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神魔戦記 第百三十一章
「これからの動き」
「目覚めを告げる。棺よ、開け」
美咲の解呪の詠唱と同時、さくらの身体を覆っていた氷柱が一斉に砕け散った。
響き渡る破砕音の中で、さくらはゆっくりと瞼を開き、
「うにゃ!?」
思いっきり尻から床に激突した。
「あ、あいたーっ! お尻、お尻がー!」
「「「「……」」」」
まぁ空中で封印したのだから地に足がついてなくても仕方ない。封印が解除されて落っこちるのも、当然の成り行きと……言えることは言える。
しかし、なぜだろう。どこか苦笑が浮かんでしまうのは。
「あ、あれ、ここは……?」
「とりあえず、止血をしてしまいますね」
「にゃ?」
封印が解かれたことで切断……というよりは内部から破壊された腕からも出血が始まった。
そんなさくらの横で、柔和な笑みを浮かべたカレハがすぐに傷口の治療を開始する。
だがさくらはカレハのことを知らない。名前を聞けば知っているだろうが、彼女がカレハを見るのは初めてである。
そして同じく見知らぬルミエや郁乃という面々も視線を彷徨わせ、最後に祐一へと向けられた。
「なーんか……随分といろいろあったみたいだね?」
「あぁ。お前が寝ている間にとんでもないことがいろいろ続いたよ」
「そっかそっか。それじゃあ教えてくれる?」
「もちろんだ。少しは俺たちの苦労も知ってもらわなくちゃな」
軽口から始め、祐一はこれまでに起こったことを順に説明していった。
その説明が終わる頃にはカレハの治療も終わり、腕の切断面からの出血は完全に止まっていた。
「――なるほどねぇ~。そりゃあ怒涛の展開だったねー」
開口一番の感想は、大きな溜め息と一緒だった。
「そうだな。改めて喋って聞かせると、体感以上にそう思うよ」
時間にして言えば一ヶ月もない話ではある。だが祐一にとっては一年くらいあったような気がする、それほど濃い時間であった。
「何か質問はあるか?」
「んーん、特にはないかな~。っていうか寝起きみたいにまだ頭がふらふらして考えが纏まらないの。にゃはは」
包帯を巻かれながら、さくらは苦笑する。
無理もないか、と思う。『断絶の六水晶』により生体機能を完全に停止していたのだ。急に活動を再開して多少の障害が出るのは当然だろう。
「そうか。ならしばらくゆっくり休むと良い」
「ん、そうしようかな」
「ちょっと良い?」
と、それまで傍観していた郁乃が言葉を挟んできた。郁乃はさくらの切断された腕を見て、
「ねぇあなた。腕、どうするの?」
「あー……」
言われて初めて気付いた、というようにさくらはもうなくなってしまった右腕を見やった。
治療魔術を用いてもなくなってしまったものは治せない。傷口は修復しても腕が生えてきたりはしない。
だから一番妥当なのは義手を作ることであるのだが……。
と、悩んでいるところに郁乃が思いもよらぬ発言をしてきた。
「なんだったらあたしが呪具で義手作ってあげようか?」
「え、できるのそんなこと?」
「出来るわよ。過去に作ったことあるもの。まぁさすがに手持ちの材料じゃ足りないからトゥ・ハートに来てもらうことにはなるけど」
「呪具かぁー」
呟くさくらの顔はどこか楽しげなものだった。あれは間違いなく何か企んでいる。
「ねね、それって義手としての機能の他にも呪(いって刻める?」
「当然。あたしを誰だと思ってるわけ?」
言った瞬間だ。さくらは残った左手で郁乃の手を掴み、キラキラと輝いた瞳で、
「是非お願いするよ~!」
そりゃあもう嬉しそうに言ったのだった。
