神魔戦記 第百二十五章

                          「反転」

 

 

 

 

 

「なぁ」

 青年は問うた。

「結局あいつはこんなことをしたその先に、何を望んでるんだろうな」

 隣にいる少女はしばらく無言を貫き、そして不意に青年を見上げ、

「……わからない。でも……いまは見届けよう」

「……まぁ、それしかないのはわかってるけどさ」

 青年は嘆息する。

「確かめるためとはいえ、見てるだけってのは歯痒いよ僕は」

「……うん。そうだね」

 少女は頷き、視線を前に戻す。

 見えるのは火。聞こえるのは叫び。在るものは地獄絵図。

 青年と少女はただ見続ける。

 その、惨状を。

 

 

 

 それは、あまりに唐突だった。

「「なっ――!?」」

 エアで戦闘を繰り広げていた両陣営に突如シズクの兵と思われる連中が襲い掛かってきたのだ。

「馬鹿な!?」

「どこから……!?」

 無表情、無表情、無表情。

 ここ最近でキー四国の誰もが見慣れてしまった、精神感応に乗っ取られた人の顔があちこちにいた。

 いつの間に? どこから?

「ぐあぁぁぁぁ?!」

「くそ、なんなんだこれ――ぎゃぁぁぁ!!」

「おい! 畜生……!」

「おいお前、後ろ!」

「え――がああああ!?」

 だがそんな疑問を考える暇さえ与えないとばかりに、その無表情の群れは浮き足立つエア兵を蹴散らし、突然の出来事に反応しきれていないカノン・ワンの混合軍も殺していく。

「なんだ!? なんなんだよ、これ……!」

 王城の周囲でエア兵と戦っていたリディアが、いきなり湧き上がってきたシズク兵と思しき連中の攻撃を受け止め、弾き飛ばした。

「こいつら、見境なしに……!」

「あらあら〜。ワン国境線の事と言い、シズクはいろいろとやることが派手ですねぇ。それに――」

 隣で襲い掛かる二人の男を蹴り飛ばしながら、シャルは軽く空を仰ぎ見る。

「……ご大層なことに、万単位の兵で攻め込んでくるなんて」

「なに!?」

 シャルの言うとおりであった。

 シズクは王都を取り囲むように兵を配置し、その数は優に万を超えている。

 その数五万。

 現段階のエア・カノン・ワン軍全てを合わせてもなお届かない数だ。

 しかしリディアは怪訝の色も露に訊く。

「シャル、お前どうしてそんなことがわかるんだ……?」

 するとシャルは飄々と両手を上げて見せ、

「さぁ? 何故でしょう。でもわかるんですよ、相手の数が。……もしかしたら、わたしはこういう戦場でこそ能力を発揮するのかもしれませんね。

 まったく。我ながらいったいどういう人生を歩んでいたんでしょうねぇ? わたしは。

 ……とはいえ、いまはそんなことをのんびり話している場合じゃありませんよリディア。状況は詳しく掴めませんが、叩くしかないでしょう」

「ち……! やるしかないのか」

「リディア。手加減はなしですよ? この人たちに罪はないですが、手加減しても痛覚のない彼らは襲ってきます。

 手を抜けば、その分痛い目を見るのは自分であり周囲の方々であるということを、忘れないように」

「くっそ……!」

 周囲から二人に襲い掛かってくるシズク兵。それをシャルとリディアは背中を合わせそれぞれに迎撃した。

 

 

 

「ち! 何がどうなってやがる……!」

 往人は上空で、突然現れたシズクの連中を見下ろしていた。

 茜、みさお、佐祐理、水菜といった一線級の相手をしつつも優勢を保ち、あともう少しで討ち倒せるというところまで来た矢先のことだった。

「カノン・ワンの差し金……ってわけじゃないか。あいつらも襲われてるしな。ってことはシズクの連中がまた襲ってきたのか?」

 しかしタイミングがあまりに良すぎる。

 計ったようなタイミング。まるで両軍が疲弊するのを待っていたかのような……。

 それにしても何故気付かなかった?

 これだけの大群が一気にこの国に攻めてくれば、否が応でもわかるはずなのに。

「……とやかく言ったところで始まらない、か」

 いっそまとめて破軍で吹き飛ばすか、と考えたところで往人の部下が慌てて横に並んできた。

「た、大変です! 国崎隊長!」

「なんだ?」

「シズクの連中は無差別に殺戮を繰り返しております! 国に限らず、兵士にも限らず……王都の民にまで!」

「なんだと……!?」

 往人はその兵士の胸倉を掴み上げ、

「国民は各方面の避難用スペースに配分したんだろ!? 守備兵もいるはずなのになんでそうなる!?」

「は、は! 守備兵はほぼ壊滅状態であるらしく、避難スペースから国民は散り散りに逃げ惑っているようで……!」

 それを証明するかのように逃げ惑う一人の国民が大通りに姿を現し、シズク兵三人に群がられ殴り殺されていた。

 その様子に往人は唇を噛み締める。

 ――なんなんだこれは……! どうしてこんなことになる!?

 これは戦争ではない。これでは単なる無差別の虐殺だ。

「国崎隊長! 指示を! 我らはどうすれば……!」

「っ……!」

 部下の言葉に我に返る。

 いまそんなことを考えている余裕はない。現実問題にそれは起き、こうしているいまも罪のない国民の命が失われているのだ。

 ならば、すべきことはただ一つ。

「カノン・ワン軍はひとまず捨て置け! 最優先は国民を守ることとする! シズク兵を蹴散らしつつ国民を再び纏め上げろ!

