神魔戦記 第百二十章

                       「最強剣士」

 

 

 

 

 

 カノン・ワン混合軍の進撃は止まらない。

 エア軍も善戦はしている。しかし明らかに流れ、あるいは勢いが違った。

「このまま突き進む! 行くぞ!」

 先頭の祐一の声に誰もが頷き力を漲らせる。カノン兵はともかくとしても、ワン兵までもがそうなるのはある種祐一のカリスマ性だろう。

 いつの間にか惹き込まれ、従うことに疑問を持たせない。

 そんな特殊な、浩平とはまた違った意味での魅力がある、とワンの誰もが祐一を認め始めていた。

 団結力、そして信頼はそのまま戦力の向上へ直結する。

 対するエアは尻込みが力を抑制している。

 初撃の祐一の“光と闇の二重奏”、王都を攻められているという焦燥感、そして押されているという実感。

 それら全てが重なって大きな一つの流れとなり、優劣を導き出していた。

 このような大局での流れはそう簡単に変えることはできない。変えようと奮起したところで小さな波は所詮大波に飲まれて消える。

 けれど、

「これ以上はやらせるか!」

 単騎で大波を起こしてしまうほどの強大な力は、確かに存在する。

 まず誰もが見たのは光だっただろう。一瞬のフラッシュ。

 だがそれを知覚する頃には、押し寄せていたカノン・ワン混合軍の一角が爆発と共に消し飛んでいた。

「なんだ!?」

 浮き足立つ部隊。それを嘲笑うかのように更に爆発が大地を焼いた。

「これは……破軍!?」

 それを見て何かを察したらしい美凪が、呻くように呟いた。

 そして見るは上。そこに、こちらを待ち構えていたかのように立ちはだかる二つの影があった。

 そこにいる人物を見て、美凪はその名を口にする。

「……国崎、さん」

 第二部隊長、国崎往人。

 そしてその横には漆黒の球体に目を一つだけくっ付けた様な不気味な影が浮かんでいる。北斗七星の一つ、破軍だ。

 それを従えながら、往人は薄く笑った。

「俺だけじゃない」

「!」

 弾かれるように後ろを見やる。

 同じく上空。そこに見知った人物が滞空していた。

「佳乃さん……いえ、いまは白穂さん、ですか」

 挟まれた。

 北斗七星が一、破軍。そして佳乃の二重魂の片割れ、白穂。どちらも対多数に向いた者たちだ。

 だからこそ他のエア兵が突っ込んでこないのだ。巻き添えを恐れるが故に。

 だが往人はそんな美凪を見てはいない。憎悪と嫌悪を隠そうともせず、往人はただ一点を見つめていた。

 無論その先にいるのは、

「相沢祐一……!」

 憎々しげに呟き、そしてその横にいる観鈴を見やる。

 祐一の隣でこちらを見上げる観鈴の表情は本当に他のカノン・ワン軍の面々と同じものだった。

 だからこそ余計に、腹が立つ。

「観鈴をこんなところに連れ出してくるなんて卑怯な男だ! これだから魔族は……」

「やめて、往人さん!」

「観鈴……! お前はまだわからないのか!?」

「まだわかってないのは往人さんの方だよ! わたしは自分の意思でここに立ってるんだから!」

「お前は神族なんだぞ!?」

「そんなの関係ないよ!」

