神魔戦記 第百四十四章
「クラナドの意思」
サーカス大陸の件に関しては隆之に引き続き調査させることにして、祐一はクラナドへ向かう用意を始めた。
とはいえ準備するものは特にない。小型空船を借り受けてからというもの、長旅の準備をする必要はなくなった。
用意とは、人待ちである。
今回同行するのは共にクラナド出身者である杏と朋也。朋也の方はまさか渚を城に置いたまま外に出るとは思わなかったが……。
「お待たせ」
考え事をしているうちに杏、そしてその後ろから朋也がやって来た。もちろん祐一同様荷物らしい荷物はない。
「古河渚は良いのか?」
とりあえず聞いてみる。
朋也は自分に言われたのだと気付き、苦笑。
「まぁ出来ることならあんまり離れたくはないけど、まだ意識が戻ったわけじゃない。
だったらそのうちにオッサンたちの無事を確認した方がよっぽど有意義だし、渚も喜ぶだろう」
そういうことか、と頷く。
確かにルミエの呪具により安定したとはいえ渚はまだ意識不明。心情的な面はともかく、近くにいる必要はあまりないだろう。
「そうか。なら良い」
朋也が良いのなら別に構わない。それに彼がいた方がおそらく警戒心も少なくてすむだろう。
踵を返し、
「それじゃあ、行こう。向こうで香里も待っている」
「お待ちしていました、陛下」
数十分の飛行で元王都クラナドに辿り着いた祐一たちを出迎えたのは、カノンの聖騎士美坂香里である。
彼女は六ヶ国会議が終了して以降はカノン領となったクラナドの調査や状況収拾などに勤めていたのだ。
「周りに誰がいるわけでもないから敬語は良い。それよりクラナド国民の方はどうなっている?」
あ、そう? と香里はすぐさま恭しい態度を放り捨てた。
「国外へ出て行く者がそれなりに。とはいえ全体の一割にも満たないけど」
「ま、別にカノンを認めて留まっているわけじゃないだろうけどね〜」
杏の台詞に香里は頷く。
国民は別にカノン領になったことを納得して残ったわけではない。
ただ、前回のシズク襲撃などで家を壊したり怪我を負ったりなどなど……諸々の事情があり出て行くことが出来ないだけなのだ。
しかし物は考えようである。
この間にカノンの在り方を認めてもらうことが出来れば良い。この時間はその猶予と考えればやる気も出るというものだ。
「クラナド軍は?」
「こっちもとりあえずすぐに軍をやめたのは一割程度ね。……ただこっちは絶対数からして減っているからこそ、かもだけど」
「だろうな」
キー四国の中で一番兵力が落ちたのはクラナドである。
カノン、ワンとの戦闘のうえに宮沢和人――いや、高槻による無謀な作戦やシズクの襲撃などの度重なる激戦により消耗が著しい。
仮にクラナドが国王健在で落ちていなかったにしてもどこかの国の助力なしには立て直すことは不可能だっただろう。
「まぁ当面は経済的な破綻などの心配もないでしょう。そっちは――」
「私が逐一計算し、修正を行い手筈を整えていますから」
まるで受け継ぐようにして言葉を紡いだのは、新たに現れた紫髪の少女。
「シオン」
シオン=エルトナム=アトラシア。カノン軍所属で現在はエターナル・アセリアに使者として出向いているはずの少女である。
アトラスの名を冠する最高位錬金術師の彼女にって経済の金の動きを掌握することなど造作もないことだろう。しかし、
「まさかお前がまだ残っていたとは思わなかった。良いのか、あっちに戻らなくて?」
カノンがシズクに襲撃された際にエターナル・アセリアの者たちと共に救援に来てくれたことは祐一も知っている。
以後、混乱したカノンの経済面をいろいろな角度で計算しこれからの動きを数パターンの展開で予測していた。そのレポートも受け取っている。
だがその後クラナドに来ていたとは聞いていなかった。
「当面はこちらに残っていても問題ないでしょう。現在はヘリオンがエターナル・アセリアに戻っていますから」
あぁ、と祐一は首を傾け、
「そうか、療養に戻ったんだったか」
ヘリオンはエアとの決戦で柳也と戦った際に重傷を負ったと聞かされている。
