神魔戦記 第百十五章

                    「誓いを胸に、想いを刃に」

 

 

 

 

 

 カノン・ワン混合軍の破竹の勢いは続く。

 突入開始から一時間ほどしか経っていないのに、門は完全に占領。三方向に散った軍勢は既に城の周囲まで及んでいる。

 クラナドの兵士たちも剣を捨てたり投降する者も増え始め、既に大局の優勢は変わることはないだろう。

「ここが正念場ってところだな。……野郎ども! もう少しでケリが着くぞ! 気張れよ!」

 浩平の喝に兵士たちが「応!」と奮戦する。

 徹底抗戦を続けるクラナド兵たちは徐々に城まで後退してくるので、必然的に浩平たちが相手をする数は増えていく。

 だが浩平たちは崩れない。何故なら勝利が見えている。誰もが頑張りを見せているこの時に、自分たちだけ崩れるわけにはいかない。

「おらおら! 投降した方が身のためだぜお前たち!」

 切りかかってきた兵士の肩を表面だけ爆発させるなど手加減しつつ、声だけは叩きつけるように言う。

 力と勢いを見せ、負けが見えてくれば人の心は崩れるものだ。無駄な戦いを避けるためには、投降してもらうのが一番早い。

 だがそれでもこの場に残った兵士たちは突撃を止めない。投降しているのならここに来る前にしている、ということなのだろう。

 最後の抵抗。ならばそれも良い、と浩平は思う。ならばその意気を汲み取り、

「相手してやろーじゃねぇか!」

 言った瞬間、浩平から見て右側から爆発が巻き起こり、更に正面のクラナド兵士がいきなり吹っ飛んだ。

「……お?」

 目をぱちくりと。見てみれば、兵士の群れを突き破ってやってくる者たちがいる。

「ほらほら、邪魔よ邪魔よー!」

 右側は恋を先頭に藍とその他数名の兵士たち。

「どけー! どかないと空の彼方まで吹っ飛ばすぞー!」

 正面は河南子を先頭に朋也と杏だ。

 それらを見て、浩平はボリボリと頭を掻きながら、

「あー……人がせっかく格好付けてこれから頑張るか、ってときに登場だもんなぁ」

「ワン王! 状況はどうなんだ!?」

 合流した朋也が真っ先に聞いてくる。浩平はその勢いにややたじろぎながら、

「お、おう。いま王妃さんとクリスら数人で先行してる。俺はここで敵兵を防いでたところさ」

「なるほど。なら敵の数も減ってきたし後続もいるから、ここは兵たちに任せてあたしたちも有紀寧たちの後を追いましょう」

 迫ってきた兵を大黒庵・烈で殴り飛ばしながら言う杏に、浩平はやや首を傾げて、

「全員でか? そこまでする必要あんのかな」

「……なーんか嫌な予感がするのよね。あまりにもあっさり行き過ぎてる気がする」

「相手の罠かもしれない、と?」

「ええ。とはいえここ一帯の戦況はもうほぼ確定してるし、後続もまだいるから、万が一のためにあたしたちも行くべきだと思うの。どう?」

 ふむ、と浩平は手を顎に添え、

「……まぁ王都内の戦局はもう変わらないだろうし、万が一を考えてそうしておくか」

 頷き、そして手を掲げ、

「各兵はここで後続部隊を待ちつつ敵を迎撃せよ!」

「後続には留美や長森さんたちがいるわ! 安心しなさい!」

 笑って見せる杏に、兵たちが頷きを見せた。任せろ、と。

 だから行く。

「突っ込む! 行くぞ河南子!」

「はいはい。ここまで来たら最後までお付き合いしますとも」

 朋也を先頭に、河南子が、そして皆が続いた。

 城門は既に壊されており、門番の兵士は倒れていたので皆はそのまま城に飛び込んでいく。

 すると、剣戟音が聞こえてきた。広いエントランスの中央で、踊るように二つの影が激突している。

 それは亜衣と葉子だった。

「はぁ!」

 豪、と風を切る光の戦斧。

「せい!」

 その軌跡が消え去るよりも速く、切り替えしの二撃目が奔る。

 普通の斧であればどう考えても不可能な速度。だが主にとっては手と同じ感覚で操れる神殺しならではのその連撃。

「ふっ!」

 さらに突きから振り上げ、その場で旋回し一閃、加えて斜め上段から豪快な振り下ろし。

 止まらぬ連続攻撃。傍目に押しているのは亜衣だった。

「亜衣!」

 杏の叫びに、しかし亜衣は一瞥だけして、

「浩一さんたちは先に進みました! ですから杏さんたちも先に進んでください!」

「でもあんた――」

「お願いします! ここは亜衣に任せてください!」

 杏はその横顔をしばらく見て……そして踵を返した。

「――行きましょう」

「おい、良いのか杏」

「朋也が着けなくちゃならない決着があるのと同じで、あの子にもこの戦いは重要なことなのよ。

 だからここは亜衣に任せて先に進みましょう。……大丈夫よ、あの子なら」

 言って、走り出す。朋也もそう言われてしまえばそれ以上言うこともできず、その背中に着いていく。他の者たちもそれに従った。

 どんどん離れていく剣戟を背に杏は、

「……死ぬんじゃないわよ。あいつも待ってるんだからね」

 そう呟いた。

 

 

 

