神魔戦記 第百二十四章

                      「過去と現在の全てを賭けて」

 

 

 

 

 

 王都エアで行われている戦いもそろそろ沈静化しつつあった。

 エア側の被害が大きい。大局の優劣はもう変わらないだろう。

 だがエアが確実に負けるかと言うとそうではない。

 いま互いの大将とも言える祐一と神奈が戦っている。ここで祐一が死ねば形勢は一気に逆転するのだから。

 だからエアの誰もが諦めず、カノン・ワンの誰もが手を抜かず、戦いはなおも続いていく。

 そんな中で、

「……?」

 その異常(、、)に気付いた者たちが数人だけいた。

 それは凍結封印した裏葉の近くで使いすぎた魔力を整える美咲であったり、

 それはヘリオンや鈴菜を治療し今度は柳也を治療しようとしていた舞であったり、

 それは佐祐理や水菜、茜とみさおに囲まれながらなおも優勢に戦っている往人であったり、

 それは戦いを止めて地上に降り立ったあゆと佳乃であったり、

 それは魔力が枯渇して体調を崩す観鈴を介抱する二葉であったり。

 だが誰もがその異変をすぐに理解できなかった。否、脅威だと感じることはなかった。

 ……しかし、このことが後の大惨事に繋がるであろうことを、この時知覚した誰もが知る由もなかった。

 

 

 

