神魔戦記 第百三十三章

                     「魔族七大名家・姫川」

 

 

 

 

 

 魔族七大名家。

 四大魔貴族を除き、魔族が全盛だった頃に最強と言われていた七つの血筋。

 そのうちの一つに数えられる姫川家。

 戦いを忌避し、故に魔族でありながら魔族に追われる異端の一族。

 そうでありながらなお魔族七大名家に名を連ねるのは、皮肉にも逃亡を続け襲い来る魔族を残らず蹴散らしたからだ。

 保有するのは特殊能力。

 その力は単体で軍勢を相手にすることも可能とされ、対多数戦闘においては同じく魔族七大名家の水瀬に匹敵するとさえ言われている。

 魔族の数が減ったいまもなお、同じ場所に留まることはせず移動を続ける流浪の民。

 

 

 

「……それが、姫川家だ」

 小型空船でワンへ向かっている最中、祐一は同行する留美や二葉に簡単にそう説明した。

「へぇ……そんなのがあたしの知らないうちにワンに住み着いていたなんてね」

 席は向かい合う形で、祐一の隣には二葉、そして留美の隣には名雪が座っていた。

 名雪は同じ魔族七大名家の一人として祐一と同じくらいの知識はあるのだろう。さっきからずっと窓から空を見ている。

「でも、その姫川家って魔族に追われている身なんでしょう? 兄さんや名雪さんが出向いて説得できるものなんですか?」

 二葉の質問に、祐一は嘆息しながら座席にもたれかかる。

「俺も説得できるとは思わないさ。もしかしたら怒りを買って追い返されるかもな」

「なら、無駄足なんじゃ……?」

「そうも言ってられないのさ、現状はな。シズクとの戦いを考えれば戦力は喉から手が出るほど欲しい。

 だから可能性がゼロじゃないのなら、動く価値はあるだろう」

 とは言いつつも、祐一も諦め気味なのだろう。珍しくその声に力はなかった。ようはそれだけ姫川家と他の魔族との溝は深いということだ。

 と、どこか名雪がボーっとしていることに気が付いた。

「どうかしたのか、名雪?」

「そろそろ首都ワンみたいだね」

 名雪の言葉に釣られるように、皆が窓から外を見やる。

 言うとおり、眼下には美しい自然に囲まれた首都ワンが見えていた。

 

 

 

