神魔戦記 第百六十五章
「絶望の侵攻」
時間を遡る。
それは未だ陽も昇らぬ時間。深夜と呼ぶか早朝と呼ぶか迷うような、そんな頃合い。
カノン王国の王都カノンで、美汐が祐一たちを見送ってから三十分ほどしてからのことだった。
――05:02――
天野美汐は、執務室にて書類を眺めていた。
とはいえ重大な書類ではない。そういったものは祐一がシズクへ向かう前に全て終わらせているので、ここに残っているのはワンランク下がる、しかし無碍には出来ないような、そんな書類が残されていた。
例えば警備隊からの人員増強の申請。例えば老朽化した施設の撤去、及び改築案。例えば最近手狭になってきた兵舎の増設案など。
いまする必要はないがいずれはやらなくてはいけないだろう案件というものがゴロゴロ回ってくる。
もちろんカノンの資金も潤沢と言えるほどではない。多少の余裕はあるが、じゃあそれをどこに回すかという点が問題になってくる。
軍に所属する隊長としては、やはり兵の増強などに資金を回したい気持ちもあるが、祐一の考えは民あっての国。ならばそちらを優先すべきか?
「……やれやれ。考えていたらキリがありませんね」
ふぅ、と軽く嘆息して書類を机に置いた。疲れたように首を回し、椅子に背を預けた。
部隊を纏めたり指示を出したり、そういった統率能力こそ高いものの、こと政治などの内政能力になっては美汐は決して高くはない。
むしろそういったものは有紀寧や香里の領分だ。
苦手という程でこそないものの、あれこれと考えすぎてしまう分どうしてもこう、と結論を出せない部分があるのだ。
「ま、やれるのが現状私しかいないのですし、愚痴を言っても仕方ないのですけど」
香里は祐一と共にシズクへ。有紀寧は城にいるが、魔術の練習にかかりっきりだ。もちろん声をかければ手伝ってくれるだろうが、その意思の邪魔はしたくなかった。
五分ほどそうしてボーっとしていただろうか。さてそろそろ再開しようと書類を手に取ったところで――それは起きた。
「た、大変です天野隊長!」
駆けこんできたのは警備兵だった。その様子は明らかに狼狽しており、何かが起きたと思わせるには十分だった。
「落ちついて報告してください。何があったのですか?」
「ルトゥ海岸に展開していた部隊より通達! 遠方視認の呪具により水平線上に多数の船影を確認したとのこと!」
「!」
――まさか、ウォーターサマー? いやしかし展開があまりにも早すぎる……いえ、いまは……。
思考が駆け廻るが、結論は後だ。いまはその対策を。それが美汐に託された任務なのだから。
「正体不明の船影を確認する必要があります。しかし多数ということは迷い込んだ船……というわけではないでしょう。第一種戦闘配備を。
また、アーフェンの村などの兵に通達。村民を速やかにエフィランズまで移動させるようにと。エフィランズの方もすぐに移動出来るよう準備させておいてください」
「あ、天野隊長はもし敵だった場合そこまで侵攻される恐れがあると……?」
「最善は尽くしますが、自信と慢心で民を失うわけにはいきません。万が一を考えて事前に行動を取っておくのは当然でしょう。あなたも行きなさい」
「は、はっ!」
慌てて敬礼をし去っていく兵を一瞥し、美汐もまた立てかけておいた槍を手に取った。
状況から考えてこれは敵対行動。しかも十中八九相手はウォーターサマー。
来ている戦力は不明だが、一夜にして一国の王都を壊滅させるほどの集団だ。警戒してしすぎるということはない。
何故か、という理屈は後回しで良い。いまはまず状況の確認と、そして対策だ。