 祐一と神奈が相対する。

 二人の思考はもう既に互いのみ。城下での戦闘の音も気配も、既に両者はシャットダウンしていた。

 相手に集中せねば負ける。それが互いにわかっていたから。

 だから、

「「!」」

 二人は一瞬でその間合いを詰め、激突していた。

 剣と剣がぶつかり合う。

 剣を覆う互いの強大な魔力がぶつかり合い、周囲の瓦礫を根こそぎ吹き飛ばしていく。

「――はぁぁ!」

「おぉぉ――!」

 一撃では止まらない。

 二合、三合と剣戟は続きその都度溢れ出る互いの魔力が余波として周囲へ迸っていく。

 鳴り響く剣戟の旋律。続く怒涛の響き。

 その一撃一撃に互いの想いが込められている。退けぬ理由、戦う意思、背負う重さ、その全てを言葉ではなく剣で伝える。

 互いが互いの『意思』を理解し、だがそれでもなお自らの『意志』を貫かんと手を緩めることはない。

 わかっている。あぁ、わかっている。

「はぁ!」

 相沢祐一に神尾神奈の重みが伝わる。

 神尾神奈。

 神尾として生まれ、その名に恥じぬ才能を受け継ぎ、そして慢心することなく女王の器として育っていった。

 子供には辛いこともあっただろう。しかし神奈は挫けず、それでもなお立派な女王を目指し精進を止めなかった。

 母のような立派な長になるのだと。最高の母であり、最高の女王であった神尾郁子のように自分はなるのだと子供心に誓って。

 しばらく経って母が戦死し、子供でありながら女王の座についた自分。そんな自分を馬鹿にされないように、理想の女王であろうと努力した。

 その努力の結果。そうして結果を積み重ねることで神奈は女王として君臨することができた。エアの誰もが認める女王になることが。

 国民の意思が自らの思いとずれることも多々ある。だが神奈は自らの意思を押し殺す。

 皆が自分を信じ、自分を頼り、そして自分を女王と認めてくれたのだから。

 ならばその賞賛に応えよう。賛美に応じよう。求めてくれるのであれば、それは神尾神奈が目指した頂に少しでも近付いた結果なのだから。

 だから戦う。祐一や観鈴、二葉やあゆと共に過ごした過去はきちんと心に残っているが、それを抱えながらも戦おう。

 優しい記憶がある。だが神族国家の女王として自分を認めてくれた民がいるからこそ、退くことは出来ない。

 過去は捨てない。その過去があるから現在がある。だからその全てをひっくるめて、神奈は剣を振るう。

「おぉ!」

 神尾神奈に相沢祐一の重みが伝わる。

 相沢祐一。

 相沢と神尾、魔族と神族の混血として生まれてしまった半魔半神。中でも異常だったのが闇と光の力を等分に持つこと。

 そのせいで酷い幼少生活過ごすことになった。神族に罵倒され、人間族に蔑まれ、魔族に疎まれ味方もなく。

 母を殺され父を殺され、世界に絶望し全ての者が邪悪な存在に思えた。

 憎しみのままに力を求めた日々。ただがむしゃらに復讐を望み、世界を呪いながら……。

 そしてカノンで決起した祐一は、その復讐心のままに剣を振るい戦い続けた。

 だけど、その過程で出会いがあり、仲間を得て、祐一の心境は徐々に変化していった。

 全種族の共存。誰もが夢物語であると失笑するようなそんな目標を、しかし祐一は復讐にけじめをつけることで成し遂げようとしている。

 たとえ一人で無理であろうとも。支えてくれる妻がいて、共に戦ってくれる仲間がいて、それを受け入れてくれる場所がある。

 ならばその信用に応えよう。信頼に応じよう。ついてきてくれるのであれば、それは相沢祐一が目指した頂に少しでも近付いた結果なのだから。

 だから戦う。自らの出生を呪い世界を憎んだ過去はきちんと心に残っているが、それを抱えながらも戦おう。

 苦しい記憶がある。だが全種族共存を謳い民を引っ張ってきた王として、退くことは出来ない。

 過去は捨てない。その過去があるから現在がある。だからその全てをひっくるめて、祐一は剣を振るう。

「「ッ!!」」

 ガキィィィ! と剣がぶつかり合う。

 何度目かもわからないその激突に、しかし祐一の剣が吹っ飛ばされた。

 すかさず神奈の剣が祐一の眉間を狙うが、その頃には祐一の手には光の剣が出現しており、受け流される。

「ぉ――!」

 ……あぁ、わかる。わかっている。相手の気持ちが流れてくる。想いが伝わってくる。

 過ごした時間は少なくとも、二人が友でいたことに違いはなく。言葉なんてなくたってこうしてありありと相手の気持ちが理解できる。

 互いの在り方は正反対だが、それでもその剣筋は心に響いてくる。感情を揺さぶってくる。

 重い。重すぎる。

 何故、自分たちが戦わなくてはいけないのだろう? そんな甘さが頭をもたげるほどに、重い。

「だが!」

「しかし!」

 二人の剣が強大な力に火花を散らし、互いのあまりの力にそれぞれが吹っ飛ばされた。

 だが共に翼をはためかせ急制動、そして飛ぶ。

 縦横無尽に。こんな空間狭いと言わんばかりに、駆け巡り、鬩ぎ合い、拮抗し、再び離れる。

 神奈の魔術が無言発動で放たれる。膨大な魔力に物を言わせた強力な魔術の連弾だ。

 それを祐一は対消滅の剣で切り払いながら光の魔術と闇の魔術で応戦する。

 威力も速さも劣っているが、祐一には二属性分の魔術という手数の多さがある。それを利用し神奈を攻め立てていく。

「俺は――!」

「余は――!」

 その重さに、潰されたりはしない。逃げもしない。

 この重さを背負うと決めたのは自分だ。誰に指図されたわけでもない。自分で選び、自分で背負い込むことを望んだのだ。

 なら、その責任は最後まで負おう。たとえこの戦いの果てに友人を自らの手で殺すことになろうとも。

 それが――何千人、何万人という者を巻き込んだ『王』であり『女王』の責任だと思うから。

 だから最初から全力で。目の前にいるのは敵だ。その道を妨害する敵なのだから。

 泣きたくても、止めたくても、それらをしてはいけない。その地位に自分たちはいる。――だから!