 東の避難スペースには俺が行くが分散されては守るものも守れない! 国民を誘導しつつ各個迎撃! 急げよ!」

「「「「はっ!」」」」

「よし、北斗七星!」

 散っていく兵を見送ることもせず、往人は北斗七星をまとめて東へ身を急がせる。

 彼とてエアの兵士。第二部隊の隊長だ。

 それを抜きにしても、彼は三百年もの間エアを守ってきた人間。エアを想う気持ちは誰よりも強い。

 だからこそ、このときだけは彼の頭から復讐の二文字は消え去り、エア王国民を守ることだけで埋め尽くされた。

「これ以上好き勝手させねぇぞ……シズク!」

 

 

 

「観鈴姉様! 下がって!」

 観鈴を自分の背中に隠し、二葉は群がってくるシズク兵に向かって光の矢を放った。

 砲弾に近しいその光の一撃は迫ってきた五人のシズク兵を一瞬で消し炭にするが、次の瞬間にはそれ以上の敵が殺到してくる。

「キリがない……!」

「ふ、二葉ちゃん!」

「大丈夫です! 兄さんに託されたんだから、姉様は私が必ず守り抜きます!」

 とはいえ、状況は最悪だ。

 観鈴は先程の『星の記憶』の展開のせいか身体が思うように動かないらしく、飛べないらしい。

 シズクの戦力は圧倒的に地上戦力が多い。空中に逃げることができればまだ戦いやすいのだが、それが出来ない以上劣勢はやむを得ない。

 加えて二葉は弓兵、さいかとまいかは魔術師だ。こんな大勢を前に、しかも近付かれたらそれでもう手が出せなくなってしまう。

「さいか、まいか!」

「「はい!」」

 二葉が魔力を集める間に、さいかとまいかの魔術が迫る敵を焼き払い、流し飛ばす。そして、

光天翔!!」

 二葉の弓から強烈な光の砲撃が放たれ、前方を根こそぎ焼き払った。

 その威力は超魔術のそれに匹敵するほどの強力なもの。大地を抉り、巻き込まれた空間には塵一つ残らない。

 ……だが、数秒もしないうちにその前方はシズクの群れで覆い尽くされてしまう。

「なんなの、この数は……!」

 こんな戦い方をしていたらいずれ三人の魔力は枯渇してしまう。そうなれば観鈴もろとも命はない。

 しかし、そんなのは嫌だ。折角分かり合えたのに、こんなところで死にたくはない。

 ――兄さん……!

 新たな光の矢をつがえ、二葉は唇を噛み締めた。

 

 

 

 美咲が裏葉の封印を解除し、共にシズクを迎撃する。

 

 あゆと佳乃が残り少ない魔力で協力しながらシズクを迎撃する。

 

 舞がまだ意識が戻らないヘリオンと鈴菜、柳也を庇いながら傷だらけになりつつもシズクを迎撃する。

 

 エア、そしてカノン・ワン混合軍の双方が当初の目的など放ってシズクの迎撃に当たっていく。

 けれど、流れが止まらない。止まってくれない。

 数が……数が違いすぎる。

 一人がシズク兵を五人倒しても、十人でその一人が殺されてしまう。

 そして数少ない戦力が減れば、さらにシズクの勢いは増す。

 エア王国最大の危機。

 

 

 

 ……だが、この危機はエアだけではなかった。

 

 

 

 時を同じくして、カノン王国。

 戦力薄となったことで厳戒態勢を敷かれていたカノン。

 都民も守りやすいように一時的に一箇所に集められており、その移動が未だ続いている中で……ソレは突如襲ってきた。

「て、敵襲ーッ!」

 どこからやってきていつの間に現れたのか。誰も察知できないままにシズクの軍勢が王都カノンを強襲したのだった。

「これは……一体どうなって……!?」

 空間跳躍ですぐさま城下に降りた美汐が愕然とその光景を見やる。

 街を、建物を、人を、物を、まるで無作為に意味もなく壊し殺し暴れまわる感情のない人々の軍団。

 見間違えようもない。それはシズクの軍勢だった。

 しかしわからない。これだけの数、どうしてここまで接近されて……いや、侵入されるまで気付かなかったのか。

 しかもこの国にはマリーシアという気配探知に関しては規格外の人物がいるのだ。

 彼女が力を行使しない状況でさえ、その探知範囲は王都カノンを覆うほどはあるはずなのに。

「マリーシア、どういうことですかこれは!?」

 思わず握り締めていた連絡水晶から、こちらも慌てた声が響いてくる。

『わ、わかりません! 気付いたらいきなり気配が現れて……!』

「いきなり……?」

 マリーシアをして『いきなり』と言わせるからには、何か裏があるのだろうか。

 これだけの規模の数の気配を遮断する、なんていう規格外の何かが。

 だがそれをいま考えたところで意味はない。仮にその秘密が明かされたとしてもこうして襲撃されたという事実が消えるわけではないからだ。

 だからいまはこの敵の殲滅を。

 そのために美汐は槍を構え、身近にいたシズク兵を一人切り裂きながら、マリーシアに情報を問いただす。

「敵の数はわかりますか?」

『そ、それもわかりません! シズクの人たちの気配は普通の人たちと変わらないから判別が……!』

「どうにか見分けはつかないのですか?」

『無理です! それに、ここだけじゃないんですよ気配の動き方がおかしいのは!』

 その言葉に美汐は思わず足を止めてしまった。

「なんですって……? ここ以外にも!?」

『はい! 王都エア、王都クラナド、首都ワンでもそれぞれ似た気配の動きが感じ取れます!』

「四国の首都全部!?」

 まさかシズクは、

「四国を……同時に陥落させようとでも言うのですか!?」

 

