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神魔戦記 第百五十二章
「怒涛ニシテ傲然ナル狂宴(Ⅰ)」
――06:37――
α-22部隊の壊滅。
その報はシルファから各魔導人形を通じて瞬く間に他のαチームにも伝達された。
「α-22部隊って……保科さんのところじゃ!?」
隣に位置するα-21部隊。その一人である河野貴明は愕然とした。
まだ上陸してほんの数分だ。にも関わらず三千近い部隊が壊滅なんて……信じられない。
だがシルファの能力を疑うことも出来ない。シルファの魔導人形を経由しての広範囲認識能力は貴明とて知っている。
だからそれを事実と受け止め、まずすべきことは、
「タマ姉! 22部隊のところに行こう! 生存者がいるかもしれない!」
「駄目よタカ坊。あたしたちはこのまま当初の予定通り進撃する」
「タマ姉!?」
しかし貴明の発言を21部隊の隊長である向坂環は切って捨てた。
環は先程の報を受けたときにわずかに眉を顰めただけで、それ以降はいつも通りの表情だった。
そんな環の反応が信じられないとばかりに貴明は食って掛かろうとして、
「止せ、貴明」
それを雄二に止められた。
掴まれた腕を逆に掴み返し、貴明は彼を睨みつける。
「離せ雄二。22部隊は同じトゥ・ハートの仲間なんだぞ!」
「……お前、やっぱ戦いには向いてないわ。その優しさがお前の長所なんだろうが、戦場でそんなもん持ち続けてたらそのうち周りすら巻き込むぞ」
「なんだと……!」
「貴明。お前考えたことなかったのか? うちの国でトップ3って言われてる姉貴が、なんで奇襲部隊の隊長なんてやってんのか」
突然切り替わった話に眉を顰める。雄二は環がこっちを見ていないことを確認してから小声で、
「お前を正規の部隊に入れないためだよ」
「な……?」
「俺たちは奇襲部隊っていう特性上少数精鋭でいられた。だから割と自由な行動も取れたし、仲間を救うという活動も出来た。
お前がそういう人間だってこと、姉貴は知ってからだ。でも……だからこそお前はこういう大軍団、多数の部隊による合同戦には向いてない。
こういった作戦の場合、一つの部隊が足並みを崩しただけで作戦全部に支障が出る。そして作戦に支障が出れば……それだけ被害も増える」
わかるか、と雄二は貴明に詰め寄りその襟首を掴み上げる。
「もしうちの部隊が22部隊の救助になんか向かってみろ。21と22の抜けたこっち方面の制圧は、どこの、誰がしてくれる?
それでもし隣の20や23部隊が敵に囲まれたらどうする? そこが潰されて、その隣が更に潰されることにでもなったら……もう終わりなんだぞ!」
アインナッシュの周囲を取り囲むこの作戦。ささらは最低でも三十六の部隊が必要だと言った。
その一つが欠けただけでもこの包囲は完全性を失った。その上で近くの部隊が抜けでもすれば……結果は火を見るより明らかだ。
「甘ったれたこと言ってるなよ貴明! 俺たちはな、トゥ・ハートだけを背負ってんじゃねぇ! 六ヶ国もの人の意志と命を背負ってるんだ!」
「っ!」
「割り切れ! さもないと、これ以上の被害が出ることになるんだぞ!」
ドン! と突き飛ばされる。たたらを踏みながら、それでも貴明は睨むのを止めなかった。
「……なんだよ、それ。誰かが隣で倒れても、それを助けるなってことかよ……!」
「そうだ」
「ふざけるな! 俺は誰かを助けるために剣を取ったんだ。それを――」
「二人とも、そこまでよ」
「タマ姉……!」
「姉貴……」
割って入ってきたのは環だった。二人を半ば無視する形で先導していたはずなのに、彼女は足を止めて冷ややかな視線でこちらを見ていた。
「タカ坊。あなたは人としてはとても正しい。でも戦士としては雄二の方が正しいわ」
「タマ姉!」
「良い? タカ坊。あたしたちはね、兵士(なの。英雄(なんかじゃないわ。
全てを助けるころなんて出来ない。あたしたちに出来るのは、被害を少しでも軽減させることだけ。歯痒いけど、それが現実なのよ」
言いたいことは……悔しいが、わかる。いや、雄二の言葉の段階でそれが正しいことなんてわかっていた。
だが、それが正しいからと素直に頷けるほど、貴明は割り切れなかったのだ。
戦いなんてない方が良い。もし戦うにしたって、知っている人間は誰も死んで欲しくない。そう考えることは、いけないことなんだろうか……?
