神魔戦記 第百十八章
「決戦、エア」
時間は少し遡る。
浩平の部隊がクラナドに突撃を仕掛けていたちょうどその頃、祐一率いるエア侵攻部隊はようやく城砦グエインTに到着していた。
道中これといったこともなく、極めてスムーズにここまでやって来たわけだが……。
「妙だな」
先頭でグエインTを見上げる祐一の言うとおり、そこは妙だった。
エア侵攻組は皆が皆、グエインTと王都エアでの二連戦を覚悟していた。
にも関わらず、グエインTに神族どころかどんな気配も確認できないのだ。
ようするに無人。城砦グエインTはその巨大な門扉を構えながら、不気味なほどの静けさに包まれていた。
「どういうこと……なのかな?」
「現状、エアの残存兵力は佐祐理たちと大して差はありませんからね。グエインTと王都で兵を分断するよりは一箇所に集めた方が得策と考えたのかもしれません」
あゆの疑問に佐祐理が答えた。
確かに祐一もその可能性が最も大きいとは思う。しかし、
「……ですが、もし兵力を一箇所に集中するのであれば防衛に適したこのグエインTにこそそうするべきではないでしょうか?」
そう。茜の言うとおり、もしも兵を分断することを好まないということであれば篭城戦に持ち込みやすいこのグエインTを使うはず。
祐一は自分でもそうするだろうと考える。そして神奈であればそんなことに気付かないほど馬鹿じゃない。ということは、
「何か罠がある、ってことなんでしょうねぇ〜?」
面白そうに言うシャルに頷く。おそらくはそういうことだ。
「シャル。お前にはその罠がどういったものかわかるか?」
「んー、そうですねぇ。わたしはそういう細かいことはちょっと。リディアならわかりそうですけど?」
「お前はなんでも大雑把すぎるんだよ。どれどれ……」
リディアが注意深く前に出る。門扉の前で立ち止まり数秒、更に触れたり地面を見たりなどいろいろすると小さく頷いて、こちらに戻ってきた。
「門には特に罠らしい罠はないが……問題は城砦の中だな」
「どういうことだ?」
「おそらく、ありったけの火薬と火マナの結晶体が散りばめられてる。大方あたしたちがグエインTに足を踏み入れたらドカン、って寸法だろうさ」
ふむ、と祐一は顎に手を添え、
「なんでわかる?」
「いまここいらの風は北から南に吹いてる。その風の中に少しばかり火薬の臭いが混じってる。
あと、いくらエアだっつっても火のマナの高さが尋常じゃない。これは明らかに何かしらのマジックアイテムか結晶体を使ってるはずだ。
で、門にはそれらしい罠がない。となれば必然的に――」
「中が怪しい、と。なるほどな。……シャル」
「はーい?」
「頼まれてくれるか?」
「ご随意に♪」
それだけで祐一の言わんとしていることを理解したらしいシャルが右袖を振るった。
すると現れるは怒涛王。黒光りする極太の砲身を真っ直ぐ門へ向け、無造作に撃ち込んだ。
豪快な発射音とほぼ同時に門が破砕。そしてその部分を数発の弾丸が通過して、
「!」
刹那、空を紅蓮に染め上げるほどの圧倒的な爆発がグエインTを吹き飛ばした。
祐一やシャルなどの数人を除き、誰もが驚愕してその爆発を見上げる。
「たーまやー……とか言ったらさすがに不謹慎でしょうか〜?」
「シャルらしいとは思うな」
「それはどうも〜。ところでこれどうします? 火が消えるまで向こうに行けませんけど……自然鎮火を待つんですか?」
「いや、そんなことはしない。時間もないしな。――水菜」
祐一の呼び声に水菜が頷く。
次の瞬間には空中に巨大な魔法陣。そして召喚されるは現状、水菜の――というよりカノン軍でも最強の使い魔、玄王だ。
その巨大な体躯が地響きを鳴らし、玄王はゆっくりと主である水菜を見下ろした。
「あ、ぅ、おぅあ〜」
言葉にならぬ声。しかし精神感応で繋がった玄王にはその言葉がハッキリと伝わる。
「承知した」
頷き、玄王の口に一気にマナが集束していく。そして吐き出されるは光にさえ見間違うほどの圧倒的な水の放流。
吹き飛ばす。
火を消す、どころではない。燻って、崩れかけている瓦礫もろとも濁流が一直線に全てを貫いていった。
それが収まれば、広がるのは強引に開拓された道。進軍すべき道標だ。
「あぃあお〜」
「うむ」
