神魔戦記 第百十六章

                    「告げられし狂いの歌」

 

 

 

 

 

「なぜ貴様がそんなとこにいるッ! 高槻(、、)ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!」

 瞬間、『幻惑殺し』の光が極限まで強まり、部屋一帯を照らし上げた。

 すると、和人の姿が歪み――まったくの別人へと姿を変えた。否、戻った(、、、)

 有紀寧とクリスが目を見開くその先で、

「ほう、それは幻惑を打ち消す魔道具か。しまったなぁ。これは計算外だ」

 クツクツと蔑むように、そして見下すようにその男――高槻和幸は笑った。

「あ、なたは……何者ですか!? それに、お兄さんは!?」

 逸早く我に返った有紀寧が詰め寄る勢いで問う。だがそんな怒りもどこ吹く風と言わんばかりに高槻は首を傾げて、

「あぁ、本物の宮沢和人のことかい? うん、生きてるとも。というよりむしろ死なれたら困るからね」

 まぁでも、と高槻は口元を歪め、

「心が壊れてうわ言を喋ることしかできないがらくた人形みたいなモノを『生きてる』って表現するのも酷かなぁ? あはははははははは!」

「――っ!?」

 がく、と有紀寧の膝が崩れる。

 その横で浩一が前に出て、

「高槻ッ! お前はここでもそんなことをしてやがったのか!」

「おやおや、これはこれは……。私の大事なペットを連れ去っていった無粋な羽山じゃないか。あのペットたちは元気かな? ん?」

 ギリッ! と歯噛みの音が響いた。

「……ペット、だと……?」

「おやぁ? おやおや? 言い方にご不満でもおありかな? あ〜こりゃ失敬。じゃあ言い直そう。モルモット。そう、モルモットだ。

 そのモルモットであり君が勝手に連れ去った倉木鈴菜と倉木水菜は元気かな?

 二人とももう見るに耐えないほどにボロボロだったからねぇ。死んでやいないかと心配してたんだ。あー、ちなみに本当だがね?」

「――ッ!? 貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁよくも抜け抜けとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 浩一から吹き出るように魔力が迸った。

 声にしてもいないのに、大蛇の力が五割ほど解放されている。本人の自覚のないままに、大蛇の力が脈動しているのだ。

 跳躍。一足飛びで謁見の間を横断し、その憎き頭蓋を砕き散らせんと拳を振り下ろし、

「無駄だ」

 その一撃は、突如出現した金色の結界に阻まれた。

 それを見て浩一は目を見張る。

「これは……!?」

 この結界を、浩一はとてもよく知っている。何故ならこれは、

「……月の結界。そうだよ、倉木鈴菜がムーンで巫女と言う名の人柱になる原因となった、月の力さ」

「馬鹿な……。何故この力をお前が持っている!?」

「いやぁ、誤解はしないで欲しいねぇ。これはれっきとした倉木鈴菜の力さ。いまはただ借りている(、、、、、)だけで」

「な……に……?」

「そういえば、お前は知らないんだったな。この俺の力を」

 ガァン! と結界に弾かれ浩一は後ろに下がる。いまだ玉座に座ったままの高槻はその浩一を見下ろしながら、面白そうに言う。

「俺の力は『レンタル』。つまり他者から能力や力を借りる能力なのさ。ただし、なかなか難しい能力でな。いくつかルールが存在するんだよ。

 一つ、借りる相手には精神的な隙が必要。二つ、借りた後にその対象が死んでしまった場合は借りていた能力・力は消失する。

 ……だから言っただろう? 倉木鈴菜が死んでいないか心配した、と?」

「待て……」

 浩一は瞠目し、

「……お前、いま『精神的な隙』って言ったな。まさか――」

「ん? あぁ、倉木水菜を陵辱したことなら正にその通り。倉木鈴菜の心を崩すためのものさ。

 いやぁ、俺も心苦しかったんだがねぇ。倉木鈴菜の心がなかなか強固で何日も何日も犯し続けるしかなかったんだよ。

 大変だったなぁ。あのときはまだ幻惑の力も借りてなかったらか、こちらから手を下すしかなくてね〜。

 あ〜いまでも思い出すなぁ。あの臭くて暗くてせまーい部屋の中。止めて助けてと泣き叫んでいた二人の姿がなぁ!」

「ッ!! 高槻ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 浩一の激情に引き上げられるようにして大蛇の力が更に上乗せされる。七割解放。

 再び拳を握り締め、しかしそこに集約する力は破壊の一撃。

 

死の烙印(デス・インパクト) ―――――――――ッ!!!

