神魔戦記 第百四十章
「明けぬ夜のグランギニョル(X) 」
「はぁ、はぁ……!」
加奈子は必死に走っていた。
それは良和に攻撃され重傷を負った智子を早く助けるため……というよりこの場から逃げたい、という生物的本能の方が大きい。
柾木良和。
あれは規格外の存在だ。自分のような人間が真っ向から相手にできるような者ではない。
それこそ天賦の才を持つ者たち……アリスや叶、音夢らでなければ。
加奈子は決して自分を優秀だとは思わない。
確かに魔術の才能は人よりあったし、その実力を買われて親衛隊などに入ったが、無駄死にをするつもりはなかった。
国のために戦う。その意志はある。だが決して自殺願望はありはしない。
彼我の実力差を考え、あれに挑むのは『勇気』ではない。ただの『蛮勇』であり、文字通りの自殺行為だ。
……そういう風に冷静に彼我の実力差を把握できる加奈子は、ある意味では優秀だったかもしれない。
だがそれが裏目に出る場合も、時としてはあるのだ。
「……残念ですが、そこまでです」
「!?」
いつの間に追い越されたのか、前方に一人の女性が立っていた。
伊吹公子である。
どこか気品を感じさせる雰囲気を持った、加奈子よりわずかに年上に見える女性だ。外見だけでは、およそこの阿鼻叫喚の戦場に立つのは不釣合いといえる。
……しかし、その気配は魔族のもの。即ち――敵だ。
立ち止まり、注意深く相手を観察する。その上で加奈子は確信した。
大丈夫。行動さえ誤らねば決して勝てない相手ではない、と。
良和を相手にしたときのようなプレッシャーは感じられないし、気配から感じられる魔力の密度も高くはない。魔力だけで言えば自分の方が上だ。
だが相手は魔族。魔力よりむしろ肉体的なポテンシャルの方が高い種族。油断は出来ない。
それに……、と加奈子は気付かれぬようにある場所を一瞥した。
もう一つの理由から、この相手なら倒せるという確証を得た。
「どいてください」
「それは出来ません。これはあの人の命令ですから」
「そうですか。なら……」
腰を落とし、
「あなたを倒させてもらいますッ!」
告げた瞬間、公子の背後から誰かが踊りかかった。
「!?」
「はぁぁぁ!」
斬撃が奔る。
寸前に気付いて大きく横っ跳びした公子の足元に剣が振り落ち、地面が大きく割れていく。
「ちぃ!」
攻撃が外れたことに舌打ちしたのは、良和に右肩を潰された智子だ。
右手はだらりと下がっているが、無事な左手で剣を持って戦っている。
さっき加奈子は智子が起き上がっているところを事前に発見していた。だからタイミングを見計らいこうして仕掛けたのだ。
そしてもちろん智子の攻撃がかわされた場合のことも考え、加奈子は既に魔術の形成を完了している!
「『竜巻の覇者(』!」
小型の竜巻が唸りを上げて公子へ向かっていく。
この魔術は威力こそさほどでもないが、敵の攻撃さえ弾き飛ばして突き進む命中精度の高い魔術である。
敵がどういう攻撃手法を取るかわからない以上、まずはこの手の命中重視の攻撃で様子見をするのは常套手段と言えるだろう。
だが、その次の光景は加奈子が想像しなかったものだった。
「!?」
放った竜巻が、公子に当たる直前に突如軌道を変更したのだ。
「そんな……!」
見た感じでは、公子が何かをしたような素振りは見えなかった。とすると……、
「もしかして……魔力屈折化の能力者!?」
「残念ですが、そうではありません」
ゆっくりと体勢を直した公子が、二人を見据える。
「これはもっと単純な力ですよ」
「単純な……?」
「ええ。つまり――こういうことです」
クイ、と公子の指が動いた。こっちに来い、というジェスチャーのような軽い動作。
「え……!?」
だが、どういうわけかそれだけで加奈子の身体が強引に引っ張られた。
風、ではない。それ以上の何かしらの力で加奈子は公子の元に引き寄せられている。
「みっくん!」
「あなたは後です」
