神魔戦記 番外章
「その幻想郷」
そこは、どこまでも続いていくような鬱蒼とした竹林だった。
ざわざわ、と風に揺られて葉の合奏。その音に合わせるように、追い越すように、ゆらりゆらりと流れる何かがある。
それは人ではない。
一般に言われるところの『霊』と称されるものだ。
この世界において、それらがいることは特に問題ではないし、特別でもない。
ただ一つ。それが異常なところがある。
それは――数だ。
どう少なめに見繕っても百はいる。しかも連隊を組むように着かず離れずでそれらはゆっくりと竹林の間を移動していた。
「まったく……ここ最近はおかしなことが立て続きに起きてたけど、今回はその最たるものね」
唐突な声は真上から。
霊たちのはるか上空。長く連なる竹林の上を滑空するかのごとく、一つの影が移動していた。
それは赤くて、白くて、そして間違いなく飛行していた。
霊たちがそれに気付き慌てるように速度を増して、まるで逃げるように散っていく。
「もう逃がさないわよ」
紅白の影が急降下してくる。
その紅白は巫女装。大きな赤いリボンで靡く黒い髪を括った少女だった。
少女は袖から数枚の札を取り出し、小さく口付けをして、
「祓いたまへ清めたまへ」
淡く発光し始めた札を一気に霊たちに向かって投げつけた。
瞬間、札は意思を持つかのように不規則な軌道を見せ、まるで追跡するかのように霊たちへ襲い掛かっていく。
札に当たった霊は霧散する。とはいえ、数が数だ。全てを祓うことなどできやしない。
それが霊たちにもわかったのだろう。一転、進路を変更しその巫女へと突っ込んでいった。
「数さえあれば怖くないってこと? 舐められたもんね。ま、相手を舐めるのはここの住人の特権か」
勢いよく迫る霊の群れを前にして、やれやれとでも言いたげに首を振る巫女。
そのまま気だるげに腰から引き抜いたのは、木の先に紙が付けられた大麻と呼ばれる舞道具。
お祓いの場合は必需品とも呼べるそれを軽く一振りし、
「ともかく。この騒ぎもとっとと収めて私は寝たいの。神社の掃除だってしなくちゃいけないのに――ホント、やれやれだわ」
一閃。
霊力(ある魔女からすれば魔力)が込められた一陣の風が先頭にいた霊数体を一気に祓った。
その間に身体を割り込ませる巫女。その手には先程の札とは違う、大きな力が込められた『符』があり、
「ってなわけで。一気に決めましょう」
手を払う。符が呼応するように光を強め、
「霊符――『夢想妙珠』」
刹那、色とりどりの球体が巫女の周囲に出現した。
一つ一つが先程の札や大麻の比にならない圧力を秘めている。
それらは合図を待つように巫女の周囲をゆるく滞空し、
「いけ!」
大麻の一振りに反応するかの如く、それらは散って飛び回り、周囲の霊たちを一気に祓っていった。
その光球が全て消失する頃には、周囲に霊の姿はなくなっていた。
「はい、おしまい。これでようやく帰れ――ッ!?」
る、と言おうとして巫女は弾かれるように真上を見た。
いつの間にかそこに、先程と同程度の規模の霊たちが溢れていた。しかも、全てまっすぐにこちらを狙って急降下してくる。
「やば――」
咄嗟に袖から符を出すが、一度に迎撃できる数ではない。どうする、と対処に明け暮れた瞬間、
「恋符――『ノンディレクショナルレーザー』」
直上から光の雨が降り注いだ。それら一撃一撃が霊たちを貫き、消し飛ばしていく。
コントロール皆無の破壊力と物量に任せた攻撃。
こんな攻撃をする相手に心当たりがあるのか、霊が全て消え去った後、バツの悪そうに巫女はゆっくりと空を仰いだ。
「まさか魔理沙に助けられるなんてね。……私も落ちぶれたかしら」
「おいおい霊夢。礼っていうのは重要だぜ? 人と人の付き合いには大事なもんだ」
「……ま、一応。ありがと、魔理沙」
「おう♪」
見上げる先、『魔女』と形容するのが相応しい少女が、箒に跨って浮いていた。