 亜衣の猛攻は続く。

 だがこの猛攻は葉子が受けに回っているから出来ていること。

 葉子は明らかに様子見をしている。それら攻撃全てを受け、かわし、いなしながら葉子は感心するように小さく頷いた。

「なるほど。あのときとは比べるべくもない良い動きです。しかし――まだあの人よりは遅いですね」

 横から迫るディトライクを左手で受け流し、そこで初めて葉子が攻勢に出た。懐目掛けて右手を繰り出す。

 だが亜衣はそれを見るやディトライクを支点にして側転するように跳躍。身を捻り攻撃を回避したらそのままバックステップで後退していく。

「反応も中々。ですが」

 逃がしませんよ、と葉子が走る。

 それに対し亜衣はディトライクを掲げて、

「ディトライク! 属性融合!」

Ok. standby

 ディトライクを炎が纏う。亜衣は一振りすると、その炎を向かってくる葉子に対して放った。

 炎の斬撃。だがそれを葉子は不可視の力で弾き飛ばし、

「この程度……目くらましのつもりですか?」

 左手を繰り出す。だがそれはギリギリのところで回避された。

 まぐれだ。葉子の力は不可視。しかも魔力で構成されたものではないので、見ることも感じ取ることもできない。だから紙一重で回避できるわけがないのだ。

 続いて一歩を踏み込み、葉子はさらに一撃。だが、

「!」

 頭を下げ、これも紙一重でかわされた。

 確認の意味で更に二撃。当てるつもりで打ちにいったが、それはやはりギリギリで当たらない。

 まるで見えているかのような回避。まさか見えている? と疑問に思い……しかしそこで葉子は気がついた。

 さっきの炎。おそらくあれを弾いたとき、炎が消えた部分の大きさを見て葉子の手の周囲に張られている不可視の力の大きさを見切ったのだ。

 とはいえ言うほど簡単なことではない。なんせ見極めは一瞬。動きを正確に捉える『目』があってこそ初めて成せる芸当だ。

 至近距離の回避により、亜衣の反撃もすぐさま襲ってくる。

 それを受け流し、攻撃。だがそれも回避され、さらに反撃。やはり完全に見切っている。

 ――なかなか味な真似をしますね。

 ならば、と葉子は不可視の密度を下げ、逆に範囲を広げた。威力は落ちるが、いままで通りにかわしていれば必ず当たるはず。

 だがそれに感付いたのか、亜衣はすぐさま足に一点強化を施し大きく後退していった。

「気付いたのですか……?」

 すると亜衣はやや乱れた息をゆっくりと落ち着かせながら、

「あなたの目が、変わりました。何か企んでいると思ったんで下がりましたが……どうやら正解だったみたいですね」

 やはり目が良い。こちらの小さな目の動きで全体の動きを読んだのだから。

 フッ、と葉子は小さく笑みを浮かべ、

