神魔戦記 第百五十七章

                      「怒涛ニシテ傲然ナル狂宴(Y)」

 

 

 

 

 

 ――08:03――

 

 月島拓也発見の報せはすぐさま魔導人形を経由して全部隊に通達された。

 この段階で作戦の様相は大きく変化していくことになる。

 まず周囲を包囲しつつアインナッシュへ向かっていたα部隊は前進を停止。あくまで『敵を逃さないように』包囲するに留まる。無駄な攻勢を維持して被害を増やす必要はないためだ。

 また出現ポイントのα-35部隊の魔導人形の反応から拓也に対しての魔導人形の投入は危険と判断し周辺部隊の魔導人形を精神感応の予想範囲内から更に広めに退避。

 精神感応を受け付けぬ者、ないし精神感応防壁がされている者へ該当ポイントへの移動を指示。

 加えて、α-3部隊によって敵指揮官と思われる精神感応能力者の撃退に成功したことも伝達された。

 実際作戦司令室ではシズク兵たちにこれまでのような統制のとれた動きがなくなったことが確認されている。

 戦況はようやく良い方向に傾きつつある。

 そしてここに……本作戦の最終指令が下される。

 

 月島拓也を殲滅せよ――。

 

 

 

 ――08:04――

 

「だ、駄目ですオボロさん! わたしたちじゃ行っても足手まといになってしまいます……!」

「だが!」

 拓也が出現したα-35部隊の隣、α-34部隊は同じくウタワレルモノの面々で構成されており、そこの部隊長はオボロが担っていた。

 好戦的でかつ仲間思いの彼はベナウィたちがいる隣の部隊に拓也が現れたと聞いていても立ってもいられないのだ。

 しかしそんな彼をエルルゥは止める。世界でも屈指の治療魔術師でもある彼女は、自分たちが行ったところでどうにもならないことを察していた。

 獣人は基本的に魔力に乏しい。同時、対魔力も低い種族が大半を占める。

 そのため月島拓也の精神感応という能力にあっては、一番不利なのはウタワレルモノに他ならない。

 それに下手に近付いては足手まといになるどころか、敵の力を増強させる危険性さえあるのだ。

 だから行けない。どれだけ心配で、不安で、助けに行きたくて足がそっちに向いていようと、行くわけにはいかない。

「堪えてください、オボロさん……!」

「ぐっ……」

 オボロとて頭ではわかっている。しかし理解と納得では違い、オボロは強引に腕を振り払おうとして――、

「……っ」

 止めた。

 オボロの進行上、そこに彼の部下たちが集まり通さぬというように道を閉ざしていたからだ。

 彼の言うことならどんなことでも聞くはずのドリィやグラァでさえ、両手を広げて彼の進行を妨害していた。

「若様、堪えてください!」

「そうです若様! エルルゥ様の言うとおりです」

