神魔戦記 第百十九章

                      「越える思い」

 

 

 

 

 

「――油断なんてしないでくださいね。それで勝っても意味などありませんから」

 凍て付く光が空を奔った。

 裏葉がそれを回避しながら光の魔術を撃ち込んで来る。同じタイミングで周囲のエア兵も魔術を発動。周囲から一斉に美咲目掛けて魔術が飛ぶ。

 対して美咲は慌てることなく、軽い動作で手を掲げた。

 瞬間、美咲に殺到した魔術が命中し、爆発。粉塵を巻き上げる。

「やった!」

「いえ……まだです」

 兵の嬉々とした声を裏葉が否定する。

 粉塵が晴れた先。裏葉の言葉を証明するかのように、氷の結界で周囲を覆いまったくの無傷である美咲が立っていた。

「……『氷の障壁(アイスガード)』」

 告げられし魔術名はなんと下級魔術のもの。

「あの攻撃を、全て下級魔術で防いだというのですか……?」

 裏葉の驚愕も道理。なにせ中級規模の魔術を全方位から同時に数十発も叩き込んだのに、たかが下級の魔術に防がれるなど誰が思えようか。

 それの意味することは、もちろんその障壁に込められた魔力量が尋常ではないということ。

 ――いけます。

 パリィィン、と破砕する結界の中で、美咲は大きく深呼吸をした。

 いける。通用している。自分はいまこの大人数を相手に一人で戦えている。

 澪から古代魔術を習った後、美咲は延々と頼子との魔力同調の訓練を繰り返していた。

 より早く。

 より正確に。

 より大きく。

 より緩やかに。

 それまでは同調のみに力を割き、それ以外の工程にはほぼ見向きもしなかった。

 頼子との魔力同調を使うときは大抵超魔術の魔術を扱うときだったからだ。確かにそれだけ大規模であれば、勢いでどうにかなるところもある。

 だが、それを美咲は修正した。

 全ての魔術を頼子と同調して行うようにしたのだ。

 故に重要となるポイントは加減。下級魔術や中級魔術であろうとも自在に同調・増幅・操作ができるようにするためには加減が必要だった。

 吐き出すのではなく抑える。同調させるだけではなく、頼子の魔術回路を通過する魔力量、その調整、全てを操作するのだ。

 それはもちろん、とんでもない技術である。

 自分の体内魔力を操作するだけでも難しいのに、それを他者の内部でやろうとするのだからその難易度は推して知るべし。

 美咲はさくらのような魔眼を持たない。

 佐祐理のような才能もない。

 ことみほどの魔力量もない。

 澪のような特殊能力も持っていない。

 四者のように複数の属性も持ち得ない。

 生まれ持った物では世界に名を連ねるこの魔術師たちと並ぶことは出来ない。

 しかしそれを羨んでも仕方ない。それは彼女たちだけが持った物。美咲にはないものだ。ならば美咲には美咲にしか出来ないことをするしかない。

 それがこれだ。

 美咲は魔力操作能力に長けている。そして頼子という巨大な魔力量と魔術回路を持つ使い魔がいる。

 だからこそそれが美咲の力になる。強さになる。

 ――勝とう。

 そう思う。そう願う理由が彼女にはある。

 だから、美咲は今一度深呼吸し、力強い視線で空を見上げた。

 裏葉と、そして彼女の部下たちが十数人こちらを注視している。油断なんかできる相手ではない。するつもりもない。

「行こう、頼子」

 相棒であり友人であり家族である使い魔に告げる。

「……勝とう、頼子!」

 覇気を漲らせ、頼子が頷いた。それを見て美咲は微笑み、

「――行きます!」

 左手を振るった。

「『氷の柱・一裂(フリーズウォール・ワン)』!」

 美咲の足元から氷の柱が一本出現し、美咲を押し上げる。

 攻撃のためではない。言うなればそれは足場だ。それは滞空する神族たちとほぼ同じ高さで止まった。

「……!」

 そしてそれを見ていた裏葉はすぐさま悟った。

 美咲が何か大きなことをしでかす気だ、と。だから、

「詠唱する暇を与えてはなりません! 皆さん!」

 部下に命じ、自らも無詠唱で魔術を放った。威力よりも何よりも、速度重視の攻撃を。

 裏葉の直感が告げている。

 それ(、、)をやらせてはならない、と。

 他のエア兵も、何かしら思うところがあるのだろう。生命の危機に直した勘とでも言うのか。ともかく、人間族だという見下しもなく、ただがむしゃらに魔術を放ち、そして槍を持って突っ込んでいく。

 けれど、

「『凍て付く閃光(シャインフリーズ)』!」

 振るわれる右手。

 放たれるは無詠唱の上級魔術。

 それは威力・速度共に申し分ないものだが、有効範囲が著しく狭いという特性を持つ氷属性の魔術だ。

 並の結界であればそれごと凍りつかせるという高威力の魔術だが、翼を持つことで立体的に機動できる神族には当てることが難しい。

 ……はずなのだが、

「なっ……!?」

 群がったエア兵の大半が凍り付き、粉へと散った。

 裏葉は見た。

 触れし者を凍結し破砕させる魔の光が、十六(、、)。全方位に向かって一瞬で放たれたのを、だ。

 馬鹿な、と裏葉はいまの光景を否定する。

 下級魔術を一度の詠唱で複数展開する者はよくいる。下級魔術の消費魔力の少なさ、詠唱の速さを利用した物量戦法だ。

 だがそれができるのはもちろん消費魔力の少なさ、コントロールのしやすさがあってこそ。

 けれど、美咲が扱ったのは上級魔術。しかも無詠唱(、、、)だ。

 使い魔との魔力同調・操作をしながら上級魔術を無詠唱でかつ複数発現?

