その少女は歌っていた。

 

Sleep,Sleep,My dear children.(眠れ 眠れ 愛しき子らよ)

 

 空中に浮かぶ椅子に座り、ギーコギーコと小さく揺らしながら。

 

The night and the dark need not be feared. Because it is a road that passes without fail.(夜と闇を恐れないで そこはいつか辿る場所)

 

 少女の目の前には複数個の光があった。

 

 それは水晶だ。光り輝く水晶が、やはり彼女の座る椅子同様にふわふわと宙に浮かんでいる。

 

Therefore, will you sleep?(だから眠らない?)

 

 その水晶にはそれぞれにある光景が映りこんでた。

 

 それは戦いの光景だ。

 

I will sing.I will sing the lullaby(私が歌うから 子守唄を歌ってあげるから)

 

 一対二双の鎌を持った少女が、ある少女を突き刺した。

 

 金色の瞳を輝かせた少女が、ある吸血鬼を滅ぼした。

 

 視えざる力を扱う女が、水の龍を使役する少女を破壊した。

 

 自ら蜘蛛になった少女が、主に仕える従順な騎士を叩き潰した。

 

 不敵な笑みを浮かべる少年が、鬼の娘を斬り捨てた。

 

It doesn't worry. Attach to sleep slowly.(だから心配はいらないの ゆっくりと眠りにつきなさい)

 

 数えればキリがない。言い並べてもキリがない。

 

 それはこの世界で起こった無数の戦い、無数の死。各々の想いと目的から行われた闘争の、その結末。

 

 それらを、その少女はただ無感情な瞳に映し込みながら、ただただ歌う。

 

To permanent sleep.Sleep while listening to my song.(永久なる眠りへ…… 私の歌を聴きながら 眠りへと落ちなさい)

 

 キーコ、キーコ。椅子が揺れる。

 

 揺り籠のようなリズム。眠りを誘うような歌の響き。美しい旋律。

 

 そう感じるのは当然のこと。

 

 何故ならば、少女が歌っていたのは子守唄だからだ。

 

 そう、彼女は歌っていた。世界に向けて、こう……、

 

 眠りに付け、と。

 

 

 

 

 

 神魔戦記 第百二十七章

                       「六ヶ国会談(前編)」

 

 

 

 

 

