神魔戦記 第百五十八章
「怒涛ニシテ傲然ナル狂宴(Z)」
――08:13――
さくらが地上に辿り着いた時、戦闘の様子が大分様変わりしていることに気付いた。
月島拓也発見によって戦い方が変わった……というのもあるだろうが、それよりも敵の指揮官を叩いた影響が大きいようだ。
シズクはこれまでのような統率された戦い方ではなく、各々が好き放題に暴れている、といった感じになっている。
「守りやすくはなったかな。でもまだ油断は出来ない……」
敵戦力は確実に減っている。特にさやかの勝利による制空権の確保は大きいだろう。
空での戦いの決着はもはや時間の問題だ。あとは地上……大本命をどうにか出来れば勝ちも見えてくる。
そしてその本命、月島拓也に対する切り札になりえるかもしれない少女をいま、さくらは抱えて飛んでいた。
「……ここで、良い」
その少女は月島瑠璃子。拓也の実の妹だ。
「ここって……でもまだ結構距離があるよ? それにシズク兵だって――」
「……精神感応で操られている相手なら、問題ない」
瑠璃子は抱えているさくらの手をそっと握り、
「あなたはあなたの仕事をして。……待っている人のためにも」
「――」
それをさくらはどう受け取ったのか。しばらく滑空飛行すると、戦闘の音が遠い位置に瑠璃子を下ろした。
「ここから真っ直ぐ行けばα35部隊のいる場所。多分そこに、月島拓也がいるはずだよ」
「うん、わかってる。お兄ちゃんの電波を感じる……」
ただ遠く、未だ視認は出来ない向こう側を、まるで見えているかのように見つめる瑠璃子を横目に、さくらの足がふわりと地上から離れた。
「気をつけてね」
「大丈夫」
返ってくるのは単調な一言。
さくらはその一言に小さく苦笑し、風の魔力を撒き散らしながら仲間の元へと文字通り飛んで行った。
それを一瞥だけして見送った瑠璃子は、ゆっくりと歩を踏み出す。
感じる。
月島拓也の精神感応を、感じる。
それはまるで紐のように周囲へ飛び散り、操り糸のようにシズクの兵らに直結している。
つまりはその糸が集合する場所に拓也がいるのは明白で、実際瑠璃子は……拓也が最初から(どこにいるか(わかっていた(。
だがそれを言えなかったのには、きちん理由がある。
大規模魔術で月島拓也を殺させるわけにはいかなかった。
何故なら会わなくてはいけない。会って、話をしなくてはいけないことがある。
だから、行く。
無感情な瞳が、その一瞬だけうっすらと――、
「お兄ちゃん。お兄ちゃんは……やりすぎたよ」
悲しみに、揺れた。
――08:15――
血が空を舞う。
だがそれは人の身から飛び散るものとは違い、物理法則に逆らいまるで生きているようにうねり空を走る。
「おおおおお!」
それはすぐさま剣の形へと収束し、そして再度波となり、敵を飲みこまんと広がっていく。
原初の呪具『ブラッディセイバー』。
霧島聖が持つ、彼女の力の象徴とも呼ぶべき剣だ。
「よっと」
その血の斬撃を郁乃は回避し、間合いを取ろうと後退する。
だが聖が逃がすはずはない。遠距離攻撃を持たない聖の領域はまさしくこの間合い。逃がすはずがない。
しかし、
「さて……どうしたものかしら」
郁乃に焦りはなかった。
確かに聖は精神感応により脳のリミッターが外れ限界以上の能力を発揮している。十分早いし、自分が逃げられないことも百も承知だが、
――ま、最初から逃げるつもりなんかないからね。
「はぁ!」
「!」
回避したブラッディセイバーの剣先が膨れ上がり、郁乃を包み込むように拡散した。それらは一瞬で郁乃を飲みこみ、球体となって血の檻と化す。
血はどの媒体よりも高く、速く、強く魔力を循環する。
それにより形成された捕縛結界は、即座に破壊できるほど脆くはない……!
