神魔戦記 第百五十一章
「狂宴、開幕」
ある場所で、ある少女が、言った。
「……リーフの方で大きな戦いがあるみたい」
「そうなの?」
真向かいの座っている女性が首を傾げて訊ねて来たので小さく頷いた。
少女の『力』について知っているのはこの国で――いや、この世界でわずかに三人。
だが一人は失踪し、一人はこの国を出て行ったために、いまこの国で少女の『力』を知っているのはその女性だけだった。
「そっか……。どこも戦いは止まらないのね。それで、あなたの『眼』にはどう見えるの?」
「……多くの人が死ぬよ。力の強い人も、たくさん死んじゃう」
「そう……」
少女にはその光景が視えていた(。
森のような場所で。生気の失ったような者たちと軍らしき者たちが激突して、そして多くの命が散っていく様を。
「辛いわね」
「うん」
どうしてこんな能力を持って生まれたんだろう、と少女は思う。こんな力、ただの重しにしかならないのに……。
そう思いながら、彼女は自分の額に手を当てた。
いまは髪で隠しているそこに、第三の眼(が存在する。
一度開かれれば黄色……否、金色に輝くサード・アイ。それが映し見る光景は、世界の愚かさと絶望でしかない。
誰が名付けたか、その力は皮肉と忌諱からこう呼ばれていた。
『死の予告(』。
人の『死』に関してのみ、ほぼ絶対の的中率を誇る未来予知能力。
時には相対した瞬間、その相手がいつ、どのような状況で死ぬかすら視えてしまうという曰くつきの特例(である。
出来ることならその未来を変えたいと奮闘したこともあったが、全て空振りに終わった。どうあっても未来は覆せず目の前で見たとおりの死の光景が現実になるばかりだ。
そしておそらく今回も同じことになるだろう。
リーフ大陸があるであろう方向を見やり、その少女――橘天音は何度目かもわからない悲しみを感じていた。
――04:35――
早朝。いや、まだ深夜と言っても良い時間帯。
シズク殲滅作戦を約二時間後に控え、祐一は自室で空を眺めていた。
「そろそろだな」
既に作戦に参加する面々は祐一を除いて全員トゥ・ハートに向かった。
祐一は最後まで残っていろいろな雑務を纏め上げていたが、それもしばらく前に終わった。
対策は……万全とは言えないが、現状で出来うる範囲での策は練った。後は守備隊に任せて祐一はシズク戦に頭を切り替えれば良い。
――コンコン。
ノックが聞こえた。
「入れ」
「失礼します」
促すと、天野美汐が入ってきた。
「美汐か。どうした?」
「最終確認をしに」
「あぁ、そうだな。一応ここに策は纏めた。目を通しておいてくれ」
「御意」
近付いてきた美汐に書類を渡す。彼女は受け取り、すぐさまざっと目を通し始めた。
美汐には今回カノンに居残り守備隊の指揮官を任せていた。
常であればこの任は聖騎士である香里が適任だ。統率力、指揮力もそうだが何より能力が防衛に向いている。それは数ヶ月前のシズク強襲の際にも証明されている。
だが今回香里はシズク殲滅作戦に参加することになった。
腑海林アインナッシュが相手である以上、火属性の聖騎士である香里の力は有効になるはずだ。
そのため今回はこうして美汐が指揮官として抜擢されていた。
そもそもカノンには優秀な個人戦力は多いが多数の兵を纏めるだけの指揮能力に長けた者があまり多くない。どうしても美汐か香里の二択になりがちなのだ。
どうにかしたいとは思っているのだが、指揮官というのはなかなか育ちにくい。兵力が有限である以上「実戦で育てる」というのも無理があるし、それにつき合わされ兵もたまったものではないだろう。となると、どうしても最初から指揮能力の高い者に任せざるを得ない。
いずれは誰かを育てないとな、とは思う。杏や佐祐理辺りが最適だろう。民間協力者扱いだが、意外となのはなんかも良さそうか。
「質問をよろしいでしょうか?」
「ん?」
美汐は書類を軽く振って、
