神魔戦記 第百三十四章

                       「真の強さ」

 

 

 

 

 

 七瀬本家は首都ワンではなく、そこからやや西に離れたオオガ村というところにある。

 オオガ村はアゼナ連峰とスィーバー川に囲まれているため交通に不便で、人の通りは少ないし住民の数もそう多くはない。

 だがその分のどかであり、自然も豊かで好んで住まう者もいる。

 そんなオオガ村の一番奥に、七瀬本家はある。

「ここが、そうか」

「ええ。ここが七瀬本家」

 祐一や留美が見上げる先、『七瀬流剣術』と記された看板がある。

 古くはあるが厳かな雰囲気の門構え。その奥にあるのは、

「道場……か? 五大剣士の技は一子相伝じゃないのか?」

「他の五大剣士はそうらしいけど、七瀬は割とオープンよ。実際父さんは七瀬の実子じゃなく、婿入りだもの。弟子の中で一番強かったらしいけど」

 留美の父親の強さを知っているのか、浩平が何度も頷いて同意する。

「ああ、七瀬のオヤジさんはマジで強いぜ。聖剣は実子しか受け継げないから持ってるのは美和子さんの方だけど、ありゃそれ抜きにしても敵に回したくはないな」

「美和子?」

「あたしの母さんよ。七瀬の血筋。宗主の代の弟子では二番目だったそうだけど」

「聖剣を受け継ぐ場合は所有者と決闘するわけだから美和子さんと戦うことになるんだよな?」

「そうなるわね。……話はここまでにして、行きましょう」

 留美の表情は硬い。

 緊張。……それはあるだろう。留美は七瀬本家から家出当然で出てきたのだから。

 だがそれでも留美は歩を進めた。誰に急かされたわけでもなく、自分の足で。

 祐一と浩平が頷きあい、その後ろについていく。

 浩平も留美の経緯は知っているらしい。一度は浩平にワンの騎士になりたいと言ったこともあったのだと聞いた。

 しかし浩平は頷かなかった。そのまま騎士になってしまったら、留美は『強さ』というものを勘違いしたまま終わるだろう、と。

「ま、でも結果的に良かったとは思うけどな。ワンではなく、祐一に仕えて新国家の設立に立ち会って……それであいつは悟ったんだろうし」

「フッ。なるほど」

「なんだよ?」

「いや、随分気にかけていたんだな、とな」

「……さーて。どうだろうな」

 誤魔化せていない浩平の態度に、後ろでクスリと二葉と名雪が笑う。

「折原王はお優しいですね」

「うへぇ、やめてくれ。そういうのは言われ慣れてないんだ、二葉王女」

「お、王女っ!?」

 素っ頓狂な声をあげる二葉。まぁ正式に祐一の妹になったのだから王女と呼ばれて不思議はない。

 呼ばれ慣れてないことを理解して、敢えてそう呼んだのだろう。ニヤニヤと笑っている浩平を見れば目的は一目瞭然だった。

「や、やめてください折原王! わ、私王女だなんて……!」