慌てて智子がそれを追おうとするが、公子の指が動いた途端、今度は弾かれるようにして智子が後方へ吹っ飛んだ。
「なっ!?」
「私の力は『引力』と『斥力』。……鬼としての力は中の上程度ですが、この特殊属性で私はここまで上り詰めました」
そう、それが公子の力。
鬼としての身体能力は並よりわずかに高い程度。この程度なら確かに親衛隊たる加奈子と智子が二人がかりであれば倒せないレベルではない。
しかしそれはあくまで身体能力の話。
風子が生まれるまでのわずか数年ではあったが、公子を歴代の伊吹で最強と言わせしめたのは生まれながらに持っていたその特殊属性。
引力。引き寄せる力。
たとえ敵との距離が離れていようと、相手をこちらに近付かせることのできる能力。
斥力。突き放す力。
敵との距離を離したり、攻撃を弾き返したり、または力や速度の増幅に使うことのできる能力。
この二つの力を使用することで、公子は良和に認められるまでに至った。
「……戦いは嫌いです。が、自分の意思を貫くためには足場や地位が必要。そのためには結果を残さなくてはいけません」
公子の爪が鋭角化していく。
「――だから」
腰を落とし構えて、
「すいません。死んでください」
「ッ!?」
繰り出される鬼の爪。
引力によって引き寄せられる加奈子にそれを回避することは不可能。
「こ……の!」
だが加奈子は諦めない。身動きのろくに取れない高速の中で、必死に魔力を編みこみんでいく。
「死ねない……!」
過剰な魔術行使は術者の身体を蝕んでいく。しかしそれさえ無視して加奈子は魔力を集約する。
死ねない。死にたくない理由があるから。
「お兄ちゃんを守るの! 私が! 絶対に……!」
そもそも争いを好まない加奈子が軍に入隊したのは、友人であることりを守ることとは別にもう一つ理由が存在する。
敬愛する兄。その人を守るためでもあった。
「こんなところで! 死ぬわけにはいかないんだからぁぁぁ!」
加奈子はその魔力で結界を張ろうとはしなかった。
選んだのは……防御ではなく攻撃。交錯する瞬間にゼロ距離で超魔術を放つつもりだ。
良和とは違い公子は純粋な鬼の力は高くない。これだけの至近距離であれば、斥力の力でも弾ききれまい。
「ああああああああああ!!」
守るのではなく倒す。その気概で加奈子も腕を振り抜いた。
「!」
……しかし、遅かった。
「……う、そ」
加奈子の手に集束されていた魔力が霧散する。
振るわれた手は空を切り……呆然と、加奈子は自分の胸を見下ろす。
貫かれていた。
公子の腕に――心臓を、一突きで。
ありえない、と加奈子は漠然と思った。あのタイミングであれば間違いなくピンポイントだったはずだ。
そう。
あのままの(速度なら(。
「申し訳ありませんが、最後引力を少し強めました。あのままでは魔術で合わされてしまいそうだったので」
公子の引力はあれで全開ではなかった。だから強め、引き寄せる速度を上げただけ。
その上、公子の放った爪もまた斥力の力で押し上げているために速度・威力共に上昇している。
故に加奈子の一撃は、公子に至らなかった。
「この状況で防御ではなく攻撃を選んだその勇気に……敬意を」
ゾブ、と液体の滴る音と共に腕が引き抜かれる。
「あ……」
膝から崩れ落ちる加奈子の目に、光はない。
消え行く意識のその一瞬、涙を浮かべながら加奈子が呟いた言葉は、
「おにい……ちゃ……」
最愛の者の名だった。
「……みっ……くん……?」
倒れ伏せた加奈子を、遠くで智子が見ていた。
……いや、見ていることしか出来なかった。
「うあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
獣のように、喉を潰さんばかりに絶叫した。
ただ我武者羅に周囲を見ることもなく、公子に向かって突撃していく。
「よくもッ! よくもぉぉぉぉぉぉ!!」
目を見開き、涙をこぼしながら地を蹴る。