「っていうか右手ないのに随分と元気そうですね」
苦笑交じりの美咲の言葉に、誰もが心の中で同意した。
郁乃はさくらと一緒にトゥ・ハートに戻ることになった。
小型空船まで見送りに来たのは祐一と杏のみ。ルミエとカレハ、美咲はそれぞれ戻っていった。
美咲は佐祐理との魔術訓練があるのだという。カレハはエーテルジャンプ装置でエターナル・アセリアに戻ると言っていた。
そしてルミエは、
「戻るわね。渚さんの部屋に取り付けた呪具も点検しなくちゃいけないし」
と、不機嫌さを隠そうとさえせず祐一を一睨みして戻った。
やっぱり俺が悪いんだろうか、と祐一は思うがもう後の祭り。……機会があればとりあえず謝っておこう。
「しかし、とんぼ帰りになってしまったな。出来ることならカノンを満喫してもらいたかったが」
特に郁乃は別大陸が初めてとも言っていたのだから、なおのことそう思う。
しかし郁乃は微笑しつつ首を横に振った。
「別に今度で良いわよ。いまはいろいろと優先させなくちゃいけないこともあるしね」
「そうか。すまないな」
「気にしないで。それにあまり言われると本当にもったいない気がしてくるから」
「はは、そうか」
と、不意に郁乃の視線が祐一からずれ――詳しく言えばその後ろに向けられた。
その反応は、ちょっとした警戒。つまり初見の相手というわけで杏を見ているわけでないことはわかった。
というか数秒前から祐一もこっちに近付いて来ている気配には気付いていた。だからその人物たち(へ振り返り、
「どうしたこんなところに。観鈴、美凪、あゆ」
後ろからやってきていたのは背に純白の翼を生やした神族の三人組だった。
一礼する遠野美凪、手を振る月宮あゆを両側に据え、祐一の妻……つまり王妃たる相沢観鈴がどこか引き締めた表情でやって来た。
「祐くん。また他の国に行くの?」
「ん? あぁ、いや行くには行くがこれには乗らないよ。俺は見送りに来ただけだ」
そこで観鈴たちの視線が郁乃に向けられる。頭を下げてくる観鈴たちに慌てて郁乃も頭を垂らした。
「……ね、あの人は?」
しかし誰かわからない郁乃は隣のさくらに小声で訊ねる。
「あ~、あの金髪の人は相沢観鈴さん。祐一の奥さんだよ。で、その後ろにいるのはあゆちゃんと美凪さん」
しかし本当に美凪さん仲間になったんだびっくりー、なんて呟くさくらの横で郁乃がはっきりとわかるくらい表情を変えていた。
驚いたように一瞬目を見開き、そして値踏みするように観鈴を流し見る。
「へぇ、あの人が……。ふーん」
「どうかしたの? なーんかちょっと顔怖いよ」
しかし郁乃はさくらの質問には答えず身を寄せ、さくらにだけ聞こえるように言った。
「ねぇ、芳野さん。さっきは言わなかったけど、義手作ってあげる代わりに報酬が欲しいの」
「報酬? お金――ってわけじゃなさそうだけど、なに?」
「情報」
え、と首を傾げるさくらに郁乃はこちらを見ていない祐一たちを指差して、
「情報よ。相沢王の周囲に関する情報」
「……なんで?」
なんでそんなことを聞きたがるのか、さくらが訝しく思うのも当然だろう。さくらの頭には一瞬『スパイ』という文字さえ横切った。
「……そ、それは、だから……」
しかしやや顔を紅潮さえ口ごもる郁乃の様子を見てその考えが杞憂であるとすぐに悟った。同時、本当の理由も。
「にゃるほど。そっかそっか、そういうことか~。にゃははー」
「……そういう納得のされ方は気に入らないけど……まぁそういうことだから教えてよね」
「別にボクは構わないけど……」
「何よ?」
「なんていうか……すんごいアグレッシブだね」
さくらは経緯はわからないが、一国の王相手にここまで本気になれるのは凄いと正直に思う。