「はっはっはっ。この俺に口で挑もうなんてまだ早いぜ二葉王女。せめて相沢王くらい達者じゃないとな」

「あ、また!」

「口が達者、ねぇ……。折原王、それは褒め言葉か?」

「さぁ〜? 受け取り方次第、ってことにしておいてくれ。ほら、行こうぜ」

 さっさと進んでいく浩平に祐一は苦笑。やはり折原浩平という男はどこであろうと折原浩平だった。

「兄さ〜ん……」

「ま、諦めろ。お前が王女なのは事実なんだからな」

「それは……そうですけど……」

「まぁまぁ。ともかく、行こうよ。留美が待ってるよ」

 肩を落とす二葉の肩を叩きつつ名雪が促す。実際留美は既に門前まで向かっているので文句を言うことも出来ず二葉は頷いた。

 祐一たちが留美の背中に追いつく頃には、道場の扉の前までやって来ていた。

 だが留美はすぐに手を掛けない。いや、掛けられないと言った方が正しいか。きっと彼女の頭の中ではいろいろなことが渦巻いているのだろう。

 深呼吸。そうして瞼を開け、

「……行きましょうか」

 一気に戸を引いた。

 立て付けが古いのか、予想以上に大きな音をたててそれは開き、そして道場で剣術を行っている全ての者たちの視線がこちらに集まった。

「……留美か」

 一番先頭の指南役だろう、髭を生やした恰幅の良い男が留美を見て低い声で呟いた。

 彼こそ留美の父親にして現在の七瀬家当主である七瀬稔である。

「勝手に出て行った馬鹿娘が何の用でここに来た?」

 静かだが腹にずっしりと来る重い言葉。怒気などは一切ないのに思わず竦みあがってしまいそうな威圧感は祐一のそれに勝るとも劣らない。

 祐一の威圧感が一種のカリスマ性や先天的なものだとすれば、この男は過去の修羅場や戦闘経験などからくる年の功……あの北川宗采に近いものがある。

 見ただけで相当な手練であることは窺えた。

「受け取りに来たのよ」

 祐一や浩平の横から留美が一歩を踏み出す。その表情に……恐れや怯えは、ない。

「ほう。何を?」

「――聖剣を」

 瞬間、道場がざわついた。七瀬の者が継ぐ聖剣を受け取るというその言葉の意味。それを知っているからだろう。

「静まれいッ!!」

 だがそれも稔の一喝で収まる。静かになった道場の中を男はゆっくりと歩き、留美の目の前にやって来た。

 留美が見上げ、稔が見下ろす。睨み合いは続き、このまま戦いが起こりそうな空気の中で、

「あー! 留美ちゃんだー!」

 横からガーッととんでもない勢いで女性が留美に抱きついてきた。

 あまりに突然のことに踏ん張りが利かず倒れた留美が、その相手を見て驚く。

「か、母さん!?」

「わー、本当に留美ちゃんだ〜!」

 頬を摺り寄せニコニコと笑う眼鏡を掛けた女性。それを留美はいま何て呼んだだろうか?

 これが、母親? 本当に?