「ようこそ、ワンへ! とは言っても二回目の人もいるか。あっはっはっはっ!」

 首都ワンの王城、その中庭に着地した一行を出迎えたのは浩平の豪快な笑みだった。

 祐一や留美はもう見知った光景だが、初見である二葉と名雪は思わずぽかーんとしている。

 まぁ無理もあるまい。こんな奔放な王なんて普通誰も想像しないだろうから。

「おう、七瀬も来たのか。久しぶりだな〜。とは言え以前会ったのはクラナド攻略戦のときだから、言うほどでもないか。

 で、どうだ? 入りたくても入れなかったワン王城に足を踏み入れた感想は?」

 むっ、と留美の口元が引きつる。ちなみに浩平は決して嫌味で言っているわけではない。ただ彼はストレートなだけだ。

「……あんたはよくもまぁ平気な顔でそう言ってくるわね。吹っ切ったこととはいえ心に来るもんがあるのよ、あたしにも」

「良いじゃないか良いじゃないか。なんだかんだでお前はそうやって目標の騎士になることが出来たんだから。過去のことなんて笑い話にしちまえ」

「あたしはあんたほどすぐに割り切れないのよ」

「難儀だねぇ。それも乙女心ってやつかい?」

「そうよ。悪い?」

「気色悪っ」

「……あ・ん・た・ね〜!」

「はっはっは、ざまぁねぇぶぅ!?」

 ぶっ飛ばしてやろうかと留美が拳を握った瞬間、突如横から湧いた水の波に浩平が押し流され近くの壁に叩きつけられた。

 もちろん茜である。

 皆が呆然とする中、その茜はただ優雅に一礼。

「皆様、我が国の王が失礼しました」

「さ、里村さん……。あなたも相変わらずえげつないわね……」

「さて。なんのことでしょう」

 しれっと答える茜。だが次の瞬間には茜の後ろに浩平が音もなく現れる。ずぶぬれになりつつも彼は茜の肩を組み、

「そうそう。これも俺たちなりのスキンシップってやつだ。な? 茜」

「ええ。ですからご心配には及びません。この程度で死ぬ王なら苦労はしませんから」

 茜の足元から水流が立ち上り、「ぉぉぉぉぉ!?」とか叫びながら浩平が吹っ飛んでいった。

「さぁ、茶番劇はこの辺りにしておいてまずはお食事でもどうぞ。時間はあまりありませんが、せめてそれくらいの御もてなしはさせてください」

 先導するようにさっさと歩いていく茜のその見事なまでの無視っぷりに一同呆然としっぱなしであった。

 

 

 