「ここに記されている対策案の中に……ウォーターサマーが攻めて来た場合の方針が載っていますが、陛下はこれが現実に起こり得ると?」
「可能性としては極めて低いが、ゼロじゃないとは思ってる」
いずれウォーターサマーが攻めてくるのは間違いないだろう。
だがことりたちが来たのはつい数日前のこと。シズク殲滅戦の間に攻め込んでくるのは時間的にかなり難しい。
戦の準備……ということもそうだが、何よりことりたちがカノンにいるという確証を得るのにも時間は足りないはずだ。
「だが、どうにもな。悪い予感がしてならない。それはシズクとの戦いのものなのか、ウォーターサマーに対してなのか、あるいは別の何かなのか……それはわからないんだけどな」
漠然とした不安が胸にある。ただの杞憂であれば良いのだが、とは思うが……これまでの経験上あまり希望的観測ではいられないのも事実。
「まぁ注意していてくれ。沿岸部の見張りは既に増員させている。
マリーシアにも協力してもらってるから、万が一やつらが乗り込んできたらすぐにわかるはずだ」
「了解しました。……そうならないことを祈るばかりですが」
「そうだな」
シズク殲滅戦に過半数の兵力を使う以上、カノンの防衛力は著しく低下している。
この状態でダ・カーポを一日で壊滅させたウォーターサマーが攻め込んできたら……などと、考えたくもない。
「ところで、あのダ・カーポの方々と一緒にやって来た二人組みは……」
「あぁ、霧雨魔理沙と鈴仙・優曇華院・イナバの二人か。あいつらならついさっきカノンを出たよ」
「やはりですか。そういう報告を聞いていたので……。でも良いのですか?」
「そもそもあいつらはダ・カーポの人間じゃないからな」
数時間ほど前ここにやって来た二人の話を祐一は思い出す。
『悪いんだが、私たちはここを出させてもらうぜ』
『まぁお前たちはダ・カーポの人間ではないと聞いているし構わないが……何か理由があるのか?』
『こっちの世界に来たときにはぐれた仲間がいてね。それを探さなくちゃいけないんだ。ま、数日間世話になった借りはいつか返すぜ』
そう言って二人は出て行った。聞いていたこっちがいっそ清々しいほどにあっさりと。
純一たちから聞いた話であの二人が相当の手練らしいということは知っている。
仲間になってもらえるならそれに越したことはないが、それは向こうの意思があってこそだ。
無理強いするつもりもないし、仲間が気がかりだという心情はわかる。だから祐一は止めはしなかった。
「主様が良いのであれば構いませんが……あの人たちが言っていた「異界から来た」、というのは本当なのでしょうか」
「信じられないか?」
「異界などと言われてもよくわかりません。私はそういった魔術的知識はあまり持ち合わせてはいませんから」
「どうだろうな。魔術的な概念で言えば異世界の存在はあるとされてるが、あれは理論上の話だ。現実味はない」
「でも主様は信じているのでしょう?」
「まぁな。ある人物に存在を肯定されたから、あるんだろうなって思ったくらいだが」
「ある人物?」
「俺に力の使い方を教えてくれたやつだ」
あいつは言っていた。
『異界というものは存在する。そしてそこからこの世界にやって来ている者もいる。
……けれど、気をつけなさい。異界から来た者はこちらの理など意に返さない連中ばかりなのだから』
魔理沙たちがあいつの言っていた者たちと同一なのか、それはわからない。
だが少なくともわかっていることは、あいつが嘘を言わないということだ。過大も過小もなく、事実のみを捉えるあいつが言うことだから信じた。
それだけの話だ。
さて、と前置きして祐一は立ち上がる。時間もいよいよ頃合である。
「ま、そういうわけであの二人は戦力にカウントできない。城に残されている兵力は微々たるものだが……留守は任せた」
「御意」
「お前も無理だけはするなよ?」
「無茶を言いますね」
「そうか?」
ええ、と頷いて美汐は自らの胸に手を重ねる。誓うように、誇るように微笑を浮かべ、
