神魔戦記 第百五十五章

                      「怒涛ニシテ傲然ナル狂宴(W)」

 

 

 

 

 

 ――07:28――

 

 エルシオン級三隻は敵の空戦部隊によって取り囲まれていた。

 大規模魔術を使ってくるような連中こそいないものの、数ではシズクの方が圧倒的有利。

 加えてさくらたちが対峙している敵は多種属性の古代魔術を使いこなすという難敵。しかもその相手の攻撃によって空戦部隊全体の三割近い兵がやられている。

 地上はともかく、空の戦いは追い込まれていると言っても過言ではなかった。

「砲撃を全て対空に回してください! 下方正面、守りが薄いです誰かカバーを!」

 指令室ではささらが矢継ぎ早に指示を出している。コロコロと変わる局面をどうにか支えているのは彼女がいてこそだ。

 局地的な状況判断能力であればコミックパーティーの千堂和樹さえ上回るのだ。彼女の指示がなければ空戦部隊はより混乱していただろう。

 しかし彼女の奮戦を嘲笑うかのように凶報が届く。

「下方正面、体勢を立て直す間もなく兵がやられていきます!」

「新手……!? まだそんな手勢がシズクにいるんですか……!?」

「容姿照合確認! これは――カノン軍の沢渡真琴、エア軍の霧島聖です!」

「武将クラス……!」

 舌打ちを隠しもしなかった。そう、どこかにいるはずではあったがまさかこのタイミングまで姿を見せないとは……。

 舐められているのか。あるいは隠していた戦力を出さざるを得ないほどに追い詰めているのか。

 ――後者だと良いのですけど。

 そう考えながら、ささらは通信機のマイクを握った。

 

 

 

 ――07:29――

 