「命に別状はないと聞いていたが……」
そういえば、と祐一はこれまで忙しくて確認出来なかった懸念を一つ思い出した。
「舞がヘリオンと鈴菜を治療した、と報告を受けたが……。舞は治癒の力なんて持っていたのか?」
問いかけられた香里は、しかし首を横に振る。
「あたしは知らない……というよりあの人自身わからないんじゃないかしら?」
「なに?」
「あの人は川澄家の生まれでも特殊中の特殊らしくてね。元来川澄は風属性の血筋のはずなのに風を扱えない」
「無属性……いや、特殊属性だったのか」
「ええ。でも周囲はおろか本人さえ自分がどういう属性を持っているかを知らない。……剣術の腕が良すぎたから知る必要もなかったんでしょうけど」
魔力を用いての戦いが主流であるいま、己の属性を知ることは即ち戦いへの第一歩を進むことと同義。
自分には何が出来るのか。得意・不得意な属性は何か。それらを知らぬままに戦いに赴くことはそれこそただの自殺志願者だろう。
だが、それを知らぬままに戦い抜いてきた例外がいる。それが川澄舞だ。
川澄流剣術という技法、そしてそれを最大限に発揮する身体能力、更には剣士としては破格の魔力量。
戦う手段としてそれだけで十分だったのだろう。だから舞は自らの属性を知るために四苦八苦するようなことさえなく、いまのいままで続いている。
だが逆を言えば、
「それが明確にわかり扱えるようになれば……舞は更に強くなれる、か」
そういうことになる。
属性を知らぬままに強豪と戦い勝ち抜いた舞だ。
自分の属性を知り、それを操れるようになればどこまで行くのか。それは祐一でさえ想像できない。
「それよりもヘリオンは大丈夫なの? 永遠神剣が折られた、って聞いたけど」
杏の台詞に我に返る。そういえばそんな報告も受けていた。
基本的に永遠神剣は聖剣や神殺しのように自己修復機能は持ち合わせていない。
折られたということであれば実質ヘリオンの戦闘能力は著しく落ちたと言えるが……シオンは平然と頷いた。
「問題ないようです。どうも聞くところによれば、彼女の永遠神剣は特殊らしくて、自己修復機能を持っているのだとか」
「自己修復……?」
「ええ。なんでも、過去にも数度折れたり欠けたりしたことがあったらしいんですが、その都度再生していたと聞いています」
自己修復能力がない永遠神剣が、自己修復をする。
一番簡単にこの問題を解決しようとすれば、それはヘリオンの永遠神剣が独自に持つ固有能力ということだろうが、
「……ヘリオンの神剣は第九位だったな。そのクラスがそんな稀有な能力を持つか?」
「私も同意見です。ヘリオンの神剣はどうも普通ではない。……あるいは、本来はもっと高位の永遠神剣なのかもしれませんね。
それを敢えて落とし自己修復機能に力を割いている、または別の要因で力を抑えている、あるいは封印されているとも考えられますが」
確かにシオンの言うことも考えられる。
自己修復する永遠神剣。第九位にしては考えられない実力。もしかしたらヘリオンはとんでもないスピリットなのかもしれない……。
「おい」
そうやっていろいろと考えていると、不意に朋也が声を掛けてきた。
「募る話もあるんだろうが……俺たちの目的を忘れてないか?」
「っと、そうだったな」
そう。ここにはちゃんとした目的があってやって来たのだ。考え事は後でも出来る。
まずはすべき事をしよう。
「とりあえずそれらの話は後回しだな。二人とも案内してくれ」
「ええ。既にクラナドの主だった連中は謁見の間に集めてあるわ。有紀寧王妃も呼ぶ?」
有紀寧は現在兄である元・クラナド国王の宮沢和人の看病をするためにクラナドに留まっている。
とはいえ聞いた話じゃ完璧に精神崩壊しているらしく話すことさえままならない状態らしいのでそれを看病と呼べるかどうかは別だが……。
「いや、良い。そっちは後で様子を見に行く」
「わかったわ。それじゃ行きましょう」
クラナド王城の謁見の間に、数人の人影があった。
祐一からすれば初見の者も多いが、朋也や杏にとっては懐かしい面々ばかりだ。……数日前には激突した相手でもある。
