神魔戦記 第百二十八章

                       「六ヶ国会談(後編)」

 

 

 

 

 

 整然とした広い室内。トゥ・ハート王国のその会議室に、いま六ヶ国の代表が揃い踏みしている。

 円卓に据えられた席は六つ。そしてその傍らにそれぞれの王、女王らが片腕とする補佐役が立っている。

 カノン王国からは相沢祐一王と補佐として美坂香里。

 エア王国からは神尾神奈女王と補佐として裏葉。

 ワン自治領からは折原浩平王と補佐として里村茜。

 王国ウタワレルモノからはハクオロ皇と補佐としてベナウィ。

 王国コミックパーティーからは立川郁美女王と補佐として牧村南。

 そしてトゥ・ハート王国からは来栖川芹香女王と補佐として来栖川綾香。

 以上、計十二名による首脳会議がここに始まった。

「さて、まず大前提として我々が共通として目標とすること。つまりこの六ヶ国会議の目的を先に明言しておくべきでしょうね」

 口を開くのは来栖川綾香。どうも進行役は彼女が勤めるらしい。

 とはいえそれを誰も咎めたりはしない。来栖川芹香女王が口下手というか人と話すのに適していないのは誰もが知るところである。

 そもそもこの中で芹香と直接面識がない王あるいは女王は祐一だけだ。他の王らはやはり首脳会議かあるいはパーティーで会っており、その特徴は知っている。

 トゥ・ハート王国といえばエアやシャッフルと並び称される大国だ。他の国々とはともかく、こことだけは必ず一度話を通すだろう。

 そして祐一も郁美や浩平からそういう人物であると聞いていたので特に不審には思わなかった。

「キー大陸に大きな被害をもたらしたシズク。これをもう野放しにすることはできない。……これは各国の共通見解と思われます」

 綾香の視線に皆が頷く。

 キー大陸はシズクにより二度も大打撃を受けている。

 一度目は エア・クラナド軍とカノン・ワン軍がワンの国境線上で激突したとき。

 二度目は、カノン・ワン混合軍がエアとクラナドに攻め入ったときだ。

 どちらにせよ戦闘中、横槍を入れられた形だ。混乱は極めて大きく、損害は尋常なものではない。

 リーフ連合にしたって、シズクには相当な痛手を加えられている。

 特にトゥ・ハート王国軍による殲滅戦の失敗……五千近くの魔導人形の損失が大きい。

 つまるところ、リーフ連合がシズクの動きを止め切れなかったのはそれだけ人的被害が大きく動きを抑え切れなかった、というのが一番の理由だ。

 故に被害は等しく甚大で、シズクを放っておくわけにはいかない。

「だからこそ」

 綾香は言った。

「シズクに攻め込みます」

「攻め込む……ってまさか」

「はい。リーフ連合、そしてキー三国。六ヶ国合同でのシズク殲滅作戦です」

 キー側の者たちにざわめきが発生した。対するリーフ側の首脳たちに驚きはない。既に決定事項だったのだろう。

 なるほど、と祐一は内心頷く。

 郁美があのとき敢えて口にしなかったこと。キー大陸を休戦状態にしてまで進めようとするその先。

 つまり、それが答えだ。

 六ヶ国によるシズクへの同時侵攻。リーフが目指すものは、そこにある。

「そのためには、まずキー大陸の各国には休戦協定を取っていただきたいのです」

「まぁ、前提としてはそうなるであろうな」

「……不服そうですね、神奈女王?」

「いやなに。その案に別段反意はない。……ただ」

「ただ?」

「……いや、なんでもない。流してくれ」

 神奈は小さく嘆息し、椅子に背をどかっと預ける。少し苛立っているようだ。

 まぁ、わからないでもない。祐一には――そしておそらく浩平も、神奈が続けようとしていた言葉を理解していた。

 神奈はこう言おうとしたのだろう。