「言うだけはある、ということですね。……ええ、あのクズよりは楽しめそうです」

 ピクリ、と亜衣の表情が固まった。

「……そのクズとは誰のことですか?」

「おや? あなたはそのクズのために私に戦いを挑んできたのではないのですか? 仇討ちのために」

「エクレールさんはクズなんかじゃない!」

「ではなんでしょう。ゴミでしょうか? あぁ、確かに魔族を討つためにホーリーフレイムに身を置きながら魔族の仲間に成り下がったのですからね。

 自分の信念をころころ変えてしまうとは……ゴミと言われても仕方ないことかもしれませんね」

「ッ!? それ以上、エクレールさんのことを侮辱するなぁ!!」

 床を蹴り穿つ勢いで亜衣が跳んだ。

 一足で葉子の懐に入り込み床を削りながら強引にディトライクを振り上げる。だが、

「!?」

 その刃を左手で受け止められてしまった。押しても引っ張ってもビクともしない。

 不可視の力でコーティングされた手は炎で手を焼かれることもなくディトライクを握って離さない。

 目を驚愕に見開く亜衣を見下ろす形で葉子は右手を振り上げ、

「実力はなかなかですが、やはりまだ子供。このような軽い挑発に乗るとは……まだまだ未熟ですね」

 振り下ろされる。

 とはいえ、ディトライクを手放せば簡単に避けられる間合い。一度ディトライクを手放し、再び呼び戻せばディトライクは空間を渡って亜衣の手元に戻ってきてくれる。

 だが、亜衣はディトライクを手放さなかった。否、手放せなかった(、、、、、、、)

 ディトライクを手放すのは一瞬。だがその一瞬、亜衣はただの少女(、、、、、)になってしまう。

 魔力を顕現出来ず魔力強化もできなくなれば、一瞬といえども葉子は見逃すことなく致命打を打ち込んでくるはず。

 だから駄目だ。手放すことはできない。

 ならばどうするか?

 ――負けるわけにはいかない。

 グッと左の拳を握り、

 ――死ぬわけにはもっといかないんだ!

「っ――ぁぁぁあああああ!」

「なっ――!?」

 亜衣は咄嗟に、左手で葉子の(、、、、、、)右手を(、、、)受け止めた(、、、、、)

 瞬間、聞くに耐えない破砕音。

 葉子のそれは魔力で編みこまれたものではない。故に、魔力無効化能力の亜衣であろうとダメージはそのまま伝わる。

 筋肉が引きちぎられ、骨が粉砕し、血管が破裂して左手は手の平から二の腕にかけて一瞬で内部から崩壊した。

「――――――ッ!!!」

 声にならない悲鳴。表現し難い痛みに、しかし声は出さぬと歯を噛み締め意地でも叫ばない。

 葉子もこの行動には意外だったのか。目を見開いているその隙に亜衣は残された右手でギュッとディトライクを握り締め、

「ディトライク――――ッ!」

Explosion!