まぁさくらにとって祐一はあまり『王』と呼べるほどに遠い存在には思えないが、それあくまでさくらの主観である。
普通であれば王が相手だ、というだけで諦める者の方が多いだろう。
だが郁乃は平然と言い返した。
「なに言ってんの。これくらい当然でしょ?」
「当然……?」
「そりゃそうよ。やる前から諦めてたらそれこそそれで終わりじゃない。思い描いた夢や理想はそれで終わらせちゃ駄目よ」
郁乃はわずかに遠い目を見せ、
「……人の一生なんてそれこそ儚い。特にいまは戦時中だからなおさらね。だったらその少ない時間を有意義に使おうとするのは当たり前」
――この人は……。
さくらはその言葉に、一つ確信をした。
小牧郁乃という少女は、過去に生死に関わるような経験があるのだと。
そうでなければ、ここまで重みのある言葉を言えるはずはない。
「相手を重んじるとか、地位や立場だとか、そんなのあたしにとっては単なる逃げなの。
文字通り当たって砕けろよ。駄目なら駄目で構わない。でもやる前からそれを放棄するのはあたしは嫌」
「はっきり言うね」
「そういう性分なのよ。悪い?」
「んーん、ボクはかなり好き」
郁乃が驚いたような表情でさくらを見た。そんな視線にさくらは笑みを返し、
「うん、決めた。ボクは全面的に郁乃ちゃんを応援することにするよ」
「え……?」
「そういう考え、ボク好きだよ~。うんうん。やっぱ人は生きているんだから欲望に忠実じゃないとー! あ、そりゃもちろん常識の範囲内でね?」
「は、はぁ……?」
魔術師とは『探求者』。
特に魔術にその生涯を費やそうと普通に考えているさくらだ。そんな彼女にとって郁乃の考え方はとても共感できるものであった。
別に恋心を隠し相手の幸せを願う行為を駄目だと言うつもりはない。美咲も、あゆも、名雪も。そういう想い方や美学があっても良いだろう。
でも個人的感覚としては断然さくらは郁乃側だった。
思ったら動け。考えたら動け。動かなければ何も手に入らない。『探求者』としてさくらはその傾向が強い。
さくらは何を思ったのかグッと拳を握り、
「よーし、それじゃサクッとトゥ・ハート行ってちゃっちゃか義手作ってもらっちゃおう! それからいくのんのラブラブ作戦開始なのだ~」
「わ、ちょ、いきなり手を引っ張らないでというかいくのんって何っていうかラブラブ作戦ってなんなわけ!?」
「細かいことは気にしない気にしな~い♪ ほーら時間は有限なんだから~サクサク行こうよいくのーん」
「いくのんって言うな!」
唐突にテンションが上がった(いや、元からそれなりに高かったが)さくらに面を食らいながらも郁乃は小型空船まで引きずられていく。
助けを求める意味でも祐一に視線を転じたのだが、何を勘違いしたのか祐一は笑みを浮かべて、
「さくらを頼む。仲良くな」
別にじゃれてるわけじゃないんだけどー!? と思うも言葉にするより先に扉が閉められてしまう。
「れっつごー♪」
「こらー!」
パイロットに勝手に命じ、小型空船は上昇していく。
「あー、もう!」
ろくな別れの言葉も告げられず郁乃はトゥ・ハートに戻ることとあいなった。
郁乃とさくらが乗った小型空船が空の彼方へ消えていく。
なんだかんだで仲良くなったようで何よりだ、と祐一は思う。とはいえさくらを嫌える人間というのもそうそういないとは思うが。
閑話休題。祐一は観鈴たちへと視線を戻した。
「それで? 俺がまた他国に行くことを確認するだけ……ってわけじゃないんだろ?」
わざわざ美凪やあゆを従えているのもそうだし、その観鈴の表情からは何か一種の決意が見えた。
観鈴はきっとその決意を祐一に言いに来たのだろう。