「これで終わりだ!!」
身動きの取れなくなった郁乃に聖はブラッディセイバーを突き立てた。
心臓を一突き。これで終わり……、
「……?」
眉を顰める。
何故か、剣が郁乃の皮膚から一ミリとて突き刺さらない。
それに刺したとき手に返って来た感触はまるで金属。何がどうなっているのかさっぱりわからない。
「教えてあげましょうか?」
「!?」
声は血の檻の中から。
目を見張る聖の前で、爆発するように血の檻が内部から吹き飛んだ。
そこにいるのは無傷の小牧郁乃。彼女は素手でブラッディセイバーの切っ先を掴みながら、ゆっくりと聖を『視た』。
「――弾け飛べ――」
郁乃の瞳が銀色に煌めいた瞬間、何かに殴られたかのように聖の身体が大きく吹っ飛んだ。
それはおそらく呪具の呪(い。しかしその郁乃はそれらしい呪具を所持していない。
いや、それを言えば彼女がこうして空を飛んでいることも、先程の攻撃が一切通用しなかったことも、何もかもが意味不明だ。
何故、など理性を封じられた聖が疑問に思うはずがない。しかし聖は体勢を立て直してもすぐには襲いかかろうとしなかった。
それは理性ではなく……霧島聖という個の持つ『本能』だった。
近付けば危険だと察した聖は、動かず郁乃の手に収まったままのブラッディセイバーを見た。
そう、近付く必要はない。何故なら、
「そういえばブラッディセイバーって遠隔操作出来るのよね。このまま持ってたら串刺しにされちゃうのかしら?」
「……」
そうなれ、と聖は念じていた。自らの武具である呪具はそれに応え、剣山のように鋭い針となり郁乃をその場で串刺しにする……はずなのに。
「残念だけど、この呪具は眠ってるよ。いくら原初の呪具とはいえ、直接触れてしまえば機能停止させることなんて簡単。シングルナンバーでもなければね」
ドロリ、とブラッディセイバーの刀身がこぼれ落ちる。
呪具としての機能を停止され、血液を固定させる力が消えたのだろう。聖のものであろう血は郁乃の手からこぼれおち、残されたのは刀身のない柄だった。
これがブラッディセイバーの本当の姿。刃を象っているのはその効力によって固定化されたただの血に過ぎないのだ。
「さて……これであんたご自慢の武器はなくなったわけだけど、どうする? ……って言ったところで、精神感応受けてるあんたに交渉の余地なんかないか」
その通りになった。
聖は徒手空拳で郁乃に向かって突き進む。本能は危険を示しているが、最優先事項は敵の抹殺。そう操作されている聖にはどうしようもない。
迫る聖に対し、郁乃はやれやれ、と嘆息し、
「――ごめんなさいね。ちょっときついのぶちかますから、文句は目が覚めた後にでも」
掴みかかろうとする聖の懐に逆に身体ごと突っ込んで潜り込み、
「ふっ!」
カウンターの肘打ち。聖の体がくの時に折れ曲がり、吹っ飛ぶ……その隙間に火花が散って、
「――接触は爆発を巻き起こす――」
次の瞬間、郁乃もろとも巻き込んで大爆発が空に咲いた。
シャルの持つ爆炎王と同じ呪(いだが、その威力は桁が違う。
郁乃の真骨頂はレアな呪具を操ることではなく……既存の呪(いをいかに縮小化し、効率化させることが出来るか否か、だ。
呪具における呪(いとは、一つのワードが決まった効力を発揮する。
つまり、同じ呪(いを重ね掛けすることが可能ならば、それは純粋に能力を底上げすることを意味している。
しかしそのような大威力の爆発系呪を打撃武器など近距離攻撃に刻むことは普通ありえない。自分まで巻き込んでしまうからだ。
だから見ている者たちは自爆か、とも考えたが――それは杞憂。
「――熱は縄となり拘束する――」
爆発の熱が集束、呪(いにより縄となって聖を拘束した。
縄へと変換される事で綺麗に消え去った爆発の余波。その中央では、当然のように無傷の郁乃。
「悪いけど、あたしの身体は特殊でね。ちょっとやそっとの攻撃じゃ傷一つつかないのよ」
身動き出来ず睨むことしか出来ない聖に郁乃は小悪魔のように口元を吊り上げ、
「ま、大人しくしてなさい。じきにこの戦いも終わるから」
――08:17――
シズク軍と六ヶ国合同軍との激突が微かに響いてくる、遠い距離。
そこに一人の女性が立っていた。
彼女は彼らの戦いが始まる頃からそこにいて、ただただ何もせずにその戦況を見守っていた。
機を窺っていたのだ。そしてその機は、