「「戦うッ!!」」

 その迷いを粉砕するように叫び、力をぶつけ合った。

 純然たる力の衝突が中央で爆発する。轟音をあげ、余剰分として周囲に飛び散った力の欠片が壁を崩し柱を倒し床を焼いた。

「「……」」

 言葉なく、一定の距離を置いて相対する両者。

 あれだけの剣撃、魔術戦をしたというのに祐一も神奈も魔力が弱まるどころか息切れ一つない。

 それだけで二人の異常性が見て取れる。この二人、間違いなくこの場で戦っている者たちの中で最強だった。

「……この状態であれば、ほぼ互角か」

「の、ようじゃな」

 いままでの独り言とは違い、戦い始めてから初めてと言っても良い会話。互いに苦笑を浮かべつつ、視線を交える。

「……とはいえ、祐一よ。お主はこの均衡状態が続けばまずいのであろう?」

「……そうだな」

 そう。『覚醒』解放状態の祐一。『星の記憶』展開状態の神奈。いままでの戦いからもわかる通り、この状況であればほぼ互角。

 ……しかし、明確な差が両者にはある。

 制限時間だ。

 神奈の『星の記憶』には疲労感が募る程度はあるがこれといった制限時間はない。しかし祐一の『覚醒』には限界がある。

 それがどの程度の時間であるかは神奈は知らない。だが対属性の力を利用した身体能力向上など長続きするはずがないのは誰でもわかる。

 力が互角であれば、制限時間がどれほどであろうと関係ない。根競べをしていたら勝手に祐一から脱落していくことになるだろう。

 だが、

「それでは意味がない」

 神奈は言う。

「弱ったところを叩いたとて、それは余の勝ちではない。それは逃げになる。……故に、祐一」

 剣を構え、

「余はお主を正面から叩き潰す。これから余の知りうる最強の技でお主に挑もう。……それに対しお主がどういう行動を取るかは強要せぬがな」

 つまり、自分は正面から正々堂々と戦うことを宣言するが、祐一までそれに付き合うことはない、と神奈は言っている。

 祐一は苦笑する。そんな、愚直なまでの真っ直ぐさはなんとも神奈らしい。いや、観鈴も似たところがあるから神尾家特有のものなのだろうか。

 しかし――そういうところ、嫌いじゃない。

「望むところだ、神奈」

 祐一は言う。

「お前の全力、見せてくれ。それに対し、俺は俺の全てでその力を越えてお前を倒そう」

「ふ……。好ましい返事だ。さすがは祐一よ」

「お前も昔から変わらない。真っ直ぐな神奈だ」

 そして両者は構える。

 神奈には光が。三対六枚の翼が発光し、『タテノミタマノツルギ』にも光が凝縮していく。

 祐一には対の力が。漆黒と純白の翼がその色の輝きを増し、その両手にそれぞれの力が集約していく。

 あまりに強大な魔力のうねり。その一撃に込められた魔力の大きさに、まるで怯えるように城が揺れる。

「……ん」

 そんな桁違いな魔力に当てられたのか、気を失っていた美凪が目を覚ます。

「!」

 そして一瞬で覚醒し起き上がると、その光景を見やった。

「相沢さん……、神奈様……!」

 美凪の叫びが届いたのかそうでないのか。

 ともかくその声を皮切りとするように両者が動いた。

 

光と闇の二重奏(アルティメット・デュエット) ”!!

 

無限の空 (インフィニティ・エア)”!!

 