 

 

 クラナド王国。

「折原王! シズクの連中、無差別に殺戮を繰り返しています! クラナドの民までもが……!」

「畜生、いったいなんだってんだ!」

 迫る拳を透過させ、そのがら空きの背に手を突っ込み爆破させる。

 そうして返り血を浴びながら、浩平は周囲を見やった。

 見渡す限りシズクの連中が視界を埋め尽くしている。自分の仲間を探すことさえ一苦労なほどに。

 クラナドを攻めているシズクの軍勢はおよそ四万。エアに来た数よりは少ないが、タイミングはこっちの方が最悪だった。

 なぜなら宮沢王が事実上行動不能となり、クラナドは陥落した直後。反抗させぬためにクラナド兵の武装を解除してすぐの出来事だったのだ。

 だからこそクラナド兵はほとんど成す術もなく駆逐されてしまった。

 いまは智代を初めとして武装を一時的に戻し一緒に戦ってもらっているが、残っている戦力は当初の半分あるかどうか。

 更にカノン・ワン混合軍側も『戦に勝った』という高揚感と脱力感を感じているときへの攻撃だ。最初は迎撃すらできなかった。

 そのせいで状況はエアよりも悪い。このまま戦い続ければ数時間もしないうちに全滅することは確実だろう。

「一般人の守りを最優先にしろ! 指示は長森に従え! 敵味方を間違えるなよ!」

「「御意!」」

「仲間との連絡は密に取れ! どうせ言葉も理解できないようなイカレた連中たちだ! 声を張り上げて構わねぇ!」

「折原王! 正面に敵の軍勢が――ぐあぁ!?」

 報告に来た兵が横合いからの拳に喉を打ち抜かれ絶命する。そしてその後方から、敵の波が見えてきた。

「……おいおい」

 数えたくもない敵の群れ。正面から視界一杯にゆらゆらとおぼろげな足取りの不気味な軍勢が押し寄せてくる。

 悪寒が走る。その光景はあまりに醜悪で、そして圧巻。数の差は歴然。その不気味さが希望を奪い、戦意を失わせていく。

 まずい、と浩平は思う。数の差による圧迫感で一気に士気が落ちている。このままでは数時間どころではない。すぐさま壊滅してしまうだろう。

「くそ、どうすれば――」

 毒吐いた、その瞬間だった。

 その雄々しき声が響き渡ったのは。

「『断罪の業火道(エルメキエスド・セロ)』ッ!!」

 浩平の頭上を紅蓮の光が突き奔る。

 それは一直線にシズクの軍勢に突き刺さり、その直線上の敵を食い破って遥か後方で爆発、シズク兵を吹っ飛ばした。

 だがおかしい。いまこの場で超魔術クラスの魔術が使えるのは亜沙と芽衣のみだ(クラナドのことみは魔術が封じられている)。

 しかしいま放たれたのは火属性。ならば誰が、と振り返った先に立っていたのは、

「岡崎、朋也……!?」

 肩で息をしながら手を掲げているその青年は、間違いなく岡崎朋也だった。

「ちょっと、朋也! あんたまだそんなことできる身体じゃないでしょう!?」

 その後ろから杏が慌てた口調でやって来る。

 確かにその通りだ。

 朋也の魔眼はその性質上、他の魔眼ほど負荷は高くない。ただ使用すればするほど魔力を消費するものだから、問題は魔力の枯渇だ。

 いくら魔力が戻ったとはいえいままで魔力を押さえ込まれていた身。いきなりあれだけの魔力を消費すれば身体がついて来ないのも無理はない。

 超魔術なんてもっての他。現に朋也の顔は青いなんてものをとっくに越えている。すぐに休息させなければ命にも影響が出るかもしれない。

 だが――それでも朋也は首を横に振った。

「いまここで何もしなければ、俺は間違いなく後悔する」

 その言葉に杏の足が止まる。

「いろいろと辛いことはあったがここは俺の故郷だ。渚やオッサンと、そして杏……お前や智代、ことみや春原たちと出会えた場所なんだ」

 拳を握り締め、

「それをあんなわけのわからねぇ連中に土足で踏みにじられてたまるか……!」

 朋也はもう二度と無力感を味わいたくはない。

 出来ることが少しでも自分に残されているのなら、その代償がどんなものであろうと成し遂げようと心に決めている。

 それに、だ。

「それに……あいつらには借りもある。だからここで全部熨斗つけて返してやるさ!」

 そう、有紀寧を目の前で奪われたときの借りが残っている。

 あのときは力がなかった。だがいまは力が戻っている。

 ならばすべきことは一つだろう?

 その意味を含め、朋也は杏に笑みを見せた。

「……朋也。あんたもつくづく馬鹿ねぇ」

 杏は苦笑し、でも、と呟いて、

「いまのあんた。すっごい『男』らしいわ」

 大黒庵・烈を構えた。

「ならあんたの覚悟にあたしも乗ってあげる。ううん、あたしだけじゃない。誰もが朋也の意思に応えるわ」

 力強い笑みに応じて、皆が各々の武器を構えた。

 朋也の言葉に、兵士たちが戦意を取り戻したのだ。

 誰も諦めない。

 カノン・ワン軍の兵士は思う。

 折角手に入れた勝利を、こんな連中に横から掠め取られるなんて許せるはずがない。

 そんなことをしては、この戦いで散っていった全ての者たちに顔向けが出来ないのだから。

 クラナド軍は思う。

 こんな大儀も何もない連中に、自分たちが生まれ育った街を壊されてなるものか。

 戦える力が残っているのなら、戦おう。腕がもぎ取れようが、血を吹き出そうが、それら全てを怒りに変えてこの軍勢を薙ぎ払おう。

「折原王!!」

 戦意が再び沸き上がるその中で、杏が言い放った。

「号令を! そういうのはあなたが一番上手いでしょう?」

 不敵な笑みに、浩平も思わず小さく笑った。

 お膳立ては十分だ。皆が皆気を張り巡らせ、戦うことを諦めぬのであれば……言うことなど決まっているだろう。

「勝つぞッ!!」

 叫ぶ。拳を振り上げ、

「意地でも死ぬな! 己の全てを込めてあいつらを撃退しろ! こんな奴らに俺たちの命をくれてやる価値はない!!」

 振り下ろし、足を踏み出して、

「殲滅する! 俺に続けぇぇぇ!!」

 応じる雄叫びが、クラナドの空に猛々しく響き渡った。

 

