神魔戦記 第百五十六章
「怒涛ニシテ傲然ナル狂宴(X)」
――07:50――
「!」
その異常事態に真っ先に気付いたのは、全ての魔導人形とリンクし統括しているシルファだった。
「た、大変なのれす!」
「どうしたのですか!?」
「α35部隊の魔導人形のリンクが途絶! でもその直前に感じたのは破壊による断絶じゃなくて、何らかの力による支配……!」
まさか、という思いが皆の脳裏を過った。
そしてその「まさか」を代表して、シルファは叫んだ。
「おそらくは精神感応……月島拓也だと思われるのれす!」
この戦いの根源にして目標が、ついに姿を現した。
――07:51――
「『天罰の神雷道(』!」
無詠唱で放たれた佐祐理の超魔術が一弥に襲いかかる。
属性最高速度の雷属性を無詠唱で放つということは実質タイムラグゼロでの魔術行使となる。通常であればこの距離、外れるわけがないのだが、
「!」
精神感応によって極限まで肉体的抑制を解かれた一弥はその無理を可能とした。
烙印血華を盾へと変化させた一弥は魔力強化を足にのみ収束して真横へ跳躍。それでもなお効果範囲からは逃げ切れなかったが、空中に身を投げ出し盾で防御することで、その衝撃によってわざと吹っ飛び範囲から逃れていた。
無茶な動きで足と盾を持っていた腕を痛めたはずだ。しかし着地した一弥はすぐに体勢を立て直し佐祐理へと突っ込む。
「倉田!」
「坂上さんはその人の相手に集中を!」
「くっ……!」
香奈子との睨み合いから抜け出ようとした智代を制し、佐祐理は向かってくる一弥を真正面から見据える。
速い。いままで知る、一弥の動きではないほどに。……だが、
「一ノ瀬さん、すいません援護をお願いします!」
「何をする気なの……!?」
「こう……するんです!」
後ろにいることみに一言告げ――あろうことか佐祐理は自らも前方に駆けていった。
「なっ……!?」
智代の瞠目も当然。
魔術師が剣士相手に近接戦を挑むなど正気の沙汰とは思えない。無謀を通り越してもはやそれは自殺行為だろう。
これが普通の人相手であれば、おそらく相手も虚を突かれたことだろう。だが精神感応による支配を受けた一弥はこの程度で驚きはしない。
ただ確実に佐祐理を殺すため、烙印血華を槍へと変えて向かってくる。
おそらく結界の上からでも貫けるように、ということなのだろう。剣などの武器より攻撃力が一点に集中するため防御結界も破壊しやすいはずだ。
――やはり、誰かが操作しているのでしょうね。
今回のシズクの戦い方はこれまでのような破壊衝動に身を任せたものではない。
明らかに作戦が練られ、きちんとした戦術を基にして行動しているとしか思えない。
しかし……だからこそ、そこに付け入る隙がある!
「まずい、囲まれるぞ倉田!」
智代の言うとおり、一弥だけでなくシズクの兵士たちが佐祐理を囲むようにして迫っている。その数はざっと二十人くらいだろうか?
さすがにこれらを相手にしていては一弥に殺されてしまうだろう。
だが佐祐理は信じている。
あの杏や美汐さえ出し抜いたクラナド随一の魔術師のことを。
「我は呼ぶ。ジンを。我は呼ぶ。ガヴェウスを。共に錯綜し、共存し、集約し、脈動せよ。……平伏せ、ここに、二神が舞い降りる」
耳に届くは複合魔術の詠唱。
ことみの行おうとしている魔術を佐祐理は瞬時に理解した。
だからすぐさま足を止める。この魔術は動いていては危険すぎる。
「咆哮せよ! 『偽装の隕石群(』!」
次の瞬間地面が大きく脈動、隆起し、複数の岩石となると上空へと舞い上がっていく。
それらは空中で炎に包まれると停止し……今度は急速落下してきた。
それはまさに名前通り、隕石を模した広域破壊魔術だった。
先のエルシオン級三隻の怒号砲一斉射にも似た絨毯爆撃。一面を制圧するような怒涛の擬似隕石群にシズク兵が叩き潰されていく。
地面が揺れ、一弥もバランスを崩していた。
――チャンスは、いま!