子守唄(ララバイ)とは……随分とあんたらしくないわねん。リーチェ?」

 歌が終わり、少女の動きが止まったところでその声は響いてきた。

 水晶の光が消え、闇に染まった空間から湧き出るようにして一人の少女が現れる。

 ドクロで髪を二つに結い、頬に逆向きの五芒星のタトゥー。露出度の多い服を着込んだ少女だ。

 椅子に座った少女は緩慢な動作で視線を動かし瞬き一つ。そして数秒の間を置いて、

「……あら、慧花」

「相変わらず動きがトロいわね〜、リーチェ」

 リーチェ、と呼ばれた少女はやはりゆっくりとした動作で頭を下げた。その動作に頭に乗せた帽子がわずかに傾く。

 帽子の中央には相対する少女、慧花の刺青同様の逆向きの五芒星が刻まれていた。

 全体的に白を基調とした修道女のような服装に、まるで蝙蝠の羽のように二股にわかれる紫の外套というギャップが印象的な少女だった。

「おはよう慧花。……そういう貴女は相変わらず早起きね」

「あんたが遅すぎなだけだと思うけどん?」

「そんなことはない……と思うわ」

「はいはい。そゆことにしとこか」

 諦めの吐息をこぼしつつ肩を落とす慧花。

「でもこれでまだ覚醒してないのは『蔵』だけになったわねぇ〜。ようやく『ペンタグラム』も本格始動って感じかしら?」

「あの子は……容量を食うから仕方ないわ。どうしたって一度供給が断たれれば休止状態にならざるを得ない。……それより慧花」

 今度はリーチェがビッと指差し、

「私の名前はベアトリーチェよ。……勝手に短縮しないで頂戴」

「えー。なんで〜? あだ名って親愛の表れよん? 同じ『ペンタグラム』の一員なんだから仲良くしましょうよ〜。ねぇ?」

「……名前もしっかりと言えない子は近寄らないで」

 笑って近寄ってくる慧花に向かってリーチェは指を回す。

 すると次の瞬間、慧花がいた場所が風の濁流に飲み込まれ空間ごと抹消された。

 空間ごと、である。その場にあった全てのモノ……マナとて例外なく、一切合財がこの世界から消失した。

 たった指一本の動作で、どのような詠唱も呪文も使うことなく、だ。

 もしこの場に魔術師がいれば自分の見たものが夢だと笑いすぐさま床に伏せて必死に眠ろうとするだろう。。

 常識なんて言葉を蹂躙してもなお足りぬ、それはこの世界におけるまさに『異常』だった。

「うわぉ、危ないなぁ〜もう」

 しかしリーチェを挟み反対側に黒き炎が突然生まれ、その中から無傷の慧花が現れた。

「リーチェー。いっくらアタシでもあんなのマトモに喰らったらひとたまりもないわよん?」

「馬鹿ね……。あの程度の攻撃で消滅するようなら……『ペンタグラム』を名乗れるはずないでしょう?」

「や、そうだけどもー……」

「戯言の応酬はもう良いわ。……首尾は?」

 むぅ、と慧花が動きを止めた。

 声こそ幼き少女のそれだが、込められた威厳は尋常なものではない。

 ペンタグラム。序列T、ベアトリーチェ。

 総勢六名のペンタグラムにおける実質上のリーダーにして最強の存在。

 他のペンタグラムのメンバーからはそもそも“存在理由”からして異なる別格の存在だ。

 実際リーチェの身長は慧花の半分にも満たない、見た目せいぜいが六、七歳という容姿だが、生きてきた年数などとうに忘れるほどの膨大な時を生きてきたのが彼女だ。

 慧花も多くの時を生きてきたが、リーチェからすれば慧花もまだまだ『子供』だろう。

 だが別段その扱いを慧花は不快には思わない。実力にしろ歳にしろ、どのような事柄でさえリーチェの方が上なのだ。

 上の者が下の者を見下すのは当然。そう認識する慧花は、悪ふざけもここまでかと大きく嘆息した。

「んー、ボチボチ?」

「……曖昧な表現ね」

「だって誰も手伝ってくれないんだもーん。あ、なんだったらリーチェが手伝ってくれても……」

「……それ、本気で言っているの?」

「嘘ですごめんなさい」

 いま、この世界ではいろんな連中が暗躍している。

 だが『暗躍』という言葉が表すように、彼ら彼女らは『表』に出ることはまずありえない。

 それは互いを警戒して、ということもありはするが、何より……現状では『表に出ても何も出来ない』と言う方が正しい。

 この世界は未だ完成に至らぬ、途上の(ハコ)