「!?」

 ディトライクに展開していた炎の魔力刃が閃光を放ち、爆発した。

 咄嗟に後ろに跳んだ葉子は無傷。だがそれで構わない。亜衣はちゃんとディトライクを手放さずにここに生きて立っているのだから。しかし、

 ――左腕は……駄目、だね。

 まるで炎にでも包まれたかのような熱、神経を針で串刺しにされていくような鈍い痛みに意識がふらつく。

 意識を落ち着かせるように、そして激痛をシャットアウトするように亜衣は大きく深呼吸。

 落ち着け。

 怒りに流されるな。挑発に乗るな。

 この痛み、壊れた左腕は熱くなった代償だ。

 激情に振り回されて勝てるような相手ではない。それは十分承知している。

 だからこそ……冷静になれ。

「すぅ――ふぅ……」

 再び深呼吸し、亜衣はおもむろにディトライクを床に突き刺した。

「……?」

 葉子が怪訝な表情を浮かべるが、亜衣の視界にはもう映っていなかった。

 葉子の動きは何度もシミュレーションした。『見切り』の技能をフルに活用して、イメージ戦闘を繰り返した。

 しかし、結局一度も勝てたことはない。技術、能力、経験。全てにおいて亜衣が勝っているところはない。

 そう、葉子の言うとおりいまの亜衣ではまず勝てない。

 悔しいがそれが現実で、いままでの攻防やこの腕がその結果だ。

 だが、ならばどうするか。

「……簡単なことだよ」

 そう、それは簡単だ。

 いまの自分で駄目ならば……越えれば良い。

 一人で駄目ならば……二人で戦えば良い。

 実力で勝てないのなら……勝てる道を模索しろ。

 魔力完全無効化能力、『見切り』の先天技術、神殺しディトライク、訓練で培った戦闘技術、何回ものシミュレーション……。

「大丈夫」

 まだ――手はある!

「エクレールさん。……亜衣に力を貸してください」

 祈るようにペンダントを握り締め、そしてその手をゆっくりディトライクの柄へ移動する。

 出来るはずだ。

 自分を信じろ。

 見ていたじゃないか。なら――自分にできないはずがない。

『大丈夫。あなたならできますわ』

 あの声を思い出す。その声、言葉を力とし……亜衣はグッとディトライクに魔力を流し込み、宣言するように言った。

「鎌首を上げなさい――」

 その言葉のフレーズに葉子が驚愕を浮かべ、

「――爆龍ぅぅぅぅぅぅッ!!」

 亜衣の咆哮と共に床を食い破って炎の龍が二十匹、沸き立つように出現した。

 

 

 

「なっ、これは……!?」

 現れた紅蓮の龍の群れ。

 火と水の違いこそあるが、間違いない。これは、あのエクレールが扱っていた技と同種のものだ。

 しかも二十匹というその数。

 それはあの最後のとき、エクレールが死力を尽くして繰り出したのと同じ数だ。

「いけぇぇぇ!」

 亜衣がディトライクをこちらに向けた。それを号令とするように爆龍が一斉に襲い掛かってくる。

「……!」

 しかも気付いた。

 そのスピード、襲い掛かる順番、威力、そのどれもが全て、あのときのエクレールと同じなのだ。

 まさにあのときの再現。その意味することを葉子は悟った。

「……なるほど。あのときと同じ状況で私を倒すことで、仇討ちを達成しようというわけですか」

 その心意気は良し。そしてここまで忠実に再現する魔力コントロールもたいしたものだ。が、

「同じだとわかっているものが、私に通用するとでも思っているのですか?」

 殺到する爆龍を一匹一匹と消し飛ばしていく。威力も向かってくるタイミングも同じであれば、どうということはない。

 あのときエクレールは最後に背後からの攻撃を本命の一撃としていた。

 だから葉子は後ろからの襲撃に備え、タイミングを見計らい後ろを向いた。

 あそこまでエクレールの仇討ちに執着している亜衣。ならば、ここでタイミングをずらしてくることなどないだろう。

 だがその素直さと純真さが、命取りになる。

「終わりです」

 ……だが。

 一秒。

 来ない。

 二秒。

 まだ来ない。

 三秒。

 そこで葉子は初めて何かがおかしい、と感じた。

 もし、もしも、だ。

 これはエクレールの真似でもなんでもなく……それは単なる葉子の勘違いだったら?

「!」

 気付き、振り返る。

 だが遅い。三秒とはこのレベルの戦いでは致命的な隙に繋がる。

 それを証明するように、既に目前にはディトライクを振り上げている亜衣の姿があった。

「馬鹿な、正面から……!?」

 正面は見たとおり亜衣自身が生み出した『爆龍』による壁がある。突っ込めるはずがない。

 ……と、何も知らない葉子は考える。

 だが。

 だがしかし。

 雨宮亜衣の能力は何か。

 魔力完全無効化能力。

 それがたとえ他人のであろうが自分のであろうがいかなる魔力も(、、、、、、、)無効化する(、、、、、)特殊能力。

 当然、自分が生み出した炎の壁など、容易く突破できる。

 加えて言えば、魔力完全無効化の副産物として亜衣の気配を葉子は感じ取れない。

 だからここまで近付かれても気付かなかった。否、気付けなかった……!

