絶大。

 振り抜けば街の三分の一を消し飛ばす威力を出すのも道理。そしてそんな力をそのまま受けたとすればどうなるか?

 答えは、ビシッ、という鉄の割れる音となって現れた。

 呪い同士の衝突。『ディンガルディン』と激突した『アルビカルト』が鬼の力の集束に耐えきれず罅を生み、

「なっ――」

 パリィィィィン! と、目を疑うほどにあっさりとシャルの切り札たる呪具『アルビカルト』の刀身が砕け散った。

 だがそれで終わらない。突き出された『ディンガルディン』はなおも奔り、そして――。

 

 

 

 不敵に笑う小夜を、さやかは常のような飄々とした態度でありながらも注意深く観察していた。

 こちらの魔宝の気配に怯む様子も警戒する素振りはない。あまりにも態度が余裕だった。だからこそ疑念が生じる。

 水瀬の『不通』とはいえ、さやかの攻撃を防ぎきれはしないはず。伊月ならあるいは、とも思うがそもそも結界構築が苦手な小夜ならその心配は皆無だろう。

 ならば何か別の手段でこちらの攻撃を防ぐ手立てを見つけたのか。あるいはこちらの攻撃よりも先にどうにか出来る攻撃方法でも見出したのか。

 普通なら考えられないことだが、さやかは小夜の自信に満ちた顔を見ていると不安を拭えなかった。

 数の上でも実力の上でも有利なのはこちらのはずなのに嫌な予感が消えない。何か自分は重要な点を見落としてはいないだろうか……?

 そんなさやかの不安に気付いているかのように小夜は口元を釣り上げた。舞台役者のように両手を広げ、そして、

「いまから楽しい楽しい舞台が始まるわ」

 小夜がそう告げた、まさにその瞬間だった。

 ドン、と。背後から軽い衝撃がさやかを襲った。

「え……?」

 最初、何が起きたのかまるでわからなかった。だが背に熱を感じ、ふと見下ろせば――自分の脇腹から、血に濡れた刃が突き出ていた。

 刺された。それを認識するまで、間抜けなことに五秒近くの時間を要した。

 だって理解出来ない。前方にいる小夜はまったく動きを見せていない。そして近辺に小夜以外の敵の気配もないのだ。だったらこれはどういうことなのか?

