神魔戦記 第百四十五章

                         「亡命者」

 

 

 

 

 

 ワン自治領外交官である里村茜は現在カノン王国にやってきていた。

 ここ最近はあっちこっちの国に飛び回っていて正直疲れてはいるが、これも自分の仕事と割り切って茜は王都カノンへの道を歩いていく。

 小型空船があれば楽なのだろうが、現在浩平がリーフに向かっているためそれはない。まぁ元々なかった技術なのだから元に戻っただけと言えばそれまでなのだが。

 卓越した技術を体感するとそれの恩恵に頼ってしまうのは人の性か、などと苦笑して、

「なんか面白いことでも思い出した?」

 後ろからの声に、笑みを消した。

「……いえ、ちょっと人間心理について考えていただけですよ」

「ふ〜ん。茜ちゃんは相変わらず難しいことを考えてるんだねぇ〜」

 両手を腰の後ろで組みながら、のんびりとそんなことを言うのは茜の後ろを歩く川名みさきだった。

「……ところで」

 盲目とは思えないほどスムーズな歩行をする彼女を一瞥し、茜は何度目かもわからない質問をする。

「何故、川名さんは私についてくるんですか?」

「ん? やっぱりお邪魔かな?」

「いえ、別段邪魔ということはないです。……が、やはり目的が釈然としないもので」

「うーん。目的と言われてもねぇ……」

 みさきは人差し指を顎に添え、小首を傾げてにっこり。

「なんとなく?」

 これだ。

 ここ最近――特に六ヶ国会議以降何故かみさきが茜の行くとこ行くとこ着いて来るようになった。

 みさきはワンの中で浩平の次くらいにわけのわからない行動を取る人間なので最初はそれこそ「なんとなく」を鵜呑みにしていたのだが……こうしばらく続くとそれも疑わしい。

 ――力尽くで聞き出しましょうか?

 一瞬思い浮かんだ考えに、何を馬鹿なことを、と思いなおす。そもそもそんな暴力的なこと、仲間を相手にナンセンスにもほどがある。

「……」

 だが茜は自分の思考に一抹の疑念を抱いた。

 みさきという人間は正直得体が知れない。ワン主要メンバーの中では最も茜が苦手とする相手であり……いや、言い方を変えよう。好きじゃない。

 性格的には浩平に似ている部分があるものの、根本的に彼とは『在り方』が違う。

 浩平は良い意味でも悪い意味でもどこまでも真っ直ぐで素直な人間だ。喜怒哀楽がハッキリしていて、ある種わかりやすい。

 だがみさきは、笑っているところしか見たことがない。しかも茜にはその笑みがどうにも心底からの笑みには見えない。笑みの裏ではたして一体何を考えているのか。まるで読めないところが、苦手な要因なのかもしれない。

 それに、と茜は思う。

 自分の中の何かが告げるのだ。……川名みさきを信じるな、と。

 ……とはいえ、だ。仮にもみさきは同じ国の仲間。それに好きじゃないとはいえさっき言ったように特に何かを邪魔されたわけでもない。

 とりあえず個人の好き嫌いで無碍に扱うわけにもいかない。割り切って付き合っていくしかないだろう。

 溜め息を一つ吐き、茜はみさきのことを考えるのを止めた。

「そろそろ王都カノンが見えてくる頃じゃないかな?」

 その言葉に茜は視線を上げる。

 確かにうっすらと王都カノンの塀が見え始めたところだった。目が見えないというのに、なんとも正確なことである。

「確かに、見えてきましたね。……そういえば川名さんはカノンは初めてでしたか?」

「んー、エフィランズなら何度かあるかなぁ? でも王都は初めてだね〜。……って、あれ?」

 不意にみさきが何かに気付いたように足を止めた。

「どうかしましたか?」

「何か門の前で口論してるみたいだよ?」

「え?」

 門、とは王都カノンの門のことだろうか。振り返るが、こんな距離から見えるはずもない。

「……何も見えませんが」

「でも私には聞こえるんだよ。ちょっと行ってみよ」

「え、あ、ちょ!?」

 みさきがいきなり手を引っ張り走り出した。仮に騒ぎが本当であっても自分たちが駆けつける意味などないだろう、と言いたかったが言ったところで止まる人ではないので諦めた。