どちらと言わず妙な空気が場を覆う。昔は仲間。数日前までは敵。そしていまは……微妙な位置。無理もないかもしれない。
だがその空気を払拭したのは祐一のある動作だった。
祐一は謁見の間に備え付けられた玉座に目をやり――しかしそこに座ることなく面々の正面に立った。
「!」
それが祐一なりの配慮であると、聡い者はすぐさま悟った。
事実上クラナドは陥落。クラナドはカノンの領土となった。つまりここでもまた王は祐一であり、そこに座るだけの資格がある。
だが祐一はそれをしなかった。
……それは証だ。誰に認められる前にそこに座るわけにはいかないという、祐一の気構えの証。
全種族共存を謳い、類稀なるカリスマ性を発揮するというカノン国王相沢祐一。
半魔半神という中途半端な存在でありながら誰にも慕われるのは、こういう細かい一つ一つの気配りに原因があるのかもしれない。
「さて……初めて見る者も多いな。自己紹介でもしておこうか。俺はカノン国王相沢祐一だ」
応じるように、その場にいた面々が名を告げていく。
「元・近衛騎士団長、芳野祐介」
「坂上智代だ」
「……一ノ瀬ことみなの」
「す、春原芽衣です」
「仁科理絵です」
「杉坂葵よ」
六人の名乗りに祐一は頷く。
とりあえず、六人にそれらしい敵意は感じられない。ことみや理絵たちに至っては疑心さえなさそうだった。
「全員既に知っていることと思うが、クラナド領は先日カノン領となった。同時にその民もカノンの民となるわけだが……」
見渡す。
「聞いているかもしれないが、俺は無理強いはしない。出て行きたければ出て行ってくれて構わない。国民も軍人も等しくな」
これは前置きだ。ここに留まっている時点でとりあえずその意思がないことはわかっている。
やはり誰も動かないのを見て祐一は口を開き、
「一つ、質問を良いか?」
……だがそれより早く、智代が一歩を進み出た。
だが祐一は特に怒る様子もなく問う。
「なんだ?」
「あなたは全種族共存を目指しているのだったな?」
「あぁ」
「それが本当に出来ると、信じているのか?」
それは既に何度目かもわからない問いだった。
魔族批判派であったクラナドにおいては、どうしても信じられないことなのかもしれない。
だが結局祐一の答えも変わらない。この道を目指す過程で幾度も訊ねられた問い。そして同じく幾度もこの答えを告げてきた。
「当然だ。そのために俺は生きている」
装飾もないもない、信念のみの一言。
だが、故にこそその真意は同じく戦に身を投じてきた者たちには伝わっただろう。
智代がその後ろの朋也と杏に視線を向ける。二人はただ薄く笑って頷くだけだった。
智代は理解したかのように一歩を下がった。他の者たちも口を開かない。それを見て取って、話の本筋に入る。
「それで、お前たちはこれからどうする? お前たちの意思を尊重しよう」
無論、シズクとの戦いを考えれば戦力が多いに越したことはない。しかしそれを祐一は口には出さない。
そんなこと(を理由に残って欲しくはない。
クラナドはこれからずっとカノン。それが崩れるのはカノンが落ちるときだけだ。
戦いは……悲しいことだが、シズクとの一戦で終わりはしないだろう。そこから先も、この道を進むのなら多くの戦いが待ち構えているはずだ。
出来るなら、それらをも共に渡って欲しいと祐一は願う。
だからこそ、なるべくシズクとの戦いを理由にはしてほしくはない。それが祐一の考えだった。
おそらくすぐには返事は来ないだろう。そう思っていたが、
「私は残るの」
すんなりと答えを出した者がいた。
一ノ瀬ことみである。
「ことみ……」
朋也の視線にこくりと頷き、
「私はもう後悔したくないの。渚ちゃんを守れなかったときのような、あんな気持ちは嫌なの。
渚ちゃんはお友達。朋也くんも、杏ちゃんもお友達。……そうして皆で友達になれたら、きっと幸せ。だから、残るの」
浮かべた笑みはとても綺麗なものだった。何かを吹っ切ったような、そんな笑顔。