「万が一が起きれば無茶でも無理でも自分の使命は果たします。天野の姓に誓って」
「……なるほど。お前はそういうやつだったな」
微笑し、ポンと美汐の肩を叩いた。そうしてすれ違い、
「それじゃ行ってくる」
「はっ。陛下もご武運を」
主従の言葉を交わし、二人はそれぞれの戦いへと意識を向けた。
――05:39――
祐一は小型空船に乗りトゥ・ハートにやって来た。
既に何度も足を運んだ場所であるものの、やはり他国というものはそれだけで感じる空気や雰囲気が違うものだ。
ましてや、目の前に現実とは思えない物体があればなおのこと。
「……相変わらず凄いなこれは」
門前に三隻並べられた巨大な船、エルシオン級を見上げ思わず呟く。
既に準備も終了に近いのか、数十人の兵士たちが船の周りであれこれチェックして回っているだけで大きな動きはない。おそらくもう兵も武装も積み終わっているのだろう。
「遅いわよ、祐一」
近付いてきたのはカノンの聖騎士、香里だった。
「時間は間に合ってるはずだが?」
「でも、あなたが最後よ?」
むっ、と唸る。確かに発着場には既に他国の王や女王が乗ってきたであろう小型空船が揃っている。
「とはいえ、あなたが早く来たところで作戦が早まるわけでもないんだけど」
「だろう? だったら文句を言われる筋合いはないと思うぞ」
「他の五ヶ国の筆頭が揃ってる中で、未だ到着していない王の副官がどれくらい肩身が狭いか察してよね」
「それは…………すまないことをしたな」
「わかれば良いのよ、わかれば」
小さく笑って、香里は祐一を先導するように歩き出す。
「あたしたちは一番艦、エルシオンに乗ることになってるわ。六ヶ国の王も全員そこ」
「チームが違うのにか」
「一部のαチームとδ、εチームは全員エルシオン。先頭で突撃する艦になるそうよ」
「なるほどな」
エルシオンに接続されているタラップを上りながら祐一は頷いた。
「まぁ詳しい説明はそのうち久寿川さんからあると思うわ」
作戦の大まかな内容は既に各国で武将や兵たちに伝達がされている。
だが伝達というのはどうしても途中で内容が摩り替わってしまったり食い違ってしまったりするものだ。故にささら本人から全体に最終確認としての作戦伝達が行われるだろう。
「数が数だからな。しかも合同軍。どうしても纏まりきらないのはやむをないところだろうが……」
「ですがそこをどうにかしなければただの烏合の衆と成り下がります」
香里の口調が変わった。エルシオンの中に入ったことで、他国の人間も見え始めたからだろう。
祐一は初めて見るエルシオン級の内部に視線を巡らせながら、
「そこはリーフを信じるしかないな。今回俺は直接指揮には関わらない。大丈夫だとは思うがお前も気をつけろよ?」
「心得ております」
「あぁ。それにしても――本当にトゥ・ハートの技術っていうのは凄いな。こんな大質量の鉄の塊が空を飛ぶんだから」
内部はもっと空洞になっているのかと思ったがそんなことはない。普通に廊下と、それに並ぶようにいくつもの部屋がある。
よく用途のわからないパイプやらコードやらが巡っている以外はどこぞの城のようにさえ見えるほどだ。
魔力の流れを追ってみるが、複雑すぎて頭が痛くなる。
エーテルジャンプ装置でさえ図案からなんとなく構造を理解できたが、これはまったくわからない。一体これを作った人間はどんな頭の構造をしているのだろうと考えて、
「まー☆」
突然、目の前に両手を上げてわけのわからない声を上げるやたら笑顔の少女が現れた。
思わず呆然としてしまう。まったく気付かなかったのは気配が小さい……一般人程度の気配しか感じられないからだろう。
この艦にはそれこそ尋常ではない気配の持ち主が多いから、かき消されてしまうのだ。
だがそんな一般人がどうしてここに……と思ったとき、その後方からドドドドと凄まじい勢いで別の少女が走ってきた。