「……ごめんなさい……でも!」

 声は背後から。誰の、など考えるまでもない。前に蒼司、隣に美絵がいるのだ。後ろにいるのはただ一人。

 蒼司の妹――萌以外にありえない。

「萌!?」

「萌ちゃん……どう、して……」

 蒼司の驚愕、さやかの疑問。対する萌は身体を震わせてはいたが、瞳には間違いなく彼女自身の意志があった。

 操られているわけではない。彼女は彼女自身の考えで、この行動を取ったのだ。

「……あなたさえ殺せば、ウォーターサマーはわたしたちの帰還を許すと言ってくれました」

「なに?! 萌、お前ウォーターサマーと連絡を取っていたのか……?」

「いえ、連絡をいただいたのはつい最近、しかもあちらからです。でもわたしはそれを受けた。だって……」

 ズブリ、と短剣が抜かれる。赤く濡れたそれを払い捨てて、萌は蒼司だけを見つめ、叫んだ。

「だってわたしは本当にお兄さまが好きだから!」

 そんな萌の言葉を後ろに聞きながら、しかしその意味はさやかの頭を素通りしていった。

 意識が朦朧とし始めているからだ。刺された部分に熱を感じていたはずが、いまは逆に傷から熱が抜けていくかのように寒い。

「う、あ……」

 膝から崩れ落ちる。さやかは魔宝という尋常ならざる力を持ってはいるものの、それしか使えない体質である。

 並の魔術は愚か、身体強化さえ出来ないのだ。よって彼女にとってはこの刺し傷一つが致命傷になりかねない。

「さやか先輩!!」

「ちょっとしっかりしなさいよ!」

 蒼司と美絵がそれぞれ駆け寄るがどうしようも出来ない。誰か治療が出来る仲間のもとへ戻らなければ間違いなくさやかの命が失われる。

 美絵が慌ててさやかを抱きかかえ傷口を手で押さえながら、

「この出血量……このままじゃまずいよ! ここは逃げよう!」

「ああ、わかってる!」

 反対側にまわりさやかの肩を抱えようとして、しかしその蒼司の動きを腕を掴んで邪魔する者がいた。

 萌だ。

「駄目、お兄様! わたしたちはここに残るんです! こんな場所に……いえ、そんな女の近くにいては命がいくつあっても足りません!」

「萌!」

「そもそもウォーターサマーに反旗を翻して本当に勝てると!? わたしは死にたくありません。お兄様にも死んでほしくありません。だから!」

「萌が俺を大事にしてくれるように、俺にとってはさやか先輩が大事なんだ。それくらいはわかるはずだろう!」

「わかりたくありません! わたしはお兄様さえ一緒にいてくれればそれで――」

「残念だけど、それは一生訪れないわ」

 瞬間、一条の熱線が萌の身体を貫いた。

「え……?」

 まるで先程のさやかのように呆然とした表情で攻撃の先を見やる。

 そこにいるのは他でもない。不通で覆った片手を掲げ、嫌らしく微笑む小夜がいた。

「が、ぐっ……水瀬、小夜ォ! 裏切りましたのね……ッ!」

「裏切り? ハッ、裏切り者であるあなたにあたしのことをとやかく言う資格があって? あたしから言えるのはたった一言、これだけよ」

 嘲るように見下して、

「騙される方が悪い、ってね」

「うああああああ!!」

 最後の力を振り絞って小夜へと突撃するが、それはあまりに無謀な突撃だった。

「本当にバカな子」

 掲げられた『不通』から放たれた数多の熱線に体中を串刺しにされ、萌は辿り着くこともなく力尽きた。

 それはあまりにあっけない最期だった。

「萌……!」

「あらあっけない。ククッ……あはは、……あはははははは! 簡単簡単! 人間なんてこんなものよ!

 ちょっと甘い言葉を仕向ければこうも容易く揺らぐんだもの。『白河の魔女』もこうなっては形無しねぇ?」

「貴様……水瀬小夜!!」

「おっと、動かない方が身のためよ解体者。いまの見たでしょう? あたしならここから白河さやかを串刺しに出来るのよ?

 あんたたち二人程度にあたしの攻撃は打ち消せないし、あんたたちがその距離からあたしを殺すよりも早く撃てる。頭の良いあなたならわかるわねぇ?」

「ぐっ……!」

「くふふ……さーて。それじゃあこれからどう料理してくれようかしら? あ、良いこと思いついちゃったわ。これからあたしは『白河の魔女』を攻撃する。

 でも人一人貫けないレベルに出力を落として、ね。つまりあなたでも迎撃出来るくらいの威力になるわけ? これどういう意味かわかる?」

「……何が言いたい?」

「必死に無様に踊ってみせなさい、と。つまりはそういうことよ」

 告げた瞬間、小夜の両手から合計三十近い熱線が一気に放たれた。それはあらゆる方向へ散るが、

「――力は捻じ曲がる――」

 呪いによって一斉に方向を転換し、さやかへと殺到する。蒼司が間に割って入って熱線を両手の短剣で打ち消すが、精々四、五つ程度。

 残りの二十以上の熱線は蒼司の身体に突き刺さった。

「ぐ、あ、ああ……!」

 身体を焼き貫かれる痛みに耐えて、どうにか踏みとどまる。小夜の言っていることは事実のようで、背後のさやかにまで熱線は届いていなかった。

 遊ばれている。小夜が本気なら蒼司ごとさやかや美絵を串刺しに出来ただろう。だがそれをしないのは、蒼司の、そしてさやかの反応を楽しみたいからにすぎない。

「あはははは! お早いお早い! 忠犬みたいなスピードね。痛いでしょうにねぇ。逃げたければそっちの女を連れて逃げて良いのよ?