ことみにとっては、全種族共存という道は自らの望みでもあるのだろう。だからこそ、すぐに返事が出来た。
「私たちも残りますよ」
そして理絵と葵の二人も続く。
「そもそもあたしたちはワンに投降した身だしね」
葵の言うとおり、クラナド復旧の手伝いのために解放されただけで本来は決戦の際に瑞佳・みさきのコンビに負け投降をした身だ。
まぁそれを抜きにしても、そもそも傭兵である二人にとってはさほど大きな問題でもなかったりする。
理絵たち自身もさほど他種族に偏見を持っているタイプではないというのもあるのだが。
「私は……即決はできない」
そう答えたのは智代だった。
「だからしばらく様子を見させてもらいたい。……相沢王、あなたを」
「あぁ、構わない」
「なら俺もその方向でお願いしよう」
祐介が静かに喋る。
「シズクへの戦いには参加する。が、それ以降に関してはまだ保留……ということで良いか?」
頷く。カノンがどうこうという以前にシズクにだけは借りを返したい、と思っている者もいるだろう。
それはそれで構わない。少なくともその一点において同じ意思を宿していれば、肩を並べるに値するはずだ。
そして残りの少女も、同じ気持ちらしい。
「わたしも……シズクの戦いには出ます。お兄ちゃんのためにも」
には、と付けるあたりその後はわからないということだろう。
だがまぁシズク戦にクラナドの主力が全員残るだけでも僥倖だろう。あとはこちらが態度で示せば良いだけのことだ。
「わかった。じゃあしばらくはよろしく頼む」
頷く面々を見て、祐一は誰にも気付かれずに安堵の息を吐いた。
こうして、とりあえずクラナドの戦力はほぼそのままカノンへ移行する形になった。
思いのほか暴動などもなくすんなりと事が運んでいるのは復旧支援やシズク戦による戦意の低下などが原因だろう。
それを考えればこの結果はやや複雑ではあるが……何はともあれ祐一が来たことでクラナドは正式にカノンの領土となった。
これからここも王都ではなくなり、第二首都クラナドという名前が付けられる。
「祐一の目標の大きな前進と言えるかもしれませんね」
隣を歩くシオンが呟く。
いまは謁見の間を出て有紀寧がいるという部屋に向かっている最中だ。
香里は軍関係の情報を纏めると言って祐介や杏らと軍部へ、朋也は一人古河夫妻のところへ向かっている。
シオンはこれから各種計算の詰め作業に入るんだとか。その部屋が途中まで一緒なのでこうして横を歩いている。
その変わらぬ凛々しい横顔を見て、
「前進、か」
「? なにやら不服そうですね?」
「まぁ……な。結果的にはクラナドが落ち、エアとも一応の休戦協定を結べはした。リーフとの繋がりも出来た。……だが」
「それらが自分の行動によるものではなく、偶発的な結果による産物であることが納得いかないと。そういうことですか」
だがシオンの予測とは違い、祐一は首を横に振った。
「少し違うな」
「と、言うと?」
「どうもこれら一連の流れが……誰かによって意図的に作られたものに思えてならない」
シオンが目を見開く。
「祐一。それはさすがにありえない。これまでの各国の動きを読んでそれら全てを操るなど」
そうは思うが、どうも嫌な予感が拭えない。
こうしているいまもなお、誰かの掌の上で踊らされているような妙な感覚が付き纏う。
まるで誰かにずっと観察されているような、そんな悪寒と共に。
「……まぁ俺も考えすぎだとは思うんだけどな」
軽く首を振った。どうにも事態が上手く運びすぎている(気がするが、そう思いすぎているだけかもしれない。
いろいろといらぬところまで考えすぎてしまうのは自分の悪い癖かもしれないな、と祐一は思考を変える意味でもシオンを見やった。
「そういえばシオンはこれからどうするんだ?」
「ヘリオンが戻るまではしばらくこちらに留まります。……それに、シズクへの作戦にも同行します」
「なに?」
驚く祐一に、シオンはやや機嫌が悪そうに表情を歪め、
「当然でしょう? 相手はあの腑海林アインナッシュ。死徒二十七祖の一つともなれば私の目的にとって避けようのない相手だ。