 いや、確かに若いように見えるが、母親に見えないかといわれるほど若く見えるわけではない。

 ではなく、この父親や娘と印象があまりにもかけ離れすぎていて信じられないのだ。

「あら。こっちには浩平くんまで。お久しぶりね〜、元気にしてた?」

「ええ。お久しぶりです美和子さん。それにしても相変わらずですね」

「それってまだ若く見えるってこと? やん、もう浩平くんったら上手いんだから〜♪」

「ちょ、ちょっと母さん離れてよ!」

 しかし目の前の会話からこの人物こそ留美の母親であり聖剣『地ノ剣』を受け継ぐ七瀬美和子なのだと理解した。

 思わず祐一、二葉、名雪の三人が互いを見合う。皆思うことは同じだったようだ。

「も〜、留美ちゃん? お母さんは悲しいのです。勝手に家出なんかしちゃうから。でもお母さんは嬉しいです。帰ってきてくれたからー♪」

「違うの! 帰ってきたわけじゃないの!」

「ほぇ? ――あんっ」

 くっ付く美和子を力尽くで押し剥がし、留美は立ち上がると、

「聖剣を受け取りに来たの」

「聖剣を?」

 指を口元に当て考え込むポーズ。そこで留美の着込んでいる軍服の紋章に気付き、祐一たちを見て、手を打った。

「そっか〜。留美ちゃんはいまカノンの軍人さんなのね? だから聖剣が欲しいと?」

「ええ」

「そっかそっか〜」

 うんうん、と一人頷く美和子。だが、次に口を開いたのは美和子ではなくそれまで黙って見ていた稔だった。

「戯けたことを抜かすな、馬鹿娘が。魔族の国に組する娘なぞに聖剣なぞ受け継がせるか」

「……ッ!」

「おおよそ、魔族の傘下に入れば強さを得られるという浅慮だろう? そのようなことで聖剣を継ぎに来るなど言語道断。さっさとかえ――」

 言葉が止まる。場をいっそうの静寂が支配した。……何故なら、留美の剣が稔の首に当てられていたからだ。

 とはいえ稔は顔色一つ変えない。

「……何のつもりだ?」

「あたしが馬鹿だ、ってのは良い。強さを履き違えた愚かな娘だと言い捨てるのも結構。でも――」

 留美の足元に皹が走る。

 魔力の放流。留美の感情の昂ぶりに呼応するように静かに沸き立つそれは――怒り。

「祐一の……あたしたち(、、、、、)の国(、、)を馬鹿にすることは誰であろうと許さないッ!!」

「――」

 その迫力に息を呑んだのは誰だったか。

 かつての留美しか知らぬ者は皆目を見張っていた。

 留美はなんのために『強さ』を望んでいたのか?

 七瀬の家に生まれたプレッシャーからだ。つまり彼女は人一倍他者の視線を気にして、他者からの苦言に耐えられないという意味でもある。

 だが留美はいまこう言った。

 自分のことは構わない、と。

 その上で、別のことに対して留美は激怒した。

「……なるほどねぇ〜」

 沈黙を破ったのは美和子だった。立ち上がり、ポンと肩を叩いて、

「それじゃあ、留美ちゃん。一勝負しよっか? 聖剣を継承できるかどうか。お母さんが見てあげるわよ♪」

 一触即発とも言える張り詰めた空気を根こそぎぶっ壊すような軽い声でそんなことを言ったのだった。

「美和子」

 稔の声にも美和子は笑みを見せるだけ。

「ね、あなた。いまの留美ちゃんなら、大丈夫かもしれないわよ?」

 交錯する視線には何があるのか。夫婦にしかわからないアイコンタクトが数秒。不意に稔が踵を返し、

「……好きにしろ。聖剣の継承権はお前にある」

「そうさせてもらいまーすっ」

 さぁ、と留美の肩をもう一度叩き、

「行きましょうか。継承の際に必ず使われる場所が外にあるのよ」

 ウィンクをした。

 

 

 