 やり口が気に入らない、と。

 リーフ連合にしろキー大陸各国にしろ、シズクが当面の脅威であることは百も承知である。

 だが、仮にこのシズクの脅威性を知らなければ休戦などという二文字はキー大陸で考えられることもなかっただろう。

 要はそういうことだ。

 リーフ連合は自分たちだけではシズクを打倒できないことを悟った。とすれば、他のどこかに助力を請うしかない。

 だが最も近場でかつ同じくシズクの脅威に晒されているキー大陸は目下抗争中。これでは協力を求むことすら叶わない。

 しかし、シズクがここに攻め入り大打撃を与えたとなれば話は別だ。

 キー各国はシズクの脅威性を身を持って実感したわけだし、ここで救援という形でリーフが介入すれば繋がりができる。

 その上リーフはシズクを追い返し、復旧作業にまで手を貸す徹底振りだ。国を預かる者であるならば、この借りは相当に大きい。

 ここで休戦を拒絶することもできよう。だがそれでは恩を仇で返す所業に他ならない。

 つまり――最初から選択肢など存在はしないのだ。

 そもそも神奈は休戦自体は反対ではない。むしろ祐一たちと戦わずにすみ、それが国の総意でもあるのなら喜んで応じた。

 だが、結果は関係ないのだ。仮に自らの意思と相手の思惑が最終的には同じ場所を目指していたのだとしても、その過程に納得がいかない。

 これは理屈じゃない。王として、女王として準ずる“道”の問題だ。

 ……とはいえ、だ。それも所詮は精神論。騎士道や王道というものはえてしてそういうものである。

 リーフ側からすればキーの戦力は是が非でも欲しいところだったのだろう。だからこれ幸いとばかりに手を貸した。

 手段は間違っていない。思惑はどうあれそのおかげでキーの国々は滅ぼされずにすんだし、死なずにすんだ多くの命がある。

 だからこそ、神奈も口にすることはなかったし、祐一や浩平もその言葉に乗ることはしなかった。

 そしておそらく芹香や郁美、ハクオロもわかっていて知らぬ振りを決め込み話を進めようとしている。

「……ふ」

 だが、あくまで個人的な感想を漏らすのであれば……祐一はむしろ面白かった。

 郁美とは知った仲ではあるが――だからと言って手は抜かず、郁美は一国の女王としてこの場に挑んでいる。

 互いの理想をぶつけ合う。それで当然。国の上に立つ者であれば、第一優先は自国であるべきなのだ。

 昔の姿を知るからこそ……その女王然としている振る舞いは相対する王という立場を抜きにすれば、むしろ誇らしかった。

 だから、と言うわけではないが今度は祐一がその言葉を継ぐ。

「つまり俺たちの取る休戦協定の根底は共通の敵であるシズクを討つためである、と。そういう条件にせよ、ということだな」

「はい。実際シズクの存在を受けた貴国らの国民はおそらくこの休戦協定に反意を覚えることはないでしょう。

 我々リーフ連合は貴国らとは関わりのない中立国として、この休戦協定の見届け役を買う所存です」

 それはそうだろう。あれだけの被害が出たのだ。まず先にシズクを打倒せねば、というのはどの国民とて思うに違いない。

 そこまで考えているだけ、神奈の眉間にも皺が寄る。そんなとこまで生真面目なのは神奈らしいが、祐一からすれば是非もない。

「カノン国としては異論はない。もともとこちらには戦う意思がなかった。エアが矛を収めるというのなら、すぐにでも休戦に応じよう」

「ワンとしても同じだな。俺たちも攻めてきたから戦ったんだ。休戦協定が結べるならそれにこしたことはない」

 む、と神奈が呻く。

 だが争いの発端を考えればこれは当然のことだ。

 カノンもワンも自ら戦いの道を進んだわけではない。あくまでも攻め手を踏んできたのはエアとクラナドなのだ。