それとも……そんな私の目的を知っていながら私には手を出すなと祐一は言うのですか?」
言われてみればその通りだ。
シオンの目的は吸血鬼化の治療。これを達成するためには吸血鬼との接触は必要不可欠だろう。
ならそれを止める理由は、確かにない。
「わかった。好きにしろ」
「最初からそのつもりです。では、また後で」
軽く首肯して、シオンは立ち去っていく。気付かぬうちに目的の部屋に辿り着いていたようだ。
二度ノックをして、室内に入る。
「陛下……」
簡素な部屋だった。装飾品の類はほとんどなく、基本的にはベッドとサイドテーブル、あと椅子が一つずつだけ。
ベッドには男が寝ており、脇の椅子に相沢有紀寧が座っていた。
「どうだ?」
「ええ。その……」
言葉を濁し視線を男に向ける。釣られるようにして祐一もその男を見た。
「……あー……うぁ〜……」
宮沢和人。
焦点の合わぬ目で天井を見つめ、半開きの口からはとめどなく涎がこぼれ落ちている。
有紀寧が手拭でそれを拭うが、すぐに溢れてまたこぼれていく。
……悲惨な姿だった。
「……水菜ちゃんが言っていました。もう心がめちゃくちゃになってる、って」
有紀寧は一度水菜を呼んでいたらしい。精神感応能力者であれば心の有様を把握できると思ったからだろう。
だが、それは絶望しか教えてくれなかった。
精神感応能力者でさえ読めないほどにグチャグチャになった精神の内部。
それはただの混沌。もはや壊されるところまで壊された無情なる残骸。
……もう、二度と精神状態が戻ることはないだろう。それが水菜の結論だった。
「……有紀寧」
傍に立ち、その肩をゆっくり抱く。
何を言うでなく、ただ寄り添う。いまは言葉が必要な場面ではない。
「うっ……ふっ、あぁぁ……!」
服を握り締め、有紀寧が祐一の胸にしがみ付いた。
こぼれ出る断続的な嗚咽を聞いて、祐一はただただその背を撫で続けた。
朋也はやや急ぎ足で廊下を進む。
秋生や早苗が無事だ、という報告は事前に聞いていた。なので別段急ぐ必要はない。だからこそさっきは祐一たちと一緒にいたのだ。
なのに、いざこうして向かおうとするといつの間にか歩みが小走りに変わり、いまや普通に走っている。
――やっぱ、自分の目で確かめないと不安なんだな。
走りながら、苦笑。
なんだかんだであの二人は朋也にとって大切な人たちである。渚のためだけではなく、自分のためにも無事をこの目で見届けたかった。
そうして部屋の前に立ち、息切れも整う前にノックもせずその扉を開け放った。
その先にあったのは――、
「はい、秋生さん。あーん」
「おう、すまないな早苗。あっつー!」
「……」
……予想以上に元気な様子でスープをスプーンですくう早苗と、予想以上に元気な様子でベッドの上で悶えている秋生の姿だった。
「あら? お久しぶりです朋也さん」
「よぅ小僧。元気そうじゃねぇかって熱ぃー!?」
「は、はは……」
そりゃこっちの台詞だ、と突っ込む気力さえわかない。
安堵と脱力が同時に来て、朋也は引きつった笑みしか出てこなかった。
有紀寧や朋也、シオンはもう少し残るというのでひとまず先に祐一と香里だけがカノンに戻ることになった。
心中としてはしばらく有紀寧に付き添ってやりたかったし、古河渚の両親にも自分に渚を預けた意図を聞きたくもあった。
だが大規模作戦が近付いている中、そう長く王城を空けているわけにもいかない。
決めねばならぬこと、せねばならぬことはそれこそ山のようにある。
何事にも優先順位というものがある。私情で国の未来を左右する案件を放置するわけにもいかない。
それが――王というものだ。
「さて」
小型空船による短時間飛行で再びカノンへと舞い戻る。一日の間に行き来が出来るというのは未だに驚きを禁じえない。
しかし、だからこそ出来ることが多くある。
「香里。ろくに休む暇もなくてすまないが、俺の机の上に溜まっているであろう書類を分類しておいてくれ。俺はちょっと兵寮に寄っていく」