 それは最早異常だ。世界の名立たる魔術師でさえそんな事が出来るかどうか。

「この程度ですか?」

 氷塵の舞う中で、美咲は言う。

「この程度なのですか? エア王国にその人ありと謳われた魔術師、裏葉さまの部隊の実力は?」

 更に言う。

「だとすれば……礼を言いましょう。ありがとう、と」

 なぜならば、と告げ、

「いまの私の力は十分に通用する、という証拠ですから」

 魔力の波動が激しくなった。

 いままでよりも強く、いままでよりも高く。美咲――否、肩に座る頼子から魔力が迸る。

 とてつもなく巨大な何かが、来る。

「そうはさせません!」

 裏葉が翼をはためかせ、両手に魔力を集束させつつ突っ込んだ。

「させるものですか……!」

「『凍て付く閃光(シャインフリーズ)』!」

 奔る氷の光。

 だがそれを裏葉はかわしていく。

 裏葉は決してその攻撃が見えているわけではない。柳也のような動体視力があるわけではないから、裏葉にそんな芸当はできない。

 しかし裏葉はエアで最高位の魔術師。魔力行使によるマナの微細な密度変化を肌で感じ取り、それを利用して先読みして回避を成し遂げていた。

「あれをかわす……!?」

「答えてあげましょう! あなたのその言葉に対して!」

 かわす。

「わたくしの名は裏葉! 第一部隊隊長! そして――神奈様を守る盾!」

 二度、三度とその攻撃を回避する。

「神奈様を傷付けさせはしません! どのような敵からも、どのような害悪からも守ると郁子様に誓い立てました。故に――」

 そして美咲に接近し、

「わたくしを勝手に見限らないでいただきとうございます!」

「!?」

「『猛る閃光(グ・グランデ)』!」

 爆発が空を舞った。

 結界を展開させる暇さえ与えぬほぼ零距離にして速度重視の上級魔術。周囲の兵はやった、と誰もが思った。

 しかし、裏葉は大きく上昇すると旋回、更に押し出すように下に両手を向けて、

「『壊滅及ぼす光砲(ジェニスキャノン)』!」

 今度は威力重視の光砲を撃ち込んだ。しかも、

「『壊滅及ぼす光砲(ジェニスキャノン)』! 『壊滅及ぼす光砲(ジェニスキャノン)』!」

 連射だ。極太の光が爆撃となって美咲が立っていたはずの場所を煙ごと氷柱ごと撃ち貫いていく。

 そこまでせずとも、と裏葉の部下たちは思っていた。最初の一撃は回避のしようがない。仮にそれで死んではいなくとも瀕死だろう。

 そんな状態であれば裏葉が手を出すまでもなく自分たちでなんとかなるのに、と。

 未だに暢気に(、、、、、、)考えていた(、、、、、)

「はぁ……はぁ……!」

 光が止む。

 上級魔術の無詠唱連射。いかに裏葉であろうと疲労するのは当然。しかし、その息切れには別の意味も含まれていた。

「何が……」

 裏葉の部下たちは驚いた。

 彼らが知る裏葉とは時々真剣な顔も浮かべるが基本的には笑顔でおっとりした存在。