「……そろそろ、でしょうかね」
天秤は徐々に合同軍に傾きつつある。
シズクの誇る三大吸血鬼の一人が敗れ、指揮官も死亡。もちろんまだまだシズクの戦力はあるが、逆に押されすぎてもタイミングを失ってしまう。
「では、行きますか」
長い髪を翻し、踏み出す。
女性の名は――鹿沼葉子。
――08:18――
「はぁ、はぁ……!」
「あははは、あははははははは!!」
繰り出される拳を智代は聖剣で受け、切り返し、柄先でカウンターを決め香奈子を吹っ飛ばした。
だがその程度で香奈子がどうにかなるはずもなく、すぐさま体勢を立て直しては突っ込んでくる。
「くそ……」
舌打ちし、智代は再び香奈子との戦いに巻き込まれていく。
……智代はもはや疲労困憊だった。
もうこうして香奈子と戦闘に入ってかれこれ一時間弱。リミッターを外され一撃一撃が致命傷になり得る攻撃をギリギリで捌きながらの一時間。
その体力と精神力の消耗は激しく、加えて時折使用する『天地雷光陣』の魔力消費もあって智代は既に限界に近かった。
佐祐理やことみの魔術支援も受けているが、超自己再生能力を持つ香奈子にはせいぜい数秒の足止めにしかならない。
援軍が欲しいところだが……仮に来たところでどうしようもないかもしれない。
一対一でどうにか持っているのは智代だからであって、普通なら瞬殺だ。少なくとも香奈子の一撃に耐えられる武器がなければ話にならない。
となれば聖剣、あるいは神殺し、永遠神剣の所持者に限定されるが……そのような連中は戦力平均化のため各方面に分散配置されている。
いまから呼んだところで、果たして何十分後に辿り着くか……。
「危ない!」
「!?」
ことみの声に我に返った智代は、香奈子が陣ノ剣を両手で掴んだのを見た。そして膝蹴りを繰り出そうとしているのも。
力では圧倒的に香奈子。慌てて引き抜こうとしても抜けるはずもなく、
「くっ……!?」
一瞬の判断だ。剣を離すのを良しとせず膝蹴りを食らうか、膝蹴りを回避するために剣を手放すか。
どちらもデメリットが大きい。大きいが、答えを必要とするのは秒にも満たぬ刹那の先。
「!」
香奈子の膝蹴りをかわすため、剣を手放し後ろに飛び退いた。
あの膝蹴りを受けてしまったら、内臓が破壊されてもはや動くことも困難になったはずだ。だから回避は正しいとも言える。
しかし……智代は舞のような速度もなく美凪のような術も持たない。彼女が香奈子と戦えていたのは剣の技術力と攻撃を防げる聖剣があったからこそ。
回避し続けるのが困難で、受けるのが精一杯だった智代が剣を失うということは……、
「死ね死ね死ね死ね死ネエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
対処のしようが、もうない。
聖剣を投げ捨てた香奈子の打撃が、智代の身体を回転させながら吹っ飛ばした。
身体への魔力強化を一点集中させ防御を計ったのだろう。そうでなければ強すぎる香奈子の打撃は刺突となり智代の身体を突き破ったはずだ。
だがそれでも威力は凄まじい。智代の身体からは出血が酷く、錐もみ転がる地面には赤い道筋を作り出していた。
「坂上さん!」
「が、ふ……」
攻撃は真横から。受けた智代は左手の感覚がなく、衝撃は身体を突きぬけ肋骨をへし折り内臓にも深刻なダメージを及ぼしていた。
口から吐き出される血は、止めどなく、もはや視界すら不安定になっている。
立ち上がろうと右手に力を込めるが、震える腕はろくに機能せず身体は起き上がってくれない。
――この、まま、では……!
自分がやられれば連鎖するように佐祐理、ことみもやられることになる。それはまずい。だから何とかせねばと思うが、身体は動いてくれない。
香奈子はそうしてもがく智代を見て、トドメを刺さんと走ってくる。それを妨害しようと魔術が連打されるが香奈子はものともしない。
来る。その距離はもう数秒の猶予しかない。
立ち上がれない。剣もない。五大剣士の末裔と言いつつ、所詮自分はこの程度か。
――情けない!
香奈子が拳を振り上げた。立てない。それを見つめることしか出来ない。
終わった。
心が折れて――、
拳が身体を貫いた。
血と、同時に何か柔らかいものも飛び散っていく。
だがその熱を……智代は頬に感じていた。
血だった。しかし自分のではない。
では、誰の……?