こっちは一般人ではない。気配も大きいし、雰囲気からかなりの強者であることがわかる。だが驚いたのは、二人の容姿だ。
「同じ顔……? 双子か」
駆け寄ってきた少女が、両手を上げたままの少女の肩を掴み思いっきり揺すりかけた。
「さんちゃん! 何してるん!? それカノンの王様やで!?」
それって。
「まー☆ せやから挨拶しとってん。瑠璃ちゃんもご挨拶〜」
「ちょ、ちょっとさんちゃん! あかん! あかんて! ウチらが下手なことして外交問題にでも発展したらどないするん!?」
「大丈夫やー。カノンの王様優しそうやし〜」
「さんちゃん、その自信は一体どこから……」
「こほん」
「っ!」
場を改める意味で咳一つ。すると「瑠璃ちゃん」と呼ばれた方の少女がビクリと反応し、恐る恐るこっちを見上げてきた。
相手が王、ということもありそうだが……その目に宿る恐怖は『半魔半神』に対するものも含まれていると、過去の経験で察した。
リーフは三国とも魔族・神族の垣根をあまり考えない部類であるとはいえ、決して全種族共存を謳っている国ではない。こうして異種族に恐怖を抱く人間がいるのもおかしい話ではないだろう。
だからそのくらいで怒る気も失望する気もない。あって当然だと、そう思う。
「それで、君たちは誰なんだ?」
「ウチは姫百合珊瑚〜。で、この子はウチの妹で瑠璃ちゃん〜」
真っ先に答えたのは暢気に微笑んでいる、最初の少女だ。いまだに両手は上げられたままで、どういうわけか祐一の周りをぐるぐる回っている。
何が嬉しいのかニコニコしている珊瑚だが、名前だけではどういう人間かわからない。
「……珊瑚さんはこう見えてトゥ・ハート王国の技術部の副部長なんです」
答えたのは香里だった。
この子がか、と言いかけそうになったが香里は何を言うでもなく頷いた。きっと最初は香里も同じことを考えたのだろう、疑問はわかっていると言わんばかりだ。
「珊瑚さんは主に魔導人形の製作を担当されていて、新世代のHMX-17シリーズに関してはほぼ一人で着手されたそうです」
「ほぉ」
「……ちなみに、このエルシオン級戦艦の基本設計も担当されたそうですよ」
これはさすがに祐一も驚いた。
いや、魔導人形の構造を詳しく知っているわけではないから簡単に比較は出来ないが、それでもこれの基本設計をしたのがこんな少女であるということに驚きを禁じえなかった。
そんな反応を知ってか知らずか、隣で愕然と珊瑚の様子を見守っている(というより見ているしかないようだ)瑠璃を尻目に、珊瑚は相変わらずのほほんとした調子で祐一の身体をペッタペッタと触りまくっていた。
「本当に君がこの戦艦の基本設計を?」
訊ねると、珊瑚は小さく小首を傾げて、
「んー? まぁ偶然なんやけどなー」
「偶然?」
「そやー。ちょっと暇つぶしというか気分転換に、『空飛べる乗り物あったら良いなー』思て適当に考え纏めててん。
そしたら長瀬のおっちゃんがそれ見て画期的なシステムだー、とか叫んでいつの間にかこんなことになってなー。
だから一応基本設計はウチってことになっとるけど、プロジェクトを進めたんは長瀬のおっちゃんなんや」
「ひ、暇つぶし……」
暇つぶしに思いつくというレベルなんだろうかこれが。
一国の軍事戦術を大きく変革させるような大技術が少女の気分転換によって生み出されたものだと、一体どこの誰が思えよう。
もしかしてこの子はヨーティアと同等かそれ以上の天才なのではなかろうか。そんなことを思った。
……祐一の身体をペタペタ触りまくるその姿からはこれっぽっちもそんな想像は出来ないが。
「なぁなぁ、カノンの王様って……えーと、半魔半神やったよね?」
そのあっけらかんとした台詞に香里が顔を険しくし、瑠璃が顔を青ざめた。第三者からすれば外交問題に匹敵しそうな禁句と感じたかもしれない。
けど純然たる事実を言われただけ、という認識の祐一は怒ることもなく……むしろ不思議に思った。
「そうだが……。それがどうかしたか?」