小型空船から降り、再びカノンの寒風に身を晒した祐一の隣で、
「はぁ」
と、呆れたような嘆息が聞こえてきた。
「香里?」
「……あたしより、むしろ休む暇ないのはあなたでしょう祐一? せめてあと半日くらい、クラナドに残っていても良かったんじゃないの?」
そもそも小型空船がなければ――美汐を使えば話は別だが――クラナドからの行き帰りで一日丸まる潰れるはずだ。
だったらその浮いた分の時間を……そのせめて半分でも、自分のために使って良いのではないか。そう香里は言っているのだ。
その心遣いに感謝しつつも、しかし祐一は首を横に振る。
「そういうのは全部が終わって時間が残ったらすることだ。『間に合いませんでした』じゃ、国を統べる者として失格だろう?」
「言いたいことはわかるけどね。これじゃあなたが先に倒れてしまいそうだわ」
「気にするな。いまよりもっと過酷な時期もあった。……仲間が多くなった分負担も減った。心配ない」
やれやれ、と香里は肩をすくませる。
そもそもそうやって仲間が増え、背負うモノが多くなったからこそ増した負担というものもあるだろうに。
そういったものをわざと言葉から外すあたりさすが祐一と言うべきなのだろうが、それに気付かない香里ではない。
……しかし同時に、悟ってもいた。きっとそれを言及したところでのらりくらりとかわされるだけだろう、とも。
なら言う必要はない。ただもし万が一倒れたときには死ぬほど罵ってやろう、と香里は心中で誓った。
「では陛下。あたしは一足先に」
「あぁ、頼む」
ややおざなりに一礼し下がっていく香里。と、それとすれ違うようにして美汐が現れた。
彼女は恭しく頭を垂らし、
「お帰りなさいませ陛下。早速ですが一つご報告が」
「どうした?」
「はっ。亡命を望む者が見えているのですが」
「亡命者?」
キー三国が名目上休戦となったいま、キー大陸の他国からの亡命者、というのはまずありえない。
とすると……時期的に考えて、サーカス関連だろうか?
カノンは地理的な関係上サーカスにも近いし、その可能性は高いだろう。
「わかった、会おう。謁見の間に通せ」
「御意」
頷き、空間跳躍で消える美汐を見送って、祐一は進路を変更した。
だが、祐一の考えは誰もが予想しえない方向で外れることになる。
彼が玉座に着いてしばらくして謁見の前に現れたのは一人の少女(だった。
「……?」
美汐に連れられてきたその少女を見た瞬間、祐一は何か得体の知れぬ違和感を覚えた。
が、それはあくまで一瞬。その違和感はすぐに霧散したので気のせいだろう、と判じた。
「お前が亡命を望む者か?」
こくん、と少女は頷いた。
表情は動かない。端的に言えば無表情。だがリリスやプリムラのように端々に見え隠れする感情の片鱗さえ見えない。
祐一をして、表情が読みにくいと思わせる少女だった。
「それで、お前の名は?」
「月島瑠璃子」
瞬間、まるで時が止まったかのような静寂が場を支配した。
いま、この少女はなんと言った?
「月島……瑠璃子、だと?」
それの意味するところはただ一つ。
相手もそれを理解しているのか、小さく首肯し、
「私は……シズクの王、月島拓也の妹」
驚愕の宣告をした。
あとがき
はい、こんばんは神無月です。
題名に対してあんまりクラナド側の話がメインになっていないような気もしますが、あんま気にしないでください(ぁ
むしろ周囲の連中の謎や心境が浮き彫りになった、ってだけな気もしなくもないですがw
まぁそんなことはともかく。クラナド戦力は一応そのままカノンに併合する形に。シズク戦の後はどうなるかわかりませんけどね。
古河夫妻と朋也はまた後日、作戦○日前の話で出てきます。お楽しみに。
さて、今回のポイントはやはり最後ではなかったでしょうか?
前回の終わりが終わりだっただけに、純一たちを予想した方がひじょーに多かったと思いますが、彼女でしたw
そう。月島瑠璃子です!
キー大陸編終盤で出てきてた彼女のこと、一体どれだけの人が覚えていたでしょうね?w
ま、多くは語りますまい。詳しくは次回、です。
ではまたー。