 そしてクラナドはもうない。だからエアさえ良しとすれば休戦協定はすぐにでも結ばれる。

 自然、視線が神奈に集まる。神奈はどこか困ったようにその視線を等分に見渡し、そして疲れたように嘆息した。

「余個人の意思で頷けるものではない……と言いたいところではあるが、まぁ我々も休戦をすることに異議はない」

 思わぬ言葉に祐一と浩平が思わず互いを見やった。

「いやなに。エアの貴族たる老人方がな。半数以上この前の戦で死んだのじゃ」

 魔族の力を恐れ事前にシェルターに避難していた者。神族が負けるはずなしと思い揚々と城に留まっていた者。

 差はあれど、その半数以上がシズクの襲撃によって命を落とした。

 そして残った半数の貴族たちは怒りと怯えでシズクの打倒を神奈に訴えてきた。

 そのためならカノンやワンとの休戦も辞さないと言ってくる辺り、相当のものなんだろう。

「……まぁそういうわけでこちらも特に気兼ねはない。何よりシズクが厄介だということは事実じゃからの」

「そうですか。ということは万事丸く収まりましたね」

 微笑む綾香。何故か神奈も祐一も浩平もその笑顔を胡散臭く感じたが、それは正しい反応だ。何故なら郁美やハクオロが変な顔をしている。

 ともかく、用意された書類に目を通し三人の王が署名をしていく。エアとカノン・ワン間に結ばれる休戦協定。

「……」

「あん? どうした相沢王」

「あぁ、いや。ふとな」

 当然なのだが。

「……戦うときはあれほどの葛藤と悩みと決断を要したものなのに、それを止めるときはあまりにあっさりしたものだな……とな」

 もちろんこれが現実的に最良の結果であるとわかってはいるし、復讐心もありはしない。

 散っていった多くの部下や民たち。その者たちを思えばこその決断だが、その死の結果がこんな一筆で終わるというのがなんとも味気ない。

 言葉は悪いが拍子抜け、と言っても良いだろう。

 そんな心境はやはり同じ立場であるからわかるのか、皆の視線が祐一に集まる。だがその中で、

「…………」

 いままで微動だにしなかった芹香女王の口が小さく動いたのだ。

 聞き取れないほど微かな声。しかし魔族としての身体能力も持つ祐一の聴覚はしっかりとその声を聞いていた。

「終わりは……どんな結末にせよあっけないものです」

 さざなみのような声だった。小さいけれど耳に残る、弱々しいけれど美しいと感じる、そんな不思議な声。

「でも……終わりは新たな始まりでもあります。だから……終わりはあっけなく、始まりは忙しい」

 そうして芹香はゆっくりとした動作で顔を上げ、変わらぬ表情で首だけを傾げて、

「……違いますか?」

 そう問うてきた。

 なるほど。確かにそれは道理だろう。始まりと終わりは繋がっていて、ループしている。何かが終われば何かが始まる。

 ならばこれは一種の気の迷い。そう、感傷だ。だとすればそんなものは捨て――いや捨てる必要はない。

「全部抱えて次に進めば良いと……芹香女王はそう言いたいんだな?」

 コクリと頷く。

 なんともポジティブなことだ。その見た目というか雰囲気からは考えられない……とか思ったら失礼になるだろうか。

 だが何より驚いたのは、

「え、相沢王いまの聞こえてたの!?」

 と、敬語を忘れて素で驚いているその妹、綾香の声だった。

「? まぁ確かに小さな声だったが聞こえないほどじゃないぞ」

「「え?」」

「へぇ」「ほぉ」

 反応が四つ。

 前者二つは神奈と浩平。そもそも芹香が喋っていたことにさえ気付かなかったようだ。

 後者二つは郁美とハクオロ。リーフ連合として付き合いの長い二人だ。おそらく芹香の声の小ささはもう慣れているのだろう。それはむしろ聞こえた祐一に対する感心の声だった。