観鈴は呼吸を整えるように短く息を吐くと、毅然とした瞳で祐一を見上げ、言った。
「わたし、エアに行きたい」
祐一はその言葉を反芻するように瞼を閉じ数十秒無言のままでいた。そして目を開け、真摯な態度で問う。
「――それは、なぜ?」
「あのとき。二葉ちゃんと祐くんの間に割り込んだときにわたしの背中から出た翼。……あれって『星の記憶』、なんだよね」
あのときの光景はいまでも鮮明に覚えている。
二葉の放った矢から祐一を庇うように立ち塞がった観鈴の背から突如出現した三対六枚の純白の翼。
あれは神尾家の長女にのみ受け継がれるという『星の記憶』に違いない。
「ってことは、だよ。わたしももしかしたら神奈お姉ちゃんみたいに戦えるかもしれない」
「戦いたいのか?」
「争いは嫌い。できることなら戦いたくもない」
でも、と観鈴は自分のドレスの裾を握り締め、
「――もう、見ているだけじゃ嫌なの。皆が戦っている中で、わたしだけ何も出来ないなんて耐えられない」
観鈴の脳裏に浮かぶのはこの前のエアとの決戦。
あのときの不甲斐なさを思い、顔を上げる。
「相手を打倒する力がなくても良いの。それでも足手纏いにならない程度の、皆を抑えることが出来るくらいの力が欲しい」
だから、と一歩詰め寄って、
「わたしはお姉ちゃんに聞きたい。この『星の記憶』ってなんなのか。どう使えば良いのか。何が出来るのか。
そして……わたしも、皆と一緒に歩んでいきたい。本当の意味で、これからを」
その言葉に嘘も偽りもなく、また真実の想いであることはすぐにわかった。
「問題点がいくつかある」
だからこそ、祐一も真剣にその態度に応える。
「休戦協定を結んだとはいえ、決してエアと同盟を組んだわけじゃない。あくまでまだ敵国のままだ、ということは認識しているんだろうな?」
「うん、わかってる。でもお姉ちゃんは賢い人だから、現状を考えて休戦が崩れるような真似は絶対にしない」
「そうだな。神奈はそうかもしれない。……しかし国民一人一人まではたしてそうかな? 中には襲ってくる者もいるかもしれないぞ?」
「事前に連絡は取る。あと護衛として美凪さんやあゆちゃんについてきてもらうつもり」
神族である二人を選んだのは観鈴なりの配慮なのだろう。休戦状態とはいえ魔族が足を運べばそれだけで諍いになりかねない。
「――そこまでして、知りたいことなんだな?」
「絶対に」
二人とも視線を外さない。自分の思いを真っ直ぐぶつけ、相手の気持ちを真正面から受け止める姿勢を崩さない。
それが何十秒……あるいは何分か経って、
「……そうか」
最初にその姿勢を崩したのは笑みを象った祐一だった。
「お前の気持ちはよくわかった。なら望む通り好きにすると良い」
「あ……」
観鈴はこの行動が悪影響を及ぼす可能性があることを理解した上でなお、この道を進もうと決めている。
仮にこの時点で何も起こらずとも、その道を進む上でいろいろなものを失うかもしれない。一番わかりやすいのは戦場に立って死ぬことだろう。
だがそれさえ観鈴は容認している。それら全て踏まえた上で、決意した上で観鈴は祐一に言葉を放った。
力ある言葉だ。だから祐一は幼馴染として、夫として、国王としてその言葉を信じることにした。
「うん、ありがと! 観鈴ちん頑張るっ!」
浮かんだ観鈴の笑顔は、とびっきり明るいものだった。
それじゃあ早速準備しなくちゃ、と観鈴はすぐさま城内へと戻っていった。あゆも苦笑しつつそれについていく。
だがただ一人その場に残った者がいる。言わずもがな、遠野美凪だ。
「お前は行かないのか?」
「……準備なんてすぐできますから。それより」