 ただあたしは『白河の魔女』さえ殺せれば良いんだから。ほら、命が惜しければ逃げなさいよ」

「逃げるものか……。俺はさやか先輩を守る。例えこの身を犠牲にしてでもだ!」

「あ、そ。じゃあ次行くわよ。耐えてみせなさい?」

 再び熱線が来る。先程とは別方向、別角度からの攻撃だ。もしも蒼司が小夜に突撃すれば迎撃出来ないような絶妙な角度と距離。

 だから蒼司がいま出来ることは、さやかの壁になることしかない。

「ぐぅ!!」

 なるべく多くの熱線を短剣で防ぐも、過半数は蒼司の身体に突き刺さる。数が多く速い攻撃に、対処の仕方は絞られてしまっていた。

「くそ! だったら私が――」

「逃げようとしない方が良いわよ?」

 蒼司が堪えている間にさやかを連れて逃げようとする美絵に、小夜の言葉が突き刺さる。

「あなたが逃げようとして距離を取れば、あたしは攻撃の出力を上げる。そこの男共々、一気に貫くことが出来るのをお忘れなく。

 あたしがこんなゲームにうつつを抜かしているのは、そこに『白河の魔女』がいるからこそだということをお忘れなく、ね?」

「この悪魔め……!」

「お褒めいただきありがとう! あはははは!」

 釘を刺され身動きも取れない状況で、ただただ熱線が幾度となく発射される。

 その度に蒼司が身を呈して防御に回ることでさやかたちは未だ攻撃を受けていないが……蒼司の身体はもはや限界が近かった。

「そ、蒼司くん……」

 朦朧とした意識の中で、さやかは蒼司を見た。

 あんな敵、魔宝が使えれば一撃で終わるのに、意識の集中出来ないいまではコントロール出来ず暴発してしまうだろう。

 即ち――無力。自分が弱いから、情けないから、最愛の人が苦しんでいる。そしてそれを見ていることしか自分には出来なくて……。

 悔しかった。悲しかった。見ていられなかった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「お願い、もう、もうやめてよ蒼司くん……! わたしは、わたしならもう良いから……! 水瀬小夜! 狙いはわたしなんでしょう!? なら早く殺しなさい!」

「ってご本人は言ってるけどぉ?」

「先輩は……俺が守る」

「蒼司くん!!」

「あはははははは! 良いよ良いね良い構図だねぇ。泣かせるわねぇ! ……でもそろそろあたしも飽きてきちゃった。次で終わりにしよっか」

 スッと小夜が右手を掲げる。手の甲を覆う『不通』の中に力が出現する。彼女の技の出だしを意味する光景だ。

 しかも感じる魔力の昂りはこれまでの比ではない。おそらく相当な数の熱線が放たれるだろう。

 そしてもう、蒼司の身体は限界をとっくに超えていた。

「何度も言うけど、避けても良いのよ?」

 最終通告。しかし蒼司の瞳は、どこまでもまっすぐだった。

「だったら何度も言わせるな外道」

「あら残念」

 手の『不通』に目に見えぬほどの穴が開き、そこからこれまで以上の数の熱線が迸る。それは空中で何度も射線を変化させ、そしてさやかを狙い、

「駄目、避けてお願い蒼司くん!!」

 だがそんなさやかの言葉を無視して、全射線からさやかを守る位置に蒼司は身を割り込んだ。そして――。

 

 

 