「初めて会って姉さんの声が聞こえた人なんて浩之くらいかと思ってたわ……。世界は広いのねぇ」

 うんうん、と一人頷く綾香。こんなことで世界の広さを実感されるのもどうかと思うが、その前に、

「綾香さん。口調、口調」

「え? あ、やば。……こほん。すいません、取り乱しました」

 隣に立っていた南が小さな声で注意するが、まぁもう遅い。来栖川綾香という少女の素は既に垣間見えていた。

「さ、さて! こうして無事に休戦協定を終えたところで! そろそろ本格的な会議に入りたいと思います」

「本格的な会議?」

「そうです。そもそも我々は何故この場に集まったんですか?」

「あぁ、なるほど。つまり――」

 綾香は厳かに頷き、

「シズク殲滅戦の作戦を練るんです」

 だがすぐに表情を崩し、両手を軽く広げて見せると、

「……とはいえ、既に我々で一応の作戦は考えてあります。まずはそれを聞いて判断してください。――ささら、入ってきて」

「はい」

 ドアが開き一人の少女が入ってきた。

 柔らかそうな白い髪を靡かせてやって来たのは、綾香や芹香よりわずかに年下かと思わせる少女だった。

 服装からして戦士ではない。装備から見れば魔術師に近い気もするが……それは本職ではない気がした。

 理知的な雰囲気と些事も逃さぬというような鋭い視線。どこかクールな印象を受ける、そんな少女だ。

 その少女は芹香の隣、綾香とは反対側に立つと踵を返し、皆に向け理想形の一礼をして口を開いた。

「お初にお目にかかります。私はトゥ・ハート王国軍で軍師を勤めさせていただいております、久寿川ささらと申します。

 これより、私がシズク殲滅戦の作戦を皆さんにご説明させていただきます」

 直後、室内の照明がわずかに落ち、壁に地図が浮かび上がった。

「映写機、というものです。光の力を利用し、映像や静止画をこうして拡大。会議などで見やすくするための魔具です」

 驚くキー国の面々にささらは淡々と説明する。

 リーフ連合の者たちは慣れているのだろう、驚いた素振りはまるでないが……やはりつくづく技術力の差は半端ではないと再認識させられた。

「続けます。いま映っているのは現在のシズク王国のものです。……いえ、もう『王国』と言って良いものかどうかはわかりませんが……」

 既にシズクの国民は全て意思を乗っ取られ、月島拓也の支配下にある。それはもはや王国と呼ぶべきものではないだろう。

「……ともかく。シズク国はリーフ大陸の一つとされていますが、孤島による島国です。つまり攻め入るためにはここに上陸せねばなりません。

 いままで我々がシズク一国相手に苦戦していたのは月島拓也の異能力だけではなく、この地形の問題も大きく関係していました」

 海上からの上陸作戦というのは正直難しい。

 一度に多くの兵を運べないし、何より上陸前に船を撃沈させられたら戦わずして兵を無駄死にさせてしまう。

 そのせいでいままでは大半を魔導人形のみという構成で攻めていたが、それももう限界だ。

「しかし、いまの我々にはエルシオン級空挺が三隻存在します」

 そもそもエルシオン級空挺を作った理由は対シズク国のためのものだ。

 頑丈でそう簡単に撃墜されず、攻撃能力を持ち、かつ一気に兵力を移動できる船。そのスタンスで作られたのがエルシオン級である。

「これを元に、私はこの作戦を立てました」

 映像がズームされ、シズク王国の中央にある巨大な森……腑海林アインナッシュが映し出される。

 ささらは片手を上げて指を順に折っていき、

「まず、部隊を大きく五つに分散します。

 地上戦力で全体の兵力の七割を投入したアルファチーム。

 防御結界の得意な者三名によるベータチーム。

 空中戦力と兵力の残り三割で構成したガンマチーム

 大規模・広範囲魔術が可能な者によるデルタチーム。

 そして最後に、広範囲・対多数戦闘を可能とする者でのイプシロンチームです」

 映像のアインナッシュの周囲に三十六の光点が出現する。

「アルファチームは最低でも三十六の部隊に分断、最低でも兵力千を率いて腑海林アインナッシュを包囲してもらいます」

 最低でも、と連発するようにあくまでそれがボーダーラインなのだろう。

 出来ることならそれ以上の戦力が欲しい。少なくともこれだけなければこの作戦は成功しない、というのがその『最低』だ。