黒のとんがり帽子に、黒を貴重としたドレス。黒ずくめな様はまさしく周囲に『魔女』だと言わんばかりだ。
が、その帽子からこぼれるややウェーブのかかった金髪と金色の瞳はだからこそ余計に綺麗に見えて。
その魔女の名前は霧雨魔理沙。その巫女――博麗霊夢の腐れ縁とでも呼べる存在であった。
「でも、まぁ確かに霊夢らしからぬ油断だったな。どうした?」
「うん。まぁ……疲れ、かしらね」
「憑かれ?」
「巫女が憑かれてどうする。疲労よ疲労」
「あぁ、なるほど」
魔理沙が箒を傾けゆっくりと霊夢の横に並ぶ。
「ここ最近、霊や妖精の騒ぎが多いからね。私も大忙しよ。
とりあえず原因を突き止めようと思って紅魔館や白玉楼、永夜亭なんかも見て回ったけどそれっぽい動きはないし。……もうお手上げ」
「へぇ、そりゃ大変だな」
「……他人事みたいに。ところで、あんたはどうなの? 今回の騒ぎに関してなにか知らないの?」
二人してゆっくりと降下し、着地する。
いよ、っと足を着き箒を軽く振るって肩に担いだ魔理沙は勿体付けるようにニヤリと笑みを浮かべ、
「私はこの騒動を止める方法を知ってるぜ」
「へぇ、それはなに?」
「冒険だ!」
「……」
「……どうした霊夢。藪から棒に私の額に手なんか当てて」
「熱は無いみたいね。ってことは正気? あぁ、あんたの場合正気が正気じゃないのね」
「すごい言われようだぜ」
ともかく、と魔理沙は前置きし、
「これは本気の話だぜ。今回のこの騒ぎはどうも、この世界の問題じゃないらしいからな」
「この世界? ……どういうこと?」
「紫が言うには――」
「ちょっと待って。……紫の言うことがあてにできるの?」
「とは言ってもあいつが一番歳とってるからな。真相知ってるとしたらあいつだけだろ?」
「……まぁ良いわ。話を続けて」
魔理沙が歩き出すので霊夢もその後に続く。どこに行くかは知らないが。
箒を肩に担いだ魔理沙は、残りの手で指を一本立てて、
「紫が言うには、世界は一つじゃないらしい」
そうして指を順々に上げていき、
「並行世界とか、過去や未来の世界なんかが無限に近いほどあるんだとさ」
「……なんか壮大な話ね。スケールが壮大すぎて胡散臭さがうなぎのぼりだわ」
「そう言うなって。私もまるで信じなかったが、パチュリーんとこの図書館からそれらしい本を調達してきたら似たような記述はあったぜ」
「また本をくすねてきたの……。ま、良いわ。それで?」
「あぁ。で、どうも位相的にここから近い世界で大きな変動が起きつつあるとかで、この世界も影響を受けてるそうだ」
「っていうことはなに? 今回霊や妖精なんかが大騒ぎしてるのはその世界のせいだっていうこと?」
「どうもそういうことらしいぜ」
「はた迷惑も良いところね。っていうか私たちにできることなんてないじゃない」
だが魔理沙はチッチッチ、と指を振った。
「ところが、だ。紫にはそれができるらしい」
「紫が……? あ、もしかして」
魔理沙は頷き、
「あいつの能力は境界を操る程度の能力 、だからな。世界を行き来することもできるらしいぜ」
「……じゃあもしかして魔理沙が言ってた冒険って――」
「話が早くて助かるぜ。んじゃあ、行くか」
「ちょ、行くってどこに!?」
すると魔理沙は振り向き帽子の唾を軽く持ち上げて、
「もちろん、旅の道連れを引き連れに」
「冒険つーか長旅に必要なのはやっぱ知識人と薬剤師と小間使いだぜ」
「最後のはどうかと思うけど」
「……堂々と鼠がやって来た」
「というわけで知識人をゲットしに来たぜ」
「まぁ、ここにいるってことはそうなんでしょうね」
「……そして平気で無視するわけね」
場所は変わって、紅魔館と呼ばれるやたらと紅くて広い館の中。
その地下にある、魔法書の敷き詰められた本棚が乱立する広大な空間。その名もヴワル魔法図書館。
そして霊夢と魔理沙の前には、この図書館の管理人で引きこもりで病弱な魔女、パチュリー=ノーレッジがじと目で二人を睨んでいた。