ことみの魔術が切れるタイミングを計り、一気に距離を詰める。
一弥はいかなる体術も努力で会得した男だ。多少体勢が崩れたところでどうとでも対処してくるだろう。
――だから、佐祐理が行うべきは……一瞬でも良い、一弥の……操り主の予想を上回ること!
グッと拳を握る。腰を落とし、地を踏みしめ、足に力を込める。
殴打の体勢。
しかし彼女は戦士ではない。魔術師だ。
そのまま拳を繰り出したところで一弥は簡単にそれをいなし反撃に移るだろう。
だが、佐祐理は最初から魔術師であることを捨ててはいない。
彼女の選んだ答えとは――。
――07:53――
空を激震させる天使がいた。
爆発する風、荒れ狂う漆黒の炎、乱れ飛ぶ光、瞬時に塵と変える凍結。
それら全ての現象は、その中央に佇む少女によってなされたものである。
「ほらほらー、どうしたの〜? 合同軍と言っても所詮この程度?」
クスクス、と無邪気に微笑む邪悪な天使――新城沙織の周囲を取り囲む合同軍の兵は数分前の半分以下にまで減っていた。
「はぁ、はぁ……もう、なんていう魔力量なのかなぁ」
息切れをしながらさくらが毒づく。あれだけ古代魔術、超魔術を連発しておきながら沙織に疲弊した様子が微塵も見受けられない。
確かに一撃一撃にさほど魔力を込めてないのはわかる。だが無言発動というのは無詠唱よりももっと魔力の消費が激しいものなのだ。
どれだけ魔力コントロールや効率化が上手かろうと、普通ここまで連射は出来ない。
仮に魔族――吸血鬼の力によって魔力量が増加していたのだとしても、ここまで出来るものだろうか?
「まるでマジックガンナーと戦ってるみたい……。だけど!」
彼女は典型的な魔術師タイプだ。大規模魔術の連発により容易には近付けないが、戦士による接近戦に持ち込めばどうにかなるはず。
「柳也さん! ボクたちがどうにか隙を作るから一気に行って!」
「わかった。任せる!」
「うん! 行くよ、ウルトリィさん!」
「はい!」
ウルトリィと共に回り込むようにして沙織へ近付いていく。無論それに気付かぬ沙織ではなく、
「追いかけっこはもうおしまい?」
「そ、おしまいだよ……。ボクたちの勝ちで!」
「うん。それは楽しみ」
余裕綽々だなぁ、と思うがそれほど彼我の実力はかけ離れている。仕方ないだろう。
飛び交う魔力が高すぎて折角郁乃に用意してもらったはりまおの能力も使用出来ない。相手が相手なので呪具の使用もしにくいし……。
「ここは一発、真正面から全力勝負……!」
さくらが急制動をかけた。しかしウルトリィだけはそのまま疾走する。
「二手に分かれて目くらまし? そんな浅知恵で――」
「浅知恵かどうか、試してみますか?」
「むっ」
言ったのはウルトリィだ。気付けば彼女の両手は神々しいまでの輝きに包まれている。
「光の収束……オンカミヤムカイの皇女のみが扱えるという、ウィツアルネミテアの光!?」
「ヌギ・ヤクァ・イア・ソムク」
返答は呪文によって。
なお接近するウルトリィに沙織は手を向けるが、怯まず、ただ突っ込み、
「オンカミヤムカイの一人として……あなたを、止めます!」
沙織が魔術を発動するよりも早く、眩い光の奔流がウルトリィから放たれた。
規模こそそう大きくないが、込められた魔力は沙織の古代魔術に引けを取らないし、何より、
「我がオンカミヤムカイの力は、神の力を封じる力……神族の血を引くあなたにこれが防げますか!?」
「っ……!」
初めて沙織の顔がわずかに歪んだ。
沙織の手からは暴風が唸りを上げ、迫りよる極光の軌道を逸らそうと渦を巻いている。
しかし属性はともかく、元がオンカミヤムカイとしての力のためか、せめぎ合いはウルトリィの方が明らかに押していた。更に、
「まだまだ追加もあるから遠慮しなくて良いよ!」
さくらの瞳が紅に輝き、突如として魔力が吹き荒れる。
「――接続(、遡ること一日(!」
時空の魔眼による自身の過去干渉。媒体を己の身体とし、昨日の魔力を自らの身体に移す……!