 ……否、より正確に言うのであれば、

「この世界はまだ元通りに(、、、、)なっていない(、、、、、、)からね〜」

「そう……。私の場合、現段階では世界に降りることさえ(、、、、、、、)ままならない(、、、、、、)……」

 だから、とリーチェは慧花を流し見て、

「……事は速やかに、ね。……焦って仕損じるのは論外だけれど、遅すぎてもろくなことにならないのだから」

「うぃーっす」

「わかったらとっとと行きなさい。序列T、『螺旋の神曲』ベアトリーチェが告げるわ」

「え゛!? 休憩なしっすか!?」

「強制で……落とすわよ?」

 いままで無表情だったリーチェが微笑んだ。それだけで慧花は背筋を正し、ビシ! と敬礼して、

「いえっさ! 序列W、『煉獄の落とし子』慧花、観測に行ってきまーす!」

「ええ、お願い」

 最後に大きな溜め息を残し、慧花の姿は漆黒の炎に塗れて消えていった。

 再び空間には静寂のみが去来する。耳に届く音といえば、揺れる椅子の甲高い音だけだ。

 キーコ、キーコ。

 まるで振り子のように一定のリズムを刻むその音を聞きながら、リーチェは右の掌を上へ向けた。

 するとそこに新たな水晶が現れ、また別の映像がそこに浮かび上がる。

 トゥ・ハート王国。その王城の城門前をゆっくり歩く一人の男に映像の焦点は合っていた。

 外套を靡かせ胸を張って歩いていく様はまさに威風堂々。人を束ねる存在だと見るだけでわかる存在感を漲らせるその男は、

「……相沢祐一。鍵の一つ」

 キーコ、キーコ。

 揺れる椅子の背に身体を預け、嘆息交じりに言葉を紡ぐ。

「……未だ完成に至らぬ、という点は世界と同じということ、か。……これは封印というより一種の呪いね。相沢慎也と神尾時子も面倒なことをする。

 二本の桜をどうにか出来ても、魔界孔を御することが出来ても、聖杯を手に入れられても……それだけでは足りない」

 水晶が淡く輝く。その向こうで悠然と歩く祐一を真摯な目でリーチェは見つめ、

「相沢祐一。早くあなた本来の力を取り戻しなさい。そうでなければ……我らペンタグラムの大望は成就しない」

 次の瞬間、そこにリーチェの姿はなかった。

 水晶も全て消えていた。あるのは椅子。虚空に浮かび、未だ揺れ続ける椅子だけだった。

 キーコ、キーコ。

 

 

 

 

 

 

 トゥ・ハート王国。全世界に名を轟かせる技術大国。

 その魔導技術のレベルは他国の数十年分先を進んでいると言われ、実際足を踏み入れた祐一たちも身を持って見聞以上の実感を受けていた。

「街が……賑やかね」

「あぁ。かなり豊かなようだな」

 カノン王国国王相沢祐一。そしてそれに随伴するは聖騎士美坂香里である。

 祐一たちはトゥ・ハートが寄越してきた少数用の小型空船に乗ってここまでやって来た。

 つい三日ほど前のシズクとの乱戦時に扱われた超大型戦術空挺のエルシオン級が使われるのかと思っていたのだが、こんなものまで用意してある辺り随分と用意周到だ。

「技術の進歩で何より難しいとされるのは小型化なのに、トゥ・ハートはよくやるな」

「いえ。そもそもエルシオン級があれほど大きいのは戦術的な意図が多分に含まれており、大きくなくてはならないわけではないそうですよ?