 しかし、そのときの裏葉の表情は、彼らの知らない――『焦燥』と表せるものだった。

「何が……あなたをそこまで強くするのですか?」

「ご主人様と共に在るために」

 凛とした声は爆煙の中から。

 ギョッとして誰もが注視する中、煙の晴れたそこに、美咲が悠然と立っていた。

 無傷ではない。最初の一撃は確かに美咲を捉えていた。間髪入れず放たれた光の上級魔術も全ては防ぎきれなかったに違いない。

 彼女の服は所々破けているし、いくつかの箇所からは血も滲んでいる。頼子も多少の傷を負っていた。

 結界で大部分の威力を削いだこともあるだろう。魔力抵抗の高さも起因している。しかしその傷だ、それでもふらつくぐらいはあって良い。

 けれど美咲は顔色一つ変えることなくしっかりと地に足をつけ、むしろ貫禄さえ醸し出しながら立っている。

 一体、何が彼女をそこまでさせるのか。駆り立てるのか。強くさせるのか。

 そんなもの、決まってる。

 ただ一緒にいたいから。

 共に進んでいきたいから。

 足手纏いになりたくないから。

 力になりたいから。

 自分の全てを救い、導いてくれた絶対の主に、一生をかけて恩を返し、そして願わくば愛していたいから。

 その愛がこちらに向かなくても構わない。ただ共に生きていたいだけ。

 故に美咲は努力を惜しまない。強く在ろうと望む。

 強くなれる道が示されたならば、たとえそれがどれだけ過酷であろうと美咲は突き進むだろう。手に入れようとするだろう。

 それがこの結果だ。

「やはり、強いですね裏葉さま。いえ、裏葉さまだけでなく、世界にはもっと強い方々がいるんでしょう」

 美咲は思う。

『あなたはきっと、世界でも有数の氷魔術師になれるの』

 ワンに戻る前に澪に言われた言葉だ。

 自身世界に名を馳せる澪に言われたのだから美咲とて嬉しかった。

 しかし、美咲はそれをゴールになんかしない。世界で有数、という座に辿り着けば満足するわけじゃない。

「だから私はもっともっと強くなります」

 そう、強くなる。

 もっと、もっと上へ。誰よりも強く。目指すのであれば最強を。

「だから、裏葉さま」

 その第一歩として、

「あなたをここで、倒します」

 宣言した。

「頼子! 全開!」

 美咲の言葉に応じ、肩から頼子が跳び立った。

 空中で身を捻りその身体を光が包み込む。シルエットはそのまま一回転し、美咲の隣に着地する頃にはその姿は美咲と瓜二つになっていた。

 美咲と頼子がギュッと手を握り合う。

 集うマナ。溢れる魔力。それら全てを制御し、脳内に浮かべるイメージはただ一つ。

「この魔術式は……まさか!?」

 裏葉は気付いたようだが、もう遅い。

 先程からずっとこのときのために魔力は練り込んでいた。裏葉の攻撃を受けても、操作を手放したりはしなかった。

 準備は万全。

 故に、美咲と頼子は手を掲げた。

 自らの意思と、想いを。この力に全てを注ぎ込み、具現化させる。

 その力の名は、

 