 これくらい諦めが良くないと、浩平の下では働けない。

 

 

 

 結論から言えば、みさきの言うとおり門の前で門番と誰かが口論をしていた。

 が、さほど過剰なものではない。というより口論とも言えないかもしれない。なんせ門番は困ったように眉尻を落としているだけだし、対する少女も別段罵声を上げているわけじゃなかった。

「だからー、ここの王様に会うにはどうすれば良いのかな? それを教えてくれるだけで良いんだってば」

 茜と同い年かその前後だろうか。しかし頬を膨らませながらそんなことを言っているのを見るに、若干見てくれより幼く感じる。

「だから謁見の申請をしてですね……」

「謁見の申請なんてしてたら何日もかかっちゃうでしょ?」

「そうですね。多分、一週間以上は」

「そんな悠長に待ってる時間はないんだってー」

「とは言われましても、何分規則ですから……」

「む〜。他に方法はないの? 出来れば今日中。ううん、いますぐがベスト!」

「いや、ですからぁ……」

 話は平行線だった。どうしたものかとみさきを窺い見れば、こちらはただニコニコその言い合いを聞いているだけだった。内容が気になっただけで止める気も介入する気も微塵もないようだ。

 嘆息一つ。とりあえず無視するのもなんなので、茜は前へ進み出た。すると門番の一人がこちらに気が付いた。

「これは里村外交官。お疲れ様です」

 茜はもう何度もカノンに赴いている。そのおかげで門番をはじめ大抵の兵には顔を覚えられていた。敬礼に対し会釈を返す。

「はい、ありがとうございます。……ところで、そちらの方は?」

 訊ねるが、反応したのは門番よりその少女の方が早かった。

「外交官? もしかしてこの国の偉い人?」

 ずずい、っと遠慮もなしに近付いてくる。その誰かを髣髴とさせる積極性に半歩ほど引きつつ、首を横に振る。

「あ、いえ。私は隣のワン自治領の者ですが……」

「そーなんだー。じゃあ駄目かー。うーん、困ったねぇ〜」

 困ってるのか困ってないのか判断に困るような声音だった。今更気付いたことだが、その少女の後方には五人もの男女がいた。

 なかなか愛想の良さそうな、それでいてしっかりとしていそうな青年と、それを挟むように活発そうな少女とおしとやかそうな少女。またその後ろに車椅子の少女と、それを押す大人しそうな少女がいる。

 パッと見ただけでわかる。この面々、かなりの実力者だ。

 おそらくこの少女の連れなのだろうが、青年の隣にいる少女二人は完璧に丸投げなのかまったくこっちに関心がなさそうだ。その後ろの少女たちはやや困惑気味。唯一青年だけはずっとこっちを見ているが、どういうわけか疲れたような苦笑いを浮かべるだけで話に参加はしてこない。

 ……結局、このよくわからない女性に聞くしか解決の道はなさそうだった。

「ところで、あなたは誰ですか? 何故相沢王にそうも謁見を望むのです?」

 ポン、と女性が手を打った。

「あ、そっか。そういえば何も言ってなかったね。……うん、そっか。もしかしたら名前を言えば通してくれたかも? 割と名も知れてると思うし」

 うんうん、と自己完結気味に頷き二回。もう無視して通り過ぎようかと半ば本気で茜が考え出すのと同時、女性はその場でクルリとターン。まるで踊るように回転し、ふわりと靡いたスカートを摘んで、会釈。そして、

「わたしはね、白河さやかって言うの」

 微笑み、告げた。

「あるいは……『白河の魔女』とでも言った方が通りが良いかもね?」

 

 

 