水菜の礼に恭しく頷き、玄王は姿を消した。再びエアとの戦いになればその頼りになる力を発揮してくれることだろう。
「……よし、行こう」
再び進撃する。
最終決戦は目前にまで迫っていた。
一方、決戦の気配はエアの方も既に感じ取っていた。
「斥候部隊より報告! グエインTに設置した罠は失敗! 敵の損害は無いとのことです! カノン・ワン混合軍はなおも進軍中!」
「わかった。お主も下がって戦の準備をしておけ」
「はっ!」
エア王城内にある作戦室。そこへ伝えられたカノン・ワン軍の動きを聞き、集まっていた武将クラスの面々は表情を引き締めた。
「いよいよ、か」
「ええ。勝つにしろ負けるにしろ、これで全ての決着が着くことになりましょう……」
腕を組み静かに言う柳也。そしてその横で裏葉が小さく頷いた。更にその横にいる往人が裏葉に視線を向け、
「何を言ってんだ。負ける、なんてことはありえない。聖や晴子がいなくても俺たちで十分やれる」
「ですがカノンもワンも一騎当千の猛者揃い。いままで優勢を保っていられたのはひとえに兵力の差。それも無くなれば――」
「それでも勝つんだよ。いや、勝つしかないと言うべきか。俺たちは負けるために戦うんじゃない。勝つために戦ってるんだ」
往人はハッキリと告げる。
「負けたときのことなんか考えるな。勝つことだけを考えろ。慢心しろ、なんて言ってるんじゃない。先のことより今を重視しろ、って言ってるんだ」
「すごい。往人くんがまともな事言ってるよー」
「ぴこぴこ」
「……佳乃、ポテト。お前ら破軍で跡形もなく消し飛ばすぞ?」
「うわ〜、お、怒っちゃ駄目だよ〜!」
「ぴ、ぴこ……」
「まったく……お主らには緊張感というものがないのか……」
佳乃と往人のやり取りを眺めて神奈は嘆息一つ。だが往人は納得いかないんだろう、佳乃を指差し、
「待て。佳乃はともかく、俺はさっきまで真面目だっただろうが!」
「うわ、往人くんひどい! あたしだけ悪者扱いする〜!」
「事実だ!」
「はぁ……」
「……神奈。とりあえず二人は放っておいて対処を考えよう」
「柳也殿の言うとおりだの。とはいえ――もはや策も何も意味は成さぬと余は思う」
どういうことだ、という意味で集まる皆の視線に神奈は両肘を長机の上に置き、その手の上に顎を乗せる動きを見せながら、
「向かってくる部隊の総大将が相沢祐一であれ折原浩平であれ、生半可な策は通用せぬだろう。
ここはいっそ皆の神族の意地……『負けるものか』という意思に全てを賭け、真正面から激突する方が良いと思うが……どうじゃ?」
「確かに下手な策を用いてそれが看破されるようなことがあれば、激減してしまった現在の兵力では分断され総崩れの可能性もある、か」
「だとすればいっそ気迫に任せて正面から……ということでございますね。確かにそれがよろしいかと」
柳也、裏葉と頷きを見せ、そして他の面々も肯定の意を表明する。
それを受け神奈は頷き、ゆっくりと立ち上がると皆を見回し、告げた。
「では各自持ち場に着けい! 斥候の言う通りであればカノン・ワンの軍勢が王都に辿り着くのにそう時間もないぞ!
皆々兵を鼓舞し、神族の誇りを胸に敵を迎え撃て! 余も主らの奮戦に期待する!」
「「「「御意!」」」」
柳也、裏葉、往人、佳乃がそれぞれ急ぎ足で作戦室を後にしていく。
そうして訪れるは小さな静寂。外からは兵たちの喧騒も聞こえるが、中は静かなものだ。……まだ神奈以外に人がいるにも関わらず。
「……神奈姉様」
皆が出て行ったのを皮切りにして、ようやくその人物は口を開いた。
会議の間終始神奈の後ろに仕えていた人物。近衛部隊の隊長である神尾二葉だ。
表情はほぼ無に近い。それがどういった感情の元形成されたものであるかは――長い付き合いだ。わかっている。
「なんじゃ?」
それでも聞き返すのはちょっとした抵抗だろうか。だがそれも意味はない。二葉はすぐに言葉を返す。
「今回ばかりは私も出撃します。……当然ですよね? あちらが攻めてくるんですから」
「……はぁ」
やはりか、という類の嘆息。だが二葉の口は止まらない。
「神奈姉様はいつもそうです。前回のワンへの進軍のときだってそう。私を出撃させてはくれなかった。
シズクが来るかもしれないから神奈姉様はエアに残った? ……違いますね。私を相沢祐一と戦わせたくなかったんでしょう?