「っていうかあなたたち挨拶もないわけ?」
おぉ、と霊夢と魔理沙は互いを見やり手を打って、
「邪魔してるぜ」
「お邪魔してるわよ」
「……えーと。黒いのと紅白のを消極的に追い出すには……」
「そんなん載ってる本があるのかよ」
「あるかもしれないじゃない。それより今日は巫女まで無断侵入? 役立たずの門番はどうしたのかしら」
「わかってるじゃないか。役立たずだったぜ」
「……レミィに減給でも頼むべきかしらね」
その無能な門番は門ごと叩き潰されていた。まぁ余談だが。
「で、……用事は何? 本の返却なら嬉しい限りだけど」
パチュリーが魔法使いなら魔理沙もまた魔法使い。魔法を使う者としてはここは宝の山と同じこと。
そのためか、ある一件以来魔理沙はここから無断で魔法書を拝借していっている。ちなみにパチュリーは認めていない。
だが魔理沙の手持ちに本なんてない。だからこれは単なる皮肉だったが、魔理沙は表情を変えることなくにこやかに一言。
「一緒に旅に出ようぜ」
「……スルーしておいて、しかも話が読めないというか脈絡がないというか。ともかくまるでわからない」
「それでわかったら私は尊敬するところだわ」
「まぁ、手短に説明するぜ」
かくかく、しかじか。
魔理沙はそれこそ本当に手短に事の経緯を説明した。
「――ってなわけで、別の世界に行くんだったらやっぱり知識人は必要だろう? だから一緒に来て欲しいんだ」
「……なんで私が。私はここから動く気はないの。出る気もないわ」
「この前の宴会騒ぎのときは出回ってたじゃない」
「あれは……私自身の興味と探索だもの」
「でも、他の世界にはきっといろんな書物があるわよ。それこそここにない書物だって山ほど」
ピクリ、とパチュリーの肩が揺れる。それを霊夢は横目で見つめ、
「そんな本を見てみたいとは、思わない?」
むぅ、と考え込むパチュリー。
「良いじゃない。行ってきなさいパチェ」
バサリ、と翼の羽ばたくような音。
皆が視線を上げた先、そこには漆黒の翼と真紅の眼を持つ少女がいた。
レミリア=スカーレット。
この紅魔館の主にして強大な魔力と実力を誇る吸血鬼。
「話は聞かせてもらったわ。最近これといった騒ぎもないし暇をしていたところなの。パチェ、行ってきて帰ってきたら向こうの話を聞かせて頂戴」
「……レミィ。そういうのは咲夜かあの門番に任せれば良いと思うのだけど」
「たまには外に出て動きなさいパチェ。そんなんだから重要なときに貧血になってスペルカードが使えなくなるのよ」
う、と呻くパチュリー。そしてその後ろでうんうんと頷く紅白と黒いの。
「というわけで、霊夢、魔理沙。パチェのことは私が許可するから連れていきなさい」
「おぉ、話が早くて助かるぜ」
「はぁ……。仕方ないわね。レミィは言い出したらもうどうにもならないだろうし、それにまぁ……興味がないわけじゃないしね」
諦めたように嘆息するパチュリーに魔理沙が肩を叩き、
「素直じゃないぜ。最初からそう言えば良いのに」
「動きたくないのは心底からの本音よ。……それで? これからどうするの?」
「もう少し旅の道連れを探すぜ。あとは薬剤師と小間使いだ」
「そう。それじゃあ全て準備が整ったらまた呼んで。それまで私はもうしばらくここに――」
「おいおい、これから長旅に出るんだからこの程度の移動を面倒くさがるもんじゃないぜ」
「効率の問題よ。私が付き合う理由がまるでないわ」
「なんだかんだと理由付けずにとっとと行こうぜ。これからしばらく一緒に旅する仲だ。交流を深めるのも良いもんだぜ」
「ば、こら魔理沙! 引っ張ったまま飛ぶんじゃない! ちょっと待って! 持って行きたい魔導書がいくつかある……無視しないで!」
笑顔の魔理沙にずるずると引きずられていくパチュリー。ぎゃーぎゃーと騒がしい二人を眺め霊夢は重い溜め息を吐き、
「……ま、行ってくるわ。かなり幸先不安だけど」