 それでも浩平は会食には平気な顔で出席していた。

 しかも一番もりもり食っている。

「浩平……。遠慮という言葉を知らないのですか?」

「俺には縁遠い言葉だな。うん」

 やれやれ、と嘆息する茜に皆は苦笑。苦労しているとは聞いたが、これはかなり大変そうだ。

 ともかく、と前置きし祐一はステーキをナイフで切りながら、

「で、結局どうなってるんだ?」

「とりあえず、祐一たちが来る前に俺たちだけで何度か頼みには行ってみたんだが、話を聞いてさえくれなかったぜ」

 まぁそうだろうな、と祐一はステーキを口に運ぶ。なかなか美味しかった。

「ワンに住んでいることはどうして知ってたんだ? あの姫川が手順や申請を守るとは思えないんだが」

「ここの少し南に灯台があるんだよ。そこに姫川の一族は住んでいる。

 ……まぁもう随分古い灯台でいまじゃ使われちゃいないもんだとはいえ、一応不法占拠だからな。報告はあったんだ」

 最初は退去要求をしに行くはずだったのだが、それが姫川家ということで浩平は中止させた。

 浩平も噂程度には姫川家の過去を知っている。故にそのまま放置することに決めたのだ。

「ま、姫川家に限らずうちははぐれの異種族の移住は容認してるからな。確認不足っていう建前が必要なのさ」

「なるほど」

「つっても、カノンと同盟を組んだんだ。これからはそれもおおっぴらに許容していく方向で進めるつもりだが……」

 浩平はやりきれない、という様子で肩を落とす。

「そんな姫川に力を貸してくれ、ってのも虫の良い話だとは思うんだよな。まるで住まわせてやってんだから力を貸せ、って言ってるみたいだし」

 そんな言い分に納得できないのか、憮然とした表情で茜がサラダに手を出す。

「浩平は優しすぎます。住を提供していあげているのですから、そのくらいはさせてもバチは当たりません」

「いや、ほら善意を盾に何かを要求するっていう手口がさ、俺としては納得できないわけよ」

「……浩平の言い分もわかります。が、いまは手段を選んでいる場合ですか?」

「そうなんだけどさ。そんな強要で仲間にしたとして、上手く戦えるか不安じゃないか? 下手したら敵に寝返るかもしれないだろ?」

「それは……」

「どうせ一緒に戦うのなら安心したいだろ? ただでさえ俺は不意打ちには弱いんだからな」

 浩平の言い分は最もだ。それがわかっているから茜もそれ以上口を開きはしない。

 祐一も浩平と同じ考えを持っていた。だからこそカノンを落としたときも兵は残りたい者だけ残させたし、クラナドもそうする方向で進めている。

 確かに戦力は多いに越したことはない。だが、力で押さえつけていてはいずれ爆発するかもしれない。

 土壇場で敵に寝返ったり反抗されるくらいなら、最初から仲間にしない方がよっぽど楽だろう。

「とすると折原王は、姫川に自分の意思でこの戦いに参加して欲しい、と。そう思って俺たちを呼んだわけなんだな?」

「そうなる。……まぁ、相沢王の言葉を聞く限りじゃ望み薄な気がするけど、頼むわ」

 この場でどうにか姫川と話が出来そうなのは同じく魔族七大名家である相沢家出身の祐一と、水瀬家出身の名雪しかいない。

 ……まぁ同じくらいの確率で攻撃されそうでもあるのだが。

「わかった。自信はないが、とりあえず善処はしよう。なぁ、名雪」

 そうして横の名雪に振る。

 だが名雪から返事はない。見てみれば、やはりどこか上の空だ。よく見れば料理にもほとんど手を出していない。

「名雪……?」

「え? あ、うん、なに?」

「……いや、大丈夫か? まだ魔術回路が復調していないとか?」

 小型空船の中にいたときからどこか名雪の様子がおかしい。しかし名雪は笑みのまま首を横に振る。

「ううん、そういうんじゃないから心配しないで。ちょっと考え事をしていただけだから」

「考え事?」

「うん。ちょっと……ね」

 それが何か、までは口にしようとしない。追求すべきことでもなさそうだ、と判断し祐一はそれ以上聞くことは避けた。

「ともあれ、食事を済ませたらすぐに向かおう。時間が惜しいことに変わりはないからな」

「ああ。案内は俺が勤めるぜ」

「折原王自ら?」

「ええ。私より王の方が暇ですから」

 食事を続けながらさらりと言う茜に、浩平は、えーと、と前置きし、

「……あのー、茜? そこはもうちょっとフォローとかさ……」

「ありません」

「そうですか」

 瞬間、ドッと笑いに包まれた。

 

 

 