ん、と頷くと珊瑚はにへら、と笑って、
「皆魔族とか怖い怖いー言うからどんなもんか思っててんけど、なんやまったく変わらんなー、って思て」
その言葉に、祐一はある種の……そう、感動を覚えた。
先入観を持たず、自分で見たものだけで物事を判別する。その難しさは祐一とて知っている。
だがその純粋さが、彼女の素晴らしい発想の根源なんだろう。ふと、そんなことも思った。
「……そうか」
無意識に珊瑚の頭を撫でていた。
珊瑚もまた拒否するでもなく気持ち良さそうに撫でられている。ニコニコ笑う彼女を見ていると、こっちまで微笑が浮かぶから不思議だ。
いや、笑顔とは得てしてそういうものなのかもしれない。
「皆がそう思ってくれると良いんだけどな」
「大丈夫やー。ウチの国は皆良い人ばっかりやもん」
「はは。だったら嬉しいけど」
ピーピーと小さな電子音が響いた。
何かと思ったら、珊瑚がポケットからゴソゴソと何かを取り出した。何かの小型端末のようだ。
「召集や。ウチもう行かんとー」
「そうか。気をつけてな」
「カノンの王様もー。死んだらあかんよ〜?」
まるで旧知の友のように軽く言って、珊瑚はトテトテと歩いているのか走っているのかわからない速度で去っていった。
慌ててその背を瑠璃も追いかけていくが、こちらは軽く会釈をしただけだった。
双子でも、その対応は大きく違う。だがそれが人間というものなのだろう。
「ああいう子ばかりなら、戦争なんて起きないんだろうな……」
「言いたい気持ちもわかりますが……逃れられぬ戦いというのも、やっぱりあると思います」
「わかってるさ。それが今回の戦いである、ということもな」
希望は希望。ただ願っているだけでは不条理な現実に飲み込まれるだけだということを、嫌というほど知っている。
だから足を踏み出し、動いて、必要とあらば戦うのだ。
――06:04――
トゥ・ハート王国から飛び立ったエルシオン級一番艦エルシオン、二番艦アルテミス、三番艦ルナライトは海を越え、いよいよシズクの領土まであと数十分というところまで迫っていた。
もはや艦内に喧騒はない。数十分後に控えた大決戦を前に誰も口を開きはしない。
ある者はシズクに奪われた仲間のことを思い。
ある者はシズクへの恨みを募らせ。
ある者は激戦を予想し自らの命について考えて。
そうした静寂を切り開いたのは、
「――こちらはトゥ・ハート王国軍軍師、久寿川ささらです」
艦内のいたるところにつけられたモニターに映りこんだささらだった。
「いよいよシズクへの領土侵攻を十五分後に控えました。ここでもう一度、私たちの作戦の最終確認を行います。各自、しっかりと聞いてください」
兵がそれぞれ近くのモニターに集まる。既に何度も聞いた話ではあるが、一つの見落としも出来ないと誰もが実感していた。
「大前提として我々の目標は二つ。シズクの壊滅、そして仲間の奪還となります。……ですが、これには優先順位があることを忘れないでください」
ささらは一拍置き、
「あくまで最優先はシズクの壊滅、月島拓也の排除です。この過程でやむをえない場合は犠牲も厭いません」
残酷なようだが、仕方ないことだ。
どちらも立てる、なんてことは出来ない。特にシズクの場合は奪われた戦力がそのまま敵となってしまう。
それら全部を足止めした上で拓也だけを狙う。そんなこと、現実的には不可能だ。
モニターを見る者の中には辛そうに顔を歪める者も垣間見えた。
「――では、もう一度作戦概要を説明します。
まずエルシオン級三隻はシズクの外円ギリギリ三箇所に三角形を結ぶようにして一度着陸。地上侵攻部隊αチームを出撃させます。
その後αチームは事前に割り振られたポジションに移動。命あるまで待機となりますが、シズク側が攻めてきた場合は迎撃してください。
皆さんの配置は別紙を参照としてください。配置は速やかにお願いします。この作戦はタイミングが命ですので」
それぞれが事前に配布された紙に目を通す。