と美凪は去っていった観鈴の方向に視線を向け、
「強いですね」
「観鈴は元々心根は強いやつだよ。多分俺や神奈より、な」
「……ええ、羨ましい限りです」
微笑む美凪。
「そして、他にも強くなろうとしている人もいますからね……」
「なに?」
「祐一さん。留美さんの思いに出来るだけ応えてあげてください」
「留美?」
七瀬留美のことだろうか。しかし何故美凪の口から留美の名が出るのだろう。
そう疑問に思っていると、美凪が何かに気付いたように笑みを浮かべた。
「言った傍から来ましたね……」
新たな気配が近付いてくるのを感じる。なるほど、確かにそれはいままさに話題に出た、
「留美か」
「ここにいたのね、祐一」
どうやら祐一を探していたらしい。状況を察するに、美凪の台詞と何かしら関係があるのだろう。
「陛下。では、私はこれで」
と、美凪が腰を折った。
「準備が完了次第、観鈴様を護衛しつつエアに向かいます」
「あぁ、わかった。よろしく頼む」
一礼し、美凪は踵を返す。
やって来る留美と去っていく美凪。その二人は一瞬だけ互いに視線を向け、すれ違いざまに、
「美凪。今度は勝つわよ」
「はい。私もまだ負けません」
交わされる言葉。しかし内容とは裏腹にその口調はどこか穏やかである。
祐一の知らないうちに何かあったようだ。昔美凪を敵視していた留美とは思えない。
いや、と祐一は首を振る。
――あれから三ヶ月。人が変わるには決して短くない時間だな。
考えている間に美凪は消え、留美が祐一の前に立ち恭しく一礼した。
「それで留美。お前は何の用だ?」
「さっき杏に聞いたんだけど」
留美の言葉に祐一は杏を見る。杏は微笑を浮かべたままとりあえず聞け、と目で促していた。
だから視線を戻す。その祐一の瞳を留美は真っ直ぐに見据え、
「ワンに行くんでしょ?」
「ん? あぁ。ちょっとした用事でな」
「ならあたしもワン自治領に連れていって」
そんなことを言ってきた。
祐一はふむ、と頷き、
「ワンに行ってどうするつもりだ?」
「――聖剣を、受け取りに行く」
そういうことか、と祐一は内心苦笑した。美凪の言っていたことはおそらくこのことだろう。
「行ったとして、受け取れるものなのか?」
「認めさせる。今度こそ、あの父親に。……聖剣を継承するために」
以前まで留美の言葉には必ずどこか怒りが込められていた。
力を認められない苛立ち。力を発揮できない苛立ち。力を証明できない苛立ち。
留美が力を目指す根源とも言えたものが、いまの言葉にはまるで感じられなかった。
そう、怒りで言っているのではない。その中に込められた意思は――観鈴と同じものだ。
何かを守るために力を得たい、と。ただ力を欲するのではなく、守るための手段として力を望む。
だから、だろうか。留美の表情はむしろ清々しいものだった。
きっと何かあったのだろう。留美は確実に、良い方向へ変わっていた。
だから結論は簡単だ。
「ああ、良いだろう。一緒に来い。そしてお前の思いをぶつけてやれ」
留美は拳を叩き、気合のこもった声で頷いた。
「了解!」
杏や留美と別れ、祐一は再び雑務に戻る。
書類に目を通し承認の印を押したり、許可できないものは再考要請を出し各所へ戻さなくてはならない。
現在一時的ではあるがエターナル・アセリアから戻ったシオンが各種経費の計算を、そして橙子が倒壊した建築物の修理リーダーになっている。
香里は祐一不在中の代理をしているので忙しさは半端ではないし、怪我人や病人はハリオンやヒミカがなんとかしてくれている。
戦争孤児に関しては『猫の手』のメンバーやルリエンダが動いてくれているし、その他もろもろ含め復旧作業はそこそこ順調に進んではいた。
