神魔戦記 第百二十三章

                       「神をも穿つ光の魔槍」

 

 

 

 

 

「二葉」

 祐一はようやく泣き止んだ二葉をゆっくりと身体から離し、言った。

「観鈴のことを任せて良いか?」

「兄さん……?」

 祐一は王城を見やって、

「俺は王城に――神奈に会いに行かなくちゃいけない。……きっと、美凪でも神奈には勝てないだろうからな」

「……かもしれないね」

 二葉も頷く。それだけ神奈は強いのだ。

 なんせ神奈は祐一が敵わないと思わされた者の一人なのだから。

 あの幼少のときでさえ、あれだけの魔力コントロールを見せた神奈。

 そして暴走した祐一に勝るとも劣らないあの強大な魔力量。

 それら全てを完璧に掌握しているいま、たとえ覚醒を使用しても勝てるかどうか……。

 だが、

「けじめをつけなくてはな」

 カノンの王として、エアの女王に。全ての決着を。

「兄さん」

「ん?」

 二葉が憂いを帯びた表情を浮かべていた。

「……私、どっちも応援できないね」

「二葉……」

「神奈姉様にはお世話になったし……本当の姉様みたいに慕ってた。あの人に何度救われたかわからない。

 ……でも、せっかくこうして分かり合えた兄さんに死んでほしくなんかない。……いろいろと、ゴチャゴチャになっちゃった」

 俯く二葉。だが祐一はその肩を軽く叩き、

「お前は観鈴だけを見ててくれれば良い」

 え? と呟く二葉に祐一は笑みを見せる。

「お前はそれだけしてくれればいい。あとは全部俺に任せてくれ」

「兄さん……」

「それだけで、俺は安心して神奈と向き合える」

「……うん、わかった」

「あぁ、頼む」

 そして今度は観鈴に視線を向ける。

「観鈴は――」

「うん。多分お姉ちゃんは何を言っても聞いてはくれないと思うから……足手纏いにならないようにここで二葉ちゃんと待ってるよ」

「そうか」

 観鈴が一番神奈の性格を理解しているのだろう。悲しそうでありながら、その表情は仕方ない、という類の苦笑に彩られていた。

 そして祐一は二葉の後ろに黙って仕えていた二人の少女……さいかとまいかを見やる。

「お前たちはどうするんだ?」

 ハッとしたような二葉が二人を見る。二葉が祐一についていく、ということはエアの敵になったということだ。

 皆の視線に晒される中、二人は互いを見やり……そして笑った。

「「わたしたちはどこまでも二葉様と共に」」

「さいか、まいか……」

「わたしたちは元々死んでいた命です」

「そして二葉様はわたしたちの命の恩人」

「わたしたちはエアに仕えていたのではなく」

「二葉様に仕えていたのですから」

「「ですから、どこへなりともお付き合いいたしましょう」」

「さいか……まいか……ありがとう」

 二葉が二人を抱きしめる。それを微笑混じりに見届けて、祐一は踵を返した。

 目指すは王城。そこにいる神奈だ。

「――兄さん!」

 呼ばれ、振り向く。しかし二葉は視線を合わせず、やや頬を染めながら俯いて、 

「絶対に……帰ってきてよね」

 小さな声で呟いた。

 まだ素直になれないんだろう。そんな様が可愛らしく、祐一は思わずその頭を撫でていた。

「に、兄さん?」

「帰ってくるさ。言っただろう?」

 外套を翻し、手を上げ、

「ずっと一緒にいる、ってな」

 

 

 