 

 全てを一撃で破砕、蒸発させる死の一撃が月の結界に叩き込まれる。

 轟音が謁見の間にこだまする。圧倒的な魔力の余波が迸るが、しかし、

「無駄だ、無駄だよ羽山。貴様ならばこそ、わかるだろう? 月の結界はその程度じゃ壊れないと」

「くっ……!?」

 高槻の言うとおり月の結界はびくともしていない。

 それもそのはず。月の結界はもともと凶悪な魔物や魔族を封印するための代物。魔族の力で容易く打ち破れる結界ではないのだ。

 再び結界に吹っ飛ばされる浩一。『死の烙印』の強さの分激しく吹っ飛ばされ、転がっていく。

 くそ、と上半身を起き上がらせて、

「貴、様……! 目的は一体なんなんだっ!?」

「目的? そんなもの、力を手に入れるために決まってるじゃないか。だからこそこの国に潜入し、宮沢和人の力も借りたんだろう?」

「なに!?」

「あぁ、そういえば」

 と、不意に高槻の視線が横にずれた。

 有紀寧、ではない。更にその横。視線の先にいたのは――クリス=ヴェルティンだった。

「随分と久しぶりだなぁクリス=ヴェルティン。まさかお前までこんなところにいるとはな……。いまはカノン軍か? それともワン軍?

 いや、しかしなにはともあれ元気そうで何よりだ。君には言い尽くせないほどの礼もあるしな?」

 浩一と有紀寧の疑惑の視線を受け、しかしクリスは慌てて首を振る。

「待て! あなたは何を……僕はあなたなんか知らない!」

「ん? ……あぁ、そうか。そういえばお前には借りた試しにということで幻惑をかけてあったんだっけな。ふむ。ならば――」

 高槻の目が紫色に輝いた。

 その輝きをクリスは知っている。

 何故ならその色はクリスが使っていた……使えていた――幻惑の魔眼(、、、、、)

「思い出せクリス=ヴェルティン」

 瞬間、クリスの中で何かが弾け跳んだ。

「が、あ……!?」

 堪らず頭を抱え、クリスは倒れる。

 記憶という情報の奔流が脳内を掻き混ぜる。

 いままで事実(、、)だったと思っていた記憶が崩壊し、真実(、、)の記憶が呼び起こされる。

「そ、んな。これは……」

 それは、アリエッタが死んだときの記憶。

 幻惑に巻き込まれ、アリエッタを殺したときの映像がフラッシュバックして――しかし割れた。

 魔眼の暴走で自分がアリエッタを殺した?

 ……違う。そうじゃない。

 本当の過去が映像として思い出される。

『止めろぉ! 止めてくれ! アルを殺さないでくれ!!』

 見ていることしかできなかった無力さと、

『クリ、ス……た、すけ――』

 伸ばされた手を掴めなかった絶望を。

 そう。

 殺された(、、、、)のだ。この高槻という男と、それに付き従っていた一人の女に。

 目の前で、嬲り殺しにされたのだ……!