「とはいえ、まだまだやることはたくさんあるんだけどな……」
祐一は嘆息しつつ自室から廊下へ出た。片付けた書類を各方面に運ぶためだ。
いつもであれば香里や美咲、あるいは有紀寧などに頼むのだが、皆いまは多忙だ。
有紀寧は現在かかりっきりで植物状態になった兄の宮沢和人を看護している。
精神感応の水菜が言うには、意識がはっきりと戻ることはもうないだろう……とのことだったが、それでも有紀寧からすれば最後の肉親だ。そうなるのもある意味仕方ないだろう。当分はこのまま放っておこうと思う。
「今日中に重要案件の書類だけでも終わらせて、明日ワンへ立ち……その後残りの書類を処理しつつ部隊構成案を考えて……はぁ」
思いがけず、溜め息が出た。
これだけの被害の上ですぐに大規模作戦を展開しよう、というのだから当然こうなるのはわかっている。
それにしても休まる時間はほとんどない状況だった。さすがの祐一も少々疲れ気味である。
だから、大きな声で呼ばれるまでまったくその存在に気付かなかった。
「に、兄さんっ!」
「ん?」
そこにいたのは神尾二葉。……いや、相沢二葉だ。
二葉はこの前の事件から、エアを抜けカノンへと移ってきた。
兄妹間の確執も解け、和解した二葉は正式に祐一の妹へと戻り、これまで隠していた相沢の姓に戻ったのだ。
「もう、何度も呼んだのに兄さんってば」
「あぁ、すまない。いろいろと忙しくてな……」
「そりゃあ、わかってるけど……」
拗ねたようにそっぽを向く二葉。その態度は以前とは違い、柔らかなものになっていた。
そう、以前と違う。それは態度だけではなく、
「服を変えたのか。あと髪も下ろしたんだな」
「え、あ、うん。いつまでもエア軍近衛の軍服着てるわけにはいかないから……美咲が用意してくれたの。髪は……気分だけど」
やや恥ずかしそうに視線を外し、二葉は髪先を指で弄る。
「なに、変なの……?」
「そんなことあるか。似合ってる」
「っ……!」
以前の白を基調とした近衛の服もキリッとしていて二葉には似合っていたが、今回のそれは更に似合っている
今回の青と緑を基調とした服は清楚な感じがありながらも二葉のアクティブさも損なわないものだった。さすがは美咲のチョイス、と言うべきか。
また髪を下ろしたのも重なってか、かなり雰囲気が違って見えるのも魅力の一つだろう。
そんな祐一の似合ってる発言を聞いて顔を真っ赤にした二葉は思わず一歩あとずさり、
「ち、ちが……! わ、私そんなこと聞きたくて兄さんに会いに来たんじゃなくてっ!」
「なんかあったのか?」
「え? ……えと、別に何かあったわけじゃないけど」
すると祐一は申し訳なさそうな表情で手を上げる。
「そうか。悪いがまだやることがたくさんあるんだ。ワンにも向かわなくちゃいけないしな。話はまた今度で良いか?」
「ワン? また他の国に行くの?」
「あぁ。いろいろと用件があってな。まぁ二日もあれば終わることだとは思うが……だからまた後でな」
踵を返す。急がねば、と思い、
「む」
軽い抵抗感を感じ祐一は足を止めた。そうして振り返り、
「……えーと、二葉。何をしてるんだ?」
「…………」
二葉は何も言わない。ただ無言で俯いたままギューっと外套の裾を摘むだけだ。
「動けないんだが?」
「……嘘吐き」
「ん?」
「……一緒にいてくれるって……離さないって言ってくれたのに……あれからほとんど話もできない。
兄さんの国に来たのに、兄さんほとんどいないし……。だから、嘘吐き」
「いや、な? 二葉……」
「わかってる! 私が我侭なんだってことくらい! ……でも」
でも、ともう一度囁き、
「……寂しいよ」