 その激突は、誰もが踏み入ることを拒絶するような激しいものだった。

「こ……のぉぉぉ!」

「させません!」

 あゆの接近を阻止しようと白穂の魔術が空を奔る。

 十や二十じゃきかない。もっと多くの光の弾道があゆを撃墜せんと行く。

 しかしあゆは高速機動でそれらをかわし、直撃弾のみをグランヴェールで弾き返しながら旋回、上昇する。

 急速上昇、そして一回点の後に穂先を下に向け、

「――せぇい!」

 グランヴェールを構え、急降下する。

 白穂の魔術があゆを狙い撃とうとするがあまりの加速にその大半が命中せず、命中しても穂先に展開された光の盾に遮られる。

「く……、でしたら!」

 声と同時、気配の質が一転した。

 魂の交代。白穂は一瞬で佳乃へとチェンジしたのだ。

 高速で迫る槍、それを佳乃は手首のスナップだけでいなし、高速返しで真後ろにすっ飛ばした。

「うぐぅ!?」

「後ろががら空きだよ! ポテト!」

 受け止めるではなく受け流されたために制動の利かないあゆの背後に向かってポテトの口から光が発射される。

 しかし、あゆは身を翻し翼の抑圧で身体を強引に旋回させその一撃を回避する。

「ぴこぴこぴっこり!」

 だが止まらない。今度は分裂したポテト数体による同時攻撃が来る。更には、

「白穂さん!」

 再び魂が入れ替わる。

「『月からの射手(レイ)』!」

 放たれる光の雨。

 縦と横、それぞれから襲い来る光の波状攻撃を、あゆは凄まじい機動で間を縫うように回避しながら頬に汗を垂らす。

「ころころ変わられると、厄介すぎるね……!」

 遠距離に出てしまえば白穂の魔術が。

 かといって近距離戦に持ち込んでも佳乃に受け流されてしまう。

 あゆは魔術(主に物量戦)で佳乃に勝っているが白穂に勝てず、格闘戦で白穂に勝てるが佳乃に勝てない。

 これが好きなタイミングで入れ替わることが出来るとなると、あゆには決定打がないようにも思える。

 ――あの技、いけるかな……?

