神魔戦記 第百五十四章

                      「怒涛ニシテ傲然ナル狂宴(V)」

 

 

 

 

 

 ――07:24――

 

 戦局はフェイズスリーからフェイズフォーへ移行。

 祐一たち四人による攻撃によって動きを止め中央が開いたアインナッシュに、εチーム――十四名の精鋭たちが舞い降りる。

 高々度から落下する速度を魔術などで相殺しつつ、全員無事アインナッシュ中央に着地した。

「……降りてみると一段と凄いな」

 苦笑交じりに呟いたのはハクオロで、彼が見ているのはクレーター状に広がる足元の惨状だった。

 大破壊の結果。アインナッシュの中央であるのに、その象徴とも言える草木がほとんど見えないというこの光景に味方でありながら少しばかりの恐怖を抱いた。

 もしこれらの国と事をまみえることになったとき……果たして自分たちは勝てるのだろうか、と。

 だがそんな思考は一瞬。真に賢い国主であるのなら、強者に勝つことではなく強者と共に歩める道を考えるべきだ。

 そして現状、それは出来ている。だからいまはこの目の前の戦いに意識を集中させよう。

「敵の姿が……見当たりませんね」

 キョロキョロと周囲を見渡しているのは、コミックパーティーの桜井あさひだ。

 小柄で可愛らしく戦場には不釣合いな少女だが、見た目で判断するのは失策だ。彼女の力はリーフの者であれば知っている。

「あれだけ大規模の魔術で爆撃されたんだし、ここら辺にいた敵もあらかた消滅しちゃったんじゃないの?」

 綾香もそう言いながら視線をあちこちへ向ける。ハクオロも周囲に目を向けるが、確かに自分たち以外に人の姿はなかった。

「もっと激しい戦いになるかと思いましたが……存外そうでもなさそうですね。いえ、あの人たちの威力がデタラメだった、ということなのでしょうけど」

 やや呆れたように嘆息する茜。しかしその横に立つみさおが小さく首を横に振った。

「ううん、違う」

「え?」

「いるよ、敵」

「ええ、いますねぇ。敵」

 みさおの言葉に同調したのはシャルだった。

 他の面々が驚く。どうやら何かを察知しているのはみさおとシャルだけらしい。

 真っ先に反応したのは千堂和樹だった。彼の右手、黄金の篭手が輝くと彼の周囲に四つの魔法陣が出現する。

 それを見て、和樹も納得したように頷いた。

「なるほど。敵は――」

「うん」

 みさお、シャル、和樹は同時に同じ方向を見た。

 それは……下。

「敵は、地中(、、)にいるよ!」

 みさおが告げた瞬間、ドバァ!! と土砂を撒き散らし四方八方からシズクの兵士たちが出現した。

 その数はおそらく千を下るまい。地中から飛び出したシズク兵たちはそのままεチームへと飛び掛っていく。

「!」

 大半の者たちはそれを跳躍して回避。しかし四人、地中から生え出てきた腕に足を掴まれ動きが取れなくなった。そちらを優先するようにシズク兵たちが殺到するが……、

「残念だけど、この程度でどうこう出来るなんて思わないことね」

 口元を釣り上げて笑ったのは、そのうち一人の綾香だった。

 彼女がトン、と足で地面を軽く叩く。足首を掴まれている以上大きな動きは出来ないが彼女にとってはそれだけで十分だった。

 次の瞬間、地中に潜伏していたであろうシズク兵たちがまるで追い出されるようにして地面から吐き出された。

「このわたし――『地の聖騎士』であるこの来栖川綾香の前で、地中に隠れるなんて自殺行為も良いところよ?」

 まぁでも、と綾香は肩を竦め、

「救える者たちは救うって作戦の性質上今回はそうしないけど、やろうと思えば地中でそのまま潰すことも出来たんだから感謝しなさいよ――って、するわけないか」

 嘆息する綾香に向かって、吐き出されたシズク兵たちが突っ込んでくる。よくも余計なことをしてくれたな、と言わんばかりだ。

 だが彼らの拳は綾香に届かない。彼女の周囲には既に隆起した地面が壁のようになって彼らの攻撃を妨害している。

 強大なマナを凝縮して生成された地の壁は、シズク兵たちの力を持ってしても打ち破れはしない。

「せーの!」

 身体を捻り、溜めるようにして拳を振り抜く。瞬間、轟音。地面が抉れ、その一直線上の土砂が吹き飛び破裂した。

 また他に足を掴まれていた三人……カルラ、あさひ、シャルも、

「邪魔ですわよ」

「は、離してくださいっ!」

「汚い手で触らないでもらえます?」

 カルラは地面ごと敵を叩き割り、あさひは魔術で足元を爆発、シャルは呪具で蹴り飛ばし、いとも容易く振り払っていた。

「各自、散開! 全方位に向けて月島拓也の捜索を開始!」

 ハクオロの言葉を皮切りに、十四名の精鋭たちは各方向へ散らばっていく。

 

 

 

 ――07:25――

 