 死神が中空を疾走する。

 空を飛ぶ相手というのはそれだけで対処が難しい。エアなどの神族が人間族に優位に戦える根本的な理由としてそのアドバンテージがある。

 オールレンジの戦いに対応出来るのは神族としての翼を持つあゆだけだ。一応、亜衣も恋も一時的な空中戦は可能だが、あくまで一時的なものでしかない。

 藍とハリオンに関してはそもそも空中戦が出来ないという状態だ。

 であれば、水夏との戦いであゆが中心となるのも当然と言えるだろう。

 数の上では五対一。飛行というアドバンテージを差し引いても全体を考慮して有利なのはあゆたちの方だと、彼女たち自身そう思っていた。

 ……戦闘を始めて五分を過ぎるころには、その楽観は欠片もなく消し飛んでいたが。

「えぇぇぇぇい!」

 光の刃を具現させたグランヴェールを構えあゆが突撃する。だが水夏はその高速の一撃を、ギメッシュナーの柄尻で軽く押し出すようにして受け流した。

「わっ!?」

 受け止められればそのまま近接乱戦に持ち込もうと考えていたあゆだったが、受け流されてしまったために自分の勢い分距離を離されてしまう。

 だがその隙を縫うようにして、亜衣と恋が水夏に迫る。亜衣は魔力で形成した炎の翼を、恋はゲイルバンカーから噴射する炎をそれぞれ利用して一時的な空戦を可能にしていた。

 とはいえ元来それぞれの力は速度強化、威力強化を目的としたものであり、空戦能力は応用でしかない。よって細かい挙動や、素早い反応は難しいという一面がある。

 そして水夏はそういった隙を見逃さない。

 挟み撃ちをするように逆方向から迫る二人に対し、水夏は待ち構えるようなことはせず自ら前方、亜衣へと接近した。

「!」

 肉薄は一瞬。だが亜衣の反応も素早かった。袈裟斬りの一撃をディトライクの柄で受け止める。しかし、

「瞬間変形、第三形態第二、出力強化」

 水夏の呟きにギメッシュナーが一瞬でその姿を切り替えた。亜衣が目を見張り、

「神殺しの変形をそんな一瞬で……!?」

「同一レベルで二種の形態を持つ第三だからこそ芸当だよ。と言っても慣れは必要だけどね。まぁまだ第二形態の君じゃ知る由もないことだろうけど……ボーっとしてて良いのかな?」

「え?」

「その子、壊れちゃうよ?」

「!?」

 ギチギチという嫌な音。見れば、闇の刃がディトライクの柄を徐々に、しかし確実に削り始めていた。

 第二形態と第三形態ではそもそもの出力が異なる。その上一点突破の威力重視である第三形態の第二ともなればその差は明白だろう。

 亜衣は咄嗟にディトライクを縦に捻ると、片翼を爆発させ、その勢いを利用し身体を強引に回転させた。コマのの要領で弾き飛ばそうとする動きだが、水夏は同じ方向へ身体を回転させることで弾かれぬまま再度互いの神殺しが激突する。

「くっ……!」

「逃がさないよ」

「だったらこれはどう!?」

 背後、ようやく追いついた恋が蹴りの体勢で突っ込んでくる。

 だが水夏はそちらを見ようともしない。ただアルキメデスの目が光り、恋の蹴りは中空で見えない壁に阻まれた。

「くっ、また……!」

 既に何度めだろうか。恋の攻撃はほぼ必ずこの光の壁によって遮られてしまう。

「恋ちゃんたちの援護をします! ハリオンさん!」

「はい!」

 地上にいる藍とハリオンが神剣魔術で水夏を狙うが、それもまたアルキメデスの光の壁で容易く防がれてしまう。そもそも威力重視のゲイルバンカーが止められている時点で、二人の魔術程度でどうこう出来るものではないのは自明だった。

 だがそれでもなお諦めないのは、せめて撹乱だけでもという狙いがあったからだが、その程度でどうにかなるような相手ではないのだ。

「まずは君を無力化する」

「!」

 ギメッシュナーの連打が亜衣に放たれる。先天的な目の良さからそれらをかろうじて捌いていくが、

「空中戦は、勝手が違う……!」

 彼女は普段地に足着く地上で戦う。空中戦は不慣れというよりほぼ経験がないのだ。

 それを示すかのように水夏はオールレンジあらゆる方向から攻撃を繰り出していく。

「地上と空中じゃ動き方が違う。特に地面がないから踏ん張りは効かないし、下からの攻撃も幅が生まれる。目が良いみたいだけど、それだけじゃ埋まらないよ」

 差は明白だった。見切りの才能だけで埋まるレベルではない。

 防ぎ、いなそうとした一撃がするりと抜けて手を強打する。痺れた腕で二撃目をどうにか受け流すが、次の挙動が遅い。三撃目でギメッシュナーの柄尻がみぞおちにぶちこまれた。

「かはっ……!?」

「君は魔術効かないみたいだから簡単に無力化出来ない。だから悪いけど一気に行くよ」

 くの字に折れ曲がった亜衣に対し、柄を振り上げて顎を打ち上げた。頭を揺さぶられ意識が散った亜衣の背中から炎の羽が消えてしまう。

 しかしそれで終わらない。水夏はギメッシュナーを半回転させると先端部で亜衣の両肩を打撃した。

「――ぃあ!」

 ボキン、という聞くに堪えない音がした。

「神殺しを経由しないと外側の身体強化も出来ないのが君の弱点だね。意識が散れば神殺しとの連携も消え、身体強化もなくなる。その両肩、壊させてもらったよ」

 的確な攻撃だった。ディトライクなしでは戦えない亜衣の両腕が破壊されてしまえば実質的に無力化されたに等しいのだから。

 まず一人。

 飛行手段を失い墜落する亜衣。それを受け止めようと滑空するあゆを見つけ、

「次はあなたかな」

「その前に私よ!!」

 再び恋が来た。ゲイルバンカーの各所から炎を吹き上げ、強烈な蹴りを見舞う。

 アルキメデスの光の結界に遮られたものの大気が軋みを上げ、なお恋は諦めない。

「この程度の結界で何度も何度も止められると思わないでよね! ゲイルバンカー! 意地を……見せなさいよ――!! 」

All right!