詠唱はない。構築するは古代魔術。さくらが扱える魔術で最強の地獄の炎がここに顕現する!
「“灰燼と帰す煉炎(”!!」
漆黒の炎が空を焼き払う。
魂すら焼き尽くす地獄の業炎とは名ばかりではなく、こと破壊力においては古代魔術の中でも五指に入るほどだ。
一日分の魔力を使いきった。秋子と戦ったとき以上に出力も出ている、故に、
「いっけぇぇぇ!!」
「力尽くってこと……!? 良いね、楽しいよ!」
沙織が残ったもう片方の手で同じく『灰燼と帰す煉炎』を放ち相殺を計る。
だが激突した漆黒の炎は、見るからにさくらの側が勢いが強い。
「ぐ、う……!」
「やっぱり。あなたは魔力量は多いみたいだけど、一度に使える魔力がそう多くない。
出だしの速さとレパートリーは尋常じゃないけど、人数さえ揃えば真正面からのぶつかり合いで倒せる!」
ウルトリィとさくらに挟まれるように、沙織の魔術が徐々に侵食されていく。好機は、
「いましかない……柳也さん!」
「おお!」
柳也が『水無月』を正眼に構え、縮地によって一瞬で詰め寄る。
両手を使い果たし、更には二つの魔術をいまも発動している沙織に柳也の突撃は防げない。
迫る刃に沙織は、
「……フフッ」
口の端を、釣り上げた。
――07:54――
「『神雷纏う蒼き鎧(』!」
佐祐理が魔術を発動させる。
瞬間、佐祐理の髪が蒼く染まり、バチバチと火花が飛ぶ。
そして全身を蒼く輝く光が包み込み――爆発的な加速で地を蹴った。
ズガァン!! と蹴られた地面が土砂となり舞い上がる。
それだけの力を込めての踏み込みはもはや風を切り裂く弾丸だった。一弥の予想の数倍のスピードで佐祐理が距離を詰める。
「!?」
精神感応によって感情を持たないはずの一弥が両目を見開いたかのように佐祐理は見えた。
咄嗟に一弥が槍を剣に変形し振り上げる。
だが遅い。それが振り下ろされるより速く佐祐理が肉薄した。
握りしめた拳はもはや繰り出され、そこにも蒼い輝きが集約している。
タイミングは絶妙。一弥の反撃が間に合わず――佐祐理の拳が一弥の腹に突き刺さる!