「――なに、真琴が!?」

 ささらの全体通信を聞き、祐一は甲板から下を見た。

 やや遠くてわかりにくいが、確かにそれらしい気配を感じる……。

 思考は一瞬。祐一はわずか顔だけを振り向かせ、後方にいる二人の少女に視線を向けた。

「郁美、芹香女王、ここを頼んで良いか?」

「ええ。行ってきて下さい。魔術迎撃はわたしたちにお任せを」

 こくり、と芹香も頷く。

 三人はあの後敵空戦部隊を魔術で迎撃していたのだ。さやかは攻撃が大規模すぎるのでこのような乱戦では力を発揮できないらしい。

 ともあれ、祐一が離れたところでこの二人なら十分に対処が出来るに違いないと信じた。

 判断はすぐだった。祐一は純白と漆黒双対の翼をはためかせ、一気にエルシオンから飛び降りた。

 そのタイミングを見計らったかのように十人ほどの敵兵が殺到してくる。祐一はそれらを迎撃しようと、

「気にしないで良いからとっとと行きなさいよ」

 ……する前に、割り込んできた突風によって敵が吹き飛ばされていた。

 突然目前に現れたのは少女。足元に不可思議な光を出現させ浮かんでいるその少女は、

「郁乃……?」

「助けに行くんでしょ? 自分の部下を。ならほら、浮気なんかせずとっとと行きなさいよ。援護してあげるから」

 その背中を見て、言うことは決まった。

「わかった。援護を頼む」

「任せなさいって」

 再び翼をはためかせ、急降下。やはり何かしらの指示を受けているのか、シズク兵の大半が祐一を狙って襲い掛かる。

 だがそれを阻む戦乙女がそこにいる。

「邪魔だっつーの!」

 祐一に近付いてきた一人の神族兵の剣を素手で叩き折り、そのどてっぱらに蹴りをぶち込む。

 するとその神族兵の腹になにやら光る球体が撃ち込まれていて……、

「――光は拡散する――動体は導体となる――接触は爆発を巻き起こす――熱は縄となり拘束する――」

 読まれる四つの(まじな)い。

 するとその光球が一際強く発光し、数条の光の筋を周囲へ放った。

 そしてそれは他の敵兵に拡散。ぶつかった光は更に拡散、更に拡散。その繰り返し。

 最初は一つだった光が、二、四、八、十六、三十二とどんどん広がり……次の瞬間その全てが一気に爆発した。

「手加減はしてあるわ」

 言うとおり、爆煙が晴れたときには赤い縄のようなもので全員が身動き取れないように拘束されていた。

 ……一つの武装に縮小化した(まじな)いを複数施すことの出来る郁乃ならではの多重効果呪具。

 シャルのような多数の呪具を用いての連携とは違う。あれは綿密な計算やタイミングが必要であるのに対し、郁乃のそれは一つ。

 一発当てれば全てが同時に機能する。その有利性は言わずもがな。

「凄いな、郁乃」

「べ、別に褒めなくて良いからとっとと行きなさいよっ!」

 言うとおりなので祐一は更に速度を上げる。どのような呪具を使っているのかわからないが、郁乃もまた同等の速度で追いかけてくる。

 そして前方に、炎を纏う少女を見据えた。

「真琴……!」

 その背には、どういうわけか三対六枚の炎の翼が出現していた。

 形相は禍々しく、手を覆う灼熱の爪もカノン軍にいた頃よりはるかに大きく、濃密な魔力を秘めている。

 精神感応による生体的リミッターの解除。どうやら真琴は限界以上の力を行使しているようだ。

「あああああああああああ!!」

 咆哮と共に振るわれる爪を、槍で受け止めているのはあゆだった。

「う、ぐぅ……! お願いだよ真琴ちゃん! 正気に戻ってぇ……!」

「あああああああああ!」

 先に到着したらしいあゆは、真琴の前に防戦一方だった。

 しかしそれはあゆが真琴を思い攻撃出来ない……というわけではない。純粋に真琴が強すぎて反撃の糸口が掴めないだけだ。

「お姉ちゃん! あたし佳乃だよ!」

「おおおおお!」

 左方向、やや離れたところでは聖を相手に霧島佳乃が応戦していた。だがこちらも見た目に状況が悪い。押されているのは明らかだった。

「郁乃! お前はあっちを頼む! 霧島聖は呪具をメインに扱う。お前なら無効化出来るかもしれない!」

「わかった。なんとかしてみる」

 郁乃が空中で旋回、方向転換して聖の方へ向かうのを横目に、祐一は真琴の元へ向かう。

「下がれ、あゆ!」

「!」

 祐一が剣、マージを抜くと同時、あゆが瞬時に後方へ下がる。

「はぁ!」

 追撃を計る真琴の前に飛び出し、その炎の爪を剣で受け止めた。

「相変わらず目前の敵しか視界に入らないんだな、真琴。お前の悪い癖だ」

「ゆ、う、い、ち……!」

「! 俺を認識できている……良かった、まだ間に合いそうだな」

「う、あ、あああああ!!」

 ガキィン! と振り払われ弾き飛ばされるが翼で体勢を立て直す。真琴の目は虚ろなままだが、その中に苦しそうな表情があるのを祐一は見逃さなかった。

 戦っている。真琴はいまも、月島拓也の精神感応に戦っているのだ。

「祐一くん!」

「あゆ、お前は別の場所をカバーしてくれ。真琴は俺が必ず助ける」

「あ……うん、わかったよ!」

 嬉しげに頷いて離れていくあゆ。それを目だけで見送り、祐一は剣を軽く振る。

 強大な魔力の炎を身体から噴き出す真琴を見据え、軽く……本当に微かに祐一は笑った。

「懐かしいな。こうしているとお前を助けたときのことを思い出す。……あのときとはお互いいろいろ変わったものだが、さて……」

 金色の瞳が真琴を射抜く。

「来い真琴。あのとき同様、お前の行動がどうあれ――俺がお前を助けてみせる」

 

 

 

 ――07:32――

 

 地上、アインナッシュ中央に降り立ったεチーム。そのうちの二人、岡崎朋也と遠野美凪は北の方角に向かって突き進んでいた。

 もちろん進めば進むだけ無事なアインナッシュの密林部に近付くことになるので、シズク兵だけでなく蔓や蔦なんかも襲い掛かってくるようになる。

 だが二人とも伊達や酔狂で精鋭と言われるεチームにいるわけではない。リミッターが解除されていようと、並の兵では二人は止まらない。

 しかしそれが並の兵でなくなったならば……?