 美坂香里は襲い掛かるシズク兵を炎と剣で切り払いながら、外へ向かって走る。

「読みが外れたのか、それとも読まれたのか……」 

 月島拓也は中央にいなかった。そして地中にもいない。とすると中心から離れた外円上にいることは推察出来る。

 こうなると突入部隊である自分たちより、外円から攻め立てているαチームの方が先に拓也を見つけるかもしれない。

 しかしαチームには瑠璃子による精神感応防壁はない。つまり拓也の精神感応を受けてしまう可能性もあるのだ。

 だがシズクがそれを最初から狙っていたとは考えにくい。

 突入部隊が精神感応防壁をしているなんて知らないはずだし、もし仮に知っていたとすれば瑠璃子の存在に気付くはず。妹を溺愛しているという拓也が瑠璃子の存在に気付いていれば、放置するようなことはしないだろう。

 爆撃が中央に来ることなんて察知出来ないだろうし、そうなると拓也が外円近くにいるのは偶然ということになるのだが……。

「偶然、という言葉で済ませて良いものなのかどうか……判断に困るわね」

 ともあれ、ここまでの作戦自体は上々。被害は想定より大きいが推移自体は概ね良好だ。ならこのままの勢いで月島拓也を発見し、シズクを壊滅させれば良い。

 とりあえず答えの出ない考えをそう結論付けつつ走っていると、不意に足元からパシャ、という水音が聞こえてきた。

 思わず足を止め下を見つめる。そこにどういうわけか水溜りがあった。

「水……? こんなところに?」

 ここはアインナッシュの土壌。いまはあの四人の攻撃によって消滅しているとはいえ、こんなところに水溜りがあるのは不自然ではないか?

 だが考えるより早く、香里の身体は後方へ跳躍していた。

 それは数多の戦場を経験した戦士としての直感だった。そしてそれが結果的に香里を救った。

 突如水が湧き上がり、その一部がまるで人間の腕のように伸びてきたのだ。

 だがそれは一瞬前に跳んでいた香里には届かず、空を切る。

 ――敵の攻撃!?

 着地し、剣を構える香里の耳に、しかし思わぬ声が響き渡る。

「あ〜あ、残念。この奇襲をかわすなんて、さすがはお姉ちゃんだね」

「え……?」

 目を見開く。

 ――いま、なんて聞こえた? お姉ちゃんって……それに、いまの声は……まさか!?

 フヨフヨと浮き立つ水が徐々に何かの形を成していく。

 それはやはり、人だった。既に形成されている腕から広がっていくように水が徐々に人の形を象っていく。

 そしてその人物の形は、香里にとって……あまりに見慣れたものだった。

「しお……り……!?」

「フフ。お久しぶり、お姉ちゃん」

 見間違うはずがない姿。聞き違えるはずがない声。

 間違いない。そこに立つのは紛れもなく……妹の美坂栞であった。

 だが、齟齬がないと言えば嘘になる。その挑発めいた笑み、漂う雰囲気、そして何より……気配が、人のそれではなくなっていた。

「あなた……まさか……」

「うん、そう」

 震える香里の質問の内容を理解しているかのように栞は頷いて、

「わたし……吸血鬼にされちゃった」

「!?」

 思わず腰が砕けそうにった。

 膝から崩れ落ちそうになるのだけはどうにか抑えたが、頭の中だけは真っ白のままだった。

 ――栞が……吸血鬼、ですって?

 脳内で反芻するが……まったくその単語が現実味を帯びない。気配も魔族のもので裏付けになっているにも関わらず、心の中で全否定していた。

 しかし……香里がどれだけ心中で否定をしても、現実は変わらない。

 吸血鬼・美坂栞は現実として目の前に立っている。

「だから、ごめんね?」

「え……?」

「わたし、お姉ちゃんを――殺すよ」

 ドッ! と凄まじい勢いで栞が駆けた。香里の知る栞では到底不可能と思われる疾走に、頭が追いつかない。

 栞の腕が伸びる。それに捕まりそうになるのを――それでもなお回避したのはやはり彼女の戦士としての経験だった。

 栞の腕は香里の鎧を掠めるに留まる。だが……それだけで変化は訪れた。

「なっ!?」

 パシャア、と。どういうわけか鎧が水となり消え去ったのだ。

「んー残念、ハズレ」

「栞、あなた、その能力……!?」

「驚いた? でも、こんなものじゃないよ?」

「ッ!」

 口元を歪めて迫る栞に……だが香里は反撃をしようという考えが浮かばなかった。

 あの腕に触れたらまずい、とだけ認識し、ひとまず距離を置こうと考える。だが、

「フフッ」

 栞の足が地面に触れた瞬間、地面が円状に抉られるようにして水へと変質した。

「足も――!?」

 突如足場を失った香里がバランスを失い転倒する。そこへ覆いかぶさるように栞が跳びかかり、

「呪具連携――疾風砲丸(スパイラルスマッシュ)

 ドバァ!! と、その上半身が高速で飛来した巨大な鉄球により爆ぜた。

「なっ……栞!?」

 香里の眼前で上半身を失った栞の下半身が崩れ落ちる。それはあまりに無残な死に様だった。

「何をしているんですか? 救える者は救うという話でしたが、それで聖騎士であるあなたが死んでしまったら元も子もないでしょうに」

 横からの声。弾かれるようにして振り向けば、いつも通りの笑顔を浮べたシャルロッテ=アナバリアが鉄球『激震王』を引き戻しているところだった。

 そのあまりに自然な態度が……香里を逆撫でする。

「シャルロッテ……! あなたは! 栞はあたしたちカノンの民で、味方なのよ!?」

「あの状態ではどうしようもないでしょう? むしろ吸血鬼にされ、意思すら犯されたあの人にとって最も救いになることはああして殺してあげることじゃありません?」

「話は通じていた! 精神感応は解除出来たのよ!」

「そうは言いますけどね、この大規模な戦闘で救える者と救えない者を判断するだけでも大変なんです。

 その上救える者は全員助けるなんて、行動を制限していては勝てる戦いも勝てなく――ッ!?」

 突如言葉を切って袖から怒濤王を出す。その銃口は……どういうわけか香里に向けられていた。

 香里が何かを言うより早く、その弾丸は放たれた。それをどうにか剣で受け止めるが、勢いを殺しきれずに吹っ飛ぶ。

 ――まさか、裏切り……!? それとも精神感応にやられた!?