 澪や舞と訓練していたあの技なら、とも思うがいまは無理だ。

 威力の調整や余剰魔力の抑制などはおおよそ完成したと言えるが、チャージタイムの長さという欠点は残っている。

 こんな寸分の隙もない連続攻撃の中じゃ使いたくても使えない。

 ジリ貧かな、とも思う。だが諦めなければチャンスはあるはずだ。ならば、

「ボクは戦うだけだよ……!」

 高速回避運動をしながらあゆは身を捻り、急静止。

「『光羅(ヴェイト)』!」

 瞬時に形成される六十近い光の矢。それをあゆはグランヴェールの穂先を佳乃――いや、いまは白穂か――に向けた。

 飛ぶ。

 一斉に相手を穿たんと光の矢が空を駆けていく。

「無駄です!」

 だがやはり予想通りその攻撃は全て白穂の結界に遮られてしまった。

 いくら数が多いとは言え、所詮は下級魔術。魔力量の豊富な魔術師であれば、どれだけの数であろうとその威力じゃ話にならないだろう。

 手詰まりかなぁ、と思った――その瞬間だった。

「!?」

 いきなり何かに掴まれたかのように身体の動きを止められた。

 力んでも身体が思うように動かない。これは、

「束縛魔術!? いつの間に……!?」

「先程の魔術の際に仕込ませていただきました。あなたの機動力はかなりのものですからね。足を止めようとするのは当然のことかと」

 攻撃が止む。だが今度は一際強大な魔力が白穂の手に集約し始めていた。

 詠唱はない。つまり、

「古代魔術……!」

「投降してください」

 白穂はその手をあゆに向けながら、

「勝敗は見えました。この状態で古代魔術を放てば、ろくな防御魔術を持っていないあなたでは間違いなく死にます。

 ですからどうかご投降を。……できる限り殺しなんてしたくありませんので」

「やーだよ」

 考えることもなく、あゆはすぐさま答えを返していた。

 思わず目を見開く白穂にあゆは勝気な笑みを浮かべ、

「ボクはどれだけ状況が悪かろうと死ぬかもしれなくても、決して敵に降ったりはしない。そうなるくらいならボクは自分から死を選ぶ」

「……主への忠誠、ということですか?」

「違うよ。それが……ボクの望みで生きる意味なんだッ!」

 叫ぶと同時、空気中に破砕音が響き渡った。それは、

「束縛魔術を……魔力で強引に引きちぎった!?」

「ボク、魔術のコントロールは苦手だけどこれで魔力量には自信あるんだよ――ね!」

 翼を靡かせ、一気に飛ぶ。

 魔術の準備中であるいまなら佳乃に交代することもない。それに束縛されていなければ古代魔術であろうとかわす自信はある。

 だからいまがチャンスだ。

 しかし白穂は表情を崩さずこんなことを告げた。

「ですがその前に後ろ……地上を見た方が良いと思いますよ?」

 え、と思わず下を見る。すると――、

「!」

 エア兵に周囲を取り囲まれ防戦を繰り広げているミチルたちの部隊が見えた。

「まさか、誘導されていた……!?」

「あなたが回避すればお仲間の命がありません」

「……なかなか姑息な手段を使うね」

「戦争ですから。……投降、していただけますか?」

 これであゆは悩むしかなくなる――はずだった。けど、あゆは笑みさえ浮かべて事も無げに言う。

「撃てば良いよ」

 白穂がギョッとし、

「あなたは――仲間をなんとも思っていないのですか!?」

「勝手に勘違いしないでよ。言ったじゃない。ボクは逃げない、って」

 振り返る。

「答えは簡単。その古代魔術ごとあなたを貫けば良い。そうすればボクもミチルちゃんたちも死なないし、あなたを倒せる」

「……そんなことができるとでも、本気で思っているんですか?」

「思ってなかったら言わないよ」

 強気、だろうか、とあゆは思う。でも不思議と自信はある。

 この難関を突破し、未来を生きていく自信がある。

 約束をしたから。誓いがあるから。目的があるから。

 そして力もあるから。だから……、

「ならば……もう言いません。その身を光で焼き尽くしなさい!」

 集約された強大な魔力が、言葉に乗せて解放される。

 

裁きの聖十字(グランド・クロス) ”!

 

 光の古代魔術。十字の光があゆとその下にいる者たちを燃やし尽くさんと天空を焼く。

 だが、あゆは言ったとおり逃げようとしない。むしろこれはチャンスとさえ思っていた。

 相手の攻撃は強力な一点攻撃。ならば、

「あれを――使える!」

 グッと、グランヴェールを握る手に力を込めた。

「ボクにも譲れない想いがある。だから――やるよ、グランヴェールッ!」 

Ok. Get ready.』

 言った瞬間、あゆを中心点に魔力が猛々しく立ち上り、空が爆ぜた。

 グランヴェールを突き出すように前に出し、両手でしっかりと握り締め腰を落とす。

 それとほぼ同時、あゆの翼が輝きだし、その上に別の翼……光の翼が形成された。

 従来の翼ではない。祐一やマリーシアのようなマナでできたものとも違う。

 それはいわゆるブースター。魔力で故意に形成された、この一撃を更に押し進めるための加速装置だ。

「この、魔力は……!?」

 白穂の視線の先。そこで魔力が荒ぶ。マナが火花を散らす。

「これが……ボクの望む道なんだよ」

 ずっと共に生きてきた。

 そしてこれからも共に生きていきたい。

 あの人はなんでも器用にこなすし、疲れや弱さを見せないポーカーフェイスだけど、その実心はとても不器用な人だから。

 だからそれを守ろうと、支えようと決めた。だから、

「祐一くんの背中はボクが守る。こればっかりは誰にも譲ってあげないんだ」

 そのために、

「負けられない。負けてなんかいられない。祐一くんのためじゃない。これはボクのためで、ボクの意思で、ボクの道。――だから!」

 ボクは、

「ボクの力で! 全てを貫くッ!!」

 遮る壁も。

 邪魔をする敵も。

 胸に宿る想いも。

 譲れない気持ちも。

 全てひっくるめて、貫いてみせる。

「グランヴェ――――――ルッ!!!」

 その叫びに呼応するように、グランヴェールの光刃が強く輝きを増し吹き出した。

 これはグランヴェール自体の光の刃じゃない。これはあゆの持つ光の力だ。

 属性融合。

 強くグリップを握り締めると同時、背中で輝く二対四翼が雄々しく舞った。

 

その名は(コードオブ)――

 

 両手で柄を握り締め、あゆは身を前へ押し出すように前傾姿勢を取る。

 前以外は見ない。そんな意思をありありと瞳に宿し、

 

――神をも穿つ光の魔槍(ロンギヌス) ”!!

 