「……岡崎さん」

「ああ。まさかこんなもんまで操ってるとはな……正直驚いた」

 健在するアインナッシュの木々の奥。ズシン、ズシン、と人とは違う軍靴を遠くに、二人はゆっくりと足を止めた。

 密林の影から現れたのは……千にも近い、トゥハート製の魔導人形群だった。

「なぁ、魔導人形に精神感応って通じるのか?」

「……私にもよくわかりませんが……事実こうして操られている以上、通じるのでしょうね……」

「万能で凶悪だな、精神感応。……で、どうする?」

「少々忍びないですけれど……これら全部を取り戻すのは困難でしょう」

 量産型セリオたちが一斉に両手を前に掲げる。その中央に魔力の発露を見て取り、二人は腰を落とした。

「――破壊します」

「了解」

 ドン! と二つの影が疾駆した。

 二人を撃退せんと集束した魔力砲撃が放たれる。一つ二つならまだしも千にも近い砲撃はもはや絨毯爆撃のようだ。回避のしようがない。

 だが二人ははなから回避など考えていなかった。

 美凪の髪が、瞳が紅蓮に染まる。紅赤朱。爆発的な魔力を放出する美凪が手を振るえば、その刀がわずか煌き、

月華・鳳凰閃

 光の軌跡から放たれた炎の鳳凰が魔力砲撃を食い破り魔導人形群に突進、更に食い散らかしていく。

 朋也は上。跳躍し空へ逃げた朋也を砲撃が追いかけるが、展開した緑色の結界に全ての攻撃が阻まれる。

 それはユーノの防御結界だ。故に硬度は最高峰。どれだけの魔力砲撃に晒されても壊れる様子はまるでなかった。

 だから彼は安心して剣を肩に担ぐ。魔力が剣へ集約し――、

獅子王覇斬剣 ――ッ!」

 眼下の全てを叩き潰す重力の斬撃が振るわれる。

 大地を砕き、魔導人形の身体を砕き、なお止まらぬ破壊は余波を撒き散らし周囲の魔導人形さえ駆逐していく。

 さすがは五大剣士七瀬の技だ、と朋也は着地しながら考えて――咄嗟に右に避けた。

 そこを巨大な光の矢……否、砲弾が通過し後方を爆破した。

「ええ勘してるなぁ、ボウズ」

 魔導人形の攻撃ではない。それより遥かに鋭く、濃密で、強烈だった。

 正面を見据える。魔導人形の中に混じって、片翼の女性がゆらりと立ちはだかっていた。

「こりゃ楽しそうな殺し合いになりそうやん、なぁ!?」

「晴子さん……!」

 朋也の隣に並んだ美凪がわずかに驚いたように名を呼ぶが、その相手……神尾晴子はほんの少し視線を動かしただけだった。

「美凪か〜? ハッ、良いな、相手にとって不足なしってやつや。いまウチはなんやハイでなー。何でも出来る気がするねん」

「一応会話は出来るようですが……やはり正気ではないようですね」

「正気? 何言うてんねん。ウチは正気やって。ホンマ……いまなら美凪相手でもどうとでも出来そうやしなぁ!」

 楽しそうに顔を歪めた晴子が飛び掛ってくる。拳に集束される光。それが振るわれることで放たれる光は、まさしく砲弾だ。

「っ!」

 左右に散開し回避する。穿たれた地面は爆撃でもさえたかのように勢いよく砕け土砂が巻き上がった。

「やはり威力が上がっている……岡崎さん、気をつけてください」

「わかってるって」

 確かに強い。あの威力は正直直撃すればすぐには立ち直れないだろう。加えて周囲にはまだ魔導人形が山のようにいる。

 しかしそれでもなお、朋也の心は平静だった。

 もう戦いの最中に心を乱さない。心の平静こそ自分の武器を十二分に発揮するための必要なピースなのだから。

 それに美凪は強い。これだけ心強い仲間がいて、こんな状況を乗り越えられないはずがない。

 強い神族が一人と千近い魔導人形。しかしそれがどうしたと言う。

 朋也は一人でクラナド兵二千を相手にした男。美凪は一人でエア兵二千を相手にした女。

 その両者がここに揃っていて、一体これがどれだけの脅威だと言うのか?