 言葉は平行線。それを悟ったのだろう。故にこそ、往人の怒りは全て隣の祐一に集中する。

「貴様さえいなければこんなことにはならなかったんだ……!」

「ふん。随分と自分勝手な言い分だな。種族に拘り、それを観鈴が拒めば全て俺のせい、か。……笑わせる」

「……んだと」

「お前は典型的な神族だな。――俺の最も嫌いなタイプだ」

「……そうか」

 挑発するように笑う祐一に、往人もまた笑みを浮かべ、

「そこだけは同感だぁ!」

 往人が破軍と共に祐一目掛け一気に降下する。

 それを迎え撃とうと祐一も剣を構え、

「「!?」」

 だがその行く手を遮るように巨大な水のうねりが往人を襲った。

「ちぃ……!」

 やむなく上昇する往人。その間に立つように、祐一の前に二人の人物が現れる。

 茜とみさおだ。

「茜」

「先に進んでください、カノン王。ここは私たちが」

 背中を見せたままに茜。みさおも同意見なのか何も言うことなく翼を展開した。

 それら二人の背中を見て、祐一は数秒だけ考え込み、

「……任せる」

「させません!」

 進軍しようとする祐一たちに後方の白穂が魔術を放とうとする。しかし、

「っ!?」

 白穂は一瞬で佳乃にチェンジし、迫る刃を拳で受け流した。

 煌く刀身。その槍と翼持つ主は佳乃のよく知る相手だった。

「佳乃ちゃんの相手はボクだよ」

「あゆさん……」

「この前は結局決着、着けられなかったからね……。その続き、しようよ」

 槍を回しつつ挑発的な笑み。

「あゆ」

 祐一の声にあゆは何も語らない。だが一瞬交わった視線が全てを物語っていた。

 ――祐一くんの決着を、着けてきて。

 ずっと共にいた者だからこそわかるその真意。だからこそ祐一ももう声を掛けることはせず、

「進むぞ!」

「待て!」

「それはこっちの台詞だよ!」

 止めようとする佳乃を、しかしあゆが遮った。

 進軍を再開する祐一たちを佳乃は舌打ちしつつ一瞥し、佳乃はあゆを正面から見据えた。

「なんの言葉もないんだね」

「必要ないんだよボクたちには。……知らないの? 言葉なんかなくたって、大切な人とは通じ合えるんだよ」

 目を見開く佳乃に微笑みを見せ、

「そんな人のためにボクは戦う。だから――負けないよ?」

 あゆは突撃した。

 

 

 

 空と地上。

 睨み合う二人の人物がいる。

 空に柳也。地上に舞だ。

 舞は意識を柳也に向けつつ、周囲に視線を巡らせた。

 血を流し倒れるヘリオンが見える。ボロボロに燻った鈴菜が見える。

「……」

 ギュッと剣の柄が握り締められた。

「怒っているのか?」

 それを見たのか、柳也が静かに問いかけてくる。

「仲間を傷付けられて、怒っているのか?」

「……怒っていないとでも?」

「いや。それは人として当然の心理だろう。だが……そう思うのであれば戦場なんか(こんなところ)に来るんじゃなかったな」

 神刀『水無月』の剣先を向け、

「戦いを挑んだ時点で両陣営に被害が出るのはわかりきっていたことだろう? 傷付く者も、死者もだ。それを良しとせぬなら、戦いなど最初から仕掛けてこなければ良かったのだ」