「なるほど。三十六という数字は各部隊にトラブルがあった際に合流や指揮系統の変更がしやすいように、ですか」

「はい。ベナウィさんの言うとおりです。それぞれの部隊は各国から選りすぐりの者を隊長とし作戦開始と同時に侵攻。

 木々を伐採しつつ中央へ進軍します。これをフェイズワンとします」

「ちょっと良いか?」

 手を上げたのは浩平だ。

「なんでしょうか、ワン王」

「なんでわざわざ木を伐採してかないといけないんだ? 一気に中央に攻め入れば良いだろう?」

「ええ、出来ればそうしたいのですが……実はそうもいかないのです」

 首を傾げる浩平に、ささらはやや俯き、

「現在、腑海林アインナッシュの内部……つまり森の中にはほとんどマナが確認されておりません。

 つまり、魔術はおろか魔力を使用した攻撃さえ使用不可能なんです」

「なっ――」

 絶句する浩平。だがそこで茜が一つ頷き、

「森の中はいわば腑海林アインナッシュの腹の中。……マナは全てアインナッシュに吸収されているということですか。しかし以前は……」

「はい。一番最初に貴明さ――こほん、私たちの部隊の一つが潜入したときには魔術は使えたと聞きます。

 おそらく、あの頃はまだアインナッシュも休眠状態だったのでしょう。現状よりアインナッシュは小さかったですし……」

「なるほど。活動期になったためにマナを消費し始めた、と」

「そういうことです。……では続けます」

 腑海林アインナッシュは徐々に大きくなり始めている。

 おそらく拓也がアインナッシュに血を提供しているせいだと思われるが、これだけ大きくなると包囲するには少なくとも三十六は必要だ。

 それ以上は多いに越したことはない。

「兵力は問題ありません。トゥ・ハートだけでも四万、リーフ連合だけでも八万は集められます。

 問題はそれを纏め上げられ、かつ最大戦力として皆を引っ張ることのできる隊長クラスの人数が足りないことです」

 ですが、とささらはキー三国の首脳陣に目を移し、

「これもキーの協力があればなんとかなると思われます。特にカノンは個人戦力は豊富であると聞きますから」

「あまり期待されても困るが、全力で助力はする」

「はい。お願いします」

 続けます、とささらは映像に視線を移す。

 映像の中ではアインナッシュを包囲していた光点が中央へ向かう模様が矢印で表現されていた。

「事前に言っておきますと、これは陽動でもあります」

「陽動?」

 神奈の疑問も最もだ。これだけ大規模な兵力が陽動であるなど、まず考えない。

「はい。おそらく月島拓也はこのアインナッシュのほぼ中央にいると考えられます」

 アインナッシュの特性を考えれば、最も安全なのは中央部であるのは自明の理。確かにそう考えるのが最も無難だろう。

「しかし、木々を伐採しつつ中央まで進軍する、なんていうのは極めて困難です。現実的ではありません。

 それに、私たちはシズクを殲滅する目的とは別に、連れ去られた戦力を取り戻す、という目的も存在します。

 そのためには操られた者たちを殺すことなく足止めし、その上で月島拓也のみを倒さなくてはなりません。とすれば――」

「……そうか。攻め入ったこの最初の部隊で操られた者たちを集め足止めさせるわけじゃな。

 すると戦力はアインナッシュの外円円周上に散らばり、中央ががら空きになる。そこへ――」

「そうです。そこへ他のチームを乗せたエルシオン級を用いて一気に中央を強襲します」

 映像に新たな光点が出現した。巨大な三つの光点。即ちエルシオン級だ。

「操られた者たちがアルファ部隊と戦闘を開始したらフェイズツーへ移行。

 ベータチームの三名はそれぞれのエルシオン級にて大型防御結界を展開、空戦戦力であるガンマチームはエルシオン級の周囲へ展開します」

 その台詞に、わずか香里が首を傾げた。

「その言い分からすると……エルシオン級空挺とは防御面に問題があるのですか?」

「一応、動力から直結した防御結界は存在します。存在しますが、頼れるほど硬いわけでもありません。

 超魔術であれば五発、強力な古代魔術であれば一撃で貫通してしまうようなもので、しかも物理的な攻撃や侵入は防げないのです」