「あぁぁぁぁぁぁ!!」

 振り上げられ、既に振り下ろされようとしているディトライクの刃は灼熱の炎に包まれている。

 怒りの爆炎が――振り落ちる!

炎斧の瀑布(ヴァーミリオン・ストライク) ――――――ッ!!!」

 避けきれない。不可視の力の防護も間に合わない。

 まさに絶好のタイミング。

「っ……!?」

 だがそれでも鹿沼葉子。強引に身体を捻り、亜衣と同じように咄嗟に左手を差し出し緩衝剤とすることでその一撃を逸らした。

 しかし、不可視の防護が間に合わず、左手が爆発、吹き飛んだ。

「ぐ……!」

 そのまま大きく距離を取り、血が滴り落ちる腕を必死に押さえ込みながら、葉子は苦々しげに亜衣を見やった。

「まさか……最初からこうなることを読んで……!」

 いつもの葉子ならもちろん気付いていただろう。こんな攻撃、容易く対処できたに違いない。

 初見(、、)ならば。

 しかし亜衣がエクレールの仇を取ることに執着していたこと、また最後の技が完璧に同じであったことから、勝手に亜衣の行動を決め付けた。

 それこそが葉子の油断にして亜衣の狙い。

 圧倒的な実力差を埋めるための、究極の一手。

 葉子の見る先。亜衣はディトライクを地面に突き刺した状態で肩を激しく揺らしている。

「……どうだ」

 息切れしながら囁き、 

「どうだ!」

 今度は相手に叩きつけるように叫び、

「どうだッ!!」

 三度吼え、誇るように顔を上げ言い放った。

「これがわたし(、、、)とエクレールさんの力だッ!!!」

「……!」

 なるほど。確かにいまの一撃はそう言えるものだった。

 エクレールだけでは駄目だった。亜衣だけでも駄目だっただろう。

 いまのはエクレールの行動があり、それを受け継いだ亜衣だからこそ成し遂げた一撃。

 亜衣とエクレール。二人の力が合わさった結果だった。

「……ええ、認めましょう。あなたとエクレールさんの力」

 その上で、しかし葉子は笑みを浮かべ、

「ではこの左腕に敬意を表し、私は退くことにしましょう」

「逃げる気ですか!?」

「逃げる? ……あなたならわかっているはずです。これはむしろ見逃す、という言葉が正しいと」

 確かにそうだ。

 両者ともに左腕が使用不可能。一見状況は五分五分にも思えるがそうではない。

 亜衣は奇策で左腕を吹き飛ばしたが、葉子は純粋な実力で左手を潰した。

 逆を言えば亜衣はエクレールの過去の力を借りて、ようやく一撃を成功させた。つまり亜衣一人の実力では葉子には勝てないということだ。

 それに……亜衣はもう意識が朦朧とし始めている。

「これだけの実力差がありながら、あなたはよく頑張りました。むしろ私の左腕を落としただけでもたいしたものでしょう」

 葉子は一度そこで区切り、

「……いまここであなたを殺すことは簡単です。でも、それは惜しい。あなたはこれからもっと強くなるでしょうから。

 この結果を悔しいと思うのなら、その悔しさを胸に生き残りなさい。そして強くなりなさい。私が本気を出せるほどに。それ以上に。

 ここであなたが生き残れば必ず再び対峙することがあるでしょう。その時までこの勝負は預けることにします。その左腕に賭けて」

 言うだけ言って、葉子は痛みを感じさせない足取りで踵を返した。

「待て……!」

 それを追いかけようと足を踏み出すが、意識が揺れて膝が崩れた。倒れまいと床に手を着く亜衣の耳に、そういえば、と葉子の声が届き、

「あなたの名前を聞いていませんでしたね。お聞かせ願えますか?」

「雨宮、亜衣だ……っ!」

「雨宮亜衣……。その名、覚えましたよ」

 葉子の右手が空を切る。

 すると空間が裂けた(、、、、、、)