 七瀬本家の道場の裏手から歩くこと十五分ほど。

 連れてこられたのはアゼナ連峰が見える、スィーバー川の最上流だった。

「余計な障害物はなく、広大なステージ。七瀬の技は強力だからね、これくらいないと損害が出ちゃうし」

 川のせせらぎが耳に心地良い。美和子もこれから戦う者とは思えないほどの笑顔で背伸びをしていたりする。

 しかし彼女の手には七瀬に伝わる聖剣『地ノ剣』がある。それこそが戦いの証だった。

「さて、いまさら説明する必要もないと思うけど。留美ちゃんが聖剣を受け継ぐためには『地ノ剣』を持つお母さんに勝たなくちゃいけません。良い?」

「わかってる」

「基本的に反則はなし。どんな手を使っても構いません。あ、ただし第三者の介入は厳禁なのでそこんとこよろしく!」

 見物に来ていた浩平や祐一たちが頷く。それを横目に、留美は小さく息を吐いた。

「どう見る? 相沢王」

「どうと言われてもな。俺は美和子という人の実力を知らないし、なんとも言えないさ。……でも」

「でも?」

 祐一は留美を見る。祐一たちからやや離れて稔もこの場にいるが、留美にもう先程までの怒りはなかった。

 激情家であった当初の留美はもう見る影もない。短時間で心を落ち着かせ、戦いに集中しきった戦士の姿がそこにはある。

「でも、留美は間違いなく強くなった。あいつならいけるさ」

「そうか。信頼してるんだな?」

「当然だ」

 祐一は笑みを浮かべ、

「あいつは我が国自慢の騎士だからな」

 ザッ、と地を削る音が響く。

 留美と美和子。二人が距離を取り共に剣を構えた。

「さて……準備はオーケー?」

「ええ。いつでも」

「よ〜し。なら……あなた!」

 美和子が眼鏡を外し、放る。それを稔が受け止めると同時、

「始めッ!!」

 稔の口から開戦の合図が放たれた。

「――いくわよ、留美!」

 美和子の表情が一変する。

 先程まで柔らかい笑顔を浮かべていたのが嘘のように、それは瞬時に戦士の表情となっていた。

 両者、同時に地を蹴る。

「はぁぁぁ!」

「せいっ!」

 正面から切り結び、そのまま二度、三度と剣が舞う。

「剣のスピード、技術はやっぱ美和子さんの方が上だな」

「……でも、力は留美の方が上だよ!」

 浩平の言うとおり一手一手の技術は美和子が上だ。だが名雪の言葉も正しい。速度では負けているが……力は留美の方が強い。

「おぉぉぉ!」

「っ!」

 留美の一撃を受け止めた美和子が思わず足を後ろに運ぶ。

 追撃に横から剣を振るう。だが美和子はそれを跳躍してかわし、身体を回転させて真上から剣を落とす。

「なんの!」

 だが留美は腕を捻り柄でそれを受け止めた。

「柄で!?」

「そこ……だぁぁぁ!」

 柄で受ければ刃は残る。それが狙い。留美は剣を思いっきり振り上げた。

「っと!?」

 しかし美和子は強引に身体を捻ってその一撃を回避し、留美の肩を蹴って大きく後退した。……いや、回避しきれていない。

「あ……」

 ポタリ、と足元に落ちる赤い液体。左肩をさすれば、手にべっとりと血がついていた。どうやらかすっていたようだ。

「美和子。何をしている。本気でやらないか」

「……そうね。留美ちゃんも成長してるみたいだしね」

 それは言外に手を抜かれていた、とも取れる発言だったが、留美は動じない。そんなことは彼女とて最初からわかっていた。

「……わかってても昔はイラついていたもんだけど、本当に成長したんだね」

 留美に聞こえないように呟き、苦笑。そうして美和子はゆっくりと腰を落とす。

「留美。本気で行くわよ」

「宣言しなくても良いわ。あたしはそれを越えるだけだもの」

「そう。なら――行くわよッ!」

 次の瞬間、美和子の姿が消えた。

「!?」

「取った!」

 声は背後から。

「縮地!?」

 二葉の驚きの声が耳を打つ。だが遅い。留美はまだ振り返ってさえいない。振り上げられた剣は、もう落ちるしかなく、留美を両断――、

獅子・爆砕剣!」

「!?」

 しなかった。

 大地を穿つ留美の剣。突然砕かれた足場に体勢を崩す美和子に、留美の振り返りざまの肘打ちが脇腹に命中する。

「ぐっ……!」

「剣だけを使うわけじゃないわよ、母さん!」

 背後からの攻撃に対し足場を崩し相手に肘打ち。そこから派生攻撃。これは訓練で浩一が留美に使った連携攻撃だ。

 ――浩一ならどう動く!? 香里なら……!?

 仲間たちの動きをトレースし、更に裏拳。そして本命の袈裟切り。

 だがさすがに剣だけは打ち払われ、再び縮地で距離を取られてしまう。

 しかし、

 ――いける!

 留美は実感していた。

 ――違う、やるんだ!

 美和子が縮地を出来ることは知らなかった。だがそれでも反応出来たのは、美汐や舞のおかげだ。

 ――美汐の空間跳躍や舞の本気の縮地に比べれば、母さんの縮地はまだ遅い……!

「やるね、なら……!」

 再び縮地。動きは速いが、見えないほどじゃない。連続の縮地でジグザグに留美の周囲を移動する美和子。タイミングを見計らい、

「そこ!」

「嘘!?」

 縮地中の美和子に打突。直撃はしなかったが、再び左手にかすった。

「こ……のぉ!」

 だが美和子とてただでは転ばない。そのまま後ろに下がるのではなく直進。留美の懐に入り込んで斬撃。

 しかしそれもギリギリで留美は受け止めた。

 美和子の剣の技術は確かに自分より高い。だが、

 ――美凪や一弥に比べれば、この程度!