最も投入戦力の多いαチームはそれだけ移動や統括に時間が掛かる。なんせ三十六もの部隊に分かれているのだ。
一部隊の兵数はざっと三千弱。魔導人形が大半とはいえ、αチームだけで十万近い兵力ということになる。
事前に三艦に分割しているとはいえ、それでも配置までに数時間は掛かるだろう。
だが一分一秒でも早く動いてくれればそれだけ被害を抑えることが出来るのだ。
「αチームが展開完了後、エルシオン級は再離陸。艦防御隊βチーム三名は各艦にて大規模結界を展開」
これは仁科理絵、水瀬伊月、ユーノ=スクライアの三名だ。
結局伊月はさやかと共に参戦することを頷いてくれたし、ユーノもシズクが相手ならと協力してくれた。
三人とも防御能力においては世界レベルの者たちだ。守りは万全だろう。
「この段階でαチームは進軍、シズクとの交戦を開始します。それを確認後、空戦部隊γチームを出撃。エルシオン級の周囲を固めます。
その上で大規模魔術部隊δチームはエルシオン甲板にてスタンバイ。艦がアインアッシュの直上に到着次第、怒号砲の一斉射撃を開始。その後攻撃してもらいます」
γチームにはエアの主要な武将が全員配置され、カノンからは二葉やさくら、ウタワレルモノからはウルトリィやカミュがここに配属されている。ここの兵力はざっと一万程度。
そして大規模魔術によって中央部を爆撃する役目を負っているのはわずかに相沢祐一、白河さやか、来栖川芹香、立川郁美の四名である。
当初はもっと多く配置される予定だったのだが、そのそれぞれが比類なき力を持つと周囲が認める者たちだ。数はαに任せ、こちらは個人の力で攻める方向になった。
「この段階で敵部隊に正気が戻れば作戦は終了。そうでない場合は降下制圧部隊εチームにより中央部から外周に向けて月島拓也の捜索を開始します」
εチームには各国からの選りすぐりの者たち、特に対多数戦を得意とする者たちが配属されている。
エアからは神尾神奈と国崎往人。
ワンからは里村茜と折原みさお。
トゥ・ハートからは来栖川綾香とオリジナルセリオ。
コミックパーティーからは千堂和樹と桜井あさひ。
ウタワレルモノからはハクオロとカルラ。
カノンからは美坂香里とシャルロッテ=アナバリア、そして遠野美凪と岡崎朋也だ。
総勢十四名。下手をすればそれだけで一国潰せるような布陣である。
聖騎士や神殺し持ちなどは別だが、他の面々には月島瑠璃子が精神感応を防ぐ防壁を作ることになっている。
「作戦概要は以上です。では最後に――各国を代表して、コミックパーティーの立川郁美女王からお言葉を頂きます」
ささらの台詞が終わると同時、モニターが切り替わる。
悠然とモニターの向こうで立つ郁美は、容姿こそ子供だが、その雰囲気も表情も一国の長の貫禄をはっきりと示していた。
「いよいよ、シズクとの戦いが始まります」
郁美は静かに口火を切った。
「……敵戦力の数は未知数の上、見知った者が敵になるかもしれないという恐怖と戦いながらのこの戦。
かなり厳しいものとなるのは間違いないでしょう。……ですが、ここを乗り切らなければ我々に明日はありません」
静まり返った艦内に郁美の声がこだまする。
誰もがその言葉に耳を傾け、そして強い眼差しで画面を見つめていた。
「一人でも多くの友と仲間を助け、そして二度とこのような人の尊厳を踏みにじる行為を打ち止めるためにも……」
郁美は勢い良く手を振り、高々と言い放った。
「各国の英傑たちよ! 誉れある兵士たちよ! 皆々己が魂と信念と誇りにかけて、この一戦――必勝を誓いなさいッ!!」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
六ヶ国、総勢十三万という兵の雄叫びが艦内と言わず大空を震わせた。
――06:09――
各国の王たちが集まる会議室。その手前の廊下で、祐一は戻ってきた郁美を労った。
「見事な鼓舞だな、郁美」
「祐一兄さん」