 大気を打つように翼がはためき、あゆの身体が前へ飛んだ。

 豪速。爆発した加速の中で、あゆの身は一条の矢となる。

 尾を引くように光が線を生み、彗星の如き極光が一直線に空を切り裂いて佳乃と白穂――そしてその古代魔術へ突き進む。

「馬鹿な!? 自分から突っ込むなんて……!?」

 古代魔術“裁きの聖十字”。その威力はあゆとて知っている。

 だがあゆはそれを回避するつもりはなかった。こんな攻撃に対し逃げていたら、自分は自分の道を見失ってしまう。そんな気がしたから。

 だからどれだけ怖くても、危なくても。真正面から激突し完膚なきまでにぶっ壊す。

 単純明快。まさしくあゆらしい思考の帰結だった。

「……ッ!!」

 光と光が、激突する。

 飛び散る魔力の余波は相当のもので、空中で激突しているにも関わらず地上にさえ被害が出るほどの巨大な力のぶつかり合い。

 それを中心でもろに受けているあゆの衝撃はかなりもののはず。しかしあゆは目を閉じない。ただ前を、前を見据える。

 身体が引きちぎれそうな痛み。根こそぎ吸い取られそうな魔力。心の底から湧き上がってくる死への恐怖。

 だがそれら全てを纏めて押し潰し、唇を噛み締めてあゆはグランヴェールを強く握り締めた。

「――ぬけ」

 小声で何事かを呟く。

 翼が戦慄く。あゆの想いを具現するように力を帯び、輝きを増し、更に大きくその光の四翼は舞い上がり、

「貫けぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 裂帛の咆哮と共に翼が速度を生み出した。

 あゆの身体を弾丸とするように、前へ押し出すための強き飛翔。

 グランヴェールの穂先の光が渦を巻き更に強固に鋭角的に、そして圧倒的な力を宿して光を喰い破る。

「そ……!」

 皹が、奔った。

 白穂が全力で、それこそ使える魔力を総動員して作り上げた古代魔術が、

 その十字の光が、中央から瓦解していく。

「そんな……!?」

 白穂の魔力量は裏葉をわずかとはいえ上回っている。

 魔術コントロールや魔力操作などといった細かい技術面では裏葉に及ばないが、一撃重視の威力であれば白穂の方が上回っているはずなのに。

 しかも同じ光属性相手に力負けするなんて……。

 だが、それも当然。

 あゆのこの“その名は神をも穿つ光の魔槍(コードオブ・ロンギヌス)”は神殺しとしての力を利用した技。

 読んで字の如く『神さえ貫く』、まさに神殺しの名に相応しい力。

 澪が知っていた古代魔術を、神殺しを通してあゆの使いやすいように改良したのがこの技だ。

 故にこの輝きは、神滅の光。

 光にして光を喰らい、

 光にして光を切り裂き、

 光にして光を貫く。

 だからこそ――光に負けるはずがない!

「こ――のぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「!?」

 一度壊れたらもう止まらない。

 愚直なまでの前進が、壊れかかった“裁きの聖十字”を力尽くでぶち抜いた。

「あ――」

 白穂の魔力と意思が尽き果て、強制的に人格が佳乃に移行する。

 だが、佳乃の魔力や技でこの進撃を止められるわけがない。白穂の魔術でできないことを佳乃でできるはずがない。

 ならば?

 答えは簡単だ。

 死ぬ。防ぎきれず、これを受けて自分は死ぬ。

 戦いの結果だ。当然のことだろう。だけど……、

「……や」

 迫る白刃。こうしているだけでも身を突き破る勢いの魔力の放流。受ければ苦痛もなく一瞬で消し飛ぶに違いない。

「いや……」

 でも、それを『嫌だ』と強く思っている自分がいることに佳乃は気付いた。

 軍人になったときから、覚悟はしていたつもりだった。皆を守るために命を賭けようと誓った。その意思は嘘じゃない。

 なのに、こうして死に直面して佳乃はその恐怖に身を奪われた。

 なぜ? どうして?

 ……いや、そんなことは端からわかっている。

 未練がある。やり残したことが、まだたくさんあるからだ。

 だから死にたくない。死ぬことが怖い。死んで、何も残せない(、、、、、、)ことが怖い。

 けれど、死はもうすぐそこで。戦ったからこそわかる。この死はもう回避しようがないのだと。

 だから涙はこぼれ、止まらず、恐怖にのみ心は彩られた。

 思わず目を閉じる。もう直視していたくない。逃れられない死なら、いっそ何も考えずに消えていきたい。そう思ったから。

 ……。

 …………。

「……?」

 だが、何も来ない。

 いや、もしかしたらそう感じただけでもう自分は死んだのだろうか?