 弾き飛ばし、たたらを踏む美和子に追い討ちをかけようとするが縮地で逃げられる。

 ――祐一や杏と違ってそんなワンパターンで!

「っ!?」

 留美はその行動を読んで剣を横に薙ぐ。切るというよりむしろ美和子が自分から飛び込む形で剣に激突した。

「ぐっ……!?」

 剣の腹で受け止めはしたが動きは止まった。縮地を中断されての停止は、そう簡単には解けない!

 ――時谷のような戦闘予知もない! 亜衣のような目もない! ならこの一撃は届くはず……!

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

 腕に力を、剣に魔力を乗せ、

獅子・爆砕剣 ッ!!」

 振り抜いた。

 無論『地ノ剣』がこの程度で壊せるわけではないが、その威力に美和子の身体が吹っ飛び岩に激突する。

「がはっ!?」

 その間に留美は一足飛びに跳躍し、美和子の真上に躍り出た。

 大きく振りかぶられた剣、その刀身は集約された魔力で真っ赤に染め上がっていた。それを見て美和子が瞠目する。

「そんな……! もう魔力を凝縮しきってるなんて!?」

 ――さくらに、美咲に教わった! 魔力の効率化、高速集約! そしてあゆや真琴と訓練して、あたしはここまで来た……!

 留美にはこれまでの戦いの経験がある。

 祐一たちと共に数多くの戦場を駆け抜け、仲間たちと共に訓練に励んだ日々がある。

 その一つ一つが留美の中で確かな経験として彼女を磨き上げた。

 そしてそんな仲間たちと共にこれからを戦い抜くために、留美はこの戦いに挑んでいる。

「勝つんだ」

 思う。

「勝って、聖剣を継いで、そしてもっと強くなるんだ!」

 想う。

「そして……あたしたちの国を守るんだッ!!」

 負けない。

 自分にはもう背負うものがある。カノン王国の騎士として。是が非でも守りたいと想うモノがある。

 民の平和、仲間たちとの日常、全種族共存の夢、それら全てを。

 想いは力へ昇華する。それが『強さ』だ。

 故に、負けない。

獅子王――」

 否、負けるはずがない……!