 香里の疑惑は、しかしすぐに解かれた。

「!?」

 先程まで香里が立っていた場所に拳を突き出す無傷の栞の姿を見つけたからだ。

「完全に不意を突いたと思ったんですけどね……邪魔しないでくださいよ」

 空振りに終わった手をヒラヒラと振る栞に対し、シャルは袖で口元を隠しながらクスクスと笑う。

「これはこれは、ごめんなさい。でも……敵の思い通りにさせるなんて愚かなことわたしがすると思いますか?」

「まぁ、そうですよね」

「それにしても……随分と面白い能力を手に入れたようですねぇ? 木っ端微塵になったように見えたんですけど。あなたは死なないんですか?」

「さぁ、どうでしょうね。試してみてはいかがです? やれるものなら」

「あら? もしかしてわたし……挑発されてます?」

「フフフ……」

 挑発的な、そして睥睨するような笑み。それはある種、シャルのそれと酷似していた。

 睨みあいは三秒もなかった。

 次の瞬間、二人が疾駆していた。香里が止める間もない。

「――触れし物は加速する――」

 シャルの怒濤王から連続して弾丸が発射される。その数およそ四十発。だがそれに対し栞は無謀にも突っ込み、直撃する。

 栞の身体が弾丸に引き裂かれるようにして四散した。同時、四方に飛び散る血……、

「いえ……血ではないですね。それは――水?」

「フフッ」

 嘲笑が聞こえると同時、散った血――否、水が集束し再び栞の形へ復元する。

 自己再生……と言うべきか言わざるべきか。どうやら生半可な攻撃は通用しないらしい。

「――接触は衝撃を生む――」

 今度は鉄球の呪具『激震王』を振るう。だがそれを栞は片手で受け止め、

「無駄ですよ?」

 ドパァ!! と、激震王が水へ変質した。

 ピクリ、と眉を動かすシャル。だが見えた反応はそれだけだ。鎖さえ水と化し濡れた袖を振り払って、シャルは小さく嘆息する。

「……高い呪具なんですけどね。またルミエに作ってもらわないと」

「余裕ですね? 道具の心配より自分の命の心配をしたらどうでしょう?」

 一足飛びで近付いた栞がシャルを捕まえようと手を伸ばす。それを見てもシャルは微動だにせず……、

「結界封印式、属性、氷――コード」

 男の声と同時、栞を閉じ込めるようにして氷の結界が出現した。

「あら、どうも」

「……こっちの動きがわかってたみたいな反応だね。いやはや、恐れ入る」

 後ろに軽く飛んだシャルのその隣。黄金の篭手を右腕にはめて魔術式を展開していたのは、コミックパーティーの千堂和樹だった。その隣には桜井あさひもいる。

 どうやらこちらでの大規模な戦いの気配を察知して近くにいた二人は向かってきてくれたらしい。

 和樹は封印結界を持続させたまま、シャルを一瞥する。

「その子は元々カノンの?」

「ええ。そこで呆然としている美坂香里さんの妹です。……まぁ、吸血鬼になったのはこっちに来てからですけど」

 辛そうに顔を歪める香里を見て、和樹は手に力を込めた。

「……このまま封印する。接触対象を水へ変質させる能力と、自分を水に変化させる能力みたいだから氷属性ならきっと――」

「残念ですけど、無理ですよ?」

 ガラスの弾けるような音がした。

「!」

 和樹は魔術式が消滅したことを感覚で察知する。前方にはただ手を前方に掲げた状態で立つ栞の姿。

 その姿からおおよその結果は見えてくる。

 単純なこと。彼女は……魔術さえ、水へ変質させたのだ。

「マナ、魔力さえ水へ転化させるのか……!?」

「私を氷の力で押さえつけたいのなら……そう、美咲さんでも呼ぶことですね」

 確かにそうだ。竜種の出力を得た美咲の『断絶の六水晶』であれば栞が何かをする前に凍結封印が可能だろう。

 しかしここに美咲はいない。美咲もこの戦いには参加しているが、配置は逆方向だ。封印は難しい。

 足止めは不可能。ならば……取れ得る方法は限られてくる。

「あさひちゃん、行くよ」

「はい!」

 あさひが跳ぶ。

 彼女の手には片手で振るえるほどの小さな杖。それはインテリジェントデバイス――『ピーチ』だ。

「ピーチ!」

Blaez Bullet.』

 掲げたピーチの直上に大きな光の弾が出現する。それを前方に掲げた途端、それより一回り小さい光球がマシンガンのように放たれた。

 同じタイミングでシャルも怒濤王で連射。真上と横から放たれる雨のような弾丸に、栞の身体は撃ち抜かれ水と化す。

 そして和樹はそのタイミングを逃しはしなかった。

「コード!」

 黄金の篭手、法具『全能の鍵(マスターキー)』が輝きを放ち、栞の周囲をキューブ状の何かが拘束する。

 対象空間内の魔力循環を遅延させるという珍しい結界だ。相手が魔族なら自己再生の速度が落ちるし、人間族でも魔術の形成に時間が掛かる。

 栞の能力が魔力を使用するものであればこれで即座に回復したりはしないだろう。そうでなければすぐに再形成するだろうが。

 しかしキューブ状の結界の中で起きたことはそのどちらでもなかった。

 パン! と栞の身体がそのまま弾けて……元に戻らずただの水になったのだ。

 和樹たち四人は訝しむ。

 ――どういうことだ? 死んだ……? いや、魔力循環を遅くすることで死ぬことなんか考えられない。じゃあ……?

「! 後ろよ!」 

「!?」

 香里の声に和樹が振り返ると、足元の水溜まりから栞が出現し肉薄してきているところだった。

 ――水の転移!? 水さえあればどこにでも出現出来るのか……!?