 確認すべく、おそるおそる目を開け、

「――え?」

 目の前に突きつけられた、光の穂先を見た。

「ボクの勝ちだよ、佳乃ちゃん」

 声が、唖然とした佳乃の耳に届く。

 ゆっくりと焦点が合っていく視界の中で、満足そうに笑みを浮かべるあゆの姿が印象的に映った。

「あゆ……さん?」

「ボクは壁を貫いた。意思を貫いた。そして……佳乃ちゃんの戦意は折れた。だからこれでボクの勝ち。でしょ?」

 にこり、と微笑みあゆが穂先を下げる。挙句にグランヴェールの第二形態を解除して。

「あたしを……殺さないの?」

「佳乃ちゃんが典型的な神族だったら殺してたと思う。祐一くんのためにも」

 でも、とあゆは佳乃を見て、

「思えば、佳乃ちゃんは他のエア兵とは違ったよね。最初からボクたちを見下さず、『一人の兵士』として対等に見てた。

 だからさ、殺す必要なんてないかな、って思うの。いまは陣営が違うから敵だけど、でもきっと佳乃ちゃんとなら分かり合える気がするんだ」

 言い切ると、ポリポリと頬を掻く。

「ボク、甘いかな?」

 えへへ、と苦笑するあゆ。それを見て佳乃は身体から力を抜いた。

「あたしは――」

 空を見上げ、

「あたしは、ただ皆と元気に笑って暮らせたらそれで良かったんだ。……気心の知れた皆と、肩を並べて生きていければ、それで」

 神奈、二葉、柳也、裏葉、聖、晴子、美凪。そして――往人と。

「魔族とか人間族とかそんな小さなことで争うことなんてなくて、一緒に笑っていたいなぁ、って思う。……難しいけど」

 あゆが笑う。

「皆が佳乃ちゃんみたいに、それを『小さなこと』って思ってくれれば良いんだけどね。あと……平和が良い、っていうのはボクも同感」

 そう言ってあゆが身を翻した。その背に、思わず佳乃は手を前に出し、

「ね、ねぇ! あたしを放っておいて良いの?」

「もう戦う気もなさそうだし」

「……また敵として立ち塞がるかもだよ?」

「そのときはそのときだよ」

 あゆは首だけ振り向かせ、

「そのときは、ボクがまたあなたを倒すだけだから」

 絶対の自信と共に微笑んだ。

 

 

 

Burning(燃える), burning(燃える), red stars(紅き星々)

 

 美凪の周囲を魔力が舞う。

 紅蓮の髪がその余波に踊り、力を生む。

 

I yearn for the (焦がれる世界)world, stars were twinkling in the (広がる夜空)night sky.

 

「固有結界、か」

 神奈も美凪が固有結界を使用できることこそ知ってはいたが、その能力の本質については聞いていない。

 固有結界とは心象風景。それを語ることはつまり心の内を暴露することと遜色ない。だからこそ美凪も語らず、神奈も聞こうとはしなかった。

 だが、それを躊躇なく使うことこそ美凪の本気の証明とも言える。

 だからこそ神奈は詠唱の邪魔をしようとせず、真正面からそれを受ける気でいた。

 

It is a heat haze(全ては在って無く), everything is eaten by the (存在は炎に喰われていく)flame.

 The mind and the body are(我が身は焼かれ) burnt, it returns to the origin (星へと還る)in the star.

 

 空間が軋む。美凪の心象世界が形を成していく。そして、

 

Therefore, here(故に此処は)……, “Crimson Galaxia” (天に立ち昇る埋葬の墓).

 