「思い出したか? 俺のことを」

「お前は……お前は……アリエッタを殺した……! あの……!?」

「アリエッタ、だったかあの女は。まぁ、ともかく元気そうで何よりだよクリス=ヴェルティン。

 君から借りているこの『幻惑の魔眼』は存分に役立っている。これがあったからこそ、こうして易々とクラナドに潜入できたわけだからなぁ?」

 クリスが『幻惑の魔眼』を使えるわけがないはずだ。

 何故ならそれはアリエッタを殺してしまったショックなどではなく――力を奪われていた(、、、、、、)のだから。

「僕の魔眼のためなのか……。そんなことのためだけに、アルを殺したのか!?」

「それがどうかしたか?」

「ッ……!?」

 心のどこかで、何かが一つ脈動した。

「いやぁ、しかし正直魔眼の力を借りることができるとは俺としては半信半疑だったがね。魔眼は能力と言えるのかどうか微妙だったから。

 とはいえ失敗しても何の損もなかったし、あいつも出来ると踏んでいたようだからやってはみたが……。

 君の記憶の改竄に成功したときは思わず喜んでしまったよ。あぁ、この能力に際限なんてないんだなぁ、と」

 聞こえる声の全てが耳障りに感じる。

「クリス?! ねぇ、しっかりしてよクリス!」

 フォーニの声すら、クリスにはもう届いていない。

 ドクン。

 熱い。頭も心も、何もかもどうでもよく感じてしまうくらいに、全てが熱い。

 ――殺せ。

 ドクン。

 怒りと悲しみに染まった心に、訴えかけるような声が響く。

 ――殺せ。

 熱い。身体が異常に熱く感じる中、一際熱く感じるものが手にあった。

 ――あいつを殺せ。

 永遠神剣。

 ――怒りを叩きつけろ。

 その『第六位・贖罪』が、小刻みに震えている。

 ――汝の激情が、余を変貌させた。

 これは、永遠神剣の声だ。

 いままで、『贖罪』のときには一度も聞いたことがなかった神剣の声が、はっきりと聞こえる。

 ――余は汝の怒りの代弁なり。絶望を切り捨てる刃。汝の激情により燃え盛る黒き剣。

 永遠神剣が、変化する。

 刃が巨大化し、刀身は漆黒に変色し、禍々しく歪み、それはそう。――まるで死神の持つ大鎌の如く。

 ――さぁ、殺せ! 汝の想いを叫べ! 余の名を告げろ! さすれば余の力は汝と共に在り、地獄の底まで付き従おう!

「……殺す」

 ――そうだ、殺せ! 成し遂げろ! 余の名は汝の象徴にして想いなり! 余の名は……!

「――永遠神剣『第四位・復讐』」

 ゴォ! とその名を叫んだ瞬間、クリスの気配が一変した。

「「「!?」」」

 浩一と有紀寧が目を見開き、フォーニが怯えるように身を引いた。

 撒き散らされるは純然たる殺気。色にすれば黒。禍々しくも猛々しい、負の感情の爆発。

 ――余を持って、汝が魂の叫びの成就を! 余の名は『復讐』! 怒りを力に、絶望を刃に! 余は敵の首を刈り取る断罪の鎌なり!

「ああああああああああああああああああああああああッ!!」

 突風、と呼ぶに相応しい勢いでクリスが疾駆した。

 先程の浩一よりも更に速く、一瞬で高槻の目前にまで迫り、その漆黒の鎌を振るう。

 だが当然、月の結界がそれを遮った。

「何をむきになっているんだ。無駄だと何度も――」

マナよ、『復讐』のクリスが命じる! 影よ、断罪の刃を! 処刑の執行を! ギロチンの楔を解き放て!

 ォォォォォォ、と地の底から這い出る怨念のような音と共に『復讐』の刃が影に包まれる。

 そして次の瞬間、影が晴れたかと思えば三倍以上に膨れ上がった刃とそれを包み込む漆黒のオーラフォトンが出現し、

エクスキューションッ!!