「俺たちの最優先事項は月島拓也の発見だ。それ以外の敵は出来る限り無視することになってるが……」

「……はい」

「――まぁ、手間なく対処しちまえば良い話だな」

「そうですね」

 わずかに笑い合い、そして――同時に地を蹴った。

「一気に片付けるッ!」

「はい!」

 

 

 

 ――07:38――

 

「あは、あはは、あはははははははははははははッ!」

 吸血鬼、太田香奈子による襲撃を受けたα18部隊はもはや壊滅寸前に追い込まれていた。

 全員で太田香奈子に挑んでいるのだが、どれだけの手傷を負わせてもすぐに再生する香奈子に決定的なダメージは与えられない。

 唯一効果があるのが智代の劣化対消滅なのだが、

「おおおお!」

 智代の『天地雷光陣』を纏った一閃が香奈子の腕を切り飛ばした。

 対消滅の力で切断された箇所は自己再生が働かない。瞬間再生能力を持った香奈子でもこれは同様。しかし、

「ふふふ……あははは!」

 香奈子は笑いながら、自分の腕を肩からもぎ取った。

 ブチブチブチィ! と引きちぎった腕を無造作に放り投げると、すぐさま腕が再生し始める。

 そう。対消滅による切断面が再生しないのなら、再生出来るように抉ってしまえば良いのだ。

「ちっ……面倒な」

 智代は再生が難しそうな首を狙っているのだが、目論見通りそこだけは狙われてほしくないのか避けられている。

 腕や脚はともかく、首だけは抉るということは難しいはずだし、これを狙えればあるいは……。

「ことみ! 倉田! やつを足止めできるか!?」

「そうしたいのは――」

「山々なんです、けど!」

 ことみと佐祐理は群がるシズク兵を相手にするので手一杯になっている。

 合同軍の兵士たちが香奈子の攻撃の余波で数が減ったせいで、これらの相手をする者がいなくなってしまったのだ。

 月島拓也の精神感応を受けた者の攻撃力は尋常ではない。魔力障壁があるとはいえ直撃を食らえば佐祐理もことみもただではすまないのだ。

 かと言って、亜衣は先程から一弥の相手だけで手一杯になっている。

 状況は極めて劣性。せめてあと数人実力者がいれば……と思わずにいられない。

 だが状況は更に過酷なものとなっていく。

「倉田様!」

 エルシオンに乗るシルファの統制により情報を共有している魔導人形の一体が佐祐理に近付き、

「隣のα17部隊が壊滅的打撃を受けたとの情報が。川澄様も重傷との報告も入っております!」

「え……舞が!?」

 舞との付き合いが一番長いのは佐祐理だ。

 いかにシズクとはいえ、舞を重傷にさせるなんて佐祐理にはなかなか信じ難いことだった。

「詳しい状況はわかりますか……!?」

「魔導人形部隊はほぼ健在ですが、人間族、魔族、神族の者たちはそのほとんどが石化状態にあると」

「石化……ってまさか!?」

「時谷さん!?」

 一弥の鎌による攻撃を受け後退した亜衣が叫ぶ。

 亜衣としては今すぐにでもそちらに駆けつけて時谷を止めたい衝動にかられる。

 だがこの場を亜衣が離れてしまったらどうにか続いているこの拮抗も崩壊してしまうだろう。

 ――どうする……どうすれば!?