「……」

 舞は考え込むようにしばし瞼を閉じ――そして柳也を見た。

「……その通り」

「なに?」

 その答えは柳也も予想外だったのだろう。だがそんな柳也を気にもせず舞は言葉を続ける。

「私は戦いたくなんてない」

 そう。舞は戦いなんてしたくない。興味はないのだ。

 いまの柳也や、例えば留美や一弥のような強者と相対し戦えることの喜び……強さを誇る剣士としての感覚も、舞には一切なかった。

 平和であるのならそれ以上のことはない。戦わずにすむのなら戦わないに越したことはない。それが舞の考え方だ。

「だって戦いは人が傷付くから」

 味方……友人たちや部下が。そして相手も。

 そんなのは嫌だ。悲しすぎる。特に友達が傷付けば泣いてしまいそうになるし、怒りだって込み上げる。

 川澄舞とはそういう人間。

 カノン王国近衛の隊長。クールな物腰、そして何があっても表情を変えぬ鉄面皮。敵とあらば容赦せず、冷酷に斬り捨てる最強剣士。

 だが、そんな言葉の飾りは所詮飾りでしかない。

 実際の彼女は優しくて優しくて、優しすぎて名も知らぬ一兵率の人間の死にさえ涙を流してしまうほど純情な少女なのだ。

 表情を変えないのは周囲にいらぬ心配を与えぬため。

 敵であれば容赦しないのは、躊躇すれば仲間が傷付いてしまうから。そして、

「……力を得たのは、それがなければ守りたい人を守れないから」

 だから舞は一般で言う『武人』とはかけ離れた存在。戦いに美学なんてなく、避けられるなら避けるし、殺さなくて良いのなら殺さない。

 けれど同時に舞は聡明だから。戦わなくちゃいけない時があるということを知っているし、いまがそういう時であることもわかっている。

 祐一の目標は賛同できるし、その為なら力を貸すことを厭わない。そしてそれを仲間も望んでいるのなら、止めるはずもない。

 けれどそれとは別のところで、舞はやっぱり傷付いていく皆を見ているのは辛いし、悲しいし、相手に対して怒りは生まれる。

 理屈や過程なんて関係ない。

 ただ自分は悲しいまでに人間で、人一倍自分勝手なだけなんだろう、と舞は思う。

 だがそれを否定はしない。

 それら一つ一つが自分なんだ、という自覚がある。だからこそ、

「私は仲間を傷付けたあなたを許さない」

 舞はただそのために剣を抜く。

「自分勝手だな。いや、自分に正直……と言うべきか?」

「難しいことは祐一や佐祐理に任せる。私は私の理由で戦う。それだけ」

「そうか。ならば俺もそうするとしよう」

 それを聞いていた柳也も小さく笑みを浮かべ、宣言するように言った。

「我が名は柳也。一人の武士として、強者と戦えるこの事実に、今一時だけは心浸ろう」

 腰を屈め、

「推して参る」

 一気に飛んだ。

 上空から舞に向かって斜めに一直線。

 肉薄する。

 刃が翻る。刀身が煌く。

 交錯は一瞬。甲高い激突音を残し二人の身体がすれ違う。

「「――!」」

 柳也が空中で身を翻し更に攻撃をはかる。舞もそれを迎撃し、剣が舞った。

 響き渡る剣戟の楽章。まるでそれは戦いの高揚を表すカプリッチオのように激しく、強く、そして速く。

「おおおお!」

「……ふっ!」

 それはまさに舞踏のような武闘。示し合わされたかのように刃が激突し奏でる戦舞。

 誇りと怒り。

 二つの意思が織り成す、気高くも美しい剣のダンス。

 止まらない。決まらない。

 剣術だけであれば美凪さえ凌駕する柳也。だがその純粋な剣術において、舞は一歩も引けをとっていない。

 当然だろう。

 そもそもキー大陸に伝わる五大剣士の中において、『剣術』という意味合いで最も上にあるのは川澄だったのだから。

 だからこそ、この程度ではない。

 舞の剣は、この程度で終わらない。

「……ぬっ!?」

 柳也も気付き始めた。

 いつの間にか攻守が逆転していることに。

 先に仕掛けたのは柳也だった。故に舞が防御し、迎撃しそれを裁いて攻勢に出る。それがこの剣戟の流れだったはず。

 だが、気付けばそれが逆転していた。舞が攻撃の手を出しそれを柳也が防ぎ反撃する、という後手(、、)に回っていた。

「ちぃ……!」

 柳也はこのままでは押し負けることをすぐさま悟り、一際強く剣を振ると、それを受けた舞の隙を使って一旦空中に退いた。

 鮮やかとも呼べるその後退。だが強者は退き際を誤らないものだ。

 柳也は遠距離攻撃でもすぐに対処できるだけの距離を取り、小さく息を吐いた。

「単純な剣術ではわずかに負けている、か。……さすがは五大剣士、川澄の末裔だな」

 ならばそれ以外の手を使って戦えば良いだけのこと。舞は空を飛ぶことができないからこうして空に退けば手も出ないし、考える余裕はある。

「空は神族の領域だからな」

「それは違う」

 な、と驚くとよりも早く、幾多もの戦場を乗り越えた身体が勝手に動いていた。

 振り向き後退しながら刀を構える。そこに確かに斬撃が響いた。

 後ろ。そこに突如現れたのは紛れもなく、

「川澄舞、だと!?」

 ここはもちろん空中だ。風属性の魔術師でもない人間がこんな高度まで届くはずがない。

 ならば何故? という答えは一瞬の後にわかることになる。

「遅い」

 瞬きさえ遅いと言えそうな正に刹那の間に舞の身体が柳也の真横に移動していた。

 つまり、

「天空縮地だと……!?」

「川澄流剣術、第五番――刹那の閃

 目に見えぬ一閃が柳也の肩を切り裂いた。

「ぐ……!?」

 いまのに反応し身体をずらせただけでもたいしたものだろう。

 鞘から奔る銀の光。それはまさしく『居合い』であった。

 両刃剣で居合いとはなんとも無茶なことだが、だからこその川澄。剣術においては他の追随を許さぬ家系。

「つぁ……!」

 柳也は二撃目を恐れ天空縮地で一瞬で距離を取る。だが、

「!」

 既にその後ろに舞がいる……!