「……くそ」

 腕に込めていた力を抜く。

 自分に出来ることと、自分以外にしか出来ないことがあること。

「わかった。わかったよ……」

 それをオボロは……ハクオロの下で戦いながら知った。誰かを信頼するということも、誰かを頼るということも知った。

 その頼れるべき仲間の危機に逆上しかけた心が、次第に落ち着き、彼は小さく息を吐いた。

「信じるさ。ここに集う、仲間をな」

「オボロさん……」

「俺たちは俺たちに出来ることをする。兄者のためにも。……そうだな、エルルゥ」

「はい、そうですよ」

「ああ。だから――」

 緩んだエルルゥの腕を解き彼女の肩を突き飛ばして、

「ここから離れていろ、エルルゥ!」

「オボロさん!?」

「敵だ……!」

 オボロが睨んだのは斜め上。昇り始めた太陽を背にするように、小柄な人影が急速なスピードで突っ込んでくる。

 オボロは腰からそれぞれ刀を抜き二刀流とすると、交差に構えその一撃をガードする体勢に入る。

 ヒュッ、という軽い、大気を割るような音と共にオボロの刀にぶつかったのは、蹴りだった。

 だがその威力はオボロの足元を陥没させるほどに強烈で、一瞬の間の後遅れて届いた衝撃波が周囲にいた兵士たちを吹っ飛ばした。

「ぬ、ぐ……!」

「みゅー……」

 妙な鳴き声のような言葉と同時、相手はオボロの刀を地に、自らの足を軸として身体を一回転。顔を下に向け、手を地面につけるとそのままもう一方の足で、

「みゅー!!」

 アッパーのようにオボロの顎を蹴り抜いた。

「がっ……!?」

 オボロは反応していた。その上で更にガードしようと刀を動かしたのだが、その間を縫うようにして蹴りが飛んできたのだ。

 身体が反り上がり空いたオボロの懐にすぐさま入り込み、今度は肘打ち。バネのように急激に沈むオボロの頭を再度膝で打ち上げ、裏拳で横から殴りつけると、回転するオボロのどてっ腹に回し蹴りを叩き込んで遥か後方に吹き飛ばした。

「ぐぁぁぁ!?」

 土砂を巻き上げ転がっていくオボロ。その姿を見送る相手は、少女だった。

「オボロさん!?」

「「あの顔……記憶にあります! 確かワン自治領の椎名繭!」」

 ドリィとグラァが同時に叫ぶ。二人は事前に渡されていた写真のほとんどを頭の中に記憶していた。二人揃って言うのだから間違いない。

「やってくれるな……これがワンの武将ってことか」

 片手で地面を叩き、その反動ですぐさま起き上ったオボロは口元を伝う血を手で拭う。

 強い相手だ。……だが、

「面白い。自分の不甲斐なさに腹が立っていたところだ。……お前に付き合ってもらうぞ!」

 吠え、オボロは獣のように腰を落とすと一足飛びに繭へ襲いかかった。

 

 

 

 ――08:07――

 