「私は……シズクの王、月島拓也の妹」

 その言葉に、謁見の間は静寂に包まれた。

 無理もない。その言葉には誰もを絶句させるだけの力があった。

「……月島瑠璃子、か」

 相対する祐一が小さく呟く。彼にしては珍しい、疑心を隠さぬ視線で少女を見つめる。

 短髪の、どこか淡い雰囲気を宿す少女。無表情でありながらどこか神秘的なイメージを感じるのはその容姿からだろうか。

 月島拓也に妹がいる、ということは祐一も情報として知っている。そして……その妹がシズクからいなくなった、ということも。

 そもそもシズクが現在の月島拓也に支配されたきっかけが妹の瑠璃子の失踪である、と言われているらしい。

 瑠璃子が消えるまでは月島拓也という男はそんな大それた行動を取るような男ではなかったのだとも聞く。

 真偽の程は定かじゃない。その情報はリーフからのものだが、それさえ精神感応能力者相手では掴まされた嘘、ということも否定できないからだ。

 悪魔のような醜悪な笑みを見せた月島拓也。無表情でありながらどこか神秘的な雰囲気を醸し出す月島瑠璃子。

 兄妹と言われても似ても似つかない二人。この少女を拓也の妹と認識する材料は、とことん少ない。

 加えて言えば、仮に妹であったとしてこれまでずっと姿を消していた人物が何故このタイミングで、しかも亡命なのか。

 わからないことは多々ある。だがそれを把握し、事実を見出すことこそ自分の役目か、と祐一は思う。

「そうだな。なら……あの月島拓也の妹だ、ということを照明することは出来るか?」

「……あなたはいまずっと考えていた。お兄ちゃんのこと、私のこと、その真偽、疑わしいこと、真実はどれか……」

「……なるほど。精神感応で俺の心を覗いたか」

 精神感応能力者。カノンの水菜もそうだが、彼ら彼女らの前で嘘や虚言は通用しない。最低レベルのCでさえ、心を読む力は持っている。だが、

「精神感応だから妹だ、というのは証明にしては弱くないか?」

「……」

 瑠璃子はその問いに答えず、ゆっくりと横を向いた。そこには謁見の間を守備している兵が数人並んでいる。その一人を指差し、

「……その兵士さん。精神支配を受けている」

「!?」

 驚愕の宣告をした。

 祐一や他の兵士たちが一斉にその兵士を見た。その兵士は慌てて手を振り、

「な、なにを……その女の言いがかりです!?」

「……いまから電波の連絡系統を遮断するよ」

 瑠璃子の言葉を聞いた途端、兵士の顔が変わった。それまでの慌てた表情が消え、憤怒へと切り替わる。そして前傾姿勢になり、

「殺す……殺すコロスコロス!」

 一般兵とは思えぬ跳躍力で一気に瑠璃子に踊りかかった。

 祐一や他の兵が動くも、間に合わない。しかし瑠璃子はただその兵士を見つめ続け、

「……さようなら」

 告げた瞬間、兵士の挙動が空中で止まった。そのまま受身も取らず落下し、力なく倒れた。

「何が……?」

「……精神支配による遠隔操作の連絡系統を……私の電波で遮断した」

 瑠璃子はその兵士に近付き屈み込むと、手でそっと瞼を閉じる。

「この人の精神はとっくに壊されてた……。動いてたのは精神感応による力だから、それを遮断したらもう動けない……」

「その兵士はこれまで普通に生活していた。……精神感応でそんなことが出来るのか?」

「……出来るよ。Sランクなら造作もないこと。でも……ただ狂わせて勝手に暴れさせるよりは力を割く必要があるけど……。

 それに融通も利かない。……特に距離が離れれば離れるほど簡単な命令しか出来なくなる」

「そう、か」

 おそらくはワン攻防のときに支配を受けて、そのまま紛れ込んだんだろう。

 この調子では、他のキー各国にも同じように忍んでいる者がいるかもしれない。

「もしバレるようなことがあればその相手を殺せ、っていう命令もその一つだと思う。……お兄ちゃんが私を殺そうだなんて思うはずがないから」

「つまりお前を襲ったことこそが遠隔操作をしているという証拠となりえるということか。とすると情報の伝達は……」

「されてない。……電波――精神感応でその対象の記憶を読み取ったりするには……それなりに近くにいないと出来ないから」

 とすると諜報というわけではなさそうだ。あるいは……シズクと敵対した際に内部で暴れさせるためのものだったのかもしれない。

 瑠璃子が再び立ち上がる。そうして真っ直ぐ祐一を見て、

「……私には、やらなくちゃいけないことがあるの。……お兄ちゃんを、止めないと」

 言う。

「……別に、お兄ちゃんの妹だと信じてくれなくても良い。……でも、この精神感応の力は役に立つと思うよ?