「えええええいッ!!」
ズン!! という衝撃音が大気を穿ち、余波で地面を砕く。
一瞬の間を置き、ようやく現実に時が追いついたように一弥の身体が殴り飛ばされた。
一弥の身体は回転しながら地面を一度、二度とバウンドしてアインナッシュの麓近くまで吹き飛ぶ。
一弥は……起き上がらない。いや、起き上がれない。ダメージがどうこうではなく、体中が感電して身動きが取れないのだ。
勝ちだ。一弥を殺さずに動きを封じ込めたのだから。
「はぁ、はぁ……最初に言ったはずだよ? ど〜んとぶちかましますから、ってね」
フッと、蒼い輝きが消失し、佐祐理の髪もいつもの色に戻る。
肩で息をしながら佐祐理は思う。まさかこの魔術を使う日が来ようとは思わなかった、と。
超魔術『神雷纏う蒼き鎧』。
各属性にはそれぞれ超魔術が四つ存在する。うち「道、壁、波」の三つは術式としては属性間による違いはないが、残る一つは属性によって大きく異なる。
水属性の『聖なる母の水陽』然り。地属性の『母なる大地の祝福を』然りだ。
そして雷属性の超魔術『神雷纏う蒼き鎧』の効果は――数十秒間の爆発的な身体能力の向上。
術式付与の対象は自分のみ、という魔術師にとっては使いにくい上術式自体も難しいため誰も好き好んで覚えようとしない魔術だ。
佐祐理の場合は使い道をほぼ度外視して魔導書のあるものは全て習得しただけだったのだが……。
「やはり何事も、覚えておいて損はない、ってことなんですかね……」
「大丈夫!?」
思わず膝をついた佐祐理に、ことみが駆け寄ってくる。その肩を駆りながら佐祐理は小さく笑い、
「あはは、大丈夫ですよ……ちょっとガス欠しちゃってますけど……」
「これ飲んで」
「魔力回復剤……? すいません、頂きます」
ことみに差し出された瓶を受け取り、飲む。
美味しくはないが、そもそもこれは薬品だ。慣れて良い味ではない。
一気に飲み干し、瓶を捨てる。育ちのせいか持ち帰りたい衝動に駆られるが、いまはそんなことをしている余裕もない。仕方ないだろう。
「とりあえず周囲のシズク兵はことみさんの魔術で片付きましたけど、問題はやっぱり――」
視線の先では智代と香奈子が激戦を繰り広げている。
人間離れした挙動、速度、攻撃力で純粋な基本能力なら圧倒するであろう香奈子を、しかし智代は技術と経験で補い互角の戦いに持ち込んでいる。
いや、自己再生能力さえなければとっくの昔に智代が勝っている。しかし、それを含めて香奈子という力だ。
どうすれば良い? どうすれば勝てる? その方法を佐祐理は模索する。
最も確実なのは祐一や郁美など、大規模範囲による対消滅や次元崩壊などの自己再生不可の攻撃を与えること。
智代の斬撃と違いこれなら一撃で葬り去ることが出来る。しかし問題は、
――このような乱戦では大規模魔術を扱うことは出来ない。
大戦ではもはや常套手段だが、大規模広域魔術は戦闘の開始時に扱うものだ。そうでなければ味方を巻き込んでしまう。
つまり乱戦となってしまったこの状況で祐一たちにそれを頼むのは、味方もろとも消し飛ばせ、と言っていることに等しい。
佐祐理個人としても出来ればそのようなことは避けたい。避けたいが、他に方法が見つからないのも事実。なら……と考えたところで、
「策ならあるの」
ことみが事もなげに言った。
「ほ、本当ですか?」
「うん。でもこれにはもう一人魔術師がいるの。それも強力な……火属性の魔術師が」
もう一人、と言った時点で佐祐理は悟った。
合体魔術だ。
しかももう一人火属性という点で全てを理解した。なるほど、確かにあれなら乱戦となった状況下でも扱える。
そうなれば、するべきことは一つだ。
佐祐理はもう一人、強力な火属性の魔術師を知っている……!