 首都ワンから南に進むと、ナチュリの灯台がある。

 小高い丘の上にあるかなり古い灯台。建てられたのはまだワン自治領が出来る前のようで、正確にいつ建てられたのかはワンも把握していない。

 数年前にその活動も停止し、しばらく前まで魔物の巣窟になっていたのだが、いまはそこに姫川の一族が住み着いている。

「灯台周囲には侵入探知式の結界、か。もう俺たちが踏み入ったことはばれてるな」

「あぁ」

 その丘に、祐一たちが足を踏み入れる。

 つい先程、微弱な魔力の変化を祐一は感じ取った。侵入阻止や撃退用ではない、あくまで侵入を知らせるための結界が働いたのだ。

 姫川家は魔族に追われていた一族。魔族の血も宿す祐一や、純粋な魔族である名雪がいる時点で問答無用で攻撃される恐れもある。

 祐一は自分の力が決して姫川家に劣っているとは思っていない。彼らの特殊能力は確かに脅威だが、手段を誤らなければそう怖くはない。

 問題は、彼らの領域(、、)に入ってしまった場合だが……、

「兄さん。あそこ、誰か立ってる」

 二葉の言葉に思考を中止し、前を見た。

 丘の上、灯台の麓からややこちら側に一つの人影が確かにある。

 弓兵である二葉はともかく、祐一ではまだ見えない。そのため慎重になりながらもゆっくり歩を進めていく。

 徐々にハッキリしてきたその人影は、少女のそれだった。淡い桃色……いや、白に近い髪と真っ赤な双眸を持つ、儚げな少女。

 だが、悲しげに細められるその瞳は、間違いなく祐一たちに向けられていた。

 足を止める。

 これと言った攻撃もないまま、双方の距離はかなり近付いた。五歩ほど踏み込めばもう剣の間合いだ。

 それでもなお少女は微動だにしない。

 祐一は確認の意味で浩平を見るが、彼は首を横に振る。どうやらこんな展開はいままでなかったようだ。

「初めまして皆さん」

 それまで口を開かなかった少女がゆっくりと頭を下げる。そうして視線を上げ、

「私は現姫川家当主、姫川琴音と言います。……どうぞ、お見知りおきを」

 礼儀正しい反応。だが誰もがすぐに察した。顔を上げた少女の視線に、先程までは感じ取れなかった『敵意』があることを。

「……初めまして姫川琴音。俺は相沢祐一と言う」

「あなたが相沢祐一ですか。噂はかねがね聞いていますよ。……カノンでは随分と活躍しているようで」

 言葉に込められたものは敬意ではない。むしろ……嘲笑。

「温厚で知られた相沢の血筋もいまや一国の王となって民を戦に赴かせる立場ですか。……時代も変わるものですね」

 その言い草に留美が口を挟もうとするが、それを祐一が手で制する。

「……経緯はどうあれ事実だ。否定はしない。だが攻め込まれるのをただ黙って見過ごすわけにはいかない。違うか?」

「ええ、そうですね。その通りでしょう。……なら私がここに立ち塞がった理由、わかってもらえますね?」

「誤解だ。俺たちは攻め込みに来たわけじゃない」

「そうですか。ではそんな相沢の方が我々姫川などにどのような御用事でしょうか?」

「手を貸して欲しい。シズクとの戦いに、君たちの力を――」

「お断りします。どうぞ帰ってください」

 即答。取り付く島もなかった。

 しかし祐一は訝しむ。

 おかしい。姫川という一族はもっと温厚な一族のはずだ。とはいえ中には好戦的な者とているかもしれない。

 だが、この琴音という少女の反応はそういうものでない。敵意の中に込められているもの、それは……明らかな憎悪だ。

 物腰こそ上品だが、どんな言葉も拒絶すると言外に示しつつ、これ以上近寄るなと目が物語っている。

 何かが違う。

 祐一の聞き知っている姫川といまの姫川は、もう何かが変わってしまっている。

 そう思い悩む祐一の横で、前に進み出る者がいた。それは、

「名雪……?」

 何故か名雪は物悲しそうな顔をしていた。その視線はただ前方、琴音に向けられている。

「……琴音」

「名雪さん……久しぶりですね。およそ二年振りでしょうか?」

 祐一たちが驚いたように名雪を見やる。

「名雪、知り合いだったのか?」

「うん……。わたしが旅をしていた頃に、ちょっとあって……」

 名雪はただ辛そうにそう呟く。しかし琴音は反対ににこりと微笑んだ。

「名雪は一族の恩人ですよ。彼女のおかげで一族の命が救われましたからね」

 ……だが、その笑顔はどこか歪だ。それを見て、余計に名雪の表情が翳る。

「……ねぇ、琴音。琴音はまだ――」

「当たり前ですよ、名雪さん。……私が、あのときのことを忘れるだなんてありえません」