 宣言はほぼ同時。

 祐一の翳した手の先で、光と闇の力が交錯する。巨大な魔力が一瞬で激突し、消失する。だがそれも刹那のこと。

 次の瞬間に無は有へ転じ消滅の力を存分に振るうことになるだろう。

 そして神奈の方からは周囲一帯を照らし上げるような光の帯が、その身体から全方位に向かって一気に放出された。

 その光の帯の数、なんと四百九十六。その一本一本に潤の使っていた『オーラフォトンレーザー』クラスの魔力が込められていた。

「これが……いまの神奈の実力!?」

 尋常な魔力量じゃない。一撃に使用する魔力量だけで言えば祐一の“光と闇の二重奏”を大きく上回っている。

 だが全方位に散っては祐一に飛んでくる数も高が知れている。全方位殲滅系の技なのだろうか、と祐一が思ったその瞬間、

「!?」

 光の帯が一気にその方向を曲げてきた。

「余の“無限の空”は発動後操作可能の全方位・多角攻撃だ! 相手が複数だろうと一人であろうと関係ないぞ!」

 四百九十六の光条が一気に祐一に向かってくる。

 だが、たとえ数が多かろうと一発の威力がそれほど高くないのであれば祐一の“光と闇の二重奏”の前には無意味だ。

 ……しかし、

「!」

 そのうち半分以上の光の帯が祐一にではなく今まさに反転し発動しかけた“光と闇の二重奏”に殺到した。

「まさか……!?」

 十年前のあの時。

 光と闇が合一する直前に闇の部分だけを打ち消し対消滅を妨害した神奈の力。

 それを証明するかのように、神奈の光は未だ対消滅として完成しきる前の、合一し切れていない闇の部分を狙い撃ちにしていた。

 対消滅が成立しなければそれは込められた魔力が高い単なる光属性の攻撃でしかない。

 そしてその闇属性の部分が神奈の光に喰い破られれば

「バランスが崩れて対消滅が成り立たない! そうであろう、祐一!」

 言ったとおりになった。

 闇が消失し、“光と闇の二重奏”はただの光属性の攻撃として神奈に向かっていった。

 しかしそれも“無限の空”の二百程度の光に一斉に貫かれ、力をなくし霧散した。

「っ……!?」

 祐一の表情に愕然としたものが浮かぶ。

 無理もない。祐一の奥の手とも呼べる“光と闇の二重奏”が完全に無効化されたのだから。

 だが――その周囲にはまだ百近い光が溢れている。

「終わりだ、祐一。……数の暴力・光の連鎖を――」

 速射。逃げ場などないと言わんばかりの全方位攻撃が祐一に殺到する。

 上も下も前も後ろも右も横も、どこもかしこも光、光、光。回避などできようはずもなく、祐一はただその迫る光を睨みつけることしかできず、

「その身に受けよッ!!」

 成す術なく、直撃した。

 

 

 

 神奈は空中で爆散した光を見て思う。

 終わったな、と。

 おそらくいまので死ぬことはないだろう。たかが百発……“無限の空”本来の五分の一の数だ。

 光と闇の対消滅の力を利用し全ての能力を底上げしている祐一であれば、あの程度で死ぬことはまずないに違いない。

 だが逆にあれを直撃して動けるはずもない。

 いかな祐一と言えど“光と闇の二重奏”を使った直後。防御も間に合わないだろうし、ろくな反応もできなかったはずだ。

「……っ」

 それを証明するかのように、祐一が爆煙を突き破って墜落していくのが見えた。

 身体はボロボロ。『覚醒』も解けている。そのまま床に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

 意識がないのか。あるいはあっても動けないのか。

 ともかくもう勝負はついた。

 あとはその首を落とし、討ち取ったことを宣言すればこの戦いも終結だ。

「……迷いはない。余は、この国に住む全ての者の命を預かっているのだからな」

 自分に言い聞かせるように呟いて、神奈は着地する。

 どれだけ心を縛りつけようと、出てくる迷い。だが……どうか想うくらいは許して欲しい、と神奈は思う。

 一歩一歩、踏みしめるように近付きながら神奈は祐一との過去を思い出していた。

 数日間でしかなかったが、間違いなくそれは友達と呼べるもので、皆が幸せに笑っていたのを覚えている。

 もしもあの時に戻れたのなら。もしもあの時と同じように過ごせるのなら。……そんな夢想をしないはずがない。

 だが所詮夢は夢。叶わぬからこそ人は夢と言うのだ。

 剣を握る手に力を込める。

 交錯する想いがある。心に疼く痛みがある。潤んでしまいそうな瞳が妬ましい。

「……だが。お主も余も、わかっていて突き進んだ道じゃからな」

 だから、と。神奈は『タテノミタマノツルギ』を大きく振りかぶった。

「すまぬ、祐一。先に逝っていてくれ。……いずれ余も、逝くから」

 独白のような宣告。しかし、

 