そうして苦悩する貴明を横目で見つめ、環は苦笑。そのままコツンと額を小突いた。
「っ……た、タマ姉?」
「もし、それでもなお誰も彼もを助けたいと願うのなら……強くなりさない。あたしよりも、誰よりも。それしか道はないわ」
言うだけなら、容易い。 だがそれを実現するには、それこそ人を越えた強さが必要だ。
環はトゥ・ハートの三強などと言われているが、それでもなお犠牲なく誰をも守れるなどとは思えなかった。
いや、そもそも『犠牲を一人も出さない』なんて考え方は、とっくの昔に消えていたように思う。
それは戦場慣れというものだろうか。仲間が死ぬ姿に憎悪を感じても不条理に対しての怒りはいつからか湧かなくなった。
貴明の台詞は理想論だ、と雄二だけでなく環も思う。……だが、こうやって戦いに身を投じながら、それでもそんな思考を持ち合わせていることが、環には少しだけ羨ましかった。
もちろんそれは口にしない。その代わりというわけではないが、彼女は「それに」続けて……前方に視線を向けた。
「もう、そんな余裕も時間もないわ」
「!」
そこで貴明たちもようやく気付く。
遥か前方、微かに見えるアインナッシュの麓から、黒い何かが迫ってきていることに。
大地を揺らす不規則な振動と、不気味な動き、ゆらゆらと蠢くそれは数万に及ぶ――、
「シズク兵……!」
「来るわよ、敵が! 各自、迎撃体勢!」
もはやいがみ合っている余裕もない。貴明も雄二も目の前の敵を倒すべく剣を抜いた。
――06:40――
「αチーム、次々とシズクと戦闘を開始!」
「敵の数は!」
「五千、一万……いや、もっとあるのれす! 三万、ううん、五万……? 違う、もっと……これは……!」
シルファは焦った様子で振り返り、
「シズク軍の地上兵力およそ十五万!」
「十五……!? 一体どこからそんだけの数集めて来たんだか……!」
綾香は毒吐く。こちらの想定以上の規模だ。
「空中戦力の出現も確認したのれす! 数およそ五万!」
「合わせて二十万、か……。兵の数だけならこっちの方が上いけるかと思ったけど、甘かったみたいね」
だが今更どうこう出来るはずもない。既に戦いは始まってしまったし、全てが目論見通り進むなんてことはないのだから。
「仕方ないわね。……ささら!」
「はい」
指令室の中央に座る軍師、ささらは声高らかに告げた。
「これよりフェイズツーに移行します。βチーム、およびγチームは出撃してください」
――06:43――
エルシオン級三隻の甲板上には既に空戦部隊であるγチームが待機していた。
出撃の報を受けたのは、隊長として任命されていたエア王国の柳也だ。
「各々、既に準備は出来ているな!」
皆頷く。時間は十分にあった。装備などの準備が出来ないはずもない。必要なものと言えば……覚悟だけだ。
「エルシオン級は防御面に難点がある。結界部隊の結界が強固とはいえ、負担をなるべく減らすことを心掛けろ! 敵を近付かせるな!」
「「「はっ!」」」
「全部隊、離陸準備――」
翼を持つ神族は腰をかがめ、魔術で空を飛ぶ者は詠唱を開始し、
「全隊、飛翔ッ!!」
柳也の号令一下、三隻の艦から一万の光が飛び立った。
――06:45――
水瀬伊月はエルシオン級二番艦、アルテミスの甲板に立ちその光景を見ていた。
神族もいる。魔族もいるし、人間族もいる。少ないが中には獣人族やスピリットの姿までもがあった。
六つもの国が同じ目標のために力を合わせて戦う。その事実を凄いことだと認識しながら……だが彼女はむしろそうまでしないと勝てないというシズクに薄ら寒い恐怖を感じていた。
魔族としての鋭敏な感覚が、眼下からやって来るおびただしい数の気配を感じ取っている。
ウォーターサマーで経験した何回かの戦いなど比ではない。
まさしくこれが……『戦争』というものだ
「……」
戦いは嫌いだ。伊月自身、最後の最後までこの戦いに参加するかどうか悩んだ。
けれど、彼女には妹の小夜にさえ言えなかった小さな夢がある。