 終わりの言葉を刻むと同時、美凪を中心点として世界は闇に包まれた。

「!」

 漆黒、ではない。周囲には点在するように赤が見える。それはまるで紅の星。夜空に浮かぶ炎の星々のようだった。 

 足元の床の感覚も消えていた。浮いている感覚。ともすればこのまま溺れてしまいそうなある種の圧迫感。しかし、

「ほほう。これが美凪の固有結界、というわけか。……随分と綺麗じゃな」

「そう表現したのは神奈様だけですよ」

「ふふ、そうか」

 神奈は不意に己が手を見やる。

「……なるほど。魔力が吸い取られておるな。これがお主の固有結界の力か」

 しかし神奈は焦りもなく笑みを浮かべ、

「まぁ、この程度なら問題はないが」

「ならば……!」

 美凪が紅に輝く星々をバックに、颯爽と駆けた。

 居合いが来る。

「ふっ!」

「むん!」

 激突する刃。連続でかき鳴る剣戟音。

 美凪は全力全開だ。その怒涛とも呼べる居合いの連撃を、しかし神奈は見事に捌ききっていた。

 魔術の才能にあぐらをかかず、剣の努力もした神奈。その結果だ。が、

「むぅ……!」

 捌くことは出来ても、まったく攻勢に移れない。否、受けるので精一杯という状況だった。

「やはり剣術で美凪と打ち合うのは無理があるか……!」

 弾かれ、勢いを利用しそのまま一旦下がろうと神奈は翼をはためかせ、

「む?」

 何故か前に出た。

「おぉ!?」

「はぁ!」

 自分の意思とはまったくの逆方向。その隙に迫る美凪の剣をどうにか受け止め、苦々しい表情を浮かべる。

「複数能力保有の固有結界か。厄介な事この上ないのう」

「……でしたらもう少し焦ってみてはいかがでしょう?」

「たわけ、焦っておる。しかし――」

 神奈は口元を釣り上げ、

「負ける気はせぬな」

「!?」

 直感のままに美凪が一気に後ろに下がる。

 すると次の瞬間その場を光の刃が通り過ぎていった。

「さすが美凪じゃ。勘も良い」

「いまのは……!?」

「魔術じゃ。無詠唱は知っておっても無言発動を見るのは初めてか?」

 にやりと笑い、

「じゃが……この程度で驚いているようでは、余には勝てんぞ!」

 宣言と同時、魔術が飛び交う。

 神奈の言うとおり完全な無言発動。手の動作もない。剣の一振りで幾多もの魔術が行使されていく。

「くっ……!?」

 なんて魔術コントロール。なんて魔力操作。そしてなにより驚くべきはその魔力量。

 無言発動の消費魔力は無詠唱よりも高いというのに、この固有結界で魔力を常時吸われているにも関わらず平然と使ってくる辺り底が知れない。

 かわし、居合いで切り払い、『炎上』で防御する。だが止まらない。神奈の攻撃が止まってくれない。

「どうした! 防いでいるだけでは余には勝てぬぞ!」

 体力も魔力も奪われているはずなのに、神奈にそんな素振りが見えない。

 固有結界の能力を遮られているのかとも疑うが、さっき移動方向がずれていたことからそれはない。

 ――体力も魔力も無尽蔵だとでも言うのですか……!

 このまま待っていても倒れてくれそうにない。否、そんな保守的な考えは捨てろ。攻めなければ。その姿勢がなければこの人には勝てない。

 だから、

「はぁ!!」

 一際強烈な『炎上』で迫る光の一切を薙ぎ払う。その上で力を溜め、攻める!

炎月・六式!」

 超高速の居合いにより放たれた炎の斬撃が六つ、それぞれ別方向へ奔っていく。

 だが神奈もたいしたもの。高速で飛来するその炎を軽い動作で回避する。が、

円閃!」

「む?」

 美凪の刃が翻る。するとそれに操作されるかのように回避したはずの炎が神奈の周囲を回りだし、

縛囚!」

 その言葉に呼応するように炎が神奈に殺到し、絡め取るかのようにその動きを捉えた。

「ぬ……!」

 神奈の身体が『炎上』で燃え上がる。だが美凪は止まらない。

 攻めろ。攻め続けろ。

 一心に攻めを求め、応じる力を胸に、更に魔力を滾らせ、

「―――遠野流居合い術・究極奥義」

 射抜くように神奈を見やり、刀を抜き放った。

 

月華・緋王鳳凰閃!!

 

 放たれるは直線状に在るもの全てを切り裂く遠野の最終奥義。

 見える者には見えるだろう。瞬きよりも刹那に奔る、その紅に燃え上がる鳳凰の姿を。

 それが炎に包まれる神奈に真正面から、

「!」

 直撃した。

 従来の「月華・鳳凰閃」に『炎上』加え、さらに固有結界の能力で二段構えで威力を上昇させた奥義。

 現時点で美凪の使える最強の攻撃がこれだ。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 肩で息をしながら正面を見やる。