「こうなると、面倒な書類作業も恋しくなるものですね」
先程机に置いた書類を見て苦笑しつつ、美汐は空間跳躍で執務室から姿を消した。
――05:09――
城内が俄かに騒がしくなり始めたことに有紀寧は気付いた。
魔力を繰る、という基礎の基礎と言える精神集中の修行中。自分に課した課題を終え、集中を解いた瞬間のことだった。
自室の外から何やら慌ただしい金属音が聞こえてくる。それは鎧を着込んだ者の足音であったり、身に付けた武具がこすれるような、聞き慣れた音だ。
「何かあったのかな……?」
同じく魔術の勉強をしていた観鈴が不安げに呟く。いつもなら祐一が駆けつけてくれるが、いま彼はここにいない。不安を増長させているのはまさにそれだろう。
祐一や、カノンの主力がいない間に万が一のことがあれば……考えるだに恐ろしい。
有紀寧が廊下の様子を見に行こうと立ち上がったときだ。
「やはりこちらでしたか」
と、突然空間跳躍で室内に美汐が現れた。
「わわっ!?」
「あ、驚かせてしまいすいません観鈴王妃。ですが火急を要するものだったので」
「何があったのですか?」
問う有紀寧は、しかし疑心が既に確信に変わりつつあった。礼儀を重んじる美汐が自分たちの部屋に断りもなく空間跳躍で入ってきた時点で。
有紀寧の問いに美汐は恭しく頷き、先程兵から連絡があったことを伝える。
「海から……ですか」
「はい。数は不明ですが、多数の船影が確認されている以上敵であることはほぼ間違いないでしょう。既に沿岸部では戦闘配備を行っております。
また万が一を考えて姫様方には第二首都クラナドまで下がっていただければと」
かなりギリギリではあったが、ヨーティアより首都クラナドにエーテルジャンプ装置の設置が終了したとの連絡は貰っている。
つまり現状ならカノン・クラナド間の行き来はものの数分で終わるのだ。もし敵の狙いがカノンならばこの王都を狙ってくるだろうし、それが最善手であろう。
祐一のいない間に王都を落とされるなどあってはいけない話だが、それ以上に王妃の死亡などは論外だ。
美汐はカノンの戦力を信じてはいるが、ウォーターサマーの戦力を決して過小評価はしなかった。多少過大であるくらいがちょうど良い。
「……わかりました」
「では早速準備を――」
「ですが最初に避難するのは観鈴さんです。わたしはまだ残ります」
「なっ――!?」
それは美汐にとっても、そして観鈴にとっても予想外の言葉だった。
しかし有紀寧の顔は至って真面目だ。ただただ決意に満ちた強い視線で美汐を見返す。
「王のいない現状、王妃であるわたしたちまでもが全員王都から離れるわけにはいきません。ですからわたしはギリギリまで残ります」
「逃げないってこと!?」
「もし敵が王都にまで攻め込んできそうになれば民もエーテルジャンプ装置でクラナドへ避難させるのでしょう? なら私がクラナドへ行くのはその後です」
「だ、だったらわたしも……!」
「駄目ですよ。もしもの場合でも王妃が二人一緒に消えるなんてあってはなりません」
「ならわたしが残るよ!」
「わたしはこれでもクラナドにいたときにそれなりの勉強をしています。多少の指揮なら出来ますし、観鈴さんよりは冷静でいられる自信があります」
「で、でも……」
なお反論しようとする観鈴を見て、有紀寧は一瞬悲しそうな顔を見せ、しかし表情を引き締めると最後の一手の言葉を口にする。
「美汐さん。どう思いますか?」
現状、軍の指揮権を持つのは美汐。それは指揮能力が高いこともあるが、状況判断能力が高いことも買われてのことだ。
問われれば、答えるしかない。美汐は淡々と事実を述べた。