聞こえるか聞こえないかという小さな声で、呟いた。
そういえば、と祐一は昔を思い出す。
いまでこそ凛々しい感じではあるが、昔は祐一の後ろを延々と追いかけてくるような甘えん坊だった気がする。
負けず嫌いなくせに泣き虫で、頑固なくせに寂しがり屋。でも弱音を吐くようなことはなく、涙をこぼしながらも無言で祐一の背中から離れなかった。
あれからもう十年。身体も大きくなり、いろいろと変わったように見えたけれど……でも、根本的な部分はやはり祐一の知る二葉のままだ。
「……ふぅ」
祐一は微笑。そして俯く二葉の頭をポンポンと軽く二度叩き、
「それじゃあ、一緒にワンまで行くか?」
「え……?」
顔を上げる二葉。目尻に滲んだ涙を祐一は指で拭いながら微笑む。
「ワンに行くのは決定事項だからな。こればっかりは変えられない。だから一緒に行くか? 王の妹となれば別段おかしくないと思うけどな?」
「良い、の?」
「良いも何も、離してくれないのはそっちだと思うけどな?」
「あ……!」
パッと手を離すが、遅い。二葉も恥ずかしいことをしたと自覚があるのだろう。真っ赤になった顔を両手で隠そうとする。
けれどその手は祐一の腕によって止められた。
「恥ずかしがるくらいなら最初からしなければ良いと、兄は思うぞ?」
祐一らしからぬ悪戯めいた笑み。それに見下ろされた二葉は更に顔を真っ赤にしながらも拗ねたように視線を逸らし、
「うっ……。に、兄さんの……いじわる」
「ほら、そうと決まれば他にも手伝ってくれ。」
「わっ、ちょ、兄さん!」
強引に腕を引っ張られ、祐一の隣に立つ。
にこやかに笑いながら見下ろす兄を見て、むぅ、と二葉は眉を釣り上げた。
「……そう、そうだわ。兄さんは昔からいろいろと意地悪だった気がする」
「そうだったか?」
「そうよ。昔、私が虫が怖いって言ったら兄さんわざわざ持ってくるし……。妹をいじめて楽しい?」
「コミュニケーションだ気にするな。しかし……あー、そんなこともあったな。……いや、でも確かその後神奈に殴られた覚えがあるんだが」
その頃のことを思い出したのだろう、二葉が口元を崩す。
「ええ、そうだったわ。神奈姉さんも虫苦手だったみたいで、顔くしゃくしゃにしながら兄さんに掴みかかったのよね」
「でも観鈴は平気な顔して虫に触ってたな。あいつも悪乗りして神奈に虫を突きつけたりしてたし」
「観鈴姉さんは昔から苦手なものあまりなかったから」
笑い、しかしふとその表情が翳る。
「二葉?」
「……またこうして笑いながら兄さんと昔のことを言い合えるなんて、思いもしなかった」
「そうか? 俺は必ずもう一度、と思ってたぞ?」
「そうね。……私が、一方的に恨んでた」
二葉が自嘲気味に笑みを見せる。
「結局……私ってまだまだ子供なのね。馬鹿みたい」
と、二葉は急に慌て出し、
「あ、べ、別に今更過去を恨んでいたりするわけじゃないの! ただ……ね。兄さんや神奈姉さんや観鈴姉さんやあゆを見てるとね……」
きっと観鈴のあの決意を二葉も知っているのだろう、と祐一は考えた。
実際、観鈴は自分の護衛にと二葉も誘っていた。しかし二葉がそれを断ったのだ。
神奈は認めはしたが、他の者にとって二葉はエア王国の裏切り者である。
元々裏切られた側(として生きてきた二葉だからこそ、裏切り者への憎悪の強さは……本当の意味で理解できる。
今度は自分がその視線を向けられるのかと思うと、恐ろしくてエアに近付こうという気になれなかった。
だがそれでも観鈴は自分の意思のためにその足を止めず、やはり裏切り者扱いされるであろう美凪やあゆも一緒に行くことを拒否しなかった。
そんな彼女たちを見て、二葉は痛感したのだ。