「わかりました。早速さくらさんに連絡を取ってみます!」
――07:58――
さくらは風を感じた。
だがそれは自然の風ではなく、作られた、勢いのある風だった。
その正体は人だった。
人が、凄まじい速度でさくらの真横を吹っ飛んでいったのだ。
「追い詰めたと……そう思ったでしょ? でも残念でした〜。神族五指ってのを舐めすぎじゃないかな?」
視線上、そこに先程と変わらず怪我一つない沙織がいる。しかし目に見えての変化があった。それは、
「身体を覆う蒼い雷……まさか、超魔術『神雷纏う蒼き鎧』……!?」
「収集しにくい古代魔術の多くを知っているあたしが、超魔術を知らないと思った? それとあたし……魔術しか使えないなんてこれっぽっちも言ってないよ?」
髪を蒼く発光させた沙織がクスリと嘲るように笑う。
そうだ、何故考えなかった? 相手は魔術師。そう思いこんだのが仇になった。
展開していた結界や相殺させていた魔術を消した沙織は、ウルトリィとさくらの魔術が自分の元へ迫るよりも速く前に飛び出し柳也を殴り飛ばしたのだ。
この『神雷纏う蒼き鎧』だけじゃない。先程、柳也の剣先を払い胸に拳を突き込んだあの動きは……近接戦の出来る者の動きだ!
「フフッ」
ドン! と大気が爆発し、沙織の姿がかき消える。
「!?」
違う、目にも止まらぬスピードでウルトリィに向かっていっているのだ。
「ウルトリィさん、逃げて!!」
さくらが言うまでもなく、ウルトリィの動きは早かった。すぐさま上空へ上がり、沙織から離れようとする。
しかし『神雷纏う蒼き鎧』を帯びた沙織の速度は尋常ではない。以前みた真琴のそれさえ上回っている。
「……!」
ウルトリィも必死に逃げるが、駄目だ。このままでは数秒のうちに追いつかれる。
さくらはウルトリィを援護すべく魔術式を展開し、
「!」
そこで、ウルトリィの先に奇怪なマナの乱れを感じ取った。注視しなければわからないほどだが、間違いない。そこに何かがある……!
「駄目、ウルトリィさんそのまま行っちゃ駄目ッ!!」
しかしその言葉は遅かった。
さくらの感じた違和感の場にウルトリィが到達した瞬間、
ゾン!! と、大気さえ切断する風の刃が爆発しウルトリィを切り裂いた。
「あれは……古代魔術の……しまった、そうか無言発動!?」
さくらはすぐにそれが何なのか悟った。
あれは風の古代魔術『風神の見えざる大鎌』。魔術の中でも珍しい空間設置型の……いわゆるトラップ魔術だ。
術式を指定空間に打ち込み、そこに誰かが近付いた瞬間発動する。特に風属性は他属性に比べて見た目の変化がないのでこのような魔術は多い。
しかしそれを更に戦術として引き立てているのは沙織の無言発動だ。
つまり彼女はいつ、どこででも何の挙動も言動もなしにトラップを仕掛けることが出来るのだ。
それは事実以上の危険を提示する。
もしかしたら、こうして浮かんでいるさくらの周囲にもあれが存在するかもしれないということなのだから……!
「う、ぐ……!」
「おぉ、凄い。ウルトリィ様しぶといですねぇ。土壇場で気付いたのかな? 直撃しなかったみたいだし」
沙織の言うとおり、ウルトリィは生きてはいた。しかし背中の裂傷は相当のものだし、羽も傷付いたのか墜落していく。そして、
「でも……これで終わりですよ?」
その下には、いまなお『神雷纏う蒼き鎧』を展開している沙織がいる……!