 もし、もしもこれで駄目だったとしたら……、

「さすがは美凪。たいしたものだ」

「ッ――!?」

 もう美凪には、

「『星の記憶』を展開していなかったら、負けていたやもしれぬ」

 どうにも、できない。

「……そ、んな」

 煙の晴れた先、神奈はまったくの無傷だった。

 背中の三対六翼を輝かせ、『タテノミタマノツルギ』が淡く発光している以外に……先程と外見の差はなかった。

「いや、いまの一撃はまさしく見事であった。まさか祐一相手以外に『星の記憶』を展開することになるとは思いもよらなかったぞ」

 神奈の視線が美凪を射抜く。

「!」

 それだけで美凪の身体がすくみ上がった。

 殺気もない。邪気もない。にも関わらずこの心臓を握られるようなひどい圧迫感はなんなのか。

 ここは美凪の固有結界。美凪の世界だ。にも関わらず、そこに存在するだけで世界を揺るがすその圧倒的な威圧感に、美凪は思い知った。

 これが、神尾神奈。

 数いる神族の中でも五本の指に入ると言われている、最強クラスの神の血族。

 これぞまさしく神の血族と呼ぶに相応しい力。他者を寄せ付けず、圧倒的な力で敵を粉砕する存在。

 確信した。

 勝てない。この相手に、自分は勝てない。

「美凪の本気、しかと受け取った。であるからこそ――余も知りうる最強の技を手向けとしてお主に捧げよう」

 気配が更に膨張する。

 美凪の固有結界が悲鳴を上げている。強大な魔術を放たれたわけでもないのに、固有結界が霧散しようとしている。

 だが美凪は精神を集中しそれを阻止する。

 勝つことができないとしても、後に来るであろう祐一のために少しでも神奈の体力と魔力を減らしておかなくてはならない。

 だから美凪は唇を噛み締めて、このプレッシャーに耐え抜く。しかし、

「……行くぞ」

 神奈が『タテノミタマノツルギ』を水平に構えた。右手を柄に、左手を刃の先端に置く形で。

 三対の翼が雄々しく広がる。舞い散る羽の一つ一つにさえ強力な魔力が宿るその翼を、更に強大な魔力の奔流が埋め尽くしていく。

 輝きが増す。神奈の身体自身を光が包み込み、そのどこまでも深い白が遮るもの全てを照らし尽くさんと舞い上がり、

 

無限の空 (インフィニティ・エア)

 

 刹那、世界は光に焼かれた。

 

 

 