 

 

 ワン自治領。

 こちらはまだ救いがあった。

 エアやクラナド、あるいは他の勢力による襲撃がないとも限らないという祐一と浩平の言葉により、市民が一時的に一箇所に集められていた。

 とはいえ、その点で言えばエアもクラナドも変わらない。ならばなぜワンには救いがあるのか。

 それは――、

「方円陣を展開! 中央に集まってくるシズク兵を一気殲滅する! 行動は厳に! こっちは前曲を抑えるわよ!」

 聖騎士、美坂香里の存在だ。

 彼女の行動はまさしく機敏だった。

 敵の――シズクの襲撃を察知した瞬間に、一般民が収容されている建物を炎の防壁で覆いつくし、すぐさま指示を飛ばし混乱を抑えこんだのだ。

 香里は魔力を使用しない。燃え盛る炎の壁も周囲のマナを利用したものだから、香里には疲れというものが存在しない。

 その防壁が消えるのは香里が死ぬか自己の意識で消し去るか、あるいは周囲一帯のマナが消え去るかのどれかしかない。

 当面気にすべきは最初の一項目のみだが、香里はこんな相手に自分が負けるはずがないという自信があった。

 自信過剰ではない。客観的な事実に基づいた冷静な判断だ。

 そもそも香里は単体戦よりも軍を率いた集団戦、あるいは専守防衛にこそその真価を発揮する。

 無尽蔵な炎の力。圧倒的な広範囲攻撃。そして類稀なる指揮能力に誰もを従わせる統率力。

 加えて聖騎士という肩書きがそれだけで周囲の兵の士気を上げていく。

 それが美坂香里という存在なのだ。

「相手は陣形もへったくれもない相手。いくらパワーやスピードがあろうと、数と適切な陣形を展開すれば……!」

 怖いものはない、と向かってくるシズク兵を切り裂いた。

 一人で勝てない相手なら三人で、それでも駄目なら五人で。もし数がないのならば相手の能力を削減し勝てるように仕向ければ良い。

 戦いの定石だ。しかし簡単そうに聞こえてもそれを実行できるものは極めて少なく……そして香里はその数少ない一人だった。

「各班、敵を指定ポイントに追い詰めなさい! 袋のネズミにするわよ!」

『『『はっ!』』』

「ワン王のいない間にワンを落とさせるわけにはいかないでしょう? 気張りなさい!」

『『『御意!』』』

 香里は砂埃を舞わせながら足を止め、剣を下に向ける。その横をワン兵が通り過ぎ、目の前のシズク兵に向かっていった。

 気配を、そしてタイミングを探る。

 それと同時に力の集約を。香里の剣には轟々と煌く紅蓮の炎が集束し、そして徐々にその圧力と規模を肥大化させていく。

 だがまだだ。まだ早い。

 大通り。この正面をいま数えるのも馬鹿馬鹿しいほどのシズク兵が埋め尽くしている。

 そしてどんどん増えていく。……否、集められていく。

『第一斑、完了!』

『同じく完了!』

『第四班、敵を追い込みました』

 連絡水晶を経由して次々と耳に届く朗報。それを聞き遂げ、香里は判断を下した。

「状況完了! 退きなさい!」

 するとシズク兵と剣を交えていたワン兵が一斉に大通りから退いていった。

 それを追いかけようとするシズク兵だったが、

「残念! あなたたちはここで終わりよ!」

 そうはさせまいと香里が吼える。

 集束された炎のマナはあまりに巨大。燃え盛る炎の剣はその刀身を数十倍に膨れ上がらせ、それを一気に振り下ろせば、

炎龍覇葬 ッ!!!」

 巨大な炎で象られた龍が、一直線に大通りを突き進んだ。

 密集させられたシズク兵がその龍に飲み込まれ喰われていく。その牙の餌食になれば最後、一瞬で身は燃え尽き塵と消える。

 その龍の通り過ぎた場所には、あれだけいたはずのシズクの兵士たちの姿は一切なかった。

 超魔術以上の規模。その圧倒的な力を見せつけた香里に、歓喜の声が上がるが、

「まだよ!」

 その一喝と同時、再びシズク兵がどこからともなく現れた。

「ホント、無尽蔵ってことなのかしら……?」

 うんざりしつつも、しかし香里の心に諦めなどといった感情は一切ない。

 いける。やれる。そう思える。なぜならば、

「数だけで勢いがないのよあなたたち。……こんなもの、祐一たちの方がよっぽど手強かったわッ!!」

 そう。自分を倒したいのならあれだけの力を持ってこい。そうでなければ自分を突破することはできない。

 だからこんな連中に負けるはずがないのだ。覚悟が足りない。勢いが足りない。ただ操られるがままの傀儡など、

「恐るるに足らず!」

 そしてまた炎の刃がシズクの一団を燃やし潰した。

 