 咄嗟にその進行上に防御結界を展開する。その数、五枚。しかし無駄だと言わんばかりに栞の腕は触れただけで結界を無効化していく。

 四枚目も貫き、五枚目も水へ変化させられ、栞の魔手が和樹の頭に迫り――、

「させません!」

 だが間一髪、割って入ったあさひによってその腕は止められた。

 栞の手を遮ったのはインテリジェントデバイス『ピーチ』。栞の手を受け止めている自らの相棒を見て、あさひは薄く笑う。

「……どうやらその力も、存在概念の高い神殺し系には効かないみたいですね」

 ギチギチとせめぎ合うピーチと栞の魔手。だが栞の顔に浮かんでいる表情は焦りでもなんでもなく……、

「その自信、命取りですよ?」

 栞が微笑んだ瞬間、

「え……?」

 パシャア、と。手からあるものの感触が消え去った。

 それが何であるか、わかっているのにわからなかった。

 嘘だ、とあさひが呆然としている中……更に状況は悪化する。

「あさひちゃん!!」

「?!」

 和樹の声に我に帰るも、時既に遅い。

 ガシッ!! と、あさひは栞の魔手によって顔を掴まれてしまった。

「し、ま……!?」

「油断大敵ですよ?」

「う、あ……あぁぁ!!」

 あさひの身体が……溶けていく。まるで氷が熱に当てられて溶けていくように、あさひの身体から水滴が溢れ形が歪んでいくのだ。

「生半可に魔力抵抗が高いと生き地獄ですねぇ……。すぐに水になれない分苦痛は大きいでしょうに」

「あさひちゃん!」

「っ!」

 和樹とシャルがあさひを助けるため攻撃をしようとするが、それよりも早く、

「じゃあ、このままっていうのも可哀相ですし、もう少し力を上げて――さようなら」

「や……か……ずきさッ……!」

 ザパァ、と。あさひであったものは水になり栞の腕から零れ落ちた。

「あ、さひ、ちゃん……」

 愕然とする和樹の前で、あさひが着ていた服がハラハラと落ちていった。

「まず一人。フフッ」

 栞が足元にこぼれた水溜りに足を突っ込むと水が一気に消え去った。いやあれは、

「吸収……したのですか」

「ええ、シャルさん。あなたの言うとおりです。私はどういうわけか血を吸えなくてですね。こういう形でしか補給が出来ないんですよ」

「吸血鬼というよりは吸水鬼……と言った方が妥当ですかねぇ?」

「かもしれませんね」

 厄介な能力だ、とシャルは思う。

 接触した対象を水へ変質させる能力、水へ変化し攻撃を無効化する能力、水があればどこにでも転移できる能力。

 おそらくまだいくつかの能力を持っているはずだ。『水』という媒体を用いてあらゆる効果を発揮する、と考えた方が良いだろう。

 基本的な物理攻撃も魔術攻撃も効かない。水、という属性を考えればいくつか手段は考えられるが……それもどこまで通用するか。

 どうしたものか、と手を出しあぐねていると、

「来ないんですか? なら……こっちから行きますよ?」

 栞の姿が消えた。また水の転移か。

 シャルの周囲には栞の能力によって水にされたものがいくつも散らばっている。転移するとなればどこからでも出てこれるだろう。

 そうして身構えるシャルは、しかし驚きに瞠目した。

 前後左右、四方向に(、、、、)栞が出現(、、、、)したのだ。

「今度は水による分身ですか……器用ですねぇ、まったく!」

 シャルは袖から原初の呪具『アルビカルト』を出し、コマのように足を軸に回転しながら一斉に切り払う。

 本体なら受け止められる可能性もあったが、先程の『ピーチ』の件を考えれば、おそらく存在概念の高い武装はすぐに水化出来ないのだろう。

 ならその間にもう一度距離を離せば良い、と考えての行動だったが……迫ってきた四体は容易く切り飛ばされた。

「全員分身……?」

 なら本体はどこか、と気配を探ったところで答えを得た。

「後ろ……香里さん!」

「!」

 栞の本体が出現したのは、香里の後方だった。

 香里はすぐさま跳び退くが、栞はこれまでのように近付いたりしない。眉を顰める香里に栞は笑みを見せ、