「……有紀寧様の意見に賛成です。民の混乱、安全性、その他あらゆる面において最善策と言えるでしょう」
「!」
「そういうことです。観鈴さん……辛い役割を押しつけてしまってすいませんが……お願いします」
無力を嫌い共に祐一のためにと魔術の勉強をしてきた有紀寧は、この決断がまた観鈴を苦しめるであろうとわかっている。
わかってはいるが、しかし全てを考えた上でこれが最善であると判断した。
有紀寧には有紀寧の想いがある。祐一のいない間に、最悪の事態を招くわけにはいかない。
「……わかった」
俯き、小さな声で呟く観鈴に対する罪悪感も沸く。しかしそれで状況が変わるわけでもない。
すぐに護衛の兵を呼び、観鈴を地下のエーテルジャンプ装置の元へ送ってもらった。
「……良いのですか?」
何が、とは言わずそれだけを聞いてくる美汐に有紀寧はただ微笑みを返す。
「聞くだけ無駄というものですよ、美汐さん」
そう、聞くだけ無駄なのだ。何故なら有紀寧には王妃として……そして何より祐一の妻としてやらねばならぬことがあるのだ。そう、それは、
「夫の留守を守るのも、妻の仕事ですから」
――05:37――
ルトゥ海岸。
カノン王国の南にある海岸の総称であり、日頃は漁業などで盛んな地域だが、現在はそんなのどかな光景はどこかに消え、ただ物々しい雰囲気が流れていた。
銃火器系の装備が揃えられ、魔術師部隊が大規模魔術の事前詠唱を展開している。
もしも近付いてきている船団が敵であるなら(とはいえ準備している兵はそのほとんどがそうであると認識している)、迎撃をする必要がある。そのための準備だ。
既にアーフェンを含む近隣の村や集落の民はエフィランズへの移動を開始している。もちろんそこまで行かせるつもりは毛頭ないが。
「敵船団、そろそろ目視に入ります!」
「了解した」
海岸に展開されているカノン兵はおよそ五百人。そのほとんどが地上戦ならば後方に置かれる遠距離系攻撃の者だ。
そもそも彼ら軍人の常識において、海戦というのは下策中の下策だ。
魔術という圧倒的攻撃力が存在するこの世界において、その一撃で沈んでしまう船に大量の兵を乗せて海を渡るという術はあまりにリスクが高すぎるからだ。
加えて、海は陸以上に強力な魔物が存在する。特に大型の魔物は船団が多くなればなるほどそれを狙う傾向があるので、多数の船での移動は自殺行為とされている。
それら二重のリスクを冒してまで多数の船団でやってくる。よほどの自信家か、あるいは単なるバカか。
だがカノンの兵士たちはそれで敵を過小評価はしない。そんな魔物は蔓延る海を、こうしてきちんと渡って来た連中が相手なのだから。
しかも航路的、そして状況的に考えてやってきたのはウォーターサマーでほぼ間違いない。一夜で一国の王都を滅ぼした国。
これだけの状況が揃っていて、油断しろという方が無理があるだろう。
「敵に長距離魔術の気配は?」
「ありません。マナの流れに変化なし」
「そうか」
こちらの射程距離の外から攻撃してくるかと考えていた隊長格の男は、安堵するように息を吐いた。
カノンの兵は倉田佐祐理という魔術師を知っている。味方では心強いが、あの超長距離魔術が敵であったなら、海岸上陸も可能だろうと考えていた。
しかしそれもないとなれば、おそらくほぼ同時の魔術の応酬となるだろう。だがそうなれば船で移動し機敏な回避行動の取れないあちらが不利だ。
ならばやりようはいくらでもある。
「敵船団の所属を確認しました! 敵船の横の腹に紋章を視認! 間違いありません! ウォーターサマーです!」