 それを振り下ろした。

 激突の火花が中空に散り、月の結界の黄金とエクスキューションの漆黒がせめぎ合う。

「は。愚かなことだ」

 高槻でさえわかる。エクスキューションに込められた魔力はどう見積もっても『死の烙印』の半分もない。

 その程度の攻撃で月の結界が破れるわけないだろう、と鼻で笑い、

 ……ミシ、と。何かが軋むような音が聞こえてきた。

「……なに?」

 目を疑う。

 何故なら、『死の烙印』でさえ弾き返した月の結界に小さいとはいえ皹が奔っていたからだ。

「そんな……馬鹿な!? 月の結界は魔界孔の封印の一端さえ担う最上級の結界だぞ!? たかだ第四位の神剣ごときで……!?」

 だが、高槻は一つ大きな勘違いをしていた。

 月の結界は確かに世界でも最上級の結界だ。魔族・魔物に関しては敵なしとさえ言われるほどの強固な結界。

 しかし――そもそも月の結界はその用途の通り『魔族・魔物』など魔に組する者に特化した結界。

 そしてクリスの力が闇に近いタイプであろうと、クリス自身はれっきとした人間族だ。

 もちろん、相手が人間族であろうと神族であろうと月の結界が強固であることは変わりない。

 だがクリスの使っている「エクスキューション」。

 本来その技は結界突破型。どのような防護さえ貫き敵を処刑する、受刑者は甘んじて受け入れるしかない絶対逃亡・阻止不可のギロチンの刃。

 その二つの要因が重なって、いま高槻が絶対の自信を置く月の結界が砕かれようとしている。

「く、ふざけるなよ、たかが四位の神剣所持者の分際でぇぇぇ!」

 月の結界が光を強め、刹那の後に爆発した。

 が、それはクリスの攻撃によってのものではなく、高槻が故意に爆破したものだ。

 月の結界は割れたが、同時に内包していた魔力が一気に解放され爆発となり、せめぎ合っていたクリスを扉の方まで激しく吹っ飛ばした。

「はぁ!」

 その一瞬を浩一は好機と捉え高槻に攻め寄る。だが、次の瞬間には新しく月の結界が展開され攻撃は届かない。

「チィ……!」

「ふん! 結界など何度でも張り直せば良いだけのことだ」

「なら……」

 崩れた壁の瓦礫から這い上がり、再び『復讐』を構えなおしたクリスは高槻を見て、

「何度でも破壊するまでだ。お前の首が飛ぶそのときまで」

 ちっ、と高槻は舌打ち一つ。

 月の結界は強力だが、確かにいまのクリスの力であればいつか破られてしまうかもしれない。

 こうしているいまも、クリスの力は永遠神剣によって上昇の一途を辿っているのだから。

 幻惑の魔眼も、いまだ光を放つ浩一の『幻惑殺し』によって使用不可能。

 ともすれば、高槻の攻撃手段は一切ない、ということになるのだが……。

「ちょっとちょっと、これ一体どういうことよ!?」

 どうやら神は自分の味方らしい、と高槻はほくそ笑んだ。

 壊された扉を跨ぐようにして現れたのは杏を初めとした面々だ。杏は目の前の光景に混乱し、状況を把握できていない。それは後ろにいる朋也や浩平、恋、藍、河南子も同じことだった。

 誰もが本来和人のいるべき玉座に座る高槻や、気配がまるで別人になっているクリスを見て、混乱を隠し切れない。

「ちょ、ちょっと有紀寧!? これ一体どういう状況なわけ!?」

 すぐ近くでへたり込んでいる有紀寧を発見し、杏が慌てて状況説明を促す。

 だが有紀寧が口を開くよりも早く、高槻の哄笑が謁見の間にこだました。

「あははははははは! 遂に、遂に来たか! 待った……この時をどれだけ待っていたことかッ!」

 手を広げ、天に届けよと言わんばかりに笑い上げ、

「絶対の力を持っていた天沢郁未が死に! 実験も葉子以外がほぼ失敗に終わってからずっと、この時を待っていた!

 欲した力! 渇望した力! この俺に従う最強の存在を、どれだけの間待ち望んでいたことか! だがそれも今日! この時に成就する!」

 高槻は歪んだ喜びの表情でその人物(、、、、)を見た。

「そのためにクラナドに潜入し宮沢和人の『宮沢に伝わる呪いの証』を借り受け! そして足りない魔力を古河早苗から借り受け!

 御するための準備を整えた! さぁ、いまこそお前の力をこの俺に見せろ! そして俺のために戦う人形になるが良い!」

 視線の先、そこにいるのは、

「宮沢和人の聖痕を受け、『第二の天沢郁未』とまで呼ばれた――岡崎朋也よ!!」

「!?」

 宣言と同時、朋也の額に刻まれた、宮沢の呪いたる聖痕が真紅の輝きを放った。

「が、う、あ、が、あああああああああああああああああああああああああああ!!?」

「朋也!?」

「朋也さん!?」

「魔力を、そして魔眼の封印を解除する! なに、宮沢和人でも俺でも御しきれなかったが、古河早苗の魔力があるいまならばそれも容易い!」

 言った瞬間、不意に絶叫が止み、弛緩したように朋也の身体がダラリと垂れ下がった。

 不気味な静寂。誰もが朋也を見つめる中で、さぁ、と。高槻は満面の笑みで告げた。

「岡崎朋也に命じる。――お前の全ての力を持って、この場にいる全ての者を抹殺し、祝いの狼煙を上げるが良い!」

 ゆっくりと朋也の顔が上がる。

 髪の間で揺らめく瞳は、全てを映し込むかのような透明で美しい光を放つ、銀の色。

 それは魔眼。クラナド兵千をたった一人で打ち滅ぼしたその力の名を、杏が愕然と呟いた。

「……鏡界の、魔眼……」

 朋也は意思のない瞳で周囲を見渡しながら腰の剣を抜き放ち、

「……この場にいる全ての者を――抹殺する」

 朋也の解放された魔力が謁見の間を吹き荒ぶ。

「あは、は、はははは……あっはははははははははははははははははははははははははは!!!」

 笑みが響き渡る。

 まるで歓喜と狂気に彩られた、死を告げる歌のように……。

 

 

 

 あとがき

 ほい、ということでどうも神無月でございますですよ。

 いくつかの伏線を一気に消化しました〜。いやーすっきりすっきり(ぁ

 高槻の狙い、そして高槻がいままでしてきたことが明らかになりましたからね。まぁまだ全部ってわけでもないんですが。

 さぁ、いよいよ次回は決戦クラナドのラストでございます。

 朋也の本気。浩一の本気。クリスの本気。そして有紀寧は、他の者たちは?

 ってな感じで、さいなら〜。

 

 

 

 戻る