「な、に……やってんすか……あんたらしくない……」
声は、上から。
「あ……」
見上げた先、血塗れの香奈子の拳を生やした背が見えた。
こちらを庇うようにして膝を着けるその後ろ姿は……智代の見知ったものだった。
それは、
「か……なこ……?」
二つに結われた髪が小さく揺れる。振り返った少女の顔……見間違うはずがない。
坂上河南子。
「ど……して……」
何故ここに、とか、どうしてそんなことに、とか疑問が頭を空回りする。
「へへ……家族がピンチの時にさぁ……家族が駆けつけるのは……ごほ、当然でしょ?」
口元から血を流しながらも薄く笑い、
「だってあんた、あいつの姉ちゃんだし……あたしにとっても義姉ちゃんじゃん? だったら……それを守るのが良い妻ってやつでしょうがぁぁぁぁぁぁ!!」
咆哮と同時、拳を握りしめる。集約するは風の魔力。高音の唸りを上げる風と共に河南子は拳を香奈子の顔面にぶち込んだ。
「豪破絶空 ――――ッ!!」
グシャア!! と破裂するような音と共に香奈子の頭が木端微塵に砕け散り、その反動で身体もぶっ飛んだ。
「い、あぐ……!!」
同時、河南子の身体から腕が抜け、空洞となった部分から流々と血がこぼれおちていく。
「河南子……!!」
智代は必死に半身だけを起こし、倒れこんでくる河南子の身を受け止めた。
「河南子、河南子ぉ!」
「聞こえてるって……うるさいなぁ」
「河南子、お前、どうして私なんか……!」
「あんたが死んだら……あたし、鷹文に会わす顔、ないもん……。絶対泣くし……そういうやつじゃん? あのバカはさ……」
へへ、と無理やり笑う河南子の顔色はもはや土気色だ。無理もない。内臓は破壊され大量の血も失ってしまっているのだから。
もはや逃れようもない結末が、そこにある。
だがそんな結果は拒むと言わんばかりに、智代は大きく首を横に振ってその冷たい身体を抱きしめた。
「馬鹿!! 河南子が死んでしまったら……それこそ私が会わせる顔がない! あいつにとって、お前はいなくてはいけない存在なんだ!!」
「えへへ……照れる、ね……」
目を細め、河南子は笑う。
「あたしも……み、んなの……かぞ、くに……なれた……だね……」
「そうだ、家族だ! だからこんな、こんなところで……!」
紡いだ言葉は、最後まで形にならなかった。
河南子の腕が、力なく崩れ落ちたからだ。
目尻からこぼれ落ちる雫が、まるで河南子の命そのもののようで……。
「河南子ぉぉぉぉぉぉ!!」
叫んでも、揺すっても、彼女はもう返事をしてくれない。
一つの命が、終わりを告げた。
だが……その悲しみに浸れる余裕は、一切ない。
「!」
智代の視線の先で、砕かれた頭部が瞬く間に再生され、ゆっくりと立ち上がる香奈子の姿が見えたからだ。
河南子の渾身の一撃さえ、なかったことにされる。その嘆きと悲しみはもはや怒りを通り越して絶望さえ感じさせた。
剣を探す。
坂上に伝わる聖剣は、思いの他すぐ傍にあった。
抱えていた河南子をそっと地面に下ろし……震える手で、ふらつく足取りで、しかしなお智代は立ち上がる。
「河南子……すまない。私が弱いばかりに」
再生中の香奈子を横目に、智代は剣へ手を伸ばす。
「私はもっと強くなる」
持ちあげた剣は、重かった。
疲れ、ダメージ……それらが身体に圧し掛かり、剣を重くしているのだろうか?
……いや、きっと違う。
「もっと、家族だけでなく、友も、誰も彼もを守れるように……強くなる。なろうと思う」
朋也に立ちはだかるしかなかった自分。
河南子を死なせてしまった自分。
どれも自らの力不足が原因だ。
ならどうしてここで地面に伏せていられよう? 悲しみに打ちひしがれていられようか?