「近付かなければ平気だと思った? お姉ちゃんらしくない短絡的な思考だね。でもお姉ちゃん、よーく思い出して? 私って元々……なんだった?」

 スッと手を掲げた。

「まさか――」

「そう。そうだよお姉ちゃん。私は元々……魔術師(、、、)なんだよ」

 刹那、水の刃が八つ香里に襲い掛かった。形式から推察すれば『突き抜けし水の刃』だが、

「無言発動!?」

 しかも同時多数展開。吸血鬼になったからか、あるいは精神感応でリミッターが外されているからか、栞の魔術師としての格も跳ね上がっている。

「でもこの程度なら!」

 香里が剣を振り上げる。応じるように地面から噴き上がった炎の壁が、迫った水の刃を一瞬にして蒸発させた。

「違う! 本命はそれじゃない!」

 和樹が叫び、香里が目を見開く。

 炎の壁を押し破るようにして、圧倒的な水流が襲い掛かってきたのだ。

「これは『静寂の水流道』……! 超魔術さえ無言発動するなんて!」

 すぐさま集束出来るだけのマナをかき集める。剣に纏う炎は徐々に大きくなり、その炎自体が巨大な剣のように形を成し、

「おぉぉ……はぁぁぁッ!」

 圧縮された濁流を真正面から叩き切った。

 炎で水に打ち勝つのは本来難しい。しかし彼女は聖騎士、マナを自在に操る炎の申し子だ。

 魔力が上乗せされていようと、超魔術程度で下せる人間ではない。

 しかし、そんなことは栞とてわかっているのだ。

「上ががら空きだよ、お姉ちゃん?」

「!?」

 真上……叩き切られ、分断された『静寂の水流道』の水流から栞が出現する。

「まさか、超魔術を利用して転移を……!?」

「出来ないとでも?」

 栞が炎を纏う香里の剣を握り締める。

 炎が水に、そして剣さえ水に変化し、香里を守るものが消え去った。

「う、あ、あああああ?!」

 そのまま『静寂の水流道』に呑み込まれ遥か後方に叩き付けられた。圧倒的な水流がそのまま身体に圧し掛かり、最低限の魔力防壁があるにも関わらずメキメキと嫌な音がする。

「くそ!」

 男の声と同時、『静寂の水流道』が消え去った。おそらく和樹が打ち消したのだろう、と頭の片隅で思った。

「あ、ぐ……!」

 崩れ落ちる香里を和樹がどうにか支え、その二人を守るようにシャルが立ちはだかる。

 その三人の前で、嘲るように、蔑むように、見下すように、美坂栞は高らかに笑った。

「あは、あはは……あはははははははははははははははは!!!

 ねぇお姉ちゃん。痛い? 痛いよね? 痛いに決まってるよねぇ。そっかぁ。

 うん。でもね、私ちっとも可哀相だなんて思わないよ? むしろ羨ましいの。

 だってね? 私ちっとも痛くないの。さっきから何度も攻撃されてるのに、水になるばっかりで全然痛くないの。

 変だよね。魔術もなしに治るんだよ? 信じられる? 私は信じられない。信じたくないなぁ。

 でもこれって現実。私もう人間じゃないんだって。吸血鬼なんだよ。

 ねぇお姉ちゃん。私、何か悪いことしたかな? 何か人に迷惑掛けたかな? ないよね? ないはずだよね?

 それじゃあなんでこんな目に合うのかな。ね、お姉ちゃんにはわかる? 私にはわからないの。

 だから教えてよお姉ちゃん。私に教えて。私が納得できるような詭弁を、さぁ早く。

 もしそれが出来ないんなら、しょうがない。私はもう壊れるしかない。

 だって、泣けそう。こうしてお姉ちゃんを蹂躙しているこの瞬間がとっても楽しいんだもん。

 そう感じる自分が泣きそうなくらい苛立って、叫び出しそうなくらい嬉しいの。

 中途半端に意識が残ってるからこんなことになるんだよね。だったら私にはきっとどっちかしか道は残されてない。

 さぁ……。さぁお姉ちゃん選んで。

 私を殺すか、私に殺されるか。私の道はただ二つ。殺されるか壊されるか。それだけ。しかも自分じゃ選べない。

 だからお姉ちゃん。お姉ちゃんが選んで。私、お姉ちゃんが選ぶんならどっちだって良いんだから」

 誘うように、そして踊るように両手を広げながら近付く栞。ニィッ、と。不敵に歪な三日月の笑みを浮かべ、彼女は告げた。

「さぁお姉ちゃん。――私はここだよ?」

 

 

 

 ――同時間――

 