物見の報告に、兵士たちがややざわつき始めた。やはりか、という思うと同時、敵が来た、という二つの事実が伝播する。
「そろそろ目視範囲です!」
「止まる気配は?」
「ありません!」
「よし」
事前通告なしの領海侵犯。攻撃されても文句は言えまい。ならばここを任された者として、すべきことは一つだった。
「向かってくる船団を敵と断定! 目視でき次第迎撃行動に移る! 魔術師部隊、前へ! 銃火器部隊は魔術師のサポートに専念せよ!」
海岸上に部隊が速やかに展開する。日頃の訓練の賜物か、配置までに五分も使用しなかった。
そして、待つ。敵船団が見えてくる瞬間を……。
海風が髪を撫でた。嵐の前の静けさのように優しい風を一身に受け、陽が昇りかけている水平線を見据える。
そうしてしばらくすると……見えた。徐々に昇る陽の光を背に、浮かぶ数多のシルエットが。
ウォーターサマーの船団だ。
そしてそれは同時に……魔術の射程距離内に入ったということであり、
「迎撃行動を開始する! 魔術師部隊! 撃て――――!!」
号令直下、耳をつんざくほどの轟音が放たれた。
「――!?」
だがそれは魔術師部隊の放った魔術によるものではない。
起きたのは、多種多様の破壊。炎が爆ぜ、風が逆巻き、地面が凍りつき、隆起し刺となり、あらゆる破壊が襲いかかる。
そう、自分たちに(。
何が起こっているのか全くわからず、しかし予感のするまま上空を見た。
そこに……いた。
数多の星型の何かを総べるように周囲に浮遊させた、一人の小柄な少女が。
可愛いと言える外観だった。愛嬌のある光景だった。しかし何故だろう。……恐怖しか感じないのは。
不意に、少女と目が合った。
瞬間――悟った。
あぁ、自分はここで死ぬのだと。
――05:43――
ウォーターサマーの船団は、ルトゥ海岸に悠々と辿り着いた。
海岸はもはや見る影もないほどの惨憺たるものとなっていた。燃え、爆ぜ、凍り、突き刺し、斬られ、砕かれ、散った人だったものらしき破片が散乱している。
その中央に無傷のまま君臨するのはウォーターサマー最強の少女。
伊吹風子。
「お疲れ様だな、風子」
良和がねぎらいの言葉を投げかけるが、もちろん風子はそれに答えようとしない。ただただ虚空を眺めるばかりだ。
そんなことは良和もわかっていたのだろう。それ以上は何も言わなかった。
そう、言う必要がない。ダ・カーポの殲滅戦ではまったく動こうとしなかった風子がカノンと戦うと言い出したら急に戦うと言い出したのだ。
何故か、など考える必要もない。風子は随分な気分屋だ。それで手を焼かされることもあるが、利用出来る範囲なら利用してしまえば良い。
おかげで一人の被害も出すことなくカノンへと上陸出来たのだから。
「さて……それじゃあ始めよう」
良和はダ・カーポで手に入れた新たな武器であるランスで肩を叩きながら、愉快そうに口元を歪め、
「殺戮と虐殺を」
――05:46――
ルトゥ海岸突破の報はすぐさま美汐の知るところとなった。
「こうもあっさりと……。やはりウォーターサマーの戦力は相当のものであるようですね……」
「いかがいたしましょう!」
「エフィランズで迎え撃ちます。アーフェン他、周囲の村に配置されている警備兵もエフィランズまで下げてください。
エフィランズの民はアストラス街道にてワン、クラナドへ向かう者と王都に避難する者とで三分割してください。その方が早いでしょう。ワンには了解を取ります。
また並行して王都民も順次エーテルジャンプ装置にて避難させてください」
「シェルターではなく……ですか?」