剣を振りかぶり、その首を切り飛ばさなければ気がすまない。それしか考えられなくなるほど、智子は怒りに燃えていた。
だからこそ気付かない。
斥力が消えたということがどういうことなのか。
「!?」
突然、自分の身体が動かなくなったことに智子は瞠目した。
いや違う。これは、
「引力と斥力。これを同時に使えばこうして相手を制止させることも出来るんですよ」
腕の血を振り払い、悠然と公子が近付いてくる。走る必要も急ぐ必要もない、と。そうほのめかす様に。
「くそ、くそぉぉぉ!! 離せ、離せぇぇぇッ!!」
智子は必死に身体を動かそうとするが、決して動きはしない。
無理もない。背後から引力、前面から斥力。下手をすればこのまま押しつぶされかねないほどの重圧が身体に圧し掛かっているのだから。
そうしてもがく智子とは裏腹に、ゆっくりとした歩調の公子は鬼の爪を煌かせて、
「私に出来ることは……せめて苦しまぬように一撃でその命を絶つことだけ」
「そんなことさせてたまるかぁ! 私が……私があんたを殺すんだ! あの子の仇を、私がぁ……!」
ボロボロと零れ落ちる涙。
それは決して恐怖ではない。それは悔しさ。憎い仇が目の前にいるのに何も出来ないという悔しさ。
だがどうしようもない。これが……力の差というもの。
「……さようなら」
「ちくしょぉぉぉ!!」
無情なる魔手が、あっけなくその命を刈り取った。
その戦場は、もはや他所とは別格の様相を見せていた。
誰も近づかない。否、近付けと言われても不可能だろう。
この二人の激突は、既に「一対一」などという次元を超越している。
言うなれば、そう。
化け物VS大軍団。
「……いけ」
アリスの号令一声、雪崩のように白亜の人形が良和へ殺到する。
ただの第一波にして、その数三千。普通一人に対して使う数ではない。殺戮と呼ぶよりむしろ蹂躙だ。
……が、そんな常識がこの鬼に通じるはずもない。
「ふん、無駄なことを」
ベキゴキッ! と良和の鬼の魔手が更に膨れ上がる。見てくれも一層禍々しいものになったが、溢れる魔力もまた尋常じゃない。
「はぁぁぁッ!!」
豪腕一閃。
ただ腕を振るっただけ。それだけの行為で直線状の一切合財が根こそぎ破壊されていく。
「!?」
建物は真っ二つに絶たれ、地が割れ、そして五百に及ぶ人形もまた見る影もなく粉々になった。
「随分と脆いな。まだ本気さえ出してないのにこの程度なんて……怒りも通り越して呆れしか感じない」
「……どれだけ力があろうと関係ないです。どれほどの数を壊されようと、それ以上の数で攻めればいずれ決着は着く」
アリスの言う通りだ。
アリスが現在展開している人形の数は五万。五百など所詮その百分の一。
ならば百回攻撃されるまえに倒しきれば良いだけの話。それこそが数の力なのだ。
「いつまで……持ちこたえられますか?」
白亜の槍騎士が全方位から良和へ群がる。その数千。
その外側から白亜の弓兵が矢を構える。その数も千。
更にその外側から白亜の魔術兵が魔術を詠唱する。その数も千。
そして今度は空に展開した飛行兵たちが急降下を開始する。その数もまた千。
怒涛のような集団攻撃。いや、軍団攻撃。人ではない彼らは同士討ちを恐れない。故に躊躇なく良和一人に突っ込んでいく。
……だが良和は笑っていた。
口元を愉快げに歪め、民家の屋根に立つアリスを見上げる。
「持ちこたえられるか、だって?」
ハッ、と鼻で哂い、
「馬鹿か。全部壊すに決まってるだろう?」
槍兵の群れが一気に突っ込んだ。
良和の姿などその数の前では一瞬で掻き消える。だが次の瞬間、
「ふん!」
禍々しく変貌した腕が二本その山から突き出され、そして大きく振るわれる。
「らぁ!」
コマのように一回転した良和の周囲で、槍兵の人形たちが一瞬で八つ裂きにされた。
だがそんな良和の寸隙を縫うようにして、矢と魔術の一斉射が放たれる。
空を埋め尽くさんばかりの矢と魔術。これを回避するのは空間跳躍でもしない限りは不可能だろう。