 ただでさえ飛行と攻撃に比率を重視している上、その大きさから防御面が大きくなってしまうため、一点の防御力はそれほどでもないのだ。

 エルシオン級空挺の欠点と言えばまさにそれ。あれだけの大型空挺が存在すれば、トゥ・ハート王国はいつでも他国を制圧できそうなものだが、実際はかなり難しいだろう。

 なんせそんな防御力では、祐一やさくら、神奈や裏葉、澪やことみであれば一撃でエルシオン級を破壊できるのだから。

「だから最も重要なのはベータチームの存在です。トゥ・ハート王国にはそれだけの強固な結界を張れる者がいないため、ここは完璧に他国任せになってしまいますが……」

 それに物理侵入が可能である、というのもネックの一つだろう。

 特に今回のシズクにはエアから奪われた神族兵……つまり空戦戦力も存在する。

 これの迎撃のためにはこちらも空戦戦力が必要だ。そのためのガンマチームである。

「編成は後々行いましょう。いまは続けます」

 映像の中でエルシオン級を示す三つの光点がアインナッシュ中央の直上へ移動する。

「アインナッシュの中央直上に移動したらフェイズスリーとなります。

 ここからエルシオン級の全戦力とデルタチームからの大規模魔術で一斉に中央地点を爆撃します」

 映像が上からの図ではなく横からの図となり、浮いている三つの光点から下に広がるアインナッシュに向かって矢印が向けられた。

「ここでアルファチームと戦っていた者たちが正気に戻れば月島拓也が倒れたということで作戦は終了。

 しかしもし戦闘が続いているようであれば、月島拓也は生きているということですからフェイズフォーへ移行します」

 アインナッシュを表示する絵の中央部分が消えた。

「仮にこの攻撃で月島拓也が生き残っていようと、爆撃により中央部の木々は消し飛んでいるでしょう。

 ここに最後の要、イプシロンチームを投下します」

 それを聞いて得心がいったとばかりにハクオロが頷いた。

「なるほどな。イプシロンチームに広範囲・対多数戦闘の者たちが組み込まれたのは、木々を伐採しつつ中央から外周へ向けて捜索できるようにするためか」

「そうです。兵力の分散や必要な能力の問題上、イプシロンは多くても二十名前後の精鋭部隊になるでしょう。

 そしてこの部隊により月島拓也を直接捜索して――これを撃退します」

 映像が消え、再び室内に照明が戻る。

 そうしてささらは皆を見渡し、毅然とした態度で言い放った。

「作戦概要の説明は以上で終了です。何か疑問点、改善点はありますか?」

 誰も何も言わない。

 いや、誰もが正直驚いていた。

 この作戦、対シズクにおいてケチの付けようもない。

「異論はない。……というより、これ以上の作戦はないだろう」

 トゥ・ハートという大国の中で軍師を務める者なのだからかなりの切れ者だとは思っていたがまさかここまでとは。

「ありがとうございます」

 ささらが綾香を見る。綾香が頷き皆を見て、

「一週間後に再び会議を行います。それまで各国五つのチームに割り振る人員を決定しておいてください。

 作戦決行は二週間後を予定しています」

 いささか急であるような気がしないでもないが、シズクの動向を考えるに早いに越したことはないだろう。

「あ」

 と、綾香が何かを思い出したように手を打ち、

「そういえば、大事なことを一つ確認するのを忘れてました。カノン王、ワン王」

「ん?」

「なんだ?」

「陥落した元クラナド領はどちらの国が管理することになったんですか?」

 思わず祐一と浩平は見合わせた。

 そういえば決めていなかったことを今更思い出したからだ。

 もちろんクラナド領の復旧作業にはカノンやワンも手を貸していたが、自国の損害の調査がてんやわんやでクラナドをどうするかなどすっかり忘れていた。

 クラナドはカノン・ワンの混合軍として落とした国だ。現状ではどちらに属するわけでもない、浮いた存在になっている。

 ならば確かに、どこにとっても早く決めるべきだろう。何よりクラナドに住む者のために。 

「どうする折原王?」

「どうする、つったってなぁ。ワンとしてはカノンに任せたいところだが」

「良いのか?」

「良いというか、俺たちじゃ難しいな。ただでさえ人員が少ないのにクラナドの管理なんかできるわけないだろ?