「ま、ず……!」
慌ててさくらが救出にかかろうとする、が、
「!」
前進した瞬間、目の前の大気にマナの乱れが見えた。これは先程と同じ、
「『風神の見えざる大鎌』……ここにも!?」
咄嗟に気付いたさくらは後ろに戻りながら結界を張るが、古代魔術の力はその結界を容易く破壊しさくらの身体に傷をつけていく。
「あ、ぐぅぅぅ……!?」
更に背後に違和感。ハッとして振り向けば、
「ここも!?」
爆発寸前のマナの乱れ。逃げなければ、と思うがダメージもありすぐに体勢を直せない。
それに前方ではいまにもウルトリィがやられてしまいそうな光景。もはや絶望しかないその状況で、さくらは己が未熟を痛感し、
突如飛来した怒涛の雷が轟音を響かせ何もかも一切合財を蹂躙した。
「な、なに……?」
これにはさすがの沙織も唖然とした。
凄まじい速度で真横に突き抜けた稲妻は、沙織の仕掛けた無数の『風神の見えざる大鎌』を悉く消し飛ばし、その進路上にいたさくらとウルトリィさえ飲み込んだ。
敵の攻撃か。味方の攻撃という可能性もなくはないが、ここまで身体に重圧がかかるほどの魔力を沙織は知らない。
なら? と眉を顰めて過ぎ去っていった方向に視線を向ける。
「空戦部隊が苦戦してるって聞いたから来てみたけど……ふぅん、あなたがその原因みたいだね?」
少女の声と同時、一際大きい雷鳴が鳴り稲妻が動きを止めた。
それは――戦車だった。轅に二頭の牡牛を繋げた戦車。だがその牛の蹄と車輪が道とするのはいまなお鮮烈に光り輝く雷そのもの。
そしてその戦車に、一人の少女が立っている。
「やっほー。あ、時間的にはおはよう? でも寝てたわけじゃないし、それも挨拶としてはおかしいかな?」
場の空気をまったく読まない、覇気のない声だった。
が、沙織はグッと気を引き締める。他でもない、あの戦車から感じられる異常なほどの魔力を沙織自身が感じているからだ。
「あなたは誰?」
「わたし? わたしは……えーと、カノン王国に居候している……で、良いのかな? 白河さやかだよ」
「つまり敵ね」
「そうなるねぇ」
「でも味方を巻き込むような人間がそっちにもいるなんて思わなかったよ」
「ん? なんのこと? あぁ、もしかしてこの人たちのこと?」
スッとさやかが横にどく。すると御者台には先程雷に飲まれて消えたさくらとウルトリィが変わらぬ姿でそこにいた。
どうやらあの状況下で二人を救い出していたらしい。
「……やるねー」
「ありがとー」
ある種、二人はどこか似ていた。
戦場にいながらにして、どこか気の抜けたような雰囲気や言葉を放つところが。
だが二人には致命的に違う点がある。
……争いを好むか、好まないかの差だ。
「ここはわたしに任せて二人は退いてて」
さやかは沙織から眼を離さず、後ろのさくらたちに告げる。
「でも……」
「だいじょーぶ。というかわたしの使える魔術ってこれ含めて何もかも大規模ばかりでさ、味方がいるとなかなか使えないんだよ。だから、ね?」
「……わかった」
さくらは渋々頷き、ウルトリィを抱えて上空、エルシオンに向かって飛翔していく。
それを沙織が追いかければ迎撃するつもりでいたが、沙織はそっちには見向きもせずずっとさやかを見ていた。
どうやら興味の対象が変わったらしい。
なら別に良い、とさやかは思う。
「さーて、と」
さやかは一つ伸びをし、肩の力を抜いてから、笑顔で告げた。
「それじゃあ……はじめよっか? 教えてあげるよ。『白河の魔女』ってやつを、さ?」
――08:01――
深く生い茂るアインナッシュの森の中。
まるで誰かを守るように一際厚く木々が立ち聳えるその中央に、一人の少女がいる。
「良い調子……だよね」
シズクの藍原瑞穂である。