しかし、当然良和の選択肢に『回避』などという文字はない。
「オオオォォォォォォォォォォアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
鬼の咆哮。
ただの声と侮ることなかれ。魔獣や神獣の咆哮然り、存在が強固にして絶大な力を持つ生き物の声は時に強烈な武器となる。
良和の周囲に散らばっていた人形の残骸もろとも、全てがその声から逃げるかのように吹っ飛ばされる。
矢も空中で逸れたり折れたりし、魔術もまたその構成を消滅される。
それだけではない。比較的近くにいた弓兵の人形たちもまた、その音に耐え切れず破砕するものが相次いだ。
今度こそはと上空から飛行兵の人形たちがやってくるが、それさえ良和は容易く蹴散らす。
アッパーのように腕を振り上げる。それだけで風が唸りを上げ、まるで竜巻の如く舞い上がりそれら飛行兵たちを撃墜させていった。
「……化け物」
倒されたのはたかだか二千程度の人形だ。現在顕現している人形の数からしてもそれほどの数ではない。
戦争なのだからそれだけの人形を消費することも、まぁあるだろう。
だがこれは戦争ではない。相手は一人。単なる戦いだ。……にも関わらず、二千。しかも良和はまだ傷一つさえ負っていない。
……アリスの心の片隅に、わずかに不安が過ぎる。
このまま戦ったとして本当にあの鬼を打倒することが出来るのだろうか、と。
「――いけない」
慌てて首を横に振る。
人形遣いは使い魔を使役する者とは違う。人形は意思を持たないが故に、その操作は完璧に人形遣いに依存する。
だからこそ人形遣いは常に冷静でなければならない。自意識を持つ人形などであれば話は別だが、アリスの人形は全部違う。
故に不安や恐怖、そういった思考を鈍らせる感情を抱いてはならない。そう訓練されたからこそいまのアリスがある。
常に冷静で、感情を表に出さずコントロールし、高速で情報を分析しそれを行動に移せるだけの思考力を持つ。
それが人形遣い、月城アリスだ。
「考え事かな?」
「!?」
声はすぐ近くから。
気付けば、人形たちの包囲を破って良和がアリスの目の前にまでやってきていた。
「人形遣いにしろ、魔物使いにしろ。統率者を狙うのは定石だ。違うか?」
ニィ、と笑いながら良和の魔手が放たれる。
だが、
「!」
アリスはそれを容易く回避した。
いくら良和が人形遣いだと侮っていたとは言え、並の剣士でさえ見切れぬほどの高速の攻撃だったのだ。そう簡単にかわせるわけがない。
「……なるほど。人形遣いだからこそ、か」
「確かにあなたの言うとおりそれが定石でしょう。……だからこそ、回避能力だけは他の誰より優れてなければならない。
他の人形遣いがどうかは知りませんが……それが私の考える人形遣いです」
屋根から地面へ軽やかに着地したアリスは速やかに後退。回避能力もさることながら、その移動の速さもまた卓越したものだった。
「さすがは六戦将と呼ばれるだけはある……か。人形はともかくこれは殺すのが少し面倒だ」
「あなたに私は殺せません」
「そうかな? でももう手はないんだろう? それとも出し惜しみをしているのかな?」
人ならざる魔手を下ろしながら、良和は嘲笑と共にアリスを見やる。だがそんな挑発にアリスは乗りはしない。
「そうですね。出し惜しみはなしにしましょう。……あなたは強い。だから何も考えずに次で決めることにします」
「へぇ?」
面白そうに口を歪める良和。その前で、アリスは良和の予想外の行動に出る。
「……なに?」
アリスは腕を振るっただけ。しかし良和はそれがどういう行動なのかをすぐに悟った。
が、理解できなかった。
人形が、消えた。
良和の周囲だけではない。各方面で戦っていた全ての人形の気配が全て消えていた。
「……どういうつもりだ? 諦めた……ってわけじゃなさそうだけど」
「言ったはずです。全力で行く、と」
アリスの強い視線が良和を射抜く。