 悲痛な笑みだった。事情がまったくわからない祐一たちでさえ、そうとわかるほどの。

 どうやら琴音は過去に何かがあったらしい。そしてそれが彼女の……あるいは彼女たちに憎悪を抱かせている。

 そしてその理由を名雪は知っているようだ。琴音は命の恩人だと言っていた。しかし名雪は顔を俯かせたまま。

 一体何があったのか。

 考えても埒が明かないと思ったのだろう。沈黙を切り開いたのは二葉だった。

「あなたはなんとも思わないんですか? この状況を。シズクはもう誰の敵だとかそういう次元の話じゃない。誰にとっても敵なんですよ?」

「思いませんね。どうぞ勝手に戦って勝手に死んでください。……あなたたちの争いに私たちを巻き込まないで」

「っ……! どれだけの過去があったか知らないけど、そこまで卑屈にならなくても――」

 と二葉が一歩を踏み出した瞬間だ。

「――動くな」

 琴音が告げた瞬間、その動きは止まった。

「なっ……、身体が、動かない!?」

 どれだけ腕や足に力を込めても身体が動かない。

 魔力が感じられない以上、拘束魔術などではない。正体不明の力に身体を縛り付けられ二葉は焦る。だが、

「慌てるな、二葉」

 見れば、祐一は普通に動いていた。いや、祐一だけではない。浩平や名雪も動いている。

「え、どうして……?」

「身体の周囲を魔力で覆え。満遍なくだ。そうすれば動けるようになる」

「魔力で……?」

 実践した瞬間、先程までの拘束が嘘のように消えた。後ろで留美も驚いている。

「兄さん。これは……?」

「姫川家が受け継ぐ能力だ。……『一定空間内意思強制付与』という、な」

「さすがは同じ魔族七大名家。知っていましたか」

 一定空間内意思強制付与。

 この世界で姫川のみが受け継ぐ異能中の異能。その能力は――、

「お帰りください、皆さん。私は……私たち姫川はもう何もしません。したくありません。

 私たちは誰も救わない。誰も信じない。向かって来ない限りは誰も殺さない。……それで良いでしょう? もう放っておいてください」

「そんな悠長なこと言ってられないんだよ。俺たちがシズクに負けたら間違いなくここも戦場になる。そうなったらお前たちも――」

「そうなったらそうなったときに戦いますよ、折原王。ですからどうか、帰ってください」

「あー、もう! どうして手を取り合おう、っていう選択肢はないんだ!」

「手を取り合う……?」

 不意に、表情が崩れた。

 琴音はとんでもなく面白いことを聞いたかのように笑い、

「そんな信用を裏切ってきたのは、どんなときでもあなたたちでしたよ。私たちは、もう私たちしか信じない……!」

 腰から剣を抜き放った。

 平凡な剣に見えるそれはしかし、ただの剣ではない。

「……永遠神剣『第十位・無情』」

「第十位……? それって永遠神剣の最低剣格よね? 能力ももうほとんどないっていう……」

 そう。留美の言うとおり第十位は永遠神剣の最低剣格だ。永遠神剣の能力もたいしたことなく、自身の意思さえほとんど皆無だという。

 そんな剣を取り出してどうするのか。

 だが、琴音の動きはそれで終わらない。今度は左手を中空に掲げる。

 左手には二の腕を覆うようにして巻かれる数珠がある。それは、

「原初の呪具『サウザンド・ビーズ』。能力は……」

 数珠が輝き出し、

「――千は在り方を模す――」

 散った。

 天に輝く満点の星空のように琴音の周囲を走り回る珠の数は千。そして光が集束し、

「なっ……!?」

 そこに、千の永遠神剣『第十位・無情』が出現した。

 原初の呪具『サウザンド・ビーズ』。効力は(まじな)いの通り。

 千は在り方を模す。

 つまり、千の数珠は対象の物体を寸分違わずコピーし、変形するのだ。その能力までも全てを。

 ただし再現限界はさほど高くない。存在概念の高いものはコピー不可。永遠神剣で言えば第八位くらいが限界だろう。神殺しなどはもっての他だ。

 だが琴音にとってそんなことは瑣末な問題。否、むしろ存在概念が低いからこそ有用性があると言うべきか。

「私たちに味方はいない。全てが敵なんです。だから――いなくなれ! ここからッ!」

「琴音ぇ!」

 名雪の声も届かない。琴音の手が宙をなぞる。

 そして、最初に琴音の行動を把握したのはやはり祐一であった。

「ちぃ、皆下がれ!」

 祐一の声に遅れること数秒、

「……いけ!」

 手を振り下ろす琴音の宣言と同時、千の剣が一斉に祐一たちへ降り注いだ。