 その答えは、予想外のところよりもたらされた。

「亜衣さん! 行ってください!」

「え、佐祐理さん……!?」

「あなたは斉藤さんのところへ。一弥は佐祐理が食い止めます!」

「でも……!」

 そんなのは無茶だ。

 この戦況で一人でも抜ければすぐさま全滅してもおかしくない。佐祐理の気遣いは嬉しいがここはここに留まるしかないと亜衣は判断し――、

「それが最善なんですっ!」

「!?」

「カノンにとって……斉藤さんも、舞も、ここで失うわけにはいかないんです! だから……!」

 佐祐理は決して亜衣の時谷に対する気持ちを組んだわけではない。もちろんそれも少なからずあるが、何より大きい感情は別のこと。

 川澄舞という自分の親友を、助けたいだけなのだ。

 だからこれは優しさでも気遣いでも何でもない。どこまでも自分勝手な、我儘だ。

 だからこそ……その尻拭いは自分でする。

「ここで亜衣さんを抜けさせることが無茶だと言うのなら、佐祐理が無茶を通して見せます。だから……舞を……舞をお願いします」

「でも……」

 なお逡巡する亜衣。すると佐祐理は何を思ったのかぽんと胸を打ち朗らかに笑って、

「ここは佐祐理にお任せください。大丈夫です。ど〜んとぶちかましますから♪」

 それは誰がどう見ても強がりだった。

 しかし……そうとわかっていながら、否、だからこそその言葉は亜衣の後押しとなる。

「はい……お願いします!」

 その顔にもはや迷いはない。

 迫る一弥を渾身の一撃で吹き飛ばすと、そのまま真紅の翼を点火させ、脇目も振らずα17部隊へ疾駆する。

 それを阻むように一弥の鎖鎌が亜衣を追うが、それを佐祐理の雷魔術が撃ち払う。

「あなたの相手を間違えないで、一弥」

 一弥の虚ろな視線が佐祐理に向けられる。痛みによる脂汗を浮かべながらもそれを笑顔で受け、

「ごめんなさい、一弥……」

 手を掲げる。

「いまのお姉ちゃんに、手加減してる余裕ないから――全力で行くよ」

 バチバチ、と雷の魔力が手の上で踊る。それを収束し、

「絶対に……死なないでね!」

 放つ!

 

 

 

 ――07:42――

 

 亜衣は駆ける。

 もっと、もっと速くと念じて、ディトライクに魔力を流し込む。

 ディトライクを経由させながらでないと魔術を行使出来ない、その余分な一工程でさえいまは惜しい。

「!」

 その道中に数人、シズク兵と思われる者が立っていた。

 壊滅した部隊も多い。もはや包囲陣も崩れだし、こうやって迎撃ラインから漏れ出ている連中も出ているようだ。

 ……が、いまの亜衣には作戦の是非は関係ない。ただあの人のもとへ向かうだけだ。

「邪魔です! どいてぇぇぇ!」

 炎を纏ったディトライクの一閃が、群がるシズク兵を焼き払う。

 魔術を扱うということは魔力の扱い方を習得するということに等しい。その繰り方を覚える事が出来れば、ただの炎の顕現であっても同程度の魔力でこれだけの威力を巻き起こす。

 たったの一振りでシズク兵の壁をぶち破った亜衣は……ようやく目的地に辿り着いた。

「っ……」

 出迎えたのは……乱立された石像の群れだった。

 何があったか、なんて聞くまでもない。これは時谷の石化の魔眼によるものだろう。

「舞さんは……?」

 まさかこの中にいるのだろうか?