途端、良和は何をされたわけでもないのに構えを取った。
……鬼としての本能が告げているのだ。油断をするな。すれば次は確実に命取りになる、と。
「これで決めます」
アリスが告げた瞬間大地が鳴動し、そして地面を穿って数多の人形が良和に群がってきた。
「今度は下か」
多少虚を突かれはしたが、所詮上か下か程度の違いでしかない。先程の勘は気のせいだったか、と思ったところで、
「……?」
訝しげに眉を傾けた。
地面から湧き出てきた人形たち。それらが一切武器を持っていなかったらだ。
迎撃をしていくが、この人形たちは良和を倒そうという動きがまるで感じられない。……そう、それはまるで良和に近付くことだけが目的のようで。
「!?」
その思考は一瞬で消し飛んだ。
突然頭上に強大な魔力の発現を感じ取ったからだ。慌てて頭上を見上げれば、
「……な、んだ、と?」
空が、真っ白に染まっていた。
夜空を覗く隙間さえないほどの人形が、頭上に展開していたのだ。
数えるのも馬鹿らしい……というより数え切れる数ではない。
それもそのはず。
いま良和の真上に展開された人形の数――実に七十五万。ダ・カーポの総人口に及ぼうかという尋常ならざる数。
アリスが一度に顕現しうる限界数である。
先程の五万の、更に十倍以上。
下手な国であればアリス一人で壊滅できるだろう。それだけの規模。それだけの数。
全能力をトータルで考えれば、間違いなく六戦将で最強であるのが彼女――月城アリスである。
「……はぁ、はぁ……これが、私の全力です」
いくら召喚自体に魔力はほとんど消費しないとはいえ、これだけの数を呼び出せば魔力は枯渇する。
立っていることさえ困難なのだろう。だがアリスは息切れをしながらも良和に絶対の自信たる視線を向け、
「そして……これで終わりです」
それらが一気に良和へ向けて落ちてきた。
「ちぃ……!」
さすがの良和もこれは回避するしかないと考えたがそれを阻むのが、
「さっきの人形たち……!?」
振り払うのは簡単だが、それだけのタイムロスが既に命取りだ。あの軍勢を回避するにはもう時間が足りない。
「おおおおおおおッ!!」
良和が裂帛の気合と共に魔手を振るう。強烈な魔力と暴力によって生み出された竜巻が二本上空へ巻き上がり人形たちを打ち砕く。
だが焼け石に水だ。いかに強力な攻撃と言えど一度に破壊できるのは精々一万から二万。仮に三万としても二本で六万。
……十分の一さえ削れていない。
「まさか……この僕が……人間族相手に……!?」
更に振るうが、無駄だ。全てを破壊するには威力も時間も足りなかった。
「くそぉ……ッ!」
衝突する。
白亜の濁流が良和を飲み込み、建物を破壊し、一気に地面に叩きつける。
そして人形たちが突然爆発をし始めた。
アリスは最初から良和に接触と同時に全ての人形を自爆させるように操作していたのだ。
炎が荒れ狂い、爆発が連続で轟き、魔力の放流が吹き荒ぶ。
止まらない。止まらない。七十万という規模の爆発は、それこそ数十分もの間延々と続いていく。
最後の一体が爆発し終えた頃には、周辺は根こそぎ消失していた。
爆心地はそれこそ地面を大きく抉り、巨大な隕石でも衝突したかのようなクレーターを作り出していた。
「はぁ……はぁ……ふぅ」
終わった。
アリスは力の入らない足を崩し、その場に腰を下ろす。
強大な相手だった。まさか一人を相手に限界数を出すことになるとは思いもしなかった。
「……皆さんは大丈夫でしょうか」
魔力の使いすぎか。意識さえ危うい現状では、気配の感知など出来るはずもない。
しかしまだ戦争は続いている。この場の戦いは終わったが、まだ他では戦いが続いているはずだ。
ならばこんなところで座ってはいられない。自分はダ・カーポ王国の六戦将なのだから。
「……行かないと」
そうして壁を使ってどうにか立ち上がり、踵を返して、
「どこへ行くつもりだ? まだ戦いは終わってないだろう?」