「!?」

 全員が後ろに跳んで回避する。おそらく祐一の言葉が無ければ、名雪や浩平はともかく留美と二葉は串刺しになっていただろう。だが、

「地面に刺さった剣が、また……!」

 地に突き刺さった剣が、ゆっくりと抜かれ、中空に漂う。まるでそこに見えない誰かがいて、剣を引き抜いたかのように。

 そしてそれはすぐさま剣先を整えると、再び祐一たち目掛け疾駆する。

 剣で弾いても盾で防御しても、その剣の群れはすぐに中空で動きを止め、方向を修正し、再び襲い掛かる。

「どうなってるんですか、これは!?」

「全員下がれ! 距離を取ればこの攻撃も収まる!」

 五人は必死に後ろへ下がる。そしてある距離に差し掛かった瞬間、ピタリと剣の攻撃が止んだ。

「止まった……?」

 眼前で中に浮かんだままの剣を見て、留美が呟く。

 まるでここから先に来れないかのように、とある一線から剣はこちらに向かって来なかった。

「兄さん、これはどういう!?」

「これが姫川家の『一定空間内意思強制付与』の力だ」

 一定空間内意思強制付与。その能力は読んで字の如く、『一定空間内における無意思の物に対し意思を付与し、使役する』というものだ。

 その空間内であれば、服や装飾具、剣、盾、篭手や鎧、果ては土や水、草などどんなものも姫川の下僕……使い魔のような存在になる。

 問題は『無意思』というカテゴライズだ。『非生物』ではない。草や木などの生物であっても意思というものが存在していない……あるいは認知できないほど微かなものは使役可能。逆に永遠神剣や神殺しなど生物ではないが明確な意思が存在するものは使役できない。

 だが、永遠神剣の第十位ともなればその意思の有無はそこらの木や草となんら変わらないレベルである。だからこそ彼女は操れる。

 しかし魔力で覆われた物、あるいは魔術は使役できない。魔力とは個々の意識の具現とも言えるものだからなのかもしれない。

 重要な点はこれら物体が使役者自身が操作しているのではなく、『意思』というものを付与され、ほぼ独立で動いているということ。

 言うなれば精霊憑きのそれに近い。簡略的には命令が可能だが、基本的には自動攻撃・自動防御を行うのである。

 一定空間の尺、意思を付与できる規模・数などは個人能力によって様々だが、琴音のそれは明らかに異常だ。

 祐一たちが取った距離は相当に長く、魔術や弓でなければ到底届かない距離だ。その上、千もの剣を使役しながら琴音には一切疲れている様子がない。

「琴音は、過去の姫川の中でも五指に入るくらいの実力者なんだよ」

 名雪が悲しげに呟く。

「最大使役数は五千。規模も相当。やろうと思えばあの灯台を持ち上げることもできると思うよ」

「……それは、確かに凄いな」

 姫川の能力は、その特性上攻めより防衛に適している。一定領域内であれば絶対的な能力を持つからだ。

 この領域に足を踏み入れるのは、並大抵の力では無理だ。特にバランスタイプの祐一などは、かなりきついだろう。

 とはいえ、浩平や名雪であれば突破は可能だろうし、二葉なら領域外からの遠距離狙撃も可能だろう。

 しかし祐一たちは戦いに来たわけではない。琴音を仲間にするためにここまで来たのだ。

「どうぞ、お帰りください。私からはもう何も言うことはありません」

 琴音の態度は変わらない。近付けば容赦なく串刺しにする、とその目が告げている。

 やはり説得は無理か。誰もがそう諦めかけた中、一人だけ諦めていない者がいた。

 立ち上がったのは、名雪である。

「琴音、お願いわたしたちに力を貸して!」

「……名雪さん。あなたには本当に感謝しています。しかし、だからこそわかってください。私たちはもう誰も信用できないんです」

「だったら!」

 名雪は一瞬躊躇するように唇を噛み、しかしすぐに顔をあげ、

「信じなくても良い。利用すれば良いんだよ!」

 ピクリ、と琴音の肩が揺れた。

「……どういう、ことです?」

「琴音。まだ探してるんでしょ、あの人のこと。だったらわたしたちがあの人を探すよ。二つの国の王さまだもん。琴音が一人で探すよりよっぽど効率は良いと思うよ?」

「……なるほど。つまり取引をしろ、と。そういうことですね?」

「うん。そういう割り切った関係なら、琴音も納得できるんじゃないかな?」

 名雪の顔が物語っている。自分で言っておきながら、かなり不本意なことなのだろう。

 しかしそれでも名雪は手段を問わず琴音を仲間にしようと考えている。それは何故か?