そんなことは出来ない。そんなことは、命を賭して守ってくれた河南子に対する侮辱だ。
だからこの剣の重みは、覚悟の証。これまで以上の意志と決意をこの剣に乗せ戦っていく、その重みだ。
「いざ参らん」
左手は上がらない。使える手は右手のみ。両手剣を片手で使うことは危険だが相手に回避する意志がない以上さほど問題ではない。
魔力はほぼ空。身体強化のみならばまだ持つだろうが、もしアレを使用するのであれば……せいぜい一度。
だが、構わない。必要なのは時間稼ぎ。最後の一手は信頼する魔術師たちに任せるものとする。
敵討ちを自らの手で成せないのは残念だが、それだけの攻撃手段を持たないのだから仕方ない。
だが、それこそ自分らしいと智代は思う。
坂上の持つ聖剣『陣ノ剣』。天と地を繋ぐ、という「中間・中庸」の意味を持つ剣の担い手として、まさに在るべき姿ではないだろうか。
決着までの橋渡し役。
それが自分の力なのであれば――その力、遺憾なく発揮する覚悟。
「行くぞ!」
飛び込んだ。
佐祐理は満身創痍の智代が香奈子に向かって飛びかかるのを見た。
常時のような清廉さや的確さのある動きではない。痛みに引きずられ、剣に振り回される我武者羅な動きに見える。
しかしそれでもなお、智代は香奈子の動きを封じていた。守るのではなく攻め続けて、その動きを縛り付けている。
先程智代を守り死んだ少女とどういった間柄なのかは知らない。だが、その死に直面してもなお敵に向かっていく姿勢を見せる智代に敬意を抱かざるを得ない。
「佐祐理さん!!」
そしてようやく、待ち焦がれた第三の魔術師が到着した。
芳野さくら。佐祐理の知る限り、彼女以上の火の魔術師は存在しない。だから、
「早く配置に! すぐに術式を開始します!」
言うことはそれだけ。
頷いたさくらは滑空し、所定の位置に着陸した。それを見届け、ことみと頷き合い、
「始めます!」
告げる。
合体魔術とは、複数人の魔術師による儀式魔術である。
一人では足りぬ強大な魔術の発現をするために複数人の魔力と技術を集約させることで顕現させる魔術。
だがそのためには魔術師たちが互いのことをよく知り、タイミングや魔力の伝播などをきちんと把握してなければ成功には至らない。
つまりしっかりとした下積みがあってこそ成り立つ術式なのだ。
しかしそれをいま、一度もその手の訓練をしたことのない三人の魔術師がやろうとする。
これを他の魔術師が見たら、指差して大笑いするか、正気ではないと断じるか、あるいはただただ失笑しただろう。それだけ合体魔術とはシビアなものなのだ。
だが。それは所詮一般論。
ことみも一流。さくらも一流。佐祐理も一流。
火属性における最高位の魔術師が並ぶ壮観なる光景に、並の魔術師の理が何故通じようか。
「いまここに問い、いまここに請う。ガヴェウスよ、その御名のもとここに力を与えん」
佐祐理が詠唱する。
高ぶる魔力。踊るマナ。
巻き上がる火のマナはまさしく炎となり三人の周囲を飛び交っていく。
だがそれはただの余波だ。急速に高められていく魔力の力に当てられて、ただ火の粉を振りまいているだけに過ぎない。
「燃えよ、燃えよ、燃えよ。我が声と魔を巡りて灰燼を呼べ」
ことみが詠唱を引き継ぐ。
そして三人は同時に膝を折り、地面に右手を叩きつけた。するとそこを軸として魔法陣が出現する。
「地より出でし光華の波濤! 天を貫け業火の制裁!」
さくらが詠唱を引き継ぐ。
瞬間、炎が迸った。
それはさくら、佐祐理、ことみが地面に打ち込んだ魔法陣を結ぶようにして大地を焼き……三角形に切り取っていく。
そして三人は互いを見やり……最後の一節を同時に紡ぎ出す。
「「「三つ角の点、集約の縁、炎を結びて清冽なる棺を成す!」」」
ゴゥ!! と尋常ならざる魔力が吹き荒れた。
さもありなん。この術式に込められた魔力は、一流の魔術師三人分。簡易とはいえ大地に直接打ち込む儀式魔術による増幅つきだ。
術式は、成った。後は最後の宣言をすれば魔術は成立する。
「離れて! 坂上さん!!」
佐祐理の声に智代はすぐさま飛び退いた。
だがそれを香奈子が追ってくる。これは儀式魔術。この範囲外に逃げられたら再構築は難しい。だから逃がすわけにはいかず、
「お前はそこで寝ていろ!」
智代が最後の魔力を振り絞って白と黒の雷を呼んだ。
「天地雷光陣!!」
劣化対消滅の斬撃が香奈子の両足を切断した。バランスを失った香奈子は投げ出されるようにして墜落する。
その間に智代は退避する。香奈子が自分の両足をもぎ取り、対消滅の効力をなくして自己再生を開始するが――もはや遅い。
三人の魔術師が、最後の力ある名を叫ぶ……!