魔族でありながら、こんなことを望むこと自体が愚かだと自分でも理解していながら……それでもいまなお胸に残る、その夢。
それは――誰もを守れる正義の味方になりたい、ということ。
苦しんでいる人たちがいる。戦いたくないと願う人たちが、それでもなお友や家族のために戦場に出るというのなら、黙ってなどいられなかった。
カノンへの恩返しだとか、そういった理由ではない。
伊月はただ誰かを守るためにこの場に立ち、戦うことを決めたのだ。
『γチームの該当空域からの離脱を確認。βチームは結界を展開してください』
連絡水晶が輝き、作戦の移行を伝える。それを聞き遂げ、伊月はゆっくりと両手を胸の前で合わせた。
まるで祈るように、合わせた手に口を付ける。
力を集約していると、一足早くエルシオンとルナライトに巨大な結界が構築されたのとを感じ取った。
強い。そして硬い。自身強固な結界を扱う身だからか、気配だけでそれがわかった。
凄いな、と思いつつ伊月も力を展開しようと――、
『アインナッシュ内より巨大な魔力反応を確認! 大規模魔術……古代魔術クラスと認定! 目標は……アルテミス!?』
「!」
連絡水晶の焦りの声と同時、真下から巨大な魔力の放流が放たれたのを感じ取った。
凄まじい勢いで立ち上るのは――土。超魔術クラスを超えた白い土(は、間違いなく古代魔術規模のものだ。
圧倒的な奔流。巻き込まれれば死しかありえない『無』の泥土。いかなるものも寄せ付けぬその力は――、
『嘘……!? 次元崩壊系魔術?!』
指令室にいたらしい郁美の驚きの声が耳に届いた。
あらゆる理、あらゆる因果を『無』効化するという『次元崩壊』は、『対消滅』や『空間切断』と同等の力を及ぼす。
遮るものは全て邪魔だと言わんばかりに、空に上がったシズクの兵、そして展開したばかりのγチームの兵を共に貫き進む。
いかに強固な結界であろうとも、この類の付随効果を持った攻撃は、同等の付随効果を持った結界でしか防御は出来ない。
……はずだった(。
「――ううん、大丈夫」
……だが、こと『防御結界』においては伊月は他の追随を許さない。
小夜同様、通常の『水瀬』からはやや外れた才能を発揮した伊月は、その傾向が防御面に大きく傾いていた。
本来の場合水瀬の扱う『不通』の結界は、どれも同じ強度を持つ。大きさは変化できても、その硬度は変化できないのだ。
しかし、それを可能にしたのが唯一伊月であった。彼女の『不通』の結界は他の水瀬を大きく上回る。
そしてその力は――およそ防御を不可能とする攻撃さえ、受け付けない。
「断絶(の夜(」
瞬間、艦を完璧に覆う漆黒の結界が展開した。
だがその形は円形ではない。三角錐、あるいは正四面体とも呼べる奇妙な形をした結界だった。
しかもそれは回転し、鋭角な部分を真下――攻撃の来る方向へ向けた。そこに全てを無へ吸収する白き土が激突する。
魔術に詳しい者たちはこれで終わりだと誰もが思ったが、次の瞬間目の前で起こった光景を見て絶句した。
白の泥土が、割れた(のだ。
そして受け流されるように三方向へ散った土石流はそのまま滑り上がり、そして消失した。
円形であれば全体で受け止める必要があったが、鋭角点で攻撃を受けることによって、その力が掛かる部分を分断したのだ。
「ん。もう大丈夫、かな」
伊月が呟いた瞬間、「断絶の夜」は形を変え、従来の円形に戻った。
展開した結界の形を変える。これは本来ありえない行為だ。一度術式として構築したものの形を変えることは容易ではない。
だがそれを容易く扱い、状況に応じて形状を変化しあらゆる攻撃をシャットアウトする。
それが彼女、世界最高峰の防御能力を持つ――『守護者』水瀬伊月の力だった。
――06:47――
「そんな……」
立川郁美は指令室でその光景を見て、身動きが取れなくなっていた。
魔術を扱う者として、そして同じく『次元崩壊系』の古代魔術を持つ者として、その光景は到底信じられるものではなかった。
まさか特殊効果の付随しない結界で、次元崩壊の攻撃を『いなす』なんて、一体誰が思えようか?