「以前のシズク強襲からシェルターは半数が機能しません。それにルトゥ海岸の部隊を数分で壊滅させるような破壊力を持つ相手に、シェルターがどれほど機能するかもわかりません。いまは安全度を優先します。急いでください」
「りょ、了解しました!」
去っていく兵を見送り、美汐は集中するように小さく息を吐いた。
敵軍の規模にもよるが、早めに見積もってエフィランズまでの到達に三十分強。エフィランズの民がそれぞれ安全圏まで避難するのにはその倍はかかるだろう。
軍人と一般人の動きはそれだけ違う。特にウォーターサマーは人間族と魔族の混成軍だ。魔族の身体能力を考えればもう少し早い可能性もなくはない。
「エフィランズで敵を殲滅。不可能であっても時間稼ぎだけはしなければ……」
「天野さん!」
声に振り向けば、廊下の先から走ってきたのはダ・カーポの朝倉音夢と霧羽明日美、そして白河ことりだった。
「兵士の人からウォーターサマーが攻めてきたって聞いたんですけど、それって本当なんですか!?」
「はい。事実です」
ことりが顔面を蒼白にする。
「す、すいません、わたしのせいで……!」
「原因はどうあれ、我が王があなたを受け入れた時点でこれはあなただけの責任ではありません。あまり自分を責めないように」
「でも!」
「……あなたがたも早く地下へ。エーテルジャンプ装置でクラナドへ移動をお願いします」
いまはことりの話に付き合っている時間さえ惜しい。一方的に話を打ち切ってここから去ろうとして、
「ま、待ってください! わ、わたしも一緒に行きます!」
「霧羽さん!?」
霧羽明日美がそんなことを言い出した。
「ジッとなんかしてられません! ウォーターサマーが来てるのにそれをカノンに押しつけて逃げるだけなんて……!」
一歩前に出た明日美を、美汐は値踏みするように見る。その明日美は引く気がないとばかりに視線を強く見返した。
しばらくして美汐は嘆息すると、
「……そうですね。ウォーターサマーとの交戦経験がある人、しかも軍師となれば助けになります。頼んでもよろしいですか?」
「はい! 頑張ります!」
明日美は振り返ると、まだ意気消沈していることりを一瞬だけ見つめ、次いで音夢に視線を移した。
「音夢さん。ことりさんをお願いします」
「……わかりました」
ダ・カーポで最高の防御能力を持つ音夢ならばことりの護衛に持ってこいだろう。
だから明日美はことりを音夢に託した。
ことりだけは死なせられない。それはいまは亡き女王暦との誓いであると同時に、それ以上に朝倉純一に悲しい想いをさせたくなかったから……。
「気を付けてください」
音夢の言葉に、ゆっくりと頷く。
「はい。……皆さんの分も頑張ってきます」
「では行きましょう。私に掴まって。空間跳躍でエフィランズまで向かいます」
「はい!」
力強い返事と共に明日美は美汐の腕を握った。
「ご武運を」
「はい」
音夢の言葉を聞き遂げて、美汐は明日美と共に空間跳躍で姿を消した。
「……」
見送った音夢は、しばらくそのまま廊下を眺めていたが、ややあって隣で茫然としていることりに視線を向けた。
いまなおショックから立ち直れていないらしい。
自分のせいでこうなった、と自責の念に駆られているのだろう。しかしそれは事実なのだから仕方ない。
ことりがここに逃げ込まなければウォーターサマーがここに攻めて来ることもなかった。民も移動する必要なんてなかったし、いろんな人が死なずにすんだ。
……いや、そもそもことりが生き延びなければ自分たちまでこんなことに巻き込まれずにすんだのに。
「……どうして私がこんな人を……」
言いかけて、はたと気付いた。いま自分は何を言おうとした……?