そりゃあそうですよね。近衛の隊長である私は神奈姉様と共にいなければならない。神奈姉様がエアに残るのであれば私も残る他ない」
「いつにも増して饒舌じゃな」
「当然です!」
そこで初めて感情が飛び出した。『怒り』という名の感情が。
「あなたはいつもいつもそうだ! 私の憎しみを知っていながら相沢祐一と私が衝突することを阻止しようとする!
何故ですか!? あなたは相沢祐一を敵として殺す覚悟をしている! それは私にだってわかります!
であるならば何故! 何故私だけが駄目なのですか!? 教えてください神奈姉様ッ!!」
「――言えぬ」
「神奈姉様!?」
「言えぬのだ。こればかりは。母上のため……そして時子さまや祐一のためにも、な」
「……っ!?」
怒りが沸点を越えた。二葉は自分より目上であるはずの神奈の襟首を掴み上げ、手を振り上げた。
……だが、それは落ちてこない。
どこまでも真っ直ぐな神奈に視線に、二葉は歯噛みしながら両方の手を下ろした。
しかしもう二葉は神奈を見ない。視線を外し、その横を通り過ぎながら、
「……ええ、わかりました。そっちがその気ならもう聞きはしません。どうせもうあいつらはすぐそこまで来ているんですからね。
もう止めさせません。私は私の意志で、相沢祐一を殺します。……必ず」
言うだけ言って、二葉もまた部屋を後にした。
残されるは神奈一人。乱れた襟を正し、嘆息交じりに窓から外を見下ろした。
近付いてくる戦いの気配。最後の一戦。
「祐一……。天は余とお主、どちらに微笑むのであろうの」
言い終えてから、神奈は自嘲めいた笑みを浮かべ、自らもまた部屋を去っていった。
カノン・ワン混合軍は道中に一度休憩を挟み、王都エアの目前まで侵攻して来ていた。
そこで軍は一時停止。そこから二つの影が先行し、王都に向かって歩いていた。
それは神尾観鈴――現、相沢観鈴と相沢祐一の二人だ。
観鈴が最後に説得をしたいと言ったからだ。茜や美凪らは自分たちだけでも着いていく、と言ったが祐一はそれを却下した。
大勢で行くこと、それ即ち相手を信頼していないということだ。絶望的な説得であっても誠意を見せなければ話にはなるまい。
「大丈夫か、観鈴?」
隣を行く観鈴に声を掛ける。というのも、顔は緊張で固まっており、腕なんかはわずかに震えてさえいたからだ。
「にはは……」
観鈴はただ苦笑のみ。まぁ無理もない。元自国であるとはいえ敵意を剥き出しにしている中に突っ込む、というのだから。
けれどそんな弱さは見せていられない、というように深呼吸。それを見て、祐一はもう何も言わない。言うべきではないと悟った。
ここは観鈴の戦場だ。ならば全てを観鈴に任せ、自分は有事の際にのみ気をつければ良い。
「観鈴。あと数歩で魔術や弓矢の射程圏内だ。……わかるな? ここがボーダーラインだ」
「うん。説得が駄目だったらもう戦う道しか残ってない、んだよね。……大丈夫、観鈴ちんふぁいと!」
意気込み、観鈴が行く。祐一はその手前で足を止め、その背を見送った。
距離にして数歩分だけ祐一より前に出て、観鈴はもう仰ぎ見ることさえ出来るエアの門を見上げた。
「おい、あれ……!」
「あぁ、間違いない」
「観鈴様!?」
城壁の上で待機していた兵士たちが観鈴の存在に気付く。
それを待っていた観鈴が更に一歩を踏み出し、大きく口を開いた。
「みんな! もう戦いなんて止めようよ! いまはわたしたちが戦っている場合じゃないんだよ!?」
声高らかに、
「シズクに、キーの国が全部苦しめられてる。……こんなときにわたしたちが戦うのなんておかしいよ! そう思うでしょう?」
思いは届くと信じて、
「だからお願い! そこを通して! お姉ちゃんにわたしは会わなくちゃいけないの!!」
叩きつけるように、言った。
訪れるは静寂。どう? と思い皆を見上げる観鈴に対し――、
「……ふざけるなよ売国奴が!」
「!?」
冷水を叩きつけられたかのような言葉が、観鈴の身体を強張らせた。