「せい!」

「……っ!」

 かわし、再び逃げる。だがどれだけ天空縮地で距離を取ろうとしても、そのすぐ傍に舞が現れる。

 完璧かつ完全な天空縮地。

 縮地に入るタイミング。解くタイミング。大気を掴む感覚、その素早さ。発動後の硬直の短さ。工程の一つ一つが完璧と呼ぶに相応しい。

 ……考えても見て欲しい。

 空も飛べぬ人間族の川澄が、なぜ五大剣士の中で空を司る麒麟の名を冠し、『天ノ剣』を持っているのかを。

 その答えがこれだ。

 彼の者には空など足場に過ぎない。川澄の一族は翼を持たずして空を翔る者。

 故に、川澄で『天ノ剣』を受け継ぐということは天空縮地の極地に至ると同義。

 だからこそ逃げられない。

 同じ天空縮地であるならば、舞に勝てる者はこの世界に一人として存在しない。

「ならば!」

 それをやはり察した柳也は、すぐさま逃げるのをやめた。逃げられぬのならば、その行動に意味などない。

 ならば、正面から激突するのみである。

「!」

 その意思を感じ取り、舞は踏み込みを止めた。そこへ、

「秘剣――火裂(かれつ)!」

 空を丸ごと焼き払うかのような炎が舞い上がった。

 踏み込んでいたら回避する余裕なんてなかっただろう。舞は上に逃げ、そして一瞬で下に――柳也に突っ込んでいく。二段連続天空縮地。

「川澄流剣術、第四番――咲殻の閃!」

 鋭角化された魔力を剣先に宿し、縮地の勢いをそのままに突っ込む。

「秘剣――水淵(すいえん)!」

 だがそれを遮るように水が柳也の周囲を覆い、舞の突きを受け止めた。

 しかし舞とてその程度では止まらない。

「川澄流剣術、第三番――牡丹の閃!」

 刀身に魔力を宿し、それを爆発させて水を吹き飛ばす。だが今度は、

「秘剣――雷崩(らいほう)!」

 閃光たる雷が突き奔る。

「川澄流剣術、第七番――甲守の閃!」

 だがそれよりわずか早く、防御の魔力を纏った剣で舞はその雷を防ぎきった。

 けれど勢いだけは殺すことができず舞は吹っ飛ばされる。そこに柳也は暇は与えぬとばかりに追撃を繰り出す。

「秘剣――氷笛(ひょうてき)!」

 凍て付く風が刃となって空を駆けていく。対する舞も剣を向け、

「川澄流剣術、第六番――孔雀の閃!」

 斬撃を飛ばす。二つの刃は空中で激突し、砕けた。

 だが次の瞬間には共に天空縮地で跳んだ二人がその場で刃を激突させる。

「川澄流剣術、第二番――連月の閃!」

「秘剣――風胤(ふういん)!」

 一瞬で幾多もの軌跡を生む剣と、

 一瞬でいかなる物も切り裂く刀が、

「「!」」

 激突し血が舞った。

「つぅ……!」

 柳也は手や足、肩や腰に浅い傷が幾筋も走る。だがそれよりも、

「……っ!?」

 擬似とはいえ空間さえ切断する風胤を正面から受け止めた舞の方がダメージはでかかった。

 擬似クラスでは聖剣は切れない。故に真正面からぶつけられた攻撃は聖剣によって散ったが、その残滓が舞の身体を大きく傷つけた。