消滅誘う絶対氷河 (アブソリュート・エクスピエイション)”!

 

 瞬間、世界が凍結した。

 展開せしは破滅の絶対零度。否、それをも上回る究極零度。

 その波に襲われれば最後。いかなる物も者も凍結し、次の瞬間には塵と散る。

 結界さえも凍結し、マナさえも凍結し、巻き込まれれば命はない。

「……!」

 真っ先にその正体に気付いていた裏葉は全速力で有効範囲から逃れようとしていたが、わずかに間に合わないと悟り結界を展開していた。

 枯渇するのも厭わず魔力を注ぎ込むだけ注ぎ込む。だがそれでも結界は徐々に徐々に侵食されていくように凍り付いていく。

 だがそれでも裏葉は諦めない。

 美咲が主のために強く在る、というのであればその存在意義は裏葉とて同じ。

 主である神奈を守るために、死ぬわけにはいかない。まして神奈を残して、など。

 優しい神奈のことだから、先に死んだらきっと泣いてしまうだろう。そんなことさせたくない。

 郁子が死んだときに、柳也と共に誓ったのだ。

 もう二度と神奈を泣かせはしない。剣となり盾となり共に守護し、そして見守っていこう、と。

「それを……」

 グッと唇を噛み締め、

「それを……壊させてなるものですかぁッ!!」

「大丈夫ですよ裏葉さま。あなたを殺しはしません」

「!?」

 声は唐突に後ろから。

 いつの間に移動したのか、そこにいたのは頼子に抱えられた美咲だった。

「出来うる限りエアの部隊長クラスは殺すな、とのご主人様からの命令です。だから裏葉さま。……しばらく眠っていてください」

 感じるのは超魔術の気配。これだけの古代魔術を放った直後に、だ。

 いくら魔力の元手がその使い魔のものであるとしても、それだけ繊細な操作を繰り返していたら精神が磨り減っておかしくないのに。

「何者なのですか、あなたは……!?」

 裏葉は畏怖を込めて呟いた。

「先程言ったはずです」

 美咲は連続の魔術使用の疲れも見せず、言い放つ。

「私の名は鷺澤美咲。我が主、相沢祐一様のために全てを捧げ、敵を屠り、御身を守り、必要と在らば命さえ投げ出すただの従者です」

 魔力の集う手を振り上げながら、

「だから、ご主人さまが望むのであれば敵とて殺さず捕らえましょう。望むのであれば助けましょう。だからこそ必要なんです。他を圧倒する力が」

「それが……あなた?」

「いえ……私の在るべき全て、です」

 振り下ろす。

「『断絶の六水晶(エグズィスト・クリスタル)』」

 そして勝敗は決したのだった。

 

 

 