今回、シズクが組織だった行動を取っている原因は彼女にある。
元々精神感応の素養があった瑞穂は拓也によってその力を無理やり解放させられ、挙句その力をある方面に限定させ特化させることで強くした。
それは――既に拓也の精神感応による支配を受けた者を操作すること。
空間把握能力、情報処理能力に長けていた瑞穂の力を見染めた拓也が彼女をシズク軍の軍師に仕立て上げたのだ。
とはいえ、命令権の優先順位はあくまで拓也にあるため、反旗を翻すことは適わない。
故に、彼女はその己が能力を駆使して拓也を補佐する。
ただ愚直なまでに、親友である太田香奈子を救うために……。
「例え……それでこれ以上の犠牲が生まれようと、香奈子ちゃんのために私は――」
「なんて自分勝手な。他者の命を自分の弱さの代替とするなんて……救いようがないですね」
それはあまりに突然だった。
驚く間もない。突如飛来した無数の何かが瑞穂を守っていたアインナッシュの木々を悉く切り裂いた。
「――!?」
それは剣だった。槍だった。刀、矢、鉈、斧、短剣……ありとあらゆる刃物が降り注ぎ、強烈な魔力を撒き散らしてあらゆる物を断絶する。
「な、え……!?」
豪雨のように乱れ落ちた数多の武器は、しかし地面に刺さって終わりとならない。
まだ踊り足らぬと言わんばかりにゆっくりと浮遊し、まるで瑞穂を囲むように回転し、舞う。
何が起きているのかわからない。わからないが……自分の身が危ういことだけは理解した。
「あなたを守るためにあるようなこの場所、そしてあなたの言動から推察して……精神感応に犯されたシズクの者を操っていたのはあなたですね?」
そこでようやく、瑞穂は敵の姿を発見した。
真正面。そこに彼女はいた。
魔族七大名家が一人、姫川琴音。
「そ、んな……どうして!? 気配なんて全くしなかったのに……。まさか空間跳躍……!? どうやってこの場所が……。
そもそもあなたにはあのクラナドの老兵を差し向けて……!」
「あぁ、あの老兵ですか」
まったく状況がわかえらずうろたえる瑞穂に、琴音は髪を靡かせながら歩み出し、
「あなたの読みは確かに鋭かったです。私の能力を看破して、すぐにその弱点を見出した」
姫川の誇る特殊能力『一定空間内意思強制付与』。その効力は絶大。
だが確かに姫川にはいくつか弱点があった。
それは例えば一定空間の外から攻撃されてしまえば反撃が出来ないことであったり。
そして……術者たる本人は他魔族に比べ身体能力が低いということだ。
故に素早い動きの相手に攻撃を掻い潜られ接近されてしまえば、反撃も出来ず倒されてしまう。
――だからこそ、私たちは芹沢かぐらに多くの同胞を殺されました。
高速移動術において芹沢の『刹歩』に勝るものはない。つまりは姫川にとって芹沢は最悪の相手とも言えた。
「しかし」
それでもなお全滅を免れたのは……、
「私一人ではなかったですからね」
「うん」
え、と瑞穂が目を見開く。
何故なら……瑞穂でも琴音でもなく、第三の少女の声が突如響いたからだ。
周囲を見渡してもそれらしい姿は見当たらない。ならば、という答えは、
「隠者(の夜」
ノイズのような不可思議な音と共に現れた。
ズズズ、という低い耳に響く音と共に闇が晴れるようにして、突然少女が姿を見せたのだ。
それは青い長髪を揺らし、背に漆黒の翼を持つ魔族の少女だった。
「うん、良い感じ……だね。上手く機能してる」
「気配遮断……いや、そんなものじゃない。姿も、音も、匂いさえ感知させず……!?」
仮に姿と気配だけを遮断する能力ないし技・魔術であったとしても、匂いや音によってアインナッシュが気付き攻撃しているはずだ。
腑海林が沈黙しているということは、それら全てを遮断しているということ……!