 地形的にもカノンを挟む形だ。そんな場所管理するのは苦労するし、何より俺たちは領土を増やしたくて戦ってたわけじゃないからなぁ」

 でも、と浩平は笑みを浮かべ、

「その点カノンは優秀な人員が多いし、クラナドと隣接もしてる。領土を統合しても都合が良いと思うけど、どうよ?」

「……まぁ折原王がそう言うのならこちらとしても言うことはない。領土が多いに越したことはないしな」

 確かに浩平の言っていることは正しい。管理するのであれば、カノンの方が都合が良いのは確かだろう。

「では、クラナド領はカノンの領土になる、ということで良いのですか?」

「あぁ、そうなるな」

「ではカノン王。クラナドの戦力はどうします?」

 トゥ・ハート……いや、リーフ側からすれば一番気になるのはそこだろう。

 だが、祐一は既に決めていた。否……カノンを落としたときから祐一の方針は変わっていない。

「全員の意思に任せる。残りたければ残すし、カノンの下では戦えないというのなら離れてもらう。罰則などはもちろんなしでな」

「それはまた……随分と理解のある判断ですね」

「いや、そんなことはないぞ綾香殿。土壇場で裏切られる可能性を考えれば嫌々従ってもらうよりは最初から切り捨てたほうが良い」

「……なるほど。そういう考え方もできますか」

 最初から『従っても良い』くらいの気持ちがある者でなければ、祐一は配下に加えたくない。

 兵力はもちろん大事だが、それよりも祐一は反乱や裏切りなどの危険性がない方が良いと判断する。

 目先の戦力より安全性を取る。後顧の憂いは先に断っておくべき……というのが祐一の王としての道だ

「クラナド軍のことはこちらに任せて欲しい。何人残るかはわからないが……」

「いえ、クラナドを落としたのはカノンとワン軍です。これにわたしたちリーフが口を挟む余地はありませんから」

 本音としては戦力を減らして欲しくはないのだろうが、それを言うほど三国とも常識外れではない。

 だから綾香の言葉に郁美たちもハクオロたちも口を挟まなかった。

「わかった。それじゃあ近々クラナドに渡っていろいろと検討しよう」

「お願いします。その結果を踏まえて部隊編成を頼みます」

「引き受けた」

 綾香が皆を見渡す。

 もう言うことはないか? 何か伝えるべきことはないか? と。

 その視線に誰もが頷く。もうこの場で話し合うことは何もない。

 目標は明確。そのために一時的にとはいえ共闘する誓いも立てた。戦うための作戦もある。

 あと必要なのは、戦果を確実に得るための事前準備と戦意向上だ。故に、

「では……第一回リーフ、キー間首脳会議を終了します」

 綾香は力強い笑みを浮かべ、

「――勝ちましょう。必ず」

 集った者たち全員の意思を代弁したのだった。

 

 

 

 あとがき

 はい、神無月です。

 元々一話で纏めようと思っていただけあってすんなり書きあがりました。おかしいなぁ、容量はそこそこあるのにw

 さて、今回はキー国家間の休戦協定+シズク攻略戦概要。そんでもってちょいとクラナドに触れて、解散でございます。

 とはいえ、次回もまだトゥ・ハート王国内での話しなんですけどね。えぇ。あとちょっと別の話も。

 しかし何より次回の本命は初登場の小牧姉妹でございます!

 ようやく彼女の復活フラグが……w

 ではまた〜。

 

 

 

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