「くっ……!?」

 ヘリオンはその一撃を『失望』で防ぎながらも、苦悶の声を上げた。

「おおぉぉぉ!」

 裂帛怒涛。迫る柳也の剣戟に、ヘリオンはもはや防戦一方になっていた。

 強い。

 いや、強すぎる。

 ヘリオンと鈴菜。二人で戦っているにも関わらず、柳也の勢いは止まらない。

「こ……のー!」

 鈴菜の暗黒の矢が飛来する。

 だがそれを柳也は最低限の動きでかわし、切り払う。驚くべきはその間にヘリオンへの攻撃が止まっていない、ということだろう。

 一撃一撃が重く、速い。一回の剣速はヘリオンの居合いほどではないが、二撃目への間がほとんどないのだ。

「はぁ!」

「!」

 脇腹にきた斬撃を『失望』の腹で受け止めたのは良いが、すぐさま切り替えし今度は袈裟切りに刃が振るわれる。

 防御は間に合わない。ならば、

「ふっ!」

「む!?」

 身体を捻りながら、ヘリオンは強引に居合いを放った。

 攻撃のタイミングこそ最も相手に隙が生まれる時。ヘリオンはダメージ覚悟でカウンターを合わせたのだ。

 血が舞う。

 ヘリオンは左肩から下を、柳也は左脇腹をそれぞれ切った。傷はどちらも致命傷には至らない。が、ヘリオンの傷の方がわずかに大きい。

 しかしそのダメージで柳也の動きにわずかな乱れが生じた。もちろんそれを逃す鈴菜じゃない。

連黒射!」

 漆黒の矢が二十ほど、連続で射られる。

 鈴菜の弓の腕は超一級。寸分違わずそれは柳也へ殺到するが、

「なんの!」

 柳也は翼を一度強くはためかせ、爆発したような勢いで一気に後ろへ飛んだ。

 鈴菜がそれを追いかけるように矢を連続で放つ。襲い来る黒の群れを、しかし柳也はその双翼でかわし、時には切り裂き全てを防ぎきっていく。

「良い腕だ。……ならば!」

 柳也は旋回。今度は身を倒すように下へ、一気に急降下を開始する。

 そして地面に激突しようかというタイミングで浮上、地面と水平に超低空を滑るように飛行しながら向かう先は――鈴菜。

 邪魔な援護射撃を先に黙らせようという魂胆か。

「っ……、闇時雨!」

 真上に放たれた矢が炸裂し、そこから数多の矢が降り注ぐ。

 だがその黒き雨を縫うようにかわし、柳也は止まらない。

「させません!」

 そこへヘリオンが割り込んだ。高速で突っ込んでくる柳也にタイミングを合わせるように攻撃すれば柳也も斬れる、とそう踏んだのだろう。

 ……だがこれは失策だ。

 なぜならば、ヘリオンが鈴菜を守るように真ん中に立てば――鈴菜が攻撃できなくなるからだ。

 故に柳也は目標を瞬時に変更。援護射撃がないのであれば、ヘリオンを狙う方が都合が良い。

 神刀『水無月』の鍔に指を当て、交錯するその一瞬、先の先を取り、

星火燎原の――」

「秘剣――風胤(ふういん)!」

 ヘリオンの『失望』よりもわずかに速く、『水無月』が煌いた。

 秘剣、風の型。風胤。

 大気を巻き込み擬似的に空間を切断するその技は、

「え――」

 抜く最中だった『失望』を真っ二つに切り裂いた。

 それだけに留まらず、ヘリオンの右肩から左腰まで斜めに赤が散る。

「――ぁ」

「ヘリオン!?」

 足から崩れるヘリオンの横を、柳也が一気に通り過ぎていく。

 滑空。勢いは更に素早く、力強く。降り注ぐ闇の矢もなんのその。

「この……!」

 接近の止まらぬ柳也に対し、鈴菜は焦ったように息を吐いた。

「なら――」

 細かいのを多数撃っても意味がないと悟った鈴菜が魔力を一点に集中させる。

 即ち――そんな小さな機動では回避できないほど巨大な矢を放てば良いのだと!