 中でも一際大きな傷は左足。深くはないが浅くもない傷。

 命に別状があるほどのものではないが、その傷はこの戦いにとって致命的なものであった。

「それだけの傷を足に負っては、もう天空縮地も使えまい!」

 そう。

 天空縮地は歩法の最大技術。もちろんその工程は繊細なものであり、故にこそほんの少しのズレで発動しなくなる。

 ちょっとでも大気を掴み損ねたら、踏み出しは空を切り縮地は失敗する。仮にそこができたとしても解いた後の硬直は相当なものになるだろう。

「――っ!」

 追撃を恐れ、舞はまだ動く片足で天空縮地を発動。一瞬で地面に着地した。

 だが片足での縮地なんて無謀にもほどがある。足の負担は尋常ではないはずだ。

 それを証明するように、舞は剣を杖のようにしなければ立つことさえかなわなかった。今回は成功したが、次はないだろう。

「これで勝負あったな、川澄舞」

 舞は剣術における重要な『足』を失った。

 実力が拮抗していればこそ、その差はあまりに大きい。

 しかし、

「……あなたは本当にわかってない」

 舞の目は死んでいなかった。

 天空縮地ができなくなったというのに表情を崩さず、流れるように剣の柄に手を這わせた。

「わかってない、だと?」

「天空縮地が出来るだけなら……私たちは麒麟の座を受け継いでいない」

 舞がゆっくりと腰を落とし、剣を構える。だがその構えは、

「逆手持ち……?」

「……私たち川澄に『天ノ剣』が受け継がれてきた真の意味を……教える」

 風が、変わった。

 靡く方向は一点に。それは、舞のいる場所。

 集約する。まるで舞の力になるのだと言うように風が舞のもとに集い、そして邪魔させぬとその周囲を踊る。

 舞の魔力が溢れている。その魔力が風に巻き込まれていく。

 それは何処か幻想的な光景。

 舞の魔力がぐるぐると周りを舞う。だがそれは徐々に速くなっていく。速く、速く、更に速く!

「……く!」

 柳也はこのとき、迷ってしまった。

 次に放たれる『何か』は自分では対処しきれるものではない、と本能が告げている。

 だからそれをやらせる前に叩くか、あるいはこの場から出来る限り距離を取るか。

 その二択を迷い、その場を動けなかった。

 ……否、おそらくこの時もう身体は気付いていたのだろう。

 どちらにせよ(、、、、、、)意味なんて(、、、、、)ないのだと(、、、、、)

「川澄流剣術・奥義……第零番――」

 逆手に構えた剣先に魔力が凝縮し、その剣先が地面を抉りながら上へと押し上げられる。

 魔力の収縮した切っ先が地面とこすれあい、火花にも似た魔力の残滓が帯を生んでいく。道を作り出す。

 それは言うなればカタパルト。これから送り出す力のための、発射の道筋。

 見るのは一点。空の向こう、そこに佇む柳也目掛けて――『天ノ剣』を振り上げた!

 

――麒麟の閃!!!