「――勝手に終わらせるなよ、神奈。まだ俺は諦めちゃいない」

 

「!?」

 声に弾かれるようにして前を見れば、膝に手を置き立ち上がろうとしている祐一。

 その表情に浮かぶは――笑み。

「『光よ(ライト)』!」

「ぬっ!?」

 瞬間、祐一の手から眩しい光が放り出された。

「目眩しのつもりか!?」

 だがこの程度時間稼ぎにもなりはしない。神奈はその光の球を切り払おうとして、

「!?」

 動けない(、、、、)ことに気が付いた。

「これは――!?」

 背後。神奈を照らしだす強烈な光によって伸びた影に――弾き飛ばしたはずの祐一の剣が突き刺さ(、、、、)っていた(、、、、)

 それは『影縫い(シャドウ・スナップ)』と呼ばれる闇属性の束縛魔術。つまり、

「まさか……あの剣は最初からこのように使うつもりで!?」

 剣を弾かせたのはこのためか。いや、このために剣を手放したのだとすれば、光で影を伸ばすにしても角度が大事になってくる。

 少しでも剣の場所が違っていれば光により影が伸びたとしても剣に重なることはない。つまり、

「余が……誘導されていた!?」

「その通りだ!」

 祐一が再び覚醒、そして真上へ飛翔する。

 覚醒が使える、ということは覚醒も勝手に解けたのではなく、わざと解いて解けたかのよう(、、、、、、、)に見せていた(、、、、、、)ということか。

「ッ……!?」

 完全に謀られた。

「だがこの程度でッ!」

 神奈の身体から魔力が迸る。それだけで光球は爆ぜ、拘束が消えた。

 だが次の瞬間、

「『陰陽の砦(インシュレイト・フォート)』!」

 神奈の周囲を取り囲むように、八枚の不可視の防壁が並び立った。

 神奈は一瞬その意味がわからなかった。防御用の一面結界をどうしてわざわざ敵である自分の周囲に展開するのか、と。

 これでは結果内に封じ込めるにしても上ががら空きで――、

「!?」

 そこで気付いた。

 そう。真上には――相沢祐一がいる(、、、、、、、)

「お前の“無限の空”は凄まじい。一発一発の威力が高いうえに効果範囲も広く、その特殊効果で命中率も高い。まさに完成された攻撃だ」

 だが、と祐一は魔力を集約させながら眼下を見やり、

「一度全方位に拡散するというその特性上、広い空間がなければ使用ができない。できても威力は激減する!

 たとえば――そのように周囲を結界で覆われれば!」

「一回見ただけでそこまで……!?」

「そして仮に上に飛び出そうとしても、もう遅い! 同タイミングであればそっちの方が出は早いが、今回は俺が先手を取れる!」

 そう、もう遅い。既に祐一の腕には強大な魔力が集約しきっている。

 上に飛び出て“無限の空”を使うにしても、一度全方位に散ってから曲がるという特性上祐一の攻撃の迎撃は間に合わない。

 それにこの魔力の波動は、間違いなく“光と闇の二重奏”のそれだった。

 本来であれば、二発も使えばもう祐一に魔力は残されていないだろう。

 だが祐一には確信があったのだ。

 子供の頃に出来たことを、いま出来ないはずがない。神奈は必ず祐一の対消滅を潰しに来るだろう、と。

 最初から潰されるとわかっていて全力を出す馬鹿はいない。あれは神奈を油断・誘導するために魔力を抑えた低出力版だ。

 もちろん魔力を集めるときは本気でかき集めていた。そうでなければ気付かれるからだ。しかし放ったのはその十分の一程度。

 そしてそのときの余剰魔力はこうして迎撃の間を与えぬための速攻に流用する。

 全てはこの状況、このタイミング、この一撃のための布石。

 祐一にはわかっていた。

 真正面から激突して、相沢祐一が神尾神奈に勝てるはずがない、と。

 だが……ならば勝てる状況を生み出せば良いだけのことだ。

 たとえ身体能力で負けていても。魔力量で負けていても。才能で負けていても。

 自分にはこの頭があり、魔術レパートリーの多さがあり、そして対消滅の力がある。

「言ったはずだぞ!」

 劣っているところは勝っているところでカバーすれば良い。純粋な能力で負けていても、それら相沢祐一を構成する全てで持って勝てば良い。

「俺は俺の全てで(、、、、、)相手をする(、、、、、)となッ!」

 神奈に言った言葉。だがそれは嘘ではない。

 言ったとおり、それら全てが相沢祐一の力なのだから……!