 

 

 このタイミングはあまりにおかしい、と美汐は考える。

 エアはいままさに戦闘中、クラナドは既に戦闘が終了し気が解れた状態、そしてワンとカノンは戦力の大部分がいないというこのタイミング。

 明らかに狙ったとしか思えない。そして狙ったのだとすれば……この軍団を操っている存在はキー大陸に未だにいる、ということになる。

 それが月島拓也なのか、あるいは他の誰かなのかはわからない。

 しかし少なくとも、タイミングを計れるほど近くにその存在がいることは確かだ。

「定石であれば、その本体を探すのが手っ取り早いのでしょうが……!」

 そんなことを言っていられる状態ではない。

 都民の避難が終了していない現状、まず最優先で行わなければいけないのは都民たちの安全確保だ。

 殴りかかってくるシズク兵の拳を空間を跳んで背後に回りこみつつ回避し、その背中に槍を突き入れた。

 そして抜き放ちながら、はたと気付く。

「まさかこの前の動きもこうやってキー全土を焦らせるため……!?」

 もしも最終目的がキー四国の陥落なのだとすれば、あのときのシズクの行動さえこの動きの伏線だったということなのだろうか。

 戦力を減らし焦った四国をそれぞれぶつかり合わせるための。だとすれば、

「今回ばかりは相手も本気。数も異常。とすればこのままでは……!」

 壊滅。

 その不幸な二文字が頭を過ぎったとき、その呻き声が聞こえてきた。

『あ、あぁ……』

 一瞬傷付いた都民かとも思ったがそうではない。声は手に握られた連絡水晶からだった。つまり、

「マリーシア!? どうしたのです、マリーシア!?」

『気配が……気配が、消えていく……! すごい……すごい数で……!?』

「マリーシア!?」

『いや、いやぁ……! 人が、人が死んでいく! すごい勢いで人がぁぁぁ!?』

「マリーシア!!」

 マリーシアにはわかってしまうのだ。

 状況を掴もうと気配探知の範囲を広げたせいで、このシズク強襲により消えていく気配がありありと。

 気配の消失。それ即ち命の灯火が消えたということ。

 感受性の高いマリーシアだからこそ、その勢いの止まらない消失の連鎖を強く強く感じ取ってしまった。

「マリーシアッ!!!」 

 読んでももう返事は返ってこない。聞こえてくるのはかすれた呻き声だけだ。完全に錯乱している。

 舌打ちし、一度城に戻るべきか迷った瞬間、

「!」

 光を遮る影が美汐を包み込んだ。

 弾かれるようにして見上げれば、太陽を背にこちらに向かって跳んでくるシズク兵が六人。油断していたせいで空間跳躍も間に合わない。

 くらう。そう確信し防御を固め、

「シュート!」

 だがそのうち三人を光弾が弾き飛ばし、うち三人の頭にはナイフが突き立った。

 崩れ落ちる六人。美汐が後ろを振り返れば、

「リリス! それに――なのはさん!?」

 ナイフを指の間に挟み構えるリリスと、バリアジャケットを展開した高町なのはがそこにいた。

「二人とも、どうして……?」

「好き勝手させない。ここはパパの国だから」

「わ、わたしもジッとしてられなくて……。それよりも、これどういう状況なんですか?」

 リリスはともかくなのはは一般人。そんななのはに情報を漏らすのはどうか、と一瞬迷ったが正直いまは一人でも戦力が欲しいところ。

 美汐はかいつまんでわかっている範囲の内容を二人に伝えた。

 するとなのはは決意を宿したような表情でレイジングハートを握り締め、

「それならわたしも一緒に!」

 だが、

「ううん。……なのはは下がってた方が良いと思う」

 出鼻を挫くような台詞がリリスから飛び出した。

 どうして、となのははリリスに聞こうとして……その視線の先にあるものに気が付いた。

 そこには、よろよろと立ち上がる先ほどなのはが撃った三人のシズク兵。

「う、嘘……!?」

 手加減したとはいえ結界どころか魔力による身体強化もない身にあの光弾を受ければ間違いなく骨折くらいはしているはずなのに。

 だが、なのはは知らないのだ。シズクの……というより、精神感応で心を壊されたものの末路を。

「……シズクの兵士に痛覚はありません。手足を折ろうが何をしようが、命尽きるまで動くことを止めないでしょう」

「そんな!?」

「なのは。あれ、殺せる?」

 指差しながらのリリスの言葉がなのはに突き刺さる。

 できない。いままで普通の少女として過ごしてきたなのはが人を殺したことなんてあるはずもないし、殺すと考えただけで足がすくむ。

「殺せないなら、なのはは下がってて」

「で、でも……!」

 なのはが言い切るよりも早く、リリスの『アウルシュトゥス』の弾丸が的確に三人の心臓を貫いた。