「私は、弱い……」
心が弱い。
だから祐一を憎むことしか出来なかった。
思いに縛られた。思考が拒絶した。あと少しで――大切なモノを自ら壊すことになっていた。
今更ながらに感じるその恐怖に思わず身体を震わせて、
「まったく。変わったように見えて、やっぱりお前は何も変わってないな二葉」
ふわりと。
まるでこちらの身体を温めるように祐一の外套に包まれた。
そしてそのまま身を引かれ、ぽすっと祐一の身体に収まった。
「へ……、へ?」
「昔から怖がりだったからな、お前」
「なっ!? べ、別にそんなことは――!」
「そうだったよ。覚えてないのか? お前、よく母さんや俺のベッドにもぐりこんでただろ?」
「~~~!?」
覚えがあるのだろう。顔を真っ赤にし、二葉は顔を隠すように祐一の外套を引っ張る。
そんな様子に苦笑し、祐一は視線を前へ向けた。
「別に良いじゃないか。怖くたって」
「え……?」
「怖いと思うことは決して弱さじゃない。怖さを感じるということはその痛みや苦しみを理解しているってことだ。
恐怖を知らない者が、人に優しくなどできない。ましてや人を救うことなんて、な。
だからそれで良いんだ。怖いと思ったのなら誰かを頼れば良いんだ。誰かを支えにしたって良いんだ。観鈴だって美凪だって、あゆだってそうだ」
観鈴だって美凪やあゆに頼った。
美凪だってミチルを支えにしているし、あゆは祐一を支えにしている。
「誰だって一人じゃ生きていけない。戦えない」
「……そう、かな」
「そうさ。……まぁ、俺がそれに気付いたのも結構遅めなんだけどな」
苦笑し、二葉の肩を抱く。
「だから怖がることを恐れるな。お前には俺がいる。観鈴や美凪、あゆがいる。お前を慕って一緒に来てくれた部下だっているだろう?
ならお前は戦えるし救えるさ。そのために頑張ろうと思える気持ちがあるのなら、お前はどこへだって進めるはずだ」
「……そっか」
それじゃあ、と二葉は悪戯っぽく笑みを浮かべ、
「私は、兄さんを頼りにするわ。これまで甘えられなかった分、うーんとね」
「……俺も一応王だからなぁ。ほどほどにしてくれると――いたたた!」
服の上から脇腹をつねられた。
「いーや。自分で言った言葉には責任をもってよね、兄さん♪」
「はは……。まぁ善処しよう」
少し軽はずみな言葉だっただろうか、とも一瞬思ったが、まぁいい、とすぐさま祐一は思い直した。
こうして二葉がまた傍にいてくれることを、本当に嬉しく思う。その気持ちに嘘は無いのだから。
「それじゃあ、俺も二葉に頼らせてもらおう。とりあえずは書類を運んでもらおうか」
「結局そうなるんだ。ま、良いけど」
機嫌良さそうに笑う二葉に先ほどまでの暗さはもうない。
それで良い、と思う。少なくともいまはまだ、忙しいながらも笑っていられる時間だ。
本番はこれから。シズクとの決戦が近付けばそんな余裕も消える。
しかしそれを越えてまた再びこうして笑い合えるように、いまは最善の行動をしよう。
まだまだやるべきことはたくさんある。
あとがき
つーことで、こんにちは神無月です。
えー今回もまたお話ばかりでございますが、いろいろとありましたね。はい。
郁乃の話、さくらの話、観鈴の話に留美の話。そして最後に二葉の話。そんなことしてるから容量増えるんだ仕方ないんだよ(自己完結
というわけで郁乃とりあえず退場。当分出番ありません。さくらもね。もうちょっと待って~。強くなるからーw
あぁ、あと二葉……は特に書くことないか。神無月は満足しております(マテ
さて次回はエアでの話。久々に祐一がまったく出てこないお話になります。
明かされる『星の記憶』の能力とは?
ではでは。