 出力や戦闘装備など一切を省き、あくまで移動用のみに限定するのであれば本来あの程度ですむのだそうです」

 答えたのは、香里ではない。

 声のした方向を振り向けば、そこにいたのは黒い外套を羽織り、桃色の髪を二つに結った見知った少女だった。

「郁美女王か」

「お久しぶりです、祐一兄さん。とはいえ、三日振りくらいですけど」

 にこり、と微笑むは王国コミックパーティーの女王立川郁美。その後ろに随伴している牧村南もまた、笑顔で頭を垂れた。

 その礼を祐一は手を軽く掲げることで制し、苦笑交じりに郁美を見る。

「公共の場では王と呼べ、郁美女王。それは常識だろう?」

「とはいえ、まだ入城もしていません。公の場、とはまだ言えないのではありませんか?」

「……郁美。それは屁理屈というものだぞ」

「クスクス。ほら、祐一兄さんだって私を呼び捨てにしたじゃないですか」

 む、と口ごもる祐一。どうやらしばらく会わないうちに随分と口が上手くなったらしい。

「……そうだ。亜衣はどうしてる?」

 だからというわけではないが、話題を変えた。目下一番心配なことであることに変わりはないのだし。

「ええ。亜衣ちゃんなら順調ですよ」

 郁美は笑みを保ったまま……いや、むしろどこか苦笑の色を浮かべて続ける。

「一応、様子見ということでこちらで預かってはいますが……私たちの訓練に参加するほど元気ですよ」

 実は現在雨宮亜衣は王国コミックパーティーに預けられている。

 シズクとの乱戦が終結してすぐ、祐一は亜衣が腕を潰したという報告を聞いた。

 駆けつけてみたが、その損傷は凄まじく、どう考えても治癒魔術なしで治るような生温い傷ではなかった。

 しかし亜衣は魔術の効かない身。このままでは腕を切り落とすしかない、というところで祐一は一つ助けられるかもしれない方法を思いついた。

 亜衣が魔力を行使できるのは、体内にある魔力を神殺しである『ディトライク』が道となって体外へ出せるためだ。

 ならばその逆。神殺しから治癒魔術を送り込むのはどうだろうか、と考え付いた。

 だが神殺しは所有者以外の操作を受け付けない。となれば、もはや残された道は一つしかなかった。

 それが立川郁美の力を借りること。

 即ち、神殺し所持者による神殺し同士を経由しての直接治癒だ。

 生憎、カノンにいる他の神殺し所持者は治療魔術が使えない。となれば郁美に頼るしかなく、そして郁美もまたこれを快諾してくれた。

 上手くいくかどうかは半々だったが、結果としてそれは成功した。

 ユーノが言っていた通り元々同一のものである神殺しであれば同調は可能だろう、という仮説は正しかったらしい。

 亜衣の腕は完治し、念のためということでいまは王国コミックパーティーにいるのだが……どうやら元気なようだ。

「しかし、未だ協力関係にあるわけでもないうちの国の亜衣を訓練になんか参加させて良いのか?」

「別に構いません。だって亜衣ちゃんは民間協力者扱いでしょう? ならこっちとしても同じ方法を取れますしね」

 亜衣は正確にはカノン軍の人間ではない。屁理屈だと言えばその通りだが、外面さえ整えていれば大抵の融通は通せるだろう。

「なるほど。……手間をかけるな」

「いえいえ。この程度、お安い御用ですよ。……それより、今度はあちらが来たようですね」

「ちーっす。相沢王。元気してたか?」

 今度は逆方向から一組の男女が現れた。

 ワン自治領の王、折原浩平と外交官里村茜である。その茜は何故か疲れた表情を浮かべていたが。

 ……まぁ、なんとなく言いたいことはわかる。

 浩平の歩き方は王のそれを思わせる威風など一切なく、これから散歩に向かいますと言わんばかりの軽やかなものだった。

 このように複数の国の首脳が集まる場、いろいろな意味で出来ることなら威厳を見せて欲しいというのが茜の本音なのだろう。

 だがどのような場でも自分のスタンスを変えないその様がこそ、折原浩平王らしい。そう思うからこそ祐一は苦笑する。

「そういう折原王は相変わらず元気そうだな」

「ま、それが俺の売りだからな」

 そこで浩平は初めて郁美の存在に気付いたようで、にこやかな笑みを浮かべながら手を差し出した。

「どうも。俺はワン自治領の長をしている折原浩平ってんだ。あんたは……王国コミックパーティーの立川郁美女王で間違いないか?」

「ちょ、浩平……!」

 その聞き様によってはあまりにふざけた態度に慌てふためく茜。

 当然だ。このような態度、普通の王族なら例え同じ王であろうとも不愉快に思わないはずがない。

 しかし、

「なるほど。これは噂に違わぬ奔放な方のようで。ともあれ、よろしくお願いしますねワン王」