 ゲイルバンカーが一際強烈な光を放ち、渦巻く炎を纏って、

「良い気迫だけど、相手の攻撃を待つほどボクはバカじゃないよ」

 だが先に水夏が来た。

「!?」

 まさか自ら結界を通過して来ると思ってなかった恋は反応が一瞬遅れる。

 そしてその一瞬が最大のミスだった。

 ギメッシュナーの闇の刃が空を凪ぐ。その一撃こそゲイルバンカーで受け止めた恋だったが、一撃の重さに耐えきれず吹っ飛ばされる。

 無理もない。彼女が空中にいるのはあくまでゲイルバンカーが吹き出す炎の力だ。ゲイルバンカーを防御に回せば空中で体勢を維持できない。そして、

「追撃を」

「うむ」

 アルキメデスの目が光る。

 恋の吹っ飛んだ方向へ光の巨砲が放たれ、体勢を整えられない恋はそのまま光に飲み込まれ魔力爆発に飲み込まれた。

 墜落していく恋を見るにかろうじて防御は出来たようだが完全に意識は失っているらしい。だらりと力の抜けた身体が無造作に地上へ吸い込まれていく。

 これで二人目。

「恋ちゃん!」

 その下まで慌てて駆けた藍が神剣魔術の風の力で恋の身体を受け止める。

 だがそこで安堵してはいけなかった。敵は既に二人を無力化し、そしていま相手している者はいないのだから。

「藍さん後ろです!」

「!?」

 ハリオンの声に振り返れば、すぐ目の前でギメッシュナーを振るう動作をしている水夏の姿があった。

 慌てて神剣で防御しようとするが、

「え……?」

 水夏の一撃は……藍の神剣をいとも容易く切り裂いてしまった。

「ボクの第三第二の出力を受け止めたいなら、せめて第四位以下じゃないと無理だよ」

 茫然とする藍の前に水夏の手が掲げられる。防御手段を失った藍は、水夏から放たれた闇魔術に直撃し恋共々大きく吹っ飛ばされてしまった。

 三人目。

「藍さん!」

「人の心配している余裕あるのかな」

 ハッとしたハリオンの眼前、ギメッシュナーから放たれた闇の斬光が迫る。

アキュレイトブロック!」

 永遠神剣で受け止めたら破壊される。だからとハリオンは神剣魔術で防御を試みるが――甘い。

 魔術で防げる程度の攻撃に、存在概念の高い神剣が壊されるはずがないのだ。

 構築した防壁はあっさりと切り裂かれ、ハリオンを飲み込み地面共々撃破された。

「きゃあ!?」

「ハリオンさん!」

 四人目が倒れた。

 亜衣を地面に横たえたあゆは、その事実に目を見開いた。

「つ、強い……」

 強すぎる。五人がかりでありながら手傷の一つも負わせられない。

 それどころか亜衣が無効化され、恋とハリオンは相当のダメージを負っているし、藍に至っては神剣を破壊されてしまっている。

 これが稲葉水夏の力。歴然なる実力差だった。

「もう一度だけチャンスをあげる。これが最終通告だよ」

 唯一立っているあゆに向け、水夏は息一つ切らさず平坦な声で告げた。

「逃げてくれるなら追わない。退いてはもらえないかな?」

「お断りだよ! ここはボクたちの国だ。絶対に取り戻してみせる!」

「……うん、なら仕方ない」

 ギメッシュナーを軽く振るい、そして構える。その目に先程よりも明確な戦意の火が灯った。

「ならここからはもう加減しないよ」

 これで手を抜いたと言う。だがきっとそれが誇張でも何でもないことをあゆは悟った。

 何故なら無力化されたとはいえ四人はまだ生きている。水夏がその気ならば四人は間違いなく死んでいただろう。

 きっと元来水夏は優しい性格なのだ。一度決めたら容赦はしないようだが、それでも随所にそんな彼女の性格が表れている。

 状況が違えば、所属する国が違えば、あるいは仲良くなれたかもしれない。

 けれどいまは敵。しかもこちらを全滅させることの出来るだけの力を持つ難敵だ。

 だが明らかにこちらを軽視している。負けることなどおそらく考慮してない。それだけの実力差があるのだから無理もない。けど、ならば――そこが隙となるはずだ。