 血を噴き倒れるその三人をなのははやや青ざめた表情で見つめている。そんな言葉の出ないなのはをリリス一瞥だけして、

「人を殺せないのならそれで良い。殺せるリリスが殺す。……だからなのはは下がって。邪魔」

「……! で、でもリリスちゃ――」

 だがその言葉を封じるようにリリスの言葉が上から被さった。

「出来る人が出来ることをすれば良い。なのはが出来ないことをリリスがするように、リリスに出来ないことをなのはがすれば良いだけ」

 キョトン、とするなのはに対しリリスは――小さくはあったが、確かな笑みを見せて、

「街の人の避難を手伝ってあげて。……なのはの笑顔は、人を安心させてくれるから」

「……!」

 その意味をようやく悟りなのはは笑顔で、そして力強く頷いた。

「うん!」

 靴から生えた魔力の羽をはためかせ、空へ舞い上がる。上空から逃げる人々を見つけ援護するつもりなのだろう。

 それを見送って、美汐はリリスを見た。

 変わった。そう思う。

 言葉も、表情も、そしてその想いも。

「美汐。リリスはどうすれば良い?」

 そしてなによりその在り方がリリスは変わった。そう思う。

 だからこそ、美汐は薄く笑みを浮かべながら、その頼もしい味方に指示を出す。

「では南区画をお願いします。私は指揮があるので中央から動けませんし、北区画は名雪さんが戦ってくれていますので」

「わかった」

 頷き、リリスが走り出す。敵を倒しながら、この街を守るために。

「……そんな姿を見せられては、私も頑張るしかありませんね」

 美汐も槍を構える。負けたら、とか状況の差、などを考える必要はない。

 負けたときのことを考えてどうする。勝たなければならないのだ。ならばそのことだけを考えれば良い。

 冷静に。慎重に。その上で負けを思わず、心を挫かず、前を見据えて勝利を掴む。

 もう、以前クラナドと戦ったときのような失態は見せない。

 そう。何故なら自分は、

「相沢祐一が家臣――天野美汐だからですッ!」

 

 

 

 なのはは空を行きながら、その惨状をありありと見せ付けられていた。

「ひどい……!」

 街のいたるところから立ち上る火。どこもかしこも壊され、そして見渡す限りに倒れ伏せる死体の山。

「っ……!」

 不意に吐き気をもよおし、口を手で塞いだ。歪む視界は涙のためか。

 思い出す。ホーリーフレイムがカノンに攻めてきたときのことを。

 あのときも悲惨な状況だったが、今回の規模はそれを遥かに越えている。

 ――そういえば、わたしが魔術を習おうって決めたのもあのときだったっけ。

 あのときは見ていることしか出来なかった自分。その無力感が嫌で。

 せめて大切な人だけでも守りたい、目に入る人だけでも救いたい。そう思い、親に無理を言って学園に入れてもらったのがきっかけだった。

 そしていま。自分にはレイジングハートという頼もしい仲間がいて、そして力がある。誰かを守れる力があるのだとすれば、

「っ!」

 涙を拭った。吐き気も気合で押さえ込む。

 そう、守れる力があるのならば守らなくては。救わなくては。何も出来ずに見ていることしかできない自分ではもうない。

 だからなのはは目を背けず下を見て、

「!」

 逃げ惑う家族を発見した。

 だが、後ろから追ってくるシズク兵に夢中でその前方に新たなシズク兵がいることに気付いていない。

 助けるんだ。守るんだ。

 その想いを心で刻み、なのはは身を前に倒した。

「レイジングハート!」

Divine Shooter.

 撃ち込まれるは五つの光の弾丸。それが下へ急降下し、そしてそのまま地面に着弾しようかというところで急旋回。

「いけ!」

 なのはが腕を振れば、弾丸は加速し家族を追っかけていたシズク兵を横から吹っ飛ばした。

 だが終わりではない。前方にはまだシズク兵が残っていて、そして既に接近してしまっている。

「攻撃魔術じゃ間に合わない! なら……!」

Flash Move

 靴から展開される光の羽が一際強く発光すると、なのはは一瞬でその身を両者の間に割り込ませた。

 高速移動魔術。そして着地するやすぐさまレイジングハートを掲げ、

Protection

 結界魔術が展開し、襲い掛かる拳を咄嗟に打ち防いだ。

「大丈夫ですか!?」

「は、はい!」

 よかった、と思い、そしてバリアごとシズク兵を弾き飛ばす。距離は稼いだ。逃げるならいまだ。

「この路地を右に! そうすればカノン軍の皆さんが誘導してくれるはずです! 今のうちに、早く!」

「あ、ありがとうございます!」

 礼もそこそこに慌てて走っていく家族。だがそれで良い。救えることができたのなら、それだけで……。

Master!