「うっはー。こりゃまた凄い」

 新城沙織は上空から、爆撃を受け中心に巨大なクレーターを作ったアインナッシュを見下ろしていた。

 腕を組みパタパタと羽を動かしながら、面白そうに口元を歪めて、

「四回の攻撃のうち三回は古代魔術。もう一つは……よくわからなかったけど、でも、うーん……良いなぁ、あれ。覚えたいなぁ〜」

 うずうずする。知的好奇心が胸の底から沸きあがる。

 沙織は魔術が好きだ。特に人間の編み出した術は効率が良く理に適っており、まるでそれ自体が完成された芸術品のようだと思う。

 それを蒐集したい。その欲求が彼女の行動源。そう、言うなれば……新城沙織は魔術のコレクターなのだ。

 だからこそ、知りたい。先程の古代魔術は三つとも知らないものだった。

 光属性のもの、闇属性のもの、そして両方を使用する対消滅。

 出来ないことはない、と思う。彼女は元々神族にして現状吸血鬼。魔となり闇属性さえ得たいま、属性間の問題など瑣末ごとでしかない。

 チラリと上を見やる。両軍の空戦部隊が激突するのを見上げ、

「さっきの防御の子も気になるし……うーん、迷っちゃう〜!」

 両手で頬を押さえ、クネクネと身を捩ったときだった。

「シズクの者だな! 話は通じるか!?」

 どうやら見つかったようだ。数人の兵士たちが沙織を取り囲んでいた。

 鎧の紋章は様々だが、大半はエア王国のものだった。つまり、神族。

「話が通じるってぇ……どういう意味?」

「通じるな。なら良い。お前を捕獲する」

「? よくわからないなぁ〜? どうして話が通じると捕獲って……あぁ、なるほど。心が壊れてるかそうでないかを判断してるのか」

 どうやら敵軍は精神感応の進行具合によっては救うことも考えているようだ。

「ふ〜ん」

 馬鹿馬鹿しい、と思う。あれだけの大規模攻撃をしておきながら、今更数十人、数百人助けたところでどうなると言うのか。

 まぁしかし、それが真っ当な人の心……だというのなら、きっと自分はとっくの昔に堕ちていたのだろう。身体より逸早く心の方が。

 じりじりと兵士たちが間合いを詰めてくる。その数は九人。

 しかしお粗末だ。彼らはきっと理解していない。理解していれば話掛けることさえしなかったはずだ。

 そもそも理解しろという方が難しいとはいえ……それを理解できないようでは沙織の敵にはなりえない。

「あらら、残念。入っちゃったね」

「なに……を!?」

 疑念の声は呻きに変わった。

 次の瞬間、何が起こったわけでもなく兵士たちは爆発するように輪切りにされた。

 何に? いつ? そんな疑問を考えられたかどうかさえ怪しい。

 しかし、関係ない。沙織の思考はもう血飛沫に消えた名も知らぬ雑兵のことなど掻き消えていた。

 ともかく雑魚では話にならない。どちらを優先するにしろ、お楽しみは上にいる。ならばすべきことは一つだろう。

「――行きますか♪」

 嬉しげに呟き、沙織は翼をはためかせ上空へ舞い上がった。

 高速で上昇する沙織に気付き、他の兵たちが押し寄せてくるがそんなもの大規模魔術を使うまでもない。指一本程度の動作で十分だ。

 目指すはあの巨大な艦。どれに行くかはまだ決めてないが……そこはまぁ状況次第で立ち回ろう。

 まずは上に出る。船の下からじゃ相手を視認さえ出来ない。群がる兵士たちを一瞥すらせず消し去り、舞い上がって……、

ヌギ・ヤクァ・イア・ソムク

 だがその進路上を阻むようにして水の槍が降り注いだ。

 沙織は初めて動きを止め、それらを結界で薙ぎ払う。しかし何より気になったのは、

「いまの詠唱……オンカミヤリュー? あぁ、そっか。オンカミヤムカイっていまはウタワレルモノに治められてるんだっけ。忘れてた」

「どなたか存じませんが、これ以上は先に進めさせません」

 純白の翼をしなやかにはためかせ、金髪の女性が前に立ち塞がった。

 その女性はどこか神々しかった。気品の良さ、というレベルではない。神秘性をその身に覆うような、不可思議な雰囲気を醸し出している。

「まさか……」

 沙織はその女性に心当たりがあった。戦場という場違いな場所のために一瞬信じきれなかったが、おそらく間違いない。この人物は、

「あなたは……ウルトリィ様ですか?」

「ええ、私はウルトリィですが……」

 やはりそうだった。

 ウルトリィ。元オンカミヤムカイの第一皇女にして巫女。オンカミヤリュー族でなくとも、神族であれば彼女の名を知らぬ者はそういまい。

「あなたはどうやらまだ正気を保っているようですね。ならばこのような戦いは止めましょう」

「え?」

「私たちは皆さんを助けに来たのです。ですから――」

「フフッ、あはははは!」

 突然何を言い出すかと思えば……あまりに状況にそぐわぬ言動に思わず笑ってしまう。

「あはは……ほ、ホント、さすがは平和を重んじるオンカミヤリューの長ですね。まさかそんなこと言われるとは思いませんでした」

「何かおかしいですか?」