「だから神奈!」

 これで、

「この戦いの――」

 全ての、

「決着だぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 右手と左手。それぞれに宿した対の力をぶつけ合わせ、

 

光と闇の二重奏(アルティメット・デュエット) ”――――――ッ!!

 

 渾身の一撃を、振り落とした。

 

無限の空 (インフィニティ・エア)”ァァァァァァ!!

 

 神奈も諦めない。その身から数多の光の帯を全方位へ撃ち放った。

 だがその大半を『陰陽の砦』に遮られ、床に邪魔をされてしまう。上にのみ放たれた光。それだけでも対消滅を妨害しようと試みる。

 しかし――たかが数十条の光で祐一の全力を防ぎきれるはずがない。

「おおおおおおおおお!!」

 バランスを崩しても、その程度の欠けは瞬時に再修正できる。だから止まらない。対消滅は――顕現する!

「神奈ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「祐一ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 

 衝撃が、城を貫通した。

 

「「「「!?」」」」

 戦闘を続けていた誰もがその一撃に目を奪われた。

 真上から放たれた白と黒がエア王城を縦に叩き切ったのだ。

 規格外の破壊力が爆発、爆風となり城を薙ぎ払い粉砕し、消し去っていく。

 大地は抉られ、空は切り裂かれ……そこでようやく白黒の波濤は勢いを無くした。

 城は半壊。中心部からごっそり縦に断たれ、跡形もない。

 巻き上がる粉塵、揺らぐ陽炎。そのどれもがその威力の凄まじさを物語っている。

「相沢さん! 神奈様!」

 ……そして、その力を放った者と受けた者は――、

 

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」

「……ぐ、ふ! ……ふぅ、ふぅ……!」

 