「――覇斬けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」

 高速で集約された地の魔力が、七瀬という血と、剣の技によって重力となり打ち下ろされる。

 それはまさしく地の崩壊。聖獣の咆哮。獅子が怒り狂い大地を蹂躙する様そのものだ。

「……!」

 見ている祐一たちでさえ咄嗟に結界で余波を防ぐほどの威力。それは間違いなく過去最高。

 直撃した美和子の安否が気になるところだが……、

「大丈夫、生きてます」

 二葉には見えたのか、確信を持ったように告げた。

 破砕が止み、留美が着地する。そしてゆっくりと土煙が晴れる中……美和子と並ぶようにして立つ稔の姿があった。

 留美の獅子王覇斬剣が炸裂する瞬間、縮地で美和子の横に並んだ稔が美和子と一緒にガードしたのだ。

 美和子一人では耐え切れないと踏んだのだろう。しかし、

「他者の介入は厳禁……。ってことはあたしの勝ちよね?」

 留美の言葉に、両者が剣を下ろす。そして美和子は稔から眼鏡を受け取ると大きく息を吐いた。

「……うん。留美ちゃんの勝ちだね。こんなに強くなってるなんてお母さんびっくりだよ」

 傷だらけで微笑む美和子に、しかし留美は首を振った。

「あたしはまだまだよ。目標のためには、もっと強くならないと」

「目標……か」

 隣に立つ稔が身体ごと向き直り、留美を正面から見据えた。

「留美。今一度問おう」

「……?」

「お前の考える『真の強さ』とはなんだ?」

 それは、以前にも一度問われたこと。あのときは、

『真の強さというものを理解できない貴様に、聖剣を受け継がせるわけにはいかん』

 そう一蹴され、それで頭にきてこの家を出て行ったものだ。

 ……が、いまならハッキリとわかる。そう、自分は確かに何もわかっていなかった。愚かな娘と言われても仕方ないほどに。

「『真の強さ』とは――」

 だから留美ももう一度答えよう。

「――何かを強く想う意思」

 数多くの人に出会い、触れ、戦い、学んだこと。これまで歩んできた道で見つけた、その答えを。

「力は、決して目標にしてはいけないもの。それは目標のために使われる手段でしかないとわきまえること」

「……ふむ。では留美よ。お前の目標とはなんだ? 何のために力を望む?」

「あたしの目標は……」

 不意に留美は視線を反らした。彼女の視線の先には祐一や二葉、名雪たちがいる。

 そんな『仲間』の姿に笑みを浮かべ、向き直った。晴々とした笑顔と、毅然とした態度で。

「あたしの目標は、祐一の目指す『全種族共存国』をあたしたち全員で築き上げること。そしてそれを誰もが認める世界にすること」

 肩部分に刻まれたカノンのエンブレムに手を重ねる。誇るように、誓うように。

「そしてあたしは守る。皆で作っていくこの国を犯そうとする敵から。仲間たちと共に……カノン王国の『騎士』として!」

 それは宣言だった。

 これから先起こるどんな戦いにおいても、この誓いは変わらない。祐一や、仲間たちがいれば決して迷うこともないだろう。

 七瀬留美は騎士である。彼女が望み、願った存在。そして間違いなくいまの彼女の姿は――立派な騎士のそれだった。

 その姿を見て、その言葉を聞いて、稔は表情を崩す。

「……強くなったな、留美」

 笑みの形に。

「さすがは、俺の子だ」

「あ……」

 その言葉に、留美の何かが揺さぶられた。

 初めて。そう、稔に何かを褒められたことは初めてだった気がする。

「先程は君たちにもすまないことをした。ろくに知りもせず悪く言ってしまって」

「いや、こちらとしても慣れていることなのであまり気にしないで欲しい」

 祐一は苦笑。

「そういうものも含め、俺たちは戦っていくって決めたのだから」

「……そうか」

「留美ちゃん」

 美和子が前に立ち、ゆっくりと差し出してくるものがあった。

 七瀬の聖剣『地ノ剣』である。

「おめでとう。これはもう、留美ちゃんのものだよ」

「お母さん……」

「ありがとう、留美ちゃん。立派になってくれて。……お母さん、凄く嬉しいよ」

 受け取る。

 ずっしりと重いその剣を、留美は何度も何度も握り締める。これが夢でないことを確認するように、何度も。

 そして胸に抱き、

「……っ!」

 込み上げてくる何かを必死に堪えようと俯く。けれど、

「留美ちゃん……」

 そっと美和子に抱かれて……もう我慢できなかった。

「……ぅ、ぅう、あ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 美和子の腕の中で、声を出して泣いた。

 いろいろなことが重なって、頭の中がグチャグチャで、もう何も考えられなかった。

 ただボロボロと涙が出た。声が止まらなかった。美和子が優しく背中を撫でてくれるのが、無性に嬉しかった。

 嬉しくても泣けるのだと、留美は初めて知った。

 三分ほど、だろうか。

 留美が泣き止み、そっと美和子の腕から離れる。そして目尻をこすり、顔を上げた。もうそこに涙はない。

「もっと泣いても良いのに〜。泣く我が子をあやすのは親の醍醐味なのよ?」

「やめてよ母さん。仲間も見てるんだから」

「そうね。あ、でもしばらくは会えなくなるわよ?」

「は?」

「ね、あなた?」

 含みのある笑顔で振り返る美和子に、稔が頷く。

「確かにもう教えても良いだろう。いまのお前なら使い方を誤ることもあるまい」

「なんのこと……?」

「留美。七瀬にはな、『獅子王覇斬剣』の上に、もう一つ最終奥義が存在するのだ」

「!」

「『聖剣』も受け継いだ。そして自らの目標に進むお前に、その技は必要ではないか?」

 確かに、それはこれからの戦いで必要になるかもしれない。

 しかし『獅子王覇斬剣』以上の技ともなれば習得にどれだけの時間が掛かるかもわからない。

 シズクまでの戦いにそれほど時間がないいま、はたして間に合うのだろうか……?