 祐一は王城の中を突き奔っていた。

 敵はいない。おそらく既に美凪が倒していったのだろう。敵と遭遇することなく祐一は真っ直ぐに神奈たちがいるであろう場所へ向かう。

 と、そこで懐の連絡水晶が淡く発光していることに気がついた。

 魔力を通し受信を可能にする。と、すぐさま男の声が聞こえてきた。

『そっちはどうだ祐一?』

「浩平か。こっちは瀬戸際だな」

『ありゃ、タイミングドンピシャだったか。じゃあ報告は後で――』

「いや、気にはなっていた。そっちはどうだ?」

『ああ、こっちはあらかた片付いた』

「宮沢和人は?」

『……あー、それなんだがいろいろ複雑な事情があってな』

「どういうことだ?」

『実は総指揮していた宮沢和人が偽者だったんだ』

「なに?」

『詳しいことは後で話す。とにかく偽者は逃亡……になるのか。本物はついさっき見つけ出したが意識不明。まぁ、ともかくごちゃごちゃしてるよ』

「……まぁ良い。とにかくクラナドは落ちたんだな?」

『あぁ、そうなるな』

「わかった。なら次はこっちの番だな」

『大丈夫か? 神奈女王はめちゃめちゃ強いって話だが』

「やるしかないだろ?」

『違いない。それじゃ、健闘を祈るよ』

「あぁ」

 連絡水晶の魔力をカットし、懐に戻す。

 その瞬間だった。

「!?」

 強大な魔力の奔流を察知した瞬間、城が大きく揺れた。

「……美凪!」

 いまの魔力は美凪のものではなく、神奈のものだ。

 だからこそ悪い予感が祐一の胸に去来する。しかしそれ以上考えないように祐一はかぶりを振り、再び駆け出した。

 呼んでいる。

 間違いなく自分を呼んでいる。

 ここに来い、と。そう呼ぶかのように強い気配を神奈が滾らせている。

 だから祐一は真っ直ぐにその先へ進み、

「!」

 そして、見た。

 おそらくは謁見の間。天井がポッカリとなくなり、空の光が床を照らしているが、この広さは間違いないだろう。

 そしてその最奥に、三対の翼を背ではためかせる強大な存在感を感じさせる神奈と、

 ……手前で力なく倒れ伏している美凪の姿が視界に映った。

「美凪ッ!」

 慌てて駆け寄りその身を起こす。そして安堵した。

 息はある。怪我は酷いが、高い自己再生能力を持つ美凪ならまず命に別状はないだろう。

「……あ、いざ……わさん」

「喋るな美凪」

「……す、いませ……勝てな……か……た」

 自嘲気味に笑う美凪。だが祐一は首を横に振り、

「バトンタッチだ。ここからは俺がやる。お前の分も、な」

「……はい」

 安心したように美凪は微笑む。

 その髪を優しく撫で付け、

「だからお前はゆっくり寝ていろ」

「……すい、ません……あとは……お願い……します」

 そこまで告げると、美凪は気を失った。

 魔力の極端な消費に加え、体力的な問題もあったのだろう。祐一は美凪を抱えると安全と思われるところまで運び横たわらせた。

「――」

 そして、振り向く。

「神奈」

「祐一」

 互いの名を、呼び合う。

 それだけのことですら、胸に去来するいろいろな想い。それは互いに等しいだけ降り積もる。

「……」

 無言が支配する。言いたいこと、聞きたいこと、多くあったのに、言葉は象られることはない。

 何故なら、ここにいるのは相沢祐一と神尾神奈という親類にして友人ではなく。

 ここにいるのはカノン国の王とエア王国の女王なのだから。

 ……けれど、ただ一つだけ。

「……言うことはあるか、祐一?」

「そうだな」

 祐一は微笑を浮かべ、

「二葉が、わかってくれたよ」

 そうか、と神奈は何度も頷いた。そうか、と。本当に嬉しそうに笑い、

「……それだけが気がかりだった。これで――」

 けれど一瞬の後にその表情を打ち消し、身体ごと祐一に振り向いた。

「これで、心置きなく戦える。そうであろう、祐一?」

「あぁ、そうだな」

 頷いた祐一もまた笑みを消し、力を解放した。

 金色に輝く双眸、背に生えいずる漆黒と純白の双翼。闇と光。その間に生まれ二つの力を宿した祐一の真の姿。

 溢れ出す魔力。滾る力。

 この場において、優劣はない。空間を支配する力はまさにこの世界でも有数の強者が二人。

 いまなお戦いを続ける両軍の兵士たちが、思わず見上げてしまうほどの強大な魔力の迸りを、互いに見せ付けている。

「「――」」

 二人はそれ以上は語らず、互いに構えを取った。

 過去の記憶、現在の想い。

 言いたいこと、話したいこと。それぞれ二人にはあるはずなのに……もう、口は開かない。

 相沢祐一はカノン王国の王で、

 神尾神奈はエア王国の女王。

 敵対している国同士の長がこうしてあいまみえて、何故言葉だけでわからせることができようか。

 もはや話し合いで収まるものではない。国民を巻き込み、一国という重みを背負った者がそこにいる。

 であるならば――もはや力尽くで相手を叩き伏せるしかない。そうでなければ誰も納得しない。

 それが、個人ではなく……上に立つ者の宿命だと、二人はわかりすぎるほどにわかっていた。

 だからこそ、二人は宣誓のように告げた。

「「もはや語る言葉無し」」

 そして激突する。

 互いの――過去と現在の全てを賭けて。

 

 

 

 あとがき

 というわけで、こんばんは神無月です。

 ははは、また長くなったぜこんちくしょー!!w

 こほん。えー、それはともかく、あゆVS佳乃(白穂)。いかがでしたでしょうか?

 あゆも強くなったなぁ(しみじみ

 初期のあゆのへっぽこさと言ったらもう……w いやまぁ予定通りなんですが。

 佳乃&白穂コンビ。バランスの良さで言えばエア随一(往人はちょい特殊)。しかし彼女には明確な戦いの理由がなかったんですよね。

 神族としての驕りもないかわりにプライドもない。だから他の皆のような『譲れぬ意思』というものが薄かった。敗因の一つでしょう。

 さて今回あゆが使ったあの技ですが。

 ぶっちゃけあの威力でまだ全開ではありません。というのもあれはまだグランヴェールが第二形態での攻撃だからです。

 これからあゆとグランヴェールの信頼度が増し、第三形態、そして第四形態と呼べる最終形態になったときの威力は未知数!

 ふふふ……楽しみですね?(ぉ

 さて、そして神奈VS美凪。美凪の完敗でございます。

 美凪も強いんです。が、神奈には遠く及ばない。神奈の実力は群を抜いているのです。

 さぁそんな相手に祐一はどう戦うのか。

 では。

 

 

 

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