 空の激突は、その高度を徐々に高くしていた。

 エルシオン級三隻の下方側の戦いはさやかと沙織の激突となり、その巻き添えを恐れて皆上昇したためだ。 

 さくらはそんな激戦区をウルトリィを抱えながら横断しエルシオンへ向かう。

 風魔術の飛行術は本来神族のような急激な旋回や制動はきかないはずなのだが、さくらは敵味方の攻撃入り乱れる空域をまさしく縫うように進んでいる。

 それは十分に凄いことのはずだが、

「うーん……ボクってやっぱりへっぽこ魔術師……?」

 そんなことをさくらは呟いた。

 特に魔術師としての戦いで沙織に負けたのがさくらの中で大きく響いていた。

 例え相手の力量が自分より上であったとして、それは言い訳には出来ない。弱ければ負ける、という常識は魔術師には通用しない。

 もちろん基礎能力があるにこしたことはないが、いかに上手く魔術を扱えるかが何より重要なのだから。

 その点、沙織は力技でのゴリ押しにも見えたが、トラップや体術の隠匿などで巧みにこちらの意表をついてきた。

 それこそが魔術師。『考えて戦う』世界なのだ。そしてさくらは沙織の行動を読み切れず、敗北した。

 ――まだまだだなぁ、ボクは。

 自分の弱さを痛感する。するがしかし……彼女はそこで落ち込み弱気になるような、そんな性格ではなかった。

「次は絶対負けないもんね!」

「……めげないのですね、貴女は」

 返ってきた答えに、さくらはハッとする。両手で抱えるウルトリィが意識を取り戻したようだ。

「あ、ごめん。耳元で大声出して。その……大丈夫?」

「背中の裂傷はひどいようですが……痛覚が麻痺していますし、いまのところは。早く治療した方が良いとは思いますが……」

「うん、待ってて。いまエルシオンに到着するから」

 本来であれば、全包囲を結界で覆っているエルシオンには、味方であるとはいえ近付けはしない。

 味方の攻撃だから通し、敵の攻撃のみ通さないなど、そんな結界は絶対存在しないのだ。

 ……だが、エルシオン級三隻の防御を担う三人は、その常識を覆す。

 確かに彼ら三人も、敵の攻撃のみ通さないなんていう都合の良い結界は構築できない。が、結界の一部に穴を開ける、くらいのことなら可能なのだ。

 本来結界は円形が基本。循環率などの各種理論から言って、部分的に結界を解除するなど正気の沙汰ではない。

 普通そんなことをすればバランスが崩れ結界は瓦解する。結界を壊れないように維持するだけでも職人芸なのに、結界強度さえ維持し続けるとなればもはやそれは神業の領域だ。

 しかしその神業を伊月、理絵、ユーノはやってのけていた。

 味方が甲板上から迎撃出来ているのも、そういった彼らの尽力があってこそだ。故にさくらたちも難なくエルシオン級に近付くことが出来る。

 案の定、さくらが結界の傍に近付いた瞬間、人が通り抜けられるだけの穴が開いた。

 そこを掻い潜り、甲板へ着地する。そこでは他にも怪我を負った者たちが救護班と思われる者たちに治療を受けたり運ばれたりしていた。

「治療ですか?」

「あ、うん。この人をお願い。ボクは大丈夫だから」

 近付いてきた治療術師は切り傷まみれのさくらを見つめたが、何も言う必要はないと思ったかあるいは言っても無駄と判断したのか、頷いてウルトリィに肩を貸し下がっていった。

 さて、とさくらは踵を返す。

 まだ自分にも出来ることがあるはずだ。ここでジッとなどしていられない。

 負けた数だけ勝って見せる。そうでなくては芳野の名が泣くというものだ。

『さ――さん! さくらさん!』

 と、意気込んだところで頭に声が響いた。念話のようだが、やたらブツ切りに聞こえてくる。

「えっと……佐祐理さん、かな? ちょっと聞き取りにくいんだけど」

『あ、良かった。ようやくコンタクト出来ました。どうも対消滅とか次元崩壊とか大規模魔術が連発されているから大気中のマナバランスや散在する魔力残滓がおかしくて上手く繋げなかったんです。……もう、聞こえてますか?』

「うん。バッチリ修正されてるね。きちんと聞こえるよ」

『では早速用件を。実はさくらさんの力を借りたいのです。簡潔に説明しますと――』

 佐祐理が告げたのは、現在シズクの主戦力と思われる吸血鬼と相対していること。

 その相手は絶大な自己再生能力を持ち対消滅など特殊効果のある、しかも身体を全て一度に消滅させるだけの範囲攻撃が必要であるが出来ないということ。

 そして最後にその代替案としてその敵を攻略出来るかもしれない案だった。

「……なるほど、あの合体魔術か。うん、確かにそれなら効きそうだね。わかった、いますぐそっちに駆けつけるよ」

『お願いします! こちらもそれまで何とか時間を稼ぎますから……!』

 わかった、と頷いて念話を切る。すべきことは見えた。故にさくらは飛び立とうとして、

「待って」

 服の裾を、誰かに握りしめられた。

 つんのめるように身体を崩しつつ後ろを振り返ると、

「地上に行くんでしょう? ……なら連れてって」

「君は……確か……」

 コクン、と感情の見えぬ瞳で頷く少女の名は、

「月島瑠璃子。……お兄ちゃんに、会いに行く」

 

 

 

 ――08:09――

 