くすっと、郁美は微笑んだ。
「ありがとうございます」
隣に並んだ郁美と共に祐一も歩き出す。
「芹香女王は口下手、ハクオロ皇は見た目が見た目ということで私にお鉢が回ってきましたが……私個人としては祐一兄さんの方が良かったかと」
「馬鹿を言え。今回の作戦の主動はリーフだ。キーの者がそれを差し置いて代表になどなれるものか」
「わかってますって。あくまで個人的な意見です」
小さく笑って、しかしすぐに笑みを消すと郁美は祐一を仰ぎ見る。
「いよいよですね」
「あぁ」
「……祐一兄さんはこの戦い、勝てると思いますか?」
「お前は勝てないと思っているのか?」
郁美はやや顔を伏せ、
「いえ、犠牲を度外視すれば十中八九勝てるとは思います。ですが――」
「何か嫌な予感がする、か?」
「ええ。……どうもシズクとはまた違う、『悪意』のようなものを感じるんです。杞憂であれば良いんですが……」
祐一も微かにそれを感じていた。
そもそもとして、妙なのだ。シズクの動きに、いくつかの不審点が残っている。
ただその『穴』とも呼べる不可解な点こそ見つかるが、祐一をしてそれがどういう意味を持つのかがわからなかった。
あるいは、という憶測ならいくつも立てられる。
……だが、いますべきはそんなことではない。
「どう考えたところで、俺たちのやるべきこと、出来ることは変わらない。そうだろう?」
「……そうですね。一国の長である私が意識を散漫にさせるわけいかないですからね」
頷く。
そうして会議室に足を踏み入れると、既に他の四人の王が準備を整えて待ち構えていた。
来栖川芹香は戦装束に着替えているし、ハクオロや神奈も己の武器を傍らに置いている。浩平は徒手空拳だが、気合十分と言ったところだ。
祐一と郁美を見て、芹香が腰を上げた。
「行きましょう」
小さな声で、しかし強き口調で告げる。
「これで――全てを終わらせるためにも」
それぞれ頷き、そして六人の王は互いの健闘を祈るように互いの拳を打ちつけた。
――06:27――
散開したエルシオン級三隻がいよいよシズクの領内に入った。
事前の打ち合わせ通り三角形を結ぶような位置に着陸した三隻からは、続々とαチームが出陣し、各々の配置場所へ速やかに移動する。
「早よしいや! 敵さんは待ってはくれへんで!」
α-22部隊の部隊長を任されているトゥ・ハート軍の保科智子もキビキビと部下に指示を出していた。
彼女は本来であればこの場にいるべき人間ではない。彼女は指導教官。つまり戦線から離れた存在であるからだ。
だがシズクに連れ去られてしまった者などの都合上、人手不足のためにこういった最前線から離れていた者や、あるいは退役軍人までもを徴兵しているのである。
でも仕方ない、と智子は眼鏡の位置を正しながら思う。シズクはそれだけ強大で……そして放置しておけぬ敵なのだから。
自分の力を不安に思う部分はある。指導教官という立場上戦闘技術こそ衰えていないが、戦場の空気は随分と久しい。
勘が鈍ってなければ良いのだが、と智子は心中で囁いて、
「――!」
直感の働くままに腰から抜いた剣を地面に突き刺した。
それは刻み込まれた本能による反応だった。自分でさえ状況がわからぬままに振り下ろした剣は、しかし地面から生えるように現れた腕を見事に突き刺していた。
「敵!? まだ配置も終わってへんのに……!」
舌打ちするも、これが現実。自らの不幸を嘆いたところで事態が好転などしないことを、智子は知っている。
「敵襲や! 各員、敵の攻撃――特に地面に注意せい! あちらさん、下からでも来れるようや!」
智子の声に、兵士たちに緊張が走る。真っ先に反応したのは魔導人形たちで、速やかに陣形を組み始める。
その素早い展開に小さく安堵の息を漏らし――しかし次の瞬間には逆に息を詰まらせた。
突き刺したはずの腕がない。
いやそれどころか……自分の剣の刃さえ、消失していた。
――何があった!? 敵はどこに!?