激黒牙!」

 限界まで弦が引き絞られ、そして放たれる暗黒の砲弾。

 巨大な魔力は唸りを上げ大気を食い破っていく。まさにその姿は巻き込んだものを噛み砕く漆黒の牙だ。

 自ら近付いていく柳也からすれば相対速度故に到達は一瞬。回避は不能。しかし、

「かわせぬのならば突き破れば良いだけだ!」

 柳也の手が『水無月』を滑り、

「秘剣――雷崩(らいほう)!」

 抜刀と共に刃を雷撃が纏い、迫る黒の牙に身を投げるようにして刃を突き立てた。

 瞬間、爆音と共に『激黒牙』が中央から一気に弾け飛んだ。

「嘘っ……!?」

 柳也の爆進は止まらない。止めるものももうない。そして、

「!」

 肉を割く音と共に鈴菜の身体を刀身が突き破った。

「な……あ……」

 からん、と鈴菜の手から弓が零れ落ちる。信じられぬ物を見るように、鈴菜は自らを貫く刃を見下ろし、

「秘剣――火裂(かれつ)

 刃から爆発するように炎が噴出した。

「……ッ!!」

 鈴菜の身体が外と中両面から炎に焼かれ、凄まじい勢いで吹っ飛んだ。地面を転がり、その摩擦で炎が消えて止まる。

 力の抜けた体。肉を焼く嫌な臭い。そして脈々と広がっていく血の海。

 だが、

「……ち」

 ヘリオンも鈴菜も生きている。

 柳也はヘリオンを殺すつもりで抜刀した。が、思いのほかヘリオンの刃が早く繰り出され、永遠神剣に衝突し威力が殺されたのだ。おそらくヘリオンは狙ったわけではないだろうが。

 鈴菜の方は純粋に魔族としての生命力だろう。それにしても『火裂』を内部から受けていながら死んでいないというのは異常だが。

 とはいえ二人とも致命傷であることには変わりない。息をしていると言っても虫の息だ。放っておけばいずれ死ぬだろう。

 だが、柳也はそれを良しとしない。

 相手にどれだけの治療兵がいるかもわからない。だから柳也は必殺を心掛ける。これは戦争だ。手抜きはしない。

 柳也は『水無月』についた血を振り払いながら、鈴菜に近付いていく。

 もうこちらを見る余裕すらない。あるいは意識がもうないのか。

 どちらとて構わない。どうあれ、柳也の取る行動はただ一つだからだ。

 首を刎ねる。そのために刀を振り上げ、

「川澄流剣術、第六番――孔雀の閃

 それを遮るように真紅の衝撃波が地面を砕いた。

 咄嗟に飛び上がり、回避した柳也。その視線の先には、鈴菜を守るように仁王立ちする一人の剣士がいた。

 一本に纏められ靡く黒髪。鋭利な目。しなやかな身体。無駄なく引き締まった筋肉。その冷たいようでしかし熱さも内包したその雰囲気。

 柳也は彼女を知っている。

 キー大陸の合同武術大会で彼女の剣の冴えは柳也から見ても鮮やかだった。

 一度戦ってみたいと望んでいた。

 だから柳也は、敵を仕留め損なった一人の兵としての悔しさより……より強者と戦える一人の戦士としての嬉しさが勝っていた。

 その相手の名は、

「川澄舞……!」

 五大剣士に名を連ねる者、麒麟の川澄の末裔――川澄舞。

 カノン王国最強の剣士が、静かな怒りを携えてそこに立ちはだかった。

 

 

 

 あとがき

 ほい、というわけでどうも神無月です。

 美咲VS裏葉は美咲の完全勝利でありました。

 美咲はあゆのようなコツコツ地道な努力型ではなく、亜衣と同じくコツと方法さえ掴めば爆発的に伸びるタイプなのでした。

 まぁ美咲の場合は元からの技能と頼子との相性が抜群だ、ということが大きな要因なんですけどね。

 さぁこれで美咲も一線級の魔術師の仲間入りです。もうさくらや佐祐理とも対等に戦えるでしょう。

 さて。柳也の方は逆にヘリオンと鈴菜を圧倒。いやー、実は柳也ってかなり強いんですよ?

 で、次回は柳也VS舞です。

 最強剣士ははたしてどちらか?

 

 

 

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