「そんなこと言って神奈様だけを狙おうって魂胆だろう!? そうはさせねぇぞ!」
「そうだ! 我ら誇り高き神の眷属! 魔に堕ちた者は元王女であろうと容赦などせぬ!」
「皆、耳を傾けるな! あれはこちらの意思を削ごうという敵の罠である! 各員魔術詠唱開始! 弓兵部隊は矢をつがえよ!」
「ま、待って! お願い、話を――」
「てぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「っ!?」
号令直下。
魔術と矢の雨が観鈴に一気に降り注ぐ。その現実に眼を見開き身動きできぬ観鈴の前に、そっと祐一が割り込んだ。
「祐く――」
「動くなよ」
詠唱は完了している。剣を抜き放ち地に刺せば、
「『陰陽の砦(』」
ほぼ不可視の、いかなる物をも遮る絶対の壁が生えいずる。
瀑布の如き攻撃の中、しかし祐一は悠然とその地に立っていた。
「そんな、馬鹿な……あれだけの攻撃で無傷!?」
「あの程度で俺を倒せるとでも思ってたのか?」
驚愕には嘲笑を。
一歩を踏み込み、誇るように宣言する。
「俺の名は相沢祐一。カノンの王にしてお前たちが否定する魔の血を受け継ぎし者だ」
毅然と、猛々しく、そしてただ真っ直ぐに。
祐一との距離は遠く、その目まで見えているはずがないのに、まるで射抜かれたような眼力に誰もが身体を固めさせた。
「言葉も届かないのならば是非もない。ならば――」
もともと祐一はこうなるだろう、という予測をしていた。
言葉だけで理解を示してくれるのなら――自分の母は決して死ぬことなどなかっただろうから。
だから、もうこれで終わりだ。あとは言葉ではなく……力で指し示すとき!
「――こちらも容赦なく、全力で挑もう! 掛かってくるが良い、劣化した神の血筋よ!」
剣を握り、振り上げる。
瞬間、世界を一変させるような強大な魔力の奔流が祐一を中心に広がっていく。それは地を砕き、木々を薙ぎ倒し、エアの兵たちを圧迫した。
「な……あ……!?」
声すら出ない。魔力の少ない連中は、それを直視しただけで動きを封じられてしまう。
金色に輝く双眸。背に生えるは漆黒と純白の相反一対の翼。
これが相沢祐一。
半魔半神。光と闇をその身に宿す、気高きカノンの王の姿。
「とくと見よ。これが開戦の狼煙であり――貴様らの行く末を指し示す無の一撃だ!」
宣戦布告と同時、祐一はその力を解き放った。
「“光と闇の二重奏 (”!」
光と闇が打ち消し合い、一瞬の元に無から有へ逆転。そして破滅を呼ぶ白黒の波濤が一気に突き奔った。
大地を抉り、大気を穿ち、マナを吸い上げ、木々を消失させ、そして門さえ一瞬で消し飛ばした。
手加減はしたのだろう。あるいは決戦のために魔力を抑えたのか、規模はそれほどのものではない。
が、王都を囲っていた結界を貫通し門扉までをも音も無く消し飛ばすその力が、生き残った者たちの心に恐怖を植えつける。
それで良い。いまのは言うなれば見せしめ。だからこそ、この場で『光と闇の二重奏』を使ったのだから。
力の差を見せ付ければ、無駄な戦いは減る可能性もある。それはある意味で祐一なりの最終通告だった。
これで退かないのであれば、もう容赦はしないぞ、と。
そして今の一撃が合図。停止していたカノン・ワンの混合軍が再び進軍を開始する。
その軍靴を背後に聞きながら、祐一は覚醒を解いて隣の観鈴を見た。
「覚悟は良いか?」
ここから進めば、観鈴の知っている多くの者たちと戦うことになるだろう。
その横顔はいまにも泣き出しそう。
言葉が受け入れられなかったことか、これからの戦いを思ってのことか、あるいは他の何かが起因なのか。それは祐一にもわからない。
けれど、
「……うん、大丈夫」
観鈴はその金の髪を靡かせながら、泣き顔ではなく笑顔で祐一を真っ直ぐに見つめた。
「自分で決めた道だから……、きっと最後まで泣かない。だって、……傍にいてくれる人がいるから」