「!?」

 レイジングハートが咄嗟に障壁を展開する。そこへ結界越しにも伝わるシズク兵たちの強烈な蹴りが放たれた。

 バキベキと嫌な音。

 シズク兵たちの圧倒的なパワーの源は痛覚などの感覚がないことによる無加減攻撃によるものだ。

 己の身体が壊れることさえ厭わぬその攻撃は、一撃ごとに骨を砕き筋肉を切り裂いていく。その音だ。

「……!」

 気付けば、すっかり囲まれていた。

 ざっと三十人前後。先程の家族を逃がした右側のみ空いているが、そっちに逃げたらその人たちを巻き込んでしまうだろう。とすれば、

「ここで持ちこたえるしかないよね……」

 だがそんななのはの決意を、シズクの拳が打ち砕く。

「く……!」

 魔力を上乗せしたのに結界が持たない。拳が砕けようが足が折れようがお構い無しに打ち込まれる攻撃に、

「!」

 遂に結界が破壊された。そして殺到してくる敵。

「レイジングハート!」

Flash Move

 一旦距離を離すために空に上がろうとする。だがその直前に、足を掴まれてしまった。

「しま……!?」

 引き摺り下ろされ、地面に叩きつけられる。背中から響く衝撃にむせる間もなく、拳が振り上げられているのが見えた。

「なのは!!」

 だがその直前、どこからか現れた魔力の鎖が周囲のシズク兵を絡み取りその動きを押さえつけていた。

 その鎖を目で追っていけば、そこにいたのは、

「いまのうちに逃げるんだ、なのは!」 

「ユーノくん!?」

 足元に魔法陣を浮かばせ、そこから数多の鎖を展開しているのは間違いなくユーノ=スクライアだった。しかし、

「でも、どうして……? ユーノくんは国に肩入れできないはずじゃ……」

「こんなのは国家間の戦争じゃない。単なる虐殺だ!」

 ユーノも悩みはしたのだ。けれど、彼の性格上これを見過ごすことはできなかった。

「人がこんな不条理に死ぬのを、黙って見てなんかいられない。それに……なのはを見捨てなんかしたら僕は自分が嫌いになるよ」

「ユーノくん……」

 なのははユーノが来てくれたことを嬉しく思い、

「!」

 だが、すぐに表情を変えると叫んだ。

「ユーノくん、後ろ!」

「ッ!?」

 いつの間にか迫っていた二人のシズクの拳がユーノを殴り飛ばした。

「ユーノくん!!」

「だい、じょうぶ……!」

 拳が届くそのまさに直前、ユーノは結界を展開しその威力をそぎ落とすことに成功した。直接的なダメージは一切ない。

 だがユーノの懐からその衝撃で何かが零れ落ちてしまった。それは、

「しま……!? インテリジェントデバイスが!?」

 ユーノが魔術で衝撃を殺しなのはの近くに着地し、慌てて拾いに向かおうとするがその頃にはシズクの群れが壁のように聳え立っていた。

「くそ……!」

 絶体絶命、というやつだった。

 

 

 

 リリスは敵を倒しながら南へ走っていた。

 リリスにとってシズク兵は別段たいした脅威ではない。

 防御結界なども使用しない相手であれば、どれだけスピードがあろうともリリスの魔眼の前では一撃で決着が着くからだ。

 だがいかんせん数が多すぎる。リリスはその武器の性質上一度に多くの相手はできない。

 こんなチマチマした戦い方では焼け石に水だろう。かといって止めようなどとリリスが思うはずもないが。……と、

「――なのは?」

 リリスは視界の先でなのはとユーノを見つけた。だがその周囲を多くのシズク兵に取り囲まれている。

 助けなくては、と。そう思って足を踏み出したとき、足の先で何かを蹴った感触があった。

「?」

 足元を見れば、蹴ったのはどうやら指輪であったようだ。碧に輝く、綺麗な宝石の指輪。

「……?」

 しかし何故だろう。リリスにはそれがただの指輪だとは思えなかった。

 思わず拾い上げ、その宝石を見つめる。

 するといきなり発光し始めた。リリスと出会えた事を喜ぶように、強く、そしてはっきりと。

「あなたは……」

 リリスは小首を傾げながら、“本能”のままに口を開いた。

「あなたは、リリスに力を貸してくれるの?」

 するとまるで応じるような間隔で光が明滅した。

 何故かはわからない。けれど確信がある。この宝石は……リリスにとって大いなる力になってくれるであろう、と。

 握った宝石が温かい。それを握り締めれば、

「……我、力を継ぎし者なり。契約の下、その力を解き放て」

 自ずと口に出るその詠唱。

「宿す煌きは不滅の光、放つ輝きは必殺の炎」

 どういう意味かはリリスにもわからない。けれど、それは必然のことだと何かが告げている。

「そして生まれしは――至上の剣」

 その指輪をリリスは右手の薬指に嵌めた。

 輝くは碧の閃光。リリスを主と認め力を発現するそれは――試作量産型神殺し、インテリジェントデバイス。

 そしてその名は、

「クラウ・ソラス……セットアップ」

 言えば、

Get ready. set up.

 答えが響き渡る。

 直後、光が一帯に満ち溢れた。

 包まれる感覚。穏やかな温かさ。滾る力。それを感じ、リリスは大きく息を吸い、そして吐く。

 光がその身に絡みつき、リリスの思い描いたバリアジャケットを構成していく。色は――黒。

「――ん」

 瞼を開け、周囲を覆う光を払うかのように腕を振るった。霧散する光、そして露になる体躯。

 その身は黒のスーツに包まれ、背中には一対のブースター、そして左手には銀の篭手に、頭には羽飾り。

 しかし何より目に引くのはその右手に握られたライフルだろう。

 黄金と漆黒に彩られた大型の片手ライフル。そしてそれこそがクラウ・ソラスと呼ばれるインテリジェントデバイスの形だった。

 リリスの腕にはあまりに不釣合いなその大きさ。だが確かめてみるようにそのライフルを上下してみるが、重さはない。

 むしろ感じるのは大きな力。安心でき、そして沸いてくる自信の根源がそこにはあった。

 いける。

 そう思い、

「行こう、クラウ・ソラス」

 だがすぐに首を振り、こう言い直した。

「行こう、クラウ」

Aya Ma'am.