 空は、いまや二つの側面を見せていた。

 一つはエルシオン級を挟んで上側。シズクと合同軍の空戦部隊が激突しあい、激しい攻防の音が響き渡っている。

 そしてもう一つは、エルシオン級を挟んで下側。そこに音はなく、ただ静寂の中で二人の怪物が互いを見つめているだけだった。

 沙織は正面、さやかの乗る戦車を目を細めて注視する。

「召喚された魔物の類じゃないよね、それ? 構成がマナじゃなくて純魔力だし……何かを模した、偶像かな?」

「へー、凄い。見ただけでわかるんだ、そういうの」

「ま、そういうのが趣味だしね」

 さやかの称賛――聞き様によってはおちょくられているのかもしれないが――に軽く答えつつも、沙織はまだ一つの疑問を残していた。

 自然界における物質・生物には多かれ少なかれの自然の力……マナが組み込まれているはずである。

 だが目の前の戦車にはそれがない。先程アインナッシュ中央部を打撃した巨大な槌もそうだった。

 マナが欠片もなく、その全てが魔力で構成されているということは、単純に一つの事実を提示する。

 そう、この戦車もさっきの槌も……『魔術』なのだ。

 自分の目を沙織は信じているし、さやかの反応からしても間違っていないであろうことはわかる。

 ……だが、古代魔術を連発するような規格外の魔力量を持っている沙織をして、理解できないことがある。

 チグハグなのだ。

 さやか自身から感じられる魔力と、武装が醸し出す魔力……質も、規模も、また発揮される効果も何もかもが違う。

 魔力というのは千差万別。十人いれば十人それぞれの違いがある。指紋のように声のように、一人一人異なるものだが……逆を言えば同一人物の魔力であれば違うことなどまずありえない。

 考えられるとすれば多重魂、あるいは使い魔経由。だがそのどちらもまずあり得ない。

 次に魔力規模の違い。さやかから感じる魔力量と武装から感じる魔力量では、後者の方が桁違いに大きい。これもおかしな話だ。

 さやかが敢えて魔力を抑えている、とも考えにくい。一瞬ならともかく、いまもなお具現化させたまま自身の魔力だけを抑えるなど出来る芸当ではない。

 つまり導き出される答えは――、

「……君、何かあるよね? そんな物騒なものを楽々扱えるトリックが」

「良いところに気が付いたね。やっぱあれだけ魔術扱える人だとわかっちゃうものなんだなぁ〜」

 うんうん、としきりにさやかは頷きながら「仕方ないなぁ〜」とにっこり微笑んで指を立て、

「でも教えてあげない♪」

「ケチだね」

「女の子はケチな生き物なの。だって大盤振る舞いじゃ……好きな人に、すぐに飽きられちゃうじゃない?」

 でしょ? と同意を促す呟きをし、

「だから女の子は秘密の多い生き物なんです。これ、世界の常識ね?」

 爽やかに告げて、二頭の牡牛に繋がる手綱を引っ張った。

「第四の魔宝――」

 来る、と沙織が身構えた瞬間、

「――ゴルディアス・ホイール

 その呼び声に応じるように牛馬が戦慄き、蹄をかき鳴らして踏み出した。

 蹴られた虚空に雷光が煌き、その雷を道とするかのように凄まじい速度で駆けて行く。その疾走はまさしく稲妻。巻き込まれればそれで終了のまさしく蹂躙走破だ。

 対し、沙織も両手を掲げ、

「はっ!」

 なんと『神雷纏う蒼き鎧』を構築したままに火の古代魔術『灰燼と帰す煉炎』を放った。普通ならその行為だけで魔術回路が焼き切れそうな暴挙だ。

 だが沙織は顔を歪めることなく成し遂げる。もはや化け物と呼ばれても仕方ない領域に彼女はいる。

 しかしさやかもまた、常識の通じる相手ではなかった。

「第三の魔宝――」

 戦車の上に立つさやかの腕に何か小さな物体が出現した。

 片手で握れる程度の、上下それぞれに短刃がありその周囲を四本の刃で囲んだような武器だ。

 見る者が見れば、それが『五鈷杵』と呼ばれる武装であることがわかっただろう。

 目前にまで『灰燼と帰す煉炎』が迫るにも関わらず速度を緩めない。その上でさやかはその武装を緩やかに頭上に掲げ、

 

「――ヴァジュラ

 

 次の瞬間、さやかを中心として見えない何かが全方位に飛び散り、『灰燼と帰す煉炎』さえ消し飛ばした。

「――!?」

 だが沙織は見た。

 魔術に貪欲でいかなる古代魔術も会得してきた沙織の眼は、確かにその現象をキチンと把握していた。

 飛び散ったのは、白い雷だ。目も眩むほどの閃光は一瞬の間に全方位へ迸りあらゆるものを飲み込み消し去っていく。

 ――あれに巻き込まれたらまずい……!