これが『水瀬』。魔族七大名家の力。わかっていたこととはいえ、こうしてまざまざと見せ付けられると、その尋常ではない力に驚かされる。
「まったく……どうして祐一兄さんの回りにはあんな人がうじゃうじゃいるんでしょうね? ある意味呆れますよ」
隣で同じくその光景を見ていた祐一に皮肉半分に言う。すると祐一はこちらを半目で見つつ、
「お前もその一人だと言うことに気付け。俺は未だにお前に勝てるとは思えないぞ」
「そうですね。真正面からの勝負なら覚醒した祐一兄さん相手でも勝てる自信はありますけど……頭脳戦になったらそうもいかないでしょう」
冷静に考えれば、祐一よりも自分の方が能力が高いのは明らかだ。
確かに『対消滅』の力は恐ろしい。しかし自分には『次元崩壊』の技がある。そう考えれば技としての能力は互角。
魔力を初め魔術的な能力は圧倒的にこちらが上、近接戦闘は祐一の方がやや上だろうがそれはさほど差はないはずだ。
だが、祐一の真骨頂はその頭脳、戦術や戦略にある。郁美もそれなりに頭は回ると自負しているが、祐一には到底及ばないだろう。
伊月も含め、自分はまだまだで、世界は広いなぁ、と痛感する。
「ま、そんな話はどうでも良い。俺たちは俺たちのすることをするだけだ」
「そうですね。他の方々の挺身に報いるためにも」
頷き合い、共に踵を返す。指令室の入り口には既に来栖川芹香が立っていた。二人の視線に、彼女は頷く。
「私たちも、行きましょう」
――06:50――
「おらおら、どけぇ!」
迫るシズク兵の攻撃を、浩平はマナ連結を解除して空振りさせる。そのがら空きの背中に腕を侵入して魔力暴走、内部から破壊した。
彼はα-1部隊として兵を率い地上を進撃している。
高度な魔術も使えず、空も飛べず、ましてや対多数なんて不向きな浩平としてはここしか戦える場所はないのだ。
だがそれを苦とは思わない。どこで戦おうが関係ない。どこも重要なのだ。だから、
「死にたくないやつは近付くなよ! 俺の攻撃は手加減なんかほとんど出来ないんだからなぁ!」
突っ込む。誰よりも早く、誰よりも先へ。それが彼の『王道』なのだ。
兵を先に突っ込ませるのではなく、その背中で兵を引っ張っていく。それが彼の戦い方だ。
「浩平! 上!」
「!」
瑞佳の声に反応し、一瞬でマナ連結を解除した。
霧のように姿を消した浩平の上から振り落ちてきた何者かの攻撃が突き刺さり地面が爆砕する。
「うわ、すげぇなんだこれ!」
瑞佳の隣で再形成した浩平が、思わず唸った。
穿たれた地面は土砂を空中にまで巻き上げ、叩き付けられた衝撃波はそれだけで周囲の兵士たちを吹き飛ばしていた。威力が通常のシズク兵とは桁違いだ。
その人物は……奇妙な気配と、そして奇怪な武器を持った少女だった。
それは、おそらく棺。黒塗りの棺をまるで鈍器のように地面に突き刺した獣耳の少女は、ゆらりとした緩慢な動作で立ち上がった。
「あんたは……何者だ?」
答えが帰って来るとも思っていなかったが、生気の感じられない瞳でこちらを見た少女は意外にも口を開いた。
「……私、は……緋皇宮、神耶」
「緋皇宮……?」
「カノンの人だね。名簿に載ってるよ」
瑞佳の手にはトゥ・ハートより支給された小型端末がある。
これは各国からシズクに連れ去られていった者たちの、わかる限りの名前が記されていた。
写真がある者だけは顔写真も表示されるようになっているものの、カメラが普及していない現代ではそう滅多に手に入らない。そのため大半は名前のみという名簿だ。
つまり、あまり意味はない。相手が名乗りでもしない限りは無用の長物かと思われていたが、何でも用意するに越したことはないということだろう。
それに何もそんな偶然を期待して全部隊に名簿を渡したわけではない。
「いま、会話成立したよな?」
「したね」
浩平と瑞佳がそんなことを確認し合うのはわけがある。
事前に月島瑠璃子が言っていたことなのだが、精神感応によって心を支配されている場合に助かる者と助からない者の目安がそこにあるということなのだ。
会話が成立した者はまだ心が壊されていない証拠だと言う。この場合拓也を倒すか、瑠璃子のところに連れて行けば精神支配は解除できる。
だが会話が成り立たない者……特に最早言語を構築出来ない者は拓也を倒したところで手遅れなのだという。
それは既に精神が破壊されている。支配が解けたところで、壊れたものはもう二度と戻らないということらしい。