 私がいれば、十数人くらいならSクラスの精神支配から守れるし……完全に支配されきってない人なら支配を解除することも出来る」

 瑠璃子は妹としての証明ではなく、力を明かし、その上で告げてきた。自分の力はそっちの役に立つはずだ、と。

 ……要するに、『自分を利用しろ。その代わりこっちも好きな事をさせてもらう』と告げたようなものだ。

 祐一はもう動かなくなった兵士を見下ろし、もう一度瑠璃子を見る。

 上手い手だ。一方的に信じろと言われるより、互いの損得を明らかにし、それを補い合えると提示すれば手は組みやすい。

 確かに瑠璃子の力はシズクとの決戦で多いに役に立つだろう。防御・解除、共に作戦の幅を大きく広げるに違いない。

 ――そこまで本気、ということか。

 まだ懸念が消えたわけじゃない。これら全てが自演という可能性もなくはないからだ。

 だが……そういう理屈を抜きにして、祐一は信じても良いかもしれない、と思い始めていた。なんとなくそう思える目をしていたからだ。

「……わかった。とりあえずお前の身柄は預かろう」

 だが、と祐一は言葉を続ける。

「シズクへの作戦に関してはリーフやキーの他国との連携もある。そっちにも話を通す必要があるが……良いな?」

 こくん、と瑠璃子は頷いた。

「……任せる」

「そうか。なら……これからよろしく頼む」

 もう一度頷く瑠璃子。

 これで瑠璃子は当面はカノン預かりとなる。予想外の展開だったが、これはある意味ジョーカーとなりえるかもしれない。

 とりあえず部屋の用意だな、と思い美咲を呼ぼうと連絡水晶を取り出し……しかし近付く気配に祐一は眉を顰めた。

「これは……」

 いつの間にか瑠璃子も後方を見つめていた。扉の向こう、そこから一つの声がする。

「ワン外交官、里村茜です。よろしいでしょうか?」

 おそらく気配で瑠璃子の存在を感じ取ったのだろう。来客中と見てすぐには入ってこない。

「ああ、構わない。こっちはもう終わったからな。……瑠璃子。すまないが、少し待っててくれ」

 無言で頷く。言葉少ないのはどうも地であるようだ。

「失礼します」

 扉が開かれた向こう、そこに茜の姿がある。だが――それだけではない。

 その後ろには複数の人影と気配があった。一つは知っている。名前は覚えてないが、ワンにいた強い者の一人だ。

 だがその後ろの六人はまるでわからない。……いや、強いて言うなら一つだけ。懐かしい感じの気配がある。

「お久しぶりです、相沢王」

「久しぶりと言うほど長い間会ってないわけじゃないが……相変わらず奔走しているようだな」

「まぁそのための外交官ですから。……さて、私の用件よりまずこちらを紹介しましょう」

 茜が横に移動する。すると見知らぬ六人が前に出た。その代表というように、白黒のワンピースドレスを着た少女が更に一歩分前に出る。

「はじめまして、カノン王、相沢陛下」

 礼儀正しいというより元気さが滲み出る傾頭だった。

「わたし、ウォーターサマー四家の一つ、白河家代表の白河さやかって言うの。――で」

 そうして顔を上げ、にっこりと一言。

「カノンに亡命に来ましたー!」

 そんな爆弾発言をあっけらかんと言ってのけた。