 戦場に立つ戦士としての本能、そして魔術師としての頭脳が同時に警戒を促していた。

 だから退避する。身体強化をした沙織の速度は真琴や柳也にさえ匹敵する。その速度を持って、ただまっすぐ後ろに下がった。

 するとその白い雷は効果を失ったのか、その姿を消した。それを見て沙織はおおよその効果範囲と射程を算出する。

「……なるほど。自分を基点とした全包囲攻撃型、か。最初の槌が指定範囲打撃ならこっちは攻防一体の周囲攻撃なんだね」

「あらら。どんどん秘密が暴かれちゃう。こういうの、趣味じゃないんだけどな〜」

「貴女は雷属性なのかな。いまのも、それも、さっきの槌も、どれも何か雷に因縁のある代物っぽいけど」

「さぁどうだろうね?」

 やはり答える気はないらしい。戦闘ならそれが常識だが、魔術師としては気になりだすと止まらない。

 ――まぁ殺さない程度に倒したら、拷問でも何でもして聞き出せばいいかな。

 とりあえずは打倒する術を考えよう、と沙織はさやかを中心にするように緩やかに旋回を開始した。

 まず、これまでの三つの能力と先程さくらたちを引き離したことから考えて……超威力・広範囲攻撃を得意とすることは簡単に推測が立つ。

 一番厄介なのは、燃費・連射重視で若干攻撃力不足の自分では撃ち合いになった場合に絶対に競り負けるというのが問題だ。

 つまり真正面から戦ったところで勝つことは難しいということ。となれば隙を見つけるか、何か策を弄する必要があるわけだが……。

「攻撃力不足、か。古代魔術を扱えるあたしがまさか攻撃力不足で悩むことになるとは思わなかったなぁ」

 苦笑する。そもそも古代魔術は攻撃力重視。

 自分の持つ特殊能力が消費魔力を大幅減少、燃費を格段に飛躍させる代わりに攻撃力を低下させるから、それを補う意味での古代魔術だ。

 連射性に優れ、持久力もあり、攻撃力もある。それが新城沙織という彼女の力であったはずだが……やはり世界は広いようだ。

 名の知れた連中以外にも、こんな規格外の相手がいるのだから。

 しかし、だからこそ興味は尽きない。だからこそ面白い。生粋の魔術師肌の少女は、獰猛な狩人の目でさやかを睨む。

 その視線にさやかはにっこりと微笑み、

「来ないの? ならこっちから行くよ?」

 再びゴルディアスホイールを加速させた。雷が迸り、凄まじい勢いで迫ってくる。

 あんなものの直撃を受けたら『神雷纏う蒼き鎧』を展開しているとはいえ死ぬ可能性だってある。だからカウンターを狙うのは分が悪すぎる。

 だから沙織は真正面から迎え撃とうとはせず、ひらすら逃げに回った。

「あ、こらー!」

 さやかの声が聞こえたような気がしたが、耳は貸さない。勝てないとわかっている状況で勝ちに行くほど沙織は馬鹿ではなかった。

 そうして逃げ回る沙織だったが、しばらくしてさやかの動きが止まった。

 それを見て、沙織は思わず口元を釣り上げた。

「やっぱり……こっちまでは追ってこられないみたいだねぇ?」

 沙織はただ逃げていたわけではない。沙織はある場所に引き込むためにして移動をしていただけだ。

「なるほど……。それがわたし対策、ってことかな」

 言うさやかの前方には、ある光景が広がっていた。

 戦場。

 そう、そこは……合同軍とシズクがいまなお戦いを繰り広げている空の戦場だった。

 こんな混戦状態の空域をゴルディアスホイールで突っ切れば、間違いなく味方を巻き込む。それはヴァジュラでも、ミョルニルでも同じだろう。

「ちなみにあたしは敵味方関わらず攻撃出来るわ。さ……どうする、あなたは!」