そしていま、この神耶という少女は浩平の『問い』に対して『答え』を口にした。
それは即ちこちらの言葉を認識しているということで、つまり――助けられる者であるということだ。
なら話は早い。
「よっしゃ、なら――捕獲だな」
「わたしがやろうか?」
瑞佳は固有結界を持っている。いや、正確に言えば『似たもの』というだけだが性質はほぼそっくりなので体面上はその表現で問題はない。
特に瑞佳の固有結界は時を操る固有結界。しかも持続時間が長いので対象を閉じ込め無力化するという点では絶大な効果を発揮する。
だが、
「いや、俺がやる。瑞佳のそれはあくまで奥の手だ。早々に使うのは軽率ってもんだろ」
「浩平がまともなことを言ってる……」
「乳揉むぞこら」
大軍対大軍の切羽詰った戦場の中で軽口を言い合う二人を周囲の兵士たちが驚いた表情で見つめる。まぁワン関係者は驚いていないが。
どんなときも一握りの余裕を持て。それが浩平の、否、ワンの戦い方なのだ。
そしてもう一つ。
助けを求める者には救いの手を。助けて欲しそうにしているやつにも救いの手を。
エアやクラナドの圧力を掻い潜りはぐれ魔族や神族を匿っていたワン。その真髄は、そこにある。
「おっしゃ、やろうか獣耳の譲ちゃん。あんたは俺がワン王の名にかけて救い出す」
棺を構えなおす神耶に対し、浩平は構えを取る――のではなく、軽く肩をすかして苦笑交じりに呟いた。
「――でもまぁ、あれだ。ちょいと手荒ですまないんだが……手足の四本くらいは覚悟してくれな?」
地を蹴り高速で迫る神耶を直視しながら、浩平の思考は戦闘状態に切り替わる。
――06:54――
α-18部隊。それを率いるのはカノンの魔術師倉田佐祐理だった。
カノンの魔術師部隊、そして魔導人形の遠距離攻撃によってアインナッシュの外側からその木々を破壊していく。
他部隊に比べ、こちらは敵の数がやや少ない傾向にあった。
なるべく殺さないように……そう努力はするものの、やはり全てそう出来るわけではない。なんせ精神支配を受けたものは手が千切れようが足がなくなろうが痛みを感じず、まさしく命が尽きるそのときまで敵意を消さないからだ。
どれだけ無力化しようとをも襲い掛かってくる。この恐怖こそ、シズクの最大の攻撃力と言って他ならない。
「佐祐理さん! わたしが突っ込みます! 大きな魔術で敵を蹴散らしてください!」
そう言って単身突っ込んだのは雨宮亜衣だった。
亜衣は佐祐理の部隊に組み込まれた。それは魔術で援護できる者がいる方が好ましい、という祐一の判断だったのだが――、
「はぁぁ!」
迫った三人のシズク兵を一閃の下に切り伏せる。躊躇もなく振るわれたディトライクの刃は、その三人の命を鮮やかなまでに狩り取った。
その光景を見て佐祐理は驚く。
救える者と救えない者。その区別は言語によるそれと聞いてはいるが、いざ戦い始めるとその差は他のところでも見えてくる。
例えばちょっとした挙動だったり、目の濁り方だったり、そういった細かい差異がその両方にはある。慣れてくれば言葉を交わさずともそこで判断出来るようにはなっていた。
もちろん目の良い亜衣のことだ。佐祐理以上にその差異は顕著に見えているはず。
それにしても、だ。コミックパーティーから戻ってきた亜衣には『迷い』がない。
敵を――人を殺すということに躊躇いや迷いがなかった。ただ効率的に、どの軌道で振るえば最速で命を絶つことが出来るのか。それを計算し尽した攻撃を繰り出している。
だがそれは決して非情になったというわけではない。表情にも出ていないが、その心は確実に少しずつ軋んでいる。
しかしそれでもなおそんな心をおくびにも出さず、救える者を救うために、救えない者は切り捨てる。
不条理な現実を抱きかかえ、その上で最大限の救いを掴み上げようとする。
理想を捨てたのではない。現実から目を背けず直視し、迷いや甘えにより生まれる被害をなくすために、彼女は斧を振るうのだ。
それを頼もしく思う反面……こんな少女がそんな意識を持ってしまう世の中を悲しく思った。
けれど、
「十秒後、前線部隊は一端後退! 佐祐理が魔術で敵前線に穴を開けます! その後全部隊一斉射!」
だからこそ、これ以上戦火は広げさせない。
亜衣のような子供を作らないらめにも、そして弟のようにシズクに良いように操られないためにも、
――ここで、シズクは叩いて見せます!