 数分と待たずまた新たな衝撃の展開。さしもの祐一も頭を抱え、待て、と手で制す。

「……またか?」

「また?」

「あぁ、いや、なんでもない。こっちの話だ。しかし……正気か?」

「正気も正気。本気ですってばー」

「……そもそもなんでウォーターサマーの白河家がこんなところにいる? ダ・カーポを攻め落としたんだろう?」

「戦うのが嫌だから逃げてきたの。で、全種族共存を謳ってるカノンに亡命に来たってわけですよ。白河家傘下の者全員、合計二千人以上で」

 そこかしこから「二千!?」という驚きの声が漏れる。

 当然だ。一人二人ならまだしも、そんな大人数が一気に流れ込んできたら食料などの点からそれなりの問題点が出てくる。

 ただ、この数に関しては祐一は特に気にしない。最初から戦争難民などは受け入れるつもりで常に余分な備蓄はしてある。

 この場合の問題点は……『ウォーターサマーの四家の一つ』という部分にある。

「要するに白河家はウォーターサマーの中での決定に背いたわけだな?」

「そうだね」

「……これを受け入れた場合、カノンはウォーターサマーと争う可能性があることも考慮して、その上で亡命して来ているわけか?」

 祐一の言葉に、兵士たちがどよめいた。

 考えれば当然のこと。即ちこの亡命を受け入れることは裏切り者を匿うことと同義となる。

 ウォーターサマーがどういった行動に出るかは未知数だが、裏切り者を許せぬという判断を下せばカノンに攻め入ってくることも考えられる。

 まるで関わりのなかった国と禍根を持つことになるわけだが……さやかの態度は冷ややかだった。

「仮にそうであったとして……じゃあそういう理由で相沢王はわたしたちの亡命を拒否するの?」

「……なるほど。そう来るか」

 なかなかずる賢い。

 全種族共存を謳っているカノンは、その時点で『全てを受け入れる』と公言しているようなものだ。

 ここで……どんな理由であれ助けを求めてきた者たちを拒めばその時点でその理念は崩壊する。口だけだった、ということになってしまうからだ。

 そうなれば全種族共存という形で繋がりのある国々に疑問を、またそれを頼りにこの国にいる者たちに不安を与える結果となるだろう。

 ……何もかもを受け入れるということはそういうことだ。どれだけの不安的要素も全てひっくるめて請け負うと豪語しているに等しい。

 それを逆手に取られたわけだが……むしろ祐一はさやかを評価していた。

 何も考えていなさそうな顔をしながら、その反面心の内ではあらゆることを考えている。

 油断できない相手だ。が、多人数を統べる者とはこういう者でなくてはな、とも思う。

「しかし亡命するということはカノンの民になるということだ。客人じゃない。……有事の際には働いてもらうことになるが、それでも良いのか?」

「オブラートに包まなくてもいいよ。要するに戦いになったら力を貸せ、ってことでしょう? 良いよ、それは。わたしたちだって相応の覚悟があって来たわけだし」

 後ろの少女たちがやた驚いた表情をする。どうやら連れの面々にしてもいまの言葉は驚きだったらしい。

「後ろの連中は驚いているが?」

「適材適所、適材適所。戦っても良い人だけ戦えば良いの。相沢王だって戦いを拒む人に無理やりは戦わせないでしょう?