 密集空域において、沙織が手を掲げる。集約していく魔力は、明らかにチャージしているものだ。自分に攻撃出来ないと考え、余裕たっぷりに攻撃力を上げようとしている。

「困ったなぁ」

 と、さやかはあまり困ってないような声で言った。

「ホント、困ったよ……」

「降参する?」

「降参? なんで? だってわたし負けてないよ?」

 沙織は眉を顰める。

「じゃあ何が困ったの? こっちに手が出せないんでしょ?」

「ま、確かに昔のわたしなら無理だったね。でも違うよ? 良い?」

 さやかはまるで物分かりの悪い子供に諭すように指を立て、振り、

「わたしが困ったって言ったのは……新しい力を使わなくちゃいけないなぁ、ってことだよ」

「!」

 そう、手段はあった。

 さやかにはまだ手が残されている。

 さやかの持つ五つの魔宝。その中で唯一、対象一人を狙い撃てる必殺の一撃が。

「第五の魔宝――」

 手を空に掲げた。するとそこに強大な魔力が唸りを上げて集束していく。

 鳴動する大気。渦巻く魔力が象るそれは――あまりに禍々しい真紅の長槍。

 見るだけで射竦められてしまいそうな、凶悪な魔力を醸し出すその槍を見て、沙織の直感は最大級の警告を告げていた。

 あれを使わせるな。使わせたら……とてもまずいことになる、と。

「くっ……!」

 先程の余裕もどこへやら、沙織は収束した魔術をすぐさまさやかに向かって撃ち放った。

 放ってから、しまった、と気付いた。

 さっき自分で考えたではないか。真正面からでは撃ち負けると……!?

 だが後悔ももう遅い。

 迫る古代魔術に、しかしさやかは微動だにせず槍に手をかけ、そしてゆっくりと振り上げると――その名を、告げた。

 

――ゲイ・ボルグ!!

 

 ドクン、と。名を呼ばれたことに反応する呪いの槍。その切っ先を沙織に向け、

「いっけー!!」

 投擲した。

 赤い魔槍は力など皆無のさやかから放たれたとは思えないほどの超加速でゴッ! と大気を突き破る勢いで発射された。

 その直線状に展開していた沙織の古代魔術を容易くぶち抜き、勢いも落ちぬままに真っ直ぐ沙織へ突き進んでいく。

「!?」

 それに気付いた沙織が再び緊急回避をする。

 やはり速い。槍の投擲は間一髪で回避されてしまう。――だが、

「残念。それで終わりじゃないんだよ」

「え……!?」

 次の瞬間、通過したはずの槍が突然軌道を変更して沙織に向かってきた。物理法則からは考えられない、異常な変化だった。

「使うのは初めてだけど、わかる。その槍はね……狙った獲物は絶対に逃がさない」

 急変更をしたばかり。制動も掛けられない状態で、ここまで密接した槍を回避する術は――ない。

「!」

 赤い槍の切っ先が的確に――沙織の心臓を貫いた。

「!? か、は……!! そ……んな……!?」

「その槍はどうあってもかわせない。何故ならその槍は既にあなたの心臓を貫いたという『結果』を持っているのだから」

 ゲイ・ボルグ。

 それはとある英雄が持ち得た宝具の名である。

 因果を逆転させる呪いの槍。既に『心臓を刺し穿つ』という結果を持ったその槍は、どのような回避をしようともその結果に導かれる。

 まさしく必殺。この槍が放たれた時点で回避の二文字はありえない。

 しかし、それは英雄のみが持ち得る武装だ。

 ゴルディアスホイールもそう。ミョルニルもそう。ヴァジュラもそう。それらは伝説上に残る神の系譜や稀代の英雄たちが使った武具の名だ。

 ならば何故それらをさやかが扱えるのか?