「お前はここに残れ、留美」

 そうして迷う留美に、背後から声が掛かった。それは、

「祐一……?」

「お前が俺たちを仲間だと言ってくれるのなら、俺たちを信じろ。大丈夫だ、俺たちは必ず勝つ」

「あぁ。カノンだけじゃない。俺たちワンや他の国の連中もいる。だから心配すんなよ」

 隣にいる浩平も笑って告げた。二葉や名雪も頷きを見せる。 

「……わかった」

 それらを聞いて、留美もまた頷いた。受け取ったばかりの『地ノ剣』を掲げ、誓う。

「あたし、必ずもっと強くなる。だから、だから皆……」

 だから、

「絶対負けないでッ!」

 祐一と名雪が剣を抜く。二葉は弓を、浩平は拳をそれぞれ空に掲げ、

「応ッ!!」

 同じく、誓ったのだった。

 

 

 

 そうして留美をワンに残し、祐一たちはすぐカノンへと戻ることになった。

「悪いな、ろくなもてなしも出来なくて。今度はゆっくり語らえると良いんだが」

 別れ際に浩平にそう言われ、祐一も同感だと告げた。いつかまた時間のあるときに、必ずと約束をして。

 いまはやることがたくさんある。それを果たせば必ずそういう機会も巡るだろう。

 カノンへ帰還する。

 留美に触発されたのか、あるいは琴音の件があったからか。名雪はカノンに戻ってすぐに訓練に戻っていった。

 二葉は祐一の負担を減らしたい、と雑務すると言って去っていった。エアにいた頃は神奈に手伝わされていたようで、少しは出来るのだとか。

 皆が皆、頑張っている。

「俺も頑張らないとな」

 やはり自分も触発されたか、と思い苦笑。というか、あんなものを見せられては誰でもそう思うに違いない。

「さて、シオンと香里に連絡を取って……次はクラナドか。シズクとの戦いにどれだけの兵が参加してくれるかはわからないが……」

「陛下」

 これからの行動を考えている最中、呼び止められる。振り向けば、そこにいたのは隆之だった。

「久瀬か。どうした?」

「我々とはあまり関係のないことなのですが、至急でお耳に入れたいことが」

 隆之の表情を見てそれがただ事でないことを悟り、祐一はすぐさま気持ちを切り替える。

「なんだ?」

「……昨夜王国ウォーターサマーがダ・カーポ王国に宣戦布告をしました」

「なんだと……!?」

 王国ウォーターサマー。そしてダ・カーポ王国。

 サーカス大陸を二分する国家だ。前々から小さな衝突こそ繰り返していたが、表立っての抗争は無かったのに何故今更……。

「隣の大陸でも戦争、か。確かに直接的には関係はないが……輸入している食糧の存在や戦争難民が流れてくる可能性もある。近いうちにそっちも検討しておかないと……」

「いえ、実は続きがあるのです」

「続き?」

 はい、と隆之にしては珍しく躊躇するような素振りを見せ、

「その……今朝方に、王都ダ・カーポが落ちました」

「……なに?」

「わずか数時間で、ダカーポは壊滅したのです」

 そんな信じられない事実を口にした。

 

 

 

 あとがき

 というわけで、どうも神無月です。

 留美レベルアップフラグ終了。次回登場する頃にはより戦士として成長して帰って来ることでしょう。

 さて、いよいよ次回から舞台は一時的にサーカス大陸に移ります。

 しかも神魔史上初の試みである『既に結果のわかっている戦い』です。

 どういう過程でその結果になったのか、誰々はどうなったのか、などを楽しみにしてくだされば本望です。

 さぁ、主人公は彼だ。

 では、また次回に。

 

 

 

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