 大丈夫大丈夫。なんならわたし一人で千人分の働きをするから」

 えっへん、と胸を張るさやか。彼女を見て、祐一は唇の端を釣り上げた。

 ――また誘導してきたか。

 こちらの国の在り方を事前に提示しておきつつ、自分を人柱にすることで非戦闘員の安全を確保しようとする台詞回し。

 なかなか周到だ。こちらの性格や情勢もしっかりと把握した上で、的確に、そして妥協点と譲れぬ部分をしっかりと選別して話を進めてくる。

 正直に言えば、面白い。戦闘能力は未知数だが『白河の魔女』と謳われるさやかの実力は本物だろう。

 それに加えこれだけの論述が出来る者――頭の回転が早い者を仲間に出来るのは、あらゆる面でカノンの力になるだろう。

 感情論だけではない。祐一は王なのだ。打算的な考えもなければ全ての事柄に決断は下せない。

 そして祐一はその決断を――下した。

「――良いだろう。亡命を受け入れよう」

「あら」

 さやかが拍子抜けしたような顔をする。おそらくもう少し長引くと踏んでいたのだろう。

 しかし祐一の顔を見て何かを悟ったのか、こちらもまたニヤリと笑う。

「……なるほど。どうやら結構評価されたみたい?」

「その分働いてもらうがな」

「それはまぁ、やらせてもらいましょ。ギブアンドテイクだし」

 さやかが近付き手を差し出してきた。それを祐一も握り返す。

 握手。ここに白河家の亡命もまた果たされた。

 さて、そうなるとまたやらなければならないことが増えるわけだが。

「それで? その二千人というのはいまどこに?」

「まだ船。一気に押し寄せてもどうかと思ったから沿岸につけてるよ」

「そうか。それじゃあアーフェンやエフィランズから移動用の兵を出そう。……で、そこにいるのは白河家の主要な者たちか?」

「あ、そういえば紹介がまだだったね」

 さやかが小走りに戻り、その面々を後ろから押す。で、最後に唯一の男である青年に後ろから飛びつき、

「この人はわたしの最愛の人。上代蒼司くん! いろいろなところで頼りになる人なの!」

「ちょ、先輩」

「さやかさん! お兄さまから離れてください!」

「で、わたしたちを無理やり引っぺがそうとしているのが蒼司くんの妹さんの上代萌ちゃん」

 おしとやかそうなイメージがあったが、そんなものが吹き飛ぶくらいに荒れていた。その横で嘆息するのは髪を二つに結っている少女。

「そんなわたしたちを見て『やれやれ』みたいに溜め息してるのが若林美絵ちゃん。通称みっちゃん」

「通称とか言うな!」

 がー! と吼える美絵。こちらはなんとも見てくれ通りの性格らしい。

 強引に萌に引き剥がされたさやかが笑みを浮かべながら言う。

「で、ここまでが白河家傘下の人たち」

「ここまで? じゃあそっちの二人は……」

 さやがが残った二人の背後に回る。そうしてそれぞれの肩を両手で組み、

「こっちの車椅子の子は稲葉家の子。稲葉ちとせちゃん。で、こっちは水瀬家の水瀬伊月ちゃん! 一緒に来てもらっちゃった♪」

「稲葉家に……水瀬家!?」

 それはどっちもウォーターサマー四家の名前ではないか。

「ちょっと待て。それは……聞いてないぞ」

「え? カノン国王ともあろう人が言い分を変えちゃう?」

 殊更大袈裟に驚いてみせるさやか。わかってる。この少女はわかってて聞いている。

 祐一は大きく嘆息した。

「……ある意味、心強いよ」

「お褒めに預かり光栄です」

 皮肉も笑顔で跳ね返された。これは本当に……凶悪だ。それより、

「なんで稲葉と水瀬の者が白河と一緒にいる?」

「この二人は最後の決議で戦争反対を通した子たちなの。だから一緒に抜け出して来たの。ねー?」

「わわ」

「はぅ」

 二人をぎゅーっと引き寄せ、頬と頬をくっ付ける。

 女の子らしいコミュニケーションとでも言えば良いだろうか。……伊月とちとせは困った顔をしているが。

 しかし水瀬家と稲葉家。この二つまでカノンに来たとなれば……そう遠くないうちにほぼ確実にウォーターサマーと事を構えることにはなりそうだ。

 まぁあの国は神族批判派だから神族とも共存しているカノンを良くは思わないだろう。

 ダ・カーポを落としたいま、近隣国に侵攻するのも時間の問題だとは考えていたが……これで次のターゲットはほぼ決まったようなものだろう。

 心強い仲間と引き換えに新たな争いの種を抱え込んだ。とはいえ、これも仕方ない。さやかの言うとおり、これが祐一の目指した道なのだから。

 ……と、不意にあることを思い出した。

「稲葉家……?」

 ある文献で読んだ。確かウォーターサマーの稲葉家にはある特殊能力がなかったか……?