「えぇ、おかしいですね。だってあたしは精神感応なんて受けてない。自分の意思でシズクにいるんですから」

「……! そうですか」

 表情が引きしまった。敵意も感じる。なるほど、どうやらただ甘いだけではないらしい。

 倒さなくてはいけない者というのはいる、ということを知っている目だ。さすが……と言うべきなのかな、と沙織は苦笑する。

「気配が少々妙ですが……あなたも神族なのでしょう? ならば何故シズクなどに組するのです?」

「ん? そりゃあ楽しいからに決まってますよ。これだけ暴れりゃそのうち強い人集まってくるでしょう? こんな感じに。それを待ってたわけでして」

「何故そのようなことを? あなたの目的はなんなのですか? そもそもあなたは何者?」

「そんな質問ばっかりされても……まぁ一番答えやすい誰か、ってのに答えるけど……あ、でももしかしたらウルトリィ様も知ってるかも? ちょっと試してみようかな?」

 怪訝に眉を顰めるウルトリィに対し、沙織はにっこり笑って手を掲げた。

アイル・ディズ・ミエ・ソムク

「その詠唱は!?」

 瞠目するウルトリィに沙織は手を向ける。

 すると風が巻き起こった。それはウルトリィを切り刻まんと一直線に突き進む。

 それをウルトリィは防御結界で防ぎきるが、驚きは消えなかった。

「あなた……オンカミヤリュー……!?」

「ご明察。でもま、純血じゃないですけど。さて、更に行きますよ〜。あ、手加減しますからきちんと避けてくださいね?」

 沙織の手に強大な魔力が集束していくのをウルトリィは感じ取った。

 だがそれはオンカミヤリューの使う魔術とは別種の構築方法だ。普通に人が使うものとも違う、それは、

「ウルトリィさん! 離れて!」

 背後から叫び声が聞こえた。

 カノン軍の魔術師、芳野さくらだ。

「それは駄目! かわさないと……!」

 カノン随一の魔術師の言葉をウルトリィは信じた。すぐさま距離を取る……が、少し反応が遅かった。

「ちょっと派手なご挨拶、っと♪」

 軽い口調で沙織は手を振るった。

 刹那、空を闇へいざなう漆黒の炎が世界を焼いた。

 沙織の前方にいた敵味方問わず、その漆黒の炎はことごとくを焼き払う。結界も何も関係ない。全てが燃やされていく。

 しかも巻き込まれた者たちの絶叫が半端ではない。身を震わす叫び、否、魂の悲鳴だ。

「これは……!?」

「あれは火属性古代魔術『灰燼と帰す煉炎』……! あれは魂さえ焼き払う地獄の業火。あれに触れたら最後、輪廻転生の環からも外される!」

「おぉ、物知りな魔術師さん。じゃ、これはわかる?」

 今度はパチン、と指を鳴らした。

 すると沙織を中心にして視認出来るか出来ないかという魔力の波が全方位へ押し寄せていく。

 さくらの判断は一瞬だった。風の身体強化魔術を施し、ウルトリィを引っ張って即座に退避する。

「さくらさん!?」

 その行動にウルトリィは驚いたが、それは一瞬だった。沙織の周囲の光景を見て唖然とする。

 今度は前方だけではない。周囲にいた敵味方全てが凍り付き、一瞬の後には塵となって消えてしまったのだ。

「今度は氷属性の古代魔術『消滅誘う絶対氷河』……!? しかも無言発動って……なんなのあの人!?」

「オンカミヤリュー……古代魔術を使う……まさかあなたは!?」

「あ、気付いた?」

「あなたは……新城沙織ですか!?」

「おぉー! 正解ですよ! いやー、まさかあたしがオンカミヤリューの皇女さまに名を知られているなんて、驚きだな〜っ」

 この場に他のオンカミヤリューがいたら何をふざけたことを、と豪語していただろう。

 何故なら『新城沙織』という名を、オンカミヤリューで知らぬ者などいるわけがないのだから。

 新城沙織。

 神族五指に数えられる、神族最強の魔術師。

 オンカミヤリューの多属性持ちという特徴を利用し人間族の魔術さえ駆使したという天才。

 ……神族五指と呼ばれる五人は、ある点において二種類に分けることが出来る。

 五の才能を持ち、五の努力を経て最強の名を得た者。

 そして生まれたときから十の才能を持ち、他者を最初から寄せ付けなかった者だ。

 神尾神奈を含む三人は前者だが、あの雪月澄乃やこの新城沙織はまさしく後者だ。

 オンカミヤリューとして血が混じっている、というだけの別の家系に生まれたにも関わらず、その能力は明らかにオンカミヤリューのそれであり、そして常識の範疇を越えていた。

 光属性の他、四大元素の力を全て扱うことが出来て、しかも人間族の編み出した魔術さえ楽々使いこなすという天才児。

 しかし彼女は数年前に突如として消息を絶ったという。

 それがウルトリィの知る新城沙織だった。

「……オンカミヤリューの歴史でも最強とさえ言われた天才・新城沙織が何故シズクに?」

「趣味と実益を兼ねて、かな? ほら、あたしはコレクターですから。いろいろな魔術を知りたいわけですよ。そうなると戦いが一番でしょう?