「まとめ役は霊夢、あなたみたいね? 他にどんなメンバーを連れて行くか知らないけど、まぁ苦労はわかってあげる」
「わかるんなら是非ともレミリアに変わって欲しいところだわ。私は神社でのんびりとお茶でも啜ってたいもの」
「あら残念。行きたいのは山々だけど私もいろいろと忙しいの。お茶を啜るくらい暇な巫女が頑張ってちょうだい」
「ええ、そうなるんでしょうね。わかってましたとも、えぇ」
再び嘆息一つ。
そうして皮肉の笑みを浮かべるレミリアに見送られ、霊夢もまた二人の後を追った。
さて、次にやって来たのは白玉楼。
どこか薄ら寒い空気と白い濃霧に覆われた庭園とその館。
ぶっちゃけて言ってしまえば死後の世界であるわけだが……、それでも死なずにやって来たのは最早何度目だろうか。
「っていうかこんなところに何の用が? 私死後の世界なんて興味ないわよ」
引きずられたまま飛ぶパチュリーが口をへの字にしながら言う。すると魔理沙は、えー、と不満そうに呟き、
「でも十分死にそうな顔してるぜ?」
「これはもとから。というかもう引きずるのはやめて。服が汚れるわ」
「逃げないと約束するならな」
「ここまで来て逃げる方が面倒よ」
「なるほど一理ある」
「っていうか勝手に入ってきた挙句に目的も告げずべらべらと喋りこむのはどうかと私は思うんだけど、その辺りどうなの?」
魔理沙とパチュリーの言い合いに嫌気が差したのか、それまで無視を決め込んでいた少女が口を挟んだ。
二本の刀を携えたその少女は、白玉楼の庭師にして見張りの半霊、魂魄妖夢である。
すると三人は互いを見やり、
「お、幽霊が出てきたぜ」
「あら縁起でもない。霊夢、祓ってしまいなさい」
「ここは冥界よ? 既に冥界にある幽霊をどう祓えって言うのよ」
「だからあんたたちは一体何しに来たんだ。コントをしたいんなら別のところでしなさい」
「ちゃんと目的はある。小間使いを探しに来たぜ」
笑う魔理沙に、あぁ、と霊夢とパチュリー。
「……そういうこと。おおよそ見当は着いたわ」
「あら霊夢奇遇ね。私もいま同じことを思ったところだわ」
霊夢とパチュリーが頷き合う中、わけもわからず妖夢は首を傾げる。その中で一人、魔理沙が笑顔で妖夢に近付きその首根っこを掴んで、
「さて、小間使いもゲットしたことだし、次に行こうぜー」
「え、え? 待って。なんのことだかさっぱりわからないんだけど?」
「理由は道すがら話すぜ」
「いやできればいま話して欲しい――って痛い痛い! 有無を言わさず引っ張るな飛ぶな!」
ついさっきのパチュリーと同じ光景のままに妖夢は引きずられていった。
それを見てパチュリーと霊夢は、
「でも小間使いならうちの門番とかでも良かったんじゃないの?」
「小間使いでも強い方が好ましいと思ったんでしょ。それにあんたんとこの門番は魔理沙に吹っ飛ばされて今頃のびてるわ」
「あぁ、なるほど」
とか、まるで妖夢のことなんて考えちゃいなかった。
で、更に場所は移って永遠亭。
月の住人たちが住まう館。その長い長い廊下を進みながら妖夢は疲れたように頷いた。
「……話はわかった。でも――」
魔理沙に引きずられながらここまでやってきたせいで乱れた衣服を整えて、妖夢は半目で魔理沙を見る。
「そういうことなら別に私じゃなくても良いだろうに。他にも、ほら、あの紅い館のメイドとか」
「せっかくの旅なんだ。一箇所から二人も連れてくるのはフェアじゃないぜ」
「いらないところで気を遣う。っていうか小間使い呼ばわりで連れられても私はちっとも嬉しくない。それに幽々子さまに何の断りも入れず出てきてしまって……はぁ」
「あぁ、そのことなら心配しないで。式神に言伝を頼んでおいたから大丈夫だと思うわ」
「……変なところで気が利くのは霊夢も同じなのね。っていうか何? もしかして私に選択権はないの?」
誰もが無言でスルーした。
あぁやっぱり私に選択権はないのか、と妖夢が肩を落とした、ちょうどそのタイミングで、