「我は呼ぶ。シュナウドを。我は呼ぶ。ガヴェウスを。共に錯綜し、共存し、集約し、脈動せよ。……平伏せ、ここに、二神が舞い降りる」
詠唱するは通常のものとは違う、複合魔術。佐祐理の行使出来る魔術の中で最も攻撃力の高い魔術。
「十秒!」
亜衣の宣言と同時、前線の兵士が亜衣を除いて下がった。そして、
「咆哮せよ! 『雷神の熾紅蓮(』!」
刹那の明滅。真紅の雷が大地を切り裂きアインナッシュに突き刺さった。
発動から着弾まで秒もなく。アインナッシュ付近に展開していた軍勢は消し飛び、魔力完全無効化の亜衣がその中を足を止めずに疾駆する。
このまま突っ込み敵の陣形を切り崩す。そのつもりだったのだが、
「!」
亜衣は濛々と立ち込める土煙の中で、何かを見た。
煙を突き破るようにして目の前に出現したのは――鎖鎌。
亜衣はそれを首を捻ることだけで回避したが、瞬時にあることに気が付き背後を見た。
この攻撃は亜衣に向かって放たれたものではない。これは……、
「佐祐理さん!」
「!」
佐祐理に向かって放たれたものだ。
複合魔術を放った直後、巨大な魔力の行使はそれだけ大きな隙が生じる。そしていままさに佐祐理は身動きの取れない状態。
「こ……のぉ!」
足の一点強化。急制動をかけた亜衣は強引に身体を捻り、無茶な動きであることもいとわずディトライクを持ち上げるように振り上げた。
その一閃はいまなお伸びる鎖を直撃し、引き上げるようにその軌道を捻じ曲げる。
軌道をずらされた鎌の刃は佐祐理の髪の毛を数本切断するに留まり、真上に打ち上げられた。
「この……鎖鎌は……烙印血華!?」
佐祐理の驚愕の声と同時、土煙の中から一人の青年が飛び出した。
鎖鎌を手元に戻し、その形状を剣へと変化させる。間違いない、その青年はまさしく、
「一弥……!」
「おぉぉぉぉぉ!」
佐祐理目掛け振り下ろされる刃。だがそれを、
「させません!」
背中に炎の翼を纏った亜衣がギリギリで防いだ。
まるで刃物のような鋭利な翼が力強く輝く。亜衣はせめぎ合う刃の音を耳にしながら、視線を上に向け、
「……一弥さんに、実のお姉さんを殺させてたまるものですかぁ!!」
裂帛の気合と共に押し返した。
弾き返された一弥は空中で身を反転して着地する。だがその瞬間には亜衣はその横にいた。
「!」
一弥が驚いたような目で亜衣を見る。尋常ではない速度に、一弥の反応は一瞬遅れた。
亜衣の背中に輝く一対の炎の翼、『オーバーイグニッション』による高速移動だ。完全に虚を突いた。この一撃は通る。
そう確信し、亜衣はディトライクを振り抜く――、
「ッ!?」
……ことが出来なかった。
視界を横切る一陣の突風。人の形をしたその荒れ狂う暴風が、瞬く間に佐祐理への距離を詰めていったのが見えたから。
「あははははははははははは!!」
それは――太田香奈子。
狂気に魅入られた瞳を爛々と輝かせ、大きく開いた口から哄笑を漏らす少女が凄まじい勢いで佐祐理へ接近する。
「まずい……!」
亜衣が慌ててカバーに入ろうとするが、その邪魔をするように槍の横薙ぎが迫る。
それをディトライクで弾き返した亜衣は、まるで妨害するように立ち塞がる一弥を見て、驚きを禁じえなかった。
「シズクが……連携を!?」
その間にも香奈子は佐祐理に近付いていた。香奈子の速度であれば、もはや三秒も掛かるまい。
「っ……! 『爆ぜし雷球(』!」
咄嗟に取り出した札によって文字魔術を行使する佐祐理。展開された四つの巨大な雷球に対し香奈子は、
「あはは」
地面を思いっきり蹴り上げ、大規模な土砂を巻き上げることでそれらを消し飛ばした。
ふざけている。上級魔術を消すほどの質量の土を、ただの蹴りで引き起こすなど正気の沙汰ではない。
だが、正気ではないからこそ彼らはシズク。どのような枷をつけてもなお止まらぬ、狂気の住人たちなのだ。
「殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスゥゥゥ!」
香奈子の魔手が佐祐理に伸びる。それをどうにか避けようとするが、剣士でもない彼女が回避するには香奈子の動きは早すぎた。
香奈子の手が逃れようとする佐祐理の右腕を掴む。そして、
「あは!」
ゴキバキボキィ!!