「一体、あなたは……!?」
「水瀬名雪。一応名乗っておくよ」
水瀬、という苗字に聞き覚えがある。
特殊な闇属性『不通』を司る、姫川と同じ魔族七大名家の一つ。
その『不通』に覆われればたちまちのうちに塵へと消え、更に鉄壁の防御にもなりえるという。つまり……、
「姫川と水瀬が組めば……」
「防御面がカバーされ……姫川に死角はなくなります」
かぐらに襲われたときも、名雪の『遮鏡の夜』による絶対防御のおかげでかぐらは攻め手に欠け、姫川の能力の前に撤退していった。
しかも名雪はあの頃とは違う。
クラナドの仁科理絵という世界でも五指に入る結界師に『結界の扱い方』を学んだ名雪は加速度的にその能力を上昇させていた。
そもそも名雪はほぼ無意識とはいえ、結界師に必要な技術は全て手に入れていた。
故に知識と感覚さえ物に出来れば、それだけで戦術の幅は大きく広がるのだ。
事実たった二日間理絵に教わっただけで、名雪はオリジナルの技を三つも生み出すことに成功していた。
そのうちの一つがこの『隠者の夜』。
不可視レベルと言っても過言ではない、超微細な不通の結界を数万形成し、覆うように展開する。
すると不通の力によって気配、姿、音、匂い、そういった外的要因が全て遮断されるのだ。
一つ一つは粒子並なので使用魔力量はたいしたことはないが、その小ささを維持するのは大きくする以上に難しい。
故に、結界構築能力に長けた名雪だからこそ出来る芸当と言える。
――いける、わたしは前以上に戦える……!
実際クラナドの老兵もほぼ無傷で捕えることが出来た。琴音は躊躇なく殺すつもりだったようだが、それも止められた。
戦える。守れる。
結果を実感として得て、名雪は琴音の横に並んだ。
「無益な殺生はするな、ということでしたが……まさかこの人間まで殺すな、とは言いませんよね?」
「そこまでわたしも甘くないつもりだよ? 何か理由があるんだろうけど……ここまでした君に免罪の余地はないもの」
そうして二人が近寄る。瑞穂はヒッ、と声を漏らし足をもつれさせながら後ろに下がった。
躊躇なくぶつけられる殺気に腰は砕け、身体は震える。喉は痙攣するように変な声を漏らすし、涙も止まらない。
……だが、それでも彼女の心には一つ、譲れぬものがあった。
拳を握りしめる。
「……なきゃ、いけないんです」
「?」
「勝たなきゃ、いけないんです」
キッと、二人を睨み上げ、
「……どうしても勝たなきゃいけないんです。そして……香奈子ちゃんを助けるの!」
もう一度、大きく息を吸い、
「絶対に……助けるんだからぁ!!」
ドッ! と地を割り数百のシズク兵が飛び出した。
瑞穂に万が一があった場合の護衛として隠されていたシズク兵たちだ。それらが一斉に琴音と名雪に殺到するが、
「遮鏡(の夜」
二人を円状に包む『不通』の結界は何人の攻撃も寄せ付けず、
「邪魔です」
嵐のように乱舞する数千の武器が数百の命を瞬く間に狩り取った。
「あ、ああぁ……!?」
駄目だ。
一定領域内で圧倒的な攻撃能力を持つ姫川と、絶対的な防御能力を持つ水瀬。
……勝てない。
なまじ頭が回るだけ、瑞穂の絶望はすぐだった。
この組み合わせを打破する術は……一つとしてないと、悟ってしまったのだから。
「さて……それじゃあ」
「さようなら。……もう二度と会うこともないでしょう」
「い、や……!」
名雪と琴音。
魔族七大名家の二人がいま、シズクの頭脳を破壊した。
あとがき
はい、どうも神無月です。
シズクに良いようにやられていた合同軍。しかし今回の話から徐々に反撃が開始されていきます。
佐祐理と沙織が使ったのは同じ魔術です。佐祐理が数十秒しか持たないものをずっと続けていられるだけで沙織の規格外っぷりはわかっていただけるかと。
さやかに関しては……まぁ今回でもう彼女の能力の本質が見えた人もいるかもしれませんね。
んで琴音&名雪。実際姫川と水瀬が組んだら厄介なことこの上ないです。
それこそ倒すには遠距離から強力な攻撃を仕掛けることくらいしかないでしょうし?
さて次回もまだまだバトル目白押しでございまーす。ではでは。