絶望、という言葉がアリスの頭を過ぎった。
「……そ、んな!?」
弾かれるように振り向いた先。爆煙の晴れてきた爆心地の中央に、それを見つけた。
身体中から血を流しながらも、ギラついた目でアリスを見据える――柾木良和の姿を。
「本当に、驚いたよ。まさか僕が人間族(相手に本気(を出すはめ(になるなんて」
よくよく見れば、良和の身の回りになにか赤い煙のようなものが漂っていた。
注視すればわかる。それは決して煙などではない。濃縮された魔力で編みこまれた……鎧だ。
「『鬼の衣』。これが僕の全力だ」
血を吐き捨てながら、良和は淀みのない足取りでやって来る。
「本来鬼とは……いや蜘蛛もそうだが、人の姿をしてはいない。その名の通り、どちらかと言えば魔物などの方が様相は似てる。
けれど人間という種の進化がこの形に落ち着いたように、確かにこの形は身体機能や魔力の巡りなど含めいろいろと都合が良い。
だから現在の魔族もこの形を模す者が多いが……一部を除き、強力な魔族にとってそれはあくまで仮初の姿でしかない」
鬼、蜘蛛がまさにその典型だ。大蛇もこの二種ほどではないにしろ、多少の変化はある。あまり変化らしい変化がないのは吸血鬼や通常魔族などだろう。
「だが僕は他の鬼と違ってこの姿が普通なんだ。そしてその代わりとも呼べるのが……この『鬼の衣』。
構造は至って単純。僕の全力の魔力が身体から漏れ出し、それが漂っているだけに過ぎない。能力でもなんでもない、ただの現象だ。
が、これが僕にとっての鬼の形。鬼の鎧なのさ。硬度は大蛇の八岐クラスと同等で古代魔術の直撃にさえ耐えうるものなんだが……」
苦笑。
「まさかこれの上からでもこれだけのダメージを受けるとは思わなかった。前言撤回しよう。数というのもなかなか侮れない」
けど……、と良和がアリスの目の前で立ち止まる。
「これは撤回しない。絶対的な個はどれだけの数を揃えようと打倒できない、ってことはね」
ゆっくりと魔手が上げられる。
だがそれを見上げるアリスに、もはや回避する余力はない。
「終わりだ人形遣い」
「……!」
振り下ろす。
手加減など一切ない打撃がアリスごと地面を砕き、破壊の楔を打ち下ろした。
「……はは、ははは。……ハハハハハハ!」
濛々と舞い上がる土煙の上。傷だらけの良和は、しかしさも愉快げに哄笑する。
「驚いた。本当に驚いた。……確かに人間族にも強いやつはいる。あの白河の魔女然り、稲葉の妹君然り。……だが」
地面を打ち砕いた手を持ち上げる。その下には無残に潰された死体が……ない。
あるのは、
「ダ・カーポにもこれだけのヤツがいるなんてね」
気絶こそしているものの、確かに息をしているアリスだった。
傷さえほとんどない。あの一瞬でアリスは自分と良和の魔手の間にありったけの人形を敷き詰め、衝撃を相殺したのだ。
とはいえ限界を超えた魔力行使のせいだろう。アリスは完璧に気を失っている。もう一度この腕を振り下ろせば結果は同じことだ。
……だが、
「気が変わったよ、人形遣い」
良和はアリスの身体を掴むと、握り潰すようなこともせずその場に寝かせた。
「お前の能力……気に入った。捕虜にすることにしよう」
クツクツと喉を鳴らし、
「そしていつかその能力を僕のために使うようにさせてやる」
良和の瞳が、爛々と狂気に染まっていた。
あとがき
あい、どもー神無月です。
というわけで公子VS加奈子&智子、良和VSアリスも終了しました〜。
まぁ公子たちの戦いはともかくとして……良和VSアリス。この結末を予想出来た方はいるでしょうかね?w
一番善戦したでしょう。アリス。個人能力であれば現六戦将では叶が最強ですが、トータル面ではアリスがぶっちぎりでトップです。
とはいえ前の六戦将だと個人能力トップは叶ではないわけですが……。
こほん。さて、いよいよ次回は純一たちの到着です。風子VSななこも残ってますけどね。
ことりも登場しますよ。お楽しみに〜。