絶対の信頼と愛情。そして意志の強さと神奈との約束。
その全てを込めて、観鈴は無理やり笑った。歪でありながらも、その奥底にある気持ちをしっかりと感じ取り、祐一はその頭を軽く撫で、笑った。
「……あぁ、俺と一緒だ。絶対離れるなよ?」
「うん!」
元気な返事とほぼ同時。ザッ! と祐一の背後に部隊が集結した。
ゆっくりと振り返る。
戦いの意志をその瞳に宿し、号令を待っている戦士たちがそこにいる。
祐一の仲間。浩平の部下。なんでも構わない。ここにいる者たちの思いは一つの事柄に帰結するのだから。
「聞け! 勇猛なるカノン、そしてワンの精兵たちよ!」
吼える。
「敵は巨大。だが恐れるな! 我らの歩みは誰も止めること適わず! いまこそ雌雄を決するとき!」
剣を振り、天に雄々しく掲げ、
「剣を抜け! 槍を持て! 弓をつがえろ! 詠唱を謳え! 神の血脈を名乗り我らを見下すその傲慢さを踏みにじり、見せ付けろ我らの力!」
外套を翻し、
「守る者を思い出せ! 帰る場所を思い出せ! 己の意思と想いと魂を、その武器に宿し相手に刻み付けろ! そして高らかに勝利を叫べッ!」
振り返る。そして剣先をエアに向け、
「さぁ、進め、進め、疾くと進め! 誇りを胸に! 誓いをこの手に! 我に着いて来い! 行くぞ! 全軍構え―――――――ッ!!」
告げる。
「全軍……突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
オオオオオオオオ、と大地を震わす雄叫びが上がる。
空よ割れよとばかりの咆哮と共に、カノン・ワンの混合軍が一直線に王都エアに突撃を敢行した。
その大気を震わすような咆哮は、もちろん王都エアに展開した部隊にもよく聞こえていた。
その前面、最初に混合軍と激突することになるであろう第一師団の団長である柳也は感心するかのように一度、二度と頷いた。
「さすがはカノン王、相沢祐一か……。素晴らしい鼓舞だな。数で互角であれば、勢いに乗った側が断然有利だからな」
「こちらの出鼻は完全に挫かれた形でございます。巻き返すのは困難を極めますね」
同じく前曲となる第一部隊の隊長、裏葉が柳也の隣に並んだ。その言葉に頷きながら、
「……だがやらなければならん」
「はい」
「勝つぞ」
「はい!」
抜刀。そして翼を広げ、眼下を見下ろし、
「皆に告ぐ! 奮戦せよ! 敵をここから一人とて通すな! このエアに足を踏み入れたことを後悔させてやれ!」
部下たちが一斉に武器を構える。詠唱を開始する。そして、
「推して参る! 我に続けッ!」
急降下。
一斉に激突が開始された。
響く、鳴り響く剣戟、爆音、破砕音。
策などない。どちらも意地を賭けた真正面からの激突。それはすぐさま様相を乱戦へと変えていく。
祐一は観鈴の手を取りつつ、向かってくるエア兵を斬り捨て、魔術で撃ち落しながらも足を止めず突き進んだ。
「こんなところで足止めをされるわけにはいかない! 中央を突破する! 佐祐理! シャル! 正面に道を開けろ!」
「「御意!」」
命を受け、佐祐理の雷の魔術とシャルの弾丸の嵐が正面に展開していたエア兵を吹っ飛ばしていった。
「ついてこられる者だけ来い! 行くぞ!」
その穴に向かって祐一と混合軍の兵が突き進む。
「ちぃ! そう簡単に抜かれてなるものか!」
それを見つけた柳也が、阻止せんと翼をはためかすが、それを遮るように暗黒の矢が奔り、そして真上から目にも止まらぬ一閃が振り落ちた。
「!」
その銀閃を『水無月』で受け止める。激突したのは刀と刀。その刀の持ち主は、
「何者!?」
「王国エターナル・アセリアが使者、ヘリオン=ブラックスピリット!」
ギシギシ、と刃同士が擦れる音をかき鳴らしながら、ヘリオンは強い表情で言う。
「祐一様のところには行かせません!」
「ならば貴様を倒して進ませてもらおう!」
「っ!?」
弾き飛ばす。相手も空を飛べるようだが、空中は柳也の領域だ。
――天空縮地!