 郁美は笑みを崩すことなくその握手に応じたのだった。

 やや唖然とする茜の横、祐一が苦笑交じりに近付き、

「郁美とはああいう奴だ。気にするな」

「……しかし、これからもあのような態度を取られては困ります。こちらの寿命が縮みます」

「まぁ、俺はあれが折原王の長所というか特徴だと思うけどな」

「皆が皆、そう思ってくださるのならば良いのですけど……。せめて最低限の礼を尽くすのも王の器量かと」

 確かに茜の言っていることも間違っているとは思わない。が、

「折原王に関してのみ言うならば、あの方が良いと俺は思うぞ。折原王という人間性が一瞬でわかるからな」

「……それで人間性を否定され無用な争いが生まれるかもしれないのに、ですか?」

「そもそも折原王のあの人間性を良しとできない相手じゃ、おべっかを上手く使ったところで長続きはしないさ。

 相手の胸の内を探り合うような建前上の国交では良い国造りはできないと思うがな?」

 茜の言うように無用な争いは避けられるかもしれない。だが、それは真に争いを避けたのではなく、あくまで一時的なものになるだろう。

 そんな些細なことで亀裂が走るような国交ならば、最初から付き合わないほうがよほど得策だと祐一は考える。

 その祐一の意見を聞き、茜は頷く。だが納得をしたわけではなかった。

「相沢王の言っていることはわかります。ですが、それは理想論が過ぎるのではないですか?」

「それはどうでしょう」

 だが答えたのは祐一ではなく、浩平との握手を解いた郁美だった。

「国とはそもそも我らが理想の具現であるべきもののはず。民が思い描き、王がそれを実現すべき数多の理想の集大成。

 であれば、理想論とは即ち正道、王道でしょう。その形は国や王により様々ではありましょうが、理想を捨てた時点でその国に繁栄はない」

 その歳からは考えられぬ荘厳かつ重き言葉。上っ面だけではない、芯の通った説得力がそこにはあった。

 まだ若くとも一国の女王。自らの手腕で国を盛り立ててきた自信と、強き意思が内包されていた。

 だがすぐにその雰囲気は霧散、最初のときのような柔和な笑みを見せ、

「――と、私は思いますけどね。もちろん考え方も人それぞれ。あくまで私個人の意見ですから」

 と、そこで郁美は慌てるように手を振り、

「あ、もちろんあなたの言っていることが間違っていると言っているわけではありませんからね?

 むしろそうやって疑問を投げかけてくれる従者がいてくれるのは上に立つ者からすれば貴重なものですから」

 そんな郁美の態度に、茜は苦笑。そして若干憂いを帯びた表情を見せ、俯いた。

「……そう言ってくださると救われます。私もまだまだですね」

「なーに言ってんだ茜」

 浩平が茜に近付き、その肩を叩く。

「ここにいる誰もが『まだまだ』な存在だよ。なんせ王つったって万能じゃないからな。一人で全てを解決することはできない。

 だから他の人間の意見も聞くし臣下の言葉にも耳を貸す。そして――それでも駄目ならこうして集まって皆で話し合う。

 意見の食い違い、大いに結構。だからこそ新しい道を開拓したり、発見があったり、進むべき道が見えたりするもんだ。なぁ?」

 浩平の言葉に祐一、そして郁美が頷いた。

 現状、一国でどうしようも出来ない状態になっているからこそ、こうして面々はこの場に集まった。

 これから行う話し合いも、いまここで行われた問答も、程度こそ違うが結局は同じこと。そういうことだ。

 なるほど、と茜は理解した。この思考の差が王である者とそうでない者との差なのだろう、と。

 浩平のこともわずか尊敬しなおし、

「あれ? 俺なんかすげー格好良いこと言わなかった!?」

「……はぁ」

 そう思った自分を茜はすぐさま恥じた。

 そんなワンの二人を見て祐一たちは微笑み、

「さて、折原王。馬鹿やってる時間もここまでだな」

「なにおう?」

「ほら、出迎えだ」

 視線で促す先、そこに一人の女性が恭しく立っていた。

「ようこそトゥ・ハート王国へお越しくださいました。カノン王国国王相沢祐一様、ワン自治領王折原浩平様とそのお連れの方々」

 その気配から、その場にいた誰もがその女性の正体をすぐさま看破した。

 人ではない。彼女は魔導人形だ。

「もうお気付きかと思われますが、私は魔導人形のセリオと申します。普段は我が国の王女にして聖騎士、来栖川綾香様に仕えている者です」

 聖騎士、というフレーズにわずかに香里が反応する。

「既にエア王国の神尾神奈様方は来ていらっしゃいます。どうぞこちらへ」

「では、行きましょうか」

 一礼し城へ足を向けるセリオ。そして祐一たちを郁美が促し、六人の代表者たちはトゥ・ハートの城へと足を踏み入れた。

 

 

 