慌てる智子は気付かない。その足元に、先ほどまでなかった水溜りが出来ていることに。
「あなたはそれなりに美味しそうですね?」
背後からの声に、智子はすぐさま前へ飛ぶように身を投げた。その場に佇んでいてはまずいという直感による行動だったが、
「良い判断ですけど……残念、逃げられませんよ?」
叩きつけられるような衝撃と共に地面に縫い付けられた。
「がはっ!」
何らかの攻撃を受けた。そう判断し、すぐさまこの状況から抜けようとするが、どうやら背中を敵に押さえつけられているらしい。
ともすればそのまま背骨を折られそうな圧力の中、智子はどうにか顔だけを振り向かせ、未だ見えぬ敵に視線を巡らせた。
「誰や、あんた……!」
「私ですか? 私は――」
そこにいたのは、飄々と笑う……水色の修道服を着た少女だった。
――06:33――
「う、嘘なのれす! こんなの……!」
その異変は、すぐさまエルシオンの指令室に伝わった。
「シルファ!? どうしたのいきなり!?」
綾香が駆け寄ったのはHMX-17cという形式番号を持つ、シルファという魔導人形だ。
戦闘能力はそうないが、尋常ではない情報処理能力を有しておりこの作戦に動員される魔導人形と情報を随時共有しているのが彼女だ。
戦場からの情報を纏めるのも、また指令室から各部隊に指示を伝えるのもシルファがいて初めて出来る芸当なのである。
だからこそ、彼女が驚くということはそれだけの緊急事態が起きたということなのだ。
「あ、α-22部隊が……」
「α-22部隊? 智子の部隊がどうしたの?」
「……ぜ、全滅したれす」
「……は?」
その言葉を、一瞬誰もが理解できなかった。
――06:34――
α-22部隊が配置されていたポイント。
そこはいま、地獄と化していた。
「ぐ……くそっ!」
血と水の海となったその場所で、ある兵士が苦悶の声を漏らしながらも立ち上がった。
左腕の肩から先が切断されていていまにも倒れそうによろめくが、なおも踏ん張り剣を持つ。
「あら。まだ生きている人がいたんですね。……力の制御が上手く行ってないのかな?」
指を顎に当てながら小首を傾げているのは、この惨状とはあまりに不釣合いなほどに可憐な少女だった。
だが、その美しさは魔性の美しさだ。
死骸の山に微笑しながら立つその少女は……まさに『魔女』と呼ぶに相応しい。
「う……うぉぉぉぉぉ!」
男が叫びながら突撃する。格の違いなどはなから理解しているが、それでも一矢報いなければここで散っていった同胞たちに示しがつかない。
屍となった仲間たちを踏みつけて、怒りと共に剣を振り下ろす。
その切っ先は何に阻まれることもなく、その少女を切断した。
「え……?」
驚いたのは男の方だ。
――倒した、のか? 俺が……?
歓喜が過ぎる。仇を果たしたということに加え、強敵を打ち倒したという喜びが溢れ、
「……束の間の夢は、いかがでした?」
「!?」
ニィ、と。少女の口元が歪んだのを男は見た。
よくよく見れば、切断面から飛び散っているのは血ではなく、水。
そして斬られた箇所はまるで斬られてなどいなかったかのように一瞬で復元してしまう。
慌ててもう一度剣を振るうが、それは少女の左手に触れた瞬間溶けるようにして水に変化した。
「フフッ」
そしてその間に右手で頭を掴まれる。
「は、離せ! 離せ……!」
持ち上げられた男は必死にもがくが、振り解けない。その様を、少女は笑って見つめている。
……それはまるでもがく虫の羽を一枚一枚千切っていくような、軽い残虐さを彷彿とさせる――悪意のない残酷な笑み。
「では、御機嫌よう」
告げた瞬間、男はただの水へと変貌し、少女の腕から零れ落ちた。
そしてその水はどういうわけか少女の足に吸収されるようにしてすぐに消え去っていく。
「……つまらない」
濡れた手を軽く振り払って、少女は踵を返す。と、踏み出した足の先に何かが触れた。
「?」
視線を落とせば、そこにあったのは眼鏡だった。
そういえば、と思い返す。確か一番最初に水にしてしまった隊長らしき女性がしていたな、と。
「もう少しコントロールの練習が出来るかと思ってたんだけど……期待外れだったかなぁ」
ガシャン! と少女はその眼鏡を踏みつけた。
だが次の瞬間にはそれも水となり地面に染み込んで行った。
「でも……祐一さんやお姉ちゃんなら違うよね?」
クスクス、と笑いながら空を見上げる。
人の時からは考えられないほど鋭敏になった感覚が、二人がその方向にいることを肯定している。
「あぁ……早く来ないかなぁ〜」
プレゼントを待ちわびる子供のように無邪気にはしゃぎながら少女――美坂栞はゆっくりと歩き出した。
あとがき
どーも、神無月です。
さて、さてさてさて。ようやく、よーやく始まりましたねVSシズク戦!
前置きがえらい長くなりましたが、いよいよ開戦となります。……まぁ早速お一人亡くなられてしまいましたが。
どれくらい長くなるんでしょうか。一応予定で組んだ話数で行きたいなーと思っているんですが……無理くさいですよねー(汗
ま、出来る限り頑張りましょう!
ではでは。