 共に、生きていた。

 とはいえ……共に息も絶え絶えで、気配も弱々しいものだったが。

 覚醒が消えた祐一。『星の記憶』が消えた神奈。

 魔力を使い果たしたのだろう。両者共にまるで死ぬ寸前の病人のような微かな魔力しか残っていなかった。

「……まさか、一度対消滅として成立した力を、強引に引き剥がすとは……。『星の記憶』に、込められた魔力は無尽蔵か……?」

「……ハ、たわけ。無尽蔵なら……こんな体たらくを見せて……おらぬわ」

 そう。“光と闇の二重奏”が激突しそうになったあの瞬間。

 神奈は『星の記憶』に込められた全魔力を一点に集中し、対消滅として成立した対属性の中間点を突き、その流れを強引に寸断したのだ。

 そもそも対消滅の力が健在のままに城に叩き込まれていれば真っ二つどころではなく土台が消滅し完璧に崩壊しているはずだ。

 城が崩壊寸前とは言えそこにまだ形を残しているというのが対消滅を打ち破ったなによりの証拠だった。

「無茶な……はぁ、ことを……する」

「祐一に……言われたくは……ないぞ。……そもそもお主の……対消滅が完成していれば、こんな芸当……失敗しておったわ」

 確かに祐一の力は未だ不完全。“光と闇の二重奏”も完成形にはほど遠い。

 神奈がそれを知っていたとは思えない。あの瞬間、おそらくその一点に望みを賭けて一撃を放ったのだろう。

 さすがは神奈。その執念たるや凄まじい。

 思わず祐一の顔に微笑が生まれる。それを見た神奈もまた、薄く笑みを浮かべた。

「は、はは……ははは……」

「ふふ……ふ、ふ、ふふふ」

 満身創痍でありながら口から漏れるような微かな笑い声を上げて相対する二人。

 ある種滑稽とも呼べるその光景だが、互いの想いと信念を知る美凪からすれば戦慄を禁じえないものだった。

「は……」

「ふ……」

 過去、親友と呼ばれた二人が。

 気を失ってもおかしくないほどの激痛と脱力感を噛み殺し、なおも目前の敵を叩き伏せようと前に出る。

 遅い。涙が出そうになるほどにその足取りは遅い。

 にも関わらず二人とも歩を止めたりはしない。

 背負う物が在った。約束が在った。だから、そう。死を勝手に受け入れてはいけない。生を諦めてはいけない。

 その上で、敵を倒さねばそれが得られぬというのであれば、たとえ誰であろうと倒すのだ、と。

 半死半生の瞳が物語っていた。

「う……おおぉぉぉ!」

「は……ああぁぁぁぁ!」

 駆け出す。祐一は残りの魔力で『光の剣』を生み出し、神奈は無理を強いたせいで半壊している『タテノミタマノツルギ』を振り上げ、

「「!」」

 激突させる。

「……!」

 その光景を見ていた美凪は思わず涙をこぼした。

 続く剣戟。その一撃一撃があまりに弱々しい。いまにも倒れそう――否、倒れる代わりに剣を振り下ろしているような技術もなにもない一撃。

 だが振る方も受ける方もそんな一撃で身体が揺らぐ。崩れ落ちそうになる。

 けれど踏みとどまり、反撃する。身体のどこにもそんな力は残っていないはずなのに、倒れるものか、と。敵を倒すんだと剣を振り続ける。

 あまりに無様。あまりに醜悪。

 子供の喧嘩でさえまだまともな動きを見せるだろう。そんな中で、しかし世界でも有数の強者は外聞など気にせず戦い続ける。

 負けられないと。その覚悟と意地、それだけで身体を酷使し脚を奮い立たせ腕を持ち上げていた。

「あい、ざわさん……! 神奈、様……!」

 その在り方が美凪にはあまりにも大きくて言葉が出ず、ただただ涙がこぼれた。

「――ッ!!」

 一際甲高い激突音を奏で、両者の身体がわずかに後ろに飛ばされる。

 だが倒れず、踏みとどまり、戦意の消えぬ眼で相手を睨みつけて、

「「おおおおおおおおおッ!!」」

 残りカスと呼ぶのもおこがましい微々たる魔力を注ぎ込めるだけ注ぎ込み、最後の一撃を振り下ろした――、

 

ある場所で、ある人物が、

「幕を――開けよう」

そう囁いた。

 

 ――その瞬間、二人の間に人影が割り込んできた。

「「!?」」

 そして迫る拳。普段の二人であればなんなくかわせただろうが、いまの二人にそれを回避する力はない。

「ぐぅ!」

「がはっ!」

 直撃。それぞれ離されるようにして吹っ飛ばされる。

 転がる両者。そしてその二人を取り囲むようにまた幾多もの人影が突然現れた。

「っ……こ、これは……」

「まさか……!」

 それは人間だ。気配からして間違いない。――だが、その表情に覇気はない。

「相沢さん! 神奈様!」

 美凪の声も届かない。いま二人の頭は別のもので占めていた。

 突如現れた乱入者たち。神奈も祐一も、こんな表情をする相手を知っている。知らないはずがない。

 そう、その敵の名は、

「「シズク……!?」」

 

 

 

 あとがき

 どーもー、神無月です。

 祐一VS神奈。決着着かずのままに終了〜。まぁ決着着いたら困るんですが(ぁ

 さぁさぁさぁ、いよいよシズク介入ですよ〜! この展開を予想していた方もいるでしょうが、ここから一気に急展開です。

 多くは語らないことにしましょう。いよいよキー大陸編クライマックスです!

 ではまた!

 ……あ、そうそう。神奈の“無限の空”。光の数がどうして496なのかは、数学に詳しい人ならわかるかもしれませんw

 

 

 

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