翼による飛行では成しえない爆発的な高速移動。一瞬でヘリオンの懐に入り込み、
「させない!」
「!?」
だがそれよりわずかに早く、闇の矢が柳也を迎撃した。
「ちぃ!」
それは先程柳也を妨害した矢と同じもの。切り払い、少し距離を取った後、柳也は地上からこちらに弓を構える弓手を見た。
「二対一か!?」
「あなたが強い、っていうのは百も承知だからね。それにこれは仕合じゃなくて戦争だし――勝てれば良いのよ!」
暗黒の矢を形成し、つがえるのは倉木鈴菜だ。
その間にヘリオンも体勢を立て直し、柳也は二人に挟まれる。
だが……柳也の表情に焦りはない。
「勝てば良い、か。なるほど道理だな。だが――」
刃を翻し、柳也は言った。
「俺をたかが二人で抑えられると思うなよ!」
「やはり数も勢いも上ならば、突破されるのは時間の問題でありましょうね」
激突してまだ一分も経っていない。が、第一師団の壁は瞬く間に突破されようとしている。
無理もない。総兵力がほぼ同じ、という状況でありながら第一師団だけであの流れを断ち切るのは困難だろう。
だからここで無理をする意味はない。その光景を見つつ、裏葉は魔術の詠唱を開始した。
「わたくしたちは第一師団の援護に集中します! 突破される部隊は後ろの部隊に任せましょう! 各員、魔術用意!」
後ろには往人の部隊も佳乃の部隊もいる。
ここで無駄に多くの戦力を相手にするよりは、こちらを迎撃しようと足を止めている者たちに的を絞ったほうが得策。そう判断した。
しかし、
「させません」
「!」
強力な魔力の気配に、咄嗟に裏葉は翼をはためかせ真上に身体を持ち上げた。
すると次の瞬間、強烈な氷の魔術がその場を通り過ぎ、裏葉の部下たちが瞬く間に凍っていった。
慌てて下を見下ろす。
そこにいたのは氷のマナを周囲に漂わせ、ゆっくりと歩を進めてくる少女、鷺澤美咲。
彼女の周囲には他にも氷像と化したエア兵がごろごろ転がっていた。
「なんて……」
凄まじい氷の魔力。周囲のマナが勝手に美咲の周囲を踊り、美咲が歩くだけで地面が凍り付いていくほど。
裏葉にはわかる。決して彼女の魔力が高いわけじゃない。ここに氷のマナが多いわけでもない。
違う。
これは――循環効率が凄まじく高いのだ。
おそらくそれを制御しているのは美咲の肩に乗っている猫のような生き物。だがその気配は……信じたくないが竜種のそれ。
しかしそれを自らの魔力に変換・同調させるのは容易ではない。それをリアルタイムで逐次行っているともなれば最早別次元の話だ。
だがそれをこのペアは行っている。だからこそ、美咲は擬似的に竜種並の魔力を保持していることになるのだ。
「エア王国軍第一部隊長、裏葉さまとお見受けします」
歩が止まる。それだけで威圧感が増す。大気が冷える。
「私の名は鷺澤美咲。カノン王であり主、相沢祐一様に一生を捧げた者です」
この身体の震えは寒さから来るものか。あるいは――、
「どうかあなたの全力をこの私に。そして私もまた全力であなたを倒しに行きます」
恐怖、か。
「ご主人様の道を共に行くため、私は強くならなくてはいけません。あなたほどの魔術師を越えられれば、共に歩む自信も持てるでしょう」
「……わたくしをその踏み台にしよう、と?」
「はい。なっていただきます。……私自身、いまの自分がどれだけの力を持っているのかわかりません。加減などもできません。なのでどうか――」
美咲の手がゆっくりと掲げられる。
集まるマナ。具現する魔力。肌に突き刺さるような冷気に裏葉は目を見開き、
「――油断なんてしないでくださいね。それで勝っても意味などありませんから」
凍て付く光が空を奔った。
あとがき
というわけで、こんにちは神無月です。
さてさて、いよいよキー大陸編。終盤も終盤ですね。エアとの決戦がスタートです。
見所はけっこーたくさんあると自負していますので、どうぞお楽しみに!
さて、まず次回は美咲VS裏葉でございます。
美咲の修行の成果。いかなるものか。
ではまた。