 そこから連続的に祐一はある考えを思いついた。

 そうだ、もしかしたら……。

「ところでこの子は? この子もカノンの人?」

 その思考が纏まりきる前に、さやかの言葉が耳に届いた。

 見れば、さやかの視線の先には瑠璃子がいる。そういえば、と祐一は苦笑し、

「そうだった。彼女はお前と同じ亡命希望者だ」

「えー!?」

「俺も驚いている。まさか同じタイミングで亡命する者たちがいるなんてな」

「へぇ〜。それじゃあ亡命仲間だね」

 トコトコと瑠璃子に近付き、さやかは祐一にしたのと同じように手を差し出した。

「これも何かの縁。よろしくねっ」

「……」

 手を出さない瑠璃子だったが、さやかが強引に手を握って強引に手をブンブン振り回した。

 無表情のまま手が大きく振れている様はなかなかシュールだが、嫌がっているわけではなさそうだ。というより何も考えてないのかもしれないが。

 と、瑠璃子の目がそこで初めてさやかを正面から見据えた。

「……あなたは、面白い電波を持っているね」

「ん? 電波?」

「……あなたの中に、あなたとは違う……もう一つの電波を感じる……」

 さやかの肩がピクリと揺れる。

「……とてつもなく強く、とてつもなく荘厳で、神秘的で……でも同時に邪悪な電波。途方もなく黒くて……限りない怨嗟に満ちた電波……」

 そっと瑠璃子の手がさやかの胸に移動する。まるでその『中』にあるものを感じ取るように。

「きっと……あなたの力の源はこれ。でも、注意した方が良い……。これは、多分人間の身に余るモノだから……」

「そっか。あなたにはわかるんだね」

 さやかがその手をそっと両手で抱きしめた。

「……うん、でも大丈夫。それは宿しているわたし自身が一番わかってるから。ありがとね」

 それは先程までの明るいものとは違う、淡い笑み。

 さやかも何かしらを抱えているのだろう。いや、と祐一は首を振り、

 ――むしろ何も抱えていない者なんて、この世のどこにもいないのかもしれないな。

 そんなことを思い、その二人を見た。

 月島瑠璃子。白河さやか。唐突に亡命しに来たなどと言い、異なる手段でそれを納得させた二人の少女。

 どちらにも抱えているものがあるのだろう。背負うものがあるのだろう。そのために必要と思われる行動を取ったに過ぎない。

 だがその『必要』にこの国が選ばれたのなら……それは祐一の目指している国に近付いている証拠、なのかもしれない。

 ならば、そうして求められるからには、出来うる限り手を差し出そう。

 これまでも、そしてこれからも。

 そのためにも……まずは出来ることから始めよう。そうして、祐一はある少女へと視線を向けた。その少女の名は、

「稲葉ちとせ……だったか?」

 ビクリ、とちとせが肩を震わせた。まさか自分が呼ばれるなどとは思ってなかったのだろう。

 瑠璃子と向き合っていたさやかも怪訝な顔でこっちを見ている。

「俺の記憶が確かなら……稲葉家にはずっと受け継がれている特殊能力があったな?」

「!」

 ちとせが瞠目する。

「その特殊能力は……『魔力吸収』。違うか?」

「……はい。そうです」

 どうやら正解のようだが……どういうわけかちとせは辛そうに目を伏せた。

「でも、もし……もしも、わたしに誰かの魔力を吸え、ということでしたら……悪いですけど、お断りします」

「それは何故?」

「……嫌いなんです。この力が」

 自分の袖を強く握り締め、吐き捨てるようにちとせは言う。

「わたしたち稲葉家には、確かに『魔力吸収』という特殊能力があります。でもわたしの吸収力はお兄ちゃんや他の人たちの比じゃないんです。

 一度抑制を解けば最後。周囲一帯の魔力を根こそぎ……それこそ死んでしまうほどに吸い取ってしまう」

 自分の力をとても忌み嫌っているのだろう。そうわかるほど、彼女の顔は嫌悪に満ちていた。

 ……だが、そうなると疑問が一つ残る。

「しかし、本当にそれだけの魔力を吸収出来るのか? 容量の問題もあるだろうに」

 魔力を吸うにしても限界があるだろう。人にとって体内に留めておける魔力量というのは異なる。