「いずれまた。世界が混乱に飲み込まれる時に――お会いしましょう」

 その裂け目に葉子の身体が消えていき、そして数秒と待たず空間は閉じた。残ったのは、引きちぎられた腕と、外からの喧騒と戦闘の跡だけ。

「はぁ――はぁ――っ、あ」

 葉子がいなくなったことで、亜衣は緊張の糸が切れたのか倒れこんだ。

 痛みで意識が朦朧とする。だがそれでも彼女の心を占めるのは一つのことだけ。

「勝て、なかった……。……う、ひくっ……見逃さ……れ、た……ぁぁ!」

 その不甲斐なさ、歯痒さに、溜め込んでいた思いが決壊する。

 泣かないと決めたのに、瞳からはボロボロと涙が流れ落ちていく。

 くそ、と拳を握り締め床を一度、二度と叩き、

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 叫び、そして意識を失った。

 

 

 

 クラナド王城。謁見の間。

「ぐあぁぁ!?」

 扉が破砕するのと同時、数人の兵士が吹っ飛んだ。

 それは謁見の間を守護していた兵士たち。そしてそれらを乗り越えるようにして浩一、有紀寧、クリスの三人が謁見の間に足を踏み入れた。

「ここで間違いないんですかね」

「守備兵もこれだけ居たんだ。間違いないんじゃ、な……いか?」

 赤い絨毯が間を横断し、いくつもの絵画にとシャンデリアに彩られた広大な空間の奥にある玉座にその男は笑みを浮かべて座っていた。

 宮沢和人。

 クラナドの国王が。

「ほう……」

 その和人は三人を軽く見渡し、下卑た笑みを浮かべ、

「随分と懐かしい顔だな」

 そこで有紀寧が一歩近付いた。そして声を荒げ、

「お兄さ――いえ、クラナド国王! お話があります!」

「有紀寧か。どうした?」

「即刻戦闘を中止してください! 既に勝敗は決しました! これ以上の戦いは無意味です!」

「へぇ。何をして無意味だと言う?」

「なっ!? 見ればわかるはずです! これ以上は無駄な血が流れるだけだと!」

「残念だけど、わからないね」

「そんな!? お兄さ――」

 近付こうとした有紀寧を、しかし遮るように腕が伸びてきた。

 それは浩一のものだった。が……、

「――ぜだ」

「羽、山……さん?」

 浩一の身体が小刻みに震えている。そして、有紀寧を制した腕――その手首に嵌められた腕輪が強く発光していた。

 その腕輪。名を『幻惑殺し』。

 いかなる幻覚(、、)幻惑を(、、、)無効化する(、、、、、)魔道具。

「……なぜだ」

 浩一はギリッ、と音が聞こえるほどに歯を噛み締め、射殺すような視線で和人を睨み上げ、

「なぜ貴様がそんなとこにいるッ! 高槻(、、)ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!」

 瞬間、『幻惑殺し』の光が極限まで強まり、部屋一帯を照らし上げた。

 すると、和人の姿が歪み――まったくの別人へと姿を変えた。否、戻った(、、、)

 有紀寧とクリスが目を見開くその先で、

「ほう、それは幻惑を打ち消す魔道具か。しまったなぁ。これは計算外だ」

 クツクツと蔑むように、そして見下すようにその男――高槻和幸は笑った。

 

 

 

 あとがき

 どもども、神無月です。

 というわけで亜衣VS葉子でした。

 亜衣の想いと誓いの形、いかがでしたでしょうか。新技――というか受け継いだ技も披露されましたしね! ……腕壊れましたが(汗

 もちろん亜衣の腕は治療魔術を受け付けません。この後どうなるかはまた追々。

 さて、いよいよ決戦クラナドは核心に迫ります。というか一端は切り開かれたわけですが……w

 次回は久しぶりにちょいと短めかもしれません。

 ではまた〜。

 

 

 

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