「ようこそ。相沢祐一王、折原浩平王。待ってたわ」

 セリオに通された広い会議室。そこで真っ先に迎えられたのはその言葉だった。

 カノン城やワン城、コミックパーティーの城のどの会議室よりも一回りほど大きい部屋、その中央に存在を誇示するかのように大きな円卓がある。

 扉側から見て直線上、前方に二人の女性がいた。

 一人は座り、一人は立った状態で。しかもどういうわけか、その二人はまったく同じ顔をしていた。

 ――なるほど。

 心中で祐一は頷く。そうして祐一は……立っている方の女性に目を向け、

「貴殿がトゥ・ハート王国の王女にして聖騎士の来栖川綾香殿か」

 その言葉に綾香と断定された女性は口元を釣り上げる。

「へぇ? 何故わたしが来栖川綾香だと?」

「少し考えればわかる。ここはトゥ・ハートの王城だ。とすればトゥ・ハートの代表者が上座に着くのは道理。

 そこでそこに容姿が瓜二つの姉妹。これは来栖川王家の姉妹だと断定できるだろう。

 そして片方が座り、片方が立つ。これだけでどちらが地位的に上かは一目瞭然。

 つまり座っている方が来栖川芹香女王、そして立っている貴殿が――来栖川綾香殿だ。違うか?」

 その返答に満足したかのように綾香は笑みを浮かべ、そして手を叩いた。

「なるほど。さすがは理知にして聡明と名高い相沢王。その観察眼、洞察力……見事ですね」

 口調が変わった。祐一は笑みを濃くし、

「褒めの言葉は受け取っておこう。いまのは試し、と解釈して良いのかな?」

「すいません。独断でこのようなことを行いました。お機嫌を悪くされましたか?」

「別にこの程度気にしないさ。そちらとしてもこちらの判断材料は多いに越したことはないだろうしな」

 返答にますます綾香の笑みが深くなった。そうしてから恭しく会釈をし、

「陛下の御心に感謝します。……では、早速本題に入りましょう。皆様方、席へどうぞ」

 促され祐一たちもそれぞれ席へと移動する。

 席は全部で六つ。うち、三つは既に埋まっていた。

 一つには来栖川芹香と、その隣にいま問答をした来栖川綾香が立っている。

 もう一つには、王国ウタワレルモノのハクオロ皇。隣には随伴者のベナウィ。

 残りの一つにはエア王国の神尾神奈女王。そして随伴として裏葉。

 祐一はその神奈の隣に座り込んだ。

 その行動に、それまで目を閉じ腕を組んで瞑想の体を見せていた神奈がわずかに片目だけを開けて祐一を見やる。

「……わざわざそこを選ぶあたり、お主も随分と意地悪じゃのう」

「さて、なんのことだか?」

「ふん。わかっていてとぼけることこそその証拠じゃ」

 ぷい、っと顔を背ける神奈に祐一は苦笑。

 後ろに仕えている裏葉がどの程度こちらの都合を知っているかはわからないが、まったく知らなければ神奈もこのような態度は見せまい。

 少なくとも、祐一との関係は知っているのだろう。神奈の様子に微笑を浮かべ、その表情のままに祐一に軽く一礼を向けてきた。

 どうやら魔族に対する敵愾心、というものはないようだ。祐一も軽く頷くことで礼を返す。

「よっこいせ」

 祐一の隣に浩平が座る。そして祐一の対面に郁美が座り、全ての準備が整った。

 それを見渡し、粛々とした声で綾香が宣言する。

「では……これより、リーフ連合とキー三国による首脳会談を始めたいと思います」

 

 

 

 あとがき

 はい、どーもー神無月です。

 さぁさぁさぁ、およそ一ヵ月半振りの神魔! いよいよ『三大陸編』の開幕です!

 当初は一本で纏める予定だったんですが、脇道に入りまくって結局前後編に分断することに。

 いや、折角こんな曲者揃いなんだからこう、会談とは別に個々の対話なんかも書きたいなー、と思ってたら軽く量が倍近くにー。

 でもここまで神魔を読んでくださっている皆さんならわかってくださると信じている!(ぉ

 ……あ、というか先に冒頭の説明をすべきだったか。

 はい、『ペンタグラム』の二人目が登場しました。名をベアトリーチェ。『ペンタグラム』の六人のリーダーさんです。オリキャラです。

 さぁ、察しの良い方はもうわかっていると思いますが。

 そう。『ペンタグラム』六人は全員オリキャラにより構成されております。敵です。敵オリキャラです。

 いずれ殺し殺されするオリキャラ。わくわくしますね?(マテ

 まぁそれはともかく。ちらほらと伏線だったり気になるキーワードを交えつつ、再び『ペンタグラム』の方々はしばらくはご退場〜。

 次回からしばらくは戦闘なしのお話が続きます(間章はその限りじゃないけども!)。

 では、これからの『三大陸編』をご期待くださいね!

 

 

 

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