 考えたくない想像をして、

「!」

 ガキン! と、金属同士激突する音を聞いた。

 そちらへすぐさま駆けつける。魔力の余波も感じる。間違いない、そこで誰かが戦っているのだ。

「舞さん!」

 そこで戦っていたのは、やはり舞だった。

 両足と左手を石化させながらも、残る右手で聖剣を握りしめ相対する剣士と戦っていた。

 そう、剣士。時谷では――ない。

「っ! いまは……!」

 一瞬の落胆を覆い隠し、亜衣は地を蹴った。二本の剣で舞に襲いかかる相手にディトライクを振り上げる。

 どこかで感じたことのあるような気配だが、もしかしたらカノンの兵なのかもしれない。しかしいまはそんなことを確認している余裕はない。

「はぁぁぁ!」

 魔力によるブーストを込めた一撃。回避して距離を取れば舞から離せるので良し。受け止めれば大概の剣は砕けるからこちらの勝ちだ。

 だがその相手は予想外の行動に出た。舞の攻撃を左手の剣で切り払いながら右の剣でディトライクを受け止めたのだ。

「え!?」

 しかも剣は壊れない。舞を足蹴にして吹っ飛ばした後、左の剣で亜衣を追い打ちする余裕さえ相手にはあった。

 亜衣はディトライクの柄を下げ、その横払いの一撃を防ぐ。背中の魔力翼に力を込め、噴射。上方向に体を反らし、回転させるようにして弾き返しながら後方へ跳んだ。

 そのまま着地して、相手の動きを注視しながら舞に近付いた。

「舞さん! 大丈夫ですか!?」

「……ごめん、しくじった。奇襲を受けて、時谷の魔眼を直視してしまった……。私は魔力抵抗が高いから完全石化は免れたけど……」

 しかし俊敏さを活かした戦い方をする舞にとって両足の石化は大きな痛手だろう。むしろそれであれほどの剣士を相手に出来ていただけ大したものだ。

「気をつけて、彼女は強い……」

 先ほどまで角度的に見えなかった髪が靡き、その姿があらわになる。

 見覚えのある顔だった。数度だけだが一緒に戦ったこともある。確かあの人は……、

「ワンの……深山雪見さん」

「俺もいるぜぇ?」

 砕かれた魔導人形が足元に転がってくる。

 弾かれるようにして後ろを振り向けば、

「時谷……さん」

 最悪だ、と亜衣はディトライクを強く握りしめた。

「亜衣。強くなったみてぇだが……その力で俺を殺せるか?」

「……わたしは時谷さんを殺したりしません」

「ほぉ? じゃあ俺たち二人をお前一人で足止めすんのか?」

「それは……」

 亜衣は以前より強くなった。時谷一人なら足止めは出来るだろうし、あるいはどうにか抑えつけることも出来たかもしれない。

 しかし雪見もいるとなれば話は別だ。半石化状態の舞を庇いつつこの二人と戦うことが出来るほど強くはない。

 時谷を救い出す。その意思はもちろん変わらないが、この状況の悪さを亜衣はヒシヒシと感じ取っていた。

 最善の選択は舞を連れて別の部隊に合流すること、だが……。

「よぉ、迷ってる時間が与えられるとでも……思ってんじゃねぇだろうなぁ!?」

「!」

 時谷と雪見が同時に地を蹴った。前後二方向からの挟撃。同時に対処は……出来ない!

「くっ……!」

 どちらかの攻撃を受ける覚悟で亜衣はディトライクを構え……、

「!?」

 突如、アインナッシュの密林の中から高圧なマナの迸りと共に、地面が刺状に盛り上がり津波のような勢いで雪見へと襲いかかった。

 それを雪見はどうにか回避するが、衝撃波だけでも凄まじいのか着地すらままならず吹き飛ばされていった。

 時谷もそれを見て直進をストップ。様子を見るように一旦下がった。

「い、一体何が……?」

 迎撃する姿勢だった亜衣もまた、突然の光景に唖然としていた。

「あら? とりあえず直進してたら外に出ちゃったわね。ハズレだったのかしら」

 アインナッシュの木々すら消し飛ばし、大地を横断した山神の如き一撃を放った者がゆっくりと進み出てくる。

 優雅な足取りで木々の陰から姿を現したのは、身体に密着する小型の鎧を着込んだ凛とした少女だった。

「でも……ある意味ちょうど良かったみたいだけど」

 その少女はこちらの状況を見ておおよそ察したらしい。

「加勢するわ。なんなら二人まとめて相手しても良いけど?」

 癖のない青のストレートヘアを片手で払いながらさも簡単に言う少女に、亜衣は問わずにいられなかった。

「あなたは……?」

「わたし? わたしはトゥ・ハート王国女王来栖川芹香の妹にして地の聖騎士、来栖川綾香よ」

 

 

 

 ――07:49――

 