「――!!」
佐祐理の腕をそのまま握りつぶした。聞くに堪えない破砕音と同時、佐祐理の口から小さな悲鳴が漏れる。
だが、唇を噛み締めその痛みに耐えた佐祐理は口元から血を垂らしながも笑みを浮かべた。
破壊された腕。そこには集約していた魔力がある。だが握りつぶされ機能しなくなった腕はその魔力の制御が出来なくなり、つまりは、
「あははー。佐祐理の腕は、ただでは渡しませんよ……!」
魔力暴走。
爆発するように広がった魔力の波動は、握り締めていた香奈子の身を焼き、吹き飛ばした。
「っ……!」
魔力障壁で常に身を覆っている魔術師には、純粋な魔力はそれほどのダメージを及ぼさない。
火炎球などを受けても大火傷になったりしないのはこの魔力障壁のおかげだ。程度の差はあれ、これは魔術師全員が持ち得るものだ。
だが香奈子にはそれがない。直撃を受けた香奈子はきりもみしなが吹き飛び、そしてそのまま崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ……ぐ!」
痛む腕を押さえ、佐祐理は思わず膝を突く。でもこれで強敵を一人討ち倒せた、と。
「……アハ、アハハハハ」
「え……?」
その考えを嘲笑うかのように、太田香奈子は傷一つない体で立ち上がった。
佐祐理は知らない。彼女の肉体が塵一つ残っただけでも数秒で修復・再生するという特性を持つことを。
身体の半身を焼き払った程度でどうこう出来る相手では……決してない。
「佐祐理さん! 逃げて! その人は……危険すぎます!」
亜衣の声もどこか遠く。強烈な痛みで視覚や聴覚に乱れが生じているのかもしれない。
そんな佐祐理に止めを刺すと言わんばかりに、再び香奈子が駆け出した。
佐祐理を守るために兵士たちが割って入ろうとするが、無駄だ。腕の一振りも必要ない。香奈子の突進だけで薙ぎ払われ、そして駆逐されていく。
駄目だ。あれを止められる人間はここにはいない。遠距離ならばともかく、近距離でどうこう出来そうなのは亜衣くらいだろう。
だがその亜衣も、精神を支配されたことにより限界以上の動きを見せる一弥に抑えられている。こちらは互角のようだが、それでは助けになど来れるはずもない。
故に、止められる者など皆無。
だがそれでも佐祐理は抗おうと手を掲げ、魔力を集束し、
「『地竜の咆哮(』!」
……横手から、突如濁流と化した土砂が巻き上がり香奈子を飲み込んだ。
地属性。もちろん佐祐理のものではない。では誰が? という疑問より、その濁流を拳一つで吹っ飛ばした香奈子の動きの方が早かった。
その目はなお佐祐理を見ている。どうやらシズクはどうしても遠距離魔術の使い手である佐祐理を潰したいらしい。
疾駆する香奈子。だが今度は佐祐理の眼前に、まるで守るように一人の少女が立ちはだかった。
亜衣、ではない。白銀に煌く長い髪を靡かせるその女剣士は、
「天地雷光陣――ッ!!」
白と黒、対極の稲光に包まれた剣で香奈子の腕を両断したのは見間違うはずもない――『天馬の坂上』の、坂上智代だ。
腕を切り飛ばされた香奈子は、何を思ったかここで初めて自ら距離を取った。
そして彼女は、笑いながらも不思議そうに自らの腕を見つめた。
……まったく再生しない、その腕を。
「ふっ。どうやら貴様の超越した自己再生能力も対消滅の前では無力のようだな」
ブン! といまなお帯電する聖剣『陣ノ剣』を構え、智代は佐祐理の前に立つ。
「大丈夫?」
そして佐祐理の横には、心配そうな顔をした一ノ瀬ことみが現れた。なるほど、先程の地属性魔術は彼女のものなのだろう、と推察した。