 ……それこそ、彼女の一族が『白河の魔女』と呼ばれる所以である。

 この世界には、聖杯戦争と呼ばれるものがある。

 それはどんな願いでも叶える願望機である聖杯を手に入れるための戦争。そのためにサーヴァントと呼ばれる英霊が呼び出されることになる。

 さやかは……否、さやかを含む血筋の女性はこのサーヴァントの宝具を“自己の武器として具現・扱う”能力を持っていた。

 各聖杯戦争から一つずつ。つまりさやかが五つ目の魔宝を手に入れた瞬間に五回目の聖杯戦争が幕を開けたのだろう。

 ともあれそれが白河さやかの能力。『白河の魔女』と言われ、破壊力だけならウォーターサマーの中でも最強である力の正体だった。

 ……だがそれは特殊能力だとか、血筋であるとか、決してそんな生易しい代物ではない。

 人の領域を大きく逸脱した、人体実験の産物だっただけのこと。

 そのためそれ以外の魔力行使はまったく不可能。初歩魔術はおろか身体強化さえ行えないということに加え、さやかの血筋は必ず身体能力は一般人さえ大きく下回る。他にも多くの欠点を持つため、初代の頃はそれこそ『爆弾』のような扱いを受けていたとも聞いている。

 だが、それでも構わない、とさやかは思う。

 結果として、大切な恋人や仲間を守れるのなら、その力があるのなら……それはとても喜ばしいことだと思うから。だから、

「悪いけど、わたしは負けられないんだ。ごめんね?」

 鮮血が空に飛び散った。

 ゲイ・ボルグに心臓を貫かれた沙織は、脈々と流れ出る血を止めるように、ふらつきながらも胸を押さえ、

「あ、はは……吸血鬼が、心臓を刺し貫かれる、か。童話じゃあるまいし……こんな結末になろうとはね……でも!」

 ニヤリ、と彼女の口元が歪んだ瞬間、

「!」

 沙織の体が凍りつき、爆ぜた。

 細かく砕けた氷塵は風に流されすぐさま消えていく。しかし、

『残念。いまのあたしは心臓を貫かれた程度じゃ死なないんだよねぇ』

 やはり、新城沙織は生きていた。

『……まぁすっごく痛いし特別な再生能力を持ってるわけでもないから即座に戦闘なんか出来ないけど』

 どこからか声だけが聞こえてくる。念話……ではない。何か別の魔術のようだが、さやかにはそれが何かはわからない。

 フフ、と小さな、しかしハッキリと聞こえる、怨嗟にも似た微かな笑みの響きを聞かせ、

『この借り……必ずいつか返すからね、『白河の魔女』さん……』

 声は消えていった。

 しばらくそのまま待ってみたが、やはり何もない。どうやら本当にこの場から撤退したようだ。

 シズクの王、月島拓也を守ろうという気持ちはまるでないらしい。本当に自分のために戦っていたようだが、

「うーん……」

 困った、という風にさやかはポリポリと頬をかいた。

「取り逃がしたのは痛かったなぁ。あんな子に狙われたんじゃおちおち蒼司くんとデートも出来ないよ〜」

 何を呑気な、と聞く者がいたら言っていたかもしれないが、さやかにとっては本気の言葉。 

 彼女にとっては平穏こそが力の源。それがあるからこそ戦えるし、戦おうと思えるのだ。

 しかし、やはり彼女はポジティブであり、最終的には、

「ま、この戦いで大きな脅威を一つ取り除いた、ってだけでも良しとしよう」

 うんうん、と一人納得していたのだった。

 

 

 

 あとがき

 お久しぶりです。神無月です。

 というわけで今回は主にはさやかVS沙織、小さくは瑠璃子始動というお話でした。オボロは若干オマケだったかもしれません(何

 ……うん、絶好調で話が延びてますね。どう考えても予定通りの話数じゃ終わらないわこれwww

 ま、それはさておき本編解説。

 一番のポイントはやはりさやかの明かされた能力でしょうか。拍手ではさやか自身がサーヴァントだとかイスカンダルの子孫だとか雷神だとかいうコメントもありましたが、ま、こういうことでした、と。

 とはいえこれは本文中にもあったように天然の能力ではなく人工的な能力であることをお忘れなく。

 今回は深くは触れてませんし、その原因なども明かされておりませんが、それは全世界編ででもやりたいと思います。余裕があれば三大陸編で出るかも?

 といった辺りで今回は失礼しますね〜。

 ではまたー。

 

 

 

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