 α35部隊。王国ウタワレルモノの管轄であるこの部隊を指揮してるのはハクオロ皇の懐刀とすら言われるベナウィである。

「はぁ!」

 ウォプタルと呼ばれる獣を馬のように駆り、矛でシズク兵を薙ぎ払っていく。

 その槍の熟練度は極めて高く、攻撃力も速度も尋常じゃないほどに跳ね上がったシズク兵を寄せ付けない。

 しかし彼の真骨頂は武力ではない。

「敵を迎撃ラインから外に出してはなりません! 敵を前方に足止めを! 然る後、弓と魔術による面制圧を行います!」

 ベナウィの指揮の下、統率された動きでウタワレルモノの兵士たちはシズク兵を押しのけていく。

 一人一人の能力はシズク兵に劣るはずの彼らが、しかし敵よりも被害が少ないのはベナウィの指揮能力の賜物だろう。

「放て!」

 同じ部隊のクロウという彼の副官の号令によって矢と魔術の雨が降り注ぐ。防衛ラインを割れないシズク兵にその攻撃がかわせるはずもない。

 シズクの兵は殺さぬ限り動き続けるが、自己再生のない敵ならば行動不能にさせるだけで十分なのだ。

 それがベナウィの取った策であり、そして自部隊にほとんど被害を出していないという結果からもわかる答えだった。

「敵の足並みが鈍りやしたぜ。これでかなり敵の数も減ったんじゃ?」

 隣に並んだクロウの言うとおり、ここに来てようやく敵の動きが鈍り始めている。

 先の大規模爆撃、そして他の部隊の善戦によって敵も打撃を受けているのであろうが……。

「……どうでしょうね。シズクの兵はそれこそ無尽蔵。あまり過度な期待は……ん?」

「どうしたんですかい? 敵っすか?」

「いえ……」

 ベナウィはある一点を凝視した。

 クロウもその視線の先を追ってみるが、そこには何もない。ただアインナッシュの木々が不気味に蠢いているだけだ。

「大将?」

「……クロウはその場で待機していてください」

「ちょ、大将!?」

 クロウの制止も聞かず、ベナウィはウォプタルの手綱を操作し、“その場”へ近付いていく。

「これは……やはり……」

 近付くにつれ、違和感が増した。やはりおかしい。もしや、という思いが徐々に増していく。

「……物は試し、と行きますか」

 ベナウィは槍を構える。そして、

「はぁ!」

 何もない虚空に向かって、裂帛の突きを繰り出した。

 クロウたちには何をしているのかさっぱり理解できなかっただろう。だが――ガキィン! と、その突きは見えざる何かによって確かに阻まれた。

「いやはや……これは驚いた。姿も気配も完全に消えていると思ってたんだが」

 何もないはずの場から、声が聞こえてくる。

 クロウたちが驚く中、しかしベナウィはわかりきっていたかのように表情を変えなかった。

「確かに姿も見えず、気配も感じ取れませんでした」

「では何故?」

「……陽炎です」

「なに?」

「先の風景が歪んで見えたのですよ。ここだけ。シズクは決して高い温度の国ではないし、実際いまもさほど暑くはない。

 にも関わらず一ヶ所だけ陽炎が立つなんて妙ですからね。何かあるのではないかと」

「ククク……なるほど、君は頭が回るようだ。ではそんな君に……正解のご褒美をあげようじゃないか」

 ガラスが割れるような音。風景が崩れ、そこに不敵な笑みを浮かべた男が現れた。

「なっ……!?」

 初めてベナウィの顔が驚愕に染まる。

 そう、いかに彼であっても予想すらしなかった相手がそこにいたのだ。

「何を驚いているんだい? 探していたんだろう、この僕を」

「あなたは……!?」

「あぁ。シズクの王……月島拓也さ」

 口元を釣り上げながらベナウィを見上げ、

「ところで……君の魔力抵抗力はどの程度かな?」

「!」

 ベナウィが何を言うより早く、強制的な力が周囲へ迸った。

 

 

 

 あとがき

 あい、こんばんは神無月です。

 いやー、久しぶりの更新になるのですかね。一ヶ月ぶり?

 さて、今回もまた各所でいろいろな戦いが巻き起こったわけですが……やっぱり最大の焦点はようやく彼が姿を現した、ということでしょうか?w

 ともかく、ここからが本格的なスタートと言っても過言ではないシズク編。……年内に終わるんだろうか激しく不安です(ぁ

 では皆様、また〜。

 

 

 

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