「……良いでしょう。そういうことならこちらにも益はありますし、手を貸しても構いません」

 中空に漂っていた剣が消失し、数珠に戻る。それらはゆっくりと琴音の元に集まっていった。

 急な態度の変化に誰もが追いつけない。ただ、あれほど頑なだった琴音が矛先を下ろすほどにその探し人は重要なのだ、ということだけは理解した。

「折原王。相沢王。名雪の提示した条件でなら、今回だけは協力しても構いません。どうですか?」

「……俺は構わない。それくらいのことはしても良いさ。相沢王は?」

「こっちも問題ない。元々、別件で人探しはしている身でな。そちらに追加するだけだ」

「そうですか。では交渉成立ですね」

「それで? 探して欲しい人ってのは誰なんだ?」

 その後の反応に、名雪を除く誰もが凍りついた。

 これまでの比ではない。圧倒的なまでの憎悪と怒り。禍々しい重圧の中で告げられた名は、

「……芹沢かぐら。魔族七大名家『芹沢』の現当主にして……私たち姫川一族の半数以上を死に追いやった史上最悪の殺戮魔です」

「芹沢!?」

 予想外の名に驚愕する祐一を他所に、琴音は踵を返す。

「……シズクに攻め入るときに声を掛けてください。取引通り、そのときはあなたたちに加勢しましょう。

 それ以外にここに来るときは、芹沢かぐらの発見報告だけでお願いします」

 もう語ることはない、と背中で語りながら姫川琴音は灯台へと戻っていった。

 

 

 

「……名雪」

「ごめん、祐一。きっとあのときのことは、おいそれと言っちゃいけないことのような気がするんだ……」

 名雪は全てを知っている。おそらくそのとき名雪は姫川家と一緒にいたのだろう。

 どういう経緯で共にいて、何が起こったのか。断片的な情報では何もわからない。だが名雪がそう言う以上、この場にいる誰もが追求することはできなかった。

 だから祐一は一言、

「そうか」

 と呟いた。

「でも名雪。一つだけ聞かせてくれ」

「なに……?」

「何故あんな取引紛いの真似を? お前もかなり不本意そうだったが」

「きっかけは何でも良い。琴音にはまた人を信じて欲しいの。言葉で信じてもらえないのなら、態度で示さなくちゃ」

「だから取引、か」

 頷く。

「これで一緒にシズク戦に行くことになった。……あとはそのとき、琴音にわかってもらう。まだ全てを拒絶するほど、人は捨てたもんじゃない、って。

 ……あの頃のような、優しくて、ちょっと泣き虫で、でもとっても綺麗に笑う琴音に戻って欲しいから……」

 決意を込めたように呟く名雪。彼女はよほどあの琴音のことを大事に思っているらしい。

「よし、決めた!」

 それまで黙って聞くだけにつとめていた浩平が突然声をあげると、名雪の肩を励ますように叩いた。

「姫川の件は全部水瀬に任せる! 相沢王、それで良いか?」

「あぁ。異論はない。俺たちが口を挟む問題でもなさそうだ」

「え、え……?」

「だーから、あんたの思うように動いてくれ、ってことさ」

「名雪がどれだけあの子のことを想っているかはわかった。だから名雪、お前の思う限りの行動をしてみると良い」

 浩平が、祐一が笑いながらそう名雪を激励する。見れば二葉も留美も同じような表情で名雪を見つめていた。

 そんな皆を見渡して、名雪は肩を震わせる。目尻をこすり、そして、

「うん、頑張る! ふぁいと、だよ!」

 満面の笑みで、元気に拳を握り締めた。

 

 

 

 あとがき

 というわけで、こんにちは神無月です。

 さて、今回は魔族七大名家の『姫川』に関するお話がメインでした。サブで名雪でしょうか。

 っていうか名雪が祐一と合流するまで旅をしていた、という設定を一体何人が覚えているだろうか(ぁ

 原作の琴音からは随分と性格が捻くれていますが、最後に名雪が言っていた通り昔はああだったんです。ちょっといろいろありすぎただけで。

 名雪と琴音のこれからにもご期待ください。あ、あと名前だけ出た彼女との関係もねw

 さて、次回は留美のお話です。留美のお父さんも登場。

 ではまた!

 

 

 

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