 

 地面との摩擦力から一気に開放された斬撃。圧縮された舞の魔力がその流れに乗って、上空の獲物を斬り殺す黄金の刃――獣を生む!

 まさに名の如く、其の体躯は麒麟。空を縦横無尽に駆ける金色の獣王の姿だ。

 川澄が『天ノ剣』を受け継いだ真の理由。それがこれだ。

 川澄流剣術・奥義。第零番、麒麟の閃。

 これは、対空技。

 地を司る獅子の七瀬の奥義が上から下へ向けられるものなのなら。

 天を司る麒麟の川澄の奥義が下から上へ向けられるものであることは道理。

 オオオオオオオオオオン!!

 その証明と言わんばかりに、金色の力が空を翔る。魔力の鳴動が鳴き声のように空を打ち、世界を打つ。

「――いかぬ」

 その雄々しさに当てられていた柳也が、しかし迫る力に刀を握り締め、

「負けるわけにはいかぬのだ!」

 全ての魔力を使いきらんとばかりに刀身に集約させ、断ち切れと一閃を繰り出した。

「連奏秘剣――風胤火裂(ふういんかれつ)ッ!!」

 擬似空間切断の切り裂く力と、存在を焼き払わんとする業火の二つが、牙を向く麒麟に振り下ろされる。

 激突する。そして決着は一瞬で着いた。

 その二つの力に金色の光が耐え切れぬというよように、周囲へ力を散らしたのだ。

 思わぬほど呆気ない。

 その様子に疑念も浮かぶ。どういうことだ、と。本当にこれで終わりか、と。

「……違う」

「なに……?」

 柳也は見た。

 自らの奥義が破られようとしているこの状況で……しかしそれでも表情を変えない舞の姿を。

 けれど、違う、と柳也は否定する。

 あれは表情を変えていないんじゃない。……変える必要性がないという目。

 そう、舞はこれっぽっちも考えていなかった。

 ……自分の力が、負けるはずがない、と。

「麒麟は空を飛ぶんじゃない」

 言う。

「麒麟は――駆け抜ける者」

「!?」

 瞬間、金色の光が散った。

 だがそれは柳也の力に負けたわけじゃない。その光は死んでいない。

 まるで邪魔な障害を迂回するように、分かたれた数条の光が……それこそ駆け抜けるように柳也へ向かっていく。

 麒麟の閃。

 それはいかなる物も断つ技ではない。いかなる物も破壊する技ではない。速いわけでもなく、打ち勝つ力があるわけでもない。

 それはただ、いかなる技や結界に遮られようと力を削ることなく目標へ駆け抜けるのみ。

 つまりは――相殺不可、遮断不可の『絶対命中』。

 だから舞は柳也しか見ていなかった。

 何故なら……他のモノなど一切関係がないから。

「っ……! 連奏秘剣――雷崩氷笛(らいほうひょうてき)ッ!!」」

 咄嗟に柳也は氷の斬撃と雷の衝撃波をその数多の光にぶつけようとするが、それすら巻き込み、迂回し、滑るようにして光は止まらない。

 これが麒麟。

 ただどこまでも駆ける、いかなる物にも邪魔を許さない絶対不可侵の力……!

「!!」

 迎撃の術もなく、分かたれた金色の光が一斉に柳也へ殺到した。

「ぐ、お、おおお、おおおおおおおおおお!?」

「空はあなたたち神族の領域なんかじゃない」

 舞は踵を返し、

「空は――麒麟の道だから」

 チン、と剣を鞘に収める。

 刹那、空中に咲いた金色の斬撃が決着の響きを告げた。

 

 

 

 あとがき

 はい、こんばんは神無月です。

 というわけで舞VS柳也でございました。舞の……というか川澄の奥義も初披露ですね。

 柳也の生死やいかに。まぁそれは舞の性格や祐一の言葉、あとはキャラ紹介を考えて見当つけてください(マテ

 さて、次回は往人VS茜&みさおでございます。

 ではまた。

 

 

 

 戻る