「待ちなさい!」
そんな声が響いてきた。
やって来たのはウサギの耳を生やして真っ赤な目をした、鈴仙・優曇華院・イナバ。
この永遠亭に住まう月の兎である。
「まったく、揃いも揃ってゾロゾロと。一体何の用?」
「薬剤師を捕まえに。永琳はいるか?」
「師匠? 師匠なら姫さまと一緒にしばらくの間留守にしてるけど……」
「うわ、無駄足か」
「でも……」
と妖夢は考え込むように鈴仙を見て、
「あなたはあの人を師匠と呼んでいるんだ。もしかして薬の知識もあるんじゃないの?」
あ、と霊夢と魔理沙が手を打つ。しかし鈴仙は慌てて手を振り、
「いや、確かに少しは習ってるけど師匠の足元にも及ばないし……!」
だがそんな鈴仙の主張を無視して、円を組み作戦会議をする四人。
「さ〜て。どうするよ?」
「っていうかよく考えて、輝夜がいる時点であの永琳がここから出るとは到底思えないわ」
「確かに霊夢の言うとおりかも」
「……ならどうするの? 妥協線で行く?」
「パチュリー、妥協はひどいぜ。ここは手を打った、って言うんだ」
「魔理沙、それ意味ほとんど変わらないから」
よし、と頷く四人。それをわけもわからず眺めていた鈴仙だったが、同時に振り向いた四人の視線に何故か悪寒を感じた。
「な……なによ〜」
思わず後ずさる鈴仙に瞬間的に近付いた魔理沙がやはり肩を組む。
「速――!?」
「まぁまぁ。不安がるなよ別に兎鍋にしようってんじゃないんだから」
「……それと同等かそれ以上の面倒を押し付けられそうな気がするのは私の気のせい?」
「「あんたが正しい」」
「おいこらパチュリー、妖夢。下手な口出しはごめんだぜ」
「だって私たち」
「被害者だからねぇ……」
フッ、と諦めの笑みを浮かべる二人を見て鈴仙の不安は更に募る。
「……なに、私は何をされるわけ?」
「何もしないさ。何かしてもらうだけだぜ」
「え――」
「おっし連行〜。霊夢ー、さっきみたいに言伝頼むわー」
「はいはい」
「え、あの、だから何事!?」
わっしと首根っこを掴み連れて行かれる哀れ兎。パチュリーと妖夢は互いを見やりはぁ、と大きく嘆息一つ。
既に諦めの境地である霊夢は何も言わずただ式神を召喚するだけだった。
で、魔理沙の独断と独裁により(強制的に)集まられた一行は博麗神社に集まっていた。
神社であるにも関わらず何故か最近妖怪の溜まり場と化している場所だが、案の定そこに件の妖怪がのほほんと茶を啜っていた。
「あらあら、随分と大勢集めたわね?」
クスクス、と面白そうに五人を眺めるのは社の縁側でぷかぷか浮いている幻想卿でも最古参の妖怪、八雲紫である。
そんな紫の言葉に魔理沙が自慢するように胸を張り、
「私の人望の成せる業だぜ」
「人望というより強引さよね」
辟易とした調子の霊夢に紫は薄く笑い、
「霊夢も大変ね〜」
「さも他人事のように言うな! あんたが元凶でしょうに。……っていうかそういえばあんたそのお茶はうちのじゃないでしょうね?」
「もちろん――あなたのうちのものよ?」
「何を勝手にー!」
「あら、私はちゃんとここの住人から頂いたわよ?」
「住人? そんなもの私しかいるはず――」
あ゛、と霊夢は呻いた。そんな霊夢を見て紫は面白そうに手に持つ日傘をクルクルと回しながら、
「あの子、随分とあなたに懐いたみたいねぇ〜? 古い知り合いとしては私も嬉しいところだけど」
「……あの鬼娘ぇ〜!」
拳を握り締めいまにも突貫しそうな霊夢を魔理沙たちがまぁまぁと宥める。
「ま、まぁともかく、だ。メンバーは揃った。いつでも行けるぜ」
「そう。じゃあいますぐ行ってきてもらおうかしら」
紫がパチン、と指を鳴らす。
すると魔理沙たちの背後の空間に巨大な亀裂が奔り、弾け、マーブル模様の孔が出現した。
「問題のある世界までそれで一直線よ。その世界のどこに出現するかまではさすがに御しきれないけど、そこはあなたたちでカバーしてちょうだい」
「現場判断、ってやつだな。得意分野だぜ」