考えを振り払うように首を横に振る。最近妙に感情がセーブできない。渦巻く黒い何かに意識が沈みそうになる。
落ちつけ、冷静になれ、と自分に言い聞かせ……深呼吸。それでどうにか気分を落ちつかせた音夢は、ことりの肩をそっと叩き、掴んだ。
「ここでボーっとしてても始まりません。地下へ向かいましょう」
「……」
返事をしないことりに正直イラッとしたが、それを言っても仕方ない。だから少々強引ではあるが引っ張るように音夢はことりと共に地下へと向かった。
――06:19――
ウォーターサマーの進軍速度は美汐のほぼ予想通りだった。
「事前に周囲の人たちを避難させていて正解でしたね。そうじゃなければウォーターサマーはきっと……」
『千里眼』の能力でウォーターサマーの様子を見ていた明日美が何かを思い出すように言う。
それを隣で聞きながら、美汐もまた近付いてくる巨大な気配をヒシヒシと感じ取っていた。
エフィランズに集められた兵はおよそ三千。対するウォーターサマーは全軍で一万弱らしい。単純計算でその兵力は三倍だ。
挙句、ダ・カーポを壊滅にまで追い込んだメンバーがほぼ全て確認できているという。個人戦力で言っても状況は悪いと言えた。
「軍師として、何かありますか明日美さん?」
「この布陣では万が一にも勝てないでしょう。よってわたしたちがすべきことは……」
「時間稼ぎ、ですね」
「はい。……エフィランズはかなり広い街ですね。障害物を利用しようとするならここが一番戦いやすくはあります。
ですがここを戦場にしてしまっては、民の皆さんの家が……」
「命あっての物種です。その辺りは後で何とかするようにして、いまは少しでも負ける確率の下がる方法を選択しましょう」
「わかりました。あと敵の主力にはなるべく関わらないでください。多数でかかれば勝てるというレベルを逸脱しています」
「そうですね。時間を稼ぐという目的がある以上、強い敵はなるべく避けることを心掛けましょう。……敵は?」
「近付いてきています。双方の射程距離までもうわずか……」
敵軍が視認出来ている明日美の頭には、きっとダ・カーポでの戦闘が蘇っているのだろう。手に持つ槍にギュッと力がこもっている。
その手の上から、美汐がそっと手を重ねた。
「あ、え!?」
「あまり自分を責めても良いことはありませんよ。自分の非を認めるなら、それは先へ活かしましょう。……ある人の受け売りですけどね」
「あ……」
「大丈夫です。明日美さんは軍師として部隊の掌握及び敵の動きだけに注意を。そしてなるべく戦闘には参加しないでください」
美汐は安心させるかのように微笑み、
「そちらは……私の領分です」
明日美は一瞬茫然と、しかしすぐに力強く頷いた。
「……はい、わかりました。わたしはわたしの出来ることを……!」
言った瞬間だ。盛大な地響きとともにウォーターサマーの軍勢が突撃してきた。
「来ました!」
「では行ってきます」
「はい! お気を付けて!」
「ええ、お互い」
美汐は空間跳躍し、一気にウォーターサマー軍の最前線へ踊りかかる。
目の前の敵兵が突如出現した美汐に驚き動きを止めたが最後、華麗な槍の一閃によってその首は胴から離れていた。
更に六人の敵兵を薙ぎ払って、美汐は槍を高々と掲げ、悠然と告げる。
「私はカノン王国軍遊撃部隊長天野美汐! 我らが王の居ぬ間に領土を汚した罪、万死に値します!」
「あら……」
と、その声に反応する者がいた。
「どこかで見たことのある子だと思ったら……まさかあなただったとは。驚きですよ、美汐」
不意に前に出てくる人影。青い髪を片方で結った女性の姿を見て、美汐は目を見開いた。
忘れるはずがない。何故ならその人物は過去に仕えたこともある……、
「秋子……様!?」
「フフッ」
パチン、と水瀬秋子の指が鳴る。
「琉落(の夜」
そして美汐は漆黒の球体に呑み込まれた……。
あとがき
はい、どうも神無月です。
えー、というわけで大方の予想通りでしょう。VSウォーターサマー編ですね。
いやぁしかし思ったより書き上がるの早かったですね。いや文章量が少なめってのもあるんですけど。
うん、ちょっとシズク戦はね、人が多すぎたねw 作者の執筆可能範囲を逸脱していたかもしれませんw
主要人物がこのくらいの人数だと書きやすくて助かります。いや、自分で立てたプロットなんだけどさーw
さて次回よりいよいよウォーターサマーとの本格的な戦いが始まります。結果はもうわかってますけどね。どうなっていくのかを楽しみにしていただければと思います。
ではでは〜。