 で、シズクが相手ならそのうちばーんと強い人が集まってくれるんじゃないかなぁ、と思ってたら案の定♪ 蒐集しがいがあるってもんですよ」

 中でも好んで蒐集しているのが古代魔術。

 第二星界時代の魔術であるがゆえに伝えられている数は少なく、魔導書を見つけてもそのほとんどが写本という実情。

 もちろんその写本でさえ数少なく、見つけることは極めて困難だ。特に弱い術であればなおのことである。

 古代魔術は元来神と戦うために編み出されたものだ。自然、強力・強大な術が多くなるのも当然のことである。

 しかしそれでも沙織は数多くの古代魔術の魔導写本を見つけ、会得してきた。その数はもはや三十を越えている。

「それに実益ってことで吸血鬼にもしてもらったし。これで闇属性もゲット! 魔力も大幅に増えたし、言うことなしですね〜」

「吸血鬼……!? そんな、その程度のことで……」

「その程度のこと、かぁ。うん、まぁ神族じゃあんまり理解できない感覚かもしれませんね〜。でもそこの魔術師さんなら少しはわかるんじゃない?」

「まぁ……少しはね」

 魔術師は探求者。術の真理を、あるいは探求のための延命を望み、その果てに吸血鬼や蜘蛛になる者も決して少なくはない。

 そういう意味では新城沙織は確かに神族というより魔術師よりの思考感覚を持っているのだろう。

「あなたにはオンカミヤリューとしての誇りはなかったのですか……?」

「んー、あんまりなかったかも? 元々遠縁だったし、ただ偶然オンカミヤリューの血筋が四代前だったかにいただけって話でしたし。

 それにほら、神族五指で闇の力に落ちたのはあたしだけじゃないですし? なんだっけ、あの……そう、『堕天せし禁句(フォール・ワード)』だ!」

 ケラケラと沙織は笑い、

「笑っちゃいますよね? 神族五指の中でも最強と言われてたあの人が『堕天せし禁句(フォール・ワード)』なんて仇名(、、)をつけられちゃうんだから。

 でもまぁ、あたしも一度会ったことあるからわかりますけど、あの人はレベルが違う。あたし含めて他の五指と比べるべきモノじゃない。

 そりゃああんなのに喧嘩ふっかけた神岸家が壊滅的打撃を受けたのもわかるってもんですよね〜。

 まぁでも、いまのあたしも似たような状況かな?

 神岸血縁のあの人が神岸家と戦ったように……あたしもこうしてオンカミヤリューの元皇女であるウルトリィ様と敵対しているわけだし?」

 ニコリと邪悪に微笑んだ沙織の手が不規則に動く。

 攻撃の予感を察し、ウルトリィとさくらは散開する。無言発動が出来る相手に対して同じ場所に留まるのは自殺行為にも等しい。

 動き回り狙いを定めさせず、また考える余裕さえ与えずに攻撃を繰り出すこと。これが最も効率的な戦い方だ。

「む」

 左右に分かれたさくらとウルトリィに、沙織は一瞬どちらを狙うか考えた。そしてその一瞬が隙となる。

 その間隙を縫うようにして攻撃したのはウルトリィでもさくらでもなく、

「取った!」

 縮地で一気に背後に現れたエア王国の柳也だった。

 示し合わせたわけではない。だが近くで戦闘をしていた柳也ならこうしてくれるのではないか、という期待はあり……そして柳也はそれを実行した。

 目にも止まらぬ刺突。水無月の刃が沙織の背を、

「残念でした〜♪」

 貫かなかった。瞬きの刹那の間に、どういうわけか沙織が柳也の背後に回りこんでいた。

 柳也が何をするよりも早く沙織の腕が柳也の背に触れ、

「ぐ、うぅ!?」

 閃光が柳也を撃ち貫いた。

 古代魔術『貫く破閃』。大味な術が多い古代魔術の中では珍しい対単体攻撃だが、集束されている分威力は大きいし、何より出が早い。

 だが……それでもなお浅い。術が発動するよりわずか早く、柳也は縮地によって距離を離していた。

「だ、大丈夫!?」

「大丈夫……ではないが、戦えるさ」

 さくらに見せる笑みは、ぎこちない。押さえている脇腹からはじっとりと血が滲んでいるし、戦闘続行可能な傷かは正直疑わしい。

 だがそうも言ってられないだろう。

「うんうん。良いねぇ良いねぇ、強い人がたくさんだねー。こういう場こそ、覚えた魔術を扱う絶好の機会だねー」

 にこやかに微笑む目前の敵。

 オンカミヤリューの力を持つ『神族』にして、多種多様の『人間族』の魔術を会得し、更には吸血鬼――『魔族』の身体的特徴を手に入れた少女。

 元・神族五指と謳われた少女――新城沙織。

 この敵は……強い。出来る限り大勢で掛からねば……より多くの被害が出るほどの。

「さぁ、踊ろうよキー。踊ろうよリーフ。あたしの技巧、あたしの術……見せてあげるからさ?」

 嬉々として笑う沙織に充満する強大な魔力。

 その瞳孔は、ここからが本番だと言わんばかりに真紅へと変貌していく。

 

 

 

 あとがき

 あい、どーも神無月です。

 というわけで今回はシズクの吸血鬼であるところの二人、栞と沙織がメインの話でした。そういえば二人とも名前似てるね(ぇ

 本当は香奈子の描写も入れて三大吸血鬼揃い踏みにしたかったんですけど長くなってしまったのでやめました。とほほ。

 栞の能力はかなり極悪です。ちなみに栞は特殊な水特化型の吸血鬼なので流水だって平気で渡れます。

 その変わり、作中でもあったように血が飲めません。補給するためには対象を水にしてそれを吸収する必要があります。不便です。

 沙織の方は、吸血鬼としての力はぶっちゃけそう高くありません。オンカミヤリューとしての力の方が強いので、自己再生もBレベルです。

 しかし多属性でありながら弊害を受けないというオンカミヤリューの特性を持つが故に光と闇属性を両方持てているのが強みでしょう。

 術式理解も高いですから、魔導書があれば祐一のお株だって扱えます。威力が伴うかはさておいて。

 さて、次回はまたいろいろ懐かしいキャラが敵で出てきます。狐っ子とか石化の魔眼持ってる人とか。

 ではでは〜。

 

 

 

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