「怪我が酷いな。一度後退して治療してもらうと良い。ここは我々が引き受ける」
「助けてくださってありがとうございます。あの、でも……坂上さんたちはα-19部隊を率いていたのでは……?」
智代もことみも顔を曇らせた。
その反応に、佐祐理は嫌な予感を抱いた。
兵数が三分の一以下になった場合には壊滅と判断。残存兵力は隣の部隊に併合するように、と最初の説明で受けている。
つまり隣の部隊を率いているはずの智代とことみがここに来たということは……、
「まさか……壊滅したのですか?」
「……あぁ」
智代の重い頷きが、全てを物語っていた。
――06:58――
混戦を極める地上と空。そのどちらとも呼べぬ場所……アインナッシュの木の上で、そんな光景とは切り離されているかのようにのんびりと座っている少女がいた。
「ケチのつきっぱなしになるかと思ったけど……ま、上にいるあれが異常なんだよね、きっと。うんうん」
腰まで伸びる赤い髪と、背に生えた純白の翼がふわりと揺れた。
その風は自然のものではない。どこかで超魔術が放たれアインナッシュの一部を削り飛ばした、その爆風だ。
にも関わらず少女は気持ち良い風に煽られたかのように目を細め、微笑んでいる。
「おーおー、頑張ってるなぁリーフも。あ、キーもいるんだっけ? ま、どうでも良いけど~」
などと言いつつ無造作にパチン、と指を鳴らす。
次の瞬間、先ほど超魔術が放たれた辺りから悲鳴が聞こえてきた。
彼女は見ようともしないが、そこでは『白い土』が立ち上りリーフとキーの数多の兵が飲み込まれていた。
次元崩壊系の古代魔術。
それは先ほどアルテミスを襲ったものであり、そして……つい先ほどα-19部隊をも壊滅させたものと同質のものだ。
だが何よりも驚愕すべき点は――古代魔術を無言発動した、というところだ。
通常魔術……超魔術でさえ無言発動出来る者など世界に十人いるかいないかというレベルなのだ。古代魔術となればもはや異常と言うしかない。
「でもまさかあたしの『始まりの泥土(』が防がれるなんて……。空の方が面白そうな人多いのかも?」
上空に見える、巨大な船を守る漆黒の結界。彼女の術を初めて防ぎきったという点で、興味は既に地上ではなく空に向いていた。
それに元々彼女は空の方が好きなのだ。だからある意味、都合は良いのかもしれない。
「地上は瑞穂ちゃんに任せてあたしは空に行こっかな」
ニィ、と笑った少女の口には……人の物とは思えぬ牙が見えた。
彼女こそ、シズクが持つ強大な三人(の吸血鬼の一人。
元神族にして吸血鬼。
少女の名は――新城沙織。
精神感応で支配されているのではなく、好んで月島拓也に協力している唯一の存在である。
あとがき
あい、おはようございます神無月です。
というわけでシズク戦二回目でございました。なんというか、まだ前哨戦って感じでしょうか? にしてはかなり押されてますけど。
既に三十六のうち三つの部隊が壊滅状態。まぁそれ壊滅させたのこれまでシズクとして出てこなかった面々ばかりですがw
あと佐祐理さんの腕の骨粉砕しましたが、消失部位などはないので治療魔術修復可能な範囲です。現状なら、ですが。
ちなみに吸血鬼が栞と香奈子の他にもう一人いることは間章「拓也」で既に明らかにされていたりします。覚えていますでしょうか?w
さて、次回は圧倒的火力四名による大爆撃からスタートになります。ぶっちゃけ旧カノンとかならこの四人で落とすどころか廃墟に出来ますよ。
ではまた~。