 腰を屈めた瞬間、背部のブースターから魔力による光が噴き出した。

 疾駆。

 それはどうやら飛行するためのパーツではなく、あくまで加速するためのものであるらしい。

 クラウ・ソラスからは飛行含め各種魔術の技法がリリスの頭に伝わってくるのだが、残念ながらそれをリリスは理解できない。

 そもそも魔術の基礎がわかってないのだ。料理の手順を教わっても調理器具の使用方法などの原点がわからなければ無意味なのと同じこと。

 だからリリスは地滑りするように地上を疾走し、ライフルを構えた。

 必中の魔眼。その軌跡がいままでより遠くまで伸びている。

 だからリリスは撃った。流れてくる魔術の情報はわからないから、ただ魔力を弾として撃つ。

 だがそれだけでも『アウルシュトゥス』よりも威力は高い。あれは敵に長時間持続する傷を負わせたり武器を破壊することに特化した武器だが、これは純粋な攻撃武器だ。

 飛来したその光条は一人だけではなく、数人をまとめて撃ち抜いていく。そしてなのはたちの正面にたむろしていた数人をたった一発で仕留めた。

 そのままその場に身を投げ込み、身体を回転し地面を削りながらブレーキをかけ方向を転換すれば、ブースターから吹き出される光が尾を引くように円を描いた。

「リリスちゃん! ……って、あれ、その格好?」

「うん。なのはと同じみたい」

 ユーノはそれがさっき落としてしまったインテリジェントデバイスだと気付き、大きく息を吐いた。

「……君が所有者の資格を持っていたのか」

 神殺しの所有者決定は神殺しの意識下で行われていることであり、いくら管理者であるスクライアの者であろうとそれを変更はできない。

「ユーノくん?」

「いや、なんでもないよ」

 だからこれが事故だったとは言え、クラウ・ソラスがリリスを主と認めたのであればなのはのとき同様ユーノに言うべきことはなかった。

「二人とも、大丈夫?」

「うん、平気だよ」

「そう。なら……ここはリリスに任せて。なのはは救出を最優先でお願い」

 向かってくる二人の敵をまた撃退し、リリスはなのはと一瞬だけ視線を交錯させた。

 それだけ。それだけだが……なのはは頷き、ユーノの腕を取った。

「――わかった。行こう、ユーノくん!」

「え、で、でも……」

「大丈夫。リリスちゃんならなんとかしてくれるよ」

 ね? と微笑むなのはにユーノはやや強引に連れて行かれるようにして駆けて行った。

 残されたのはリリスと、未だ何十人と残る敵の山。

 しかしいまのリリスはこの程度の数に負けるとは思わない。その瞳に強き意思を乗せクラウ・ソラスをゆっくりと構えて、言った。

「これ以上、お前たちの好きにはさせない」

Let's show our power.

「うん。そうだね、クラウ」

 リリスは迎え撃つ。その新たな相棒と共に。祐一や皆の国を守るために。

 

 

 

 各国で、各々が出来る限りの奮戦でシズクの強襲に応対していく。

 それがどれほど絶望的であっても、皆が皆それぞれの想いで諦めず抵抗を見せていた。

 ……しかし、

「く……どいて、どいてぇぇぇ!」

 エアの王城。そこで美凪は彼女らしからぬ声を上げながら『冥ノ剣』を振り回していた。

 祐一も、神奈も、もう動けない。

 それは二人の戦いを見ていた美凪だからこそよくわかる。

 ここでこの二人を失うわけにはいかない。

 二人がそれぞれの戦いの末に命を落とすこと。それは仕方ないのしれないとも思う。

 けれど、決してこんな相手にこんな形で散らされて良い命ではない。ないに決まっている。

 ……だが切り払っても切り払っても邪魔をするようにその群れは立ちはだかる。届かない。間に合わない。

「お願い、どいて……ッ!」

 紅赤朱になれたなら。『炎上』が使えたら。自分にもっと力があれば。

 だが、そんな美凪の言葉も虚しく、祐一と神奈にシズクの兵がゆっくり近付いていく。

 シズク兵の力ならすぐさま近付いてその拳を振り下ろせるだろうに、まるで美凪に絶望を見せ付けるかのように、ただ漫然とした足取りで。

「っ……神、奈」

「祐、一……!」

 不甲斐ないのは二人とて同じ。殺されるにしてもこの相手にだけ、とそう思っていたのに。

 決死の戦いに茶々を入れられた挙句、こんな連中に殺されるなど、そんな結果許せるはずもない。

 けれど、身体は動かない。互いが互いに全力を出した結果が、この現状を招いていた。

「どいて、ください……!」

 シズク兵たちがそんな美凪の声に耳を貸すわけもない。

 むしろせせら笑うかのようにその歩みを止め、ゆっくりと拳を振り上げた。

 それが振り下ろされれば二人は死ぬ。それがわかっているからこそ、美凪は叫んだ。

「駄目ぇぇぇぇぇぇ!!」

 だが悲痛な叫びを無視して、その無常な拳の群れが二人を貫かんと振り下ろされ、

 

「『月からの射手(レイ)』!」

 

 ――だが、それは突如降り落ちてきた光の雨によって遮られた。

「!?」

 その場にいたシズク兵が怒涛の光に撃ち貫かれていく。

 それは『月からの射手』。光の上級魔術。……だが、込められた魔力もその精度も度を越している。

 祐一や神奈、美凪に当てず、それどころかすぐ傍にいるシズク兵さえきっかり一撃ずつで仕留めていくという超絶技巧。

 こんなことさくらや佐祐理、ことみといった最強クラスの魔術師でさえ出来るかどうか。

 光撃がしばらく続き、それが止んだときには……あれだけいたシズク兵は全員息絶えていた。

 あれだけの数の敵を。上級魔術一発で、だ。

 その所業に誰もが戦慄を隠せないでいると、

「どうやら間に合ったようですね」

 軽やかな声と共にこの場に近付いてくる者がいた。コツコツと足音を刻みやってくるその人物。

「お前は……!?」

 その驚愕の声に、その主はニコリと笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 あとがき

 おはようございます神無月です。

 さて、今回は話の展開上視点がポンポン飛んで見づらかったかなぁ、と思います。しかしいまの私の文章力ではこれが限界(汗

 しかも相変わらず長い。長いぞ私。この長さはどうにかならないのかな。番外除く本編では最高記録更新ですよw

 まぁそれはともかく、これでようやくキー大陸編も残り一話となりましたね。

 特に何も言うつもりはありません。

 敢えて言うなら次回はもっと長くなりそうだ、ってところですかね(何

 では、キー大陸編最終話でお会いししましょう〜。

 

 

 

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