 ちとせの言うとおり少なければ死ぬこともある。が、逆もまた然り。多すぎても魔力は毒になる。

 ならば吸収するにしても限界はあるはずだ。だが、どういうわけかちとせは首を横に振った。

「……わたしたち稲葉家はこの特殊能力を持つ代わりに、誰でも持っているはずの機能が欠如しているんです」

「欠如……?」

「……魔力を生成する機能です」

 さやかや伊月が驚いた顔でちとせを見る。どうやらウォーターサマーの連中も知らなかったことらしい。

「魔力は生命力とも言えます。普通の人が息を吸うように自然に行えることが、わたしたちには出来ない。

 わたしたちに出来るのは……その誰かが作った魔力を横取りすること。ううん、違う。……奪うこと。

 それはつまり……誰かの生命力を奪わなくちゃ生きていけないってことです」

「しかしそうだとすると……嫌いと言っても、魔力生成が出来ないのなら吸収しなければ生きていけないんじゃないのか?」

「……そうです。いつもはお兄ちゃんが少しずつ分けてくれました。でも必要最低限の分しか吸わないから……」

 ちとせが自分の足を見た。……なるほど。歩けないほど不自由なのは必要量の魔力を吸収していないからなのだろう。

「ですから、わたしは絶対に他者の魔力を吸いません。誰かの命を吸い取ることなんて、わたしには出来ない……!」

 おそらく、ちとせは自分の能力で誰かの魔力を吸い尽くしてしまった過去があるのだろう。

 そうでなければここまでの嫌悪を見せたりはしまい。もう二度とそんなことはしない。したくない。そういう意思の表れだ。

 きっと、この子は優しい子だ。

 戦争に反対したように、誰かが傷付いたり死んだりすることを良しと出来ない子。……たとえ、その結果自分の身がボロボロになろうとも。

「……そうか」

 祐一は緩やかな動作で顔を上げ――そして、笑った。

「なら、なおのこと都合が良い」

「……え?」

「稲葉ちとせ。君にはある少女の魔力を吸ってもらう」

「だ、だから……!」

「その子は、魔力が(、、、)多すぎて(、、、、)苦しんでいる」

「!?」

 ちとせの目が見開いた。

「君が魔力を吸えば……彼女はその苦しみから解放される。そして君もまた体力を取り戻すに違いない」

 魔力を吸収する術を持ち、しかしその能力が強大すぎて封印したために魔力が枯渇している稲葉ちとせ。

 魔力を発散する術を持たず、ただ蓄積し続ける魔力に身体を苛まれ続けた彼女(、、)

「君に――古河渚という少女を救って欲しい」

 稲葉ちとせと古河渚。

 この出会いが、後の二人の行く末を大きく変えることになる。

 

 

 

 あとがき

 はい。どーも神無月です。

 さて、久方ぶりの神魔更新になりますか。今回は二組の亡命者のお話と……あと最後にある二人の少女のお話でした。

 メインはもちろん亡命の方です。

 本当は亡命の話のみで最後の話は次回に回すはずだったんですが……なんとなく文章が短いかなぁ、と思ってこっちに足しました。

 ……けどこれはこれで切る場所おかしくないか? とも思うんですが……まぁそこは気にしない方向でお願いします(ぁ

 で、亡命の話。一つは月島瑠璃子。大多数が予想してなかった人ですね。もう一つは白河さやかご一行。ま、こっちはわかった人も多いでしょう。

 んでもって瑠璃子とさやかでちょっと意味深な会話。まぁこれは追々わかることになるかと。

 そして最後にちとせの話。稲葉家の特殊能力の話も出ましたが、本題はその後ですね!

 ダ・カーポ編で宏の特殊能力が明らかになった瞬間からこの展開を読んでいた人も数人いましたが、それはさすがですねw

 さやかがちとせを連れ出した辺りでわかった人もいたようですが、まぁこの辺りからはバレるだろうなぁなんて考えてましたw

 さて。次回は彼女らを含めいろいろな人たちの話です。リーフなんかも出てくると思います。

 ……間章とどっちが先になるかはまだ未定ですがねw

 ではまた。

 

 

 

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