「『終末の炎獄柩(』――――――ッ!!」
刹那、三者の魔法陣が極光を放ち、紡がれた炎は天に届けとばかりに上空へ突き奔った。
炎によって切り取られた三角形の領域。その内部に残された香奈子の身体が、灼熱の業火によって燃やされていく。
閉ざされた領域は名の通り柩。内にあるモノはなんであろうとその一分子に至るまで燃やし尽くす炎の地獄だ。
それはさながら悪魔の腹の中。なまじ再生能力が高いだけにすぐさま燃やし尽くされず、徐々に身体が消失していく様は見ていておぞましい。
だが再生スピードより炎の侵食の方が早い。数分も経たず香奈子という存在はこの炎の棺によって残されず食い尽くされるだろう。
「あははは……あはハ、アは、あははハハは、はハハははハははハハはぁぁァぁぁぁァァあああああ!!!!」
しかし理性も痛覚も失った香奈子にはそれがわからない。
もはや炭となり消失した腕を振り上げ、この領域を破壊しようと振るう。だが振るえば振るうほど炎は侵食し腕を溶かしていく。
「殺す! 殺ス殺ス殺ス死ねシンデしまえ、し、シね……殺、ス……クハ、く、くく、あはハ、ハハヒはははハはは!!」
腕が燃え、足が燃え、身体が燃え、首だけになろうとも……、
「コロ……死……」
結局燃え尽きる最後の最後まで歪んだ笑みは消えず、ただただ殺意の言葉を垂れ流すだけ。
精神を壊された挙句に吸血鬼にされ、数多の人間を殺意のままにくびり殺した一人の女の……それは呆気ないほどに無残な最後だった。
「……」
三人はおそるおそる『終末の炎獄柩』を解除する。ことみは周囲を見渡し首を傾げて、
「……終わったの?」
「おそらくは……」
答えた佐祐理も気を抜かず様子を見るが、しばらく待ってみても香奈子が再生する兆候は見えない。
「なんとか上手くいったみたいだねぇ〜。いきなり合体魔術とかちょっと不安だったけど」
さくらの言葉が浸透し、皆にようやく安堵の息が漏れた。
勝ったのだ。自分たちは。
佐祐理はその結果をようやく飲み込み、疲れと共に地面に腰を下ろした。
……とはいえ、決してこちらも無傷ではすまなかったが。
「坂上さん……」
智代は地に剣を突き立て、息を引き取った河南子を右手だけで抱き目を伏せ静かに泣いていた。
河南子だけではない。佐祐理が任されていた部隊のほとんどのメンバーが香奈子との戦いで死んだ。
あまりに大きい代償。その結果に、喜びなど沸くはずもなかった。
「あれ……?」
香奈子が焼失した場所に立っていたさくらが突然声を上げる。
「これは……」
何かを見つけたのか、腰を落とし地面に手を伸ばす。
彼女が拾い上げたのは……パッと見、ボタンのように見える妙な物だった。
あとがき
おはようございます、神無月です。
……執筆間隔が空いたため、なんとなく勘が鈍った感じです、はい。
ともかく、今回のメインはVS香奈子戦でした。郁乃VS聖はまぁオマケみたいなもので。
そして本作初披露の合体魔術。まさか第三部になるまで出てこないとは作者もビックリです(何
合体魔術はいわゆる儀式魔術の一つです。詠唱のみで構成する魔術と異なり、『場』の調整などを含め下準備が必要ということでそっちに分類出来ます。
何も準備してねーじゃん、と思うかもしれませんがまぁそこはさくらたちが一般魔術師とは比べられない技量の持ち主だからです。
即席で魔法陣作ってましたがあれも本来は入念に作るべきもののはずで、決して数秒で構築出来るような代物ではないんです。ホントはね。
さて、次回はいよいよ火と水の姉妹対決に移ります。あと徐々に戦況も動いていきます。いろんな人たちが動き始めましたしね。
シズク編が終わるのはいつになる頃やら……。気長に待ってくれると嬉しいです。
ではまた。