 ならばその油断の間に、最大の一撃を当てる。それが唯一の攻略法だとあゆは決めた。

「ボクは……ボクたちは負けない。祐一くんがいないからこそ、ボクたちがしっかりとしなくちゃいけない。だから――」

 あゆもまた、グランヴェールを構えた。その柄をグッと握りしめ、

「どんなに君が強くたって……勝つんだ、絶対に!!」

 刹那、溢れた光の魔力がグランヴェールに咲き誇り、あゆの背に魔力の翼が顕現する。

 グランヴェールの穂先はどこまでも透き通った光を帯びて、なお輝きの高まりは止まらない。

 目も開けぬほどの極光を纏わせ、あゆは前方の敵を見た。

 

その名は(コードオブ)――

 

 意志を魔力とグランヴェールに乗せる。勝つために。守るために。

 全力を持って――その名を呼ぶ!

 

――神をも穿つ光の魔槍(ロンギヌス) ”!!

 

 刹那、二対四翼の輝きが爆発し大地を砕きながら疾駆した。

「させんよ!」

 アルキメデスの目が光り、二重三重の光の壁が展開する。

 だがこの攻撃の前に光属性は意味を成さない。何故ならこれは光を持って光を討つ力なのだから――!

「ぶち抜けぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 言葉通り、『天の門』が砕けた。そしてそのまま更に加速してあゆは防御をなくした水夏へと突き進む。

 当てて終わると、そうは思わない。だが致命的な一撃にはなるはずだ。だからここは是が非でも押し通る。その覚悟と力を込め、突き進み、

「良い覚悟。そして良い攻撃だね」

 そして光の刃は――水夏の身体を貫いた。

「――でも」

 ……ように見えたが、

「ボクには、届かないかな」

 その穂先は、ギメッシュナーの展開している闇の刃に押し阻まれていた。

「そんな……!?」

 いかに対神攻撃であるとはいえ、光属性の対魔効果が消えているわけではない。

 にも関わらず、全力の魔力を込めた一撃があんな小さな闇の刃を貫けない理由。

 考えたくもない事実。認めたくない現実。何のことはない。それは――、

「君たちの力は、ボクの遥か下にある」

 水夏が腕を振り上げる。軽い動作のはずなのに、グランヴェールの刃が簡単に打ち上げられてしまった。

 力が殺がれ、魔力も霧散した。そのうえグランヴェールは上を向き、あゆも魔力を使いはたして瞬時に身動きが出来ない。

 即ち――その懐は、悲しいまでに隙だらけだった。そしてそんな隙を見逃す水夏ではなく、

「!」

 一瞬。その刹那にあゆの懐に潜り込んだ水夏はただ悲しげな瞳でギメッシュナーの刃を構え、そして――。

 

 

 

「死ね、人間」

『ディンガルディン』の穂先がシャルの胸を圧倒的な力で貫き――、

 

 

「バイバイ、解体屋さん」

 四方八方から迫る『貫焔の夜』が蒼司の身体をめった刺しにして――、

 

 

「さようなら」

 闇の刃があゆの身体を斜めから切り裂き――、

 

 

「――――――ッッッ!!!!」

 誰かの無力な叫びが、空を焦がした。

 

 

 

 あとがき

 ……相変わらず神魔の一話は長いなぁ。

 というわけでどうも神無月です。今回はまた何というか……うん。こんな感じで。

 まぁ各所劣勢続きですが、断然桁違いに強いのが水夏。ぶっちゃけいまのカノン軍で彼女とサシで対抗出来る人なんかそうそういないのでありますよ。

 状況を限定出来るなら祐一とさやかくらいだろうか。複数OKなら朋也、渚、ちとせ、郁乃、美凪くらいかしら。

 今回の敵は平均レベルがこれまでの敵とは段違いなのでカノンも苦戦するでしょう。

 今後どのようにカノンが戦っていくのかを楽しみにしていただければと思います。

 ではでは〜。

 

 

 

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