「……現場をかき乱すだけ、の間違いじゃないかしら」
「なんか言ったかパチュリー?」
「いいえなんでも」
本で目を隠すパチュリー。
「そんなことより……行くのならさっさと行きましょう。そしてさっさと帰ってくるの」
「確かに。幽々子さまも心配だし。……落ちた食べ物とか平気で食べそうで」
「私は行きたくないんだけど……でもこの流れからするとそれも駄目なんだろうなぁ……」
パチュリー、妖夢、鈴仙が億劫そうだったり嫌々そうだったりとそれぞれにその孔へと身を投じていく。
するとまるで湖面に沈み込むように波紋が広がり、その身体は見えなくなった。
「はは、なんだやる気満々じゃないかあいつら」
「単に面倒ごとを早く片付けたいだけでしょ。ま、それは私も同感なわけだけど」
「霊夢はいつも一言多いぜ」
「お小言でも言っておかないとやってられない場所なのよ、ここは」
空間の亀裂に片足を突っ込んだ霊夢は何かを思い出したように紫の方を振り返り、
「あんた。お茶代はいらないからお賽銭入れておきなさいよね。今回の件もそれくらいないと割り切れないわ」
「あのねぇ、神社のお賽銭っていうのは神に対するお供えのようなものよ? 魔を祓う神に対して妖怪にお賽銭させる気?」
「その神社にたむろしているのはあんたたち妖怪でしょうに。いいからしておく。良いわね?」
言うだけ言って霊夢もまた空間の亀裂に身体を沈めていった。
「んじゃ、私も行くぜ」
「はいはい行ってらっしゃい。しっかり異変の根源を潰してきてね〜」
「そういえば……異変の根源をお前は知ってるのか?」
「さぁて?」
「本当に知らないのか、知ってて教えない気なのかわからん返事だな。
まぁ、良い。霊夢がそのことを聞かなかったんだ、どうせお前は答えないんだろう」
「あら、霊夢が忘れてただけってこともあるかもよ?」
「い〜や、あいつはあれでここの巫女だからな。問題を解決しよう、ってときに関しては頭回るよ」
「信用してるのね。あら、少し妬けちゃう」
「ははは、思う存分妬けば良いぜ。ついでに餅が食べたいな」
「焼餅?」
「砂糖醤油希望で」
にかっ、と笑い魔理沙もまた消えていった。
それを見送り、再び指を鳴らして弄った境界を元に戻す。最初から何も異変などなかったかのように空間は元に戻った。
再び茶を傾け、一息。
「ふぅ。これで異変が治まれば良いんだけど……さて、三度目の正直になるかしら?」
クス、と紫は口元を歪め、
「まぁ今回送った面々は前回や前々回の比じゃない。バランスも大事だけど、かと言って黙って見ているほど私はお人好しでもない」
湯飲みを縁側に置き、ふわりと浮かぶ。日傘を差し、どこともつかぬように漂い、
「根源とはいえ勝手をされるのは癪に触るのよね。……見ていなさい、霊夢たちならあなたをどうにかできるかもしれないから」
次の瞬間にはその姿は虚空に消えていた。
あとがき
どうも神無月です。
えー、はい。東方。東方でございます。
というわけでお約束というか典型というか、別世界の住人という設定になりました。
困ったときの異世界頼み。あぁ、なんかスパ○ボみたいになってきたなぁ(汗
スペルカード云々はあっちの世界でも有効なのかどうなのかはちゃんと考えてあるので大丈夫。心配は要りません。説明は『三大陸編』にて。
さて。東方を知らない方へ。
今回いたるところで『魔術』ではなく『魔法』という表記が入っていますが、これは別にミスじゃありません。
別世界、という単語からおおよそ想像がつく方もいらっしゃるでしょうが、魔術体系が根本的に異なるためです。
じゃあ魔法や魔術云々はどうなるんだ、と思われるかもしれませんが、説明は『三大(以下略
まぁ、ともかく主要メンバーは以上五名となるでしょう。その他、ちょこっと出てきた面々もいずれ出番はありますがしばらくありません。あしからず。
ってなわけでまた。
次回の番外章はリーフ大陸のお話です。